忍者ブログ
新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 ひどい冷え症と肩・腰の凝りを抱えているため、2週間に一度のマッサージを今日受けてきました。すごーく身体が軽くなりました。普段、どれだけ、代謝が悪いかということでもあるのですが(苦笑)。
 今日は『チェーザレ』第6巻の発売日でした。『週刊モーニング』掲載時よりさらに書き込まれた画面の美しさが素晴らしいです。最新の研究にもとづくルネッサンス時代のイタリアが再現されていると感じます。

静岡
【遊遊楽楽】静岡・下田の旅 幕末ロマンと悲劇秘め
【内外紀行】静岡・下田の旅 幕末ロマンと悲劇秘め…
 鎖国後、日本最初の開港地となった静岡県下田市は、開国当時の資料や歴史的建造物が数多く残され、幕末のロマンが感じられる町だ。日米下田条約が調印された「了仙寺」やその参道である「ペリーロード」は観光客の人気スポット。開国の大きなうねりに飲み込まれ、悲壮な人生を送った1人の女性を紹介する「唐人お吉記念館」なども興味深い。黒船を模した遊覧船に乗り、幕末の歴史を感じる旅が始まった。(北村博子)
 新大阪から新幹線と伊豆急行線「特急踊り子号」を乗り継ぎ約4時間。到着した伊豆急下田駅前は、地魚などを扱う海鮮料理店やみやげ物屋が軒をつらね、観光客でにぎわっていた。

 観光は徒歩が便利。まずは鎖国後、初の開港の港をペリーの目線で眺めてみたいと考え、下田港へ向かった。そこには異彩を放つ黒い外国船…ではなく、黒船を模した観光遊覧船「サスケハナ」が海に浮かんでいた。早速乗り込み、海岸沿いの街並みや南伊豆の遠景が楽しめる「下田港内めぐり」に出発した。

 「サスケハナの定員は240人で、実際の黒船の約4分の1の大きさに造られています。本物の黒船は相当大きいですよ。当時の日本人は脅威を感じたでしょうね」。こう説明しながら同遊覧船を運営する伊豆クルーズの平山宗一社長(60)が船内を案内してくれた。

 しばらくすると甲板が騒がしくなった。見ると船の後方にカモメなどたくさんの鳥たちが飛んでいる。「以前から餌付けの訓練をしているもので。エサやりを体験をしてみては?」と平山さんにすすめられ、船上で売っている“カモメのエサ”をエイッと放り投げた。

 でも、エサは海に落ちたり、変な方向に飛んでいったりする。そのうちだんだんタイミングが合ってきて、ついに空中でキャッチ! 家族連れやカップルたちも挑戦していて、「あの鳥が食べた!」などと指さしながら、歓声を上げていた。

 クルーズの最終盤で、吉田松陰が黒船密航を企て、失敗したという「弁天島」が見えた。「黒船が下田より前に浦賀に来航した際、黒船の船内を視察して西洋の文明に目覚めた吉田松陰は、弁天島から舟を漕いで黒船に近付き、海外渡航を図ったそうなんです」と解説してくれたのは観光協会の藤原徹佳さん。米国軍に拒絶され断念したが、その後自ら自首し牢屋敷に送られたという。

                 * * *  

 船を下りて、かつてペリーが行進したことで有名な「ペリーロード」を散策した。白線模様が美しい「なまこ壁」や「伊豆石」の街並みは風情いっぱいだ。

 ペリーロードの終点にあり、日米下田条約が締結された了仙寺では、貴重な絵や地図などを交えて住職が開国の逸話を披露する講座「下田開国物語」に参加。鎖国時代の日本人が、いかに世界情勢に疎かったのかがよく分かる内容で、面白かった。松井大英(だいえい)住職(51)は「小学生でも興味を抱いてくれることが多くて。それがうれしいんです」と笑顔を見せた。

 了仙寺近くにある黒船来航の記念館「下田開国博物館」には開国の過程の詳しい説明のほか、獄中の松陰を再現したリアルな展示などがあった。開国によって、世界の仲間入りを果たした日本は文明も発達し、視野が広がるなど良いことがある一方で、悲しい出来事もあったようだ。

