新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
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お待たせしました。次の場面、榎本さんの部屋での榎本・土方のコンフリクトマネジメントについて、分析します。私も、やっとやっと辿り着いたという気分です(苦笑)。
すでに「その3」で榎本さんの内心のコンフリクト、「その4」で土方さんの内心のコンフリクトについて分析しています。ここでは榎本さんと土方さんの両方を見ていきましょう。
ここは、かなり長くなります。お飲み物やお菓子・おつまみなどは補給できてますか(笑)。この場面こそ赤ワインにサンドイッチで楽しみたいですね……私も一杯いただいていいですか、一杯だけで終われなくなるのが悪い癖なんですが(爆)。
(4) 土方さんvs榎本さん(第一ラウンド)
自室で書き物(おそらくは薩長軍に対して差し出す降伏文書の下書きでしょう)をしていた榎本さん、土方さんが大鳥さんに噛みついている声を聞いてふっと微笑みます。この時点で土方さんの来意は予想していたでしょうね。
そして、土方さんと大鳥さんの言い争いがエスカレートし、何が何でも榎本総裁に会うつもりで大鳥さんを押しのける土方さんを、大鳥さんが一般兵を呼び寄せて武力で押し止めようとする場面で、部屋から格好良く登場します。ここで榎本さんが登場しなかったら、大鳥さんは土方さんの上官ですから(あくまでもドラマ設定ですが)土方さんの行動は上官に反抗したということで軍法会議ものだったかも知れません。「どうぞ私の部屋へ」土方さんを部屋に招き入れる形でこの場面を収めたのは、さすがに総大将の配慮といえます。
大鳥さんの「では私も」という発言は、「では榎本を斬って、その後でお前も斬る」という土方さんの剣呑な発言を聞いたばかりですから、榎本さんと土方さんふたりでは穏やかな話し合いにならないことを予想し、同席して榎本さんを守るつもりだったのでしょう。しかし、榎本さんは「大鳥は外してくれ」と言うので、大鳥さんは「え」と驚き、憮然とします。
榎本さんが土方さんとサシで向かい合う方法を選んだのは、その方が土方さんも胸襟を開きやすいと計算したのではないでしょうか。榎本さんは、コンフリクトの対処方法ではもっとも正統派であるといえる、腹を割って話し合うという戦術を選びました。そして「きみと大鳥は愉快だね。顔を合わせるたびにいがみ合っている」と、ふたりの対立を咎めるのではなく軽い冗談口に仕立てて、雰囲気を和らげようと務めます。
ワインやサンドウィッチを勧めるのも、人は同じものを飲み食いすることで親近感を深めやすくなりますので、土方さんの心を開いて腹を割った話し合いをしたいという姿勢からでしょう。心理学では、お互いの話を聞ける「好意」「誠意」「敬意」が成立している状態を「ラポール(rapport)」といいますが、榎本さんは、土方さんとの間にラポールを成立させようと努力しています。
しかし、土方さんは永井様に「私はあの人がどうも好きにはなれません」「兵士が戦っているのに、ヨーロッパにいた頃の習慣だからと、昼間から部屋で菓子を食っている男を、私は信用できないということです」と漏らしているように、榎本さんに対して「好意」や「敬意」を持っていません……「ひとかどの人物であることは認めます」とは言っていますが、信頼を置いてはいない訳ですね。まして、降伏の方針を聞いて撤回を求めに五稜郭までやって来たところです。
皆さん、本編でご存知の通り、こういう時の土方さんは頑なでつれないですよね(笑)。
榎本「君とはねぇ、土方君。ぜひ一度、膝を交えて話がしたかったんだ。なんせ我らの催す宴には、なかなか顔を見せてくれないからね」
土方「酒は一人で飲むもんだと思っていますので」
土方さんはさらに、榎本さんが勧めるワインやサンドウィッチも断ります。
こういう土方さんの状態を「アンチラポール」と言います……敵意とまではいきませんが、ラポールをつくることを拒否していますから。「総裁、あんたに話がある」とすぐに話し合いに入りたかったところを、はぐらかされているような気になっているのかも知れませんね。
榎本さんは、西洋カルタから生まれたサンドウィッチのエピソードも土方さんには受けなかった(苦笑)ので、「君は実に面白い男だな、土方君」と別のアプローチを試します。
土方「……どこが(皮肉っぽく笑う)」
榎本「西洋の文化に対して、かなりの偏見をお持ちのようだ」
