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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
発見資料としては超一級だと思います。

福井新聞(東洋経済オンライン)
発見された坂本龍馬書状に暗殺の黒幕示唆か朱書きの付箋を貼り極秘扱いに
 幕末の志士坂本龍馬が1867年、京都で暗殺される5日前に、福井藩重臣の中根雪江(せっこう)に宛てた直筆の書状が見つかった。高知県が13日に発表した。

龍馬の書状は折りたたまれ、封紙に入った状態で見つかった。封紙には「坂本先生遭難(暗殺)直前ノ書状ニテ他見ヲ憚(はばか)ルモノ也」と朱書きの付箋が貼られ、“トップシークレット”の扱いになっていた。

付箋をいつ、だれが書いたのかは不明だが、福井市立郷土歴史博物館の角鹿尚計館長は中根雪江の書体に似ているという。もし中根だとすると「暗殺の黒幕を示唆する史料となるかもしれない」と話す。

付箋が貼られた理由は?


龍馬暗殺の実行犯は京都警護に当たっていた見廻(みまわり)組説が有力だが、黒幕は幕府説、薩摩藩説、土佐藩説、紀州藩説などがあり謎となっている。

角鹿館長が書状で注目するのは、龍馬が幕臣永井玄蕃(げんば)(尚志(なおゆき))と明日(11月11日)に会う予定で、中根に同行してほしいと記している点。永井は徳川慶喜の側近で大政奉還を推進した。龍馬は幕府側の実力者として永井を頼り、度々面談。暗殺前日にも会っていた。幕府上層部が暗殺に関与したとみる角鹿館長は「中根は永井周辺が指示したと考え、暗殺直前の手紙に自分の名前が書かれていることから嫌疑が及ぶことを恐れ、封印したのでは」と推測する。

一方、京都国立博物館の宮川禎一上席研究員は「中根は三岡八郎の新政府への出仕に非協力的だったため、三岡に手紙が見られると具合が悪いと思い付箋をしたのでは」と話している。

坂本龍馬、福井藩を頼る書状発見 暗殺5日前、由利公正の出仕懇願(2017年1月13日午後5時55分)
 幕末の志士坂本龍馬が1867年、京都で暗殺される5日前に、福井藩重臣の中根雪江(せっこう)に宛てた直筆の書状が見つかった。高知県が13日に発表した。大政奉還後の新政府樹立に向け奔走する中、財政手腕を高く評価していた同藩士三岡八郎(後の由利公正)を一日も早く出仕させるよう、「新国家」という言葉を使いながら懇願した内容。専門家は「龍馬の活躍や幕末における福井藩の役割の大きさが分かり、幕末史や龍馬研究の進展が期待できる重要な史料」と評価している。

 書状は縦約16センチ、横約92センチの和紙に毛筆書き。書状を包んでいた封紙に龍馬が偽名として使った「才谷楳太郎」と記され、本文中は「龍馬」の書名があった。

 140点以上あるとされる龍馬の書状の中で、「新国家」という言葉が確認されたのは初めて。

 日付は11月10日。10月14日の徳川慶喜による朝廷への大政奉還を受けて、坂本や土佐藩重臣の後藤象二郎らは朝廷中心の新政府樹立に向けた活動を活発化させていた。

 こうした中、前福井藩主松平春嶽が11月8日、京都の福井藩邸に到着。書状は同じく上京し同藩邸にいた中根に出され、「(春嶽の)上京は千万の兵を得たような心持ち」とし、中根の尽力に感謝している。

 その一方、福井藩の内部事情で「急を要する」三岡の上京、出仕が進まないため、「三岡の上京が一日先になると、新国家の家計(財政)の成立が一日先になる」とまで記し、中根に三岡の上京を藩として早急に許可するよう訴えている。

 龍馬は新政府に財源がないことを憂い、福井藩の財政再建を成し遂げた三岡を新政府の財政担当者にと構想。10月下旬から福井を訪れ、藩の政治問題に絡んだ処分で幽閉中の三岡と同月30日に面会した。11月5日に京都へ戻り、会談の様子や三岡への高い評価を記した後藤象二郎宛ての「越行の記」を執筆。3年前に草稿が発見され、今回はこれに続く書状とみられる。

 三岡は一月あまり後の12月半ばになって新政府に出仕。太政官札を発行するなど財政責任者として活躍した。

 今回の書状を分析した京都国立博物館の宮川禎一上席研究員は「龍馬の他の手紙にはない、『新国家』という言葉が使われているのが貴重。龍馬が死の直前まで新国家建設に専心していた様子をよく示している」と話している。

 書状は昨年8月、東京の企画会社isanaが京都国立博物館に持ち込み、複数の専門家が筆跡などから真筆と判断した。入手経緯やこれまでの保管状況は明らかにしていない。

 今年は龍馬暗殺や大政奉還から150年。書状は高知県で開かれる「志国高知幕末維新博」に合わせ、3月4日から県立高知城歴史博物館(高知市)で一般公開される。


 ■龍馬の書状 読み下し

 一筆啓上差し上げます。

 このたび越前の老侯(松平春嶽)がご上京に成られたことは千万の兵を得たような心持ちでございます。

 先生(中根雪江)にも諸事ご尽力くださったこととお察し申し上げます。

 しかしながら先頃直接申し上げておきました三岡八郎兄の上京、出仕の一件は急を要することと思っておりますので、なにとぞ早々に(福井藩の)ご裁可が下りますよう願い奉ります。三岡兄の上京が一日先になったならば新国家の家計(財政)の成立が一日先になってしまうと考えられます。

 ただ、ここの所にひたすらご尽力をお願いいたします。

 誠恐謹言

 十一月十日 

 龍馬

 中根先生

 左右

 追白 今日永井玄蕃頭方へ尋ねていったのですが御面会はかないませんでした。

 (永井殿と)談じたい天下の議論が数々あり、明日また訪ねたいと考えているところですので、大兄もご同行がかないますならば実に大幸に存じます。

 再拝

■福井藩と坂本龍馬の関係は

>>坂本龍馬の書状、暗殺の黒幕示唆か

>>福井藩、坂本龍馬を「表舞台」導く

>>坂本龍馬、福井藩を頼る書状発見

>>由利と龍馬の関係はドラマチック

福井藩、坂本龍馬を「表舞台」導く 第3極としての存在感背景に
 幕末の志士坂本龍馬が1867年、京都で暗殺される5日前に、福井藩重臣の中根雪江(せっこう)に宛てた直筆の書状が見つかった。高知県が13日に発表した。