 黒船来航により、人生を翻弄された女性「唐人お吉」は、アメリカ総領事のタウンゼント・ハリスに17歳の時に見初められ、侍妾(じしょう)になった。そのため世間からののしられ辛い人生を送った。後に芸者などを経て昔の恋人鶴松と再会するが長くは続かず、その後始めた小料理店も廃業。世間のあざけりに疲れ果て、孤独のうちに川に身を投げ、51歳で亡くなったという。

 宝福寺に隣接する「唐人お吉記念館」には、お吉の写真やかんざしなどから支度金の受領覚まで数々の遺品が展示されていた。「世間から見放された身寄りのないお吉さんを弔う者はなく、遺体は野ざらしにされたそうです」と同館の係員。見かねた同寺の第15代竹岡大乗住職が、お吉を手厚く葬ったそうだ。係員は「世間の中傷を感じつつも、お国のためにとハリスに献身したことが、日本外交を円滑に導いた一つの要因かもしれませんね」としみじみと語っていた。

 お吉の悲劇的な生涯は後に、映画や芝居などで広く演じられるようになり、今では役者たちが足繁く参る場所へと変わった。

 同館奥の隅っこに古い墓があるが、その横には役者たちが寄進した新しい墓があり、かわいらしい花が供えられていた。

                   ◇

 ≪旅のメモ≫

 【下田港内めぐり】 運賃は大人1000円、小人500円(2階展望室は別途大人400円、小人200円必要)。出港時刻は9時10分から(最終は15時半)。無休。

 【下田開国博物館】 幕末の歴史を詳しく紹介する黒船来航の記念館。大人1000円、小・中学生500円。8時半~17時半、無休。

 【了仙寺とペリーロード】 了仙寺の参道「ペリーロード」には古い建物の街並みが続き、風情が漂う。了仙寺では、絵解き昔語り「下田開国物語」を随時開催(10人以上で要予約)。料金は大人1000円、子供500円(宝物館入館料、茶菓子付き)。問い合わせは了仙寺(TEL0558・22・0657)。

 【唐人お吉】 本名斉藤きち。天保12年に愛知県に生まれる。4歳の時、家族で下田へ移り住み、14歳で芸妓に。17歳で侍妾となる。再び芸妓などを経て下田に戻るが、貧困の末、明治24年に亡くなった。「唐人お吉記念館」の入館料は大人300円、中・高生150円。8~17時、無休。



富山
木彫り・芝山細工の企画展
 様々な木彫り作品や芝山細工の作品を集めた企画展が20日から射水市のギャラリーではじまりました。
 射水市の「ギャラリー椿」で始まった企画展では、天神様や来年の干支の丑の木彫りに加えて、井波の若手彫刻家、西村宣繁さんが製作したアニメキャラクターの木彫り像など、様々な種類の作品が展示販売されています。
 また、細かい細工を施した象牙や貝がらなどを表面に埋め込んだ芝山細工の作品もそろっています。
 芝山細工は、幕末から明治にかけて、主に輸出品として数多く作られました。
 この「木彫りと芝山」展は今月30日まで開かれています。


福井
ガムシ科昆虫の新種発見 福井市浄教寺町で保科・福井大准教授
 福井大教育地域科学部の保科英人准教授(36)=昆虫学=は、福井市浄教寺町の一乗滝近くの山林で甲虫類のガムシ科ケシガムシ属の新種を発見し、幕末の福井藩士、橋本左内にちなみ「サナイケシガムシ」と命名した。ケシガムシ属は移動能力が低いため、自然環境の良好度を示す尺度とされており、同准教授は「一乗滝周辺の生態系が健全な証し」とみている。
 

三重
電子黒板で授業楽しく 四日市の全小学校に配備
電子黒板で授業楽しく 四日市の全小学校に配備
 四日市市教育委員会は、授業を分かりやすくしようと、大型画面を使った「電子黒板」やプロジェクターを市内40の小学校全校に配備した。井上哲夫市長や市教委幹部が19日、水沢小学校の授業を視察した。
(中略)
 水沢小ではこの日、6年生の社会科の授業で活用した。幕末に結ばれた不平等条約の改正や日清・日露戦争について、児童たちが調べた成果を発表。陸奥宗光や東郷平八郎ら関係する人物の写真を電子黒板で紹介した。


