新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は昼間の最高気温が21度と2月にしては異常な陽気でした。暖かかったおかげで、サーキットトレーニングでたっぷり汗をかけました。
 明日の午後には一桁台の気温に下がるそうです。関東山間部では雪も降るとか。気温の上下についていけるよう、着るものや暖房を調節しなくては。

茨城
映画:「桜田門外ノ変」 千波湖畔で出演俳優ら意気込み /茨城
 1月20日から県内で撮影が始まった映画「桜田門外ノ変」に出演している俳優らが、水戸市の千波湖畔に作られたオープンセット内で会見し「作品を通して勇気を届けたい」と意気込みを語った。
 会見には関鉄之助を演じる主演の大沢たかおさん、徳川斉昭役の北大路欣也さん、監督の佐藤純彌さんのほか、水戸市の加藤浩一市長、映画化支援の会の関係者らが顔をそろえた。大沢さんは「自分のできることをすべて出し尽くしたい。秋の作品を楽しみに応援していただければ」と県民にメッセージを送った。北大路さんは、桜田門外の変について、「日本国というものを愛し思い、情熱を爆発させた事件だと思う」と当時の時代状況に思いをはせた。
 撮影は3月まで続けられる予定。佐藤監督によると、撮影は現在までに5分の1が終了したという。【山崎理絵】


埼玉
「龍馬コーヒーうまいぜよ」・JUNEが龍馬会埼玉支部事務局に
 土佐藩郷士であった坂本龍馬は脱藩後、貿易会社と政治組織「亀山社中」(後の海援隊)を結成、明治維新の志士として活躍した。高知の坂本龍馬記念館では昨年「坂本龍馬検定」(第2回目は今月18日)が行われ、今年1月3日からはNHK大河ドラマ「龍馬伝」が放映スタートされるなどタイムリーな人物だ。
 高知県に本部を置く「坂本龍馬会」は全都道府県に分布している。埼玉でも1997年、鴻巣を拠点として事務局が立ち上がったが旗揚げ後、消滅に近い状態だった。昨年11月15日(龍馬の命日)に草加市松原駅近くのTEA ROOM JUNE(早川純一さん経営)を事務局として再結成。97年当時の発起人でもある麻生八たさんを弁士に活動写真を上映し30人が集った。
 JUNではこれを機に長崎から「龍馬が愛した珈琲(コーヒー)」を取り寄せ1杯400円で販売。ブーツを履いて江戸の街を闊歩した龍馬が幕末の出島で好んで飲んでいたとされるコーヒーは1865年当時の豆の仕入れルーツと焙煎方法を忠実に再現したもの。
 例会は年6回を予定。本部と「土佐・龍馬であい博」(開催中~11年1月10日まで)への赴きも計画中。次回例会は4月4日(日)予定。勝海舟の玄孫に当たる人が来店予定。また、幕末列伝に詳しい長谷川勤さん(松蔭大学、吉田松蔭教育研究センター講師・センター長)との会合も。
 <問い合わせ>早川さん(草加市栄町3-6-91F)TEL936・4211。


東京
旧三井家拝島別邸 都文化財指定を答申
 都文化財保護審議会は5日、1927年(昭和2年)に建築された大規模近代和風邸宅の「旧三井家拝島別邸」(昭島市)を、都の有形文化財に指定するよう都教育委員会に答申した。
 都教委によると、別邸は現在の千代田区永田町に建てられた旧鍋島直大(なおひろ)侯爵邸の一部を、旧三井家が別荘として移築したもので、その後は同家が創設した私学の寮として使われた。
 建物は木造一部2階建てで、延べ床面積は約1600平方メートル。外観は和風だが、内部には洋室もあり、当時の建築文化をうかがうことができる。
 同審議会ではこのほか、「稲荷台遺跡出土品」(板橋区)、「武蔵府中のくらやみ祭(まつり)」(府中市)、「日野宿脇(しゅくわき)本陣跡」(日野市)の3件についても、都指定文化財などにするよう求めた。

 当ブログによくコメント頂く、日野宿本陣文書検討会のMUNNさんからお知らせいただいたニュース記事です……ただし、同会は、旧佐藤邸(下佐藤家)は日野宿「脇本陣」でなく「本陣」であったという見解で、この答申内容に異論があるとのことです。
 幕末の多摩の歴史に関心を寄せる白牡丹としては、実証的な検討と議論が発展することを期待したくと思っております。

静岡
全国高校生パンコンテスト:静岡農高から全国2、3位--伊豆の国 /静岡
◇「パン祖」坦庵の情熱、脈々と
 伊豆の国市の特産であるミニトマトを使ったパン作りの技能と出来栄えを競う「全国高校生パンコンテスト」の実技審査が7日、同市長岡総合会館であった。デニッシュにケーキを挟み、富士山の形に仕立てた岩手県立盛岡農業高校2年、森まどかさん(17)のパン「よくばり富士山」が優勝した。準優勝は静岡農業高校3年、山中綾乃さんの「きびっとトマトブレッド」。3位には同校2年、片山莉香子さんの「六つ編みロングとまパン」がそれぞれ輝いた。
 パンを日本で初めて焼いた「パン祖」とされる幕末の韮山代官、江川坦庵(たんなん)(太郎左衛門)の出身地にちなんで開かれた「パン祖のパン祭」の関連行事。市観光協会と同祭実行委員会が主催し、4回目の今年は、17都道府県24校から過去最多の231人が応募。レシピ審査を通過した19人が6日、6時間かけてパンを作った。
 優勝した森さんのパンは、ドライトマトとトマトジュースをデニッシュ生地に混ぜた。ケーキには学校で育てた、あきたこまちの規格外の米粉100%を使った。2年から学校の「パン研究班」に所属し、パン作りを本格的に始めた。コンテストに向けて昨年11月からデニッシュは23回、ケーキは約40回試作したという。森さんは「納得いくまで練習した。まさか優勝できるなんて。協力してもらった研究班の仲間や先生、地元の指導者の方に恩返しできた」と話した。
 パン祭総合プロデューサーで審査員も務めた俳優、藤田弓子さんは「出場者の情熱と発想力は計り知れない」と絶賛した。祭りは6~7日に行われ、全国の有名パン店が出店するなど延べ約8000人でにぎわった。【安味伸一】


福井
龍馬で福井を売り込め-県観光連盟がHP
 県観光連盟は春の観光シーズンに向け、8日からホームページ「ふくいドットコム」(http://www.fuku-e.com/)に「歴史ロマンあふれる 熱き幕末の福井へ」を開設した=写真。NHK大河ドラマで人気を集める坂本龍馬と福井藩とのかかわりを解説している。
 龍馬は文久3(1863)年に勝海舟の命を受け、神戸海軍操練所の費用5千両を福井藩主・松平春嶽公から借用するため初めて来県し、慶応3(1867)年には土佐藩主・山内容堂の親書を春嶽公に手渡すため、2度目の来県を果たしたとされている。2度目の際には三岡八郎(由利公正)と莨屋(たばこや)旅館で新しい政府について語り合ったが、その後間もなく、龍馬は京都で暗殺された。
 当時の福井藩には新しい国をつくろうとする龍馬が頼りにした春嶽公や志の高い藩士たちが活躍していた。ホームページでは影の立役者となった福井藩の横顔を紹介している。
 「ふくい龍馬伝」のコーナーでは福井市立郷土歴史博物館の角鹿尚計氏がなぜ龍馬が来県したのかを考察。春嶽公の人柄の解説などで活躍する同市歴史ボランティアグループの語り部、宮下一志さん、龍馬ファンでつくる越前龍馬会の柳芳隆氏ら、龍馬の時代を熱く語る人々をピックアップしている。
 また春嶽公や橋本左内らを紹介する幕末偉人のコーナー、偉人らにちなんだ観光案内などを掲載した。
 近年、龍馬が3度来県したとする説も登場しており、観光連盟では幕末ロマンで観光の魅力アップにつなぎたい考えだ。



高知
四国ミュージアム回廊:四十館目 高知市立龍馬の生まれたまち記念館/1 /高知
◇伝わる、若き日の息づかい 脱藩が追体験できるCGも 離れの“本人”にびっくり
 「日本を今一度せんたくいたし申候」と志高く、幕末の混乱期を駆け抜けた坂本龍馬(1835~67)。「高知市立龍馬の生まれたまち記念館」は、龍馬が産声を上げた同市上町にあり、大河ドラマによる「龍馬ブーム」でにわかに注目を集めている。土佐弁にあふれ、若き日の龍馬の息づかいが聞こえてくるような館内を案内したい。【千脇康平】
 同館は、龍馬が生まれ育った環境を紹介するとともに、地域住民が集える公民館として総事業費は約6億円で建設された。04年3月にオープンし、現在は指定管理者が運営している。
 建物は展示棟と交流棟の2棟。ともに屋根は和瓦ぶきで、外壁はしっくい塗り。杉の柱にヒノキのフローリング(ともに高知県産材)、土佐和紙の照明など凝った造りに、建築関係者も見学に訪れるという。
 交流棟1階には関連書籍約1000冊が並ぶ。専門書や小説のほか、「お~い!龍馬」(原作・武田鉄矢、作画・小山ゆう)などの漫画もそろっている。龍馬研究グループが発行している「龍馬研究」「龍馬速報」「龍馬タイムズ」といった機関誌も創刊号から閲覧でき、同館の山本保事務長(60)は「気軽に待ち合わせに使って」とPRしている。
 展示棟入り口正面の画面の前に立つと、少年時代の龍馬を描いた絵が浮き上がり、「まっことよう来たねえ。ゆっくり見とうせ」と歓迎の言葉が流れる。展示物に添えられた説明はすべて土佐弁だ。
 「龍馬と家族」コーナーは、生誕から脱藩までの龍馬をパネルで紹介。家の中の模型に映像を投射して見せる装置もあり、「ある日の坂本家」と題した漫才のような坂本家のやりとりが放映される。中庭には坂本家の離れをイメージした空間を再現。腕組みをして座敷の奥でどっかり腰を下ろす等身大の龍馬の模型に、驚く客もいるとか。机のノートには、来館者の龍馬へのメッセージがしたためられている。
 2階には、鏡川での姉乙女による水泳特訓や脱藩などを龍馬の視点で追体験できるコンピューターグラフィックスを使った「龍馬、その時」が設置されている。座布団に座り、手元の球状コントローラーをひねると正面の画面に映る視野が動く仕組みだ。また、幕末の上町周辺を、当時の町割図を参考に再現したジオラマや龍馬の書簡(複製)など資料類も展示されている。
 龍馬ブームで今、注目を浴びる同館。07年度約2万9300人だった来館者は、08年度に約3万5200人に増加。今年度はさらに高速道路の休日1000円化も相まって、1月末までで早くも約4万5300人を突破。連日のにぎわいに、龍馬もびっくりしているに違いない。

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◇ミュージアムガイド
【住所】高知市上町2の6の33
【電話番号】088・820・1115
【入館料】300円(高校生以下無料)
【開館時間】午前8時~午後7時(ふれあいセンターは午前9時~午後10時)
【休館日】年中無休
【行き方】土佐電鉄上町1丁目電停下車、徒歩約3分。バス停上町1丁目もしくは上町2丁目下車、徒歩約3分


山口
映画:古川薫さん原作「獄に咲く花」公開 「下関発信の松陰像を」 /山口
◇出演者らがヒット祈願
 下関市在住の直木賞作家、古川薫さん(84)の小説「野山獄相聞抄」が原作の映画「獄(ひとや)に咲く花」の先行公開が6日、県内と福岡県で始まった。幕末の思想家、吉田松陰の生涯1度の恋を描く。7日には同市竹崎町の「下関スカラ座シアター・ゼロ」で主演の近衛はなさんらが舞台あいさつし「下関発信の映画。新しい松陰像を伝えたい」とヒット祈願した。【取違剛】
 幕末、米国密航を企てた罪で獄舎「野山獄」に入れられた松陰。持ち前の明るさと人間性で囚人に希望を与え、女囚の高須久とも心を通わせていく。
 松陰を演じたのは下関出身の俳優、前田倫良さん(33)。松陰役に推した原作者の古川さんは「彼は10キロ減量して役作りした。その努力は大変なもの」と称賛。共演の目黒祐樹さんも「前田さんのさわやかな心と劇中の松陰が重なった。共演者も感情移入しやすかった」とたたえた。
 久役の人選は難しかったという。古川さんによると、久は「美人で高い教養をもった人」。難航した末、松竹が近衛さんに白羽の矢を立てた。古川さんは「名実共にぴったりの人を探してくれた」と絶賛。映画も「原作を超えた」と手放しで称賛した。製作は下関市の映画会社「グローカル・ピクチャーズ」。近衛さんらは「下関から全国へ、世界へ」とPRしていた。
 先行公開はシアター・ゼロ(083・231・8243)など県内7館、福岡県2館で。
〔下関版〕


佐賀
閉幕まで1週間切る 特別展「近代との遭遇」
 佐賀県立美術館で開かれている特別展「近代との遭遇-世界を見る・日本を創(つく)る-」(佐賀新聞社などでつくる実行委主催)は14日の閉幕まで、残り1週間を切った。終盤を迎えて多くの人が鑑賞に訪れている。
 幕末から明治にかけて海外に渡った人々の足跡や功績をたどり、佐賀の先人たちの気概や進取の精神を浮かび上がらせる展覧会。貴重な歴史資料や、日本近代洋画の主流を成した岡田三郎助らの名画など計約150点を展示し、歴史ファンや美術愛好家らが鑑賞に訪れている。
 土、日曜は随時、展示解説も行われ、学芸員が幕末・明治史や近代美術史の流れを追いながら展示品を紹介している。
 7日は高辻知義東京大名誉教授が「久米邦武の見なかった町と国・マイセン、ザクセン」のテーマで講演。高辻教授は17世紀に有田の磁器がヨーロッパに輸出され、魅了されたザクセン王の命令によってドイツ・マイセンでの磁器制作が始まった経緯を紹介。詰めかけた約200人が熱心に聞きいった。
 特別展の観覧料は一般1000円、大学生800円、高校生以下と障害者は無料。





ビジネス
感謝を込めて贈りたい!歴女とっておきの”幕末ショコラ”
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」の相乗効果で2010年は「幕末」が大注目。坂本龍馬をはじめ、個性あふれるイケメン男子たちが動乱の日本を熱く生き抜いた時代は、戦国時代同様、歴女にはとっては特別な時代。そんな歴女の思い入れがたっぷりの時代をヒントにした、バレンタインチョコが日本橋三越本店から限定アイテムとして販売されます。
 「幕末ショコラ」は、坂本龍馬、土方歳三、西郷隆盛、ペルリ(ペリー)といった幕末の重要人物の4人をイメージしたオリジナルチョコ。龍馬は高知、土方歳三は東京、西郷隆盛は鹿児島、ペルリ(ペリー)はアメリカと、それぞれの出身地にちなんだお酒をチョコレートに入れ、豊かな香りと風味が楽しめる、大人の逸品に仕上がっています。
 このチョコは、歴女はもちろん、歴史好きの男性にもたまらない逸品!上司や気の置おけない友人たちのイメージを4人の人物に合わせ、日頃の感謝を込めてユーモアあふれる義理チョコとしてプレゼントすれば、会話も盛り上げること間違いなしです!ほか、メリーチョコレートによる、信長、秀吉などの戦国武将をイメージした新チョコレートブランド「TUWAMONO」も登場予定。こちらも合わせて、ぜひチェックしてみてはいかがですか?

・日本橋三越本店


文化芸能
トータス松本「龍馬伝」にジョン万次郎役で出演
 現在NHKで放送中の大河ドラマ「龍馬伝」に、トータス松本が出演することが発表された。
 「龍馬伝」は福山雅治が主人公・坂本龍馬を演じているほか、土佐藩郷士・溝渕広之丞をピエール瀧が、龍馬の姪・坂本春猪を前田敦子(AKB48)が演じるなど、ミュージシャンやアイドルの出演でも話題を呼んでいる作品。トータスは土佐藩出身の漁師、ジョン万次郎こと中浜万次郎を演じる。彼がNHKのドラマに出演するのは今回が初。
 ジョン万次郎は漁の最中に遭難し、アメリカ船に救出されて約10年にわたるアメリカ生活を送った人物。帰国後はアメリカで学んだ語学や技術を生かし、幕末期の日本で幅広く活躍した。
 また、土佐藩郷士・岡田以蔵の恋人役として臼田あさ美が出演することも決定。今後彼らがどのような物語を繰り広げるのか、楽しみにしておこう。


ブックレビュー
『日本SF精神史』  長山靖生著  (河出書房新社・1260円)
●未来に希望と驚きを求めて 波潟剛 九州大准教授
 
 最近、大学院のゼミで末広鉄腸『雪中梅』を読む機会があった。
 ふだんは読まない明治の文体。四苦八苦しつつも、面白いところはないかとあちこちめくる。すると、尾崎行雄の書いた序文に目が留(とど)まった。
 気になったのは、「小説」という用語に関するくだり。「今妥当の訳語を得ざるが故暫(しばら)く小説二字を以(もっ)てnovelに充つ」と、novelの訳語として便宜的に充てる旨が記述されている。
 現代では「novel」といえば当然「小説」を指す。それに対して、明治半ばはまだまだ過渡期であったのだなあと実感した。
 本書の著者も実は同じ文章に注目している。書店で立ち読みしながら序文の引用が出てきた時には正直驚いた。ただし関心の矛先は少々異なる。明治19年のこの序文に「科学小説」という用語が登場する。本書でより重要なのはSF史における記念碑的事実である。
 「科学小説」と「空想科学小説」。あるいは「古典SF」と戦後のSF。こうした区分にようやく気づいた私はSF初心者の1人。
 19世紀後半の未来小説が『天空の城ラピュタ』に似ていたり、幸田露伴が科学小説、冒険小説好きだったりしたという話も初耳。幕末から戦後までの「想像力の系譜」に興味はつきない。
 なかでも村井弦斎が面白かった。『日の出島』は尾崎紅葉を凌(しの)ぎ、『食道楽』には夏目漱石が嫉妬(しっと)したという逸話の持ち主。エピソードを聞くだけでも興味をそそる。
 この人物が日立製作所の創始者小平浪平の家庭教師でもあったという。日立市出身の私にとっては目から鱗(うろこ)の話である。
 昭和5年には雑誌『科学画報』が懸賞科学小説を募集した。そこに稲垣足穂、伊藤整、中河与一、龍胆寺雄(りゅうたんじゆう)などが入選している。モダニズムとSFの接点となる錚々(そうそう)たるメンバーに俄然(がぜん)興味がわいた。
 正統的SFの系譜に並べられた安部公房についても面白く読んだ。SF作家としての側面をどのように評価するのかは議論が分かれるところ。SF精神史における位置づけもたしかに必要だと感じた。
 本書は読んでいて楽しい。それは「未来」に「希望と驚き」を求め「仮定の思考」を前向きに受けとめるSF的発想が面白いからか。
 それとも「書いているあいだ中、ずっと楽しかった」という著者の喜びが伝わるからか。こんなあとがきが書けるなんて羨(うらや)ましい。





 首肩の凝りがひどくなったので近所の整体院に駆け込みました。こんなに凝った客も珍しいと云われましたが(苦笑)、丁寧に施術してもらえ、ぽかぽかです。

栃木
<壬生剣客伝 高杉晋作が挑む>(下)隠れた剣士たち 「練兵館」塾頭も輩出
 桂小五郎をはじめ腕の立つ長州藩剣士100人以上を倒した剣士の1人は、壬生藩士野原正一郎だった。
 「我が剣士ほとんど皆及ぶ者なし」。長州藩の歴史書「中正公伝」に記述が残されている。1849年、江戸から来て他流試合を行った3人の剣士に長州藩剣士がかなわなかった、との記録だ。伝統の「柳生新陰流」を受け継いできた長州藩に対して、3剣士は「神道無念流」(無念流)。惨敗の翌年、長州藩は「公道」を無念流に変えている。
 正一郎は10代で幕末の江戸三大道場の一つ、無念流の練兵館に入門。無念流は実践に重きを置いた「力の剣」とされる。今も残る「練兵館塾席簿」によると、頭角を現した正一郎は、塾頭まで上り詰めた。後に桂も塾頭を務めている。長州での他流試合は、練兵館のいわば“営業活動”の一環。メンバーはえりすぐりだった。
 栃木市の太平山神社には、壬生に戻った正一郎と門人約230人の名を記した額が奉納されている。
 無念流の流祖福井兵右衛門は壬生に生まれた。諸国への武者修行を経て無念流を打ち立て、江戸で活躍。こうした足跡は、後継者が埼玉県久喜市に建てた石碑から分かる。「兵右衛門が無念流を壬生に伝えたのか後から入ってきたのかは不明だが、剣術が盛んだったことは間違いない」と町歴史民俗資料館。
 「壬生を訪れた高杉晋作を破った」との言い伝えがある壬生藩剣士松本五郎兵衛も、正一郎より前、練兵館で修行を重ねていた。五郎兵衛については壬生町本丸1丁目の常楽寺に「幕末、無頼者3人が宿場の遊郭に無理難題を持ち出し居座ったが、五郎兵衛が難なく召し捕った」との伝承があるという。
 正一郎と五郎兵衛が同じ練兵館に学んだのは、偶然ではない。ほかにも2人の藩士が相前後して藩命で派遣されている。同資料館の中野正人学芸員は6日の企画展「壬生剣客伝」開幕を前に「当時の藩主鳥居家は譜代大名。譜代であるがゆえに藩が前面に出て、優れた人材個人が目立ちにくかった。そんな中にも、隠れた剣客がいたことに目を向けてほしい」と話している。
 [写真説明]太平山神社に奉納されている野原正一郎と門人の額
 [写真説明]野原正一郎


滋賀
全国の鉄砲隊集合!!
【来月20・21日 彦根でサミット開催】 
 全国各地の火縄銃の砲術を伝える鉄砲隊など23団体を集めた「全国古式砲術鉄砲サミットIN彦根」が、3月20、21の両日、彦根市で開かれる。井伊直弼と開国150年祭実行委員会の主催行事。パネルディスカッションで、砲術の保存と課題について話し合うほか、各鉄砲隊が火縄銃の演武を披露し、会場に轟音を響かせる。(市丸茂樹)

【甲冑姿の武者ら古式砲術を披露】
 主催者によると、16世紀に種子島に伝えられた火縄銃は約300年にわたり国内で生産され、その砲術は全国各地に伝承された。幕末には約200家あったといわれる。現在各地で砲術や鉄砲の保存に努める動きがあり、鉄砲隊や保存会など約30団体が活動している。このうち23団体が「サミット」に参加する。
 県内からは彦根商工会議所青年部古式銃研究会の彦根鉄砲隊をはじめ、国友鉄砲研究会(長浜市)、日野筒鉄砲研究会(日野町)が参加。県外からは北は米沢藩古式砲術保存会(山形県)から南は種子島火縄銃保存会(鹿児島県)までの20団体が参加し、計約320人が集う。
 初日は午後3時から彦根城博物館で、母利美和・京都女子大教授が彦根藩の砲術をテーマに講演。参加代表者によるパネルディスカッションもある。
 2日目は午前10時~午後4時、彦根城の大手前公園特設会場に各地の鉄砲隊が甲冑(かっちゅう)を着込んだ武者姿やはかま姿で登場。10分間ずつ短筒から大筒までの古式砲術を披露する。各隊の代表者による一斉演武もある。
 会場の隣では、彦根の特産品販売コーナーや、彦根の味を集めた飲食ブース、赤備え甲冑試着体験コーナーなども設けられる。ひこにゃんなど、彦根のゆるキャラたちも登場する予定だ。
 問い合わせは彦根商工会議所(0749・22・4551)へ。

