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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 途切れ途切れで申し訳ありませんが、細々と続けております。

福島
新選組サミットで演武を披露
 第13回全国新選組サミットinふくしまは最終日の22日、福島県白河市と会津若松市でさまざまな催しを繰り広げた。サミットは白河新選組同好会と会津新選組同好会の主管で福島民報社などの後援。初めに白河市のマイタウン白河で新選組サミット会議を開催した。全国の新選組同好会が活動状況を発表し、来年度のサミットを東京都北区で開催することを決めた。
 会議後、国史跡小峰城跡でサミット出席者が出陣式を執り行った。鈴木和夫市長や和知繁蔵白河観光物産協会理事長らがあいさつ、新選組にゆかりの深い天然理心流の道場生による演武も披露された。出陣式後には白河市内の新選組ゆかりの名所を見学した。午後はバスで会津若松市に移動、同市内の阿弥陀寺で新選組隊士斎藤一をしのんだ。


新島八重の足跡たどる 星亮一さんらが歴史ガイド本
 福島県郡山市の歴史作家星亮一さんと戊辰戦争研究会は9日に歴史ガイドブック「新島八重を歩く 激動の幕末~昭和を生きた会津女性の足跡」を潮書房光人社から発刊する。来年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公の生涯をたどり、各地に残る史跡を紹介している。
 大きく「会津時代」と「京都時代」に分けて、それぞれ土地に縁のある会員や作家ら20人が執筆し、星さんが編集した。
 「会津時代」は主に戊辰戦争時の会津藩の人々や史跡などをエピソードを交えながら解説している。「京都時代」では夫・新島襄と暮らした新島旧邸をはじめ、同志社大や八重の墓などを実際に訪ね歩き、現在の様子などを写真や地図などを多く使い分かりやすく記した。
 研究会は全国に会員が約80人いる。星さんは「会員が一つになりできた1冊。地域によって見方が変わるさまざまな新島八重を楽しんでほしい」とPRしている。
 「新島八重を歩く」はB5判、298ページで2500円(税込み)。


新島八重の生涯と戊辰戦争展:二本松と白河で開催 /福島
来年1月から始まるNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公、新島八重ゆかりの品を集めた「新島八重の生涯と戊辰戦争展」(県観光物産交流協会など主催)が、二本松市歴史資料館と白河市の白河集古苑で開かれている。11月4日まで。

 同志社女子大学生が再現した八重のドレスなど129点を展示。男装の写真、直筆の手紙、和歌の短冊が人々の興味を誘っていた。

 同市の契約社員、上原智子さん(51)は「八重のドレスを見たくて来た。原発事故以降続いている会津の風評被害を無くしてほしい」と話した。【三村泰揮】


新島八重の生涯と戊辰戦争展:二本松と白河で開催 /福島
 来年1月から始まるNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公、新島八重ゆかりの品を集めた「新島八重の生涯と戊辰戦争展」(県観光物産交流協会など主催)が、二本松市歴史資料館と白河市の白河集古苑で開かれている。11月4日まで。

 同志社女子大学生が再現した八重のドレスなど129点を展示。男装の写真、直筆の手紙、和歌の短冊が人々の興味を誘っていた。

 同市の契約社員、上原智子さん(51)は「八重のドレスを見たくて来た。原発事故以降続いている会津の風評被害を無くしてほしい」と話した。【三村泰揮】


新島八重、戊辰戦争に迫る 白河で29日にシンポジウム
 幕末の会津藩に生まれた新島八重の生涯と戊辰戦争をテーマとしたシンポジウムは29日午後2時から福島白河市文化センターで開かれる。主催の県は参加者を募っている。
 同じテーマの企画展が市内で開催されていることに合わせた催し。来年のNHK大河ドラマで八重を主人公とした「八重の桜」が放送されるのにちなんだ。
 白河高教諭の植村美洋さんが「戊辰戦争最大の激戦白河口の戦い」、同志社大同志社社史資料センター社史資料調査員の小枝弘和さんが「ハンサムウーマン新島八重の魅力」と題して講演する。冒頭、ふくしま八重隊の演技披露もある。
 入場は無料だが、事前の申し込みが必要。24日までインターネットの県「八重の桜」特設サイト(http://www.yae―mottoshiritai.jp)で受け付けている。ファクスの申し込みも可能。問い合わせは事務局(ル・プロジェ内) 電話024(995)3879へ。
 事務局の斎藤祐一郎さんと増子麻衣さんは18日、福島民報社を訪れ、参加を呼び掛けた


