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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 霞ヶ関・虎ノ門エリアをうろうろしていたら、大鳥圭介関係の史跡を発見(@_@)。

 工部大学校跡です……霞ヶ関ビルのすぐ近くに碑が建っていました。



港区ゆかりの人物データベース
明治になって西洋の科学技術を導入するための官庁として置かれたのが工部省です。虎ノ門には工部大学校という、世界でも珍しい実学重視の高等教育機関が設立され、日本の近代化の礎を築く数多くの技術者を育てました。伊藤博文の命を受けて、カリキュラムを組んだのはイギリス人の技術者のヘンリー・ダイアーで、校長就任当時はわずかに24歳でした。講師としては建築家のジョサイア・コンドルなどが知られています。お雇い外国人が数多く出入りし、全国から俊才が集まってくる工部大学校は、新たな時代を象徴する新名所として画題に取り上げられました。


 この説明だと大鳥圭介の名前はありませんが、工部大学校長として、琵琶湖疏水の設計・建設指揮で知られる田邊朔郎など、多くのエンジニアを育成しています。

 新年早々ケースケ関係の史跡巡りができて、ちょっと嬉しかったりして。
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 書店で見かけたので早速購入しました。著者は大鳥圭介の妹於勝の曾孫で、お医者さん(ふたつの病院の理事長をされています)。2004年に『われ徒死せず――明治を生きた大鳥圭介』を刊行、2006年に井植文化賞を受賞されています。



 大鳥圭介の孫、大鳥蘭三郎(慶應義塾大学医学部医史学の教授だそうです……大鳥家は理系が多いのかな?)が収集していた大鳥圭介の遺品・日記・書簡などは蘭三郎が生前に学習院大学に寄付したそうで、今回の本はその日記を解読して紹介するものだそうです。

 まだ三分の一しか読んでないので、肝腎のケースケの日記部分には辿り着けてませんが、箱館戦争の敗軍の将のひとりだったケースケが釈放後に黒田清隆(かつての教え子)のはからいで北海道開拓史に出仕したのですが、その途端に、明治政府がアメリカで公債を発行することになり、その随行員に引き抜かれてしまうんですね。そして、アメリカでは利息が高いということで一行はイギリスまで足を延ばすんですが、そこで滞在が長引いていた岩倉使節団と遭遇しました……うひゃひゃ、かつての敵とご対面~って感じで、岩倉具視とか木戸孝允とか大久保利通とか伊藤博文とかと顔を合わせてしまうわけですね。

 で、大久保利通に感化される伊藤博文が面白くなくて仲違いする木戸孝允とか(爆笑……帰国後に仲直りしたそうですが)、この岩倉使節団もとっても面白そうなんですが、今日は渡航中のケースケについて、上司に当たる吉田清成が本国の井上馨に書き送った一節をご紹介します。

大鳥モ用達候へ共、兎角長ク世中ニ疎ナレハ詮方ナク候。併し極最上ノ人物ニ御座候。御安心被下度候。


 「長いこと獄中にいたので世間に疎いのは仕方ないが、人物としては極最上」……人柄についてはべた褒めに近いですねぇ。多分明るくてお喋り(ちゅーか、うるさい)だろうけど(笑)。

 そして、本の裏表紙に全身像ではないのですが、座っている大鳥圭介の上半身写真が……うわー、吹越さん、この写真見て役作りしたんですねって感じの写真で、これだけでも一見の価値ありです。そして、この背格好からして、やっぱり「南京カボチャ(Vegaさんのブログ「東京エゴイスト」にてご紹介されました)」だったんだろうなぁと納得できます(爆)。
 ついつい「ケースケ」なんて呼んでしまう大鳥圭介ですが、明治政府の要請で欧米に視察旅行をして、欧米で視察した産業や科学技術を帰国後に産業化する試みをいろいろやっている、今でいえばベンチャー科学技術者でもあったわけです。