 新たに発見された龍馬の書状からは、激動の幕末維新期に福井藩の果たした役割の大きさがみえてくる。その背後に、ともに平和路線を目指した龍馬と福井藩の強い結びつきがあった。

 書状で龍馬は、前福井藩主松平春嶽の上京について「千万の兵を得た」と記した。当時、大政奉還は決まったが、薩長の武力討幕派と幕府側が激しく対立していた。

 福井市立郷土歴史博物館の角鹿尚計館長は「政事総裁職も務めた春嶽の動きを周囲は注目していた。流血を避けたかった龍馬は、中立的で(雄藩連合を主張する)公儀政体派の春嶽の上洛(じょうらく)によって、武力討幕派と幕府を支持する佐幕派が一つにまとまると期待したのだろう」とみる。

 幕末史は討幕と佐幕の2極で語られがちだが、「福井藩のように、平和的に朝廷と幕府の共存共栄を目指した第3極の存在の重要さがよく分かる書状」と角鹿館長。

 一方、こうした動きに呼応した龍馬が、政治の“表舞台”に立つきっかけをつくったのが福井藩だった。

 土佐藩脱藩の年、江戸の福井藩邸で龍馬は春嶽と面会した。通常、一介の浪人が藩主に面会することはありえない。両者を取り持ったとみられるのが、今回の書状の宛名、春嶽の近臣中根雪江(せっこう)だ。角鹿館長は「面会させる人物は中根が吟味していたはず。頭角を表し始めた志士らの情報に、常にアンテナを張っていたのだろう」と推測する。

 勝海舟の門下となった龍馬は1863年、勝の使者として福井へ春嶽を訪ね、海軍操練所建設資金の支援を求めた。これに対して、福井藩は5千両(千両説も)もの大金を工面。龍馬に対しても同年、活動資金として15両が中根から渡された。姉への手紙で龍馬は「一大藩(福井藩)に頼みにされ、金が必要なら10両20両くらいはなんでもない」と記している。

 龍馬は少なくとも2回は福井を訪問。暗殺される約2週間前には、莨屋(たばこや)旅館で三岡八郎と長時間にわたり新政府の富国策を論じあった。「龍馬の歴史舞台の活躍は、福井で始まり、福井行きの旅が最後だった」と角鹿館長。今回の書状を確認した京都国立博物館の宮川禎一上席研究員は「中根の存在を含め、龍馬と福井藩との関わりに関する研究が一層進展するはず」と期待していた。

坂本龍馬との関係はドラマチック 由利公正の大河化「題材面白い」(2016年8月1日午前7時20分)
 「幕末明治を福井から描く」をテーマに、時代考証の専門家、ドラマ制作者、地元の歴史家が語り合うシンポジウムが31日、福井市のハピリンで開かれた。激動の中で福井藩主松平春嶽、藩士由利公正らが果たした役割や作り手の視点で見たドラマ性を紹介した。「当時の福井の先進性には現代に通じるテーマがある」と、集まった歴史ファンら約200人に呼び掛けた。

 由利を主人公にしたNHK大河ドラマの実現を目指す福井県と、官民でつくる県誘致推進協議会が企画した。

 鯖江市ゆかりの人形浄瑠璃作家、近松門左衛門を題材にしたドラマ「ちかえもん」を手掛けたNHKドラマ番組部の梶原登城チーフ・ディレクターが、2010年の大河ドラマ「龍馬伝」のシーンを紹介しながら俳優のせりふや動き、カメラワークに込めた意味を解説した。「史実だけでは成り立たないが、事実から外れすぎれば興味を持ってもらえない。そのあんばいが(時代劇の)面白さであり難しさ」と語った。

 主人公としての由利について「(坂本)龍馬との信頼関係はドラマチックで、東京の初代知事を務めて銀座の礎を築いた男でもある。五輪の時期の題材として面白い。1年間を貫く(ドラマの)大きな幹をどうつくるかが大切」とアドバイスした。

 多くの大河ドラマに携わっている時代考証学会長の大石学・東京学芸大副学長は「幕末明治は福井の人材抜きでは描けない。レベルの高い思想が広がった福井や(明治維新後の)日常の平和を築くことに苦心した由利らの姿は、英雄でなくても物語になる」と期待を寄せた。

 福井市立郷土歴史博物館の角鹿尚計館長は「幕末明治は幕府派、倒幕派の両極端で描かれることが多いが、福井はどちらでもなく(朝廷と幕府を一つにする)公武合体を目指した。中間派の視点から明治維新の本当の姿が分かる」と強調した。その上で、大野の内山兄弟や小浜の梅田雲浜ら県内のさまざまな偉人を取り上げることで、物語に厚みが出せると提案した。

毎日
坂本龍馬「新国家」専心 暗殺5日前の書簡発見
 幕末の志士、坂本龍馬が慶応3(1867)年に京都で暗殺される5日前に記した直筆の書簡が見つかった。高知県が13日午後、発表した。約1カ月前に将軍、徳川慶喜が大政奉還したことを受けて福井藩の重臣に宛てた書簡で、文中には「新国家の御家計(財政)」という言葉が使われ、同藩士の新政府の財政担当者への出仕を懇願している。龍馬研究の進展が期待できる一級の史料といえ、研究者は「龍馬が新しい国家の樹立を目指して活動していたことが明確になり、歴史的価値は極めて高い」と評価している。【錦織祐一、最上聡】

福井藩重臣宛て 財政担当者への出仕懇願
 書簡は縦16センチ、横92センチで、11月10日の日付。京都の福井藩邸に滞在していた同藩重臣、中根雪江宛てで、本文中には「龍馬」の署名があった。

 大政奉還を受け、徳川家の親藩だった福井藩の前藩主、松平春嶽の京都入りを「千万の兵を得たる心中」と歓迎。龍馬は同藩士の三岡八郎(後の由利公正)を新政府の財政担当者に推挙していたが、三岡は幕府に強硬な姿勢だったため謹慎処分中だった。そのため、書簡で「三岡兄の御上京が一日先に相成候得ハ新国家の御家計御成立が一日先に相成候(三岡の京都入りが1日遅れれば、新国家の財政成立が1日遅れてしまう)」と訴えている。

