新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 六代目三遊亭圓生の落語を聴いていて、「昔の人の手紙の中には狂歌のひとつもないと」という解説が入ってました。その瞬間に「報国の 心わするる 婦人哉」という句が頭に浮かんでしまう自分って^_^;……狂歌でなくて戯れ句じゃん(汗)。
 狂歌といえば太田蜀山人。「それにつけても金の欲しさよ」、……どんな上の句にも付けられる上、どんな風流もぶちこわしてしまう破壊力(苦笑)。

静岡
茶文化の魅力体験 都内参加者ら静岡を堪能
 茶の魅力などを体験する宿泊ツアー「静岡の歴史と文化発見の旅」が11日、静岡市で開かれた。東京都で茶道具の販売を手掛ける忘水庵(本田泰士代表)が主催。都内や県内から参加した約40人が、徳川家康が愛した駿府公園などを巡った。
 一行は同公園の紅葉山庭園茶室で茶会を楽しみ、幕末の僧侶太田垣蓮月作の掛け軸なども優雅に鑑賞した。本田さんは貴重な茶器の数々を紹介し「茶会は日本にしかない貴重な文化」と話した。
 SBS学苑講師黒沢脩さんの案内で駿府城の巽櫓(たつみやぐら)や東御門も見学。家康ゆかりの寺院や三保の松原にも足を運んだ。12日も市内の名所を巡る。


14日から黒船祭 “幕末の下田”多彩に
 開国の地で日米関係の構築に尽くした先人たちの偉業を顕彰するとともに、世界平和や国際親善を願う「第71回黒船祭」(同祭執行会主催)が14~16日まで、下田市内で開かれる。国際色豊かな記念式典やパレードをはじめ、下田港が開港した幕末当時の歴史を感じさせる多彩なイベントが繰り広げられる。
 祭りの中心となる記念式典とパレードは15日に実施を予定。両国の行政関係者が下田公園内の記念碑に献花した後、参加者が在日米軍や海上自衛隊所属の音楽隊に引率された20台以上のオープンカーに乗って市街地をパレードする。
 また、祭りの期間中は「幕末タイムスリップ」と題し、市内商店街の有志が和服姿などで観光客を出迎える「開国市」などが開かれるほか、16日には時代衣装の着こなしなどを競う「第1回世界大会幕末コスプレショー&下田龍馬くんコンテスト」も開かれる。
 問い合わせは同市観光協会〈電0558(22)1531〉へ。

 
三重
幕末の桑名藩主ら紹介 市博物館で「龍馬の駆けた時代」展
 幕末の桑名藩の活躍などを紹介する企画展「幕末×(かける)桑名-龍馬の駆けた時代」が、桑名市京町の市博物館で開かれている。入場無料。30日まで(月曜休館)。
 幕末の桑名藩主で京都所司代を務めた松平定敬(さだあき)と兄の会津藩主松平容保(かたもり)の動向や、戊辰(ぼしん)戦争で旧幕府側として転戦した桑名藩士の行動、当時の文化などを所蔵品104点で紹介している。
 定敬時代に京都所司代が使った書類箱、勝海舟や山岡鉄舟らの書、「電気治療機」(エレキテル)などを展示。定敬がしたためた短冊や幕末の桑名を描いた浮世絵、刀剣などもある。
 22日午後2時から、学芸員による展示説明を開催する。「激動の時代を駆け抜けた先人の足跡を追い、幕末という時代への理解を深めてもらえればうれしい」という。
 問い合わせは、桑名市博物館=電0594(21)3171=へ。


香川
高松・屋島に「石切丁場跡」 高松城修復に使用か 市教委発見
 高松市教委は11日、屋島で、江戸時代に高松城修築などに使われた石材を切り出したとみられる石切丁場(いしきりちょうば)跡を発見したと発表した。高松城の石材産出場所はこれまで分かっておらず、城の歴史や当時の石材供給の実態解明につながると期待される。
 石切丁場跡は、屋島東側の斜面(屋島東町、東西150メートル、南北300メートル)と、北端の丘陵部(屋島西町、東西100メートル、南北250メートル)の計2カ所で確認。いずれも、くさびを打ち込んだ「矢穴(やあな)」のある花こう岩や、切り出した石を成形したとみられる破片が多数見つかった。
 東側斜面の石は、矢穴のサイズが高松城の石垣にある矢穴と一致。天守閣の石垣に使われた「角石」(角に置く立方体の石)によく似た形の石もあった。
 市教委によると「初代高松藩主松平頼重が1645年から70年に行った高松城の大修築や、その後の補修で石を切り出していた可能性が極めて高い」という。
 屋島の東海岸には石場という地名があり、市は「切り出した石を、ここから船で高松城に運んだのでは」と推測する。
 北側で切り出した石は、幕末に屋島突端の岬に築造された砲台に使われたとみられる。



高知
岡田以蔵:脚光、人斬り以蔵 初の命日祭、生涯しのぶ--高知・真宗寺山 /高知
◇住民ら地域活性化へ、史蹟巡りコース整備
 幕末に“人斬(ひとき)り以蔵”と恐れられた土佐勤王党員、岡田以蔵(1838~1865)の命日に当たる11日、高知市薊野北町1の真宗寺山にある墓前で、初めての命日祭が開かれた。龍馬ブームの中、高知を訪れる観光客が増えていることなどから、「地域の活性化につなげたい」と住民が企画した。映画や小説、舞台などで取り上げられ、根強いファンも多い以蔵。県内外から約60人が参列し、その生涯をしのび、思いを語り合った。【千脇康平】

 同市中心部から車で約10分。大型電気店裏手にある真宗寺山には、岩崎弥太郎らを門弟に持った儒学者の岡本寧浦や、幕末土佐の絵師金蔵(絵金)、自由民権家で初代高知市長の一円正興など、高知を代表する先人の墓が点在する。
 「大河ドラマに出てくるような山道ですね」。急な坂道を登りながら、参列者の一人がつぶやいた。竹やぶに囲まれた道はぬれた落ち葉に覆われ、滑りやすい。5分ほど歩くと、岡田一族の墓が数基並ぶ一角に出る。右端が以蔵の墓で、本名の「岡田宜振(よしふる)」が刻まれている。命日祭に参列した、以蔵の弟・登稔の妻の直系、小松義明さん(71)=高知市=によると、以蔵の墓は処刑後間もなく真宗寺山内の別の場所に建てられ、昭和40年代後半に現在の場所に移されたという。
 「家族連れでも気軽に回れ、歴史が学べる場所にしよう」。市と連携し、住民主体のまちづくりを進める「薊野コミュニティ計画推進市民会議」で、真宗寺山の活用の話が出たのは03年のこと。同会議代表の西森一郎さん(79)ら中心メンバー数人で、「ふれあい史蹟(しせき)巡りコース」の策定を開始した。
 何度も山へ入っては、所在が分からなくなっていた墓を捜索。元々あった道に加え、災害時の避難場所の市立泉野小学校へ抜ける避難ルート沿いにも墓があることが分かり、コースに追加。12の墓を選び、子孫らに了解を取るなどして昨年11月末、ようやく約2時間で回れるコースができた。
 命日祭では、住職による読経の後、参加者一人一人が花などを手向け、手を合わせた。以蔵のファンで、広島県廿日市市から駆けつけた会社員、香川さおりさん(28)は「うれしいのと同時に、ちゃんとお墓を建ててもらえていたんだと安心した」。叔母が岡田家に嫁いだ、会社役員の坂本正宏さん(72)=高知市=は「人斬りというインパクトがあまりに強かったが、徐々に雪解けしている感がある。こんなに集まってくれてありがたい」と話した。
 西森さんは「以蔵をしのぶと同時に、地域の発展に結びつくきっかけにもなった」と手応えを口にした。


長崎
HTB龍馬伝館が入館5万人突破 リニューアル奏功、予想より早く
 幕末の志士、坂本龍馬の生涯を描くNHK大河ドラマ「龍馬伝」にちなみ、佐世保市のハウステンボス(HTB)に2月27日開館した「佐世保・ハウステンボス龍馬伝館」の入館者数が11日、5万人を突破した。
 5万人目は、熊本県阿蘇市の会社員、森永倫由(みゆき)さん(36)、妹で佐賀市の主婦、藤田理恵さん(34)。「龍馬伝」ファンという姉妹は初めて同館を訪ねたという。
 同館前でセレモニーがあり、HTBの本山眞一郎パーク事業本部長とサンメールさせぼの内海幸子さんが花束と龍馬グッズを2人に贈呈。着ぐるみの「龍馬ちゅーりー」も祝福した。2人は「びっくりしました。うれしいです」と笑顔で話した。
 同館は、ドラマの衣装や写真パネルなどを展示。先月28日からは内容を一部リニューアルし、大村湾で行われたドラマのロケの模様を紹介する写真パネルも並んでいる。
 HTB宣伝部によると、5万人突破は、開館から74日目で、予想より22日早いという。1日当たりの入館者数は676人。ゴールデンウイーク期間中は1日当たり2500人が訪れ、HTBリニューアルの波及効果があったとみている。
 一方、県内のほかの龍馬伝関連施設の5万人突破は、長崎市浜町の「長崎まちなか龍馬館」が1月2日の開館から98日目、同市立山1丁目の長崎歴史文化博物館内の「長崎奉行所・龍馬伝館」は1月9日の開館から48日目だった。


