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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は一日、どんより日和でした。
 今テレビで、「ゆるキャラまつり」にて、奈良の「せんとくん」と「なーむくん」が「ひこにゃん」立ち会いの下で初めての邂逅を果たしたというニュースを見てました(笑)。
「せんとくん」と「なーむくん」仲直り 「ひこにゃん」が仲介

滋賀
ファンらが「近江龍馬会」結成
大津、大河ドラマにあわせ石碑建立

ファンらが「近江龍馬会」結成 大津、大河ドラマにあわせ石碑建立
 幕末の英雄・坂本龍馬ゆかりの地を発掘し、地域を盛り上げようと、滋賀県内の龍馬ファンらが「近江龍馬会」を結成した。当面は2011年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」にあわせ、大津市内のゆかりの地に石碑を建てることを目標に活動する。会員らは「地域の埋もれた歴史に光を当てたい」と意気込んでいる。

 ■ゆかりの地や人物など調査

 同会は、県内の龍馬ファンを中心に、約20人で構成。京都で活動する京都龍馬会の主要メンバーも会員に加わり、活動をサポートする。

 県内の龍馬ゆかりの地は、史料や研究家の調べで、龍馬の活動を支えた寺田屋お登勢と、龍馬と最期を共にした家来の山田藤吉が、「大津百町」かいわいの出身とされている。

 同会は今後、郷土史家や市民に協力を呼びかけ、2人の生誕の地を絞り込み、来年にも石碑を建てる計画。また、京都の会でも同様の石碑建立を進めていることから、大河ドラマにあわせて、京と大津の隠れた龍馬スポットを巡る観光ルートを提案することも視野に入れる。

 また、史料研究などを進め、ほかに県内に龍馬ゆかりの地や人物がないか調べるなど、活動の幅を広げていく方針。柴田與一郎会長(64)=同市別保1丁目=は「滋賀に龍馬ゆかりの地があることを知る人は多くない。埋もれた歴史に触れてもらい、地域おこしにつなげたい」としている。

 問い合わせは同会事務局Tel:077(522)7978。


旧山中正吉邸:一般公開 日野商人の心意気に触れて /滋賀
◇幕末から明治にかけ、醸造業で財--多数の美術品/豪華な庭/部屋数15
 幕末から明治にかけ醸造業で財を成した日野町西大路の日野商人宅「旧山中正吉邸」が今月から一般公開された。同町での商家旧宅の一般公開は、旧山中兵右衛門邸(町立近江日野商人館)に次いで2件目。同町は江戸時代から数多くの商人を輩出しており、関係者は「日野商人の心意気を知る手掛かりとなれば」と期待している。【斎藤和夫】


京都
秋の観光シーズン本番へ
京都府庁、市交通局

秋の観光シーズン本番へ 京都府庁、市交通局
■府庁旧本館を公開

 京都府庁旧本館(京都市上京区)の「秋の一般公開」が26日始まる。今年はイベント企画を増やすため、初めて前期と後期に分けた。旧知事室や正庁を公開するほか、生け花展や音楽会などを同時開催する。

 前期は26日から11月3日までの9日間。若手華道家による「京都新世代いけばな展」(29日、11月2、3日除く)や、展示即売の彫刻展が行われる。後期は11月12日から同16日までの5日間。15、16日は午前11時から南米音楽やクラシックなどの音楽会がある。

 連動企画として、NPO法人(特定非営利活動法人)「京都観光文化を考える会・都草」による府庁周辺のウオーキングツアーもある。11月3日は京都御苑、同15日は近代化遺産、同16日は幕末の史跡を中心に歩く予定。申し込みは同会TEL075(451)8146へ。

 問い合わせは府有資産活用課TEL075(414)5435。

 ■直行バスや臨時便運行-京都市交通局

 秋の観光シーズンに合わせ、京都市交通局は11月、観光地への直行バスの運行や市バスの増発などを行う。今季は新たに京都駅から金閣寺、銀閣寺にそれぞれ直行するバスを運行する。

 市交通局は毎年、紅葉シーズンで観光客が増える11月に、観光系統の「洛バス」や市営地下鉄烏丸線の電車の増発のほか、京都駅―清水寺間を走る「東山シャトル」などを運行している。