【「ひこどん」も参上/キャラクターの名前決定】
 「全国古式砲術鉄砲サミットIN彦根」のイメージキャラクターのイラスト=写真、彦根商工会議所提供=が完成し、名前は「ひこどん」と決まった。着ぐるみも製作し、サミットに参加する。
 イラストは、彦根のゆるキャラ「しまさこにゃん」「いしだみつにゃん」を手がけたラジオパーソナリティーやまもとひまりさんの作品。大きな鋭い目をした赤備えの鉄砲隊員が、火縄銃を構えている姿を描いた。
 名前は公募し、134件の応募の中から川崎市の54歳男性の「ひこどん」が選ばれた。彦根藩の「彦」と、鉄砲を発射する時の「どん」という音を組み合わせた。
 着ぐるみは彦根総合高校アート・デザイン系列の教師と生徒たちが製作することになり、イラストをもとに型作りから取り組んでいる。2月中に完成するという。




IT
「薄桜鬼DS」ムービーが公開
 オトメイトより2010年3月18日発売予定の女性向け恋愛AVG「薄桜鬼DS」公式サイトにて、ムービーが公開された。
 公式サイト「スペシャル」ページにて、オープニングムービーとプロモーションムービーが公開された。プロモーションムービーではゲーム紹介として、「DS版 新規要素」が公開されている。その追加要素は、新撰組隊士達が繰り広げるクイズ大会で遊ぶことができるという内容だ。
その他公式サイトでは、主題歌と商品情報が公開されている。気になった方は是非一度公式サイトを覗いてみてほしい。


ビジネス
KNT、「龍馬」ツアーが好調に推移-メイト特典、15日は「龍馬の日」
 近畿日本ツーリスト(KNT)によると、昨夏から大河ドラマ「龍馬伝」にちなんで展開している、メイトで坂本龍馬ゆかりの地をたずねる商品が好調だ。特に、ドラマの放映開始とともに問い合わせ、申し込みが増えており、首都圏発四国方面のメイト販売人数は1月から3月の出発日で前年比15%増で推移しているという。
 メイトの専用商品「幕末のジャパニーズ・ヒーロー 龍馬の道」では、「お~い!龍馬」の作画を担当した漫画家小山ゆうさんの作品をイメージとして使用。メイトオリジナルの特典も用意しており、特に坂本龍馬が天保6年11月15日生まれであることから、毎月15日を「龍馬の日」に設定。例えばフリープランの毎月15日出発は1人500円割り引く。また、9月まで申し込み客のうち毎月5名に、新装版の「お~い!龍馬」12巻をセットでプレゼントするほか、四国のエスコートプランではツアー催行日に対して申し込み先着5名に「かつおのたたきセット」をプレゼントする。


文化芸能
“幕末男”大沢たかお 銀幕出陣
 俳優の大沢たかお(41)が主演する映画「桜田門外ノ変」(10月公開)の撮影現場が7日、茨城県水戸市で公開された。大沢は、昨年主演したTBS系ドラマ「JIN-仁-」に続く、幕末を舞台にした時代劇への主演。東京ドーム1個分という日本最大級のオープンセットで会見を開き「今の時代に必要なテーマ」と出演の意義を熱く語った。

  ◇  ◇

 すっかり板についた着物姿の大沢が、ドラマに続き、銀幕でのヒットを誓った。
 同作は、吉村昭氏の同名小説を原作に、時の大老・井伊直弼が暗殺された幕末の大事件「桜田門外の変」を、事件から150年の年に映画化。大沢は実行部隊を率いる水戸藩士・関鉄之介を演じる。
 大沢といえば、昨年秋に「JIN-仁-」で幕末にタイムスリップした脳外科医役を演じ最高視聴率25・3%をたたきだした。2作続けての“幕末もの”とあって、着物姿もしっくり。「2作連続は偶然だけど、幕末は今の時代に思い返すのが必要なテーマ。そういう作品にすすんで参加するようにしている」と明かし、「初めて」という月代(さかやき=まげの前部分をそった髪形部分)の頭をなでた。佐藤純彌監督(77)からは「JINでの大沢君は雰囲気があった。ドラマのヒットは吉兆だね」と“あやかり宣言”も。
 この日は、前半のハイライト「桜田門外の変」のシーンを、偕楽園に隣接する空き地に総工費2億円以上をかけて建設された広大なオープンセットで撮影。桜田門から彦根藩邸周辺の江戸の街を再現したセットには、人工雪70トンが敷き詰められ、大雪の1860年3月3日がよみがえった。
 大沢は「すごく大きなセットで、自分がどこまで応えられるか責任を感じる。国を憂いていた当時の人たちを描くことで、今の人たちに勇気を届けられたら」と表情を引き締めた。水戸藩主・徳川斉昭役の北大路欣也(66)は「その時代にいるような思いを抱けた」。セットは今月20日ごろから一般公開される。


大沢たかお:“桜田門外”再現… 「責任感じる」
 俳優の大沢たかお(41)が主演する映画「桜田門外ノ変」(監督佐藤純彌、10月公開)の茨城・水戸ロケが7日、公開された。幕末の大老、井伊直弼が暗殺された事件を、実行部隊を指揮した水戸藩士、関鉄之介(大沢)を軸に描いたもの。
 “桜田門外”を、日本三名園に数えられる偕楽園に隣接する敷地にほぼ同スケールで復元。東京ドーム1個分の約1万3000平方メートルに、井伊邸から桜田門までの約600メートルを再現した。
 事件当日の1860年3月3日は大雪だったため、人工雪70トンが辺り一面を覆った。製作費は2億円で、オープンセットとしては国内最大規模。映画「男たちの大和/YAMATO」(05年)で全長263メートルの巨大戦艦をよみがえらせた佐藤監督も「初めて見たときはびっくり」。ドラマ「JIN-仁-」に続いての時代劇となる大沢は「すごい。自分でどこまで応えられるか責任を感じる」と話した。(スポニチ)


「JIN」続編未定、大沢「いまは何とも」
 俳優、大沢たかお(41)が、幕末の日本を揺るがせた歴史的事件を題材とする映画「桜田門外ノ変」(佐藤純彌監督)に主演することになり7日、茨城・水戸市内に設営された巨大オープンセットで会見した。高視聴率ドラマ「JIN-仁-」に引き続き、幕末ものを世に放つ大沢。時代劇映画に単独主演するのは初で、「国を変えようという当時の人々の遺伝子が自分にもある」と時空を超える熱演を誓った。
 大沢は昨年10月期のTBS系「JIN-仁-」に主演。12月20日放送の最終回が不可解な終わり方だっただけに、映画やスペシャルドラマが続編として取りざたされているが、関係者は「何も具体的に決まっていません」。大沢も「スケジュールの関係もありいまは何とも…」と話した。同ドラマは全11回平均19.0%、最終回25.3%という昨年の全局連ドラで最高視聴率を残した。


映画「桜田門外の変」水戸に巨大セット
 俳優大沢たかお(41)北大路欣也(66)が7日、茨城県水戸市で映画「桜田門外ノ変」(佐藤純弥監督、10月公開)の製作会見に出席した。
 千波湖畔に建設した巨大なオープンセットは、配給元の東映によると「東京ドーム1個分、約1万3000平方メートルで日本最大級」。佐藤監督が手掛けた「男たちの大和/YAMATO」の美術班が4カ月、総工費約2億円をかけ、江戸城桜田門外周辺を総距離600メートルにわたって実寸とほぼ同スケールで再現した。細かく削った70トンの石で史実通りに雪も再現した。
 今年は水戸藩開藩400年、桜田門外の変から150年にあたり、地元茨城県が全面協力。オール県内ロケを目指し、協賛・出資金も募集中だ。ロケ地も観光事業につなげていく。水戸藩武士で、桜田門外の変の指揮官・関鉄之介を演じる大沢は「この時代は政治家ではない無名の人も国を憂いて行動した。今を生きる人たちに勇気を届けたい」と話す。伊武雅刀、渡辺裕之、本田博太郎、池内博之らが出演。


大沢たかお 井伊大老襲撃 「桜田門外ノ変」クランクイン
 俳優大沢たかお(41)が、井伊直弼暗殺事件の実戦指揮官・関鉄之介にふんする主演映画「桜田門外ノ変」(佐藤純彌監督、10月公開予定)の撮影現場会見が7日、水戸市のオープンセットで開かれ、冬晴れの下、大沢ほか、水戸藩9代目藩主・徳川斉昭を演じる北大路欣也(66)、佐藤監督が出席。大沢は「秋の公開をお楽しみに」とアピールした。
 水戸藩の浪士らが井伊大老の行列を襲撃するハイライトシーンのためのオープンセットは、梅の名所・偕楽園にもほど近い、水鳥の集う千波湖畔に建設された。東京ドームとほぼ同じ1万3000平方メートルに、3億円弱をかけ、江戸城桜田門外周辺を再現。
 事件当日の安政7年3月3日(1860年3月24日)は雪に見舞われたため、計70トンの寒水石をパウダー状に削って白砂のように敷き詰め、雪に見立てた。
 会見の席上、佐藤監督は「天気がよくて会見にはいいが、撮影にとっては困る。撮影は渋滞中」と笑わせた。暗い曇天待ちの様子。
 映画では、鉄之介がなぜ大事件にかかわるようになったのか、事件後、彼は何を考え、悩みながら2年後の捕縛に至ったのかを描いていく。
 高視聴率を得たTBS系の人気ドラマ「JIN-仁-」に続き、幕末ものとなる大沢は「僕自身は強く意識していない」と笑顔であっさり。一方、「役柄とは年齢がほとんど同じ。人間として、男として、史実と役柄に誠実に向き合うしかないと考えてやっている」と話した。
 すでに撮影を終えた北大路は「今日は一番リラックスしているかも」と笑わせながら、「藩主役だから力がなくては困るが、力が入りすぎないよう気をつけて演じた」と振り返った。
 同作品は吉村昭の原作で、1月20日にクランクインし、クランクアップは3月末の予定。井伊大老は伊武雅刀(60)が演じる。


大沢「すごい」水戸に超リアル桜田門…映画「桜田門外ノ変」
 俳優の大沢たかお(41)が主演する映画「桜田門外ノ変」(佐藤純彌監督、10月公開予定)のハイライトシーンとなる桜田門外のオープンセットが7日、公開された。
 セットは茨城・水戸市の千波湖畔に、佐藤監督の前作「男たちの大和/YAMATO」のスタッフと東映京都撮影所、地元の建築業者の3者が協力、東京ドームと同じ大きさ(約1万3000平方メートル)の敷地に、約3か月をかけて建設。事件が起きた当日の雪景色を再現するため、約70トンの寒水石が使用された。2億数千万円の費用は茨城県と地元の有志によってまかなわれた。
 会見に臨んだ大沢は、クランクインの1月20日、初めてセットを見た時の感想を「『水戸ってすごい!』とビックリしました」と振り返った。都内の自宅に戻らず、水戸に滞在するほど役(水戸藩士・関鉄之介)に没頭しているという。オープンセットは同所での撮影が終了した2月下旬から一般公開され、ゴールデンウイーク頃には展示館が完成予定。作品は3月下旬のクランクアップを予定している。


大沢たかお、ちょんまげ水戸藩士姿を初披露「幕末志士の遺伝子絶対ある」
 俳優、大沢たかおが2月7日(日)、茨城県・水戸市千波湖畔に建設された製作費2億円強のオープンセットで行われた主演映画『桜田門外ノ変』の撮影に参加し、水戸藩士・関鉄之介姿を初公開した。
 同作は、江戸末期、時の最高権力者で攘夷派を弾圧した幕府の大老・井伊直弼(伊武雅刀)が、水戸・薩摩の浪士らに暗殺された事件の推移を追う時代劇エンターテイメントで、『男たちの大和』の佐藤純彌監督がメガホンを取っている。出演はほかに越前福井藩主・松平春嶽役で池内博之ら。総製作費は約10億円。
 同セットは、同市所有のもので東京ドームとほぼ同じ約13,000平方メートルの敷地に、江戸城の桜田門外周辺を史実に基づき、ほぼ実寸大で、昨年10月から約4か月間かけて建設された。史実では事件は雪の降る中とされているため、約70トンの寒水石を砕いて敷き詰めて雪に見立てて積雪も“再現”し、この日、セット全体を初お披露目。彦根藩邸を出て登城途中の井伊大老の行列が襲撃されるクライマックスシーンがテスト撮影されたが、暗殺事件の指揮官で襲撃の成功を見届ける役割だった関役の大沢さんは、通り脇から劇中さながらの真摯な眼差しで同撮影を見守った。この日は、設定とは違う澄みきった晴天となったため、本撮影は見送られた。
 同セット内の松の廊下で行われた会見で、大沢さんは、幕末の志士たちに対し「その気概、思いはいま、望まれ求められていて、幕末モノが注目されているのかなと。自分たちにもそういう(志士たちの)遺伝子は絶対ある」と共感を寄せ「こういう作品にはなるべく参加したいし、今回もそうさせてもらった。小さく、少しでもある気概を膨らませて、ぶつかっていきたい」と青空を見つめて体当たり宣言。
 先月20日のクランクイン前に水戸入りし、市内にある関の墓へお参りをし「クランクイン前に、どうすれば最後まで役と向き合えるのだろう? と考えましたが、歳が同じくらいの関さんと、人間として男として懸命に向き合うことしかない。無駄なことは考えず全体のことは監督に委ねて、関さんと誠実に向き合おうとしていま、水戸に滞在しています」と気持ちが乗っている様子。「西郷隆盛や名が残っている人以外にもいろいろな人が国を思い、行動している。そこがすごくいいなと。それはいまも同じで政治家だけでなく誰でも国を思うことができる。この役を演じることがすごく意味のあることだと思っていて、いろいろな人に勇気を届けられたら、と思いながら関さんと向き合っています」と笑顔を見せた。
 一方で、昨年10~12月放送で、同クールトップの平均視聴率19%を記録(TBS発表)した同局系主演ドラマ「JIN -仁-」から幕末モノ続き。だが「偶然です」と照れ笑いし「こういう作品に呼んでいただけるのは、時代の流れ、人が幕末を思い出すのが必要な時代だったりするのかなと思う」と分析してみせた。注目される同ドラマの映画化もしくは続編制作について、大沢さんの近い関係者は「わかりません」と話した。
 会見には、水戸藩九代目藩主・徳川斉昭役の北大路欣也も出席。「僕の出番は非常に少なめで、撮影は実は終わっている。いまなら大沢さんやスタッフと和んでいるし、今日が一番リラックスしている。いまぐらいから撮影が始まるのが僕の理想だった」と残念がって会場の笑いを誘いつつ「同じ方向を向いていない人たちが国を思い情熱をぶつけた事件。いまのどこかにつながる」と訴えた。
 佐藤監督は「今日は暖かくていい日ですが、撮影は渋滞です。まあ全体の撮影は5分の1は済んでいますが」と苦笑い。ほぼ全編、茨城県内で来月末まで撮影。同セットは、撮了後に一般公開される予定。
 映画『桜田門外ノ変』は10月公開予定。


大沢たかお、水戸藩士役に「すごく意味がある」
[eiga.com 映画ニュース] 大沢たかお主演の映画「桜田門外ノ変」の撮影に際し、茨城・水戸の千波湖畔に製作費約2億円をかけて建設された“桜田門外周辺オープンセット”が2月7日、同所で初公開された。主演で、大老・井伊直弼暗殺事件の指揮をとった水戸藩士・関鉄之介を演じる大沢は「人間として、男として、関さんと懸命に向かい合うだけ」と熱演を誓った。
 同作は、1860年3月3日、幕政の改革を目指した攘夷派の水戸脱藩士の関ら18人が、井伊大老(伊武雅刀)を襲撃した事件を通じ、幕末の志士の生きざまを描く時代劇エンタテインメント。メガホンをとるのは、「男たちの大和」の佐藤純彌監督。同市が持つ東京ドームとほぼ同じ約1万3000平方メートルの土地に、昨年10月から約4カ月かけて、桜田門や彦根藩邸など江戸城の桜田門外周辺が史実に基づき、ほぼ実寸大で“再現”された。
 この日は、彦根藩邸を出て登城する井伊大老の行列が襲撃されるクライマックスシーンをテスト撮影。一藩士が訴状を手に「奉る!」と叫びながら行列に突っ込むと、静けさが一転、幕末の騒乱をほうふつとさせた。襲撃を見届ける役目だった大沢は、劇中さながらに真剣な表情で同シーンに見入った。
 同所で会見した大沢は、「俳優としてはもちろんですが、年も関さんと同じくらいで、男として人間としてこの作品と懸命に向かい合うことしかないのかな、と思う」と真っ直ぐなまなざし。くしくも、高視聴率を獲得した昨年10~12月放送のTBS系ドラマ「JIN-仁-」に続く幕末モノとなるが、「偶然。でも呼んでいただけるのは、時代の流れであったり、人が幕末のことを思い出すことが必要な時代だったりするのかなと思う。(幕末の男たちの)気概や思いが今、望まれ、求められていて幕末モノが注目されているのかなと思うし、自分たちにもそういう遺伝子は絶対ある。少しでもある気概をふくらませて、ぶつかっていきたい」と意気込んだ。
 1月20日のクランクイン前に水戸入りし、同市内にある関の墓にお参りもしており「歴史に名が残る人たち以外にもいろんな人が国を思い、憂い、行動してきた。そこがすごくいいなと思って。今も同じ。政治家だけでなく国を思うことができる。この役を演じることはすごく意味のあること。いろんな人に勇気を届けられた」と抱負を述べた。
 また、井伊と対立する水戸藩九代目藩主・徳川斉昭役の北大路欣也も会見に出席。「僕の出番は非常に少なめで、(劇中の)要のようなところで思いを吐露しますが、撮影は実は終わっている。大沢さんやスタッフともなごみ始めていますので、今ぐらいから撮影が始まるのが僕の理想だったんですけどねえ」。佐藤監督も、「今日は暖かくていい日ですが、撮影は渋滞です」とベテランらしからぬボヤキ節で、関係者の笑いを誘っていた。茨城県内を中心に3月いっぱいまで撮影で、10月公開予定。同セットは、クランクアップ後に展示館を開設し、一般公開する予定。


トータス松本と臼田あさ美「龍馬伝」出演
 歌手トータス松本(43)と女優臼田あさ美(25)が、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(日曜午後8時)にレギュラー出演することが7日、分かった。2人とも大河ドラマは初出演だ。トータスは、ジョン万次郎役での出演。「大河ドラマ、ついに来たかーという感じでした。それも今回は幕末もの、しかもジョン万次郎なんてロマンの塊みたいな人ですから。高知は“熱くて”大好き。性に合います」とコメントした。4月18日から登場する。臼田は実在した人物ではないが、佐藤健が演じる土佐勤王党岡田以蔵と恋に落ちる娘なつを演じる。臼田は「最後まで全身全霊で演じきりたいです」とコメントした。4月11日から登場する。


社会
龍馬研究家・平野貞夫氏、関連CDで作詞も
 小沢一郎民主党幹事長(67)の懐刀として活躍し、「坂本龍馬」の研究家としても知られる元参院議員の平野貞夫氏(74)が、龍馬に関連するCDで作詞家に挑戦。7日、サンケイスポーツ編集局を訪れ、龍馬を支えた2人の女性「佐那(さな)」と「お龍(りょう)」に思いをはせた詞を通じて、小沢ガールズら民主党の若手・中堅議員に「幕末女性のようにしっかりせい!」と苦言を呈した。
 演歌「龍馬を愛した女」は、JASRAC(日本音楽著作権協会)に準会員登録し、作詞が趣味の平野氏が手がけた演歌CDの2作目で、4月に発売予定。また、同氏の著作「坂本龍馬の10人の女と謎の信仰」(幻冬舎)が1月に刊行され、10日に坂本龍馬の人生に思いをはせる「龍馬と妙見を考える会」が発足、同会会長を務める。




 明日からは3~4月並みの陽気だという予報です。一気に暖かくなるのですね。

北海道
榎本武揚のひ孫・隆充さんら会合「開陽丸子孫の会」
 幕末の混乱期にその名を刻んだ軍艦「開陽丸」の乗船者の子孫が、函館市本町7の居酒屋「開陽亭」で初めて会合を開いた。榎本武揚(旧幕府軍総裁)のひ孫、榎本隆充さん(東京農業大学客員教授)ら14人が集い、「先祖の時代からかかわりの深い地で仲間が集えることは大変幸せ。今後も函館の皆さんとの絆(きずな)を深めたい」と話した。
 2007年4月に子孫32人で発会した「開陽丸子孫の会」(榎本隆充会長)が昨秋開いた「函館・江差の旅」の一環として、今回の宴席が実現した。子孫の会は現在の世情を時代の転換期と捉え、「先人の考えや行動を検証しながら、その思いを未来に生かしたい」と会誌づくりや定期的な会合を開いている。
 函館市内に「開陽丸」をこよなく愛する居酒屋があるとメンバーが聞きつけたのが会合を開くきっかけ。市内の「開陽亭」は「高い志で時代を駆け抜けた『開陽丸』にあやかりたい」と開陽亭グループの柳沢和昭会長が名付けた。
 宴席に柳沢会長が駆けつけ、この逸話を披露すると、子孫の会メンバーは感激。「『開陽丸』に温かな思いを寄せていただき、本当にありがたい」と終始和やかな雰囲気に包まれた。
 隆充さんは「道南の皆さんに親切にしていただき、感謝している。今回の旅の素晴らしい出会いを、前向きな未来づくりに生かせることを願っている」と話していた。また、一行の旅を案内した地元関係者は「『開陽亭』に開陽丸子孫の皆さんが集まることはとても意義深いこと」と喜んでいる。


栃木
「壬生剣客伝」展が開幕 子孫ら集いテープカット
【壬生】幕末の討幕志士高杉晋作が県内を歩いた足跡や、壬生藩の剣客たちの系譜などを探る企画展「壬生剣客伝 幕末の風雲児高杉晋作が挑む」が6日、本丸1丁目の町歴史民俗資料館で始まった。3月14日まで。
 展示は、「神道無念流剣術の流祖」「壬生藩の剣客列伝」「神新影一円流の遣い手」「高杉晋作試撃行の旅 壬生編」の全4章で構成。高杉の日記「試撃行日譜」、壬生の剣客の足跡を示す史料など107点を展示している。
 21日午後2時からは、高杉研究の第一人者で山口県萩博物館の一坂太郎特別学芸員が壬生城址公園ホールで、「晋作と壬生」と題して講演する。聴講は無料だが、電話申し込みが必要。清水英世町長らが出席した開会式では、壬生藩剣士、松本五郎兵衛、粂川政之助の子孫たちがテープカットした。
 問い合わせは同資料館電話0282・82・8544。