土方「俺は西洋が嫌いなんじゃない。西洋かぶれが嫌いなだけだ」
かなり痛烈な批判ですが、榎本さんは土方さんを「実に面白い男だな」と話しかけるぐらいですから、その批判に応じる知見を持っていました。
榎本「新選組の中で誰よりも早く髷を落とし、着物を捨てたと聞いているが」
榎本さんが前から土方さんの人となりに関心を持っていたことを伺わせる発言です。そして、こうして土方さんの人となりに以前から関心を持っていたというメッセージを投げかけることも、榎本さんが土方さんとの間にラポールを成立させようという行為のひとつです。
土方「俺は無駄なことが嫌いなだけだ」
榎本「だから、それが西洋流の考えだと、私は言っているんだがね」
土方「……」
榎本「君は嫌かも知れないが、私と君は似ているのさ」
互いの共通点、似た点を見いだして、そこから信頼や理解をつくろうと働きかける榎本さんのアプローチそのものは建設的なコンフリクトへの対処方法として間違ってはいません。
しかし、土方さんはこの時点でまだ榎本さんに対してラポールをつくっていない状態です。この状態で俺たちは似たもの同士だと言われたことで、土方さんはかえって反発します。
土方「あんたは西洋の形ばかりを真似る。俺は理にかなったことだけを受け容れる。俺とあんたでは、申し訳ないがまるで違う」
……共通点を見いだす努力は間違ってないですが、土方さんの側の心理に立ってみれば、嫌いだと思っている相手・あるいは信用がおけないと思っている相手から「俺たちは似たもの同士」と言われれば嫌に決まってますわな(苦笑)。反発するのも無理はないです。
そして、本編では口で誰かを言い負かすというのは余り得意としてなかった土方さんですが、この場面での反論はお見事です。
榎本さんも、ふたつめのアプローチも失敗したと悟り、「まぁいいや」と諦めました。
サンドウィッチを頬張り、「うまいよ」と笑いかける榎本さんに、土方さんは「なぜ降伏する」とずばり本題に斬り込みます。
「すぐに取り下げてもらいたい」と言う土方さんに、「できない相談だ」とつっぱねる榎本さん。「ならば仕方がない」と、土方さんは刀を突きつけて迫ります。
しかし、すでに降伏のために切腹も覚悟している榎本さんは、腹が据わっています。自分を斬ってどうする、と、冷静に土方さんの考えていることを見極めようとしています。
榎本「どうしても降伏はしないと言うんだな」
土方「ああ」
榎本「ではどうする」
この辺りは、榎本さん、賢いアプローチですね。降伏を是とするか非とするかの話し合いでは意見が正面からぶつかっており埒が開かないのはわかっていますから、まず土方さんが何を考えているのか、何をしたいのか、という意図を知ることに関心を向けています。
土方「俺に百人の兵を預けてくれ。必ず形勢をひっくり返してみせる」
榎本さん、ここからが勝負どころです。
榎本「それは無理だ」
土方「なぜだ」
榎本「なぜだか教えてやろうか……それはな、お前さんには、端《はな》から勝つ気なんてまるでねぇえからだよ」
この一言から始まる榎本節が、土方さんの内心にずばりと楔を打ち込む見事な土方さん分析です。
榎本「口では強気なことを言ってるが、この戦、既に勝敗が決まっていることを、一番よくわかっているのは、誰よりも勝ち方を知っている土方さんだ」
土方「……」
榎本「あんた、死にたいんだろ、一日も早く、戦でさ」
土方「……」
榎本「いろいろゴタクを並べちゃいるが、要は死に場所を求めているだけだ」
土方「……」
榎本「そんな物騒な奴に、俺の兵を預けられるかっ」
新選組の隊士たちでさえ気付いていない土方さんの内心のコンフリクトを見抜いていたとは、何度でもいいますが、畏るべし榎本武揚。そして、「そんな物騒な奴に、俺の兵を預けられるかっ」と語気荒く言うところに、自分についてきてくれた将兵たちの命を大切に思っている気持ちも伝わってきますし、根は熱いところもあるという一面も見せています。
これらの榎本さんの言葉が、土方さんから本音を引き出す突破口になります。
土方「俺はこれまで薩長相手に戦い続けてきた。今さらあいつらに頭を下げる気はない」
今までの土方さんと声の調子が違います。ここまでの土方さんの自分の感情を殺した物言いではなく、感情がこもった、切迫した声です。
この時点ではまだ、榎本さんの「あんた、死にたいんだろ」という言葉に対して直接の返答はしていませんが、「降伏の先には何もない。すぐに取り下げてもらいたい」と形勢論から話をしていた土方さんが、降伏を受け容れられない自分の感情や思いを語り出している点が、今までと違うところです。
