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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昨日入手した『義に死す 最後の幕臣 評伝・中島三郎助』を読み始めています。この方の生涯には、白牡丹が大好きな江川坦庵公と土方さんの両方が関わって来ますので、読み進むのが楽しみです。


宮城
欄間額:榎本武揚の書か 戊辰戦争にゆかり?栗原・旧家所蔵品鑑賞会で初公開 /宮城
◇仙台藩士の子孫・姉歯幸男さん所蔵
 戊辰戦争(1868~69)の最終戦の箱館戦争で明治新政府軍と戦い敗れた旧幕府海軍副総裁、榎本武揚(1836~1908)がしたためたとみられる横書きの書(欄間額)が、栗原市志波姫で開かれた「第15回旧家所蔵品鑑賞会」で初公開された。
 右から左に「浅粉軽砂養」の勇ましい筆致の五文字に「武揚」の署名。紙幅は縦20センチ横70センチほど。書いた年次は不明。所蔵者は同市の姉歯幸男さん(73)で、戊辰戦争当時、新政府軍の参謀だった世良修蔵を殺害した1人とされる仙台藩軍監だった姉歯武之進の子孫。
 書の正確な意味は不詳だが、「佐沼古文書の会」(登米市)の佐藤清一会長(81)は、「身を粉にし、砂のように軽やかに、世に役立つ身を養う」との大意ではないかと見立てる。
 箱館戦争で激しく抵抗した後、新政府に出仕し高官に列する道をたどった榎本。後年、戦いで没した姉歯の遺族に出会った際、自分が胸の奥に持ち続けてきた心情を示した書とみられる。一連の戦争の過程で榎本と姉歯は互いを知っていたとされる。姉歯幸男さんは「榎本の書を通し、祖先が生き生きとよみがえったようだ」と話した。

◇菱田春草作か、蓬莱山図も展示
 鑑賞会は23日開催。仙台市内の旧家から出たとされる明治期の日本画家、菱田春草(1874~1911)作の可能性がある「蓬莱山図(ほうらいさんず)」の軸も展示された。
 サイズは縦55センチ横27センチほど。従来の線描きを捨て、刷毛(はけ)を使って色を引き伸べる「没線彩画」技法で描かれている。同技法は当時、「朦朧体(もうろうたい)」と辛口の俗評を受けた。
 軸を収める木箱のふたの表には「春草筆 蓬莱山」、同裏には「横山大観鑑題」との墨書がある。【小原博人】



東京
根津のアンティーク人形店、新たに買い付けた西洋人形が即完売に
 根津のアンティークドール専門店「懐古どぉるMicico」(文京区根津2、TEL 090-4363-1869)は、今回新たにフランスから買い付けてきた西洋人形の販売を開始した。
 同店は19世紀後半から20世紀前半にかけての西洋アンティーク人形や、幕末からの日本人形、さまざまなぬいぐるみなどを扱う専門店。


【当世デジカメコラム】旧島津公爵邸 女子大で色づくフウの木
 透き通った晩秋の陽がもえぎ色の葉に降り注ぎ、こんもりとした大樹全体を黄金に輝かせている。清泉女子大(東京都品川区)のフウの木が色づいていた。
(中略)
 維新後の明治6年。仙台伊達藩邸の所有者は戊辰戦争で戦果を上げた旧薩摩藩主・島津家に移る。洋館は明治新政府の招きで来日し、鹿鳴館やニコライ堂を手がけた英国人コンドルの設計によるものだ。大正6年の新築披露時には大正天皇・皇后両陛下、日露戦争の国民的英雄、東郷平八郎元帥ら各界名士が集まったという記録が残る。栄華を極めた華族・島津家も昭和に入ると金融大恐慌の嵐に飲み込まれ大邸宅を日銀に売却。戦後GHQが接収、29年に接収が解除されたところに目をつけたのが清泉女子大だった。