東京
講談復興願い「伯円忌」 幕末・明治に活躍した中興の祖
 講談界中興の祖とされる二代目松林伯円(しょうりんはくえん)(一八三二~一九〇五)をしのぶ「伯円忌」が命日に当たる八日、荒川区西日暮里の南泉寺で開かれる。ことし三十六回目となるこの恒例行事の実現に尽力した宝井馬琴・講談協会会長(74)は、「講談界にとって大切な人物なので、もっと存在を知ってほしい」と一般の参加を広く呼び掛けている。 (井上幸一)
 幕末から明治にかけて活躍した伯円は、芸に優れただけでなく、講談の創作にも才能を発揮。「鼠(ねずみ)小僧」「安政三組盃(みつぐみさかずき)」など、七十余の作品を残した。明治天皇の御前口演も行っており、名作「怪談牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」などを生み出した落語家・三遊亭円朝、「劇聖」と呼ばれた歌舞伎役者・九代目市川団十郎と当時は並び称されたという。
 伯円忌は、不明だった墓の存在が確認されたのを機に、まだ若手だった馬琴さん(当時・琴鶴)が、演芸界の有力者らに働き掛けるなど奔走し、一九七五年に開始。「円朝と比べても実績は遜色(そんしょく)ない人なのに、浮かばれていない。義憤に駆られ、粘り強く続けてきた講談復興運動です」と馬琴さんは話す。前回から食事の提供をやめ、会費を下げて参加しやすくした。
 当日は午前十時半開始。法要の後、今岡謙太郎武蔵野美大教授が「伯円の門弟たちについて」をテーマに記念講演をする。
 会費千円。問い合わせは馬琴さん=(電)03(3932)4343=へ。


佐賀
タウンたうん:「多布施反射炉」跡で現地説明会--佐賀 /佐賀
 基礎構造などの遺構が発掘された佐賀市伊勢町の「多布施反射炉」跡で6日、調査員による現地説明会が開かれた。
 佐賀藩が幕末に鉄製大砲を製造した反射炉跡。市教育委員会の発掘調査では、地中の基礎構造や、溶かした鉄を鋳型に流し込むための施設「鋳坪(いつぼ)」の遺構が見つかっている。
 調査員は「巨大な構造物を支える工法が使われた」などと遺構の特徴を説明。参加者はメモを取りながら地中の遺構に見入り、レンガなどの出土品も見て回っていた。【姜弘修】


山口
映画:「獄に咲く花」先行上映始まる 前田さんら舞台あいさつ /山口
 萩市などをロケ地に幕末の思想家、吉田松陰(1830~59年)の獄中での恋を描いた映画「獄(ひとや)に咲く花」の先行上映が6日、県内7館で始まった。MOVIX周南(下松市)や岩国ニューセントラルなど4館では、主演の前田倫良さん(33)と近衛はなさん(29)、目黒祐樹さん(62)の3人が舞台あいさつをし、「山口発の映画をみなさんの力で大きく育ててほしい」とアピールした。
 MOVIX周南では1回目の上映が終わった午後0時40分すぎに舞台あいさつがあり、近衛さんら3人が約150人の観客から大きな拍手で迎えられた。
 吉田寅次郎(松陰)役を務めた下関市出身の前田さんは「松陰は偉大すぎて別次元の人に思えていたが、寅次郎という1人の若者、一人間の姿を見せられたらと演じた」と撮影を振り返り、長女の近衛さんと初共演した目黒さんは「前田さんは素直な好青年。吉田松陰もそうした部分を持ち合わせていたのかなと感じられ、演じやすかった」と語った。近衛さんは「日本中や世界の人に吉田松陰を知ってもらう良い機会。みなさんの力でこの映画を大きく押し出してほしい」とPRした。【内田久光】


展示:龍馬ゆかりの下関人紹介--長府毛利邸 /山口
 下関市長府惣社町の長府毛利邸で、幕末の志士、坂本龍馬にゆかりのあった当時の下関人を紹介する「龍馬としものせき」展が開かれている。
 京都・寺田屋の危機を共に乗り切った長州藩士の三吉慎蔵、日本の将来を語り合い、よき相談相手だった印藤聿(のぶる)、経済面で支えた伊藤久三ら龍馬にかかわった下関の人々の生家、墓所などを写真や地図で紹介。全国の龍馬ゆかりの地を紹介した新聞記事なども閲覧できる。龍馬や高杉晋作、長府毛利藩十三、十四代藩主の毛利元周・元敏公のほか幕末の著名な志士と同姓同名の来場者には記念品を贈る。入場料200円(小中生100円)が必要。随時展示品を替え、年末まで公開する。【尾垣和幸】

 
ブックレビュー
地方の視座で『戦国日本』刊行
 長野県松本市で出版活動を行っている「郷土出版社」が、地方の視座から読み解く「日本人の歴史シリーズ」全5巻の刊行を始めた。第1巻は『戦国日本 ~日本の源は地方にあり!~』。NHK大河ドラマ「天地人」が若い女性の人気を集めたり、「歴女」という言葉が新語・流行語大賞のトップ10に選ばれるなどブームの中、タイムリーな出版となった。
 監修は大河ドラマ「秀吉」「功名が辻」「天地人」の時代考証を担当した小和田哲男・静岡大学名誉教授。応仁の乱から大坂夏の陣までの150年間に群雄割拠した武将たち、名城、合戦に加え、戦乱の世を生き抜いた民衆の生活にも焦点を当てている。今後、『幕末日本』『中近世日本』『近代日本』『縄文日本』の順に刊行予定。第1巻は1万1550円(3月末までは記念特価9975円)。


今週の本棚:鹿島茂・評 『歴史人口学研究--新しい近世日本像』=速水融・著
(藤原書店・9240円)

◇人口の停滞期に坂本龍馬は現れない
 テレビの「龍馬伝」の影響か、巷(ちまた)には「第二の龍馬、出(いで)よ!」の声が満ちているが、歴史の教えるところは「まず、九十九%無理」である。日本の出生率が急上昇でもしない限り、第二の坂本龍馬は出現しないだろうと予測できるからだ。だが、いったい私は何を根拠にこんな予測を立てたのか? 歴史人口学の導き出した結論に拠(よ)ったのである。
 すなわち、近年、発達著しい歴史人口学によると、時代を変革する革命家の出現には若年人口の急増が不可欠なのである。だが、こういうと「幕末は人口の停滞期だったのでは?」という反論が出るだろう。たしかにそうなのだが、歴史人口学の集大成である本書を開くと通説とは違ったことが書いてある。すなわち、東北日本と中央日本は通説通り人口が増加しなかったが(ただし原因は別々だった)、西南日本は違っていたというのである。
 「西南日本においては、自然条件は、中央日本よりさらに良かったが、農村部で増大する人口を吸い取る都市が十分に発達していなかったので、『安全弁』が働かず、人口圧にさらされる結果となった。人口は増大したが、結婚しても行き場所がなく、親の元に住み続ける場合が多かった。それゆえ、世帯の規模は大きくなる。最大の問題はこの人口圧であった。(中略)幕末期に、徳川幕府への反乱が西南日本の大藩の武士たちの間に広がり、一つの政治勢力に結集した背後には、こういった事情があったのだ、と考えることはできないだろうか」
 さて、いきなり本書の最終的仮説を引用してしまったが、じつは、日本における歴史人口学の鼻祖である著者がここに至るまでには、それこそ血の滲(にじ)むような史料との格闘の日々があったのである。
 一九六〇年代にヨーロッパに留学し歴史人口学と出会った著者は帰国後、宗門改帳ないしは宗門人別改帳の収集と分析に情熱を注ぐ。ちなみに、宗門改帳とはキリシタン禁圧後、幕府が直轄地の全住民に実施した信仰調査で、やがてこれが全国規模に広がり、当初は人名と宗派(寺院)しか記載されなかったものが、世帯構成員の年齢、生年、異動、資産まで記されるようになり、文字通りの人口調査へと変化していった(これが宗門人別改帳)。では、なにゆえに宗門改帳が著者の関心をひいたかといえば、これこそ連年作成される戸籍簿型の世界に例を見ない最良の史料、「人類の遺産」であると気づいたからだ。
 だが、困難も倍して存在していた。「大名の数だけ書式、記載内容の違いがある」だけでなく、「本籍地主義」のものも「現住地主義」のものもあり、思っているより扱いにくい史料であったからだ。しかし、長期的持続を調べるにはこれ以上の史料はない。そこで、著者は独特の列車時刻表をヒントにBDS(Basic Data Sheet)と名付けた記載方法を考案した。シートにはタテ軸に時間(年)、ヨコ軸に毎年の記載情報を書き込む。
 「BDSは、縦方向にたどれば、個人、夫婦、世帯の行動が観察できるし、横方向には、ある都市の世帯の情報を知ることができる」
 今日ならデータをインプットすれば、あとはコンピューターが働いてくれるが、著者はコピー機もない時代にこのBDSを作成したのである。なんという気の遠くなるような作業だろう! だが、五十年に及ぶ労苦はその後の歴史人口学の発展によって十分に報いられた。過去を知ることで未来を占うという歴史学本来の使命がこれほど強く納得される本はない。


今週の本棚・情報:季刊誌『RYOMA』創刊
 幕末の志士、坂本龍馬をテーマにした季刊誌『RYOMA』(主婦の友社、980円)が創刊された。編集長は、龍馬好きの父親に名づけられたという同社社員、坂本龍馬さん(37)。創刊号では「RYOMA×言霊(ことだま)」として、手紙などに残る龍馬の“名言”を特集している。
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送に合わせた1年限定の雑誌で、4号で完結する予定。第2号は3月下旬に発売される。



文化芸能
5つの視点から見るニュースコラム
大河ドラマの制作費はハンパじゃない!?

 女優陣の息をのむような絢爛豪華な衣装、時代考証に基づいた美術調度品。NHK大河ドラマを見ていると、「結構、お金かかっているなあ」と、ため息まじりに思うことがある。では、番組制作費はいくらぐらいなのだろう?
 数年前、不祥事続きだったNHKが経費の透明性を高める目的で公表した「平成18年度ジャンル別番組制作費」によると、出演料、脚本料などの直接制作費に、人件費、機材費を加えた費用は、当時の大河ドラマ『功名が辻』が1本当たり6110万円だった。同作品は49話だったので、単純に計算して約30億円弱の総制作費がかかったことになる。同時期の番組を見渡すと、音楽番組『BS日本のうた』で3720万円、情報番組『ためしてガッテン』が1680万円、教育番組『お母さんといっしょ』320万円、朝ドラの『純情きらり』810万円、(いずれも1本当たりの制作費)。いかに大河ドラマに傑出したお金がかけられているかがわかる。
 ちなみに、歴代の大河ドラマの中で『功名が辻』の制作費は「松竹梅にたとえれば『義経』は松の上、『功名が辻』は松の下、『新選組!』は梅の中ぐらい」(NHK芸能番組センターの吉川幸司チーフ・プロデューサー)だそうだ。
 時代劇の多い大河ドラマでは、セットなどの美術費が半分以上を占める。『篤姫』で見た、きらびやかで豪奢な大奥のセットは記憶に新しいところ。また『龍馬伝』の第1話では、福山雅治がホコリをかぶった様を演出するため大量のコーンスターチを使ったり、煙を表現しようと巨大な蚊取り線香をたいたりと、美術スタッフのこだわりも相当だ。
 民放だったら、こんな職人気質のこだわりはなかなか許されない。民放の連ドラは、まず主演の俳優ありき。誰が出ているかによって視聴率が決まるため、各局とも旬の俳優を押さえようとするあまり出演料が高騰し、制作費の大半をもっていかれてしまう。そのうえ、昨今の不況で広告収入は激減。最近、民放各局のドラマが減り、情報番組やバラエティー番組が増えているが、これもまた致し方ないのかもしれない。

 吉川幸司チーフ・プロデューサーの証言だけに、リアリティあるなぁ。『義経』が松の上、『功名が辻』が松の下、『新選組!』が梅の中って、いかに『新選組!』の予算が抑えられたかってことでは(汗)。使い回される倒木たんとか、思い出すなぁ(^^)。

榊原徹士、初ドラマに緊張…毎日TV「新撰組―」ファンミーティング
 5人組アイドル「新選組リアン」榊原徹士(20)が6日、大阪市内で出演中の毎日テレビのドラマ「新撰組PEACE MAKER」(金曜・深夜0時29分)のファンミーティングに参加。主題歌を歌う4人組ロックバンド「+Plus」とともに140人のファンと触れ合った。
 ドラマ初挑戦の榊原は「演技の下積みがゼロなのでめちゃくちゃ緊張しました。日本語が苦手な人間なんで…」と照れ笑い。同年代の俳優との仕事も刺激になり「演じることはもっとやってみたい」と、意欲を見せた。


大沢たかお、映画『桜田門外ノ変』で幕末への思いを語る!巨大セットは東京ドームとほぼ同じ広さ
[シネマトゥデイ映画ニュース] 7日、茨城県水戸市の千波湖畔に建設されたオープンセットにて、現在撮影中の映画『桜田門外ノ変』の記者会見が行われ、撮影時の衣装にて主演の大沢たかお、北大路欣也、佐藤純彌監督らが取材に応じた。
 本作は、1860年3月3日に水戸藩士らにより行われた大老・井伊直弼の襲撃事件「桜田門外の変」の模様を描いた吉村昭の同名小説を映画化。事件の指揮官だった水戸藩下級武士・関鉄之介を大沢たかおが演じている。現在、水戸藩のお膝元である茨城県水戸市に東京ドームとほぼ同じ広さの敷地を使って巨大なオープンセットを建設し、そこを拠点に茨城の各地で鋭意撮影中とのこと。今回はそのオープンセットの中での記者会見となった。
 主人公の関鉄之介を演じる大沢たかおは、水戸の印象を聞かれ「この巨大なセットを見て、水戸ってすごいなと思いました。水戸の人たちにいじめられたくないので、一生懸命(いい映画にするために)頑張りたいと思います」と、水戸への親しみを見せた。ドラマ「JIN-仁-」に続き幕末を舞台にした作品に出演している大沢だが、「関鉄之介は、幕末と言う時代の中でそんなに目立つ人物ではないのですが、そういう一般の人たちが国のことを考えて行動していた時代の、“気概”を演じて行きたい」と、幕末の時代を生きた多くの人々への共感を熱く語った。水戸藩主・徳川斉昭を演じる北大路欣也は裃姿で登場。「実は私はもう撮影は全部終わっているんです。今日は一番リラックスしています」と笑いを交えながらも、「出番は少ないですが、要で重要な思いを吐露する役どころです。今の時代の中で国を思うという心の種を蒔ければよいと思います」と貫録たっぷりに語っていた。
 佐藤監督が「幕府が倒れるターニングポイントなったこの事件を通して、時代にかかわろうとした人たちのドラマ、悲劇を描きたい」と語る本作は、日本という国の変革期に、国のために無私の心で時代に立ち向かった人々を描く物語。大きな変化にさらされている現代だからこそ、幕末期を舞台にした変革の物語が求められているのかもしれない。
 映画『桜田門外ノ変』2010年10月全国公開予定


大沢たかお、今度は水戸藩士で幕末時代劇~映画『桜田門外ノ変』オープンセットロケ公開
 大沢たかお主演映画『桜田門外ノ変』(佐藤純彌監督、10月公開)の最大の山場となる大老・井伊直弼の襲撃シーンが7日、茨城県水戸市の千波湖畔に建設したオープンセットで報道陣に公開された。昨年12月まで放送され高視聴率で話題を呼んだTVドラマ『JIN-仁-』(TBS)から間もなく、続けざまに幕末の時代劇を演じる大沢だが「一人の男として誠実に向き合いたい」と、気持ちも新たに同作の水戸藩主・関鉄之介役に挑む。江戸城松の廊下を再現したセットで行った会見では、進取の気概で知られる水戸藩士が乗り移ったかのような面持ちで、「自分たちにも幕末の志士の遺伝子があると思っている。小さいかもしれないが自分の中にある彼らの気概を大きく膨らませて、この作品にぶつけたい」と意気込みを語った。
 同作は作家・吉村昭の同名小説を実写映画化。江戸時代末期、安政7年(1860年)3月3日、尊皇攘夷派の弾圧を行った大老・井伊直弼が水戸・薩摩の浪士らに暗殺された事件で、開国・明治維新へと向かう日本の幕末の歴史に大きな影響を与えたとされる。この歴史的大事件を同作では、実戦部隊の指揮官だった水戸藩の下級武士・関鉄之介の人物像を通して描く。
 撮影は全体の5分の1ほどを撮り終えた状況だが、大沢は「幕末には、坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟など歴史に名を残している人がいるが、もっとたくさんの名もなき人が国のことを思っていたし、未来を思って行動していた。(その点を描いている同作に)とても共感できた。政治家でなくても国のことを思い、行動できる。今回の役は意味のあることだと感じていて、老若男女に勇気を届けたい」と語った。
 会見には水戸藩9代目藩主・徳川斉昭役で出演する北大路欣也も出席。「出番は少ないが、要所要所で自らの思いを吐露していく。水戸藩のこと、その領民のこと、国のことも思って苦労が多かった藩主」と役柄を説明し、桜田門外の変は「約150年前といっても、昨日のことのよう。今のどこかにつながっていると感じます」と話した。
 この日、雲ひとつない晴天に恵まれた佐藤監督は「事件の当日は大雪が降っていたので、撮影が滞る……」と複雑な心境に苦笑いを浮かべながら取材に応じ、「桜田門外の変が起こる7年前にペリーが来ている(黒船来航)、さらに7年後に明治維新を迎える。この14年は日本の歴史の激動期だった。桜田門外の変がターニングポイントになった。映画はこの時代に関わろうとした人たちのドラマであり、悲劇でもあるが、現代にもつながる視点を無くさないようにと思っています」と話し、キャスト・スタッフの思いが1つであることを伺わせた。
 同作の映画化には、映画作りをきっかけとした地域振興を目的に水戸市をはじめ、茨城県の強力な後押しがあり、撮影中も多くの市民がボランティアを買って出るなどして全面協力。会見には、加藤浩一水戸市長、水戸藩開藩400年記念『桜田門外ノ変』映画化支援の会の狩野安会長と三上靖彦事務局長も駆けつけてあいさつした。江戸城桜田門外を再現したオープンセットには大沢もびっくりしたそうで、地元民の期待に「自分にどこまで応えられるか、プレッシャーや責任を感じている。いじめられたくない」と照れ笑いもみせていた。
 オープンセットでの撮影は2月中旬には終了し、20日から始まる偕楽園の梅まつり(3月31日まで開催)に合わせて、一般公開。4月下旬には、幕末の歴史等が学べる展示館もオープンさせる。映画の撮影は3下旬ごろまで茨城県内各所で行われ、今秋の公開を予定している。



コラム
5つの視点から見るニュースコラム
龍馬を巡る「大物」は誰が演じる?

 龍馬は、さまざまな「人」に恵まれた。脱藩者で何の後ろ盾もなかったものの、明治新政府誕生のきっかけを作り、後に「幕末動乱の志士」の1人と数えられるようになったのは、33年の生涯において出会えた人物たちが、まさに時代を作った立役者たちだったから。龍馬を巡る「歴史上の大物たち」とはご存知、吉田松陰、桂小五郎、勝海舟、西郷隆盛など。当然、『龍馬伝』にも続々登場予定。果たしてこれらの大人物を演じるのは誰か、ちょっと先取りしてご紹介!
 まず、第4回で早くも桂小五郎が登場した。小五郎といえば「神道無念流 練兵館」塾頭の剣豪。かたや龍馬も「北辰一刀流 玄武館」の塾頭。ともに剣の道を究め志も通じ合う、良き友・良きライバルといったところ。演じるのは、谷原章介だ。
 第6回(2月7日放送)には、明治維新の精神的理論者と呼ばれた長州藩士・吉田松陰が登場。今やテレビドラマに欠かせない俳優・生瀬勝久が演じる。「西洋列強国から日本を守るためには、西洋先進国を知ることだ」として、ペリー再来航の折には、密航を嘆願。黒船の脅威の下、己の剣術修行の意味を見失っていた龍馬が松蔭と出会い、その思想、言動に心を突き動かされるという大事な役どころ。第7回では、勝海舟の弟子となって龍馬とともに神戸海軍操練所で航海術を学んだ近藤長次郎役で、大泉洋が登場する。
 さらにその後の回には、龍馬が開国派となるきっかけを作った勝海舟、西郷隆盛が登場。勝は、明治新政府軍代表・西郷隆盛に対し、旧幕府軍代表として江戸城無血開城もとりまとめた人物。この、薩長の両志士らに一目置かれた大人物役に、武田鉄矢。また、言わずと知れた薩摩藩・勤王の志士、西郷隆盛に高橋克実。風貌は、巷でよく見る"西郷どん"と、似ていなくもない。ほか、お龍役に出産後初の連続ドラマ出演となる真木よう子、龍馬と最期をともにした盟友・中岡慎太郎に上川隆也。いずれ劣らぬ実力派俳優が、次々と登場だ!