明治の政治家大鳥圭介 英米視察の日記刊行
〈木戸、大久保、伊藤、山口其外と共ニYoung Paraffine製造場ニ至る…灯明台之用に売出す事莫大なり〉。幕末―明治期の播州出身の政治家、大鳥圭介(一八三二―一九一一年)の外遊日記を初めて翻刻・解説した「明治五年・六年 大鳥圭介の英・米産業視察日記」が刊行された。著者は神戸在住の医師・福本龍さんで、これが大鳥の残した唯一の日記という。明治日本の急速な工業化に、旧幕臣が大きく貢献した時代状況を物語る貴重な資料でもある。


 神戸新聞が取り上げたのは、大鳥圭介が播州(現・兵庫県赤穂郡上郡町)の出身だからでしょうか。

 戊辰戦争に敗れて投獄後、七二年一月に放免された大鳥は、すぐに明治新政府に出仕。翌二月、外債募集の渡米メンバーに加わった。しかし募集に失敗したためにイギリスへ行き、滞在中の岩倉使節団と接触。冒頭の木戸孝允、大久保利通、伊藤博文らと約四カ月を同地で過ごすことになった。

 英・ロンドンやマンチェスター、グラスゴー、さらに米・ニューヨークやピッツバーグを精力的に巡り、各種工場や炭鉱、製油所を訪問。日記には現場状況や人員、作業工程について、数値データも含め詳細につづってある。手描きの図版も随所に見られ、工学にかけた大鳥の並々ならぬ情熱が伝わってくる。

 福本さんは「薩長による新政府には、産業を興せる人材はいなかった。欧米の最先端技術を吸収するには、旧幕臣の力が必要だった。大鳥は閑谷学校や適塾に学んだ青年期から、西洋科学に通じていた。後年は外交や教育に携わるが、帰国後の十年余り、日本の工学発展に果たした役割は大きい」と話している。


 「国書刊行会刊、二千四百十五円」だそうです。探して購入したいと思っています。
 今日は大鳥圭介ゆかりの適塾と、新選組ゆかりの大坂の各所(蜆橋、鴻池邸跡、平野屋跡、八軒屋船着場跡)を散策してきました。



 詳しいレポは例によって後ほど本宅にてアップする予定ですが、緒方洪庵先生の適塾のみご紹介。大鳥圭介ら弟子たちが過ごした大部屋の写真をアップします。



tekijuku.jpg




 思っていたよりはずっと広い部屋でした。でも、ひとり一畳間しか使えなかったほど、弟子たちがぎゅうぎゅう詰めになって生活していた場所でして(汗)。定期的に、成績のいい弟子から順番に場所取りをしたとか。成績の悪い弟子は、夜中に厠に立った同輩に踏まれたり、昼でも灯りが必要だったとか。確かに、窓際は光が入って明るいのですが、陽の当たらないところは厳しいです。



 ちなみに、この二階に上がる階段はとても急でした。小柄だった圭介君には、上り下りは結構きつかったんじゃないかなーと思いつつ、えっちらおっちら上り下りしました。
 我らがケースケに関連して、ひとつ。



 明治期の大鳥圭介の業績のひとつ、琵琶湖疎水の建設に関わったことについて、ブログで書かれた記事を発見しました。



ブログ「業界人が見た京都観光(匿名希望)」

京都の生命線!知られざるライフライン



 一言で言うと、京都の産業復興のために琵琶湖疎水をつくりたいとする京都府知事と、設計者・建築家となる卵の学生さんを取り持ったということですね。



 明治期の大鳥さんの業績は、この琵琶湖疎水建設への関わり方に見られるように、地味なものです。でも、一歩一歩着実に、明治日本の産業化に貢献しています。
 先日、兵庫県立図書館にてコピーしてきた『大鳥圭介獄中日誌』に目を通しました。

『野史台 維新資料叢書9 日記2』日本史籍協会叢書別編9(昭和48年2月5日復刻)



 基本的には『南柯紀行・北国戦争概略衝鉾隊之記』大鳥圭介・今井信郎(新人物往来社)所収の「南柯紀行」98ページ以降の獄中記と内容は同じです。



 ただ、底本が違うようで、和歌の一部が違っていたりして。



 たとえば、新人物往来社版109ページに掲載されている和歌は、野史台版では掲載順番が違うのですが、うち一首は一字違うだけで微妙に意味が違っているような。

「浮雲に志ばしば影をかくしてぞいよてりまされ月の光りは」(新人物往来社版)