鹿児島
薩摩琵琶歌本を復刻
 薩摩琵琶の歌詞をまとめた45年前に出版された本を、薩摩琵琶同好会龍洋会が復刻した。入門者には欠かせない教科書だったが、在庫が尽き、手に入りにくい状況になっていた。名人の演奏4曲を収録したCDも付いており、会の加治木道場代表、島津義秀さん(46)は「地元鹿児島で薩摩琵琶の伝統が続いていることを多くの人に知ってもらえるのでは」と話す。
 本は「注解薩摩琵琶歌集 新装版」。龍洋会の創設者萩原龍洋氏が編集したもので、1965年、龍洋氏の喜寿を記念して会が出版した。西郷隆盛の活躍を描いた勝海舟作の「城山」など64曲の歌詞と、バチをどの弦にあてるかを示す弾き方の図が載っている。
 薩摩琵琶は、16世紀に島津忠良が盲僧琵琶を改良して始めた。大きなばちを琵琶にたたきつける勇壮な演奏が特徴で、武士が自己修練のために習っていた。幕末、京都では、薩摩琵琶の会ということで藩士らが集まり、討幕の話し合いをしていたという。
 維新後に東京に伝わり、大正時代には国民的な大衆音楽として広まったが、戦意高揚に使われたこともあり、戦後は演奏者が減った。演奏できる人は今、県内に20人程度、東京に約300人ほどという。それでも最近、女性や若者の入門希望者が出てきており、まず必要となる教科書の復刻を決めたという。
 島津さんは「県内に薩摩琵琶を作れる人は1人しかおらず、材料の木も手に入りにくい厳しい状況。でも、今回の復刻で、一歩前に進めるのではないか」と話している。
 本は3500円で、鹿児島市内の一部書店にも置かれる。問い合わせは龍洋会加治木道場(0995・62・5716)へ。




 なかなか面白い対談です。

歴史を動かす暴力 ガンダムで女性が強い理由
堀田 本郷さんの著作を読んで、僕は「すごい得をしたな」と思っています。従来の日本の中世史観というと、朝廷を中心にして武門や宗教勢力が相互補完的に統治勢力を形成していたという「権門体制論」が有力。

 それに対するものとしては東国に武家政権が成立し、西国と東国に相互不干渉的な二つの国家があったとする「東国国家論」がありました。

 しかし本郷さんの研究では、朝廷の勢力に属するのでもなく、かといって不干渉を貫くのでもなく、武士勢力に「まずはなによりもまず彼らは暴力機構の保持者であった」という光を当て、その武士たちが朝廷との対峙、交流を経て、やがて統治に目覚めていくという姿を描かれます。

 その歴史観には2つの魅力を感じるんです。ひとつは、「権門体制論」や「東国国家論」は、歴史上のある瞬間の断面を描いた姿としては大いに説得力があると思うのですが、本郷さんの著作では、武士が統治に目覚めていく、ダイナミックな歴史の流れを感じます。

本郷 ありがとうございます。だけど僕が書いてきたことはぜんぜん定説ではないんです。京都の研究者たちからは総スカンを喰らってますから。ホント、人気ないですね。

堀田 東国出身の学者と西国では歴史観、特に朝廷観がまったく違うそうですね。西の研究者からすると、「なにを東夷が言っとるか」という感じなのでしょうか(笑)。


 歴史学者の中でも東国と西国の違いってあるのね(笑)。

 本郷さんの「まずはなによりもまず彼らは暴力機構の保持者であった」という武士像にも興味津々。著作を読んでみようかな。

 最強の肉食系男子――武士にとっての「自由」とは (1/2)
本郷 逆説的な言い方だけれども、武力や暴力に従事している人間が、性的な部分のみ道徳的だと考える方が不自然なんですよ。それに勢力を維持するためにも子どもは多い方がいいわけで、産めよ殖やせよ、だったわけです。

堀田 豊臣秀吉が憧れていたというお市は浅井長政と結婚した。その子どものうち長女が淀で豊臣方。今度の大河ドラマにもなる江が徳川方に別れて、こちらが豊臣没落後も生き残った。母系から見ると両実力者に分散して浅井の血脈が保たれていったわけで、肉食男は権力は持っていても戦争で死ぬ。でも女はなんだかだで生き残る強さがあった、とは言えませんか。

本郷 それは結果論ではないかな。ヨーロッパの騎士道と日本の武士道との相違点にもなるんですが、はっきり言って、日本には戦乱の中で女子どもを助ける文化がなかったと思います。そう、武士道と騎士道の違いって、女性に対するロマンの有無だと思います。


 平安時代末期~江戸時代初期の武士と、徳川政権が確立して支配階級・知識階級として安定した時代の武士って、価値観がまるで違いますよね。

 この辺りを詳しく検証していた『武士道の逆襲』菅野 覚明(講談社現代新書)が面白かったです。

最強の肉食系男子――武士にとっての「自由」とは (2/2)
本郷 「自由」という概念が“freedam”の邦訳として日本にもたらされたのは明治時代に入ってから。以来「自由」は尊いものとして捉えられてきておりますが、実は江戸時代までの日本人には、「勝手気まま」という言葉を悪いイメージで捉えてきたという歴史があります。日本人の素地からすると、「自由」は非常に厳しいものなんです。

 すべてのものを自由に……と考えると、それは近世をすっ飛ばして中世時代に戻ってしまう。これは国際政治学者の田中明彦さんがおっしゃっていましたが、グローバリズムが進んで、国境が希薄になったこの現代は、新しい中世になっていく、という言い方すらあります。そして中世をネガティブに捉えると、それは完璧なる弱肉強食の世界になる。

 ですが少なくとも中世、近世までは神さま仏さまがいたんです。すがる宗教があった。しかし現代には宗教もない。まあ生きにくいわけですよ。

堀田 田中さんは、本来、国家に対して使う「戦争」という言葉を、アメリカが非国家組織に使っていることを、新しい中世への兆候として指摘していらっしゃいましたね。ちょうど、ジオン公国没落後、非国家組織との戦争へと移行した宇宙世紀の歴史のように……って、なんでもガンダムにたとえるのは、悪い癖ですが。

 しかしはて、鎌倉仏教みたいに「南無阿弥陀仏を唱えれば悪人だって救われる」とか、そういうありがたい教えはないでしょうか。イケメンだって救われる、ましてやブサメンをや、という。


 日本と欧米の歴史の比較からいきなりガンダムに飛んでいってしまうって(爆)。

童貞謙信は「魔法使い」!? 草食男子と江戸の平和
本郷 戦国時代でも、なんでもあり状態の織田信長時代が過ぎると、徳川家康がそれを止めた。「狭いところでちまちまやりましょうよ、鎖国もしましょう」と。でも金髪美人だけはいいよ、と(笑)。

堀田 秀吉のなにがいけなかったのかというと、応仁の乱から続いてきた戦乱がやっと収まって、みんなやれやれと思っている矢先に、「今度は明国に攻めこむぞ」とひとりテンションを上げていたところですね。スーパー肉食系の戦国大名たちにまで「アンタまだ戦争すんのか!」って思われた(笑)。

本郷 豊臣政権がダメになったのは、基本的にそれが理由だと思います。強引すぎる拡大路線に、周りのみんなが疲れちゃった。征夷大将軍にならなかったからとか、幕府を作らなかったからだとか、そんな理由は瑣末(さまつ)なことです。

 ガッテンガッテン!