龍馬を演じた役者たち
 『龍馬伝』で描かれる龍馬は、「人の話をきちんと聞き、人の気持ちをよく理解する。柔らかな側面や多面的な魅力を持った人物」。「『龍馬が龍馬になる前』の段階をしっかり演じたい」とは、福山談(『AERA Mook』より)。幼少の頃の龍馬は、いつも姉の乙女に気合いを入れられている。青年になってからは、昔なじみの弥太郎と泥川で格闘したり、土佐藩の上士にゲタで殴り飛ばされたり。豪放磊落というよりは、臆病者で甘えん坊で、少年っぽさ、素直さ、優しさが強調された龍馬、という印象だ。昨年秋に放送され、最終回では全局連続ドラマ最高視聴率の25.3%をたたき出したTBSドラマ『JIN-仁』で、内野聖陽が演じた龍馬とはだいぶイメージが違う。"内野龍馬"は、コミカルな演技も秀逸で、己の興味が向くところへどんどん突き進む「いかにもイメージ通りの龍馬」。
 過去に、龍馬を主役としたり、あるいは幕末の志士の1人として登場させた、テレビドラマ・映画・舞台は数限りなくある。そして龍馬を演じた俳優たちも、実に多彩。一例を挙げれば、司馬遼太郎原作の『竜馬がゆく』。北大路欣也(1968年、NHK大河ドラマ)にはじまり、その後も民放各社が製作、萬屋錦之介(1982年)、上川隆也(1997年)、七代目市川染五郎(2004年)などが龍馬を演じた。ほかに、龍馬として登場した人物らを挙げると、真田浩之、藤岡弘。、中村雅俊、仲村トオル、江口洋介など。『篤姫』で龍馬を演じた玉木宏も、近年では人気が高かった。
 また、ダウンタウンの浜田雅功も『竜馬におまかせ!(1996年)』で主演。三谷幸喜脚本のコメディドラマで、視聴率は今一つだったもののいまだにコアファンは多く、DVD化希望の声も高い。映画では、その起用がなぜか納得させられる武田鉄矢や、渡辺謙、トータス松本など。舞台は顔ぶれが一層派手(!?)。ミュージカル『坂本龍馬』では西城秀樹が主役を張り、宝塚歌劇団では、テレビでおなじみの真矢みきも龍馬を演じた。司馬遼太郎が幕末の志士として歴史の隅から見出したとされる坂本龍馬。今や、多くのスーパーヒーロー・坂本龍馬が、溢れている。





 東京も冷たい風が吹いていますが、北陸・北日本の各地では吹雪いているようで……明日にかけて積雪の多い地域も多いとのこと。

宮城
亘理伊達家ひな人形展:亘理町郷土資料館で展示 /宮城
◇春遠からじ…
 亘理伊達家14代伊達邦成(くにしげ)公の三女佑子氏が、嫁入り道具として婚家(こんか)の石川家(仙台市)に持参したひな人形を展示した「亘理伊達家ひな人形展」が亘理町郷土資料館で開かれている。
 伊達邦成公は明治維新後、北海道へ移住。開拓を進め、現在の伊達市の基礎を築いた。佑子氏の婚家の石川家は亘理伊達家と同じ仙台藩の一門で、角田石川家の流れをくむ家柄。
 展示しているひな人形は、江戸時代後期に京都で作られたという古今雛(びな)。文箱や裁縫箱、化粧箱など婚礼道具とともに展示している。
 02年、亘理伊達家初代成実(しげざね)公が亘理に入城して400年を記念し、亘理伊達家と石川家の厚意により郷土資料館に寄贈されたという。
 3月14日まで。問い合わせは町郷土資料館(0223・34・8701)。【豊田英夫】




栃木
壬生剣客伝展:高杉晋作の日記など107点展示 きょうから歴史民俗資料館 /栃木
◇松本五郎兵衛に完敗した地・壬生、高杉晋作の転機に
◇高杉晋作と壬生のかかわり紹介
 幕末の志士、高杉晋作(1839~67年)が150年前に訪れた壬生町とのかかわりなどを紹介する資料展「壬生剣客伝」が6日から同町立歴史民俗資料館で始まる。同町で行った剣術修行前後の高杉の心の内を示した日記「試撃行日譜」や木刀、写真など107点を展示する。3月14日まで。【中村藍】
 長州藩士の高杉は討幕運動の中心人物として歴史の表舞台に登場する前の1860(万延元)年、剣術修行で現在の栃木県を訪れていた。当時の壬生町は、江戸三大道場の一つ、練兵館の剣術「神道無念流」発祥の地で、高杉の生涯に影響を与えたと思われる剣術の立ち合いがあった。
 同年9月、壬生の城下町に入った高杉は、聖徳太子流の達人で56歳だった松本五郎兵衛に立ち合いを申し込んだ。腕に自信のあった高杉は松本に何本も挑戦したが、一度も勝てなかったという。
 特筆すべきは、8月に江戸をたってからこまめに記されていた日記が壬生を訪れた2日目以後、白紙になった点。高杉は壬生で三泊四日滞在し、その後長野県や北陸地方を渡り歩いたが、本の書き写しやメモ書きが付け加えられたのみだった。
 萩博物館特別学芸員で作家の一坂太郎氏は著書「高杉晋作」(文芸春秋)の中で、「晋作のプライドは、またもや粉々に打ち砕かれてしまった」と記した。かなり自信をもって挑んだ立ち合いで歯が立たなかったショックで、日記を書き続ける気力が失われたのではと推測している。
 五郎兵衛から5代目で、現在は埼玉県所沢市に住む松本邁さん(69)は幼いころ、晩酌する父親から当時の話を聞かされた記憶があるという。松本さんは「本当にそういうことがあったのか、不思議な感じがする」と感慨深げに話す。
 開館時間は午前9時~午後5時(火曜日は午後1時から)。休館日は月曜日。一般200円。問い合わせは同資料館(電話0282・82・8544)。


豆まき 武者姿で豪快に 足利伝統の『節分鎧年越』
 足利市に春を呼ぶ伝統行事「節分鎧年越(よろいとしこし)」が三日夜、同市家富町の鑁阿(ばんな)寺周辺で行われ、坂東武者に扮(ふん)した市民ら二百人余りが市中心部を練り歩いた。
 一行は織姫公民館を出発し、全面通行止めにした県道(旧国道50号)を通って、同寺まで約一・三キロの道のりをほら貝や陣太鼓を鳴らしながら行進。主将を務めた大豆生田実市長らが馬に乗り、歴史絵巻の再現を演出した。
 同寺に到着後、大豆生田市長が足利氏代々の供養と市の繁栄を願って「願文」を奉読。武者一同が見物客らに豪快に豆をまき、「エイ、エイ、オー」と勝ちどきを上げた。
 同寺は足利義兼が開山。行事は鎌倉時代中期、義兼の孫の泰氏が一族の結束と勢力を誇示するため、坂東武者五百騎を同寺南大門に勢ぞろいさせた故事にちなむ。明治維新以降に一時途絶えたが、一九一五年に市内繊維業者を中心に復活した。
(清水祐樹)


岐阜
高山ゆかりの「山岡鉄舟」知って 19日に宗猷寺で例会
 幼少期を高山で過ごし、明治維新の時に江戸城無血開城に貢献した政治家、山岡鉄舟(1836~1888年)の偉業をしのぶ研究会や講演会が19日に高山市内の2会場で開かれる。
 昨年初めて高山市で法要を営んだ「山岡鉄舟研究会」(東京都)が、同市宗猷寺(そうゆうじ)の宗猷寺で初の例会を開く。経営コンサルタントで同会会長の山本紀久雄さんが、これまでの研究成果を発表する。
 同市丹生川町でも丹生川地区社会教育運営委員会が、丹生川文化ホールで講演会を企画。山本会長が、鉄舟の人となりや高山とのかかわりなどについて講演する。
 鉄舟は9歳のとき、高山陣屋に赴任した父の小野高福とともに江戸から高山へ移り住んだ。16歳まで過ごし、書や剣術を学んだ。両親の死去後に江戸へ戻って、江戸城無血開城に貢献した。
 高山市には鉄舟の書の作品が多く残っているほか、宗猷寺には鉄舟の両親の墓がある。
 高山市郷土館の職員で研究会世話役の一人、田中彰さんは「書、武士道、政治的信念を持つ鉄舟のことを高山でももっと知ってもらえれば」と話している。
 例会は午後4時から、参加料は1500円。講演会(無料)は午後1時からの予定。
 例会の問い合わせは、研究会事務局の水口さん=電0577(36)4037、講演会は丹生川地区社会教育運営委員会=電0577(78)2468=へ。
 (白山泉)


高知
【龍馬ゆかりの地を行く】未来見つめ続ける像 桂浜
 高知市の観光名所を代表する桂浜。その海岸沿いの松林の間から、太平洋を見下ろす高台に高さ約14メートルの像がそびえている。坂本龍馬の像である。龍馬の功績をたたえる像は各地に点在するが、桂浜の像は郷里にあり、歴史的にも由緒があることから年中、龍馬ファンでにぎわう。
 桂浜は、龍馬にとって思い出深い土地だ。近くに義母の実家があり、幼少期には、生家近くを流れる鏡川から姉と舟をこいで遊びに行くなど、桂浜周辺には何度も訪れたという。
 そんな桂浜での龍馬像建立は大正15(1926)年、龍馬の生き方に心酔していた地元出身で早稲田大生だった入交好保さんの呼びかけで始まった。
 「龍馬の功績を示すような日本一大きな銅像を作る」
 同年8月、「坂本先生銅像建設会」を結成。2万円を目標に、県内の青年ら10万人から1人あたり20銭(当時のたばこ1箱分相当)を募ったという。
 当初、世間の反応は冷ややかだったが、活動を続けているうちに熱意が伝わり、目標を上回る約2万5千円(現在の約8千万円相当)に達した。
 像の制作は、詩人の高村光太郎の父、光雲の元で学んだ高知の彫刻家、本山白雲に依頼した。昭和3年5月に建立され、除幕式では、当時の田中義一首相らから祝辞が届くなど、大きな反響を集めたという。
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 その像も何度か危機にさらされた。
 第二次大戦中、あらゆる鉄や銅が徴集の対象となり、龍馬像も例外ではなかったが、軍部は「江戸末期に勝海舟に師事し海軍建設の計画を推進した龍馬は、海軍の創始者だった」と反対して、徴集を免れた。
 平成に入ってからは、経年劣化で像の腐食が進み、修復のため一時的に桂浜から撤去される事態に見舞われた。このときも、龍馬像を救ったのは、全国のファンから相次いだ寄付の申し出だった。
 1世紀近くにわたって大切に守られてきた龍馬像。だが、龍馬と桂浜のかかわりについてはいまだに不可解な点がある。幕末当時の桂浜は、龍馬像が立つ太平洋に面したエリアではなく、奥に入った浦戸湾のさらに内陸部を指したとされる。
 それなのに、なぜ桂浜に龍馬像が建立されたのか-。「米国・ニューヨークにある自由の女神に対照した」など諸説があるが、桂浜にある高知県立坂本龍馬記念館の学芸員、前田由紀枝さん(51)はいう。
 「『この場所しかない』というまさに直感で選ばれたのではないか。あの銅像があるからこそ、あそこがほんとうに龍馬に出会えるような場所になった。巨大な像を見て、人生を見つめ直す人も多い。龍馬は今でも悩みを聞いてくれる兄貴であり、友だちのような存在なのかもしれない」
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 龍馬の誕生日で、命日にもあたる11月15日には毎年、生誕地の碑前で「龍馬誕生祭」が行われている。31回目となった平成21年11月15日にも、全国から100人余のファンらが集まり、龍馬に思いをはせた。
 龍馬のおいの孫にあたる土居晴夫さん(86)も神戸から訪れ、「龍馬を愛する多くの人たちのおかげで誕生祭が続けられ、毎年出席させてもらっています」と感慨深げだった。
 各地のファンでつくる全国龍馬社中(橋本邦健会長)によると、ファン組織は増え続けており、いまでは国内外で132を数えるという。また、新たにオランダや台湾でも発足の動きがあるという。生誕祭実行委員長の内田荘一郎さん(61)は明言する。
 「新国家体制の基本方針を起草した船中八策や薩長同盟など大胆な発想は、現代社会にも通じる」 
 龍馬が暗殺されて140年以上が経過した。しかし、激動の幕末を身命を賭(と)して駆け抜けた志士は、いまなお輝きを失わず、今後も愛され続けることだろう。(おわり)
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 「桂浜」 高知市南部の太平洋を望む海岸。土佐を治めていた戦国大名・長宗我部元親が桂浜北側の丘陵部に浦戸城を築き、土佐の中心地だった時期もある。現在は坂本龍馬像をはじめ、県立坂本龍馬記念館や桂浜水族館など観光施設が集まり、高知市を代表する観光名所として知られる。昔から月見の名所とされ、土佐民謡「よさこい節」にも詠われている。毎年、中秋の名月の夜になると「名月酒供養」が開催される。(加藤浩二)


龍馬とお金の逸話をHPで紹介…日銀高知支店
 日本銀行高知支店は、幕末の志士・坂本龍馬のお金にまつわる逸話を、ホームページで紹介している。亀山社中での給料は60万円、いろは丸事件で紀州藩から勝ち取った賠償金は164億円――など。解説のために4コマ漫画をつけた話もあり、「龍馬ブーム」に合わせて関心を集めそうだ。
 龍馬は薩長同盟や大政奉還に尽力するとともに、日本初の貿易商社ともいえる亀山社中(後の海援隊)を設立した〈起業家〉の顔も持つ。お金を巡る様々な逸話が残っていることから、ホームページで紹介することにした。
 例えば、龍馬が1861年、友人の武市瑞山から預かった書状を長州藩の勤皇の志士・久坂玄瑞に届ける旅に出る際、坂本家の山を管理していた田中良助から旅費として2両(現在の40万円に相当)を借りたと紹介。「借用書が残されているので、おそらく返済されなかった」としている。換算には、そば1杯の料金(当時16~22文、現在は520円)を基準にした。
 また、神戸の海軍操練所の前身・神戸海軍塾を開くため、越前藩主松平春嶽に借りた資金は5000両(11億円)▽薩長同盟成立前に、長州藩が薩摩藩名義でイギリス商人グラバーから購入した銃計7300丁の代金は9万2400両(169億円)▽活躍した亀山社中の給料は、龍馬も含め1人当たり3両2分(60万円)▽海援隊のいろは丸が、紀州藩の明光丸と衝突して沈没した事故の賠償金額は8万3526両(164億円)――などと紹介。幕末の1861~67年の貨幣価値の計算方法も説明している。
 同支店は「激動の時代に、夢や希望、事業を成し遂げるために、積極的にお金とかかわった龍馬を通じ、今も昔も変わらないお金の大切さを感じてもらえれば」としている。ホームページ(http://www3.boj.or.jp/kochi/)。



広島
子ども囲碁大会:ジュニア棋士集まれ--20日、因島・本因坊秀策記念館 /広島
◇初の開催
 尾道市因島外浦町の本因坊秀策囲碁記念館で20日、子ども囲碁大会が開かれる。
 記念館は、幕末に活躍した地元出身の天才棋士・本因坊秀策(1829~62)の功績を伝えようと、08年9月にオープン。大会は「市技」でもある囲碁の普及などを目的に、同館などが今回初めて開催する。
 小中高生などが対象で、実力に応じて19路や13路で競技を行う。参加者全員に参加賞として図書カードが贈られるほか、成績優秀者には賞品も用意する。当日は、JR尾道駅前との往復や、因島島内を回る送迎バスも運行する。
 参加料500円(昼食代込み)。申し込み(15日まで)や問い合わせは同館(0845・24・3715)へ。【柳沢和寿】


山口
映画:松陰の恋描く「獄に咲く花」きょう先行公開--県内各館 /山口
◇主演・近衛さんらあいさつ あす下関、原作者・古川さんも
 下関市在住の直木賞作家、古川薫さん(84)の小説「野山獄相聞抄」を原作にした映画「獄(ひとや)に咲く花」が6日、県内と福岡県の9館で先行公開される。主演の近衛はなさんと前田倫良さん、目黒祐樹さんの舞台あいさつもあり、7日には下関市の映画館「下関スカラ座シアター・ゼロ」に古川さんも顔をそろえる。【取違剛】
 幕末の志士に多大な影響を与えた指導者、吉田松陰の生涯1度の恋を描いた。古川さんの原作は78年、直木賞候補になったが落選。古川さんは「選考委員の松本清張さんに『もう少し松陰の狂気が出れば』と評されたが、映画では見事に表現されている。原作を超えた」とたたえる。
 古川さんは下関在住、松陰役の前田さんは下関出身。製作は下関の映画会社「グローカル・ピクチャーズ」でロケ地は萩市……と、まさに山口発の映画。松陰生誕180年の今年、製作者は「29歳で処刑された松陰はなぜこれほど慕われ、敬われたか。その謎に迫った」とPRする。
 舞台あいさつは6日午前10時を皮切りに、▽岩国ニューセントラル▽MOVIX周南▽ワーナー・マイカル・シネマズ防府▽山口スカラ座。7日は、▽下関市スカラ座シアター・ゼロで午前10時20分の上映回終了後▽午後1時、シーモール下関4階「シーモールホール」でトークショー(入場無料)▽宇部シネマスクエア7で午後3時40分の上映回終了後。詳細は「獄に咲く花」公式ホームページなどで確認できる。


芸能一家出身の近衛はな、父親の目黒祐樹との「突き飛ばして、貧血…」な激しい共演秘話を告白!
[シネマトゥデイ映画ニュース] 映画『獄(ひとや)に咲く花』で映画初主演を務めた近衛はなが、撮影中に力が入り過ぎて同作で共演した、父親の目黒祐樹を突き飛ばすというハプニングを起こしたことを明かした。

映画『獄(ひとや)に咲く花』

 近衛は父親に映画『里見八犬伝』などで知られる名優の目黒を持ち、母親は元女優の江夏夕子、伯父は松方弘樹、さらに父方の祖父は近衛十四郎、祖母は水川八重子、そして母方の曽祖父には市川松蔦(二代目)という芸能一家に生まれた。NHK教育テレビの教育番組の司会者として芸能界デビューし、2009年のNHKドラマスペシャル「白洲次郎」では脚本家デビューも果たしている。そして今回、明治維新の礎となる思想を伝えた偉人・吉田松陰の獄中での淡い純愛を描いた本作で、映画初主演に抜てきされ、さらに同作で父親である目黒と初の親子共演を果たしたことで注目されている。
 そんな親子共演のシーンでは、ハプニングが起こったようだ。近衛は、「物語の終盤で、松陰先生を追いかけるために、福川様(父親の目黒)を振り払って走るシーンがあったんです。でも本気になり過ぎて福川様を突き飛ばし、自分も転んで貧血を起こすという失態をしました」と激しい撮影秘話を明かした。父親が相手だったからこそ、演技に力が入ってしまったのかも知れないが、父親としては、近衛が一生懸命熱演する姿に、娘の成長を感じたに違いない。
 本作は、古川薫による原作「野山獄相聞抄」を映画化した感動の歴史ロマン。世界最高の指導者であり教育者と評され、「幕末はこの男から始まった」と言われる吉田松陰こと吉田寅次郎の生涯一度の淡い恋物語に焦点を絞った物語だ。今まであまり語られることのなかった吉田(前田倫良)と高須久(近衛)の獄中でのプラトニックな愛が、あまりに切なく、観る者の胸を熱くする。近衛と目黒の貴重な親子共演と共に、知られざる吉田松陰の愛を垣間見ることができる。 
 映画『獄(ひとや)に咲く花』は2月6日より山口・福岡県先行上映 4月より有楽町スバル座ほかにて全国公開


文化の薫りに満ちて
◆山口の「菜香亭」移転5年 根付く活動
 明治時代に生まれた山口市の元料亭「菜香亭」が、移転・改築して5年を迎えた。伊藤博文ら山口ゆかりの政治家がひいきにした宴会政治の場は、市民の文化活動の空間に生まれ変わった。近代の建築を文化財として見直す動きも出ており、関係者は話題づくりにも知恵を絞る。
(清水謙司)
 元外相の井上馨が「名付け親」となった菜香亭は1877(明治10)年に創業。伊藤ら明治維新の元勲から佐藤栄作まで、大勢の政治家が出入りする料亭政治の舞台にもなり、特に佐藤派がひいきとした。しかし、「おごうさん」の呼び名で親しまれた名物女将(おかみ)が高齢になったこともあり、1996年に閉店した。
 建物が老朽化し、一時は解体する話も出たが、歴史的な価値から保存運動が起きた。市が元の場所から建物を移転させ、2004年から観光や市民活動の拠点に生まれ変わらせた。会議室は市民ギャラリーとして開放。客間や居間は有料で貸し出しており、結婚式のほか、懇親会や会合に使える。飲食の出前サービスもあり、その場で「政治家気分」を味わうこともできる。大広間には、伊藤をはじめ、山県有朋、田中義一、安倍元首相ら歴代宰相の扁額(へんがく)がそろう。観光バスのコースにもなっている。
 施設を管理するNPO法人「歴史の町山口を甦(よみがえ)らせる会」は、料亭の120年の歴史に光をあてるイベントにも力を入れる。


◆明治の洋食メニュー 提供構想
  昨年は5周年記念として、昔ここで結婚式を挙げた夫婦たちの金婚式を行った。今年1月は、料亭時代に使われていた建具の企画展を開催。今は使っていない当時のふすまの下張りに使われていた文書が注目を集めた。そこには、明治時代に伊藤博文を迎えたときの献立や当時の洋食メニューも記されていた。ハトシチュー、キジカツレツ……。食文化の「文明開化」を伝える貴重な資料。同会の馬越帝介事務局長は、山口の食材を使い、当時の洋食メニューを再現して提供するアイデアも温める。「西の京」の観光を盛り上げるつもりだ。
 文化庁は、こういった「近代和風建築」に注目する。時代の波にのまれて、取り壊されるケースも目立つからだ。他県では、明治、大正期の屋敷や町屋などが国の文化財に相次いで指定された。こうした動きは、観光客の呼び込みにも一役買う。
 県教委も、県内に残る明治から終戦までの建築物約100件を調査している。菜香亭もその一つ。県教委は「近代の歴史、特に政治を語る上で欠くことのできない施設」と話している。



福岡
小説・小河さんら5人受賞 福岡市文学賞
 文学活動で優れた功績を上げた人を表彰する今年度の福岡市文学賞の受賞者が決まった。小説、詩、短歌、俳句、川柳の5部門に各1人。贈呈式は3月6日、中央区天神の市文学館で行われる。
 小説部門は博多区の小河扶希子(すまこ)さん(68)。幕末の女流歌人、野村望東尼(もとに)に関する評論の連載「続・野村望東尼 書翰(しょかん)集見つかる!」で、「生涯をかけての真摯(しんし)な姿勢と実績」が評価された。小河さんは「望東尼が一番喜んでいるのでは」と語った。
 詩部門は西区の尚(なお)泰二郎さん(60)が、同時出版した詩集「夏の少年」「あの場所から」で受賞した。「分かりやすい言葉の奥に人生の明暗を描いていて、心に響く」と評された。尚さんは「詩を書くことは、高揚感と充実感を与えてくれる」とさらなる意欲を見せた。
 短歌部門は宗像市の山崎つぎのさん(81)。受賞作となった歌集「間道」について「人はなぜ歌を詠むのかという永遠の問いに答えてくれる」とたたえられた。山崎さんは「短歌が好きというだけでここまで来た。いまだに受賞が信じられない」と喜んだ。
 俳句部門は同市の三舩煕子(ひろこ)さん(66)。全国の俳句大会でも多くの受賞歴があり、「今後を期待されている精鋭」という。受賞作の句集「通過駅」は内外の評価も高く、「20年足らずの俳句歴だが、色々な人の後押しで受賞できた」と笑顔を見せた。
 川柳部門は南区の敷田無煙さん(75)で、受賞作は川柳集「いざよい」。新聞社に長く勤めたが、作品にニュース川柳のようなものはなく、「読者も人生とのかかわりの中で同じ思いになる」と評価された。川柳を始めて33年。「賞にふさわしい川柳家になれるよう今後も活動したい」と話した。
 福岡市文学賞は毎年、市と近郊で活動を続けている作家を対象に贈っており、40回目。受賞作は記念作品集にまとめられ、主要書店などで200部が販売される。



大分
社告:上野彦馬九産大フォトコン、受賞作品86点展示--大分市アートプラザ /大分
◇10日
 幕末から明治に活躍し、日本の写真術の祖と称される上野彦馬にちなんだ「第10回上野彦馬賞九州産業大学フォトコンテスト」の受賞作品展を開催します。グランプリの上野彦馬賞を受けたスペイン在住の写真家、森本徹さんの「コソボ--虐殺の記憶」(白黒5枚組=写真はその一枚)など一般部門の上位11点と高校生・中学生部門の入賞75点を展示します。大分での開催は初めて。入場無料です。
 【会期】2月10日(水)~14日(日)10~18時。最終日は15時まで【会場】アートプラザ(大分市荷揚町)【問い合わせ】毎日新聞福岡本部事業部(092・781・3636)
 主催 九州産業大学、毎日新聞社
 後援 文化庁、日本写真芸術学会ほか


杵築・臼杵ひなめぐり始まる
 春の訪れを告げる「ひなめぐり」が杵築市と臼杵市で6日から始まり伝統的なひな飾りや手作りびななどを楽しもうと多くの人が訪れています。
 このうち杵築市の「城下町杵築散策とひいなめぐり」は2010年で9回目を迎え、市内27か所に展示されているひな飾りを町を散策しながら楽しむことができます。
 中でも杵築藩の家老屋敷、大原邸では幕末期の大木平蔵作のひな飾りなどが展示されていて訪れる人を楽しませています。
また養徳寺ではかわいらしい手作り雛が本堂にずらりと並べられていて個性豊かな人形からは手作りのぬくもりを感じることが出来ます。
 杵築市のひいなめぐりは3月7日まで開催されています。
また臼杵市の「うすき雛めぐり」も6日から始まり和紙で作ったひな人形が市内各所に飾られているほか期間中様々なイベントが予定されています。