「浮雲に志ばしば願をかくしてぞいよてりまされ月の光りは」(野史台版)



 あと、短いのですが、新人物往来社版ではごそっと抜けている箇所を野史台版で見つけました。それが、坂本龍馬を暗殺したと告白したとされる今井信郎に関連する記述なので、気になります。新人物往来社版では128ページの「九日、昨夜今井信郎横倉甚五郎函館より着、右両人は神木隊杜稜隊岡崎、唐津、桑名其外藩士都合百六十四人と、十一月四日函館出帆同七日夜着、両人より外の者は芝増上寺にて謹慎す、」の後に続きます。
(今井留別諸友)

一別此身元分死

旅塵豈汚寸心紅

請君自是戦双翼

須待団南萬里風

[今井坂本龍馬云々榎本等と秋田を経しは仙台を通のしめす其奪はんを恐てなり]

 [ ]内は注記です……旧かなづかいをうまく読めてないかも知れません、意味がよくわかりません。大鳥さん本人が注記を入れたのかどうかは不明ですので、「坂本龍馬云々」のところは参考になるかわかりません。



 ただ、明治期に『南柯紀行』を出版するに当たって、坂本龍馬を殺害したとの説がある今井信郎との交友関係を伏せるために、この漢詩部分を削除して出版した可能性はあるかもな〜と思いました。史料の扱い方もよくわからない素人の戯言ですが。



☆★☆★



 以下の漢詩は、新人物往来社の版にも収載されているのですが、ちょっと思うことがあり、引用(131ページ)。

 蝦夷即事



北溟風雪道三千。 流落誰知壮志堅。

万古英雄九郎在。 一帆破浪着先鞭。

地僻文華未及昌。 千秋偉迹漫茫々。

雪山氷海路千里。 流落無人吊九郎。

西溟百戦幾波濤。 京洛栄華未報労。

孤島空留英傑骨。 威名長与北辰高。

 おそらくは、蝦夷に落ちのびたという説もある九郎義経になぞらえて、自分たちの戦いの思い出を託した漢詩ではないかと、素人ながら想像するのですが……。



 九郎義経を彷彿とさせる戦の達人で、知られていないが「壮志堅」で、かつて京洛に名を轟かし、蝦夷の地に英傑として骨を埋めた……といえば、土方さんを詠んだものではないのかと思ってしまうのは、土方ファンの欲目でしょうか(汗)。
 もうひとつ、大鳥ネタいきます(爆)。



 『大鳥圭介伝』まだ読みさしですが、医学博士・大國眞太郎の談話の中に、大鳥さんの好物についての記述がありました(趣味の第一は読書というのがケースケらしいのですが)。



「食物に就ては蟹、蝦と豆腐とが大の好物にて、殊に神戸の豆腐は好い抔《など》と賞美せられき、蟹蝦類も不消化と知りつつ常に之を下物《さかな》として杯《さかづき》を傾けらるるが常なり」



 ケースケ、エビカニが好物なのか!! 白牡丹も好物です、気が合うなぁ(誰も聞いてないってば^_^;)。



 蝦夷地に渡って、箱館でエビカニを食べたこともあったかも知れませんね。もっとも、大鳥さんは貧乏性(爆)なので、箱館でもあまり贅沢はしなかったんじゃないかと思うのですが。



 エビカニ以外では豆腐が好きと、割と粗食ですが、水のよい神戸の豆腐が旨いと思われるのは粗食の割に舌がいいのかも知れませんね(笑)。



 親戚の橋本家の沢庵が好物だという、粗食では大鳥さんの上を行く土方さん(爆)との会食があったとしたら、湯豆腐に沢庵でオッケー……慎ましいですね(^^)。
 ふと、Wikipediaで大鳥圭介の項を調べてみました。



Wikipedia 大鳥圭介



 う〜ん、記述全体のバランスが今ひとつ……事績としては、「産業の近代化に貢献した」というところをもう少し詳しく書いた方がいいんじゃないかとか思っちゃったりするわけですが。