秀吉はツンデレ好き? 武士の“萌えどころ”
本郷 だから信長も家康も、すでに子どもを産んだことがある未亡人を妻にするんです。子どもを産む能力があることが担保されている女性というわけで、なんとも合理的ですよね。だけど秀吉みたいにルサンチマンを抱えた男は、お姫さまらしい女を選ぶ。

堀田 あの人の好みのタイプは、男として非常に分かりやすいですよね。今でいうところのツンデレ系お嬢様。

本郷 う~ん、ツンデレだったのかなあ(笑)。

堀田 淀君あたりはツンデレキャラ、晩年はヤンデレの気もありではないでしょうか。名門浅井と信長の血をひく、気位の高いお嬢さま。あっ、秀吉の正妻は口やかましいタイプの幼なじみキャラですが。

本郷 笑ってしまう話なんだけど、秀吉の妾の中には、なんと3人も信長関係者がいるんです。「オレは今、あの上様の~」とか、彼の萌えがしのばれますよね。


 さらに……ここで↓爆笑してしまった^_^;。

本郷 「なんと粗末な!」って、侍女の持つ箸でつままれた、なんて話もありますからねえ。

堀田 ひどすぎる(笑)。


「玉砕」の謎 一夫一婦制と国民皆兵の明治
堀田 そうなんですよね。肉食の戦国時代が終わって、やれやれと平和を満喫していたら、帝国主義の明治時代がきて、男たちは戦争に駆り出されてしまうようになった。

本郷 日本人が兵隊として戦地に赴いたのは、明治時代に入ってからですね。戦前に生まれなくてよかったなあ。

堀田 それまでお百姓さんが「公」に参加して兵隊になったのは、幕末の長州ぐらいでした話よね。それが明治維新になって徴兵されて、よく戦争に行けたもんだなと思います。

 司馬遼太郎さんは「坂の上の雲」で「国民国家に参加する興奮」と書かれていましたが、でもなんでそんなに興奮に火がついたのかがわからないんですよ。たぶん従来の「農村社会の日本」のイメージが、なにか真実をつかめていない、本当はもっと違う姿だったんじゃないかと思っています。

 このあたりが、バックナンバーを読んでみようと思ったところです。

 この対談がどう続くのか、わくわく。



 今日は土方さんの命日(新暦と旧暦の違いがありますが)。ちょうど五稜郭の桜が満開だそうです……土方さん、函館の空のどこかからご覧になってますか?

北海道
鮮やか…五稜郭公園サクラ満開
 函館海洋気象台は10日、函館市の五稜郭公園にある標本木のサクラ(ソメイヨシノ)が満開になったと発表した。平年より2日遅く、昨年より9日遅かった。同公園では堀の外周が淡いピンク色で彩られた。公園内を行き交う人々は、「きれいだね」「花びらが落ちていないから満開なんだね」などと会話しながら、携帯電話やデジタルカメラで、熱心にサクラを撮影していた。
 今年のサクラは5日に開花し満開まで5日掛かった。前日の9日はまだ6分咲きだったが、好天のまま天候が推移したことで、一気に満開を迎えた。
 同公園駐車場には札幌、旭川などの道央、道東圏のナンバーの車が並び、公園内は修学旅行生や観光ツアー客でにぎわっていた。毎年夫婦で写真を撮りに来るという市内の男性(69)は、「サクラの色づき具合が華やかで、何回来ても良い」と満足そうな表情で話していた。


大阪
龍馬、見参!スポニチプラザで“龍馬博”PR始まる
 幕末のスーパーヒーロー・坂本龍馬のふるさと・高知を同県内4会場で体験できる「土佐・龍馬であい博」(来年1月10日まで)の大阪でのPRイベントが10日、スポニチプラザ大阪で始まった。
 身長1メートル73だったとされる龍馬の等身大の像がミニステージに飾られ、龍馬が姉の乙女にあてた手紙文(複製)や「新政府綱領八策」(同)など貴重な文献も。ほかにもNHKの大河ドラマ「龍馬伝」とタイアップした福山雅治のポスターなども多数展示され、入場者は食い入るように見入っていた。
 尾崎正直高知県知事も同プラザを突然訪れ、展示を見学。「であい博は当初の動員目標を大きく上回る人気。高知市内のメーン会場だけでなく、サテライト3会場の動員も好調。龍馬ブームのおかげで、高知の知名度が全国的に高まっている。県内の人口は減っているが『地産外商』で頑張っていきたい」と力を込めた。
 同県大阪事務所が2体作った龍馬の像は貸し出し依頼が多く、うれしい悲鳴。同事務所の観光担当チーフ・南香枝さんは「龍馬をきっかけに、であい博で岩崎弥太郎やジョン万次郎らの人物や歴史、食などを体験してもらえれば」と話す。
 この日、先着100人に龍馬オリジナルの手ぬぐいがプレゼントされ、物産販売ではゆずこしょう、ゆずサイダーなどがよく売れている。
 このPRイベントは16日まで同プラザで開催。


広島
竜馬妻のつぶやき 曲に乗せ
 福山ばら祭のテーマ曲を手掛けた作曲家坪北紗綾香さん(28)=呉市=たちが、坂本竜馬と妻の竜を題材に新曲「幕末ツイッター」を作った。15日、今年のばら祭のコンサートで初披露する。
 「あなたは青い海の話をしてくれた」「替え歌好きなの分かっているけど」…。激動の幕末を生きた竜馬を妻の目線で追い、つぶやくような歌詞。約4分半のゆったりとしたポップスになっている。
 坪北さんは2006年5月、自作の「心に咲く花」がばら祭テーマ曲に選ばれた。ひろしまフラワーフェスティバルの「きんさいYOSAKOI」の基本曲を手掛けた広島市安佐南区の作曲・編曲家加藤健一さん(40)とともに、竜が得意とした弦楽器「月琴」で情緒たっぷりに奏でる。

【写真説明】加藤さん(左)の月琴に合わせて歌声を響かせる坪北さん


山口
幕末維新村:下関にオープン 「志士らの稲荷町」PR 龍馬の部屋も再現 /山口
 幕末の志士らが闊歩(かっぽ)した「稲荷町」をPRする展示施設「幕末維新村」が10日、下関市赤間町にオープンした。坂本龍馬が妻お龍と住んだ一室「自然堂」をイメージ豊かに再現するなど「龍馬が住んだ下関」もアピール。これまで光が当たっていなかった新しい下関の魅力を発信しようと趣向を凝らしている。
 現在の赤間町、唐戸町、中之町のあたりはかつて稲荷町と呼ばれ、盛り場として繁盛した。志士らが飲んで遊んで、談論風発、維新の夢を語らった。
 この地をアピールするため、フグ料理店「喜多川」の北川道雄社長が旧店舗を提供。まちおこしグループ「下関イベントネットワーク協議会」や旅行関係業者でつくる「関門関旅会」などが昨春から準備してきた。
 2階建てで、1階は腰かけてくつろげる休憩スペース。見どころの2階には、龍馬とお龍が143年前、約400メートル東の大旅籠(はたご)屋、伊藤九三邸=阿弥陀寺町=に間借りした3畳間「自然堂」も再現した。2人が横になるのがやっとの狭さで、龍馬の雌伏の時がしのばれる。
 狩野芳崖の父、狩野晴皐が描いた1830年ごろの下関の絵図コピーや志士らの写真約50点も展示。「幕末博物館」の風情だ。
 2階の展示鑑賞料は200円。営業は午前10時~午後5時で水曜定休。【取違剛】


鹿児島
幕末・奄美の豊かな食紹介 「南方新社」出版
 江戸時代末期の鹿児島県・奄美大島の食文化を紹介する「名越(なごや)左源太の見た 幕末奄美の食と菓子」が南方新社(鹿児島市)から出版された。薩摩藩の役人をもてなした鶏飯のルーツや黒砂糖の菓子作りなど、奄美の豊かな食をうかがわせる内容になっている。
 著者は、東京の老舗菓子「虎屋」資料室勤務の今村規子さん。1850年(嘉永3年)から約5年間、小宿村(現奄美市名瀬小宿町)に遠島された薩摩藩士名越左源太が著した「南島雑話」「大島遠島録」(日記)を基に本土と異なる奄美の食文化を考察している。
 本では、左源太が日記に書いた島民との交流から食を再現。奄美独特の鶏飯が江戸時代の料理書に散見され、具材をご飯で包んで汁をかけて食べる「包飯(ほうはん)」がルーツではないかと指摘している。
 また、島民は当時、黒砂糖を食べることを禁じられていたが、黒砂糖を使った菓子類が家ごとに作られていたことも紹介している。
 東京生まれの今村さんは「左源太の日記に菓子や食に関する記述がふんだんに出てくる。日記の舞台になった奄美の魅力にすっかりはまってしまった」と書いている。
 四六判、263ページで1890円。全国の主要書店で販売中。南方新社=099(248)5455。


文化芸能
豪華な衣装で観客魅了 舞台「大奥」、6月に再演
 江戸城に暮らす女たちを描き、フジテレビ系で放送されて大ヒットしたドラマの舞台版「大奥」(浅野妙子脚本、林徹演出)が6月2日から、東京・浜町の明治座で再演される。
 舞台版「大奥」は、幕末の13代将軍家定、14代将軍家茂の時代設定で、実在した大奥総取締、瀧山(浅野ゆう子)が主人公。家茂のもとに嫁いできた皇女・和宮(安達祐実)、家茂の生母、実成院(多岐川裕美)ら権力と美を競い合うさまざまな女たちの愛と憎しみが描かれる。
 「瀧山の生き方、考え方がすてき。毎日、肩をたたかれて、頑張りなさいといわれるような気がします」と主演の浅野は言う。
 明治座では平成19年に上演され、その後は全国を回り、多くのファンを魅了した。この作品では女優たちが着用する豪華な衣装も注目だが、今回も浅野が着る「爪掻(つめか)き本綴(つづ)れ縫(ぬ)い箔(はく) 孔雀(くじゃく)文様打掛」の豪華さが観客を驚かせそうだ。
 6月27日まで。7月は福岡・博多座、11月は大阪・松竹座でも上演される。