ビジネス
百貨店、バレンタイン商戦 「和」でハートつかめ
 東京都内の百貨店でバレンタイン商戦がピークを迎えた。今年は節約志向に加えて、バレンタインデーの14日が日曜日に当たり、各社とも「義理チョコ需要が減るかもしれない」と予想。このため海外の高級チョコを充実させるだけではなく、和風商品を増やすなど趣向を凝らし、顧客のハートをつかもうと躍起だ。
 三越は、歴史好きな“歴女”向けに、幕末に活躍した坂本竜馬ら4人をそれぞれイメージしたオリジナルチョコ(8粒入り1050円)を発売。坂本竜馬チョコには高知県の日本酒、西郷隆盛チョコには鹿児島県の芋焼酎を入れた。「相手のイメージに近い人物の商品を選ぶのも、楽しさにつながるのでは」(三越日本橋本店)と提案している。
 日本有数の繁華街・銀座に店を構える松屋銀座はチョコ以外にも、バレンタイン向け和風スイーツを昨年より3割増やし約50種類をそろえる。ハート形ゆずようかんなどの詰め合わせ「さん久」(997円)は、地元の老舗和装小物店と共同開発した。

 おまけに付いてくる「誠」の幟、うちの1/6フィギュア用に欲しいなぁ(笑)。
 そう云えば、今日、チョコレート販売コーナーで戦国武将5人をイメージしたTSUWAMONOというシリーズを見ました。
メリーチョコレート バレンタインコレクション
 「強か者(したたかもの)」豊臣秀吉、「熱き者」織田信長、「切れ者」真田幸村、「一刻者(いっこくもの)」上杉謙信、「洒落者」伊達政宗と、織田信長+豊臣秀吉+千利休=「つわもの揃い」……ネーミングに凝ってますね。武田信玄がないのが、ちょっと残念です(苦笑)。

【フード/トラベル】四国・九州の旅 「龍馬特需」狙い
■近ツー「ゆかりの地」商品強化

 坂本龍馬を題材にしたコミックやNHKの大河ドラマ放映を追い風に、大手旅行会社の近畿日本ツーリスト(KNT!)が龍馬ゆかりの地を訪ねるといった関連する旅行商品を強化している。
 同社は、昨年秋に専用パッケージ旅行シリーズ「幕末のジャパニーズ・ヒーロー 竜馬の道 ~坂本龍馬ゆかりの地を訪ねる~」を商品化。合わせて、龍馬が活動した四国や九州、京都を目的地とするパッケージ旅行商品の販売を積極化してきた。
 特に、専用パッケージ旅行商品では、龍馬を題材とする人気コミック「お~い!竜馬」の作画を担当した小山ゆうさんの作品をイメージキャラクターに採用。パンフレットやポスターなどにも小山さんの作品を使用し、龍馬になじみの薄い若年層などにもアピールしてきた。
 ツアーには特典もある。例えば、四国方面を目的地とするツアーで、申し込んだ顧客に対して先着順で「かつおのたたきセット」をプレゼントするといった特典や、九州・京都方面のツアーを余裕をもって申し込んだ顧客に対する割引特典なども用意する。
 龍馬の誕生日が11月15日だったことにちなみ、15日を「龍馬の日」に設定。毎月15日に出発するツアーについては1人当たり500~1000円の割引も実施。申し込んだ顧客の中から、毎月抽選で5人に新装版の「お~い!竜馬」(原作・武田鉄矢、作画・小山ゆう)全12巻セットをプレゼントするキャンペーンも展開している。
 近畿日本ツーリストによると「龍馬を題材にした大河ドラマのスタートを機に、こうした商品に対する問い合わせや申し込みがぐっと増えてきた」(KNTブランド戦略室)という。ちなみに、今年1~3月の首都圏発四国方面ツアーの販売人数は、前年の同じ時期を15%程度上回る好調だ。
 同社は今月以降も、龍馬関連の旅行商品を前面に、四国や九州方面の旅行販売を活性化したい考えだ。


文化芸能
ブレークする若手はコイツか 佐藤健
絶好調!!大河ドラマ「龍馬伝」

 NHK大河「龍馬伝」の勢いは止まらず。31日放送の第5回は視聴率24.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、これまでで最高の数字をマーク。年間平均で24%台半ばを叩き出した「篤姫」(08年)超えも囁かれ始めた。
 主演の福山雅治の人気はもちろんだが、脇を固める俳優陣の層の厚さも評判だ。たとえば若手で注目を浴びているのはキーパーソンのひとり、岡田以蔵を演じる佐藤健(20)だ。
 佐藤が演じる以蔵は、尊皇攘夷(じょうい)という大義のために、師である武市半兵太(大森南朋)の命令で要人の暗殺に手を染めていく。佐藤は幕末の京都で“人斬り以蔵”と呼ばれた暗殺者の葛藤(かっとう)を演じ、かつ激しいチャンバラシーンもこなす。力量が問われる難しい役どころといっていい。
「撮影が始まって半年ほどですが、クランクイン前とは顔つきがまったく違う。現場で揉まれているうちに殺陣も上達し、撮影に明け暮れる中で、役者としてひと皮むけました」(プロダクション関係者)
 佐藤の登場シーンがグンと増えるのは14日放送の第7回から。
 ちなみに、佐藤は「龍馬伝」のほかに、「ブラッディ・マンデイ シーズン2」(TBS)にも出演中だ。
 最近は堺雅人や貫地谷しほりのように、大河出演をきっかけにブレークする役者が増えている。さて、佐藤はどこまで駆け上がることができるか。


原作者、宮尾登美子も太鼓判。内山理名主演舞台『天璋院篤姫』が華やかに開幕
 2008年のNHK大河ドラマでも人気を集めた宮尾登美子原作『天璋院篤姫』が内山理名の主演で舞台化。2月4日午前、東京・明治座において絢爛豪華に初日の幕が開いた。
 幕末の世。薩摩藩主の島津斉彬(西岡徳馬)にその器量と才覚を見出された今和泉島津家の於一(=のちの天璋院篤姫、内山理名)は斉彬の養女となり、江戸幕府第十三代将軍・徳川家定(今拓哉)の正室として江戸城にお輿入れを果たす。だが、わずか19か月の夫婦生活となった夫・家定の急逝、将軍後継者を巡る対立、第十四代将軍の正室・皇女和宮(遠野あすか)との確執……など、度重なる試練が彼女を襲う。激動の時代に寄り添ったその半生を原作に忠実に描き出した、濃密な4時間(休憩含む)だ。
 物語は、島津家の養女となる於一が実家を旅立つ場面に始まる。実母・お幸(秋野暢子)は最愛の娘の門出にあたり「女の道は前に進むしかない。引き返すのは恥」という言葉を贈り、この言葉がその後の篤姫を支える礎となる。大役を務める内山はその言葉どおり、いかなる苦難においても凛と立ち向かう、強い女の生き様を見せる。時に凄みさえ感じさせるその姿は、座長としての風格も十分。場面ごとに替わる、10着以上の華々しい衣裳も目を楽しませる。
 幕末を描いた時代劇ながら、現代人にも身近に感じられ深く響く、“モダンな時代劇”に仕上がった。ダイナミックで現代的な朝倉摂の美術も、その役割を担う。篤姫とは対照的に描かれる和宮の生き方など、女たちのドラマとしても骨太な見ごたえがある。
 終演直後に行われた会見では原作者の宮尾登美子が内山と対面し、「初日とは思えない頑張りだったわね!」と労った。かねてより内山の“男っぽい芝居”に目をつけ、篤姫役に推したという宮尾は、「(読みが)当たりました(笑)。篤姫の気概や気迫が感じられて、観た方にも勇気がみなぎったと思う」と終始ご満悦。対して内山は、「素敵な台詞がたくさんあって助けられました。精一杯やったこのエネルギーを千秋楽まで継続していきたい」と語った。篤姫さながらに「男らしく行くことも”女の道“」と言い切った内山。一女性の凛とした生き様が、混沌とした時代に一筋の光を投げかける。
 公演は2月24日(水)まで。チケットは現在発売中。
 取材・文:武田吏都






 今日放映の『新・三銃士』、予約のミスで録り損ないました……しょぼーん。

東京
妖怪漫画家、素顔を紹介 あすから調布で
 「ゲゲゲの鬼太郎」などの作品で知られる調布市在住の漫画家水木しげるさん(87)。「妖怪漫画の第一人者」が歩んできた道のりを振り返る展示会が6日から、市文化会館たづくり(小島町2丁目)で開かれる。作品を通した地元とのつながりにも焦点を当て、その素顔を紹介する。(佐藤清孝)
 水木さんは1959年から市内に住み始め、長年、日本を代表する漫画家として活躍している。
 調布の街づくりには協力を惜しまず、88年から季刊の「図書館だより」の表紙に原画を提供。天神通りには妖怪のモニュメントが置かれて人気スポットになり、市内を走るミニバスの車体にも鬼太郎のイラストが描かれ、市民に親しまれている。
 こうした功績が評価され08年、水木さんが名誉市民に選ばれたことを記念して、市などが展示会を計画。準備を進めていたところ、3月末からNHKの連続テレビ小説で「ゲゲゲの女房」が放映されることも決まった。
 展示されるのは、水木プロダクションから借りた原画の複製約100点。
 長さ5メートルの「人生絵巻」や写真とともに半生を紹介。左腕を失う悲惨な戦争体験を基にした「ラバウル戦記」などを通して平和を訴えるコーナーのほか、鬼太郎が初めて登場した「妖奇伝」の原画や、後神(うしろがみ)といった妖怪画も飾る。
 「作品に描かれた調布」では、現在の市内で生まれた新撰(しんせん)組局長近藤勇の一生を描いた「星をつかみそこねる男」で近藤が地元に凱旋(がいせん)する一コマや、ゲゲゲの鬼太郎「朧(おぼろ)車」の原画のほか、妖怪たちが調布の街を歩く「図書館だより」の表紙絵12点も展示する。
 また、水木さんを支えてきた家族との絆(きずな)を「水木家の写真帳」からパネルで紹介。
 3月22日まで(2月20~23日、3月15、16日休館)。入場無料。問い合わせは市文化振興課(042・481・7139)へ。


長野
平成中村座・信州まつもと大歌舞伎:今年7月2~8日、全11公演を予定 /長野
◇演目は「佐倉義民伝」が候補に
 松本市は、08年7月にまつもと市民芸術館で初公演した「平成中村座・信州まつもと大歌舞伎」(市や商議所などで構成する実行委員会主催)を、今年7月2~8日に全11公演を予定していることを明らかにした。第2回となる今年の演目は「佐倉義民伝」が候補に挙がっているという。
 平成中村座(座長・中村勘三郎)は中村勘太郎や中村七之助らが出演し、国内外で公演活動をしている。串田和美・同芸術館監督が演出を担当。08年の公演は、投資額の約2・2倍に当たる約5億7700万円の経済波及効果があったとされる。
 候補演目の「佐倉義民伝」は、ペリー来航2年前の幕末・現在の千葉県佐倉市が舞台。不作続きで年貢の取り立てに苦しむ農民のために、将軍に直訴する名主の佐倉宗吾郎と家族、農民との義理人情を描いているという。
 実行委は前回に続き、市民キャストやサポーターの募集を検討中。また市内の青少年が伝統芸能を学ぶ機会としたい考えだ。4月上旬にチケットの市民先行発売を始め、一般向けは5月上旬の予定という。【渡辺諒】



静岡
取り壊す寸前の建物に移築、次郎長の終の棲家が平成の世に甦っていた!
 「船宿・末廣」は、講談や浪花節で有名な森の石松や、大政、小政など大勢の子分を抱えていた幕末の侠客・清水次郎長が晩年に経営していた宿である。明治26年6月12日、次郎長はこの船宿でその生涯を終えた。
 大正5年には、次郎長の養女が「末廣」を引き継ぐが、大正8年に売却。船宿「港屋」として新たに開業された。その「港屋」も昭和初期に個人に売られていた。その売られた民家(昭和以降は、船宿ではなくなっていた)が、次郎長が晩年に暮らした末廣であることがわかったのだ。
 平成13年には、清水区港町のエスパルス通りとさつき通りの交差点の角に、創業当時の部材を生かして「末廣」が復元された。実際に次郎長が開業した初代「末廣」の場所は、清水港近くであり、現在では「次郎長宅跡」と記された石碑が付近に建立されている。
 先述の民家が、次郎長が晩年に暮らした末廣だと判明したきっかけは、徳川慶喜が撮影した写真の中に、「末廣」を撮った一枚があったことからである。一介の侠客と将軍を結びつけたものは何だったのだろうか。
 それは山岡鉄舟という人物である。次郎長の有名なエピソードとして、幕府の軍艦「咸臨丸」が新政府軍に襲われた際に、逆賊として放置されていた遺体を手厚く葬ったというものがある。この命がけの行動をきっかけに、静岡藩の藩政補翼であった山岡鉄舟と次郎長の付き合いが始まる。
 山岡鉄舟といえば、勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城の会談にも立ち会った人物であり、当然慶喜との繋がりも深い。明治時代になり、将軍職を退いた慶喜が清水に頻繁に訪れていたこともあり、交流があった可能性もあるかもしれない。


兵庫
竜馬の衣装に播州織 大河ドラマPR用ポスター 
 幕末の志士坂本竜馬の活躍を描くNHK大河ドラマ「龍馬伝」のPR用ポスターで、主役の福山雅治さんの衣装に、西脇市を中心に生産される先染め綿織物の播州織が使われた。
 地元商社と神戸芸術工科大学、西脇商工会議所が産学連携事業で開発した「播州帆布」。ジーンズにも採用される生地で、厚くて丈夫なのが特長という。
 世界的な不況の影響もあり低迷する播州織業界。同商議所の藤井良己会頭(72)は「ドラマでも着用シーンがあると聞く。竜馬人気にあやかって播州織をアピール、需要拡大の起爆剤になれば」と期待を寄せている。
(篠原佳也)



香川
竜馬と記念写真いかが/琴平・牛屋口の銅像
 幕末の志士と「はい、ポーズ!」―。NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送で“坂本竜馬ブーム”が高まる中、香川県琴平町の旧伊予土佐街道沿いに建つ竜馬の銅像を生かし、地域活性化につなげようという取り組みが始まった。像を所有する地元企業が、観光客らが像のそばまで行けるように階段を設置。自由にツーショット写真を撮れる新スポットとしてPRしている。
 竜馬像があるのは、金刀比羅宮への上り口に当たる牛屋口。瀬戸大橋開通翌年の1989年、運輸・旅行業の琴平バス(同町、楠木哲雄代表)が観光振興を目的に建立した。高さ2メートルほどの石積みの台座に、“身長”約3メートルの像が乗る。同社によると、竜馬像は県内でここだけという。
 像は、竜馬が1861(文久元)年に同街道を通って丸亀を訪れたとされることにちなみ、懐に手を入れ、前かがみになって先を急ぐ姿を表現している。
 建立から20年余りを経て、ドラマをきっかけに像を使った企画を練る中で、訪れた人が台座に上って像と並べるよう、階段を取り付けることに。楠木代表は「竜馬を好きな人が遠方から訪ねてくることはあったが、隠れたスポットだった。これを機に、日の当たる名所にしたい」と話す。
 同社は、像に関する案内板の設置や、大型バスの駐車場の整備を計画。町内の名所を巡るツアーのラインアップに、竜馬像に立ち寄っての撮影を組み込んだ新商品も加える予定という。


コラム
まだまだ続く!? 「歴女」の経済効果
 最近耳にする女性を表す「歴女」。歴史好きの女性を表す言葉として大流行しました。流行語大賞のトップ10にも入る勢いです。まだまだ続きそうなこの「歴女」ブームにはどのくらいの経済効果があったのでしょうか。
 そもそもこの歴女という言葉、どこから始まったかというと、カプコンが2005年にプレイステーション 2向けに発売した英雄アクションゲーム『戦国BASARA』によって戦国武将ブームが始まったとか。
 伊達政宗や真田幸村をはじめとする戦国武将が戦う『戦国BASARA』シリーズの発売で、女性ファン、つまり歴女が一気に増えたということだそうです。このゲームに登場する戦国武将のキャラクターがとてもイケメンに作られていました。
ゲーム『戦国BASARA』シリーズは150万本を売り上げたメガヒット。その人気を受けて、コミックス『戦国BASARA』(集英社)、アニメと広がっています。
 この人気は今や武将ゆかりの地を訪ねる女性が急増ということで、武将別の観光ガイド本が発売されるなど、まさに戦国武将とご当地の人気はうなぎ登りです。旅行会社でも『戦国BASARA 伊達軍ツアー』を1泊2日、49,200円で開催したところ、即完売したというほど。今年の夏には本家ゲーム『戦国BASARA 3』の発売と今年も熱は続くようです。
NHK大河ドラマ「天地人」にもなった戦国武将ですが、歴史と言うとその時代以外にも、「無双シリーズ」(コーエー)など根強い人気のあるゲームカテゴリーでもあり、映画「レッドクリフ」でも注目される三国志、坂本龍馬のいた幕末など、多岐な時代や場所があります。
 それでも、なんといっても歴女ブームは戦国武将に集約されていると言われています。
 この歴女ブーム歴史関連の雑誌の売れ行きはどうかというと、どこの出版社も売れ行きは変わらないというお答え。残念なことに 歴女は歴史書籍には手を出さないと言う状況も伺えます。
 書籍とは反対に、売上を伸ばしているのが歴史グッズ。
 昨年の大河ドラマの主人公直江兼次のグッズでいうと、直江兼次のイラストがパッケージに描かれた米、家紋モチーフの雑貨に、武将プラモ、直江兼続「愛」帽子、ほかに男性用の下着やTシャツ等々、ありとあらゆるものがグッズとして発売されています。
 歴女が好む特に売れ筋はなにかを、歴史時代書房「時代屋」の掛谷社長にうかがいました。
  歴史関連書籍と歴史関連グッズの販売をしている「時代屋」の扱っているなかでも、歴女の方々は、書籍に加え、アイテムグッズの購入が多くなります。
 グッズ一番人気は、何といってもケータイストラップ。
 キャラクターのフィギュア版と家紋版がある中でも戦国時代の武将のものが大人気。ほかには、ブロックメモ、鞄に入るサイズの小さなノート、Tシャツなど、これも戦国武将のものが人気になります。
 人気の時代はというと、まずは何といっても戦国時代だそうです。そして次が三国志。その次が今年の大河ドラマでも取り上げられている坂本龍馬が活躍する幕末というお話です。
 共同通信によると、歴女ブームの経済効果はなんと700億円というから驚きです。草食男子よりも、戦乱の世で活躍した戦国武将に理想を求める現代の歴女の方たちの行動が、大きな市場になっています。
 昨年に引き続き、戦国武将と歴女のブームは、まだまだ熱いということです。

 時代屋、最近閉店されていたと小耳に挟んだのですが……(汗)。



文化芸能
幕末の偉人・吉田松陰を演じた俳優が見せたこだわりとは?
 幕末に私塾「松下村塾」を開き、その後の日本史に多大な影響を与えるも、29歳の若さでその生涯を終えた吉田松陰の最期の日々と淡い恋を描いた映画『獄(ひとや)に咲く花』が公開される。
 『獄(ひとや)に咲く花』は、安政元年(1858年)、長州藩にある牢獄「野山獄」に、江戸から送られてきた囚人・吉田寅次郎(吉田松陰)と、彼が牢獄の中で出会った女・高須久の淡い恋物語を軸に、常に人を愛し続けながらも生涯、独身を貫いた吉田松陰の晩年を描く。
 日本史の重要人物のひとりで、現在も多くの歴史ファンから愛されている松陰を演じたのは、男優のみで構成される人気劇団「スタジオライフ」のメンバー、前田倫良だ。本作の原作者・ 古川薫の推挙によって松陰役に取り組むことになった前田は、役作りのために10キロの減量に挑むなどの役作りに励んだという。前田は同じ山口県出身の松陰を演じることについて「これまでの尊敬すべき“吉田松陰”像はありつつも、この作品では“愛すべき人物”という新しい側面を引き出せれば。若々しく熱く、周りを巻き込むエネルギーに満ちて、身近に感じられるキャラクターを演じようと思いました」とこだわりを語り、本作の見どころについて「野山獄の荒んだ囚人たちの心が、“吉田松陰”という人物とかかわることによって感化されるという、現代の人間関係に欠けているものが表現されていると思います」とコメントしている。
 現在、坂本龍馬の生涯を描いたNHK大河ドラマ『龍馬伝』が好評を博すなど、幕末期に活躍した人物に注目が集まっており、彼らの多くを育てた男・吉田松陰にさらなる注目が集まることが期待される。

『獄(ひとや)に咲く花』
2月6日(土)、山口・福岡県先行ロードショー
4月、有楽町スバル座ほか全国ロードショー





 昨日に続いて、今日の午前中も寒かったですね。暦の上では立春ということで、一陽来復を祈りました。

秋田
武家屋敷 黒板塀も雪化粧 秋田・角館(かくのだて)
幅の広い通りの両側に、黒い板塀がまっすぐに延びる。

 しだれ桜の枝に降り積もった雪が、ぱあっと砕け散りながら落ちていく様は、満開の花のようだ。
 前夜からの雪が黒いアスファルトを覆い隠した角館の冬景色は、江戸時代のそれと、たぶんほとんど変わらないだろう。
 「道が広いので『最近広げたんですか』とよく聞かれますが、江戸時代に作られた幅のままなんです」
 かくのだて歴史案内人組合の加畠(かばた)浩子さんは話す。江戸時代の初め、秋田藩主・佐竹義宣(よしのぶ)からこの土地を与えられた実弟の芦名義勝が、古城(ふるしろ)山の北にあった城下町を、現在の位置に移して一から作り直した。区画がすっきりと整理されているのはそのためだ。
 「今の仙北市役所角館庁舎のあたりに『火除(ひよ)け』という防火帯を設け、北側を武家の『内町』、南側は職人や商人の『外町(とまち)』としたんです」と加畠さん。
 内町には当時の面影が色濃く残る。一帯は伝統的建造物群保存地区に指定され、石黒家、青柳家など6軒の武家屋敷が公開されている。だが、冬場は残念ながら半数が閉鎖中。映画「たそがれ清兵衛」の撮影に用いられた松本家は、深い雪に覆われ、軒先に近づくこともできなかった。
 ただし、冬の間の楽しみもある。通常は立ち入れない岩橋家の座敷で、歴史案内人による「冬がたり」が週末ごとに開かれる。囲炉裏で焼いた栗や、いぶりがっこ(薫製大根の漬物)をつまみながら、冬の生活ぶりや町の歴史についての話を聞いていると、屋敷の主人に招かれたような気分になってくる。
 「冬は見学できないところもあるけれど、せっかく来ていただいた方に喜んでいただきたいですから」と案内人組合の鈴木重憲(じゅうけん)組合長は話す。



