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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 せっかく記事を書いたのに、うっかり「ウィンドウを閉める」ボタンを押してしまいました……(;o;)。

宮城
企画展:仙台藩ゆかりの人ら紹介--市博物館 /宮城

 仙台市博物館の企画展「仙台人物誌~江戸時代のあんな人、こんな人~」が開かれている。これまであまり脚光を浴びることのなかった仙台藩にゆかりのある人々も含め41人を紹介し、藩史を浮かび上がらせようとするユニークな企画だ。

 (1)仙台藩を支える(2)学び、人を育てる(3)文化でつながる(4)幕末を駆ける--の4章構成。学問では、1万冊近い蔵書を藩に寄付し、日本最初の公共図書館とされる「青柳文庫」の基礎を作った青柳文蔵(1761~1839)らを紹介。幕末では、戊辰戦争で奥羽越列藩同盟に尽力し、非業の死を遂げた玉蟲左太夫(たまむしさだゆう)(1823~1869)、坂英力(1833~1869)らを取り上げた。また、福沢諭吉を通じて洋書を買ったり、高橋是清を米国に留学させた大童信太夫(おおわらしんだゆう)(1832~1900)にも触れている。

 同館の水野沙織学芸員は「藩にはさまざまな人材がいて、藩の歴史はこういう人たちによって作られたということを感じてもらえれば」と話している。

 今月27日、12月11、19日にはいずれも午前10時からクイズイベントがあり、甲冑(かっちゅう)姿で観光客をもてなしている「伊達(だて)武将隊」が答え合わせや記念撮影会を開く。展示は12月19日まで。一般・大学生400円、高校生200円、小中学生100円。【高橋宗男】

福島
会津若松市→九大 交流の胸像
初代総長が縁
 幕末に会津藩士の家に生まれ、九州大学の初代総長などを務めた山川健次郎の胸像が24日、会津若松市から同大に贈られた。同市と同大は、交流促進など連携協力についての協定も締結。今後、市内の高校、大学と九州大との人材交流などを検討しているという。

 胸像は高さ約70センチ、重さ約48キロのブロンズ製。九州大が来年創立100周年を迎えるのに合わせて移転準備中の伊都キャンパス(福岡市西区)に設置され、来年5月に除幕式が行われる。

 会津若松市役所で行われた贈呈式で有川節夫・九州大総長は、胸像について感謝の意を示したうえで、「山川初代総長の建学の精神は今も生きている。総合大学なので、あらゆる分野で協力関係を結べると期待している」と述べた。

 また、生誕150年を記念して胸像を製作し、市に寄贈していた山川健次郎顕彰会の高木厚保会長は「今後、多くの会津出身者の人材育成を、九州大で引き受けてもらえれば」と話した。


茨城
「幕末と明治の博物館」盛況 「龍馬伝」追い風 大洗町営後5割増員 茨城
 
今年6月から大洗町営になった「幕末と明治の博物館」(同町磯浜町)が好調だ。映画「桜田門外ノ変」やNHK大河ドラマ「龍馬伝」の影響もあり、入館者は約5割増に。現在、幕末の志士で、同館創立者の田中光顕(みつあき)にスポットを当てた町営後初の企画展が開かれている。(三保谷浩輝)
 「ご家族連れや若いカップル、女性だけのグループも珍しくなくなりました」
 同館学芸員の尾崎久美子さんは、特に“歴女”ら女性の来館に手応えを感じている。同館によると、町営後6~10月の5カ月間の入館者は、財団法人常陽明治記念会運営だった昨年同期(6225人)に比べ9042人、45・3%の大幅増。好調の要因は他県へのPRやドラマ、映画の影響などが挙げられる。
 また、開催中の企画展「坂本龍馬、中岡慎太郎らと活躍した歴史の証人 田中光顕と常陽明治記念館」も興味深い展示品が並ぶ。
 田中は、天保14(1843)年、土佐生まれ。武市半平太らの土佐勤王党を経て脱藩後、高杉晋作や中岡慎太郎に師事し、坂本龍馬らとも交流。龍馬と中岡の暗殺直後、最初に現場に駆けつけた。維新後は宮内相など要職を務め、昭和14年死去。幕末志士で最長命とされる97歳だった。
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 晩年、勤王の志士の顕彰に力を注ぎ、関係資料の収集、刊行や官位の追贈、記念館や銅像の建設などに積極的だった。この地に同館の前身「常陽明治記念館」を建てたのは土佐時代から水戸学を学び、桜田門外の変なども含め水戸藩の志士らに共感していたため、ともみられる。
 「自分は長生きしてしまったという思いから、新しい日本を築きながら(それを見ずに)亡くなった志士たちの顕彰に熱心になったのでは」と尾崎さん。
 企画展では、志士らの遺墨、肖像画などのほか、伝記「伯爵田中青山」に残した志士たちの人物評(別表)も紹介。さらに、田中が87歳のときに高杉の教えなどを録音した肉声を聞くこともできる。
 12月7日まで。入館料一般700円ほか。水曜休館。問い合わせは(電)029・267・2276。