会津開戦時の様子伝える手記 駐在の米沢藩士ら
 戊辰戦争の一戦、会津戦争の始まりの様子を伝える文書を、奥羽越列藩同盟を組み、会津藩とともに新政府軍と戦った米沢藩の藩主の子孫がまとめていたことが28日分かった。会津藩に駐在した米沢藩士らの手記や証言を基にしたもので、藩士は来年のNHK大河ドラマのヒロイン、新島八重(旧姓山本)の実家に寄宿していた。

 文書は戊辰戦争後、米沢藩主だった上杉家が編さんした「米沢戊辰実記 会津部」で、山形県米沢市の市立米沢図書館に所蔵されていた。

 実記によると、会津藩の砲術師範を務めていた八重の父、山本権八の家に米沢藩士の内藤新一郎と蔵田熊之助が寄宿。内藤は、八重の最初の夫で藩校教授だった川崎尚之助の弟子となった。

 実記では1868年8月の鶴ケ城(現福島県会津若松市)での戦いの前日、猪苗代城(現猪苗代町)の兵士らが猪苗代城に自ら火を放ち、敗走したとされ「会津藩士が『敵が攻めてきた。鐘が鳴ったら(鶴ケ)城に入れ』と言い回っている」などと、新政府軍が迫っている様子を記している。

 戦い当日の早朝、内藤らは会津の戦況を伝えるため、山本家で急いで朝食を済ませ、米沢に出発した。この時の城下の様子を「辺り一面が黒煙に包まれ、銃丸が雨のように飛び交っている」と表現している。

 米沢図書館や文書を発見した歴史研究家、あさくらゆうさんによると、米沢藩からの駐在は当時、数人おり、援軍を出すための情報収集などをしていたという。八重の実家は焼失し、八重と母親らは70年ごろの約1年間、米沢の内藤家に身を寄せた。

 あさくらさんは「内藤は川崎に恩を感じ、八重らを米沢に招いたのだろう」と指摘している。

 ▼会津戦争 1868年8月下旬から9月下旬、会津藩に加え、米沢藩などの奥羽越列藩同盟軍が新政府軍を相手に福島県内を中心に戦った。会津藩は鶴ケ城に約1カ月籠城して抗戦したが、降伏した。集団自決した白虎隊の悲劇でも知られる。〔共同〕


白河、二本松で八重の企画展
 特別企画展「新島八重の生涯と戊辰戦争展」は福島県白河市の白河集古苑と二本松市歴史資料館の2会場で14日、開幕した。11月4日まで開かれている。
 県と両市、県観光物産交流協会の主催。同志社社史資料センターなどが所蔵する八重の生涯をたどる貴重な資料と戊辰戦争に関する展示品が並んでいる。
 白河集古苑では「新島八重の生涯」と「戊辰白河口の戦い」の2つのテーマに分けた2会場に合計126点を展示した。セレモニーでは星春男県観光交流局長、鈴木和夫白河市長があいさつ、落合万里子同志社社史資料センター事務長が祝辞を述べ、関係者がテープカットした。
 二本松市歴史資料館には八重が戊辰戦争時に所持していたとされる懐剣拵(こしらえ)や直筆の和歌、写真パネルなどと、二本松藩に関する資料合わせて129点が並んでいる。京都府の同志社女子大の学生が再現した八重のドレスは、夫・新島襄が着用したコートやズボンとともに飾られている。セレモニーでは、村田文雄副知事、三保恵一市長があいさつし、西村卓同志社大副学長が祝辞を述べた。
 両会場とも入場無料。時間は午前9時から午後5時まで。