 町人が暮らした「外町」は、今ではごく普通の街並みになっている。そんな中で目をひくのが、通りに面したレンガ造りの蔵。幕末からみそ・しょうゆを造っている安藤醸造元の蔵座敷だ。外町が大火に見舞われた後、1891年(明治24年)に建てられ、婚礼会場に使われていた。
 「このあたりは雪が多いので建物の屋根が板ぶき。そのため火事に弱かったんです」と大(おお)女将(おかみ)の安藤恭子(としこ)さん。蔵座敷は無料公開され、3月ごろまでは、ひな人形が飾られている。モノトーンの屋外とは対照的に、羽子板のような押し絵が華々しい。「角館の押し絵は、歌舞伎の場面を描いたものが多いのが特徴。江戸後期からありますが、角館で日本画が盛んになった明治・大正期に作られたものが多く残っている」と角館町観光協会の後藤悦朗(えつろう)副会長。
 その後は途絶えていたものの、昨年から地元有志の手で角館押し絵の復活を目指す動きも始まったという。山桜の皮を張り付けて茶筒や印ろうを作る樺(かば)細工など、手仕事の伝統が豊かなのも、冬を雪に閉ざされる土地だからだろうか。
 東京から新幹線で行けば、乗り換えなし。真冬でも凍らない田沢湖、秘湯として人気の高い乳頭温泉にも近い。冬の東北を味わうにはもってこいの町だ。(片山一弘、写真も)

●あし 東京から秋田新幹線で角館駅まで3時間20分。

●問い合わせ 角館町観光協会=(電)0187・54・2700。


宮城
「仙台藩の坂本竜馬」玉虫左太夫の業績知って 13日に催事
 「仙台藩の坂本竜馬」とも称され、幕末に非業の死を遂げた仙台藩士、玉虫左太夫の業績を演劇や落語など3本立てで紹介する「玉虫左太夫の世界」が13日、仙台市若林区文化センターで開かれる。主催する郷土史愛好グループ「先人のはなを啓(ひら)く会」は「激動期に活躍した玉虫の存在を多くの人に知ってもらいたい」と張り切っている。
 メーンの演劇「超サムライ 玉虫左太夫」は、渡米時の日記「航米日録」を基に、仙台市の劇作家石川裕人さんが脚本を担当。異文化と接するうちに開明的な考えを身に付けていく姿に焦点を当てる。
 出演は「仙台の宝塚歌劇団」といわれる劇団ウインドカンパニーに所属する団員ら14人。米国本土をはじめ、ハワイ、香港に立ち寄った場面を再現、一部「宝塚調」を取り入れる。
 演出を担当する元劇団員の鳳城りむさんは「平等主義という当時の日本では考えにくい価値観を少しずつ受け入れていく玉虫の変化に注目してほしい」と話す。
 落語は、東北大落語研究部OBで「桂友楽」の高座名を持つ大友健弘さん(67)が創作落語「玉虫左太夫の生涯」を披露。「奥羽越列藩同盟締結に奔走した玉虫は、スタンスこそ違え、仙台藩の竜馬とも言うべき人物。同時代に生きた2人を対比させ、魅力を浮かび上がらせたい」と語る。
 さらに郡山市の歴史作家星亮一さんが「幕末の日本における東北と仙台藩のとった行動を考える」と題して講演する。
 啓く会は昨年2月に玉虫を再評価しようと結成された。劇にも出演する乳井昭道さん(65)は「国内外で活躍した知識人としての顔も知ってほしい」と来場を呼び掛ける。
 開演は午後2時。第1部の星さんの講演が40分、第2部の落語30分、第3部の演劇は約1時間の予定。入場料は前売り一般1500円、中学・高校生1000円(当日はいずれも500円増)。小学生以下無料。連絡先は啓く会事務局022(399)8249。

[玉虫左太夫/初めてビール飲む] 1823年、仙台藩士の家に生まれた。24歳で江戸に赴き、幕府学問所を取り仕切った林復斎の門下となる。日米修好通商条約批准書の交換使節団の一員として渡米、見聞録「航米日録」を著した。戊辰戦争では藩の方針に沿って奥羽越列藩同盟の成立に奔走したが、仙台藩降伏後に責任を取らされ、69年に切腹した。初めてビールを飲んだ日本人としても知られる。




栃木
壬生剣士VS高杉晋作 6日から資料展 栃木
 剣術が盛んだったといわれる壬生藩の剣客らの歴史をたどる企画展「壬生剣客伝」が6日から、栃木県壬生町の町立歴史民俗資料館で開かれる。幕末、壬生を訪れた長州藩の高杉晋作と手合わせした松本五郎兵衛らにスポットをあて、壬生剣士ともに高杉ゆかりの史料なども展示される。3月14日まで。
 鳥居家3万石の壬生藩は歴代藩主が武芸を奨励。剣術が盛んで、江戸後期には神道無念流の四天王といわれた野原正一郎、聖徳太子流の使い手で高杉との立ち合いで知られる松本五郎兵衛ら多くの剣客を輩出している。
 背景には、江戸剣術の3流派で、尊皇攘夷派の志士に人気のあった神道無念流の流祖、福井兵右衛門が壬生出身だったことなどがある。また同流派の基本となったともいわれる「一円流」も壬生周辺が発祥とされ、福井もこの剣を学んでいる。
 柳生新陰流の免許皆伝の高杉は、幕末に北関東、信州などをめぐる剣術修行の旅(試撃行)で壬生に立ち寄った際、松本と立ち合った。松本の子孫に伝わる話では「高杉は剣で勝つことできず、1本もとれなかった」という。
 同展では、「幕末の風雲児、高杉に挑む」をサブタイトルに、壬生の剣客、松本と高杉に関する史料などを中心に展示。松本や高杉の肖像、高杉が剣術修行で立ち合った相手に記入してもらったという「他流試合士名帳」、修行の旅の記録「試撃行日譜」、野原正一郎の門人らの名前が記された神社の奉納額などが公開される。
 21日には「高杉晋作と壬生」と題して、作家で萩博物館(山口県)の特別学芸員、一坂太郎さんによる講演会も開かれる。問い合わせは同歴史民俗資料館(電)0282・82・8544。



岡山
高梁川大洪水 幕末の絵図発見 被災、復興状況生々しく
 幕末の嘉永3(1850)年、備中国一帯を襲った豪雨で高梁川の堤防が決壊。現在の倉敷市中心部から岡山市域まで浸水する大洪水が発生した。その被災状況と復旧作業を描いた絵図2点が3日までに、倉敷市の郷土史研究家によって見つかった。災害記録としてはもちろん、復興に当たる人々の声も聞こえそうな躍動感があり、未曾有の水害を生々しく伝える歴史の語り部にもなりそうだ。
 絵図は、郷土史研究グループ「帯高の歴史編纂(へんさん)委員会」の中山道夫さん(65)=倉敷市帯高=が競売を経て入手。決壊個所や浸水範囲を描いた被災状況図(1辺110センチ)と、堤防修復の復旧作業図(縦50センチ、横75センチ)がセットであり、詞(ことば)書ききから備前国・大供村(岡山市北区大供本町一帯)の村役人級の人物が作成したらしい。



山口
吉田松陰の書状発見 萩博物館で6日から公開
 幕末の志士、吉田松陰が安政の大獄(1858~59年)で江戸に送られる直前、長州の獄中から主宰する松下村塾の門下生に送った書状の一部が山口県の民家でこのほど見つかり、萩博物館(同県萩市)に寄託された。6日から一般公開される。
 「諸藩の情勢を書き残す時間がない」などとする内容で、萩博物館は「松陰の無念さがうかがえる史料で、書状が確認された意義は大きい」としている。
 萩博物館によると、書状は門下生入江九一あてで、安政6(1859)年5月15日付。数枚のうち最後の1枚が掛け軸に仕立てられ、民家に受け継がれていた。
 「諸藩ノ風聞等ヲ真仮字ニテ録シメ一著トセント思フ。遂ニ暇ナシ」などと記し、幕末の動乱期の様子を後世に伝えられない悔しさを吐露。信頼する入江にその実現を託すとしている。文末には「江戸に送られても幕府には屈しない」との決意を込めた自作の漢詩が添えられていた。
 松陰の著作を集めた「吉田松陰全集」には、この時期に書状が出されたとの記述があるが、書状そのものはこれまで確認されていなかった。


佐賀
7日に「近代との遭遇」記念講演会 県立美術館
 佐賀市城内の県立美術館で開催中の特別展「近代との遭遇─世界を見る・日本を創る─」の記念講演会が7日、午後1時半から同美術館ホールで開かれる。元九州産業大学柿右衛門陶芸研究センター教授の高辻知義氏が、久米邦武の功績や魅力を語る。
 高辻氏は東京大名誉教授でもあり、ドイツ文化、文学、音楽などの研究に従事。ドイツの作曲家ワーグナー研究の第一人者としても知られる。
 明治政府の米欧遣外使節団に随行した佐賀出身の久米が編さんした「米欧回覧実記」や、佐賀にゆかりのあるドイツ・マイセンなどの都市について語る。
 聴講は無料で定員は480人。問い合わせは佐賀新聞社事業部、電話0952(28)2151へ。


多布施反射炉跡と「ほぼ断定」 佐賀市の試掘調査完了
 佐賀市教委は、幕末期に佐賀藩が鉄製大砲を鋳造するために築いた「多布施反射炉」跡とみられる民有地の試掘調査を終えた。大規模な土木基礎工事跡や鋳型関連の跡などを確認し「反射炉の遺構とほぼ断定できる」とする。日本の近代化をリードした佐賀藩の〝象徴〟となる2つの反射炉の遺構は未確認だったが、ついに形が現れ始めた。
 市は世界遺産登録を目指す「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産に市内4カ所を加えるよう取り組んでおり、これまで三重津海軍所跡が資産入りしている。多布施反射炉跡の追加も視野に、今回の調査結果を近代化産業遺産群の価値を検討する専門家委員会に報告する。
 多布施反射炉(伊勢町)は、佐賀藩が1853年ごろに建造した。ペリーの黒船来航に危機感を持った幕府が、江戸湾防備のために品川台場を新設し、大砲50門を佐賀藩に注文したため整備された。1850年に築いた日本初の洋式実用反射炉「築地反射炉」(長瀬町)に次ぐ施設となる。
 反射炉は壁や天井で熱を反射させ、炉内の温度を上げて鉄を溶かす施設。佐賀藩は大砲鋳造を記した蘭書を基に刀工や陶工、鋳物師らの在来技術を応用して築いた。多布施反射炉跡は1926年の発掘調査で基礎工事部分が発見されたが、その後は事務所や民家が立ち、正確な場所が分からなくなっていた。
 市教委は1月18日から試掘調査を実施。2×5メートル、深さ2メートルの単位で2カ所を掘り、1カ所で石や木、砂、粘土が交互に積み重なった大規模な基礎工事跡を確認した。高さ16メートルとされる反射炉本体が傾かないよう整地したとみられる。
 もう1カ所からは大砲の砲身をかたどる鋳型を地中で支えた「鋳坪(いつぼ)」とみられる跡も確認した。市教委は(1)当時、大規模基礎工事が必要だったのは反射炉以外にあり得ない(2)反射炉に欠かせない鋳坪とみられる跡もある(3)反射炉の精錬時の鉄のかたまりや耐火れんがなども同一地点で見つかった-ことなどを根拠に「反射炉跡と考えて矛盾はない」と結論づけた。
 確認した遺構を蘭書と照らし合わせ、東西に2基4炉あった反射炉本体の配置を推定する。市教委世界遺産調査室の前田達男室長は「幕府をはじめ全国から高く評価された佐賀藩の反射炉とみられる遺構が、ついに見つかった意義は大きい」とする。ただ、反射炉本体は見つからず「今は状況証拠の積み重ね。疑問点を突かれる可能性は残る」とも話す。
 近代化産業遺産群の構成資産に入るには、遺構の〝立証〟が前提条件。本格的な発掘調査による全容解明も求められるが、民有地で調査が難しい面もあり、今後対応を検討する。


【写真】試掘調査で確認された土木基礎工事跡。反射炉本体が傾かないために強固にした構造になっている=佐賀市伊勢町



大分
本堂内に竜馬コーナー ゆかりの徳応寺
 大分市佐賀関は幕末の志士坂本竜馬が神戸海軍塾頭時代に九州初上陸を果たした地。竜馬が宿泊した佐賀関の徳応寺(東光爾英住職)は、ゆかりの地を訪ねる竜馬ファンのため、本堂内に竜馬コーナーを設けた。パネル写真と実際に着用して記念写真も撮れる着物とはかま、模造刀も用意している。
 東光住職は「新聞報道やインターネットなどで知った熱心なファンが訪れるため、当寺の資料や、わたしの父の着物を一部加工して展示した。芳名帳も置いてあるので感じたことを書き残してほしい」と話している。
 竜馬は幕府軍艦奉行勝海舟に同行し、豊後街道で佐賀関と長崎を往復。同寺の第10代龍潭(りゅうたん)住職は1864年春に宿泊した海舟や竜馬らの宿泊者名や一行が乗った船を絵入りで記録していた。
 見学は事前の連絡(徳応寺=TEL097・575・0085、午前8時~午後5時)が必要。


長崎
出版:龍馬の功績や苦労、古文書読み解き 織田毅さん、「海援隊秘記」を /長崎
◇シーボルト記念館係長・織田毅さん
 長崎市シーボルト記念館係長で「現代龍馬学会」会員の織田毅(おりたたけし)さん(48)=同市=が、幕末の志士・坂本龍馬の長崎での活動をまとめた「海援隊秘記」(戎光祥出版)を出版した。龍馬の足跡は虚実入り乱れるが、長崎に残る古文書を読み解くなど史実に即し「長崎での龍馬の功績が、すなわち坂本龍馬の功績。長崎なくして龍馬の活躍はありませんでした」と結論付けた。【錦織祐一】
 織田さんは五島市出身。10代で司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を読み龍馬ファンに。熊本大卒業後、長崎市役所に入った後も業務の合間に、高知、山口、鹿児島各県を訪ねて古文書に当たるなど研究を重ね、市民団体「亀山社中ば活かす会」の幹事も務める。90年には海援隊士・沢村惣之丞の墓を本蓮寺(長崎市)で発見した。
 長崎に残る元隊士や豪商が書き残した龍馬らの古文書も読み解き、当時の長崎について「長州や薩摩に近く、龍馬らが持つ蒸気船や西洋帆船の航海技術は貴重だった。国際情勢の中で日本の現状と将来を見通すことができる唯一の場所だった」と確信。龍馬自身についても「『竜馬がゆく』の強いイメージと違い、順風満帆ではなかった。迷ったり失敗を繰り返していた」とみる。
 昨年、出版社から依頼を受け、書きためていた記録を3カ月かけてまとめた。織田さんは「龍馬が長崎に来たのはまったくの偶然。だが、その偶然が日本を動かした。長崎という地が、龍馬を通じて日本の歴史に影響を与えた」と話す。B6判239ページ、1575円。


コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】(48)東大教授・山内昌之 井伊直弼(上)
■国学者の開国政策

 どの政治家においても、目的の理想性と手段の現実性がぴたっと調和するのは幸せなことである。
 しかし、この幸運に恵まれた政治家は存外に少ない。現代でも政治改革といえば、誰もが否定できず、理想の甘い匂(にお)いがする一方、それを実現する手法や基盤ともなれば時に金権という腐臭あふれる利益誘導と結びつく例もある。
 これはいま、政権交代に酔った有権者に、嫌悪感をもたせる政治とカネにまつわる現象を見ればよく分かることだろう。

 ◆正反対の見方が併存

 幕末の危機において、真実の目的と皮相の目的が乖離(かいり)した例といえば、幕府の大老として難局に当たった井伊直弼をすぐに思いだす。なにしろ直弼は、溜間(たまりのま)に詰める徳川の譜代門閥大名の筆頭として本質的に保守固陋(ころう)の思想をもちながら、開国という最も尖端(せんたん)的な政治決断に踏み切り、反対派を一掃した人物なのだ。
 まさに当世流の政治的表現を借りるなら、剛腕や辣腕(らつわん)の名にふさわしい。桜田門外の変で、水戸の攘夷(じょうい)浪士らに斬(き)られた直弼は、眺めるプリズムの角度が違えば幾重にも像が変容する政治家である。消え去った徳川幕府の立場からさえ正反対の見方が併存していた。
 明治になって『東京日日新聞』の主筆となる旧幕臣の福地桜痴(おうち)は直弼について「おのれが信ずる所を行い、おのれが是とする所をなしたり」と指摘しながら、2つの異なる見方を示している。直弼は時勢に逆行して世論に背反し、安政の大獄などで「不測の禍害」を徳川政権に与えて衰亡の命脈を促したという結論を受けても仕方がないというのだ。
 同時に桜痴は、幕権を維持して異論を抑え、開国といった強硬な政略を断固として実施した点で決して普通の政治家が及ばない才気をもっていたとも指摘する(『幕末政治家』)。

 ◆尊攘派ばりの信念

 直弼は本質的にいえば、茶道や和歌に才を発揮した国学者であった以上、アメリカとの条約調印を世界情勢に照らして前向きに確信した革新進歩の徒だったはずがない。彼は条約調印を一時はやむをえないとの「権道」に立ち、兵備を充実して将来に攘夷を実現しようと考えたらしい。政権の要路として欧米列強の実力による撃退を難しいと考える点では現実感覚に立脚していたが、力がつけば外国とも戦えると尊攘派ばりの信念もあったようだ。
 もし直弼にマキャヴェリズムよろしく、開国策をとった幕府が孝明天皇はじめ朝廷に攘夷政策があたかも可能だと欺く意図でもあれば、幕末の進路はまた違っていたかもしれない。

 ◆政治主導と官僚統治

 桜痴のいうように、彼の心中に抱いた開国の国是を政策として実現しながら、尊攘の雰囲気を利用して人びとを籠絡(ろうらく)する権謀術策でもあれば、「天晴(あっぱ)れなる政治家と称せられるべきの価値」もあるが、そこまでの「識見智略を具せる宰相」というわけでもなかったと冷淡な評価をする。
 もし井伊大老にまことの開国の「卓識」があり、自ら上京して開国と鎖国の得失を天皇の前で堂々と弁じていたなら「不世出の聡明(そうめい)」とうたわれていたかもしれないというのだ。
 それは浮雲を披(ひら)いて天日を見るような壮快さであるが、叶(かな)わなかった。大老に開国の確固たる識見がなかったからだと手厳しい。しかし、この説はおそらく正しい。
 それでは、何故に直弼は開国に舵(かじ)を切り、一橋慶喜(よしのぶ)を排して紀州慶福(よしとみ)(14代将軍、家茂)を将軍家定の継嗣(けいし)としたのだろうか。その答えは、直弼における政治主導と官僚統治にかかわる独特な理解に求められるだろう。(やまうち まさゆき)
                   ◇
【プロフィル】井伊直弼

 いい・なおすけ 文化12(1815)年、近江(滋賀県)彦根藩主、直中(なおなか)の14男として生まれる。藩主を継いだ後、老中をへて安政5年に大老となる。病弱だった13代将軍、徳川家定の継嗣問題や、開国・攘夷をめぐって前水戸藩主の徳川斉昭らと対立。日米修好通商条約を勅許を得ずに調印し、将軍継嗣を紀州藩主、徳川慶福(家茂)に決める。一橋慶喜を推していた斉昭ら一橋派や尊攘派を弾圧したため、万延元(1860)年、桜田門外で暗殺された。享年46。


IT
mixiアプリ「幕末英雄伝」、幕末志士とともに討幕を目指す
株式会社gumiが提供するmixiアプリ「幕末英雄伝~もう一つの龍馬伝説~」。幕末に生きる志士とともに討幕を目指すシミュレーションゲームだ。

新しい時代を切り開け!

プレイヤーは「坂本龍馬」「高杉晋作」「西郷隆盛」の中から一人を選び、ストーリーを進めていく。キャラごとに違ったストーリーが用意されており、様々な試練を乗り越えて物語は進んでいく。
試練を乗り越え、経験値を貯めながらストーリーを進めて、討幕を目指そう。
また、マイミクと同士を結成したり、マイミクと勝負したりといったソーシャルアプリならではの機能も。マイミクと競い合い、協力しながらキャラを育てていく楽しみが味わえる。
ちなみにこのアプリはモバイル専用。mixiモバイルからアクセスして楽しむことができる。





 時代劇に蕎麦打ちの蘊蓄が加わり、蕎麦好きの白牡丹には嬉しいコミックスです。




 かどたひろし作品はお色気系も含めて何本か読んでます。美男美女はどの作品でも同じ顔してます(苦笑)が、味のある&不細工な顔の描き分けに関しては男女ともに物凄く引き出しが多いです(褒めてます・笑)。この作品については特に、寛政年間のお江戸の人物や風物を緻密・丁寧に描いています(夜泣き蕎麦の美味しそうなことといったら)。

 設定やストーリー展開もいいですね。江戸の一角で蕎麦好きに評判を取っている屋台の蕎麦屋、その主人の正体は……時代劇では王道ですね。新橋芸者の姐さんの艶っぽいこと(寛政年間に新橋が栄えたかどうかは「あれ?」という感じがしますが・汗)。一癖も二癖もあるレギュラー登場人物それぞれが魅力的だし、各話のストーリーも読ませます。

 実写としても見てみたいです……劣化しなければ、という前提つきで(爆)。




 立川志の輔がファーストライブで、立川談春がセカンドライブ……落語初心者としては超贅沢なライブ体験です。

 あらかじめ『鰍沢』がかかるとわかっていたので、圓生の『鰍沢』を聴いていたのですが……同じネタでも噺家によって趣向のこらし方が違うところが落語の面白いところだなぁと、しみじみ思いました。

 談春師匠の場合、落語初心者にもわかりやすく、あらかじめいろいろ解説してくれるところがありがたいです。たとえば鰍沢がどこにあって、当時はどんなところだったかとか。「毒消しの護符」とはどんなものか、とか。

 白牡丹的には特に、お熊という女性を談春師匠がどう描くかを期待して聴きました……期待以上でした(はぁと)。

 どんな年頃の、どんな顔立ちや髪型、身なりの女性か、目に見えるよう。そして、口調や立ち居振る舞いから匂い立つような悪女っぷり。「江戸落語界のミレディ(from『新・三銃士』by三谷幸喜さん)」または「江戸落語界のカルメン(白牡丹は主にオペラ作品で馴染みがありますが、小説も読んでます)」とというところでしょうか。

 そして、お熊に出会った旅人の信心深さ、と同時に……悪意のない言葉の中にある残酷さというのも、談春師匠はちゃんと描いてくれたと思いました。

 下戸の旅人がついつい飲まされて酔う様子と、やさぐれて上戸なお熊の夫がぐいぐい飲んでしまう様子。この対比も、ビジュアルとオーディオとの両方に入ってきます(って、そこかい^_^;)。

 最後の場面は、火サスの断崖絶壁。どう展開するか、あらかじめわかっていても、臨場感たっぷり、身を乗り出して聴いてしまいました。

 大ネタの『鰍沢』を先に持ってきて、2つめのお題は『大工調べ』。家元の最新のご様子をお伺いできて嬉しかったと同時に、大いに笑わせていただきました。



 さらに、横浜にぎわい座の恒例だとかで、節分の豆まき&手ぬぐいプレゼントまで。じゃんけんに弱く、手ぬぐいプレゼントは初戦で敗退してしまいましたが、お隣さんがゲットした節分豆の小袋をひとつ分けてもらい、ハッピーです。多謝!




