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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昨日は記事が少ないと思っていたのですが、改めて見ると、何本もクリップしていました(汗)。

神奈川
黒船来航時 鮮明に描写 船上の食事『塩気が薄く油臭い』
 百五十年前の開港前後の横浜の様子などを歴史資料からうかがい知る企画展が三十一日から、横浜市歴史博物館(都筑区中川中央一)で始まる。米国の黒船で日本人が食べた食事の味や、日本に上陸した外国人のわがままな振る舞いなど、突然の国際化に見舞われた幕末当時の様子が浮かび上がる。 (中山高志)

 中心展示物は、幕末に東海道神奈川宿(現横浜市神奈川区)に住み、医師で知識人としても知られた佐藤〓栖(ぶんせい)の「金川(かながわ)日記」。一八五四(嘉永七)年二月の記述では、開国を求め来日した米国のペリーが、東京湾に停泊中の黒船に日本の役人を招いて接待した様子に触れ、「料理はおいしいが、塩気が薄くて油臭く、不快なことだ」と記している。
 また、米総領事のハリスが一八五七(安政四)年に東海道川崎宿(現川崎市)に宿泊した際、宿のしつらえが気に入らないとして別の宿舎を選ぶなどのわがままぶりを伝え、「日本側の役人が迷惑した」と筆致に腹立ちを込めている。
 このほか、米国人が駐留していた本覚寺(現横浜市神奈川区)の僧侶から聞いた話として、米国人が特製の風呂に一人で入り、その後、犬を風呂釜に入れて洗ったというエピソードも紹介している。
 同館の小林紀子学芸員は「身の回りの出来事だけでなく、当時の国内情勢などさまざまな情報を記しており、〓栖の知的好奇心の強さがうかがえる」と話している。
 企画展ではこのほか、兵学者や思想家として幕末に活躍した佐久間象山が妻と息子にあてて記した手紙の実物も初公開する。観覧料は大人三百円、高校生以上二百円。
 問い合わせは同館=(電)045(912)7777=へ。

※〓は、さんずいに文


日本近代洋画の魅力探る/茅ケ崎市美術館
日本近代洋画の魅力探る/茅ケ崎市美術館
 幕末から明治期にかけての日本洋画を集めた企画展「日本近代洋画への道―山岡コレクションを中心に―」が三月八日まで、茅ケ崎市美術館(同市東海岸北)で開かれている。発動機メーカー「ヤンマー」の創業者、山岡孫吉氏が収集した作品を中心に、笠間日動美術館が収蔵する約七十点を展示している。
 江戸末期の横浜の外国人居留地で油彩画を習い、“近代日本洋画の父”とされる高橋由一の作品をはじめ、洋画の写実性や遠近法を取り入れた幕末の画家たちの試みを紹介。江戸幕府十五代将軍徳川慶喜や、明治期の横浜で画塾を開いた五姓田芳柳らの作品も。漁民や舞子、寺社の風景など日本的なモチーフが、洋画の手法を用いて鮮やかに描かれている。
 同市緑が浜の無職、中村進さん(76)は「現代の油絵より暗い印象。洋画と日本画が混じり合ったようなタッチが興味深い」と話していた。会期中、二月二十一日には「日本近代洋画について」と題した特別講座も行われる。申し込み、問い合わせは、同美術館電話0467(88)1177。