関西
勝手に関西世界遺産: 登録番号194 鯨のハリハリ鍋
 06年10月に旭堂南海さんが「捕鯨文化」(登録番号88)というテーマで書いているが、私は食に力点を置いて書いてみたい。
(中略)
 幕末の京阪の冬から春にかけての塩鯨の料理は、ささがきゴボウや水菜を取り合わせた煮物であった。難波はネギの名産地であったから、これも用いている。


京都
絵画:“龍馬に影響”幕末の絵師・河田小龍、ひ孫が4点寄贈--霊山歴史館 /京都
◇27日から公開
 幕末から明治にかけて活躍した高知市出身の絵師、河田小龍(1824~98年)のひ孫にあたる右京区の無職、三谷章さん(77)がこのほど、東山区の霊山歴史館に河田の絵画4点を寄贈した。27日から同館での企画展「龍馬と同志、夢と苦難の足跡」で一般公開される。来年1月25日まで。
 同館によると、河田は米国から帰国後のジョン万次郎を藩の役人として取り調べたり、坂本龍馬に開明思想を語って海援隊の結成に影響を与えたことで知られる。絵師としても活躍し、六女が京都の材木商、三谷家に嫁いだことでこれらの絵画が残った。同家が代々保管して公開することもなかったが、河田の絵師としての側面をもっと知ってほしいと寄贈を申し出た。
 寄贈された4点は、朱竹図(二枚折屏風(びょうぶ)一双)▽鶏自画賛(額装)▽花卉魚属の図(軸)▽石白菜の図(軸)。竹を朱色で豪快に描いた朱竹図は最晩年の作品で、正月に家に飾るため六女の依頼で描いたとみられる。その他の作品も身近な草花や魚、鳥が題材で、日本画を得意とした六女の手習いのために描いたと考えられるという。
 同館の木村幸比古・学芸課長は「絵師としての違った側面が見られておもしろい」と話している。
 企画展は一般500円▽高校生300円▽小中学生200円。開館時間は午前10時~午後4時半。問い合わせは同館(075・531・3773)。【木下武】


和歌山
城下町遺跡から石積み 幕末の貯蔵庫か
城下町遺跡から石積み 幕末の貯蔵庫か(和歌山)
 田辺市南新町、海蔵寺前の田辺城下町遺跡から、石積みで四角に囲んだ貯蔵庫とみられる遺構が見つかった。幕末のものとみられ、発掘調査している県文化財センター(和歌山市)は「当時の生活を知る上で貴重な発見」と話している。
 石積みの一辺は95センチほどあり深さは70センチ以上。丁寧に積まれていて地元の石が用いられている。近くに直径100センチの井戸跡があることなどから、食物の保存に使われていた可能性があるという。
 同センターの川崎雅史さんは「近くから建物の礎石も出土しており、この辺りに屋敷があったことがうかがえる。江戸末期の生活の一部を垣間見られる遺構」と話している。
【江戸末期のものとみられる石積みの貯蔵庫(和歌山県田辺市南新町で)】


兵庫
赤穂義士の生き残りの孫、高知で出世 大石神社で書状発見
 吉良邸に討ち入った赤穂四十七士のうち、ただ一人生き延びた足軽の寺坂吉右衛門(きちえもん)信行。その孫が、高知新田藩主(高知県)の側近にまで出世していたことを示す書状が、赤穂市の大石神社の所蔵文書から見つかった。書状が書かれた一七九〇(寛政二)年当時、既に忠臣蔵の芝居などが人気を集めていたことから、飯尾義明宮司(59)は「赤穂義士の子孫として優遇されたのでは」と推測している。(山本哲志)
 書状は一九六七年、大石内蔵助の親族「弘前大石家」から寄贈を受けた史料の一部。今年八月、未整理だった文書の中から飯尾宮司が見つけた。
 大きさは縦一七・四センチ、横四八・九センチ。寺坂家の消息を問い合わせた弘前藩に、高知新田藩の家臣が返答し、「三代目の吉右衛門信成は婿養子のため、(吉右衛門信行と)血はつながっていないが孫に当たり、『側頭(そばがしら)』をつとめている」などと記されているという。
 調査を担当した同神社非常勤学芸員佐藤誠さん(36)=東京都=は「側頭は主君の近くに仕える上級武士。小さな支藩とはいえ、元足軽の子孫にしては大きな出世といえる」と指摘。寺坂家は、その後も高知新田藩士として明治維新まで代々仕えたという。
 吉右衛門信行は足軽として吉良邸討ち入りに参加。裏門隊に属していたが、その後の消息については諸説ある。遺族に関する史料も少なく、今回確認された書状は貴重で、大石神社内での展示を検討している。