 近所の図書館で古い本や雑誌を無償で処分するサービスをしてました。ちょうど『サライ』の落語特集がありましたので、もらってきました。付録にCDが付いていたので、ちょっと得した気分です。

京都
森田芳光、夢の京都で撮影――太秦に乗り込み、新作「武士の家計簿」
 「京都で撮るのは夢だったんですよ」。1980年代以来のヒットメーカー、森田芳光監督が初めて太秦に乗り込んできた。新作『武士の家計簿』は幕末の加賀藩で会計を担当する御算用者(そろばん侍)の物語。時代と並走してきた森田の現代的な感性と京都の撮影所の伝統が響きあう異色の時代劇になりそうだ。
 松竹京都撮影所の第4ステージには巨大な算用場のセットが組まれていた。数十人の侍が一斉にそろばんをはじく大広間だ。
 昼休みで退出する侍たちの波に逆らって、堺雅人演じる猪山直之が上座に向かう。「終わりましたが、こちらと、ここが違っております」。上司の合田(ヨシダ朝)はうんざりした顔で「そうか、ご苦労……よくまあ……」。優秀だが堅物の直之を持て余している。

◆不器用な主人公

 「カット!」。モニターを見つめる森田はテストを4回繰り返した。そのたびにセリフの微妙な間を変える。「正義感が強いが不器用」(森田)な主人公、直之の性格と官僚の腐敗を一目で示す重要なシーンだ。
 斬新な映像感覚が話題になる森田だが、その演出の基本は「人間を描くこと」(森田)。時代劇も現代劇も人間ドラマと割り切り、俳優の芝居から微妙な心理のあやを引き出す。堺も「時代劇であることをそれほど意識していない。現代劇との共通点を探しながらやっている」と証言する。
 算用場の中央にはレールが敷かれ、上座へと速足で歩く直之をダイナミックな移動撮影でとらえる。
 現実の加賀藩の御算用者は約150人おり、小部屋に分かれて仕事をしたが、セットはあえて大部屋にした。「身分の差を表現する横移動撮影ができる」と美術の近藤成之。「昔の武士は小さかった」という森田の指示で建具も通常の173センチ(5尺7寸)から190センチにしたので、かもいの下をかがまずにくぐれる。
 数十人の侍が一斉にはじくそろばんの音も魅力だ。「人々のエネルギーがある。アナログでしょ。城の経済を支えてると思うと、すごい音ですよね」と森田。
 その音を担当するのが、録音技師、橋本文雄だ。森田組は85年「それから」以来、大半の作品に参加し、中核を担う。81歳だが、背筋はピンと伸びている。
 橋本の録音の基本は「無駄な音は録らない」「セリフは明瞭(めいりょう)に録る」。その耳は繊細で、例えばセリフのないシーンでも、ちょっとした息づかいを狙ってマイクを仕込む。現場で芝居にあわせてミキサーを操作し、同時に監督に聞かせる。熟練技が支える現場重視の方法だ。

◆珠算にもテンポ

 録音からのダメ出しも多く、逆にOKの時の「ハイッ」の声は誰よりも大きい。そろばんの音については他の音や音楽と重ねるため「テンポをやかましく言った」と橋本。セットにメトロノームを置き、俳優に一定のテンポではじかせた。
 川島雄三『幕末太陽傅』、今村昌平『豚と軍艦』、石原裕次郎主演『錆びたナイフ』などで日活の音を確立した橋本だが、ふりだしは京都だ。46年に戦後1期生として大映京都撮影所入り。録音助手として伊藤大輔、衣笠貞之助、溝口健二、森一生らの作品に付いた。伊福部昭、黛敏郎ら一流音楽家とも仕事をした。
 橋本が大映京都で得た最大のものは「自信」だという。「人材も作品も充実し、技術者には勉強になった。技術者が不安を感じてやったら、いい結果は出ない」。大映時代の同僚、美術統括の馬場正男(82)とも再会した。近藤が「教わることが多かった」と感謝する棟梁(とうりょう)は今も松竹京都で腕をふるう。
 「伝統の力ってある。いつも映画が撮られていて、アットホームな感じ。ほかの世界を忘れ、どっぷり映画作りにひたれる。また京都で撮りたい」と森田。
 『武士の家計簿』は春完成、年内公開の予定だ。
(京都支局長 古賀重樹)

●映画史生き抜く録音技師

 橋本文雄が入社した大映京都撮影所は1950年代の日本映画黄金時代を築いた京都太秦の撮影所。「技術の大映」と呼ばれ、助手の橋本の1世代上にはトーキー初期に入社した中村敏夫(『手をつなぐ子等』)、大谷巌(『羅生門』『雨月物語』)、大角正夫(『偽れる盛装』『炎上』)ら名録音技師がそろっていた。
 橋本は54年に東京調布で製作再開した日活に移り一本立ち、日活アクション全盛期を支えた。ロマンポルノの現場にも踏みとどまり、80年代以降は角川映画の大作や澤井信一郎、阪本順治、森田芳光ら第一線の監督と組む。まさに戦後日本映画史を生き抜く存在だ。

 堺雅人さんの裃姿、スクリーンで見てみたいなぁ。

徳島
寄贈:葵の家紋入り茶わんなど 徳島市在住の女性、徳島城博物館に /徳島
◇幕末の会津藩主実父か御三家当主に由来?--あすから一部を展示
 徳島市立徳島城博物館(徳島市徳島町城内)に徳島市内の女性から、葵の家紋が入った茶わんや小袖、岐阜県の高須松平家藩主・義建(よしたつ)が賛を書いた掛け軸などが寄贈された。義建は、新撰組や戊辰戦争で知られる幕末の会津藩主・松平容保(かたもり)や、第一次長州征伐で征討軍総督を務めた尾張徳川家藩主・徳川慶勝、同藩主・茂徳(もちなが)らの実父。茶わんなどは慶勝らのゆかりの品である可能性が高く、調査を進めている。寄贈品の一部は2日から同博物館で展示される。【深尾昭寛】
 寄贈したのは同市中前川町5、須天(すあま)照子さん(82)。茶わんと小袖は大名の御典医(お抱え医師)だった先祖が「御隠居」との囲碁に勝ち下賜されたと伝わる。
 茶わんは、尾張徳川家12代藩主・斉荘(なりたか)ゆかりの萩山焼で楽焼風。小袖は涼しげな白麻。掛け軸は古代中国の医薬と農業の神「神農」を描いた物で、義建の印などが入っていた。
 調査で、須天姓の医師が高須松平家に出仕していたことが判明。一方で、葵紋入りの萩山焼茶わんは、尾張徳川家との関連を示す。同博物館の小川裕久学芸員は「『ご隠居』は義建や慶勝らの可能性がある」と指摘する。「萩山焼の斉荘は、徳島藩13代藩主・斉裕の実兄にあたる人物。そのゆかりの茶わんが寄贈されたことに縁を感じる。下賜した人物は誰なのかなど、経緯を解明させたい」と話している。
 須天さんは「知らない話がたくさん出てきてびっくりしています。家に伝わってきた大事なもの。破損や紛失が心配で寄贈しましたが、預けてよかった」と話している。


山口
幕末「天朝の一大事」 吉田松陰の塾生宛て書状、発見
 幕末の思想家、吉田松陰(1830~1859)が、安政の大獄で長州(山口県)から江戸への移送が決まった直後、松下村塾門下生にしたためた書状が同県防府市の民家で見つかり、萩博物館(同県萩市)に寄託された。江戸送りを命じられた松陰が、混迷する当時の情勢を書き残そうと思いながら時間がなく、その実現を託そうとした思いなどを記した内容で、同館は「松陰の心境がうかがえる貴重な資料」としている。
 長州藩の獄中にいた松陰が、藩内の別の牢獄(ろうごく)にいた塾生の入江九一にあてた手紙で、安政6(1859)年5月15日付。松下村塾で作った原稿用紙が使われ、何枚かのうちの後半部分の1枚とみられる。入江は高杉晋作らとともに「松門の四天王」と呼ばれた。
 手紙には「天朝去年ノ一大事ノ大略ヲ初メ諸藩ノ風聞等ヲ真仮字ニテ録(ろく)シメ一著セント思フ 遂ニ暇ナシ 足下急ニ是ヲ果スベシ」などと記載。「天朝去年ノ一大事ノ大略」とは、前年に幕府が朝廷に無断で結んだ不平等条約の日米修好通商条約を指すとみられ、動乱の時事情勢を書き留めようと使命感を持ちながら果たせない無念さと、自身の志を継ぐ人物として入江への期待感が表れている。
 このほか、文末には「偶作」として、幕府にとらわれの身となる思いをつづった自作の漢詩2編も書き添えられている。
 萩博物館の樋口尚樹・副館長は「2人はたびたび手紙を交わし、入江が『著作は自分が引き受ける』と書いたものも残っていた。2人のやりとりの空白を埋めるパズルのピースのような発見だ」と評価。書状は6日から同館で公開される。


高知
龍馬の先祖の地、才谷公園で梅見…高知
 幕末の志士・坂本龍馬の先祖の墓がある高知県南国市才谷(さいだに)の才谷龍馬公園で31日、地元住民らでつくる「坂本龍馬才谷保存会」(岡雅司会長)が、初めての梅見会を開き、約50人が満開の紅梅と持ち寄った料理を楽しんだ。
 才谷には、坂本家の初代太郎五郎、2代彦三郎、3代太郎左衛門の墓がある。龍馬が「才谷梅太郎」の変名を使っていたことにちなみ、地元住民らが約10年前、紅梅と白梅計110本を植えた。NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送が始まり、梅の木も育ち開花するようになり、初めて梅見会を開いた。
 この日は、雨模様だったが、住民らは公園内の四阿(あずまや)で、カラオケを楽しんだ。近くの大工武村進一さん(67)は「才谷は龍馬の先祖の地。梅を見て、歴史も感じてほしい」と話していた。
 現在は紅梅のみ開花しているが、2月中旬頃から白梅も咲き、2月下旬頃までは花を楽しめるという。




広島
龍馬弁当のアイデアを募集/福山
 福山市を中心に8店舗のスーパーを展開するニチエー(同市南松永町2丁目)が、幕末の志士・坂本龍馬と鞆(とも)の浦にちなんだ弁当のアイデアを募っている。NHK大河ドラマの放送開始に合わせ、龍馬ゆかりの地としての福山を全国へ情報発信する様々な取り組みが地元で盛り上がっている。集まったアイデアを商品化して“相乗効果”でより一層のPRにつなげる狙いだ。(松尾俊二)
 1867(慶応3)年4月、龍馬が率いた海援隊の商船いろは丸が同市の鞆の浦沖で紀州藩の軍艦と衝突して沈没。鞆の浦は、龍馬と紀州藩側の談判の舞台になったことで知られている。
 募集しているのは、龍馬や鞆の浦にちなんでいる▽地元福山や鞆の浦の食材や名産品を使っている▽福山をPRできる、の三つの要素を備えた弁当のアイデアとその名前。レシピはなくても可。応募用紙に弁当の中身、素材、特徴とネーミングの理由などを書き、できれば絵などで弁当の内容を表現してもらったうえ、名前、住所、電話番号、応募者が利用するニチエーの店舗名を記入して各店舗にある応募箱に投函(とう・かん)する。募集期間は今月20日まで。3月21日に審査結果を発表する。
 最優秀賞(1人)に2万円分、優秀賞(3人)に3千円分、アイデア賞(5人)に千円分の商品券をそれぞれプレゼントする。最優秀賞に選ばれたアイデアを基に弁当を商品化し、花見のシーズンに合わせて3月から4月にかけて販売する予定。
 同社は「龍馬ブームにあやかって弁当で福山をもっと知ってもらえれば。地元の料亭やホテルと提携して商品化を進め、イベントなども催したい」と話している。問い合わせはニチエー(084・934・9090)へ。


佐賀
お台場の大砲造った?くぼみ発見 佐賀・多布施反射炉跡
 幕末に佐賀藩が設けた多布施(たふせ)反射炉跡(佐賀市)で佐賀市教委が進めていた試掘調査の結果、大砲を鋳造した鋳型を埋め込んだとみられるくぼみ(鋳坪)が見つかった。市教委が28日明らかにした。この反射炉では、ペリー来航に慌てた江戸幕府が東京・台場に据えつけた大砲50門を造ったとされる。幕末期の日本の技術を具体的に示す遺構として注目されそうだ。
 多布施反射炉は西洋の製鉄・鋳造技術をいち早く導入した佐賀藩がペリー来航と同年の1853年、幕府の発注を受けて建造した。同藩にとって2番目の反射炉で大正時代の発掘調査の記録は残るが、開発が進んで地形も変わり、具体的な位置が分からなくなっていた。
 遺構は縦3.5メートル、横1.5メートル、深さ1.4メートルで鋳坪の一部分と見られる。外部とは木枠で仕切っており、実際は4メートル四方で2メートル以上の深さがあると推定される。市教委は、このくぼみに大砲をつくる筒状の鋳型を立て、周囲を砂で囲んだ上で溶けた鉄を流し込んだとみている。
 九州・山口の6県などが世界遺産登録をめざす「九州・山口の近代化産業遺産群」には、佐賀市からは「三重津海軍所跡」が加えられている。同市は多布施反射炉もこのリストに追加できないか検討する意向だ。(伊豆丸展代)



長崎
まちなか龍馬館オープン1カ月 来館者数、想定上回る
 幕末の長崎の歴史や、現在の長崎の魅力発信を目的に整備された長崎まちなか龍馬館(長崎市浜町)がオープンして2日で1カ月。有料の地下1階には1万4986人(1月末現在)が訪れ、市が想定していた1万2千人を上回り、「順調な滑り出し」(市さるく観光課)となった。一方で来館者からは、展示内容の充実を求める声もあり、同課は本格的な観光シーズン到来に向け、展示内容をより充実させる考えだ。
 龍馬館は市や地元商店会などでつくる実行委が主体となり運営。地下1階には、人物紹介の写真やパネル、龍馬と後藤象二郎が会談した清風亭の調度品の展示、記念撮影コーナーなど。1階には物販、さるくインフォメーションのコーナーがある。市は、2011年2月末までの期間中、30万人の入館者を目指す。
 1日、来館していた長崎市内の女性会社員(40)は「大河ドラマ『龍馬伝』の予習と、市民として長崎のことをもっと知っておこうと来た。勉強になった」と展示内容に満足そう。その一方で、「坂本龍馬の活躍や何で彼が長崎に来たのか、あまり分からなかった。龍馬目当てで来た人には物足りないかも」=市内の無職女性(65)=と指摘する声も聞かれる。
 同課は「長崎の魅力全体をアピールするのが目的だが、今後、龍馬らの資料も充実させることも検討している」と説明。14日から市内中心部で始まるランタンフェスティバルや春に向け、馬見塚純治課長は「相乗効果で、さらに多くの市民や観光客に長崎の魅力を伝えたい」としている。


西洋料理店の魁草野丈吉展:「自由亭」の棟札や食器など100点--長崎市 /長崎
 長崎市歴史民俗資料館(同市平野町、永松実館長)は、日本初の西洋料理店「良林亭」を幕末に長崎で開いた草野丈吉(1840~86年)の功績を紹介する企画展「西洋料理店の魁(さきがけ)草野丈吉展」を開催している。14日まで。
 丈吉は伊良林(現・長崎市伊良林)の農家出身で、出島に奉公して西洋料理を学び、オランダの軍艦にも乗船。1863年に帰郷しすると「良林亭」(2年後に「自由亭」に改称)を開き、五代才助(友厚)や後藤象二郎、岩崎弥太郎ら志士に愛用された。
 明治維新後、五代や後藤に呼ばれて大阪に移り、京都や神戸にも料理店を開店。明治天皇やグラント元米大統領も料理を味わった。
 企画展では、子孫が所蔵する「自由亭」の棟札、丈吉やレストランの古写真、当時の食器など大半が初公開という史料約100点を展示している。
 永松館長は「良林亭は坂本龍馬の商社『亀山社中』のすぐ近くで、龍馬もお店で食べたかもしれない。維新後は関西で活躍したため長崎ではなじみが薄いが、改めて功績を知ってほしい」と話している。入館無料。【錦織祐一】



宮崎
都城島津邸:来月27日開館 邸宅と史料一体的に公開 /宮崎
 都城市が市内早鈴町で整備中の都城島津邸は、3月27日に開館する。本宅をはじめとする既存建造物群を修復したほか、敷地内に史料館「都城島津伝承館」を建設し、邸宅と史料を一体的に公開する。市は歴史学習の場や新たな観光拠点としたい考えで、年間3万3000人の入場を見込んでいる。
 都城島津邸は、島津藩の私領・都城を約600年にわたって治めた元領主家が1879(明治12)年に構えた。約1・5ヘクタールの敷地に国登録有形文化財の本宅や石蔵、剣道場など幕末~昭和初期の建造物群が現存する。本宅は1935(昭和10)年の建築で、昭和天皇も宿泊した。市は08年に購入した。
 伝承館は鉄筋コンクリート2階建ての約800平方メートル。都城島津家から市に寄贈された道具や美術品などの史料を保存・公開するが、コンクリートのガス抜きに時間を要するため実物公開は10月下旬以降の見込み。それまでは史料の複製品や写真を展示する。
 邸の購入費を含む総事業費は13億8400万円。観覧料は本宅が小学生以上100円、伝承館は一般210円▽高校・大学生150円▽小中学生100円。【木元六男】



鹿児島
旅:活火山の島を満喫 鹿児島・桜島
◇ツバキ油や温泉、手作り 噴煙は1日数回 見る時、所で姿変える山
 鹿児島のシンボルといえば、桜島である。昨年は地震などを伴う爆発的噴火が観測開始以来最多の548回を記録し、今年になってからも1日数回の噴煙を上げる。桜島は、季節や時間、場所によって姿を変え「七色の島」とも呼ばれる。その魅力は--。【木村葉子】

 鹿児島港からカーフェリーで15分。波静かで、運が良ければイルカの姿も見られる錦江湾を渡ると目前に桜島が迫る。
 名は「島」だが、1914(大正3)年の大噴火で流れ出した溶岩で大隅半島と地続きになった。1周約36キロ、車なら1時間ほどの人口約6000人の島に、年180万人の観光客が訪れるという。
 ギネスブックに認定された世界一大きい桜島大根、直径5センチ足らずの世界一小さい桜島小みかんが有名だが、いまツバキ油が注目されている。島の魅力を多角的に紹介するNPO「桜島ミュージアム」(福島大輔理事長)が新たな名産にしようとブランド化に取り組んでいる。ツバキは他の農作物より灰に強く、70年代に火山活動が活発化したときに島内に約6万本が植えられた。
 ミュージアムの中道彩さん(30)の指導で、ツバキ油搾りに挑戦した。
 まず、天日で乾かしたツバキの実30~40粒の殻を金づちで割る。実にもよしあしがあり「殻と実がつまっているものがいい」という。
 取り出した実をすり鉢に入れ、粘りが出てクリーム状になるまで20~30分すりつぶす。力と根気のいる作業だが、ぽろぽろだった実がなめらかになるとほのかに甘酸っぱい香りが漂う。これをガーゼにうつし、耐熱容器に入れて5分間蒸して搾ると、透き通ったレモン色のツバキ油がとれる。数滴手につけるとべたつき感がなく、しっとりしている。

   □   □

 苦みがなく煮崩れない桜島大根は、1、2月が収穫期だ。収穫体験ができる村山利清さん(63)の畑を訪ねると、巨大なタンポポのような濃い緑色の葉が地面すれすれに広がっていた。葉を一抱えにして根元を持ち、腰を落として斜め後ろに体重を掛ける。スポっと一抱えもある大根が抜けた。
 降灰が多く、今年の育ちはまだ3分の1程度だというが、それでも十二分に大きい。島で3代にわたり大根作りをする村山さんは「こんなにいいところはない」と話す。

   □   □

 島南部の有村海岸では「マイ温泉」を掘ることができる。
 引き潮の時を狙って海岸に出る。軽石などがごつごつした波打ち際をシャベルで掘ると、鉄分が多く黄土色をした40度前後の温泉がすぐにわいてくる。両足が入るぐらいに掘り、しゃがんで入ると、目の前にきらきらと輝く海が見える。大きな鳥が、ゆったりと飛んでいた。

◇国内初の近代工場群--島津家別邸・仙巌園内

 鹿児島藩主、島津家の別邸仙巌園(通称・磯庭園)は、江戸時代の1658年、第十九代当主・島津光久によって造られた。桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた借景庭園で、日本初の近代工場群もある。
 幕末、篤姫の義父でもあり第二十八代当主だった島津斉彬は、日本を強く豊かにしようと敷地の一部に近代的な工場群「集成館」を造った。そこには、製鉄所やガラス工場などがあり、外圧に抵抗する大砲などが製造された。園内の石灯籠(どうろう)にはガス灯がともり、日本のガス灯のルーツの一つにもなっている。
 1865年建造の機械工場は日本最古の洋風の石造建物だ。現在は尚古集成館として島津家の歴史を語り継ぐ博物館になっている。
 仙巌園内で買える「両棒(じゃんぼ)餅」は古くから伝わる郷土菓子だ。2本の竹ぐしを刺した楕円(だえん)形の焼き団子に、とろみのある砂糖しょうゆだれがかかっている。竹ぐしが武士の脇差しを表すともいわれる。

◇14日まで桜島体験フェア

 桜島では、桜島大根の収穫やツバキ油搾りなどが体験できるフェアを14日まで開催している。プログラムや実施日などは、ホームページ(http://www.sakurajima.gr.jp/)に載っている。問い合わせは電話099・221・2501。
 また、21日までは、島内のレストラン、ドライブインなどで桜島大根を使った特別メニューが食べられる。問い合わせは桜島大根フェア実行委員会(電話099・293・3558)。



文化芸能
二代目松林伯円の命日に「伯円忌」
 幕末から明治時代にかけて活躍し、明治天皇に御前公演をした講談師として知られる二代目松林伯円(しょうりんはくえん)をしのぶ「伯円忌」が、命日に当たる8日、墓所のある東京・西日暮里の南泉寺で行われる。宝井馬琴・講談協会会長らが参列して法要を行った後、今岡謙太郎・武蔵野美術大学教授が「伯円の弟子達について」をテーマに記念講演を行う。会費1000円。午前10時半から。(電)03・3932・4343。