(2012/09/15 09:22カテゴリー:歴史・伝統)


千葉
「船橋戊辰戦争」知って あす戦跡巡る街歩き
 歴史の陰に埋もれた「船橋戊辰(ぼしん)戦争」で亡くなった兵士を鎮魂し、戦跡を巡る街歩きが二十八日、船橋市中心部で行われる。市観光協会主催で、今春発足したボランティア「ふるさと案内マイスター」が、ゆかりのスポットを紹介する。
 船橋戊辰戦争は、明治元(一八六八)年、幕府軍と新政府側の官軍が、現在の市内で衝突した激しい戦闘。幕軍の本営は船橋大神宮に置かれた。
 同神宮の御鎮座千九百年を記念し、協会が戦跡巡りを催したところ、好評だったため、二回目を企画した。両軍の兵士をまつった海神念仏堂や墓所のある三つの寺など、約二・五キロのコースをマイスター七人と一緒に回っていく。
 「明治政府によって逆賊とされ、きちんと埋葬されなかった幕軍兵士もいたと伝えられ、路傍に残る彼らの鎮魂の石など、忘れられた歴史を知ってほしい」と同協会。無料。京成船橋駅西口に集合し、午前九時半出発。先着二十人。大雨の際は中止。問い合わせは、協会のふなばし街歩きネットワーク=電047(422)0596=へ。 (堀場達)


東京
幕末の古地図を片手に深川ツアー28日まで 江東区
 最近人気を集めている古地図を見ながら東京都江東区内を歩く「永代橋とかつての掘割風情を楽しむふかがわ散歩」が25日、始まった。28日まで計8回のツアーが予定されている。

 参加者は、配られた文久2(1862)年の古地図の複写と見比べながら、江戸時代に架けられた永代橋跡や、蔵の町として栄えた福住などを約2時間半かけて散策した。

 案内は、区民ら81人が登録する観光文化ガイド。今回はうち32人が同行する。

 同区門前仲町の歴史建造物「深川東京モダン館」に集合した約20人の参加者は、伊能忠敬住居跡、渋沢栄一宅跡、赤穂浪士休息地などを経て隅田川テラスへ。佐賀では、幕末のまま残る運河や道路を歩き、深川風情を楽しんだ。

 深川江戸資料館(同区白河)は、江戸期の佐賀の街並みを実物大で再現しており、参加者は歩いてきた平成の佐賀を思い出しながら、高さ9・7メートルの火の見やぐらや船着き場、船宿、長屋などを見学した。

 主婦、石川和子さん(76)は「大好きな時代劇に出てくる地名の町を歩いてみたかった」、観光文化ガイドの一人、関戸淳一さん(68)は「知らなければ通り過ぎてしまう観光スポットを丁寧に案内できる」と話していた。

 ツアーは午前10時と午後1時からの2回実施(26日は午後のみ募集)。要事前申し込み。定員各回20人。参加費200円。申し込みは区文化観光課(電)03・3647・8588。



福生の酒蔵、150周年記念で復刻酒を販売-新撰組との史実も明らかに
 福生の酒造「石川酒造」(福生市熊川、TEL042-553-0100)が10月1日、来年迎える150周年を記念して造った復刻酒「たまの八重桜(やえさくら)」を発売する。

 酒質は現代風のものとしたが、ラベルは当時のデザインを使った。素朴な純米酒は試飲会などで「落ち着く味」と評され、同酒造の石川太郎社長は「逆に最も石川酒造らしい味なのでは」と話す。

 同酒造を経営する石川家は、徳川幕府が開かれた1600年前後より同地(当時の熊川村)の名主を請け負っていたといわれ、幕末期の1863年より、余った米で酒造りを始めたことで石川酒造が誕生。当時、川向かいの小川村で名主をしていた小川家の酒蔵を借り醸造していたため、小川家の銘柄「八重菊」にちなみ「八重桜」として販売を始めた。