 三岡は龍馬暗殺の翌月に京都に入り、新政府の五箇条の御誓文の起草に関わったほか、初期の財政も担当した。

 龍馬の書簡で「新国家」という言葉が確認されたのは初めて。鑑定した京都国立博物館の宮川禎一上席研究員は「龍馬が死の直前まで新政府の樹立、新国家の建設に専心していたことをよく示す、貴重な史料だ。龍馬と福井藩との関係の研究も進展する」と話す。

 書簡は、大政奉還と明治維新から150年を記念して高知県が開催する歴史博覧会「志国高知・幕末維新博」のため、全国の史料を調査する中で発見された。どのように保管されていたかや発見の詳しい経緯は明らかになっていない。3月4日から県立高知城歴史博物館(高知市)で公開される。龍馬の書簡は、暗殺される2日前の11月13日の日付で海援隊士だった陸奥宗光に宛てたものが現存では最後とされる。

考え色濃く
 三浦夏樹・高知県立坂本龍馬記念館学芸員の話 「新国家」建設に向け、龍馬が尽力していたことを示すものだ。龍馬の文字の特徴は出ているが、数ある書状の中でもきれいで丁寧に書かれており、松平春嶽に見られることも意識したのでは。何よりも国家建設には財政・経済が重要で、その任を担えるのが三岡だという、龍馬の考えが色濃く出ている。

時事通信
暗殺直前の龍馬の手紙新たに発見=「新国家」財政担当の出仕を要請
 土佐藩出身の幕末の志士、坂本龍馬が150年前の1867年に京都で暗殺される直前に書いた書状が新たに見つかったと13日、高知県が発表した。
〔写真特集〕幕末人物帳

 龍馬研究の第一人者である京都国立博物館の宮川禎一上席研究員らが鑑定し、筆跡、内容とも本人のものと判断されたという。暗殺される5日前の日付が記され、福井藩の重役に宛て、同藩士の三岡八郎(後に「五か条の御誓文」を起案した由利公正)を新政府の財政担当として出仕させるよう懇願する文が書かれていた。龍馬はこの直前に福井を訪ね、三岡と会談していた。
 龍馬の他の手紙にはない「新国家」という言葉が使われており、大政奉還を受け、設立が急がれていた新政府の財政問題の解決に龍馬が奔走していたことを裏付ける歴史的価値の高い史料だという。
 3年前にも、龍馬が暗殺される直前に土佐藩の重臣・後藤象二郎に宛てた書状「越行の記」の草稿が見つかっており、三岡を強く推挙することなどが書かれていた。今回の書状はこれに続くものとみられる。
 書状は個人が所蔵し、「他見をはばかるものなり」と書かれた付箋が付いた封紙に折り畳まれて入っていたため、150年も出てこなかったのではないかという。
 書状は3月4日から高知市で開かれる「志国高知 幕末維新博」で公開される。(2017/01/13-13:05)



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去年はまとまったレビューを書けませんでしたが、毎週『真田丸』を楽しみにしていました。

 いろいろなレビューや感想を見てきましたが、『組!』『組!!』残党にとって、下記のレビューが一番しっくりしました。

『真田丸』――『新選組!』から12年、三谷幸喜の円熟を感じさせるただただ楽しい大河の誕生
――批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]× 木俣冬[著述家]

『真田丸 完結編』(NHK出版)
ひところの盛り上がりに比べ、近年はやや低調気味だった大河ドラマ。だが2016年は、12年ぶりの三谷幸喜作品によって一躍話題入りを果たした。「『真田丸』ロス」なる動きまで生んだ作品から、12年越しの作家のリベンジを読み解く。

木俣 『真田丸』は本当にただただ楽しく観ていて、褒めることしかできなくて、「それでいいのか?」と自分で思うくらいでした。三谷幸喜さんの新たな代表作になったんじゃないでしょうか。

宇野 僕も、三谷幸喜という作家の円熟を感じさせた作品だったと思います。三谷さんはおそらくはその中核にあるであろうシットコム的なものをやると空回ってしまう一方で、そのエッセンスをキャラクターものに応用すると評価される、ということを繰り返してきた作家だと思うんですよね。多分『HR』【1】のほうが三谷さんにとっては自分のやりたいことをストレートに出しているのだけれども、やっぱりシットコムの手法を別ジャンルに応用した『古畑任三郎』【2】のほうがずっとハマっている。それって多分「笑い」から政治風刺的なものを脱臭してきた、この国の文化空間の問題が根底にあるんだと思うんですよ。三谷さんはもっと欧米の政治風刺的なシットコムに憧れているところがあると思うんですが、それを日本のテレビは受け付けない。だから空気を読んで脱臭してやると『HR』みたいに無味乾燥になって、無理して押し通すと『合い言葉は勇気』【3】や『総理と呼ばないで』【4】のように空回ってしまう。どこが空回っているかというと、三谷さんの考える「正義」というのは基本的に戦後民主主義的というか、学校民主主義的な優等生っぽい「正義」で、端的に言えば淡白でダサい美学に基づいた正義感なんですよ。それを笑いで包むことによって粋に見せたいのだけど、政治と笑いを結びつける回路がこの国のテレビを中心とした文化空間では死んでしまっているわけです。

 そこで発見したのがキャラクターものとしての「歴史」という回路だったと思うんですよね。要するに、歴史ものという解釈のゲームに退避することによって、三谷さんの抱えてきた「笑い」と「正義」が初めてちゃんとかみ合うようになった。それが例えば『新選組!』【5】だったはずで、あの1話が劇中の1日になっていて、全50話をかけて近藤勇の人生で重要な50日を描く、なんてやり方なんかは、三谷さんがそれまでやってきたシットコム的なものの応用がハマった例ですよね。あのコメディの枠組みがあるから、新選組という敗者の側に立つことで学校民主主義的なイノセンスを浪花節的に見せる、というベタベタなものが逆に気持ちよく観れる。毀誉褒貶はあったみたいだけれど、僕は『新選組!』はアクロバティックな手法がうまくハマった作品だと思っていて、だから『真田丸』で今更やることがあるのかな? とまで思っていたわけです。しかし蓋を開けてみたらものすごくアップデートされていてびっくりしました。