エンターテインメント
好調な大河『龍馬伝』にあやかれ!? あっちもこっちも『竜馬』
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」が始まって約一カ月。初回23・2%(ビデオリサーチ調べ)と上々の視聴率で滑り出し、民放ドラマを尻目に20%台をキープ、毎週の視聴率ランキングでも首位をひた走っている。そういえば、大河以外でも「坂本竜馬」がやけに目につく。CMなどで竜馬を“起用”した意図や効果について、担当者たちに聞いてみた。 (高橋知子)
 大河ドラマが主人公らに縁のある地方でまちおこしに活用されたり、関連本が人気を集めたりするのは毎度のこと。テレビ界でも、例えば「篤姫」が話題になった一昨年は、その視聴率の上昇とともに、人気にあやかろうと民放のバラエティー番組などで実在の篤姫を扱う例が続いた。
 「龍馬伝」の場合は開始前の昨年末から、竜馬に扮(ふん)したキャラクターが登場するCMや特集がちらほら露出していた。その一つが、ソフトバンクモバイルのCM。白戸家のお父さん犬と兄が、高知県の桂浜を訪れる。坂本竜馬風の後ろ姿を見たお父さん犬と兄が「竜馬!?」と近寄ると、竜馬に扮した武田鉄矢が「え?私?」と振り返り、お父さん犬が「なんだ、竜馬かぶれか」という内容だ。
 このCMは、CM総合研究所が行った一月度前期の好感度ランキングで、調査期間中に放送された二千五百二十八銘柄中一位になった。
 竜馬は「革新」「新時代を切り開く」など前向きなイメージが強く、昔からCMモチーフにされてきた。過去には、同じく武田鉄矢が竜馬に扮した「赤いきつね」などのCMもあったが「竜馬をモチーフとしたCMが好感度一位になるのは初めて」(同総研)だという。
 ソフトバンクモバイル広報室によると、このCMは、海援隊の旗をモチーフに会社の企業イメージ確立戦略(CI)ロゴを製作するほど「孫社長が坂本竜馬の大ファン」であることから生まれたとか。
 今回のCMでは、白戸家のお父さんが同社のルーツともいえる竜馬の足跡を辿(たど)るという意図で企画。ちなみに孫社長は「毎週『龍馬伝』を楽しみに見ている」(同広報室)という。
 また、SMAPの香取慎吾が竜馬に扮しているのがダイハツ「タント エグゼ」のCM。こちらは「保守的な世を革新していった幕末の志士をモチーフにすることで、今までの軽自動車の概念を変えるというメッセージを伝えていきたい」(ダイハツ広報部)というのが企画意図で「大河ドラマを意識してのものではございません」。ちなみに同CMは、CM総研による同時期の調査で、車部門の好感度二位だった。

     ◇

 CSでは、ヒストリーチャンネルが昨年十二月から「幕末・坂本竜馬特集」を組み、その一つ「竜馬がゆく」が、今月中旬まで放送されている。「幕末ブームでもあるので特集を組んだ」と、同局編成部。大河ドラマが始まる前に、バックグラウンドとして竜馬を知ってもらおうという意図もあったとか。
 同じくCSの時代劇専門チャンネルでは一月に「特集坂本竜馬~時代が求めた風雲児~」と題し、映画作品の「幕末」(1970年、中村錦之助主演)と「維新の曲」(42年、阪東妻三郎主演)を放送。同局広報宣伝部では「今後、大河ドラマの注目が高まるなどして視聴者の方から要望があれば、また特集を考えたい」と話す。
 各所で竜馬が取り上げられていることについて、「龍馬伝」の鈴木圭チーフプロデューサーは「番組に心強い追い風を受け、うれしい。この竜馬ブームが一過性ではなく、私たちの生き方を深く見つめる本物のブームになるよう、内容を磨いていきたい」と話している。




 2月に入りました。四季の中では春が一番好きなので、春が近くなったことが嬉しいです。
 今日は冷えますね。夜は関東でもかなり雪が降るようで、暖かくしてお休みください。

長野
桑の段々畑 石垣を復元 上田、蚕種の歴史伝える
 かつて桑が栽培されていた上田市上塩尻の段々畑の跡地で、石垣を復元する作業が市民有志の手で進められている。幕末から明治時代にかけて上田地方は全国有数の蚕種生産地として知られ、上塩尻地区では特に生産が盛んだった。地元産業の歴史を伝える構造物として、数年かけて復元する予定だ。
 段々畑は虚空蔵山の南斜面にあり、標高差は300メートルを超え、幅は1・5キロもある。蚕業の発展とともに農家が広げていったという。ふもとから確認できる標高差約100メートル、15段前後について畑を結ぶ道も含めて復元する。
 30日は、「ゆうすげと蝶(ちょう)の里の会」のメンバー10人余が作業をした。これまでに手作業で積み直した高さ約2メートルの石垣の上部に土とわらを敷き詰めて補強。会社員の早川潤さん(55)=上田市上塩尻=は「これだけの段々畑を作ったのはすごい」と話していた。
 同会は2004年から、子どもたちが動植物を観察できるように、チョウの食草を育てたり、雑草や雑木を刈り取ったりしている。段々畑についても地元の遺産として復元することにした。清水卓爾さん(69)=同=は「近代化産業遺産といえるのではないか。活動が保存のきっかけになってほしい」と話した。


京都
気分はもう時代劇、志士や新選組も見た「八坂ノ塔」
【検定1級記者が語る京都】
 京都市東山区の料亭「京大和」内の築後約360年といわれる「送陽(そうよう)亭」の座敷から障子越しに見える八坂ノ塔。塔の姿は優美で、月を背景にシルエットで浮かべば、もう時代劇の世界。
 かつての西本願寺別邸「翠紅館(すいこうかん)」跡で、文久3(1863)年1月27日に桂小五郎、真木和泉、武市瑞山ら尊王攘夷派の志士が倒幕に向けて話し合った会場として知られる。
 「送陽亭」は当時の姿そのままで、桂らがこの座敷から八坂ノ塔を眺めながら策を練っていたことだろうと思うと、ちょっとわくわくしてくる。
 今月早々、志士の京都で活躍した足跡を記事にするためインターネツトで題材を探していたところ、約100年前に撮影された八坂ノ塔の写真を見つけた。テレビでよくみるような東側から塔を見下ろした感じの写真だったが、周囲の雰囲気が意外に変わっていないのには驚いた。
 この一帯は伝統的建造物群保存地区として景観が守られている。ということは幕末期もそんなに変わっていないかもと思った筆者は、幕末の雰囲気で塔を撮影したいという思いに駆られ、特別に「京大和」さんに頼んで撮影したのが今回の一枚。
 八坂ノ塔は、飛鳥時代以来の歴史を持つ法観寺五重塔の通称。高さは46メートルで五重塔としては京都では東寺(南区)の塔(55メートル)に次ぐのだが、東寺ほど威圧感がなく、2番目といった印象はない。
 それは、度重なる火災で焼失した後、永享12(1440)年、室町幕府6代将軍・足利義教が再建したときの流行もあるだろう。江戸初期に建てられた東寺の塔と比べて各層の屋根の勾配(こうばい)が緩やか。それだけに屋根に厚みがない分、重厚感に欠けるが優美である。
 再建されて約570年。塔もこれまでに応仁の乱、戦国時代、織田信長・豊臣秀吉の織豊政権、徳川家康の征夷大将軍就任といったさまざまな出来事を静かに見届けてきた。
 そして幕末の動乱期、坂本龍馬や桂小五郎らの志士と、それに対する近藤勇、土方歳三ら新選組が塔の周辺を走り回っていたのだろうと思うと、感慨もいっそう深い。
(園田和洋)


広島
龍馬弁当のアイデアを募集/福山
 福山市を中心に8店舗のスーパーを展開するニチエー(同市南松永町2丁目)が、幕末の志士・坂本龍馬と鞆(とも)の浦にちなんだ弁当のアイデアを募っている。NHK大河ドラマの放送開始に合わせ、龍馬ゆかりの地としての福山を全国へ情報発信する様々な取り組みが地元で盛り上がっている。集まったアイデアを商品化して“相乗効果”でより一層のPRにつなげる狙いだ。(松尾俊二)
 1867(慶応3)年4月、龍馬が率いた海援隊の商船いろは丸が同市の鞆の浦沖で紀州藩の軍艦と衝突して沈没。鞆の浦は、龍馬と紀州藩側の談判の舞台になったことで知られている。
 募集しているのは、龍馬や鞆の浦にちなんでいる▽地元福山や鞆の浦の食材や名産品を使っている▽福山をPRできる、の三つの要素を備えた弁当のアイデアとその名前。レシピはなくても可。応募用紙に弁当の中身、素材、特徴とネーミングの理由などを書き、できれば絵などで弁当の内容を表現してもらったうえ、名前、住所、電話番号、応募者が利用するニチエーの店舗名を記入して各店舗にある応募箱に投函(とう・かん)する。募集期間は今月20日まで。3月21日に審査結果を発表する。
 最優秀賞(1人)に2万円分、優秀賞(3人)に3千円分、アイデア賞(5人)に千円分の商品券をそれぞれプレゼントする。最優秀賞に選ばれたアイデアを基に弁当を商品化し、花見のシーズンに合わせて3月から4月にかけて販売する予定。
 同社は「龍馬ブームにあやかって弁当で福山をもっと知ってもらえれば。地元の料亭やホテルと提携して商品化を進め、イベントなども催したい」と話している。問い合わせはニチエー(084・934・9090)へ。


高知
龍馬の先祖の地、才谷公園で梅見…高知
 幕末の志士・坂本龍馬の先祖の墓がある高知県南国市才谷(さいだに)の才谷龍馬公園で31日、地元住民らでつくる「坂本龍馬才谷保存会」(岡雅司会長)が、初めての梅見会を開き、約50人が満開の紅梅と持ち寄った料理を楽しんだ。
 才谷には、坂本家の初代太郎五郎、2代彦三郎、3代太郎左衛門の墓がある。龍馬が「才谷梅太郎」の変名を使っていたことにちなみ、地元住民らが約10年前、紅梅と白梅計110本を植えた。NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送が始まり、梅の木も育ち開花するようになり、初めて梅見会を開いた。
 この日は、雨模様だったが、住民らは公園内の四阿(あずまや)で、カラオケを楽しんだ。近くの大工武村進一さん(67)は「才谷は龍馬の先祖の地。梅を見て、歴史も感じてほしい」と話していた。
 現在は紅梅のみ開花しているが、2月中旬頃から白梅も咲き、2月下旬頃までは花を楽しめるという。


「龍馬を描いた文学者たち」展
文学者の目を通した坂本龍馬を紹介

 NHK大河ドラマに関連し、文学者の目を通して、龍馬の魅力に迫る。幕末の志士、坂本龍馬を日本で最初に紹介したのは高知県出身の明治の文学者、坂崎紫瀾(さかざきしらん)の著書『汗血千里駒』。その後昭和37年から昭和41年まで産経新聞夕刊に紹介された司馬遼太郎著『竜馬がゆく』、山岡荘八著『坂本龍馬』、津本陽著『龍馬』など、文学者の目を通して「坂本龍馬」は紹介されてきた。本展では、これらの文学者たちが、龍馬という人物を小説の中でどのように描いたか、歴史を背景に紹介する。
 上村洋行氏(司馬遼太郎記念館館長)による記念講演会なども開催する。

山口
志の大切さ 歴史に学ぶ/松野浩二さん
 東京の県人会「防長倶楽部(クラブ)」は1923年設立以来の伝統を持つ。講演会などを開いて会員の懇親を図るほか、東京にある伊藤博文の墓所の維持管理も任されている財団法人だ。その理事長として、「人間にはふるさとという精神的なよりどころがいる。日本中が金太郎アメになり、志を失っているなか、郷土の歴史を大切にしなければならない」と話す。
 防府市に生まれ、山口大経済学部を経て日立金属の社長や会長を務めた。若いころから歴史の本を読みあさっていたが、40代で米国の現地子会社の社長として赴任したころから、自分が日本のことを知らないことに気づき、ふるさとの歴史についても、より深く考えるようになった。
 仕事が多忙を極めるなかで歴史への関心を持ち続け、ビジネスの一線を退いた後の2005年に、幕末以降、山口県人がどう人を育ててきたかをまとめた著書も出版した。
 「吉田松陰は『このままで日本はダメになる、理屈でなく行動しなければいけない』と訴え、若者に精神的な革命を起こさせた」。自らの企業人としての原点も、戦争に負けた日本を立て直したいという一念だったという。「屈辱的な敗戦だったから、今に見ていろという気持ちだった」と話す。「会社でも、若い人には何のために仕事をするのか志を持ち、どんな小さなことでもいいから自分の『旗』を立てろと言い続けてきた」
 経済発展だけを追い求めればいい時代が終わり、価値観も多様化した成熟社会。若者が志を描きにくい時世だが、「明治維新で若者たちが四苦八苦しながら考えたように、日本をどうしたらいいのかという方向性を、若い世代に探ってほしい」と話す。
(青山直篤)


長府博物館:「龍馬と下関」再検証 新コーナー設置--来月2日から /山口
◇ゆかりの日、入館無料に
 下関市長府川端の長府博物館は、2月2日から坂本龍馬の関連資料をそろえた新コーナーを設け「龍馬にとっての下関」を再検証する。国民的ヒーローとも言える幕末の志士だけに、NHK大河ドラマを機に関心は高まるばかり。龍馬と下関の深いかかわりを象徴する4日間を入館無料にしてアピールする。
 無料日は、龍馬が長府藩士、三吉慎蔵の助けで寺田屋での窮地を脱した1866年「1月23日」▽妻お龍と下関の豪商、伊藤九三宅に住み込んだ1867年「2月10日」▽長府藩士、印藤聿(のぶる)に夢を語った同年「3月6日」▽お龍のことを三吉に託す遺言状を残した同年「5月8日」。
 龍馬と三吉、伊藤、印藤らとの親交などを示す資料や、幕末関連の品々、資料を随時公開していく。古城春樹学芸員は「当時の下関の人たちが、薩長同盟など維新に重要な役割を担っていたことを多くの人に知ってほしい」とPR。問い合わせは長府博物館(083・245・0555)へ。【尾垣和幸】
〔山口版〕



長崎
本紙連載を再編「龍馬と弥太郎」発売 年表やコラム追加し内容充実
 幕末の志士坂本龍馬の長崎における足跡と、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の人物像に迫った長崎新聞社刊行の「龍馬と弥太郎 長崎風雲録」(A5判、196ページ)が31日、県内の書店などで発売された。
 同書は長崎新聞連載の記事「龍馬と長崎 動乱の幕末をゆく」を第1部、「風雲児弥太郎の軌跡 『龍馬伝』陰の主役」を第2部として再編。新たに龍馬と弥太郎の事跡をまとめた年表を付けた。さらに「龍馬と長崎」に「小曽根英四郎の救出」など計9編、「風雲児弥太郎」には「弥太郎と外国商人」など計2編のコラムを追加、本文も一部加筆するなど内容が充実された。序文は霊山歴史館(京都市)学芸課長の木村幸比古氏が寄せた。
 各書店とも店頭の新刊コーナーや「龍馬」特設コーナーに平積みするなどアピール。龍馬ファンらが早速、買い求めていた。
 価格は1260円。問い合わせは長崎新聞出版室(電095・844・5469)。


龍馬に会いたい:/番外編 海軍操練所 /長崎
◇培った技術で亀山社中設立
 1863(文久3)年、勝海舟は私塾に諸藩士や浪人を集め、翌(元治元)年に海軍操練所を開いた。場所は現在の神戸の繁華街・三宮に近い。「塾生の中には、諸藩の浪人が多くて、薩摩(鹿児島)のあばれものも沢山(たくさん)居たが、坂本龍馬がその塾頭であつた」。氷川清話(講談社学術文庫)で勝はそう語る。
 勝と龍馬は師弟関係だが、その出会いは変わっている。龍馬は当初、勝を殺害しようとしたからだ。しかし、勝の話を聞いた龍馬は、逆に弟子入りしてしまう。「彼(あ)れは、おれを殺しに来た奴(やつ)だが、なかなか人物さ」「なんとなく冒しがたい威権があつて、よい男だつたよ」(氷川清話)
 禁門の変に参加した塾生が出たため、操練所は1年で閉鎖されたが、この1年がその後の日本に与えた影響は計り知れない。操練所には龍馬のほか、伊藤俊輔(博文・初代内閣総理大臣)、陸奥陽之助(宗光・外務大臣)もいたからだ。
 閉鎖後、龍馬は陸奥と長崎に渡り、操練所で培った技術を基に1865(慶応元)年5月、亀山社中を設立する。幕末の沸騰は既に各地で始まっていた。
 史跡旧海軍操練所跡には、戦艦のいかり(10トン)がそのまま碑として使われている。広がっていた海は埋め立てられ、すぐ近くには阪神高速道路が通る。龍馬や勝がいた当時の様子はもうわからない。【山本泰久】
〔長崎版〕



文化芸能
【戯言戯画】香川照之 美しくなさすぎる弥太郎
 こっちにも正岡子規が出てるのかぁ、と思ったら岩崎弥太郎でした。というのは口が滑ったけど、この人はカリエス患ってるからなぁ…なんて程度の錯覚はしました。だって似てんだもん(いや同一人物か)。
 年末に第1部が放送された「坂の上の雲」に続いて大河ドラマ「龍馬伝」にも登場。どちらもNHKの歴史もの。ちょっとキャスティング考えてほしいところです。役者としては冥利(みょうり)に尽きるでしょうけど。
 醸し出してる悲壮感が強烈。もともといい役者だけど、なんか取り憑(つ)いた感じ。
 とくに弥太郎。美しすぎる市議ならぬ、美しすぎる龍馬の所作(物思う横顔とかエロすぎ)はついつい時代を忘れさせるけど、弥太郎がチラッと登場するたびに物語世界に引き戻されます。冷や水を浴びせる役回りを喜々として担ってる印象。惨めな生活を体現する演技は超リアル。やつれてるし、汚れてるし、つば飛ばすし…美しくなさすぎて目をそらしたくなる。テレビなのに。おそるべし。
 ま、おかげで、幕末と明治は直結していたんだな、という気がしてます。明治維新が日露戦争とどうつながっていくのか-も暗喩(あんゆ)しているようで。あ、もしやそういう歴史観による周到なキャスティング?…なわけないか。(篠原知存)

 個人的には、まさしく、王子様のような龍馬と貧乏どん底暮らしでギラギラしている弥太郎とのギャップがあまりにも激しいために作品世界に自分をどう馴染ませるか苦労していたのですが……タニショー桂小五郎が登場してから、すっと入れました(苦笑)。渡辺いっけいさん演じる重太郎若先生の妹大好きぶりもラブリーですね。

『JIN-仁-』大ヒットも、映画制作に踏み切れないTBSの懐事情
 昨年の大ヒットドラマ『JIN-仁-』(TBS系)の映画化が決定したと、29日付の日刊スポーツが報じた。同紙によれば、今年夏にクランクインして、来年公開される予定だという。ところが、TBS側は「『映画化』などの決定している事はまだない状況」「(日刊スポーツの記事は)誤った情報」と否定する公式コメントをFAXでマスコミ各社に送付。同ドラマのプロデューサー・石丸彰彦氏のコメントとして、公式サイトにも掲載している。だが、「今後に関しては現在検討している段階」と含みを持たせており、映画化を完全否定しているわけではない。
 村上もとかの人気コミックが原作の『JIN』は、大沢たかお演じる脳外科医・南方仁が、現代から幕末にタイムスリップし、歴史を変えることに苦悩しながら、現代の医療技術を駆使して江戸の人々を救うSF時代劇。大沢たかお、内野聖陽、小日向文世ら実力派の俳優陣と、中谷美紀、綾瀬はるかといった艶やかな女優陣の共演も話題となり、全11話の平均視聴率19.0%、最終回は25.3%の高視聴率をマークし、2009年最大のヒットドラマとなった。
 しかし最終回では、ホルマリン漬けの胎児、現代に現れた坂本龍馬とおぼしき包帯だらけの男の正体など、数々の謎が解明されないまま終了し、視聴者の不評を買った。仁が再びタイムスリップすることを予感させて終わったため、番組終了当初から「映画化への布石ではないか」と見られていた。
 だが、これまでに何度か映画化を報じられたものの、そのたびにTBS側は否定している。
「TBSは当初、『JIN』がここまでヒットするとは思っていなかったらしく、映画化の話は番組がスタートしてしばらくした後に持ち上がりました。ですが、あれだけの豪華キャストのスケジュールを、数カ月にわたる映画撮影のために急に押さえるのは難しい。たとえば、同局の『ROOKIES』は、佐藤隆太や市原隼人など旬の若手俳優が揃っていましたが、今ほど売れている状況ではなかったため、ドラマ開始後でもスムーズに映画化が進行しました。『JIN』は映画化が決まったとしても、今年クランクイン、来年始めに公開というスケジュールを組むのが厳しい状況で、あまり遅くなれば企画そのものの話題性がなくなる。『ガリレオ』(フジテレビ系)のように開始前から映画化が決まっていれば可能だったでしょうが、せっかくのドル箱を放置せざるを得ないTBSは歯がゆい思いをしているでしょうね」(テレビ局関係者)
 また、TBSは12月に公開される予定の大作映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』の準備を数年前から進めてきた。木村拓哉を主演に据えた同作を絶対に成功させなくてはならないため、『JIN』の映画化に予算や労力を割けないという裏事情もある。さらに、TBSの視聴率低迷や台所事情も関係しているようだ。
「TBSは次の改編で、視聴率が低調だった『総力報道! THE NEWS』の打ち切りを決め、夜7時台は1週間すべてバラエティー番組に変更します。社運を懸けてスタートさせた『総力報道』ですが、ゴールデンタイムに視聴率が連日一ケタという悲惨さで1年と持たなかった。とにかく視聴率を盛り返せという厳命が下っており、社員は改編時期のことで頭がいっぱいです。『JIN』の映画化のために動ける社員は、ほとんどいません。また、一時期は本業のテレビと同じくらいの利益を上げていた不動産事業も、最近は落ち込みを見せているらしく、数億の予算が掛かる『JIN』の映画化に簡単には手を出せないのが正直なところでは」(前同)
 これらの理由だけでなく、権利関係の問題も浮上しているという。
「現代の恋人の存在など、もともと原作にはないオリジナル要素が多かった『JIN』ですが、映画版では現代に再びタイムスリップした仁と、別の人間として生まれ変わった恋人の再会をテーマにしたいとの案が出た。ドラマの続きとしては納得できなくはないですが、完全に原作とかけ離れた内容ですから、作者と版元が難色を示したようです」(前出)
 多くの障害がある『JIN』の映画化だが、尻切れトンボで終わったドラマに不満を抱くファンも多かっただけに、何とか実現してほしいものだ。

 原作の龍馬暗殺未遂事件→脳手術のエピソードが一段落しないと映画製作が難しいかもなぁと思ってますが、いろいろと大人の事情もあるようで。気長に進展を見守ります。

ビジネス
日本橋三越本店でバレンタインフェア-ルレ・デセール、歴女向けチョコなど /東京
 日本橋三越本店は1月27日(水)より、バレンタイン商戦に向けた「2010 三越のバレンタインフェア」を本館地下1階で開始した。(デパチカドットコム)
 今年のバレンタインフェアのテーマは「SWEET CHIC」。大人の女性をターゲットに、贈り物に最適な本物志向の商品を提案。日本初登場の注目ブランドや三越限定企画商品などを多彩にそろえた。「和のバレンタイン」では「源氏物語」をモチーフにした老舗和菓子を特集し、ラッピングには三越オリジナルの特別包装紙を用意する。
(中略)
 今年の新企画として、「歴女」をターゲットにした新商品を展開。話題の坂本龍馬をはじめ、土方歳三、西郷隆盛、ペルリ(ペリー)、それぞれの出身地の名酒を取り入れ、パッケージにもこだわった三越限定「Histoire de chocolat 幕末(幕末ショコラ)」(4種類、8個入り=各1,050円)を販売する。

 「幕末ショコラ」……(笑)。「歴女」向けとのことですが、贈られる相手も歴史好きという条件が必要かも?



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