 今日は、今年に入って訪れた幕末史跡の訪問記まとめを本宅にアップできました。
 久しぶりにIBMホームページビルダーに触ったなぁ……ブログに慣れてしまうと、ファイル転送でのちょっとしたトラブルでもおたおたしてしまいます(汗)。とりあえず応急的に対応しましたが、ビルダーの転送設定を修正しなければならないかも……(汗)。

北海道
館戦争行列 迫力の殺陣
【厚沢部】第25回館城跡まつり(館観光促進会主催)が9日、厚沢部町の国指定史跡・館城跡公園で開かれた。
 会場では、箱館戦争当時に館城周辺で繰り広げられた松前藩兵と旧幕府軍との激戦を再現する「館戦争行列」が披露された。両軍は観客の目前で大砲を撃ち合い、激しい斬り合いを繰り広げた。観客は城跡を行進する勇壮な行列に盛んな声援を送り、往時の激戦に思いをはせていた。
 館城は松前藩の新たな居城として1868(明治元)年に完成。国内最後の城郭建築として、現在も発掘調査が続いている。箱館戦争で新政府軍に加わった18代目の藩主徳廣が入城したが、その直後に旧幕府軍の猛攻を受けて落城した。徳廣が城内に滞在したのはわずか10日ほどだったという。
 同公園はサクラの名所で知られるが、春先から低温が続き、ようやくつぼみがほころび始めた。大勢の住民や観光客は、ジンギスカンに舌鼓を打ちながら、演歌歌手の近江亜矢さんによる歌謡ショーや、郷土芸能の当路鹿子舞(ししまい)などのイベントを楽しんでいた。

東京
時代超え 勇姿堂々と “ふるさと”日野で新選組まつり
 日野市の街おこしイベント「第十三回ひの新選組まつり」(東京新聞など協力)が八、九日の両日、同市高幡の高幡不動尊境内などを会場に催された。九日は、隊士に扮(ふん)して市内を練り歩く呼び物のパレードが行われ、市民らを楽しませた。少年剣士らによる「八坂神社奉納試合」(同市剣道連盟・八坂神社主管、東京新聞後援)もあり、“新選組のふるさと”で力いっぱいの熱戦を繰り広げた。 (堂畑圭吾)

 パレードには、四月二十九日の「隊士コンテスト」で参加者三十七人から選ばれた九人が近藤勇や地元出身の副長土方歳三、井上源三郎など幹部、隊士に扮した。市民や保育園児など総勢約六百人が高幡不動尊周辺と、八坂神社を出発して日野駅周辺をめぐる二つのコースを練り歩いた。
 沿道では、馬上の土方歳三など、時代を超えた隊士らの勇姿に、市民らが盛んにシャッターを切っていた。
 一方、同市日野本町の八坂神社境内で行われた奉納試合には、小中学校の少年少女剣士約五十人が参加し、技量を競った。
 新選組誕生前の一八五八(安政五)年、後に局長となる近藤勇ら天然理心流一門が剣術の上達を祈念して、同神社に額を奉納した史実にちなんだ。
 勝ち負けとともに礼儀、試合ぶりも評価に含まれ、子どもたちは気合のこもった竹刀さばきを見せた。近藤勇賞は、勇の子孫で天然理心流九代目宗家の宮川清蔵さん、井上源三郎賞は、源三郎の子孫の井上雅雄さんから、それぞれ入賞者に手渡された。奉納試合後には、同流の演武も披露された。
 入賞者は次の通り(敬称略)。【近藤勇賞】小笠玄水(多摩平)【土方歳三賞】鈴木誠(東京至誠館)【井上源三郎賞】渋川大樹(多摩平)【東京新聞賞】今別府魁(日野警察)【八坂神社宮司賞】伊藤さくら(東京至誠館)森内勇樹(同)【日野市剣道連盟会長賞】広松大輔(錬成会館)小沼涼(万願寺)


大阪
坂本龍馬も気に入る? 大阪市の造幣局で「龍馬硬貨」の打ち初め式
 幕末の志士・坂本龍馬の肖像をデザインした硬貨など、高知、福井、岐阜3県分の記念貨幣の打ち初め式が10日、大阪市北区の造幣局で行われた。
 地方自治法施行60周年の記念貨幣で、千円銀貨と五百円硬貨の2種類。高知県の尾崎正直知事らが製造器のスイッチを押すと、真新しい硬貨が次々に出来上がった。
 硬貨に実在の肖像を採用したのは高知県分の硬貨が初めて。尾崎知事は「龍馬は新しいものが好きだったので、本人も喜んでいるだろう」と話していた。


「龍馬であい博」スポニチプラザ大阪で“きょう開幕”
 リンク先、広告サイトで音が出る様子です。お気を付けください。
 幕末の風雲児、坂本龍馬の軌跡をたどる「土佐・龍馬であい博」のPRイベントがきょう10日、スポニチプラザ大阪で開幕。16日まで開催される。桂浜から太平洋を見据える龍馬の等身大(1メートル73)の銅像がやって来るほか、姉・乙女にあてた手紙文(複製)や「新政府綱領八策」など貴重な文献が展示される。
 乙女への手紙は、寺田屋で負った傷を癒やすため妻・お龍(りょう)と薩摩へ新婚旅行に出かけたが、その時の様子を霧島山の写生を交えながら記したもの。ほのぼのとした龍馬の性格がしのばれる。
 「新政府綱領八策」は龍馬が暗殺される直前、新政府の政体案を自ら起草。龍馬の「日本の夜明け」への熱い思いが込められている。そのほか、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」とタイアップした福山雅治のポスターや、高知県の魅力を紹介するポスターなどを多数展示。龍馬ワールドを堪能できる。
 15、16日には、ミス高知キャンペーンレディーの江淵未来(みき)さんが来場し、来年1月10日まで高知県内4カ所で開催中の「土佐・龍馬であい博」と高知への旅をPR。四万十川のノリつくだ煮や塩ケンピなどの物産展も開催される。



高知
岡田以蔵:刑死後145年、初の命日祭 高知・真宗寺山
 幕末に“人斬(ひとき)り以蔵”と恐れられた土佐勤王党員、岡田以蔵(1838~1865)の命日に当たる11日、高知市薊野(あぞうの)北町1の真宗寺山にある墓前で、刑死後145年にして初めての命日祭が開かれる。NHK大河ドラマ「龍馬伝」を機に墓を訪れる歴史ファンが増え、地元住民が企画した。
 真宗寺山には以蔵を含む岡田家の墓のほか、三菱財閥創始者の岩崎弥太郎らを門弟に持った儒学者の岡本寧浦、絵師金蔵(絵金)ら高知を代表する先人の墓が点在する。歴史ファンが訪れることもあったが藪が多く、道も整備されていないため、墓までたどり着けない人もあった。
 このため住民組織「薊野コミュニティ計画推進市民会議」が03年から山を歴史の学べる場所にしようと、子孫を捜して許可を得るなどして昨年11月、12の墓を巡るコースを造った。子供も歩ける約2時間の道で、人物の案内板も設置した。
 西森一郎・同会議代表(79)によると、若者を中心に以蔵の墓を訪れる人が増え、お供えの花が絶えない。墓石は隣りあう一族の石より黒ずみ、「お酒をかけてあげる人がいるんでしょう」。これらの人気から、初の命日祭の開催を決めた。西森さんは「切るか切られるかの時代の中、信念を貫き通した以蔵に学びたい」と話す。
 命日祭は墓前で午後2時から約1時間、岡田家の子孫も出席する予定。以蔵への思いを伝えあう意見交換会も行われる。【千脇康平】


<岡田以蔵>初の命日祭、高知の墓前で 人斬り以蔵、思い伝えたい 「龍馬伝」でファン増
 幕末に“人斬(ひとき)り以蔵”と恐れられた土佐勤王党員、岡田以蔵(1838~1865)の命日に当たる11日、高知市薊野(あぞうの)北町1の真宗寺山にある墓前で、刑死後145年にして初めての命日祭が開かれる。NHK大河ドラマ「龍馬伝」を機に墓を訪れる歴史ファンが増え、地元住民が企画した。【千脇康平】

 真宗寺山には以蔵を含む岡田家の墓のほか、三菱財閥創始者の岩崎弥太郎らを門弟に持った儒学者の岡本寧浦、絵師金蔵(絵金)ら高知を代表する先人の墓が点在する。歴史ファンが訪れることもあったがやぶが多く、道も整備されていないため、墓までたどり着けない人もあった。
 このため住民組織「薊野コミュニティ計画推進市民会議」が03年から山を歴史の学べる場所にしようと、子孫を捜して許可を得るなどして昨年11月、12の墓を巡るコースを造った。子供も歩ける約2時間の道で、人物の案内板も設置した。
 西森一郎・同会議代表(79)によると、若者を中心に以蔵の墓を訪れる人が増え、お供えの花が絶えない。墓石は隣り合う一族の石より黒ずみ、「お酒をかけてあげる人がいるんでしょう」。
 これらの人気から、初の命日祭の開催を決めた。西森さんは「切るか切られるかの時代の中、信念を貫き通した以蔵に学びたい」と話す。
 命日祭は墓前で午後2時から約1時間、岡田家の子孫も出席する予定。以蔵への思いを伝えあう意見交換会も行われる。