 同酒造の誕生と同年同月、多摩地域の若者で結成された新撰組。昨年、同酒造を天然理心流心武館の大塚篤館長が訪れた際、新撰組との因果関係を知らされた。

 新撰組を生んだ天然理心流の道場を支援する賛助会員の筆頭に、当時の石川当主の名前が刻まれており、古くからの支援者だったことが判明。昨年、現17代当主も先祖同様、賛助会員の筆頭に名を連ねた。18代目となる同酒造の石川太郎社長は「最後は遠くバラバラに散った義兄弟の魂が一つにたどり着ける場所を」と大塚篤館長に申し入れ、現在、敷地内の酒造に同館道場を開く準備も進めている。

 「創業150年となる年、こうした歴史的な事実を知ったことに運命的なものを感じる」と石川さん。「日本の文化や歴史と共に、この150年前の復刻酒を楽しんでほしい」と参加を呼び掛ける。

 同酒造では10月27日、「秋の八重桜を愛(め)でる会」を開催。第1部は料理研究家・やまはたのりこさんの講話「酒かすの健康・美容効能・酒かすを楽しむ話」を、第2部は蔵見学を、第3部は「たまの八重桜」を味わう会食を、それぞれ行う。会費は7,000円。11時30分より受付開始。参加者全員に土産が付くほか、着物で来場すれば特典も用意する。申し込みは同酒造まで。


新潟
長岡で米百俵まつり
行列、時代絵巻ほうふつ

江戸時代から伝わる人材育成の精神を広める「米百俵まつり」が6日、長岡市で開かれた。時代行列には、甲冑(かっちゅう)姿の武士などに扮(ふん)した市民ら約500人が中心市街地を勇壮に行進。時代絵巻さながらに、戦国時代や戊辰戦争の当時の様子を再現した。

 市などでつくる実行委員会が主催し、今年で11回目。時代行列は「戦国・江戸時代」「戊辰戦争と長岡」のテーマ別に分かれて練り歩いた。


長岡・戊辰戦争伝承館で特別展
庄屋、安藤家に焦点

 小学校設立や地域文化の創造などに尽力した長岡市新組地域の庄屋、安藤家のことを知ってもらおうと、同市大黒町の北越戊辰戦争伝承館で特別展「大庄屋安藤家と戊辰戦争」が開かれている。

 同館は、幕末の北越戊辰戦争で激戦地となった新組地域の歴史を後世に伝えようと、住民が市に働き掛け、ことし5月末開館した。特別展は今回が初めて。同展は10月21日まで。


長岡・戊辰戦争伝承館で特別展
庄屋、安藤家に焦点

 小学校設立や地域文化の創造などに尽力した長岡市新組地域の庄屋、安藤家のことを知ってもらおうと、同市大黒町の北越戊辰戦争伝承館で特別展「大庄屋安藤家と戊辰戦争」が開かれている。

 同館は、幕末の北越戊辰戦争で激戦地となった新組地域の歴史を後世に伝えようと、住民が市に働き掛け、ことし5月末開館した。特別展は今回が初めて。同展は10月21日まで。


京都
新選組:芹沢鴨・平山五郎、150回忌で墓を復元 中京・壬生寺で開眼法要 /京都
 幕末を駆け抜けた新選組の草創期幹部、芹沢鴨(かも)と平山五郎の150回忌に合わせ、京都市中京区の壬生寺(松浦俊海貫主)にある墓が復元され、16日、開眼法要があった。

 芹沢は水戸藩出身で、新選組筆頭局長を務めた。平山は芹沢の腹心だった。2人は1863(文久3)年、同寺近くの八木邸で隊内粛正により暗殺されたとされる。

 二人の名を刻んだ墓は新選組によって同寺墓地に建てられ、1967年ごろ、同寺境内の壬生塚に移転、再建された。しかし、当初の和泉石(大阪府産)ではなく、御影(みかげ)石で作られたため、「趣が異なる」との声も上がっていた。今回、同寺が今は希少となった和泉石を調達し、再建前の古写真を元に大きさ(高さ54・5センチ、幅24・5センチ、奥行き15・5センチ)や文字を忠実に再現した。