そして、「言っておくが俺だって命が惜しいわけじゃねえ。あんたに斬られなくても、どうせ私は明日の今頃は、腹を切ってる」と榎本さんは付け加えます。
土方さんは、この時点まで榎本さんが自分の命惜しさもあって降伏を考えていたと思っていたのかも知れません。将兵たちの命を救うことと引き換えに自分の命を差し出してまでの降伏の覚悟に、永井様の「あれはあれで、性根の据わった男」という評価の意味が土方さんにも伝わったのではないでしょうか。
土方さんは、榎本さんの本気の度合いがわかって、いったん刀を納めます。
しかし、榎本さんの覚悟の度合いがわかったところで、榎本さんの降伏の方針に同意するわけにはいきません……土方さんは、近藤さんを罪人として処刑した薩長軍に下ることはできなません。
土方「……兵は要らん。だったら俺ひとり斬り込ませてくれ。俺が死んだ後で、降伏すりゃいい」
榎本「悪いが、そいつもできねえな」
土方「なぜだ」
榎本「私は決めたんだよ、土方君。もうこれ以上、私以外の誰ひとりも死なせやしないって」
「私以外の誰ひとりも」の中には土方さんも含まれている、という榎本さんの論法です。土方さんは榎本さんの総大将としての器の大きさと性根の据わり方を内心では認めたでしょう、しかし自分も死なせないと言われ、土方さん自身がもともと内心で抱えていたコンフリクト(「その4」参照……「近藤さんの汚名を雪ぐためには生きている限り薩長と戦い続けなければならないという使命感、しかし一方では近藤さんを死なせてしまった自分を許せない、罰したい、罰されなければならないという罪の意識」)と向き合わざるを得ません。ひとりで戦死することも許されず、一方で生き続ける唯一の理由である薩長と戦い続けることが降伏によって断ち消えてしまったら、土方さんの意識の中では生きる理由(というより「義」じゃないかと思います)や生きるべき目的がありません。
土方さんは動揺し、「だったら俺はどうすればいいっ」と叫びます。
その土方さんの動揺を見て、「どうするかねぇ……とりあえず一杯やんなよ。知らねえもんは、一度は試しておかねえと、了見を狭くするよ」と接する榎本さん、お見事です。この応じ方を見ても、榎本さんの温かい人柄を感じますね。
……さて、お気に入りの場面を熱く語って、私のグラスも一杯では済みませんでした(爆)。第2ラウンドに入る前に、また小休止を入れさせてもらいます(笑)。
すでに「その3」で榎本さんの内心のコンフリクト、「その4」で土方さんの内心のコンフリクトについて分析しています。ここでは榎本さんと土方さんの両方を見ていきましょう。
ここは、かなり長くなります。お飲み物やお菓子・おつまみなどは補給できてますか(笑)。この場面こそ赤ワインにサンドイッチで楽しみたいですね……私も一杯いただいていいですか、一杯だけで終われなくなるのが悪い癖なんですが(爆)。
(4) 土方さんvs榎本さん(第一ラウンド)
自室で書き物(おそらくは薩長軍に対して差し出す降伏文書の下書きでしょう)をしていた榎本さん、土方さんが大鳥さんに噛みついている声を聞いてふっと微笑みます。この時点で土方さんの来意は予想していたでしょうね。
そして、土方さんと大鳥さんの言い争いがエスカレートし、何が何でも榎本総裁に会うつもりで大鳥さんを押しのける土方さんを、大鳥さんが一般兵を呼び寄せて武力で押し止めようとする場面で、部屋から格好良く登場します。ここで榎本さんが登場しなかったら、大鳥さんは土方さんの上官ですから(あくまでもドラマ設定ですが)土方さんの行動は上官に反抗したということで軍法会議ものだったかも知れません。「どうぞ私の部屋へ」土方さんを部屋に招き入れる形でこの場面を収めたのは、さすがに総大将の配慮といえます。
大鳥さんの「では私も」という発言は、「では榎本を斬って、その後でお前も斬る」という土方さんの剣呑な発言を聞いたばかりですから、榎本さんと土方さんふたりでは穏やかな話し合いにならないことを予想し、同席して榎本さんを守るつもりだったのでしょう。しかし、榎本さんは「大鳥は外してくれ」と言うので、大鳥さんは「え」と驚き、憮然とします。
榎本さんが土方さんとサシで向かい合う方法を選んだのは、その方が土方さんも胸襟を開きやすいと計算したのではないでしょうか。榎本さんは、コンフリクトの対処方法ではもっとも正統派であるといえる、腹を割って話し合うという戦術を選びました。そして「きみと大鳥は愉快だね。顔を合わせるたびにいがみ合っている」と、ふたりの対立を咎めるのではなく軽い冗談口に仕立てて、雰囲気を和らげようと務めます。