 
佐賀
高校生が鋳造に挑戦 鍋島藩大砲の模型製作 佐賀工
 佐賀工業高(佐賀市緑小路)で20日、鋳造の実習授業が開かれ、機械科の3年生38人が大砲のミニチュアやダンベル製作に挑戦した。
 同校はものづくりの原点を学ばせようと、手作業で鋳造する溶鉱炉を7年前に整備した。高温で危険な溶鉱炉の作業を授業に取り入れている高校は、九州では同校と鳥栖工高だけという。
 この日は、鍋島藩が量産し明治維新に貢献したアームストロング砲やカノン砲の7分の1の模型をはじめ、文鎮やダンベルなどを製作。鉄をコークスで約1500度に熱して溶かし、取鍋(とりべ)と呼ばれる道具を使って型に流し込んだ。半導体メーカーへ就職する川崎誠史さん(18)は「型から鉄がこぼれ落ちないかと緊張した」と話していた。


長崎
長崎で国内初の「列福式」、ひも解かれる隠れキリシタン史
【11月20日 AFP】ローマ法王庁がカトリック信者に「福者」の位を授ける「列福式」が24日、国内で初めて長崎市で行われる。17世紀の江戸時代に殉教したキリスト教信者188人に、最高位である「聖人」に次ぐ福者の位が授けられるが、日本でのキリスト教布教における暗い過去が再び語られる時でもある。

 日本ではキリスト教は深く根付いていないが、カトリック教会では今回の式をきっかけに、キリスト教の歴史に関心を持つ人が増えることを期待している。

 キリスト教は1549年、ポルトガルのイエズス(Jesuit)会宣教師、フランシスコ・ザビエル(Francis Xavier)により日本にもたらされた。しかし幕府はまもなくキリスト教禁止令を出し、信者への迫害を開始。

 幕末に米国の圧力で開国し、明治維新後の1873年、信教の自由が認められるまでの250年間に3万人が殉教したとされる。「世界を歩いた神父」として知られるペトロ岐部(Peter Kibe)も殉教者のひとりだ。

 この間、「隠れキリシタン」たちは辺境の島などに逃れ、マリア像を仏像に似せたり、仏像の背中に十字架を彫るなど、仏教徒と見せかけるための工夫をこらし、キリスト教への信仰を続けた。

 信者への拷問は壮絶だった。はりつけや斬首はよくみられ、耳を切って逆さづりにし、全身の血が抜けるまで放置する方法もあった。雲仙岳の火口に生きたまま放り込まれる者もいた。また信者の家族は、たとえ生後12か月の乳児であっても、一家全員が皆殺しにされた。

■祖先が隠れキリシタン、迫害の歴史への関心高まる

 今回の隠れキリシタンたちの列福は、書類の提出から25年以上を経て前年、現ローマ法王ベネディクト16世(Benedict XVI)が決定した。式は平和を象徴して、1945年8月9日に原爆が投下された長崎平和公園で行われる。法王庁の前列聖省長官ホセ・サライバ・マルチンス(Jose Saraiva Martins)枢機卿が出席するが、政府関係者は、カトリック教徒である麻生太郎(Taro Aso)首相さえも招待されていない。

 キリシタンの迫害についてはある程度は知られているが、関心は総じて薄いと、歴史家らは口をそろえる。日本におけるキリスト教徒の数は100-200万人、うち約50万人がカトリック教徒と推定される。

