新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
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移転作業で貯め込んでしまった(汗)幕末ニュースや幕末関係コラムをご紹介します。
東京
芝居:劇団「1980」、「ええじゃないか」上演 故今村昌平監督を追悼し /東京
「幕末末期に突然、巻き起こった『ええじゃないか』の大騒動。時代の転換期に庶民のエネルギーが爆発した歴史的事件を映画化し、今年5月、79歳で亡くなった今村昌平監督をしのび、今村さんのシナリオをもとに舞台化した同名の作品が26日から新宿駅南口近くの紀伊國屋サザンシアター(渋谷区千駄ケ谷5)で上演される」。
「『ええじゃないか』は明治維新前の1867(慶応3)年、日本の各地で発生した。時代の変わり目に、男も女も『ええじゃないか』と叫びながら乱舞。今村さんは江戸・両国を物語の舞台に81年に映画化し、下層庶民の生活を描いた」。
愛知
【知多】内海観光にいかが 観光協が散策マップ作製
「南知多町の内海観光協会は『自然を歩こう内海散策マップ』を作り、名鉄内海駅前の内海観光案内所などに置いている。内海限定のマップ作製は初めてで、内海地区の散策路などのほか、観光名所や神社、寺などの位置、略歴も紹介している」。
「内海観光協会は今後、地元の小中学校の授業に生かしてもらおうとマップの配布を計画。幕末の悲話として小説や舞台で知られ、散策路コースにも入っている『唐人お吉』の出生地跡の整備を、地元住民が知多信用金庫(半田市)の地域振興支援制度を受けて進めている」という記述が、キーワード「幕末」に引っかかりました。
石川
鈴木大拙の生誕地判明 金沢・本多町、遊学館高校舎に隣接 明治の土地台帳で確認
「金沢市出身の仏教哲学者、鈴木大拙の生家の正確な場所が二十三日までに、同市立ふるさと偉人館の調べで分かった。大拙が生前、記憶を頼りに調べたが判然としなかった生誕地だが、明治期に課税のために作成された土地台帳が手掛かりとなった」。
「判明した生家跡は同駐車場の敷地内で、当時は同規模の屋敷地四区画が並び、生誕碑からは東南に約百メートル離れた一画と特定ができた。現在の遊学館高校敷地と道を隔てた角地に当たる。一家は幕末に移り住んだとみられ、一八七〇(明治三)年に大拙が誕生した」。
コラム
小泉武夫の食味学…紀州の梅酒
幕末に関連した記述は「紀州の梅の生産は、江戸時代の文化文政期にはじまり、幕末の『紀伊国名所図絵』には『埴田村梅林』の絵も残っている。その梅を使って、和歌山は今、梅酒の生産と消費のとても盛んな地となった」という部分です。
アルコール好きな白牡丹(汗)は、梅酒が室町時代にすでにあったというトリビアが気に入りました^_^;。
今何時?「午前十字二十分」
インタビュー形式のコラムです。幕末から維新にかけて、洋式の24時間制が定着するまでに「時」「字」の使い分けという試行錯誤もあったというお話です。
個人的には「二十四時間制とともに、日本人は時刻通りに行動するという、新たな時間感覚を身につけていくのです」というところに興味があります。ものすごい価値観の転換だと思うのですが、スムーズに適応できたところが、日本人が明治時代に近代化に成功した理由のひとつだと感じているので。
東京
芝居:劇団「1980」、「ええじゃないか」上演 故今村昌平監督を追悼し /東京
「幕末末期に突然、巻き起こった『ええじゃないか』の大騒動。時代の転換期に庶民のエネルギーが爆発した歴史的事件を映画化し、今年5月、79歳で亡くなった今村昌平監督をしのび、今村さんのシナリオをもとに舞台化した同名の作品が26日から新宿駅南口近くの紀伊國屋サザンシアター(渋谷区千駄ケ谷5)で上演される」。
「『ええじゃないか』は明治維新前の1867(慶応3)年、日本の各地で発生した。時代の変わり目に、男も女も『ええじゃないか』と叫びながら乱舞。今村さんは江戸・両国を物語の舞台に81年に映画化し、下層庶民の生活を描いた」。
愛知
【知多】内海観光にいかが 観光協が散策マップ作製
「南知多町の内海観光協会は『自然を歩こう内海散策マップ』を作り、名鉄内海駅前の内海観光案内所などに置いている。内海限定のマップ作製は初めてで、内海地区の散策路などのほか、観光名所や神社、寺などの位置、略歴も紹介している」。
「内海観光協会は今後、地元の小中学校の授業に生かしてもらおうとマップの配布を計画。幕末の悲話として小説や舞台で知られ、散策路コースにも入っている『唐人お吉』の出生地跡の整備を、地元住民が知多信用金庫(半田市)の地域振興支援制度を受けて進めている」という記述が、キーワード「幕末」に引っかかりました。
石川
鈴木大拙の生誕地判明 金沢・本多町、遊学館高校舎に隣接 明治の土地台帳で確認
「金沢市出身の仏教哲学者、鈴木大拙の生家の正確な場所が二十三日までに、同市立ふるさと偉人館の調べで分かった。大拙が生前、記憶を頼りに調べたが判然としなかった生誕地だが、明治期に課税のために作成された土地台帳が手掛かりとなった」。
「判明した生家跡は同駐車場の敷地内で、当時は同規模の屋敷地四区画が並び、生誕碑からは東南に約百メートル離れた一画と特定ができた。現在の遊学館高校敷地と道を隔てた角地に当たる。一家は幕末に移り住んだとみられ、一八七〇(明治三)年に大拙が誕生した」。
コラム
小泉武夫の食味学…紀州の梅酒
幕末に関連した記述は「紀州の梅の生産は、江戸時代の文化文政期にはじまり、幕末の『紀伊国名所図絵』には『埴田村梅林』の絵も残っている。その梅を使って、和歌山は今、梅酒の生産と消費のとても盛んな地となった」という部分です。
アルコール好きな白牡丹(汗)は、梅酒が室町時代にすでにあったというトリビアが気に入りました^_^;。
今何時?「午前十字二十分」
インタビュー形式のコラムです。幕末から維新にかけて、洋式の24時間制が定着するまでに「時」「字」の使い分けという試行錯誤もあったというお話です。
話し言葉なら大きな支障はないが、文字にすると大問題が起きる。「八時」を「やつどき」と読むか「はちじ」と読むかでは、時刻がまるきり違ってしまう。表記法に注目した松井教授は幕末、明治初期の日記類、公文書などを調査した。
「第四時(シ)」「午後二ジ」「洋刻十一時」…。実際に用いられた二十四時間制を表記する方法だが、誤読を避けるために苦心する様子がまざまざ。「五半時 第八時」と併記するケースも見られるという。
個人的には「二十四時間制とともに、日本人は時刻通りに行動するという、新たな時間感覚を身につけていくのです」というところに興味があります。ものすごい価値観の転換だと思うのですが、スムーズに適応できたところが、日本人が明治時代に近代化に成功した理由のひとつだと感じているので。
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