木俣 本当に、三谷さんの集大成になったな、と思いますね。『新選組!』に対しては、絶賛の一方で、「史実に沿っていない」などの批判もかなりあったじゃないですか。実際はそんなことなかったようで、その誤解に対する悔しさもあったかもしれませんね。それから12年、『真田丸』を描くまでに、三谷さんは結構いろんなことに挑んでいます。以前から好きだった人形劇に挑戦したり(『連続人形活劇 新・三銃士』【6】)、その発展形で文楽をやってみたり(『其礼成心中』【7】)。
 『組!』『組!!』についてもしごくまっとうな評価をいただき、また『真田丸』について「本当にただただ楽しく観ていて、褒めることしかできなくて、『それでいいのか?』と自分で思うくらい」と評されるのがとても嬉しいです。
 『真田丸』を見て新たに大河ドラマファンとなった若い方々が多いことを喜ぶ一方、『組!』『組!!』以降の三谷作品を全部ではないけど見てきた三谷ファンとして、他の作品の積み重ねが今回の成功に繋がっているという見方もして欲しいと思っていたので。
チケット取れないので諦めていたら、イープラスの一日貸切公演で一等席18,000円を9,800円で販売するメールが来て、即取りました。実際行ってみたら、舞台後方ではあったけど、花道脇で役者さんの出と引っ込みがよく見える。正月興行だし襲名披露だし、お得感。

一、源平布引滝 義賢最期
 源氏は頼朝より上の世代になると頭に入ってこない(^_^;)のだけど、頼朝のお父さん世代で平清盛に圧倒されていた時代に、ひそかに源氏に心を寄せていた義賢が平氏に離反を疑われて包囲され、壮絶な一人バトルで死ぬという話なんですね。
 米吉ちゃんの待宵姫が可愛い。中車はだいぶ古典ものにも馴染んできたように思う。海老蔵は襖倒れとか仏倒れとかスペクタクルなアクションは決まってましたが、すべてを敵に回す壮絶さはなかったかな……。

一、口上
 梅玉さんに始まって、成田屋さん澤瀉屋さんなど市川一門のスター総出演の感があります。右近さん改め右團次さんのしっかりしたご挨拶はもちろんですが、こっくりしかけた右近ちゃんが可愛かったです。

一、錣引

 うーん……。

一、黒塚

 さすが猿之助です。安達ヶ原の鬼女のすさまじさ、人の心に潜むあさましい欲望や執着、憎しみ、怒り、迷い、仏の救いを求める心、童女のあどけなさ、どれだけ沢山の人の心の側面を踊りで描いたでしょうか。二度目ですが、これは何度見ても素晴らしい。
会場がホール仕様でないので席の配置が不自然だとか、お囃子が流れているのに開演ベルを流すとか、落語ファンには心が折れる会場だったけど、談春さんが「佐平次」かけるだけで私は不平をぐっと呑み込む。

小咄/ちはる
 去年3月に入門した女性の前座。こはるちゃんひとりでは大変だし真打ちになってもおかしくないレベルになったので、前座周りを引き受けられる弟子としてちはるちゃんには長続きして欲しい。

雛鍔/こはる
 すっかり風格が出て来たなぁ。

厩火事/談春

居残り佐平次/談春
 私のベストは2010年5月に神奈川音楽堂で談春がかけた、通称・紅葉坂の佐平次。陽気な祟り神が品川の遊郭を自由に往き来し、時々二カッと笑った顔にまがまがしさがあった。なぜか「バナナの歌」も面白かった。
 マクラに今年の新年会に談志のご夫人がご挨拶した時の様子。とても素直にいちいち立川流の落語家たちの心にグサグサと突き刺さる、すごい新年のご挨拶でした。
 今日の佐平次は「バナナの歌」なしで、若い衆(わかいし)を言葉で煙に巻き、ヨイショで兜町の旦那たちに祝儀を切らせる、悪(ワル)だった。なんかでも、後半の佐平次には談志が宿っていたような気がする、「ヨイショ」の声がそっくりだったもの(笑)。旦那が鉄砲でパーンと打ったふりをするとバッタリ倒れて、ぴくぴく震えて香典代わりに祝儀を要求する芸達者ぶりも談志を思い出させる。談志がやどった談春が演じる佐平次はホントたちが悪い。観客の私たちみながおこわにかけられちゃったよ。


 去年に引き続き、今年も行ってきました。浅草の正月の賑わいや街並みに江戸時代から昭和の雰囲気が色濃く残っており、歌舞伎座周辺の銀座とはまた違った雰囲気がよかったです。

お年玉挨拶は巳之助さん。歌舞伎初めての人に挙手してもらっていましたが、意外に多く、4-5人にひとりという感じでした。歌舞伎入門には手頃なんでしょうね。3等席はもっと多いかも知れません。

双蝶々曲輪日記
一、角力場(すもうば)

放駒長吉 尾上 松也
山崎屋与五郎 中村 隼人
藤屋吾妻 中村 梅丸
濡髪長五郎 中村 錦之助

 ライブで見たのは3回目か4回目の演目。素人角力出身の長吉が大関に勝って、最初は卑屈だったのが段々調子に乗ってくる様と、大関の長五郎の貫禄が対照的。実力で勝ったと思っていた試合が長五郎に手抜きされたと知って激高する長吉が意地を張るところで幕。
 つっころばしの与五郎と、色っぽい吾妻が笑いと華を添えます。

四世鶴屋南北 作
二、御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)

白井権八 中村 隼人
幡随院長兵衛 中村 錦之助

 これは初めて。若衆で手練れの殺人マシン白井権八の凄絶な色気、幡随院長兵衛の侠気、という対比の一幕ものなんですね。史実の平井権八と幡随院長兵衛とでは生きた時代にずれがあり、会ったことはないのだけど、キャラ立ってるフィクションで有名になったのですね。
 「お若えの、お待ちなせえ」「待てとお留めなされしは」や、鳥づくしの台詞など、名調子ですね。私は黙阿弥の七五調も好きなんですが、こちらも言葉の活き活き感が名調子として残る所以ですね。

岡村柿紅 作
三、棒しばり(ぼうしばり)