ワインやサンドウィッチを勧めるのも、人は同じものを飲み食いすることで親近感を深めやすくなりますので、土方さんの心を開いて腹を割った話し合いをしたいという姿勢からでしょう。心理学では、お互いの話を聞ける「好意」「誠意」「敬意」が成立している状態を「ラポール(rapport)」といいますが、榎本さんは、土方さんとの間にラポールを成立させようと努力しています。
しかし、土方さんは永井様に「私はあの人がどうも好きにはなれません」「兵士が戦っているのに、ヨーロッパにいた頃の習慣だからと、昼間から部屋で菓子を食っている男を、私は信用できないということです」と漏らしているように、榎本さんに対して「好意」や「敬意」を持っていません……「ひとかどの人物であることは認めます」とは言っていますが、信頼を置いてはいない訳ですね。まして、降伏の方針を聞いて撤回を求めに五稜郭までやって来たところです。
皆さん、本編でご存知の通り、こういう時の土方さんは頑なでつれないですよね(笑)。
榎本「君とはねぇ、土方君。ぜひ一度、膝を交えて話がしたかったんだ。なんせ我らの催す宴には、なかなか顔を見せてくれないからね」
土方「酒は一人で飲むもんだと思っていますので」
土方さんはさらに、榎本さんが勧めるワインやサンドウィッチも断ります。
こういう土方さんの状態を「アンチラポール」と言います……敵意とまではいきませんが、ラポールをつくることを拒否していますから。「総裁、あんたに話がある」とすぐに話し合いに入りたかったところを、はぐらかされているような気になっているのかも知れませんね。
榎本さんは、西洋カルタから生まれたサンドウィッチのエピソードも土方さんには受けなかった(苦笑)ので、「君は実に面白い男だな、土方君」と別のアプローチを試します。
土方「……どこが(皮肉っぽく笑う)」
榎本「西洋の文化に対して、かなりの偏見をお持ちのようだ」
土方「俺は西洋が嫌いなんじゃない。西洋かぶれが嫌いなだけだ」
かなり痛烈な批判ですが、榎本さんは土方さんを「実に面白い男だな」と話しかけるぐらいですから、その批判に応じる知見を持っていました。
榎本「新選組の中で誰よりも早く髷を落とし、着物を捨てたと聞いているが」
榎本さんが前から土方さんの人となりに関心を持っていたことを伺わせる発言です。そして、こうして土方さんの人となりに以前から関心を持っていたというメッセージを投げかけることも、榎本さんが土方さんとの間にラポールを成立させようという行為のひとつです。
土方「俺は無駄なことが嫌いなだけだ」
榎本「だから、それが西洋流の考えだと、私は言っているんだがね」
土方「……」
榎本「君は嫌かも知れないが、私と君は似ているのさ」
互いの共通点、似た点を見いだして、そこから信頼や理解をつくろうと働きかける榎本さんのアプローチそのものは建設的なコンフリクトへの対処方法として間違ってはいません。
しかし、土方さんはこの時点でまだ榎本さんに対してラポールをつくっていない状態です。この状態で俺たちは似たもの同士だと言われたことで、土方さんはかえって反発します。
土方「あんたは西洋の形ばかりを真似る。俺は理にかなったことだけを受け容れる。俺とあんたでは、申し訳ないがまるで違う」
……共通点を見いだす努力は間違ってないですが、土方さんの側の心理に立ってみれば、嫌いだと思っている相手・あるいは信用がおけないと思っている相手から「俺たちは似たもの同士」と言われれば嫌に決まってますわな(苦笑)。反発するのも無理はないです。
そして、本編では口で誰かを言い負かすというのは余り得意としてなかった土方さんですが、この場面での反論はお見事です。
榎本さんも、ふたつめのアプローチも失敗したと悟り、「まぁいいや」と諦めました。
サンドウィッチを頬張り、「うまいよ」と笑いかける榎本さんに、土方さんは「なぜ降伏する」とずばり本題に斬り込みます。
「すぐに取り下げてもらいたい」と言う土方さんに、「できない相談だ」とつっぱねる榎本さん。「ならば仕方がない」と、土方さんは刀を突きつけて迫ります。
しかし、すでに降伏のために切腹も覚悟している榎本さんは、腹が据わっています。自分を斬ってどうする、と、冷静に土方さんの考えていることを見極めようとしています。
榎本「どうしても降伏はしないと言うんだな」
土方「ああ」
榎本「ではどうする」