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 ■ことば

 ◇岡田以蔵

 土佐藩の郷士。土佐勤王党盟主の武市半平太に師事し、佐幕派の要人らを次々と暗殺した。藩による勤王党弾圧後、京都で捕まり高知に送られ、28歳で打ち首にされた。破滅的・悲劇的な生涯が小説や舞台、漫画などで取り上げられている。


山口
【ふるさと便り】「幕末維新村」オープン 山口・下関
 幕末・維新期の“聖地”としての下関をPRしようと、山口県下関市に10日、「幕末維新村」がオープンした。坂本龍馬や高杉晋作らが闊歩(かっぽ)した当時の街の雰囲気が体感できる展示室や休憩所を備え、観光客のもてなしと情報発信を目指す。
 地元のまちおこしグループや旅行業団体などが、幕末の志士ゆかりのスポットが多数残る唐戸地区の拠点づくりに企画・運営。ふぐ料理店だった建物を活用し、1階に無料休憩所、2階に有料(小学生以上200円)の展示室を設けた。
 1階には、龍馬や晋作ら幕末・維新期に名を連ねた44人のイラストが壁面にずらり。ゆかりの地の酒類も販売する。2階は、龍馬が下関で暮らした「自然堂」や通ったとされる遊郭の一室などを再現。龍馬愛用の刀や銃の複製品も展示されている。
 施設を運営する関門関旅会は「2階の展示は折々にテーマを変え、下関が幕末・維新期の中心地だった歴史を全国に発信したい」と話している。
 水曜休館。問い合わせは(電)083・232・9338(13日から)。





 函館旅行で度々お世話になっている「も~さん」こと毛利さんのことが、朝日新聞に掲載されました。

土方の箱館戦争 歩いた
■函館の毛利さん、旅を記録

 箱館戦争で道南に進攻し、戦死した新選組副長・土方歳三。函館市の毛利剛さん(66)は昨冬、その足跡をたどる徒歩旅行を敢行した。土方が本州から海路上陸した森町鷲ノ木から江差町まで約250キロ。行軍したと思われる古道を行き、宿泊地も日程も重ね合わせた。旅を終えて2カ月ほどかけて紀行文「土方歳三 蝦夷を歩く」も完成させた。
(加賀谷直人)

   ◇

■森~江差250キロ、厳冬の2週間

 会社員だった毛利さんは58歳で早期退社後、旅を続けてきた。2003年に車で、翌年には自転車で日本一周した。07年には自転車で熊野古道350キロを9日間で駆け抜けた。

 「旅の楽しみは人との出会い。車より自転車、自転車より徒歩の方が楽しみが大きい」という毛利さんに、箱館戦争特別展を見学する機会があった。土方は鷲ノ木から五稜郭経由で江差まで進攻した。ひらめくものがあり、書店に直行したが、道南の古道に関する資料はなかった。

 進攻ルートの町史や市史にあたり、ルート解明に努めた。江戸時代の紀行家で挿絵も多く残している菅江真澄らの紀行文なども参考にした。現地にも足を運び、地元の人に取材した。07年4月、1回目の踏破に挑戦したが、6割程度のルートしか解明できなかった。土方と同じ時期に歩いてこそ苦労がしのばれると昨年12月5日、厳冬期の一歩を踏み出した。

 独自に開発した野宿用の車輪付きキャリアにテントや寝袋を積みこんだ。食糧はコンビニエンスストアで調達、長い時で1日25キロ歩いた。榎本軍が築いた函館市の台場山では登山中、熊の足跡を見つけた、枝に払われてメガネを紛失するというアクシデントもあった。暴風雪雨の日が多く、木古内町ではテントが水浸しになった。

 目的地の江差町に着いたのは12月18日午後2時半。猛吹雪だった。海沿いの道は荒波が打ち寄せていた。土方が進攻した時も悪天候で、旧幕府軍軍艦「開陽丸」が江差沖で座礁、沈没した。「運良くというか天候が厳しく、土方らのルートを追体験できた」と毛利さんは笑う。

 冊子には道中の出来事のほか、同じ日の土方らの行動を当時の日記から再現している。年内には写真や地図で全ルートの古道を詳述した冊子の制作も予定している。

 冊子は千円。問い合わせは毛利さん(090・1648・1556)へ。


 も~さん、完成おめでとうございます。別途申し込みますね。

 も~さんのサイト
自遊旅ホームページ



 こんばんは、白牡丹です。

久しぶりに本宅に記事を追加したのですが、本宅のトップページの転送中に接続トラブルが発生したようで……よりによってトップページがアクセスできません(涙)。

 現在、原因を見つけて解決しようと努力しております。解決しましたら、またご連絡しますので、それまでご寛恕のほどよろしくお願いしますm(__)m。

☆★☆★

20:45追記。トップページの更新に成功しました。お騒がせしました。

☆★☆★

5月11日、0:02追記。解決しました。

ファイル転送ソフトで接続できるのにサーバー上のファイルが表示できない(汗)、ホームページビルダーからファイル転送できない(涙)、という不具合でした。

ノートン360のセキュリティに阻まれていたようで、ファイアウォール設定を「自動」→「許可」に変更。

インターネットエクスプローラの「ツール」「詳細設定」「セキュリティ」「サーバの失効証明を確認する」チェックボックスのチェックを外す。

このどちらかが効いたようで、これで再起動したらファイル転送ソフトでサーバのファイル表示ができました……って相変わらずアバウトなのですが^_^;。



 復刊ドットコムから復刊の連絡が届いていたが、もう店頭に並んでいた(@_@)。



 しかも『Vice』シリーズを愛読していた当時すでに廃刊だった『L.A. HEAT』も復刊……う、嬉しい。



復刊ドットコム 復刊リクエスト投票
『L.A. HEAT』黒田かすみ
『Vice』黒田かすみ

 この作品を知る前からアントニオ・バンデラスが好きだった自分(アメリカで成功する前の作品から観てた^_^;)には、エドガーとかビクトル・レオンとか、このシリーズのラテン系男たちがツボ過ぎ。

 連載された当時、渡航経験がなかったと文庫版あとがきで知って、今さらながら感心……インターネットが普及してなかった当時、ロケハンなしでこれだけ海外渡航気分を味わえる作品を描けたなんて情報収集力が半端じゃないです。

 文庫化によって新たなファンが増えると嬉しいです。






 暑かったですね。ひの新選組まつりのパレードに参加された方々は、さぞ暑かったのでは。

東京
ひの新選組まつり:局長・組長役10人、きょうパレード /東京
 新選組副長、土方歳三らの生地である日野市で8日、「第13回ひの新選組まつり」が開かれ、コンテストで選ばれた組長役の10人がお披露目された。10人は局長や組長として9日の隊士パレードを率いる。
 10人は4月29日の隊士コンテストに応募した全国の36人から選ばれた。8日は中央公園でそれぞれ役になりきり、剣術など得意技を披露。集まった新選組ファンから熱い声援と拍手が送られた。
 市民会館では、新選組にまつわる演劇や歌手、朝倉由美子さんらの歌謡ショーも開かれた。9日のパレードは午前に高幡不動、午後は甲州街道周辺であり、新選組の扮装(ふんそう)であればだれでも参加可能。土方役の宇都宮市、自営業、小堀恭嗣さん(27)は「過去最高のパレードにして、日野市と新選組に貢献したい」と張り切っていた。
 まつりの情報はホームページ(http://www.shinsenhino.com)。【喜浦遊】


皇居観光人気じわり 都心で自然・歴史も実感
 皇居・東御苑が観光客に人気だ。都心にありながら自然を満喫できるうえ、史跡も多く、歴史を実感できる。NHK大河ドラマ「龍馬伝」など幕末を扱った番組や書籍の人気も後押しする。入園者は昨年、九十七万五千人を数え、今年も四月末現在で前年同期を大きく上回り、年間百万人に達する勢い。規制エリアにある宮殿前や二重橋も観光できる「一般参観」では外国人の姿も目立っている。 (小鷲正勝、沢田千秋)