次郎冠者 尾上 松也
曽根松兵衛 中村 隼人
太郎冠者 坂東 巳之助

 主人の留守中に酒を呑まないように縛られてしまった太郎冠者と次郎冠者が知恵を絞って酒を盗み飲む仕草や酔って踊る(手を使わずに身体と脚捌きで見せる)のが楽しい一幕。
 シネマ歌舞伎で亡き勘三郎さんと亡き三津五郎さんの名舞台を見ているのですが、巳之助さんと松也さんは若さで見せる感じで、これはこれで楽しかったです。

1月19日追記。
“浅草歌舞伎”のリーダーの風格も…成長止まらない尾上松也
 歌舞伎界にとって1月の風物詩「新春浅草歌舞伎」が、いま東京・浅草公会堂で上演中だ(26日まで)。37年の歴史を刻む浅草での歌舞伎興行は、20代の花形が中心となって大役に挑んでいる。インターネット特別企画で、主要メンバー4人の素顔を紹介。中村壱太郎、坂東巳之助、中村隼人が登場しましたが、ラストは浅草歌舞伎のリーダー格、尾上松也(おのえ・まつや=31)です。

 世代もメンバーも一新しての浅草公演は今年で3年目。すっかり若手を率いるリーダーの責任感、風格も備わってきた。

 「とにかくみんな仲が良いんですよ。良いだけに締めるところは、締めていかないといけない面もあります。先輩から受け継いだものを、いずれ引き継ぐときが訪れる。しっかし団結して、きちんと未来に続く公演にしなければならない、と強く思いますね」

 昼の部。「義経千本桜 吉野山」の佐藤忠信実は源九郎狐を初役で。夜の部では、こんぴら歌舞伎(08年)で演じたこともある「角力場」の放駒長吉を、「棒しばり」では次郎冠者と大役をいくつも演じ、観客を引きつけいる。

 「一度やったことのあるものも、もう一度、ゼロから、初役のつもりで臨んでいます。責任あるポジションが増えるのはとてもありがたい。それと、劇場を満員にしたい、という気持ちも全員同じ思い。毎日必死ですよ」

 話す口調に力がこもるのは、「自分の多くの願いが、かなうことの多かった年」と話す昨年の充実ぶりがある。12月は歌舞伎座で中村獅童との共演で見せた新作歌舞伎「あらしのよるに」が大きな話題になった。

 「あの作品は、初演の京都・南座公演(15年9月)のけいこ段階から獅童さんと『歌舞伎座でもできる演目に違いない』という確信めいたものがありました。新作歌舞伎には常に賛否両論あると思います。でも小さなお子さんまで歌舞伎を見て大笑いして喜んでくれた。うれしかったですね」

 昨夏には新派公演で女優デビューした妹、春本由香とも「婦系図」で共演を果たした。「ずっと妹も舞台に立つことに憧れを持っていましたので。その夢がかなったのは良かったです」と、自分のことのように喜ぶ優しい兄さんの顔をのぞかせる。

 さらに来月の大阪・松竹座では「義経千本桜」の「渡海屋・大物浦」で知盛を、尾上右近との共演で「連獅子」を踊る。「公演中に並行して次の月の準備をすることも大事。ホッとしている間はありません」。舞台に登場するだけで華やぐ天性のスター性に口跡の良さ。今後も歌舞伎以外の分野でも注目され続けるだろう。30日で32歳。どこまでも、成長し続けるつもりだ。

 ◆尾上 松也(おのえ・まつや)本名・井上龍一。85年1月30日東京都生まれ。31歳。6代目尾上松助の長男。90年歌舞伎座「伽蘿先代萩」の鶴千代で2代目尾上松也を名のり初舞台。芝居に秀で子役時代より注目される。09年から毎年自主公演「挑む」を主催。歌唱力にも定評があり「エリザベート」「狸御殿」などミュージカルにも出演。妹は昨年新派に入団した春本由香。屋号は音羽屋。

時代劇チャンネルで「陽炎の辻3」を見ながらアップ中です。

高知
2017年「幕末維新博」へ向け高知城をすす払い 迎春準備整う
 高知城懐徳館で12月26日、年末恒例の「すす払い」が行われた。観光キャンペーン「志国高知 幕末維新博」の開幕などで多くの入場者が予想される2017年に向け、迎春準備が整った。

 高知城管理事務所の職員や土佐観光ガイドボランティア協会のメンバーら約40人が参加し、床や写真パネルを水拭きしたり欄間のほこりを落としたり。天守閣では長さ2メートルほどの唐竹を使って、ほこりやクモの巣を丁寧に取り除いた。

 普段、城内の園庭整備などをしている金子英省(えいせい)さん(67)はこの日は天守閣の掃除を担当し「遠くからお客さまが大勢来てくれるき、きれいにしとかんとね」と念入りに竹を揺すっていた。

 2016年の懐徳館の入場者は2015年より約7100人多い約27万2100人。2017年は3月に幕末維新博が開幕し高知県立高知城歴史博物館も開館することもあり、より多くの人でにぎわいそう。

 懐徳館は12月26~31日は休館し、元日は無料で特別開館する。

幕末の世情克明に 高知市の男性が真覚寺日記を現代文で紹介
 土佐観光ガイドボランティア協会顧問で高知市の秦史談会長の岩崎義郎さん(89)=高知市薊野北町3丁目=が、現存する幕末期の日記の記述を丁寧に紹介した「安政地震と幕末の世相」(リーブル出版)を出版した。安政地震の揺れや津波の様子が克明に描かれているほか、当時の世情も分かる記録本に仕上がっている。

 土佐市宇佐町にある真覚寺の住職、井上静照(じょうしょう)が1854(安政元)年から68(明治元)年にかけて記した「真覚寺日記」。住職が高知城下や宇佐で見たこと、聞いたうわさ話などが記録されている。...
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アート
幕末の天才絵師・暁斎の海外コレクション作品を一挙公開!
幕末から明治にかけて活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)。圧倒的な画力と独特のユーモアセンスで、幅広い題材を自由に描き分けた天才絵師の作品を、世界屈指の暁斎コレクションによって紹介する展覧会がやってくる。その多彩な技に注目を!