この辺りは、榎本さん、賢いアプローチですね。降伏を是とするか非とするかの話し合いでは意見が正面からぶつかっており埒が開かないのはわかっていますから、まず土方さんが何を考えているのか、何をしたいのか、という意図を知ることに関心を向けています。
土方「俺に百人の兵を預けてくれ。必ず形勢をひっくり返してみせる」
榎本さん、ここからが勝負どころです。
榎本「それは無理だ」
土方「なぜだ」
榎本「なぜだか教えてやろうか……それはな、お前さんには、端《はな》から勝つ気なんてまるでねぇえからだよ」
この一言から始まる榎本節が、土方さんの内心にずばりと楔を打ち込む見事な土方さん分析です。
榎本「口では強気なことを言ってるが、この戦、既に勝敗が決まっていることを、一番よくわかっているのは、誰よりも勝ち方を知っている土方さんだ」
土方「……」
榎本「あんた、死にたいんだろ、一日も早く、戦でさ」
土方「……」
榎本「いろいろゴタクを並べちゃいるが、要は死に場所を求めているだけだ」
土方「……」
榎本「そんな物騒な奴に、俺の兵を預けられるかっ」
新選組の隊士たちでさえ気付いていない土方さんの内心のコンフリクトを見抜いていたとは、何度でもいいますが、畏るべし榎本武揚。そして、「そんな物騒な奴に、俺の兵を預けられるかっ」と語気荒く言うところに、自分についてきてくれた将兵たちの命を大切に思っている気持ちも伝わってきますし、根は熱いところもあるという一面も見せています。
これらの榎本さんの言葉が、土方さんから本音を引き出す突破口になります。
土方「俺はこれまで薩長相手に戦い続けてきた。今さらあいつらに頭を下げる気はない」
今までの土方さんと声の調子が違います。ここまでの土方さんの自分の感情を殺した物言いではなく、感情がこもった、切迫した声です。
この時点ではまだ、榎本さんの「あんた、死にたいんだろ」という言葉に対して直接の返答はしていませんが、「降伏の先には何もない。すぐに取り下げてもらいたい」と形勢論から話をしていた土方さんが、降伏を受け容れられない自分の感情や思いを語り出している点が、今までと違うところです。
そして、「言っておくが俺だって命が惜しいわけじゃねえ。あんたに斬られなくても、どうせ私は明日の今頃は、腹を切ってる」と榎本さんは付け加えます。
土方さんは、この時点まで榎本さんが自分の命惜しさもあって降伏を考えていたと思っていたのかも知れません。将兵たちの命を救うことと引き換えに自分の命を差し出してまでの降伏の覚悟に、永井様の「あれはあれで、性根の据わった男」という評価の意味が土方さんにも伝わったのではないでしょうか。
土方さんは、榎本さんの本気の度合いがわかって、いったん刀を納めます。
しかし、榎本さんの覚悟の度合いがわかったところで、榎本さんの降伏の方針に同意するわけにはいきません……土方さんは、近藤さんを罪人として処刑した薩長軍に下ることはできなません。
土方「……兵は要らん。だったら俺ひとり斬り込ませてくれ。俺が死んだ後で、降伏すりゃいい」
榎本「悪いが、そいつもできねえな」
土方「なぜだ」
榎本「私は決めたんだよ、土方君。もうこれ以上、私以外の誰ひとりも死なせやしないって」
「私以外の誰ひとりも」の中には土方さんも含まれている、という榎本さんの論法です。土方さんは榎本さんの総大将としての器の大きさと性根の据わり方を内心では認めたでしょう、しかし自分も死なせないと言われ、土方さん自身がもともと内心で抱えていたコンフリクト(「その4」参照……「近藤さんの汚名を雪ぐためには生きている限り薩長と戦い続けなければならないという使命感、しかし一方では近藤さんを死なせてしまった自分を許せない、罰したい、罰されなければならないという罪の意識」)と向き合わざるを得ません。ひとりで戦死することも許されず、一方で生き続ける唯一の理由である薩長と戦い続けることが降伏によって断ち消えてしまったら、土方さんの意識の中では生きる理由(というより「義」じゃないかと思います)や生きるべき目的がありません。
土方さんは動揺し、「だったら俺はどうすればいいっ」と叫びます。
その土方さんの動揺を見て、「どうするかねぇ……とりあえず一杯やんなよ。知らねえもんは、一度は試しておかねえと、了見を狭くするよ」と接する榎本さん、お見事です。この応じ方を見ても、榎本さんの温かい人柄を感じますね。
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