長野
「傍装式銃」全5種そろう 幕末に松代藩士が開発
 江戸末期に松代藩士の鉄砲鍛冶(かじ)、片井京助直徹(なおてつ)が開発した早撃ち可能な「傍装式銃」について、古式銃研究家の沢田平さん(73)=大阪市=が26日、長野市の県庁で記者会見し、「古文書に記載のある全5種が現存していることを確認した」として5丁を公開した。
 傍装式銃は、銃身の横に着火用の火薬や雷管を入れた箱を備える。箱をスライドさせると、火薬を盛る「火皿」に1発分の火薬が入る仕組み。通常の火縄銃が1分間に2発しか撃てないのに対し、7発撃てるという。
 沢田さんによると、松代藩の記録や同藩家老が残した古文書に、傍装式銃として、火縄銃、撃鉄で口火薬に着火する「雷火」と火縄の兼用銃、馬上用雷火銃、口火薬が粒状の雷粒銃、雷管銃-の5種の記載がある。ただ、傍装式を含め同藩の多くの銃が明治以降に散逸し、専門家からは「雷火銃を田舎銃工が開発したという説は信頼できないとの批判もあった」という。
 沢田さんは1995年までに馬上用雷火銃と雷粒銃を上田市で、火縄銃を京都市で発見、入手。3年ほど前に火縄と雷火の兼用銃を京都市の映画関連会社から、雷管銃は東京都内の骨董(こっとう)店から購入。ほかの専門家の協力を得て、銃身に片井の弟子の名が彫ってあったことなどから、片井が開発した銃と確認したという。
 「片井の発明力を現物で証明できた。研究をこれで終え、銃を地元に返したい」と沢田さん。松代藩の歴史に詳しい長野市立博物館の降幡浩樹学芸員は「片井の技術が高度になっていく過程を確認できる貴重な史料。購入するかは別として、ぜひ展示させてほしい」と話している。

 松代藩士と聞いてすぐに思い浮かぶのは佐久間象山ですが、象山以外にもすぐれた技術者がいたようですね。

京都
大政奉還の舞台・二条城で、近畿4市長「権限移譲を」
 京都、大阪、堺、神戸の関西4政令指定都市の市長が26日、京都市中京区の二条城で会談し「大都市の役割を見直し、権限と税財源の大幅な移譲を国と府県に求める」などとする「二条城宣言」を採択した。まず観光、環境などで連携を深め、発言力を増す考えだ。
 幕末の将軍徳川慶喜が、二条城で朝廷に大政奉還をしたことにちなんだ。4市長は、大都市に十分な権限や税財源が移譲されれば関西の発展を引っ張ることができるとし、今後、4市が個別の政策で協力しつつ、国と府県への発言を続けていくことで合意した。


岡山
火災から守れ、国宝の名建築 閑谷学校で防火訓練 備前
 文化財防火デーの26日、備前市閑谷の国特別史跡・閑谷学校で防火訓練が行われた。歴史ある建物を守ろうと、関係者が連携して通報や消火の手順を確認した。
 閑谷学校職員や東備消防組合の消防署員、地元消防団員ら計約60人が参加。国宝の講堂裏手にある山林から出火し、建物に延焼する危険がある―との想定で行った。
 職員は火の手を見つけて119番。消防署員らは消火栓につないだホースと放水銃、はしご車などを使い、一斉に水を放った。
 閑谷学校は江戸時代の1670年に開校し、庶民の学校としては日本最古とされる。幕末に寄宿舎が火災に見舞われたが、「火除(ひよけ)山」という築山が火の手を遮り、講堂などへの類焼は免れたという。
 現在は世界遺産の登録に向けて官民の運動が進められており、管理する閑谷学校顕彰保存会の日笠紘事務局長は「訓練に合わせて防火設備の点検を行い、名建築を火災から守りたい」と話していた。
 文化財防火デーは、1949年に奈良・法隆寺で火災が起きたのを教訓に、国が制定した。

 閑谷学校の出身者のひとりが大鳥圭介です。

鳥取
文化財防火デー:地域の文化財守れ 境港で消防演習 /鳥取
文化財防火デー:地域の文化財守れ 境港で消防演習 /鳥取
 「第55回文化財防火デー」の26日、境港市渡町の市指定文化財、日御崎(ひのみさき)神社(門脇紀文宮司)の拝殿から出火、風で延焼しそうだとの想定で住民参加の消防演習があり、住民が白煙に向かって消火器で初期消火をした。
 ドラム缶2本に入れた松葉に火がつくと一帯が白煙に包まれ、火災報知機が作動。約10人の住民が消火器で消火活動を始め、境港消防署の消防車がホースを延ばして放水した。同署員が「地域の文化財を守るには住民の初期消火がカギ」と参加者に訴えた。
 同神社は幕末の嘉永年間に焼失、再建された。周辺は住宅街だが、夜間は無人になるという。【小松原弘人】
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