◆世界屈指の暁斎コレクション!あらゆる技法を駆使して自在に描き分けた作品がずらり

2017年2月23日(木)から2017年4月16日(日)まで、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎! 世界が認めたその画力」展が開催される。

幕末から明治にかけて活躍した天才絵師・河鍋暁斎。幼い頃から歌川国芳に浮世絵を学び、狩野派の修行を終えたのが19歳だというから驚きの早熟ぶり。その後は、流派にとらわれないさまざまな画法を駆使して、仏画から戯画まで幅広いテーマを描き分けたそう。

そんな暁斎の絵を35年以上に渡って集め、世界屈指の暁斎コレクションで知られるイギリス在住の画商イスラエル・ゴールドマン氏が所蔵する作品を一挙公開。

暁斎といえば、明治時代を代表する西洋建築の「鹿鳴館」などを設計したイギリス人建築家ジョサイア・コンドルが弟子入りしていたり、当時さかんに行われた国内外の博覧会に出品したりと、世界に画力を認められた日本人絵師のひとり。

躍動感あふれる動物画、ユーモラスな妖怪画、荘厳さ漂う宗教画など、一気に仕上げたような大胆な筆づかいから緻密で繊細な表現まで、あらゆる技で描き分けた作品群は見どころたっぷり。

この機会に、天才絵師のバラエティ豊かな作品をお見逃しなく。

問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura ザ・ミュージアム
アクセス:JR線「渋谷駅」ハチ公口より徒歩7分、東京メトロ銀座線、京王井の頭線「渋谷駅」より徒歩7分、東急東横線ほか「渋谷駅」3a出口より徒歩5分
※渋谷駅・宮益坂口より無料シャトルバスあり

開催期間:2017年2月23日(木)~4月16日(日)
 ※会期中無休
開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)
 ※毎週金・土曜~21:00(入館は20:30まで)
入館料:一般1400円、大学・高校生1000円、中学・小学生700円


コラム
幕末の力士が参戦した、日本初の「異種格闘技戦」とは?
年末がやってきました。大晦日には「紅白」を観ますか? それとも「RIZIN」を観ますか? いつの日からか日本では大晦日に格闘技が行われ、テレビでも観られるようになりました。ちなみに「RIZIN」は今年で2回目。ミルコ・クロコップやキング・モーなどの有名選手も参加します。そんなわけで、今回は格闘技のお話をご紹介します。

幕末の力士が参戦した、日本初の「異種格闘技戦」とは?

世界のあらゆる国にある「格闘技」。
アメリカならプロレス。韓国ならテコンドー。そして日本はなんといっても相撲です。
国によってルールはさまざまですが、その枠を超えて「誰が強いのか」を純粋に争うのが「異種格闘技戦」。
実はこの異種格闘技戦が日本で初めて行われたのは、江戸時代。幕末のことなんです。

きっかけは、あのペリー来航。
アメリカの東インド艦隊が浦賀に来航した際、幕府は日本の威厳を示すため、江戸の力士たち30人を集め、贈り物の米二百俵を運ばせたのです。
そのとき、アメリカの格闘たちとの異種格闘技戦が行われたと記録されています。

参戦したのは、江戸末期に活躍した力士、小柳常吉。
背は170cmと小柄なものの、体重は150kgとなかなかの体格。
対するアメリカの選手は、レスリングのウィリアムスとブライアン、そしてボクシングのチャンピオンであるキャノンの3人!
小柳は「1人2人は面倒だ。3人いっぺんに来い」と、なんと3対1の勝負を受けて立ったのです。
キャノンの鋭い右ストレートをかわし、小手投げではたきこむ小柳。
するとすかさず2人がかりでタックルをかますウィリアムスとブライアン。
しかし小柳はひるまず、ブライアンを脇に抱え込み、ウィリアムスを足払いで倒した後、ベルトをつかんでつるし上げます。
脚の下には、はたきこんだキャノンの無惨な姿が。
まさに完全勝利! 小柳の強さに、その場にいたすべてのアメリカ人が震え上がったとか。

この様子は、日本の見聞録「黒船談義」に書かれているもの。
ですが、アメリカの「日本遠征日記」にはこの事実は全く載っていません。
あまりの完敗っぷりを、ペリーが公にしたくなかったのかもしれませんね。

文/岡本清香

TOKYO FM「シンクロのシティ」にて毎週月~木曜にお送りしているコーナー「トウキョウハナコマチ」。江戸から現代まで、東京の土地の歴史にまつわる数々のエピソードをご紹介しています。今回の読み物は、12月26日放送「日本初の、異種格闘技戦!!」よりお届けしました。
12月25日から27日まで、26回目の函館旅行に行ってきました。2004年大河ドラマ『新選組!』スタート前のタイミングで行ったのが最初ですが、『組!』本編で箱館は描かれませんでした(苦笑)。以来13年、通算26回ということは年に3回以上行っていた年がざらだったわけで(^_^;)。まぁ、お金があって、休暇が取りやすくて、自分も家族も健康で、という条件がある時に沢山行っておいてよかったです。

 今回は、23日に札幌周辺で大雪が降り、飛行機の欠航・遅延で2晩も空港に泊まる人が6000人もいるということで、羽田〜新千歳空港経由のフライトに影響が出ないか心配でした。
新千歳空港で6000人が夜を明かす 2日連続の人も
 幸い、25日発の羽田〜新千歳空港便は快晴の新千歳空港に無事着陸し、新千歳〜函館便も機体の都合で小一時間遅れたものの、無事に函館に着きました。

 ホテルに荷物を置いて、真っ先に訪れたのはもちろん土方歳三最期の地碑です。

 過去には、地碑のすぐ傍まで来たと思ったら急にスコールのような雨でずぶ濡れ、とか。雨女×函館の変わりやすい天候(一日に、晴れ、曇り、雨または雪があるとか、風が強いとか)では函館旅行中の悪天候には驚かないようにしていました。が、今回は数日前の雪の名残りが雪捨て場にあったり、日陰の路上で名残雪がかちかちのアイスバーンになっていたりした程度でした。26日には雨(傘が欲しいとは思いましたが函館は風があるのでちゃちな傘では太刀打ちできないこともあり、何とか傘なしでやり過ごす)、27日には午後に風花のような雪が降りましたが、荒れるというほどでもなく、気温も氷点下にならず、スノーブーツを持っていって履いた割にはあまり必要なかった(でも何度かアイスバーンで強みを発揮)かと。