 それはともかく、掲載されている写真画像の2枚目に注目。大鳥さん、和装で大砲の前でポーズ取ってるじゃないですか(笑)。



 これ、伝習隊時代でしょうか……一緒に写っている「安達敬三郎,」「篠原太郎」をネットで検索してみましたが、今ひとつはかばかしくなかったです。どなたかご教示いただければありがたいです。



☆★☆★



 それから、国立国会図書館の近代デジタルライブラリー「近代日本人の肖像」にも大鳥さん関係のデータが少しあります。



国立国会図書館近代デジタルライブラリー 大鳥圭介



 大鳥さんの著作を、パソコン上で見ることができます……私のパソコンは画面が小さいので、解読はできません(涙)。が、明治期に大鳥さんが訳した『堰堤築法新按 』、執筆した『石炭編.』『阿膠編 』『木醋編』『山油編』、さらに『如楓家訓』をデジタル画像で見ることができますので、大鳥ファンには感じを掴めるだけでも嬉しかったりしませんか?
 たまたまですが、2年前の大鳥圭介関連ニュース記事を引っかけてしまいました(爆)。発見したらご紹介せずばなるまいと思いますので(苦笑)、古いものですが、ご紹介します。



大鳥圭介あて李鴻章の書簡発見 評伝執筆の医師

 「幕末から明治期に活躍した播磨出身の政治家大鳥圭介が、清国公使時代に受け取った書簡など十五点が、東京都内の大鳥家で見つかった。差出人は清外交の最高実力者だった李鴻章とその側近ら。李の直筆は中国でも珍しいといい、日清戦争前夜、近代史の舞台裏を物語る貴重な資料といえそうだ」(2003年6月1日)。



 発見した福本龍さんは『われ徒死せず 明治を生きた大鳥圭介』(2004年発行)の著者です。同書の中で、李鴻章から送られた手紙の一部が紹介されています。
 一日中頭がぼや〜んとしていて読書向きではなかったけど、『大鳥圭介とその時代』の中からコピーしてきた「五 江戸脱走と下野の反抗」「六 会津救援と引揚げ」「七 奥羽戦争と北越戦争」「八 箱館戦争と大鳥圭介の活躍」「九 獄中時代」を昨日今日で読み終えました。



 他の書籍と読み合わせないと記述の正確さは検証できませんが、事実ベースで淡々と、かつ詳細に大鳥さん達の軌跡を追っているという印象を持ちました。特に各地での戦闘についての記述は具体的かつ冷静で、戊辰戦争の展開を緻密に追っかけているという印象。ところどころに挿入された地図も便利です。



 強いていえば、箱館戦争の時に高松凌雲率いる箱館病院の降伏と相前後して、その分院であった高龍寺では降伏の手続きがうまく行かず、旧会津藩士を中心とする旧幕府脱走軍の傷兵が多数焼死した痛ましい事件についても書いて欲しかった、というぐらいでしょうか。それから、函館「称妙寺」となってましたが、正しくは「称名寺」です。あ、あと、図版で載せられている土方さんの写真は、複写で男前度が下がっている版の方だったので、日野に伝わっている半身像か全身像を使って欲しかったです(爆)。



 『南柯紀行』で大鳥さんの体験談を読んでいる人には特に目新しいエピソードは、ないです。ただ、『南柯紀行』で書かれていることの背景を理解するには、最適な本だと思います。



 大鳥さん関係の本で比較的に入手しやすいのは、大鳥さん本人が書いた『南柯紀行』以外、小説風の『大鳥圭介 土方歳三との出会いと別れ』、大鳥さんの妹のご子孫が書かれた『われ徒死せず 明治を生きた大鳥圭介』があります。『大鳥圭介とその時代』は幕末から明治の通史を踏まえつつ、大鳥さんの事績を淡々と事実ベースで書いており、大鳥圭介入門本としては一番読みやすいのではないかと思います(現代語だし^_^;)……商業出版で広く出回っていないのが残念。



 この後は『大鳥圭介伝』も読み続けたいのですが、『獄中日記』コピーが手に入ったので、『南柯紀行』の獄中の記述と照らし合わせて読む作業をしようかと思っています。
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