 法要には、新選組を顕彰する「京都新選組同好会」の“隊士”ら関係者約30人が参列。同会で芹沢役を務める越後修身(おさみ)さん(65)=同区=は「墓の再建は念願だった。男らしく、怖い物知らずだった芹沢を多くの人に知ってもらいたい」と話していた。【村元展也】



兵庫
明石でも幕末「新撰組」活躍 神戸大大学院が古文書調査
 幕末期、大阪湾に入る外国船に備える役割を担った明石藩が、西洋式砲術を学んだ農兵隊「新撰組」を組織していたことが、神戸大大学院人文学研究科地域連携センター(神戸市灘区)の古文書調査で明らかになった。文書には兵への給与や褒賞を示す記述もあり、同センターは「明石藩の軍制改革を知る貴重な手がかり」と注目している。(小林良多)
 明石藩に関する史料は太平洋戦争中の空襲などで多くが失われた。そんな中、家老・黒田家の関係者が今年6月に明石市に寄贈した当時の当主日記や、藩領だった神戸市北区の旧家で見つかった文書などから「新撰組」について解明が進んだ。
 史料によると、藩主の命で1863(文久3)年ごろに農民が集められ、月2度の砲術訓練が課せられた。翌年には「新撰組」と命名され、京で長州藩兵が幕府側諸藩と戦った「禁門の変」が起きると、兵庫津(現在の神戸市兵庫区)の警衛に15人が参加。城下で鉄砲の試し撃ちを行う様子も記され、西洋式砲術を学んだ部隊が幕末期の動乱の中で運用された様子がうかがえる。
 また、藩発行の紙幣による給与支払い▽農作業を理由に嘆願すれば脱退できたこと▽褒美として名字を名乗ったり帯刀が許されたりしたこと‐など、待遇面についても記されていた。
 新撰組は4年後の67(慶応3)年に解散しており、同センターの前田結城研究員(29)は「軍事は武士の特権だけに、農民を取り込む西洋化には藩士の反発もあったはず。最初は農兵を区別したが、このころには配慮が不要になったのかもしれない」とする。
 同時期に京で治安維持に当たった“本家”の「新選組」も農民出身者を含む部隊。名称が同じ点について、前田研究員は「民衆から新たに選んだ部隊という意味で自然に名付けられたのでは」と分析している。
【農兵】江戸末期、開国に伴う外国船来航や頻発する一揆への対策として、幕府や各藩などが農民を軍事徴用した。兵庫県内では姫路藩や赤穂藩などが部隊をつくったとされる。


広島
幕末気分…7日「砂持加勢」
 幕末の広島城下で1度だけ催され、4年前に復活した祭り「砂持加勢(すなもちかせい)」が7日、広島市中区基町の本川護岸である。祭りが行われてから150年の節目を記念するパレードもある。

 パレードは、市中央公民館(中区)の利用者や基町小児童たち約300人が参加。午前11時半、広島城二の丸を出発。手作りの山車9台とともに、本川護岸までの約1キロを練り歩く。

 本川護岸での祭りは午前10時に始まり、砂を持って運ぶレースやお面の絵付け、バザーなどがある。

 砂持加勢は1862年、本川の土砂を撤去する作業の景気付けに1度だけ催されたという。今回は中央公民館やNPO法人などでつくる実行委員会の主催。事務局の中央公民館=電話082(221)5943。

【写真説明】パレードに出す山車を準備する中央公民館の職員



長崎
幕末から明治の長崎写す
 幕末から明治初期にかけて長崎などで活動したオランダ人医学教師、マンスフェルト(1832~1912年)が所有していた写真の展示が3日、長崎市興善町の市立図書館で始まった。14日まで。

 長崎大付属図書館がスイスやアメリカに住む子孫から譲り受けた97点の画像データの中から、マンスフェルトの勤務先だった長崎養生所や、長崎市茂木町の風景などを写した53点を展示。このほか、マンスフェルトの前任者のオランダ人医学教師、ボードイン(1820~85年)のアルバムにあった1865年撮影の同市街地のパノラマ写真や、写真家の上野彦馬(1838~1904年)の作品など41点も紹介している。