 仙台藩が戊辰戦争で降伏したので薩摩に接収されたのかしら? 微妙な書き方が気になります。

神奈川
新横浜パフォーマンス
多彩なイベントで盛り上がる

駅前広場・日産スタジアムを会場に29日(土)、30日(日)開催

 今年は35万人が来場か-。17回目を迎える横浜最大級のイベント『新横浜パフォーマンス2008~良い世さ来い新横黒船祭』が11月29日(土)、30日(日)、新横浜駅前広場と日産スタジアムをメイン会場に開かれる。目玉企画は、昨年も好評だったよさこい踊りのほか、歌手の鈴木亜美さんのライブだ。来年に迫った横浜開港150周年を前に「幕末」を彷彿とさせる会場で多彩なイベントが繰り広げられる。


滋賀
稲枝西小児童、楽焼の窯出し見学
【滋賀県】幕末の大老、井伊直弼が好んだ楽焼づくりを学ぼうと彦根市の稲枝西小の4年生30人は25日、校内の中庭で自作品の窯出しを見学した。
 「井伊直弼と開国150年祭」の一環で実施。


京都
【庭めぐり 京の晩秋】壬生寺 名園復元
 律宗の本山である壬生寺(京都市中京区)の庭。遅くとも江戸時代には名園として知られていたことが、当時の資料からうかがえるという。同寺では京都市などの助成を受け、昨年から約2年がかりで庭の復元修理を実施。非公開だった庭を今秋、初めて期間限定で公開した。
(中略)
 喧噪(けんそう)の中にたたずむ壬生寺は、正暦2(991)年の創建。天明8(1788)年の大火や昭和37年の放火などで焼失し、その都度再建されてきた。仏教の教えを分かりやすく伝えるために始まった「壬生狂言」や、新選組の兵法調練場として境内が使われたことで有名だが、庭の存在は意外と知られていない。
 江戸時代の著述家、北村援琴斎が記した庭造りの解説書「築山庭造伝」に照らすと、壬生寺の庭は度重なる火災などで姿を変えても、土台は創建当時の面影を残しているらしい。

 関西に住んでいたら足を延ばして見に行っていたでしょうに、ちょっと残念です。

広島
「崖の上のポニョ」で注目 鞆の浦、龍馬とダブル効果期待
「崖の上のポニョ」で注目 鞆の浦、龍馬とダブル効果期待
 アニメ映画「崖の上のポニョ」の構想が練られた地として注目を集めた瀬戸内海の景勝地、鞆の浦(広島県福山市)で今度は、幕末の志士、坂本龍馬に観光関係者らの熱い視線が集まっている。船の衝突事故を巡り、龍馬が賠償交渉を行った「いろは丸事件」の舞台で、市などは龍馬をテーマにしたイベントを開催するなど、観光客誘致を図っている。平成22年には、龍馬の生涯を描いたNHK大河ドラマが放送されることもあり、関係者のポニョに続く“龍馬効果”への期待が高まっている。
 いろは丸は、坂本龍馬率いる海援隊が、大洲藩から借り受けた小型蒸気船で、慶応3(1867)年、鞆の浦沖を航行中に、紀州藩の大型蒸気船「明光丸」と衝突、積み荷とともに沈没した。
 龍馬は、最寄りの鞆の浦で、補償をめぐり紀州藩と談判。結局、紀州藩側に巨額の賠償金を支払うことを約束させた。しかし、後の龍馬暗殺の動機となったとする説もあるなど、龍馬の生涯で最も重要な出来事の一つとされる。
 鞆の浦沖では昭和63~平成17年の間に4回に分けて、いろは丸とみられる木造の沈没船から、遺物や船体の一部の引き揚げ作業が行われ、現在は地元住民が運営する「いろは丸展示館」で、回収した約500点が展示されている。
 宮崎駿監督が一時、滞在しアニメ映画「崖の上のポニョ」の構想練った鞆の浦では、今年夏の映画公開から観光客が増加しているが、同館では今年4月~10月の半年間で、例年のほぼ倍となる約1万6000人が来館するなど、「ポニョ」だけでなく龍馬に対する関心も高まっている。
 赤松宏記館長(67)は「鞆の浦を訪れる人のなかには、龍馬ゆかりの地であることを知らずに来られる人も少なくないですが、ポニョのおかげもあり、多くの方に見にきてもらってます」と笑顔で話す。
 また、今年6月には、いろは丸事件の交渉の場となった商家「旧・魚屋万蔵宅」を改装した旅館「御舟宿いろは」がオープン。交渉の際、龍馬が実際に座っていたとされる1階8畳間には、龍馬の写真などが飾られ、宿泊客以外にも多くの観光客らが訪れている。
 一方、福山市鞆の浦歴史民俗資料館でも、秋の観光シーズンに合わせて龍馬の遺品など約40点を集めた特別展を開催。期間中、龍馬の刀や、暗殺された京都・近江屋の部屋にあった血痕がついた掛け軸、書簡など、重要文化財を含めた貴重な展示品が訪れた人の注目を集めた。
 このほか、市教委などでは、龍馬にちなんだウオークラリーを11月24日まで開催。龍馬の宿泊場所や交渉場所などの現場に、足を運んでクイズに答えてもらう形式で、約1200人の応募があったという。
 こうしたなかで、平成22年のNHK大河ドラマで、人気タレントの福山雅治さんを主演に、龍馬の生涯を描いた「龍馬伝」の放映が決定。市観光課でも「主演俳優の名前が市と同じ“福山”で縁起がいい。今後も観光客誘致に向けて積極的にPRしていきたい」と、期待を膨らませている。