 約二十一ヘクタールある東御苑には江戸城天守閣の石垣(天守台)が残り本丸や大奥跡が庭園として整備されている。月、金曜を除いて開放され、入園は無料。
 宮内庁によると、入園者は二〇〇〇年に約五十五万二千人だったが、昨年は約九十七万五千人に。今年も四月末現在で約三十六万九千人が訪れ、前年同期の約三十五万人を引き離した。今年のゴールデンウイーク(四月二十九日~五月五日)には約五万六千人が訪れている。
 「園内の樹木や花々に説明板が設けられ、宮内庁のホームページには開花状況のお知らせもある。リピーターが多いようだ」と同庁管理課。さらに「歴女」との言葉も生んだ歴史ブームは多くの若者を引き寄せている。
 デジタルカメラの普及も大きな要因と指摘するのは、千代田区観光協会の印出井(いんでい)一美事務局次長。
 「奥行きのある自然、大番所や百人番所などの建物、丸の内や大手町のビル群も望める被写体の宝庫。入園者がメールやブログで発信し、情報が共有されて入園を促す面がある」と語る。
 一方、平日二回行われる一般参観は事前の手続きが必要。〇四年春からインターネットでも申し込め、英語版もあるため外国人の希望者が急増。今年四月末現在で三千六百人が参加し、〇五年同期に比べ三倍に増えた。
 八日に娘二人と来園した栃木県佐野市のパート小畑雅代さん(49)は「テレビで見ていて、いつか来たかった。都心の真ん中なのに、緑がいっぱいで整備も行き届いていて、ここだけ別世界」と感動した様子。
 都内で自営業を営む倉本美和さん(41)はインターネットで下調べをして訪れた。「桜やツツジなど季節の花が絶えず、いつ来てもいい。無料っていうのも大きいかも」と話していた。


神奈川
都市発展記念館で「西洋館とフランス瓦」展-横浜生まれの近代産業
 横浜都市発展記念館(横浜市中区日本大通12、TEL 045-663-2424)で、横浜生まれの近代産業を紹介する企画展「西洋館とフランス瓦」が開催されている。
 開港以後の洋風建築を特徴づける要素として、日本にはなかった煉瓦(れんが)や西洋瓦(フランス瓦)などの建設材料があげられる。幕末に来日したフランス人の実業家アルフレッド・ジェラールは、横浜山手に瓦工場を建設し、日本で初めてフランス瓦を製造した。
 同展では、フランス瓦誕生の地の「山手のジェラール工場」を中心に、洋風建築の広がりの背景にあった黎明期の近代産業のすがたを紹介する。
 展示は「ジェラールが伝えたフランス瓦」「横浜近郊の煉瓦工場」「発掘がすすむ近代遺跡」の3構成。
 展示品は、御幸煉瓦製造所の鉄製銘板(川崎市市民ミュージアム所蔵)、画像「山本煉瓦製造所での作業風景」(高橋秀和さん所蔵)、フランス瓦の木製押型(植竹康之さん所蔵)、ジェラール煉瓦I型(同館所蔵)、銅版画に描かれたジェラール工場「日本絵入商人録」(横浜開港資料館所蔵)、青木周蔵那須別邸使用の和風煙道管(那須塩原市所蔵)、アメリカ海軍病院跡出土遺物(同館所蔵)ほか。
 ジェラールの工場は蒸気機関を備えた近代設備が整い、彼の名前を刻んだフランス瓦や煉瓦、土管を製造していた。発掘調査などから、ジェラールの瓦は当時、横浜居留地を中心に多くの西洋館の屋根を彩り、東京方面にも広がっていたことが分かっている。
 会場は横浜都市発展記念館の3階企画展示室。開館時間は9時30分~17時(入館は16時30分まで)。月曜休館。入館料は一般500円、小・中学生250円。開催は5月9日まで。


京都
石清水八幡宮:篝火御影を公開 元襲来で祈願? 京都
 日本三大八幡宮の一つ、石清水(いわしみず)八幡宮(京都府八幡市)は、鎌倉時代の制作とされる曼荼羅(まんだら)「篝火御影(かがりびのみえい)」を9日から一般公開。同宮に残る江戸時代の古文書に、中国の元が襲来した弘安の役(1281年)で本殿に掲げ、亀山上皇らが敵の降伏を祈願したと記録されており、同宮は「祈願に使われた実物の可能性が高い」としている。
 「篝火御影」は縦約84センチ、横約46センチの絹地で、掛け軸になっている。同宮に付属する大乗院に保管されていたが、幕末の「鳥羽伏見の戦い」で行方不明となった。07年8月、同宮敷地内の若宮社内で見つかり、修復作業をしていた。
 曼荼羅には、中央上部に八幡神(応神天皇)が袈裟(けさ)を掛けて座り、剣と印板らしきものをかざす姿が描かれている。左右には仏を守る8神などが居並んでいる。額装から鎌倉時代の制作とみられ、室町時代の1431(永享3)年に大乗院に寄進されたとの裏書きがある。
 同宮社務所書院で23日まで一般公開する。【玉置勝巳】


福岡
幕末・勤王の歌人 野村望東尼の遺徳しのぶ 幽閉先 糸島市姫島で慰霊祭
 幕末の歌人で勤王家の野村望東尼が晩年流刑にされた糸島市志摩の姫島で8日、恒例の慰霊祭があり、志摩望東会(吉村勝会長)のメンバーら約60人が遺徳をしのんだ。
 福岡藩士の妻だった望東尼は、隠せいした平尾山荘(福岡市中央区平尾)で勤王の志士らと交流。1865年、藩の弾圧で姫島に幽閉されたが、翌年、長州藩の高杉晋作らの手配で救出された。
 慰霊祭は望東尼が幽閉されていた旧跡で行われ、松本嶺男市長も出席。吉村会長が「学ばなければならないのは高潔な人格と精神。ご慰霊に誠をささげる」との祭文を読み上げた。
 姫島小と志摩中姫島分校の児童、生徒19人が望東尼の歌を合唱し姫島での日々をしのんだ。


ブックレビュー
【書評】『勝海舟』松浦玲著
■いよいよ好きになった

 勝海舟に、かねてから親しみを感じていた。明治維新の立役者の中で、「勝さん」とさん付けで呼びたくなるのは彼だけであった。江戸城引き払いについて、都府というものは天下の共用物であって、決して一個人の私有物ではないといった勝さんはすばらしい。勝てない戦争は戦ってはならないという姿勢は、女性を大切にすることにもつながっていたと思う。その彼に、福沢諭吉はどうして厭味(いやみ)をいったのか。ぶ厚いこの本は、どこから読み出してもよいという自由さがあった。それは、勝海舟という一人の人間の幅広い魅力からきているように思われた。いつの時代の彼もいい。ただ咸臨(かんりん)丸の艦長になってからは、少し痛々しい。
 せっかく艦長になったのに船酔いをして、使いものにならなかったというように一緒に航海した福沢諭吉は皮肉っている。真実は、どうだったのだろう。後の勝海舟、麟太郎は熱病を押して出発した。どうしても、アメリカ合衆国にいってみたかった。体調を気にしてくれたのは、アメリカ人士官の同乗者ブルックだけだったらしい。それからしても、福沢諭吉とは最初からウマが合わなかったことがわかるのである。船酔いは本当だった。しかし、麟太郎はただ寝ていただけではなかった。甲板上で、ブルックとのミーティングをしている。
 しかし明らかに指揮権は、ブルックに移っていた。麟太郎が動かしたのではないことを皮肉る一方で、福沢諭吉はブルックには少しも助けて貰(もら)わなかったと強弁した。意識的な「嘘(うそ)」であると、この本には書かれている。日清戦争に勝利した後の臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の時期の福沢のナショナリズムに通じている、と著者の松浦氏は解説される。福沢諭吉は日清戦争を、文明(日本)の野蛮(清国)に対する戦いだとした。しかし、勝海舟は不義の戦争、道理から外れた戦争だと明治維新の関係者の中でたった一人、反対した。その後に三国干渉がくることも、勝さんにはわかっていた。足尾銅山鉱毒問題でも元が間違っていると、新聞にはっきりと書く彼はすがすがしい。いよいよ好きになった。(筑摩書房・5145円)

 評・太田治子(作家) 



「龍馬はなぜあんなにモテたのか」 歴ドル美甘子さんが新刊
 歴史好きのアイドル「歴ドル」として活躍中の美甘子(みかこ)さん(26)が新刊「龍馬はなぜあんなにモテたのか」をKKベストブックから刊行した。
 著者は小学生の時に漫画「おーい!竜馬」を読み大の坂本龍馬ファンに。歴史マニアの女子「歴女」の代表的存在として活躍中だ。龍馬ばりの紋服、ブーツ姿もなかなか決まっており、テレビや雑誌でその姿を見た人も多いだろう。
 本著の触れ込みは「歴ドルが分かりやすく解説した幕末入門」。「男ぶりは悪いが女がほれる」と豪語した龍馬の女性関係を高知、江戸、京都、長崎とゆかりの地ごとに考察しつつ、近代国家づくりに尽力した龍馬の功績をひもといてゆく。龍馬の手紙の読み下し文や時代背景の平明な解説が随時織り込まれ、口語調の文章も親しみやすい。手軽で楽しい「龍馬・幕末入門」といえる。
 著者は龍馬が女性に好かれた理由の一つを「女性に囲まれて育ったために女性の気持ちを理解できた」とみる。ただ、男性が最も気になる「龍馬がもてた理由」はやや突っ込み不足の感も。「歴女」ならではのユニークで鋭い分析も読みたかった。
 新書判。価格は980円。