 ある地元の女性は、自分の祖先が殉教者だったことを知ったのは、つい最近のことだと言う。「いい意味で衝撃でした。カルチャーショックといってもいいでしょう。わたしみたいに、祖先が隠れキリシタンだったことを全く知らない人は、たくさんいるんじゃないでしょうか」

 そうした言葉を反映するかのように、地元自治体は、キリシタンの歴史に興味を持つ人が最近にわかに増えてきていると言う。観光収入に大きく依存しつつある長崎市は前年、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」をユネスコ(UNESCO)の世界遺産(World Heritage)暫定一覧表に登録した。(c)AFP




ブックレビュー
【書評倶楽部】古美術鑑定家、エッセイスト・中島誠之助
■武士道に殉じた姿を称賛

 □『浦賀与力 中島三郎助伝』 

 函館市の市街地に中島町という一郭がある。郵便番号では040-0014で表示されている。この町名が最後の武士と称(たた)えられ多くの人々に感銘を与えた函館戦争の勇者、中島三郎助を記念して命名されたことを知る人は少ない。
 この人は三浦半島で、浦賀奉行与力の子として文政4(1821)年に生まれている。与力という役職は徳川幕府の機構のなかでは最も身分の低い幕臣である。
 その人が徳川家に最後まで尽くした忠節の武士として、明治政府の元勲たちに「幕臣中島三郎助、函館戦争で戦死忠勇比類なし」と言わしめ、その武士道に殉じた姿を称賛されているのだ。
 アメリカのペリー艦隊が浦賀の沖へ来航したのは嘉永6(1853)年で三郎助33歳のときになる。旗艦サスクエハナ号に真っ先に乗り付けて交渉に当たったのは月番の応接係だったこの人である。
 そして三郎助は激動する幕末期に幕府海軍創設の最前線に身をおき、軍艦の建造から防衛のための台場造成と大砲の鋳造などすべてにおいて関(かか)わっているのだ。
 幕府の異国船対応と海軍伝習所の開設、王政復古と薩長勢力の台頭など激動の時代をよそにして、三郎助は忠実な能吏として淡々と己の職務を果たしていく。
 やがて来る幕府の瓦解。海軍副総裁、榎本武揚は軍艦の新政府軍への引き渡しを拒み函館行きを決行する。幕臣であり徳川家に恩顧を受けた三郎助は2児と共に乗船して江戸を後にする。
 五稜郭(ごりょうかく)陣営での榎本軍最後の軍議では将官たちに降伏を唱え、自分は断固として守備陣地を守り敵弾に当たり討ち死にをする。この本は惜しまれて止(や)まぬこのような男がいたということだけでも、現代人に知ってもらいたいという熱望の書である。(木村紀八郎著/鳥影社・2310円)
                   ◇
【プロフィル】中島誠之助
 なかじま・せいのすけ 昭和13年生まれ。筆者は中島三郎助とは「血縁、地縁等一切ありません」という。

 中島三郎助さんで一巻独立した評伝は初めてじゃないでしょうか……と思って調べたら、先行する本がありました。


 そして、こちらが今回の書評本。

 早速、入手する手はずをつけました。
PR
この記事にコメントする
           
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
文字色
絵文字 Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメント
パスワード   コメント編集用パスワード
 管理人のみ閲覧
この記事へのトラックバック
トラックバックURL:
カレンダー
10 2017/11 12
S M T W T F S
1 2 3
5 6 8 9 10 11
14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
最新コメント
[07/23 白牡丹@管理人]
[07/23 伊藤哲也]
[07/23 白牡丹@管理人]
[07/23 伊藤哲也]
[12/31 白牡丹@管理人]
[12/31 本が出たようです]
[12/22 白牡丹@管理人]
[12/22 yutaroda]
[10/18 白牡丹@管理人]
[10/18 ゆーじあむ (Yuseum)]
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
プロフィール
HN:
白牡丹
性別:
非公開
自己紹介:
幕末、特に新選組や旧幕府関係者の歴史を追っかけています。連絡先はmariachi*dream.com(*印を@に置き換えてください)にて。
バーコード
Livedoor BlogRoll
本棚
Copyright ©  -- 白牡丹のつぶやき --  All Rights Reserved
Designed by CriCri / Material by White Board

忍者ブログ  /  [PR]