 今回は函館山には上りませんでした。もともと高所恐怖症で足場の安定しないロープウェイがあまり好きではない上に、今月、従業員の死亡事故がありました。何度も冬の函館夜景を見ている自分がわざわざ怖い思いやリスクを冒して行くほどのこともないかと……自分の足で函館山に上ったことはないので、夏のシーズンには一度経験してみたいと思っていますが。
函館山ロープウェイ再開 安全管理を徹底 旅行者、早速山頂へ

 今回はゆっくりしたかったので、毎日地碑にご挨拶に行く以外は、二日目に土方歳三最期の地碑から五稜郭まで歩く(史実の土方さんとは逆コース)のみでした。

 新幹線開業に伴って駅前の和光が建て替えられてキラリスとなった他、朝市エリアに朝市ひろばが建て替えられていました。また、朝市エリア〜ベイエリアにかけて新しい居酒屋が出来ていたり空き地だったところに新しい建物(新興宗教団体の建物?)が建っていたり、少し整備されたかなと感じました。一方、函館駅前でも、

 

いつもは3階席A6,000円で満足しているのだが、チケット取れなくて泣く泣く2階席11,000円。まぁ無理もないか、玉さま出ずっぱりの豪華二作。

歌舞伎美人サイトより。
一、二人椀久(ににんわんきゅう)

人生の儚さを描く幻想的な舞踊劇
 大坂の豪商椀屋久兵衛は、遊女松山に入れあげ、身代を傾けたために座敷牢につながれてしまいます。松山恋しさのあまり気が狂い、いつのまにか牢を抜け出してさまよい歩く久兵衛は、まどろむうちに恋焦がれていた松山に再会します。久しぶりに松山に会えた久兵衛は、二人で連れ舞をし、しばしの逢瀬を楽しんだのも束の間、松山が姿を消してしまい、久兵衛はすべて幻だったと気づくのでした。
 幻想的な長唄の舞踊をご堪能ください。

二、京鹿子娘五人道成寺(きょうかのこむすめごにんどうじょうじ)

五人の花子が踊りつぐ絢爛な舞台
 桜の花が咲く紀州の道成寺。鐘供養が行われているところに、花子と名のる白拍子がやって来て鐘を拝みたいと申し出ます。所化たちに、白拍子として供養のために舞うのであればと許され、花子は舞い始めますが、艶やかな踊りを披露するうちに、みるみる形相が変わり、鐘の中に飛び込んでしまいます。実は、花子は叶わぬ恋の恨みから熊野詣の僧安珍を焼き殺した清姫の亡霊だったのでした。
 女方舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺』を、この度は五人で踊り分ける特別な上演となります。五人の花子が魅せる華麗な舞踊をお楽しみください。

 「二人椀久」はもちろん玉さまも美しいのだけど、勘九郎もまたよかった。同じ日に第二部で松王丸を演じているとは思えない、和事の若旦那の舞い。

 そして「五人道成寺」はもちろん玉さまが軸なんだけど、勘九郎七之助の息の合ったデュエットとか、児太郎ちゃんのかわいい花笠とか、梅枝さんの美しい手踊りとか、五人が五人とも素晴らしい。

 それにしても勘九郎さん七之助さんが大活躍の第二部第三部。第一部「あらしのよるに」は新作歌舞伎として展開が楽しみだし、今月はほんと堪能した。

2003年の暮れから大河ドラマ『新選組!』と幕末関係のブログとして始まって、かれこれ13年。幕末ニュースは見落としもあるかも知れませんが、月1回程度、史実や史跡を中心に拾っています。

東京
幕末の天才絵師・暁斎の海外コレクション作品を一挙公開!
 幕末から明治にかけて活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)。圧倒的な画力と独特のユーモアセンスで、幅広い題材を自由に描き分けた天才絵師の作品を、世界屈指の暁斎コレクションによって紹介する展覧会がやってくる。その多彩な技に注目を!

◆世界屈指の暁斎コレクション!あらゆる技法を駆使して自在に描き分けた作品がずらり

2017年2月23日(木)から2017年4月16日(日)まで、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎! 世界が認めたその画力」展が開催される。

幕末から明治にかけて活躍した天才絵師・河鍋暁斎。幼い頃から歌川国芳に浮世絵を学び、狩野派の修行を終えたのが19歳だというから驚きの早熟ぶり。その後は、流派にとらわれないさまざまな画法を駆使して、仏画から戯画まで幅広いテーマを描き分けたそう。

そんな暁斎の絵を35年以上に渡って集め、世界屈指の暁斎コレクションで知られるイギリス在住の画商イスラエル・ゴールドマン氏が所蔵する作品を一挙公開。

暁斎といえば、明治時代を代表する西洋建築の「鹿鳴館」などを設計したイギリス人建築家ジョサイア・コンドルが弟子入りしていたり、当時さかんに行われた国内外の博覧会に出品したりと、世界に画力を認められた日本人絵師のひとり。

躍動感あふれる動物画、ユーモラスな妖怪画、荘厳さ漂う宗教画など、一気に仕上げたような大胆な筆づかいから緻密で繊細な表現まで、あらゆる技で描き分けた作品群は見どころたっぷり。

この機会に、天才絵師のバラエティ豊かな作品をお見逃しなく。
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura ザ・ミュージアム
アクセス:JR線「渋谷駅」ハチ公口より徒歩7分、東京メトロ銀座線、京王井の頭線「渋谷駅」より徒歩7分、東急東横線ほか「渋谷駅」3a出口より徒歩5分
※渋谷駅・宮益坂口より無料シャトルバスあり

開催期間:2017年2月23日(木)~4月16日(日)
 ※会期中無休
開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)
 ※毎週金・土曜~21:00(入館は20:30まで)
入館料:一般1400円、大学・高校生1000円、中学・小学生700円

高知
自衛隊が高知城を初清掃 幕末維新博に先立ち高知県が依頼
 高知城の石垣や堀など清掃が行き届きにくい場所をきれいにしようと12月19日午前、陸上自衛隊高知駐屯地第50普通科連隊(高知県香南市香我美町)がボートなどを使って清掃した。

 2017年3月に開幕する「志国高知 幕末維新博」に先立ち、高知県が依頼した。陸上自衛隊高知駐屯地第50普通科連隊が駐屯地以外で清掃活動を行うのは初めてで、レンジャー資格を持つ隊員約70人が参加した。