エンターテインメント
フィギュア「薄桜鬼 新選組奇譚 羅刹Ver.」抽選販売を受付中 by おとめん
 コトブキヤより4月に発売されたワンコイングランデフィギュアコレクション「薄桜鬼 新選組奇譚」の羅刹Ver.の抽選販売が、ホビー情報サイト「とれたて!ほびーちゃんねる」にて開始されている。
 コトブキヤより4月に発売されたワンコイングランデフィギュアコレクション「薄桜鬼 新選組奇譚」。ほびーちゃんねる女子部限定版の羅刹Ver.として、初回1,500セットの抽選販売が開始されている。申込みは2010年6月15日(火)までとなっている。
 詳しい商品のレビューは、ほびーちゃんねる女子部にて公開予定。随時サイトを要チェックだ。
 髪の毛と瞳のカラーリングを新たにした和装姿の土方歳三・沖田総司・斎藤一・藤堂平助の4人





 今日は行楽日和となりましたね。自分は早起きして午前中に行ってきてしまったもので、午後ちょっと昼寝……気候がいいので、心地よいです^_^;。

北海道
ハム限定ユニホーム五稜郭でお披露目
 日本ハムが今季の「WE LOVE HOKKAIDOシリーズ」で着用する限定ユニホームを7日、函館市の観光スポット・五稜郭でお披露目した。8日からの楽天2連戦へ向けた練習を会場の函館オーシャンスタジアムで午前中に行い、その後に梨田監督らがPR。選手は主将の稲葉、名前から新選組にちなんだ応援スタイルがある金子誠、選手会長の田中が、同所にあるタワー内の展望台へ駆けつけた。
 今季の同シリーズは7月9日からのオリックス3連戦(札幌ドーム)で、黄金色を主体にデザインされた帽子、ユニホームで戦うことになった。梨田監督は「リッチになった感じ」と気に入った様子。生命力にあふれた北海道の大地の豊かな実りなどへの思いが込められているという。田中は「自分で言うのも何ですけれど、まあまあ似合っている」とご満悦。稲葉と金子誠は「北海道全体でという思いで、いつも(同シリーズ)は勝てないので、勝てるようにしたい」と声をそろえていた。


岩手
高野長英:市民ら、遺徳をしのぶ 奥州で誕生祭 /岩手
 奥州市水沢区出身の幕末の蘭学者、高野長英(1804~50年)の誕生祭が5日、同区吉小路の「誕生之地公園」で開かれた。市民ら約40人が参加し、偉人の遺徳をしのんだ。
 高野長英顕彰会(平塚均会長)が、鎖国政策を批判して幕府の弾圧に抗し続けた長英の功績をたたえようと、毎年開いている。
 神事の後、平塚会長が「長英、シーボルト両先生が生み出した遺産を現代に生かし、その価値を広めていきたい」とあいさつ。記念碑を前に全員で高野長英頌歌(しょうか)を斉唱した=写真。【湯浅聖一】



栃木
出流天狗事件の慰霊碑法要 子孫ら「名誉回復」願う
【鹿沼】明治維新前年の慶応3(1867)年11月に起きた「出流天狗事件」に連なり幕府に処刑された旧永野村、旧粕尾村の倒幕の志士たちの慰霊碑法要が7日、下粕尾の極楽寺跡地で行われた。降りしきる雨の中、子孫や地域住民ら約30人が出席し、非業の死を遂げた志士たちのために祈った。
 事件は、薩摩藩が倒幕運動に同調する浪士を糾合し、各地で武装蜂起させようとしたのが発端。栃木市の出流山満願寺に集結した志士たちの中には、旧永野村、旧粕尾村の若者や、上州の国定忠治の息子で極楽寺の僧だった千乗も加わっていたとされる。一行は幕軍各藩兵軍の攻撃で鎮圧され、千乗ら多くの若者が首を切られるなどして処刑されたという。
 極楽寺跡地の慰霊碑は昨年秋、国定忠治とゆかりが深い群馬県伊勢崎市の平等山福祉寺の松原日治住職が私費を投じて千乗の供養碑とともに建立。これを受け、志士の子孫と地元住民が発起人となり、松原住職も出席して開眼法要を行うことにした。
 法要後、発起人の一人を務めた元市議の駒場一男さん(75)は「幕府に逆らった志士たちは150年もの長きに渡って誤解され、良く言われることがなかった。慰霊碑建立が名誉回復につながればうれしいですね」と話した。(渡辺直明)


東京
漂う本物の風格 複製支える職人技 京都 便利堂(神保町)
 美術一筋120年余、国内外の美術品の複製を手掛ける京都の老舗「便利堂」。世界でも数少ない「コロタイプ」と呼ばれる印刷技法を駆使する。技術は約150年前にフランスで生まれた。機械で一度にカラー刷りをするのとは異なり、職人が40種類以上の特製インクから一色一色、版画のように丁寧に手作業で刷り重ねていく。世界的至宝の法隆寺金堂壁画や正倉院文書など、大切な文化財の複製も同社が担った。
 東京神保町店には、全国の美術館や博物館のショップで販売されている名作、名品の美術関連商品が並ぶ。中でも、幕末の志士坂本竜馬が姉の乙女にあてた手紙(3通セット・4万5000円)=写真手前=が評判だ。
 竜馬が生涯の師と仰いだ勝海舟との出会いが書かれたものや、お龍(りょう)との新婚旅行先、九州の霧島山に登ったことが絵入りで描かれている。竜馬独自の筆致が精巧に再現され、本物の風格で複製を味わえるのもコロタイプならでは。着物染色の際の型紙をモチーフにした「染型撰 なつはがき」(全8種・各157円)もお薦め。
 ◇千代田区神田神保町2の3の1 岩波書店アネックス2階。地下鉄神保町駅A6出口徒歩約3分。月~土曜10~18時30分(祝日~17時30分)。日曜定休。(電)03・5226・0015。


長野
飯田の赤門25年ぶり改修
 飯田市追手町の飯田合同庁舎敷地内にある飯田城桜丸御門(通称・赤門)の大規模改修工事が始まり、7日、現地で安全祈願祭が行われた。
 工事は1985年の改修以来25年ぶり。上屋をかけたあと、傷みのひどい屋根部分から着手し、瓦をすべておろして本体の建物調査、補修を行う。
 古い瓦で使えるものは残し、足りない場合は型取りして新たに焼き上げる。また、屋根裏などに残るベンガラを探り、本来の色の再現を目指す。
 事業費は1000万円で、8月末に修復完了の予定。
 桜丸御門は、1754年(宝暦4年)に建築された屋敷門。明治維新で取り壊された飯田城址の中で、破壊を免れた唯一の遺構として市民に親しまれている。




岡山
岡山と新選組のかかわりを研究 子孫らが「岡山新選組」準備会設立
 岡山県内外の新選組ファンや隊士の子孫が集まり、「岡山新選組準備会」が発足した。岡山と新選組のかかわりを研究したり、ゆかりの地を訪ねるツアーを通じて交流を促進。メンバーは「岡山が多くの隊士を輩出していることを広めていきたい」と張り切っている。
 東京都の日野新選組同好会が昨年5月に岡山で行った足守藩出身の隊士・安富才輔の墓を巡るツアー参加者を中心に、岡山や東京の10〜80代の男女約20人で4月に結成。今後、月1回程度の会合や史跡見学会を実施し、仲間を増やして1年後の「岡山新選組」正式発足を目指す。
 メンバーは、岡山城(同北区丸の内)で開催中の春季特別展で展示している新選組副長・土方歳三の愛刀を見学したほか、福山市・鞆の浦や高知市といった幕末に活躍した人物ゆかりの地の訪問も予定。会報の発行やウェブサイトの立ち上げも計画しており、岡山と新選組のつながりについて積極的に情報発信していく。
 現在、メンバーを募集中で「新選組好きの人に気軽に参加してほしい」と呼び掛けている。問い合わせは長倉さん(090―7998―3222、ファクス086―263―5037)