 新たに運行するのは、京都駅から二条城を経由し金閣寺に行くバス(1日8便)と、南禅寺などを経由して銀閣寺に到着するバス(同4便)。いずれも11月22日―24日と同29、30日の午前9時―正午。乗車料は220円。問い合わせは市交通局企画課TEL075(863)5066。


山口
萩温泉郷
萩市

中学校庭から出た湯は… 宿泊客数の回復に“効能” 城下町観光に新たな魅力
 長州藩の城下町として知られる観光地・山口県萩市。宿泊客の減少に歯止めをかけようと4年前、同市が中学校の校庭で温泉を掘り当てた。豊富な量を生かし、市内11の旅館やホテルでつくる「はぎ温泉配湯(はいとう)協同組合」が温泉を活用し、「萩といえば温泉」のイメージが定着しつつあるという。「萩温泉郷」という新たな魅力が加わった秋の城下町を訪ねた。 (北九州支社・根井輝雄)
(中略)
 同市は全域を「萩温泉郷」と名付けて売り出し中だ。幕末・維新の舞台になった萩に、新たな魅力が加わり「温泉の“効能”が出ている」(同市観光課)という。


「坂本龍馬VS高杉晋作」夢の対談。薩長土肥サミットにて実現。
 幕末ファンは見逃せない「明治維新140周年記念薩長土肥サミットinしものせき」が11月18日に開催される。
NHK大河ドラマでは「篤姫」でも「明治維新」にいたる歴史の展開が描かれているが今年はその明治維新がなってから140周年となるのだ。
それを記念して、薩長土肥の市長が幕末時にかかわりの深かった地「下関」に終結する。
そのイベントのひとつとして、維新の英雄、坂本龍馬と高杉晋作の対談が行われるというのだが。
(中略)
 今回のイベントでもっとも話題となっているのが
[架空対談]
坂本龍馬vs高杉晋作『両雄「その後」を語る』
なのだが、脚本がこの古川薫氏によるものなので、こどもだましの寸劇ではない本格的な内容が期待できる。

 高杉新作は、早く世を去ってしまったが藩命で上海などに渡航して当時の清国が欧米に植民地化されようとしている現状を見た、当時として異例な体験をした志士である。
 それだけに、彼は幕藩政治の改革の必要性を必死で考えた。武士以外の農民などで組織した「奇兵隊」を結成するなど発想の仕方は龍馬に良く似ている。
 一説では坂本龍馬に拳銃(リボルバー式)を贈ったのは高杉だといわれている。

 その、両雄がどんな対談を展開してくれるのか、今の日本は幕末期に似ているともいわれる。タイミング的に今回のサミットは大いに意味のあるものであろう。
歴史ファンならずとも是非聞いてもらいたい。

「明治維新140周年記念薩長土肥サミットinしものせき」
日時 平成20年11月18日(火曜日)15時から18時まで
場所 シーモールホール(シーモール下関4階)
入場料 無料






福岡
筑豊炭田労働史を考察
小倉南の元高校教諭本出版

 小倉南区上貫3、元高校教諭の工藤■也(せいや)さん(65)が9年がかりで執筆した「筑豊炭田に生きた人々―望郷の想い『近代編』」(海鳥社)を出版した。古里・筑豊の炭田について、江戸から明治までの歴史を検証したもので、大正以降に関しても執筆を進めている。

 工藤さんは1943年、小学校教諭の父の赴任先だった韓国・ソウルで生まれた。一家は終戦直後の45年9月、両親の古里・二瀬町(現・飯塚市の一部)に移った。同町には高雄炭鉱があり、曽祖父と祖父がともに働いた。

 工藤さんは地元の高校から国学院大に進学。卒業後、県立高校教諭となり、北九州、筑豊地区を中心に日本史の教壇に立った。

 執筆のきっかけになったのは、定年退職5年前の99年に出席した、46年ぶりの小学校の同窓会。父母や親族らが炭鉱で働いた人が多く、76年までに姿を消した筑豊炭田を詳しく知りたがっているのが分かり、史料や証言を集め始めた。

 本では、筑豊の採炭は江戸時代まで、農閑期の農民の副業だったと指摘。明治維新後の近代化に伴い、石炭の需要が高まる中、貝島太助や麻生太吉、安川敬一郎ら有力な炭鉱経営者が現れたことを紹介している。