 午前8時すぎから迷彩服にヘルメット姿の隊員が集まり、高所から下りる時に使う「スタティックロープ」で石垣を下りながら草取り。堀には「偵察用ボート」を浮かべ、水面の落ち葉をすくった。

 紛争地などで使う「軽装甲機動車」や「高機動車」なども自衛隊活動のPR展示用に乗り付けた。道行く観光客もものものしい空気に思わず足を止め携帯電話のカメラでパシャリ。自転車で通勤中のスーツ姿のサラリーマンも“二度見、三度見”していた。

北海道
北の至宝道内の文化財を訪ねて 白老仙台藩陣屋跡 “北辺の防人”の拠点 /北海道
 白老町の国の史跡「白老仙台藩陣屋跡」は今から160年前、外国からの侵略に備えて白老から襟裳(えりも)岬、国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島に至る沿岸の警備を担った仙台藩が拠点とした元陣屋の遺構だ。幕末から明治維新にかけての激動の時代、“北辺の防人”として異郷の地で任務を果たした藩士たちの苦難に満ちた歴史が刻まれている。【文・写真、坂本智尚】

 仙台藩陣屋は、海岸から約2・5キロ離れた白老川とウトカンベツ川にはさまれた平地に設けられた。海から…
 以下は有料サイトになります。


togetterまとめサイトより。
#真田丸 最終回ラストで佐久間象山を持ち出したのは強引では?という疑問から様々な歴史の話

 有働さんが徳川幕府をナレ死させたことも話題になりましたが、それはまた260年後の話。とはいえ、幕府崩壊のきっかけをつくった佐久間象山に言及し、2004年『組!』第一話の佐久間象山につながります。

 そして、幸村の「狙うは徳川家康の首ただひとつ」は『新選組!!土方歳三最期の一日』で土方歳三が言う「狙うは本陣、奸賊薩摩。黒田了介の首ただひとつ」にリンクします。また、ラストシーンで、戦国時代に別れを告げて徳川の時代に自国信濃を守る領主として生きる決意をした兄信之が「参るか」という台詞は、五稜郭に立てこもった旧幕府軍の榎本武揚が降伏を決めて大鳥圭介に「参るか」という姿とリンクします。

大河ドラマで異例の続編……2006年に実現した『新選組!! 』土方歳三の最期
12月18日、NHK大河ドラマ『真田丸』がついに最終回を迎え、そのラストに多くの人が注目しました。

ちなみに、本作における全話通しての平均視聴率は16.6%。過去5年間の大河ドラマの中では最高の数字とのこと。
しかし、視聴率だけでは計りきれない魅力もあるもの。今回『真田丸』の脚本を手掛けた三谷幸喜が、12年前に執筆した大河作品『新選組!』も、視聴率以外の実績で語られるべきドラマの一つ。なにせ本編終了の一年以上後に後日談が放送されるという、前代未聞の厚遇を受けた大河ドラマなのですから。

不祥事で信頼を失っていた11年前のNHK

2005年9月20日。NHKにおいて『NHKは変わります~新生プラン』という、自局の改革プランを伝える番組が放送されました。改革のコンセプトはズバリ“視聴者第一主義”。この前年の2004年、紅白歌合戦の担当プロデューサーによる制作費不正支出問題が、週刊文春の報道により発覚。それを機に様々な不祥事が暴かれていき、同局の評判はガタ落ち。受信料の支払い拒否が続出していました。
こうした状況を受けて、NHKは改めて「国民と共にあること」を決意。その変革に向けた具体的なプロジェクトの一つとして、『新選組!』のアフターストーリー制作が『NHKは変わります~』の中で発表されたのです。

放送終了後に多数寄せられた『新選組!』の続編希望

それにしてもなぜ、既に終了した大河ドラマの続きを作ることが、改革に繋がるのでしょうか? それは『新選組!』の続編制作を求める声が後をたたなかったからであり、NHK的には、その要望に応えることで“視聴者第一主義”を分かり易く打ち出したかったのでしょう。

本編は、香取慎吾演じる主人公、新選組局長・近藤勇が処刑されるところで終了。しかし、かねてより「副長・土方歳三の最期まで描いて欲しい」との意見が多数寄せられていました。
それもそのはず。土方といえば、近藤のブレーンとして新選組の実権を掌握した事実上の統率者。その死を以って新選組という物語は終結する。そう考えた視聴者は多かったのです。

愛された山本耕史版・土方歳三

土方歳三を演じたのは、山本耕史。「こいつは"悪い奴"だ、その部分を引き出したい」とは三谷幸喜の弁。三谷の思惑通り、するどくしたたかな眼力のこの役者は“鬼の副長”を好演します。
彼の俳優人生屈指の当たり役として愛されていることは、2015年の朝ドラ『あさが来た』において、約10年ぶりに同じ土方役として再登場したことからも明らか。その“山本版土方”の人気もあって、『新選組!! 土方歳三 最期の一日』は実現したと言えるでしょう。

この作品、時代劇でありながら殺陣や合戦シーンはほとんどありません。山本演じる土方と片岡愛之助演じる榎本武揚の対話・問答がメインという、舞台人の三谷らしい構成。さらに、滅びの美学として描かれることの多い新選組作品には珍しい、“将来への希望”を描いているという点においても異例のドラマでした。

『真田丸』は終わり、来年からは柴咲コウ主演の『おんな城主 直虎』が始まります。脈々と続いていく大河ドラマの歴史。今後またこの『新選組!』のように、続編がつくられるくらい視聴率以上にファンからの支持率の高い作品が登場してもらいたいものです。
(こじへい)
 山本耕史さんは『真田丸』では石田三成を好演し、『組!! 』で土方歳三と対立・和解する榎本武揚を演じた佐々木愛之助さんとは「治部刑部」コンビとして愛されましたね。
 脚本の三谷さんも『真田丸』でご自分が演じたい役は石田三成だったとコメントされており、役者として山本耕史さんをどれだけ信頼しているかが伝わります。

 末尾ですが、山本耕史さん、堀北真希さん、第一子ご誕生おめでとうございます。健やかなご成長をお祈りします。



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幕末、特に新選組や旧幕府関係者の歴史を追っかけています。連絡先はmariachi*dream.com(*印を@に置き換えてください)にて。
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