■鞆の浦
 瀬戸内海のほぼ中央に位置し、沖合で東西からの潮流がぶつかりあうことから、古来「潮待ちの港」として栄えた。「いろは丸事件」のほか、源平合戦や南北朝の争乱など、多くの歴史の舞台となった。江戸時代の商家などが今も多く残っており、古い町並みを気に入ったアニメ映画監督、宮崎駿さんが一時滞在。今年夏に公開された映画「崖の上のポニョ」の構想を練ったことから、インターネット上などで映画の舞台として注目を集めた。


鳥取
滝つぼ熟成 お味は? 日本酒「山陰の魔性」
 滝つぼに沈めた日本酒「山陰の魔性」はいかに? 幕末に鳥取市東部から県中部地域にかけてこま犬や灯籠(とうろう)などの作品を残した石工(いしく)・川六(かわろく)(本名・尾崎六郎兵衛、?-1865年)のファンクラブ(青木清輝代表)が26日、川六にちなんで作られた「山陰の魔性」を鳥取市青谷町の湯原滝から引き上げた。近く、酌み交わし川六をしのぶことにしている。




長崎
「龍馬」関連事業費5150万円 長崎市が補正予算案提出
 長崎市は本年度、長崎などを舞台とした二〇一〇年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」を踏まえ、来年四月からの「長崎さるく幕末編」に向けた整備事業や、坂本龍馬らが日本初の貿易商社として設立したとされる「亀山社中」跡(伊良林二丁目)一般公開に向けた家屋改修などを予定している。二十五日開会の定例市議会に、関連事業費五千百五十万円を盛り込んだ一般会計補正予算案を提出した。
 ドラマの主人公、坂本龍馬役には同市出身の歌手で俳優の福山雅治さんが決まっており、市文化観光部は「龍馬伝の盛り上がりにつなげたい」としている。
 市によると、街歩きキャンペーン「長崎さるく」の幕末編は国内外の帆船が長崎港に集う「長崎帆船まつり」の開幕(四月二十三日)に合わせて開催。龍馬や幕末関係では既存の二コースに、▽紀州藩との船舶事故「いろは丸号事件」の談判が行われた聖福寺などをめぐる「長崎幕末・維新の道を往く」▽龍馬らが通った丸山や後藤象二郎との会談があった清風亭跡などを歩く「日本回天の舞台・長崎を訪ねて」-などを追加する予定で、説明板や案内板を整備する。
 また、外国人居留地に建てられた洋館を活用。長崎とゆかりのあった国をテーマにグラバー園の旧三菱第二ドックハウスを「イギリス館」、東山手十三番館を「フランス館」などとし、内装だけでなく当時の日用品などを展示することで楽しみながら歴史に触れてもらう。
 亀山社中跡は来年夏から予定されているドラマのロケに間に合うように公開を予定しており、家屋の改修などに本年度千百五十万円を計上。来年度も千七百五十万円を見込んでいる。市はゆかりの場所として全国に発信していく考えだ。
 市は「長崎さるく幕末編」の愛称、キャッチコピー、コース、イベント企画などの案を募集している。十二月十日締め切り(郵送の場合は当日消印有効)。問い合わせは市さるく観光課(電095・829・1314)。
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