 中でも注目したのは、労働力の確保や作業効率の向上を目指して採用された「納屋制度」。坑員の労務と生活を一括して管理する「納屋頭」だった曽祖父の足跡をたどりながら、石炭生産を支えた坑員らの働きや暮らしぶりを考察した。工藤さんは「地域の歴史をよく知り、見つめ直すことが地域活性化にもつながるはず。故郷である筑豊へのささやかな恩返しになれば」と話している。

 B6判232ページ。1680円(税込み)。問い合わせは海鳥社(092・771・0132)へ。


長崎
古写真:ノーベル化学賞・下村脩さんの母校の長崎大、7000点所蔵 /長崎
◇医学、経済…西洋文明発祥の地 ボードイン、グラバーら
 今年のノーベル化学賞に輝く下村脩さん(80)の母校で、注目を集める長崎大。前身の「医学伝習所」以来、151年の歴史を伝える古写真約7000点を付属図書館が所蔵することでも知られる。国内では類がないほどだ。昨年はやはり前身の「小島養生所」教頭を務めたオランダ人医師、アントニウス・ボードイン(1820~85年)らが集めた「ボードインコレクション」を購入、今月、公開を始めた。【錦織祐一】

 ボードインは、「医学伝習所」と、庶民対象の洋式病院「小島養生所」を開設したオランダ海軍の軍医ポンペ・ファン・メールデルフォールト(1829~1908年)の後任として来日。大阪や東京でも医学を教え、上野の自然を公園として残すよう明治政府に進言したことでも知られる。

 日本滞在中、ボードインは弟で長崎・出島に駐在していた貿易商アルベルト(1829~91年)と共に、当時普及し始めた写真に熱中した。出島にスタジオを設置して上野彦馬やトーマス・グラバーらと交流したほか、自らも写真機を抱えて長崎の景観、庶民、風俗を撮影した。写真はオランダに持ち帰り、うち527枚の写真が4冊のアルバムに整理された。

 長崎大は昨年、公開を条件に、この4冊を子孫から約700万円で購入。今年の日蘭修好通商条約締結150年を記念して、アルバム中の56点を10月3~20日、長崎歴史文化博物館(長崎市)で展示、同時にネット上でも公開を始めた。

 ボードイン兄弟やポンペ、グラバー、維新の志士のほか、完成間もないグラバー住宅、小島養生所、大浦天主堂と外国人居留地、出島などの写真で、56点以外にも明治天皇や伊藤博文、山県有朋など貴重な史料が目白押しだ。


コラム
【次代への名言】10月25日・榎本武揚
学後知不足(学びてのち足らざるを知る)(榎本武揚(えのもとたけあき))


 140年前にあたる明治元(1868)年のきょう(旧暦)、旧幕府海軍副総裁、榎本武揚や新撰組副長、土方歳三(ひじかたとしぞう)らを中心とした旧幕臣軍が北海道・箱館(函館)を占拠した。約2カ月後、総裁選が行われ、32歳の榎本を長とする“わが国初の共和制政府”が誕生するのだが、翌年春、榎本らが立てこもる箱館五稜郭(ごりょうかく)は明治政府軍によって落ちる。

 榎本は斬罪を覚悟した。しかし、すぐれた実務家であり、科学者でもあった彼は重用され、外相や農商務相、文相などを歴任する。維新をはさんで高官として新旧政府に仕えたがゆえに、榎本への評価は割れている。福沢諭吉は『痩我慢(やせがまん)の説』で榎本の出処進退を批判。一方、その作品だけを読むと解釈は難しいのだが、奇才、安部公房(こうぼう)は「英雄にならなかった人物」として敬意を表した小説『榎本武揚』を発表している。

 冒頭は、自身を語るに寡黙だった榎本の後年のことばである。また文相時代の彼は、私立小学校組合総会で「人為の階級こそ差はあれとも其(その)教育に対するに至りては同じく共に責任を負ふものなり。同じ釜の飯を食ふものなり」とも演説している。私情は禁物-とはいえ「榎本善人説」に軍配を上げたくなる。

 旧暦と新暦の違いもあり、季節感が全然違いますね^_^;。旧幕府軍が上陸した鷲ノ木には雪が積もっていて、鷲ノ木から砂原など海岸線伝いに箱館を目指した土方さん率いる支隊は雪で難儀した、というのは新暦の季節感では想像しにくいです。
 でも榎本さんの言葉、人材育成を本業とする自分にはすごく響く言葉です。
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