 会場を訪れた同市大黒町の宮下忠男さん(60)は「写真はきれいに保存されており、どれも素晴らしい。古里の昔の様子を知ることができました」と話していた。

 午前10時~午後6時で無料。9日休館。問い合わせは長崎大付属図書館(095・819・2192)へ。

(2012年10月4日 読売新聞)


エンターテインメント
新選組検定スピンオフ企画 第2弾は体感型イベント「京都市中を巡察せよ!」
新選組に関するマークシート方式の試験で話題を呼んだ新選組検定が、スピンオフ企画第2弾の開催を決定した。新選組検定はアニメ化もされたゲームソフト『薄桜鬼』とコラボレーションも行っており、多くのファンを集めている企画だ。
今回のスピンオフは試験方式ではなく、京都の街を舞台とした体験型検定イベントとなっている。「京都市中を巡察せよ!」と題したイベントは11月3日(土・祝)に京都市内で開催する。

参加者は複数のチームに分かれて、地図を手がかりに京都市内の幕末関連史跡等に隠された問題を解き明かしていく。
制限時間内に正しい答えを導き出したチームのメンバー全員に『薄桜鬼』のイラスト入りの特製認定証が贈呈される。京都の街で幕末にタイムスリップしたような感覚を味わえる体感型イベントだ。

本企画は新選組ファン同士の交流のため居酒屋「はなの舞」とタイアップを行っている。イベントの最終地点は新選組が世にその名を轟かすキッカケとなった池田屋事件の跡地に建つ「池田屋はなの舞」が選ばれている。
イベント後は、この聖地に参加者を集め、問題の答え合わせと認定式およびファン同士の交流会を行う。

「京都市中を巡察せよ!」は特設サイトにて10月22日(月)まで参加受付中だ。定員に達し次第、受付終了となる。参加料は男性が4,900円、女性 3,900円(すべて税込)で、「池田屋はなの舞」の飲食代も含まれている。お得なペア割引も行っている。
新選組検定を企画している日本出版販売株式会社は、マークシート方式の検定試験だけではなく、今回と同様の街を舞台とした体感型検定イベントも開催していく方針だ。知識だけでなく身体も試される新しい新選組検定が今秋からスタートする。
[高橋克則]

新選組検定公式サイト
http://www.kentei-uketsuke.com/shinsen-gumi/
「京都市中を巡察せよ!」特設サイト
http://www.kentei-uketsuke.com/shinsen-gumi/real/

新選組検定スピンオフ企画第2弾リアル体感型検定イベント「京都市中を巡察せよ!」
開催日: 2012年11月3日(祝) ※雨天決行
申込締切日 :2012年10月22日(月)まで ※定員に達し次第受付終了
申込方法: 『京都市中を巡察せよ!』特設サイトにて
参加料:男性 4,900円(税込)/女性 3,900円(税込)
2人ペア特別割引で、一人あたり200円割引
※当日の「池田屋はなの舞」での飲食代を含む


テレ東正月時代劇「白虎隊」に伊藤英明と岸谷五朗
テレビ東京系の7時間正月時代劇「白虎隊」の主要な共演者が明らかになった。主演の会津藩家老・西郷頼母役は北大路欣也に決まっていたが、会津藩主・松平容保役に時代劇6年ぶりとなる伊藤英明、新撰組の土方歳三役に岸谷五朗が出演することが明らかになった。
これまで白虎隊は悲劇として描かれることが多かったが、正月時代劇では家老一家を中心にしたホームドラマとなる。放送は来年(2013年)1月2日のごご5時から。(テレビウォッチ編集部)