高知
GW:観光客、最多の25万8366人 龍馬ブーム“くっきり” /高知
 今年のゴールデンウイーク(GW)期間中、県内主要観光施設の入場者数が前年比12%増の25万8366人を記録し、過去最多だったことが県観光コンベンション協会のまとめで分かった。増加幅は坂本龍馬関連の施設が顕著で、龍馬ブームの影響力を裏付ける格好となった。
 調査対象は先月24日~5日の12日間。龍馬効果に加え、見直される予定の高速道路の休日1000円化や、連日の好天に恵まれたことが観光客増につながったと見られる。
 主要観光施設28カ所中、対前年比で大幅な増加率を見せたのは、高知市立龍馬の生まれたまち記念館(371%増)▽中岡慎太郎館(332%増)▽県立坂本龍馬記念館(276%増)▽龍馬歴史館(174%)--など。
 また、観光イベント「土佐・龍馬であい博」の関連施設では、メーン会場の高知・龍馬ろまん社中が今月5日、1月16日のオープン以来入場者20万人を突破。当初予想より約3カ月早かった。安芸市、土佐清水市、梼原町のサテライト3会場と合わせ、GW期間中の入場者は6万324人だった。
 その一方で苦戦したのが、龍馬関連以外の観光施設。香美市のアンパンマンミュージアムは対前年比5887人減の2万3142人。幡多など郡部の自然系の観光施設でもほとんどが前年比マイナスと、龍馬ブームが裏目に出る結果となった。【千脇康平】
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 ◇県内主要観光施設の人出(4月24日~5月5日)
                     入場者数(カッコ内は前年数)
(1)龍馬の生まれたまち記念館   1万3489人(3634人)
(2)中岡慎太郎館           2295人(691人)
(3)県立坂本龍馬記念館      3万8422人(1万3905人)
(4)龍馬歴史館            4893人(2814人)
(5)県立牧野植物園        2万1447人(1万4091人)
 ◆土佐・龍馬であい博関連施設の入場者数
高知・龍馬ろまん社中        3万4135人
安芸・岩崎弥太郎こころざし社中     8364人
ゆすはら・維新の道社中       1万 459人
土佐清水・ジョン万次郎くろしお社中   7366人


山口
高杉晋作:誕生地の萩市、銅像建立へ寄付金募集--1口5万円 /山口
 萩市の萩まちじゅう博物館銅像建立委員会(野村興児市長)は6日、幕末に活躍した長州藩の武士、高杉晋作銅像建立に向けて制作費の寄付金募集を始めた。
 同市は晋作の誕生地でありながら、銅像がなかったため、委員会が設置を決めた。場所は城東南区の生家前の市有地「晋作広場」。松下村塾に通っていた20歳ごろのマゲ姿で、高さ1・8メートルの立像。台座1・2メートルがつく。日展評議員で京都市在住の江里敏明さんが制作する。
 寄付金は1人1口5万円で、先着順で100口を募集。寄付者の名前を銘板に刻む。850平方メートルある広場は公園として整備する。除幕は10月31日の予定。問い合わせは、委員会事務局の萩まちじゅう博物館推進課(0838・25・3166)。【川上敏文】


社会
自宅でくつろぐ岩倉具視、写真原板を発見
 明治維新を主導した公家、岩倉具視(1825~83)を撮影した写真の原板・ガラス湿板(しつばん)2枚を、子孫が保管しているのを東京大の馬場章教授(歴史情報論)らが確認した。
 岩倉の紙焼き写真は約20種類あるが、ネガにあたる原板の発見は初めて。研究者は「明治初期の有名人を写した原板が見つかるのは珍しい」としている。
 馬場教授らは子孫の岩倉具忠氏(京都市)の協力で調査を始め、原板12枚を発見。うち2枚(各縦12センチ、横20センチ)に写る男性を、岩倉のほかの写真と照合して本人と確認した。
 原板1枚には2カットある。うち1枚はこれまで確認されていなかった写真で、羽織袴(はかま)を着た岩倉が刀を手に少年と納まる姿と、長女の増子とみられる女性の姿があった。
 もう1枚は2カットとも岩倉の直衣(のうし)姿で、紙焼きで知られている写真だった。
 撮影は東京の写真家・内田九一。原板の端には縁側が写り、場所は岩倉が1869年に京都から転居した東京の自宅という。ほかの原板には翌70年に海外留学した息子の姿があり、時期は同年初めとみられる。
 馬場教授は「旧500円札の岩倉は熟練の政治家の雰囲気があるが、今回初出の写真はくつろいだ表情で、家族を大切にする人柄が伝わる」と話している。
 原板の一部は、15日~6月6日、兵庫県尼崎市の市総合文化センターでパネル展示される。
 日本写真芸術学会員で古写真研究家の森重和雄さんの話「紙に焼きつけると周囲をカットすることがあるが、原板は背景も残っているため、撮影された様子がわかり、大変貴重だ」



コラム
「偽官軍」事件で死刑者 官軍側の「戦死者」で復権
 維新史最大の謎の一つとされる「偽官軍」事件(一八六八年)で、新政府軍によって処刑されながら、二十三年後に靖国神社に合祀(ごうし)されていたことが明らかとなった赤報隊所属の水戸藩士。二人はいかにして「偽官軍」の汚名をそそぐことができたのか。背景を調べていくと、明治政府のご都合主義によって、歴史の闇に葬り去られた人々の数奇な運命が浮かび上がってきた。 (水戸支局・北爪三記、吉原康和、)

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エンターテインメント
【働きビト】上司にしたい偉人1位に「坂本龍馬」、先見の明と行動力はまさに鏡
 社会人の常識・非常識から恋愛事情まで、様々な分野でのスタンダードを探るコラム、ORICON STYLE『働きビト』。ここ数年、加熱の一途を辿る“歴史ブーム”。テレビ番組や映画など、偉人たちの活躍を知る機会も身近に増え、時代を切り開いてきた彼らに感化された経験をお持ちの人も少なくないはず。そこで、第37回目は『上司にしたい歴史上の人物』をテーマに調査を実施した結果、現在放送中のNHK大河ドラマで奔走ぶりが描かれる【坂本龍馬】が1位に。明治維新の立役者となった先見の明と、目標に向け突き進む行動力で圧倒的な人気を集めた。また、TOP10内には【織田信長】(2位)や【直江兼続】(6位)、【篤姫】(9位)など、大河でその歩みが語られた偉人たちの名前が目立った。

『上司にしたい偉人』TOP10と、支持された理由一覧

 幕末を駆けずり回った風雲児【坂本龍馬】。「考えが人より一歩先に向かっていて、創造力も行動力も素晴らしい」(長野県/30代/女性)という意見のほか、「少々強引な部分もあるかもしれないけど、対話で問題解決しようとする姿勢がすごい」(千葉県/30代/男性)、「あのようなことが出来たのは、人として器が大きかったからだと思うので」(埼玉県/30代/女性)と、人情深い人柄に魅了された人も少なくない。そんな、龍馬なら「閉塞した今の日本経済も打ち破れるような気がする」(東京都/30代/女性)との声まで寄せられた。

 「上司には豪快さ、大胆さ、カリスマ性があってほしいから」(東京都/30代/女性)と2位にランクインしたのは、戦国大名【織田信長】。目的を果たすためなら手段さえ選ばない冷酷なイメージも付きまとうが、全ては天下統一を見据えてのこと。「効率的に戦略を組み立てる能力があっての強引さだったと思うから」(新潟県/20代/男性)、「厳しいけど、この人についていけば大丈夫という安心感もあったと思うから」(福岡県/20代/女性)と、信長のような男気のあるリーダーシップは現社会人が上司に期待する主要な要素のようだ。

 続く3位には、天皇として飛鳥時代の一端を担った【聖徳太子】。10人にも及ぶ請願者の話しを一斉に聞いた際すべての言葉に耳を傾け理解し、1人1人に的確な返答をしたという逸話があることから「最近しっかり話を聞いてくれる上司が少ないので。話をしても少しするとその内容を忘れていることも多い」(福岡県/20代/男性)、「きっと部下への気配りや人の使い方も上手かっただろうと思うので」(東京都/30代/女性)といったコメントが多数。コミュニケーション能力に富んだ聖徳太子に理想の上司像を重ねる人が多かった。

 そのほか、戦乱の世“鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス”の精神で天下統一を成しえた【徳川家康】が4位。「アイディア豊富で実行力があり、思いやりもある人だと思うから」(神奈川県/30代/女性)と昨年の大河ドラマで、妻夫木聡がその生涯を演じたことも記憶に新しい【直江兼続】が6位に。9位はTOP10内では紅一点となった【篤姫】で「自分の強い信念を持った人だから」(神奈川県/20代/女性)など、凛とした篤姫の生き様は特に女性から絶大な支持を集めた。

 『上司にしたい偉人』をテーマに調査した今回、芯の通った固い信念のもと生き抜いた時代の先駆者たちがこぞって名を連ねた。今の日本を作り上げたと言っても過言ではない彼らの人生には、現社会でも通ずる“成功の秘訣”が山のようにねむっていそうだ。

【調査概要】
調査期間:2010年2月25日(木)~2010年3月2日(火)
調査対象:計800人(自社アンケート・パネル【オリコン・モニターリサーチ】会員で有職者の未婚20代、30代の男女 各200人)調査方法:インターネット調査

 土方歳三も10位でランク入りです(^^)。





 4月26日に訪れた時には遅咲きの花が固い蕾でしたが、今日は満開でした。



 「白牡丹 月夜月夜に 染めてほし」 豊玉

 ……この句からHNをいただいているので、一年に一度は白い牡丹を鑑賞することで豊玉宗匠に思いを新たにしております。

 今年も眼福でございました。





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