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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は五兵衛新田に駐屯した新選組についての新たな説を紹介した記事があります。

青森
弘前で陸羯南ゆかりの地を巡るバスツアー
詩碑や生誕地などに思いはせ

 狼森地区の鷲ノ巣山にある「羯南巌城の詩碑」では、参加者が小高い山を登って羯南の有名な漢詩「名山名士~」が刻まれている詩碑を見学。参加者は詩碑を前に記念撮影をしたり、山頂からの岩木山の眺望を楽しんだ。
 参加者はこのほか、羯南の本籍地(御幸町)に建つ旧弘前偕行社を訪問。今回の記念事業により、顕彰碑を整備した在府町の生誕の地や笹森儀助旧宅跡などもバスから見学した。
 また、羯南の書が保管されていた伊藤梅軒旧宅・松陰室を訪れ、幕末、江戸時代の貴重な遺構に触れた。


茨城
筑波山神社の禅定 恐怖心捨て難所を克服
 禅定は、幕末まで筑波山にあった宝積院で行われてきた心身と精神を鍛える修行。寺がなくなった明治初期に神社が引き継いだ。山を信仰の対象としてあがめるふもとの集落や、五霞町など遠くからも団体で訪れていたという。神社が積極的に参加者を募ることはないが、近年は口コミで十二人前後が挑んでいる。


東京
近藤勇『銭座』に再起 小菅 (葛飾区)
 新選組局長・近藤勇は一八六八(慶応四)年四月、隊を率いて下総流山(現在の千葉県流山市)に陣を敷くが、間もなく官軍に包囲され投降、斬首(ざんしゅ)される。
 この前月、近藤は五兵衛新田に滞在、屯所を構えている。現在の足立区綾瀬。かつて武蔵国と下総国の国境だった古隅田川を挟んで、小菅のすぐ北隣だ。
 なぜ綾瀬に。じつは、近藤は「小菅銭座」の炉を使って、銃の弾丸をつくっていた-。この新説を発表したのは、綾瀬でうなぎ店を営む増田光明さん(58)。自ら「綾瀬新撰組研究会」などを運営する歴史研究家で、膨大な古文書を分析して、この結論を導き出した。
 「甲州の戦に敗れた近藤は、官軍との次の戦いに、着々と備えていた。それに銭座が使えると計算して、この地に来たはずです」。この増田さんの説は、著書「新撰組五兵衛新田始末」(崙(ろん)書房)に詳しい。
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