 年末年始のドラマ「白虎隊」といったら近藤正臣の土方歳三が絶品でした……セリフなしでも十分でした(^_^;)。

コラム
【北の文人 立ち話 高山美香】
子母澤寛、新選組の“真実”を

■幕府軍方、祖父の影響も
 「勝てば官軍負ければ賊軍」という言葉がありますが、戦いに勝った新政府軍を正義、負けた旧幕府軍を悪としたイメージを一新させ、新選組ブームの火付け役となった人物がいました。子母澤寛(しもざわかん)。厚田村生まれの時代小説家です。
 寛は母方の祖父母に育てられ、祖父は毎夜、「お前は侍の孫だ」と言って寛に箱館戦争や幕末の話を聞かせました。実は祖父は徳川の御家人で彰義隊として新政府軍と戦った後、榎本武揚らと函館の五稜郭に籠城(ろうじょう)、厚田村へ落ち延びたのです。そんな祖父の話は寛に大きな影響を与えたようです。
 大学卒業後に新聞社に入社。囲み記事のため新選組の文献を調べていたところ、大半が新政府側から書かれているのに愕然(がくぜん)としました。悪人扱いされていた近藤勇が立派な武士だったと知り「真実を伝えたい」と決意。当時生きていた新選組メンバーや遺族を訪ね話を集めました。そうして書いた「新選組始末記」は好評を得て人気作家に。その後も「国定忠治」などヒットを連発、1年間に作品が6本も映画化されるなど売れっ子作家になりました。
 寛は話し上手でもあり、彼の話には家族皆が引き込まれたそうです。そんな寛の面白話が本当の話なのか創作なのかを見破る方法が一つだけあったとか。寛が目尻を下げていると、作り話をしている信号だったらしいですよ。
   ◇
 子母澤寛(1892~1968)。厚田村(石狩市)生まれ。明治大卒。生き残り隊士らの聞き取りをまとめた「新選組始末記」は新選組ものの原点と言われる。「座頭市」のもととなった随筆「ふところ手帖」や「勝海舟」「国定忠治」など。


ブックレビュー
「『朝敵』たちの幕末維新」 幕末史の影に隠れた全国の佐幕派たちの英雄伝
幕末史は、これまで勝者である薩摩や長州、土佐の志士に注目が集まる一方、「朝敵」の汚名を着せられた地域は、長らく不遇な立場に置かれてきた。そのため新選組のようなごく一部の例外を除いては、「官軍」と戦った佐幕派の物語が陽の目を見ることは、ほとんどなかった。
 しかし、来年は会津を舞台とした「八重の桜」がNHKの大河ドラマに予定されるなど、佐幕派の立場からも歴史が見直されつつある。
 本書は佐幕派の生き様を伝えるエピソードを集め、ゆかりの18都道府県ごとに紹介する。「八重の桜」の舞台の会津はもちろん、全国各地のそれぞれの地域がどのような幕末を迎えたのか、歴史に埋もれてきた郷土の英雄の生き様を掘り起こすことで明らかにする。

■目次

1章 北海道〈箱館〉榎本武揚 

2章 青森県〈斗南藩(会津藩)〉山川大蔵 

3章 岩手県〈盛岡藩〉楢山佐渡 

4章 宮城県〈仙台藩〉星恂太郎/伊達邦成 

5章 山形県
〈米沢藩〉雲井龍雄
〈庄内藩〉酒井玄蕃 

6章 福島県
〈会津藩〉松平容保/白虎隊/山本八重/中野竹子
〈二本松藩〉二本松少年隊 

7章 新潟県
〈長岡藩〉河井継之助 

8章 群馬県
〈権田〉小栗上野介 

9章 埼玉県
〈血洗島〉渋沢成一郎

10章 千葉県
〈請西藩〉林忠崇 

11章 東京都
〈江戸〉伊庭八郎 
〈多摩〉土方歳三

12章 静岡県
〈静岡藩〉大久保一翁 

13章 岐阜県
〈郡上藩〉朝比奈茂吉 

14章 三重県
〈桑名藩〉松平定敬/立見鑑三郎 

15章 京都府
〈京〉人見勝太郎 

16章 岡山県
〈備中松山藩〉板倉勝静 

17章 大分県
〈日田〉川路聖謨

18章 佐賀県
〈唐津藩〉小笠原長行 
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幕末、特に新選組や旧幕府関係者の歴史を追っかけています。連絡先はmariachi*dream.com(*印を@に置き換えてください)にて。
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