大阪
「岸和田銃」初の実物発見
 文献でしか知られていなかった旧岸和田藩の鉄砲鍛冶が製作したとみられる火縄銃がみつかり、堺鉄砲研究会主宰の澤田平さん(75)が発表した。岸和田銃の実物が見つかったのは初めてという。岸和田市教委は「展示するなどして市民に紹介できるようにしたい」としている。

 大阪市東成区在住の骨董(こっとう)品収集家の孫から鑑定を依頼され、昨年8月に譲り受けた。全長1・8メートル、口径14ミリ。銃身には「泉岸住 佐藤義定」の銘が刻まれ、佐藤文吉郎義定(生年不明、1868年没)の作とみられるという。

 銃身の先から弾を込める方式で、銃身の鍛え方、銃床の木の細工や発火方式などから、幕末期に作られたもので、澤田さんの鑑定では、当時日本の最高水準だった堺の鉄砲鍛冶と技術的に同レベルという。

 岸和田市教委郷土文化室の山中吾朗・郷土史担当長は「岸和田藩当時は、鉄砲町という地名もあったが、実物の銃が見つかったのは貴重だ」とし、澤田さんは「岸和田はだんじりだけでなく、立派な鉄砲鍛冶もいた城下町だったことが実証でき、うれしい」と話している。


広島
幕末の武士の姿、子孫が出版
 幕末の岩国で吉川家に仕え、勝海舟に師事して変革を志した中級武士、粟屋佐兵衛の生涯を描いた「幕末の胎動 佐兵衛と海舟」が出版された。著者は大竹市出身で佐兵衛の子孫の山本尚さん(65)=東京都。激動の時代に向かう地方の自負と苦悩も重ね合わせた。

 山本さんは母方の祖先の佐兵衛が眠る岩国市錦見の普済寺を10年前に訪問。碑文に刻まれた勝との交流、佐兵衛の門人で後に初代大審院長となる玉乃東平(世履)らとの深い親交を知った。

 その後、岩国に10回ほど通い、岩国徴古館所蔵の文献を調べ、郷土史家を取材。「海舟日記」なども参考にして、歴史小説の形にまとめた。

 「海舟から新しい何かを感じた佐兵衛は、時代の先駆けを求めて楽しく生きた」と山本さん。墓碑前で出版を伝え、「幕末の人々の姿から今の時代を考えてもらえれば」と話した。東京図書出版会発行。四六判292ページ。1400円(税抜き)。千部作製。リフレ出版=電話03(3823)9171。

【写真説明】「佐兵衛に報告できます」。墓碑の前で、著書を手に語る山本さん


香川
塩飽水夫の功績顕彰/咸臨丸渡米150年で企画展
 咸臨丸渡米150年を記念し、多度津町立資料館で企画展「幕末236件に活躍した塩飽の男たち」が開かれ、日本の海運業を支えた郷土の水夫の功績を顕彰している。28日まで。

 ことしは同館の開館20周年でもあり、郷土の先人たちにスポットを当てようと同展を企画。咸臨丸の構造図や航海目録のコピーなど資料約200点を出展している。

 咸臨丸の水夫50人のうち、35人が塩飽諸島の出身者。同町の高見島、佐柳島からは6人が乗船した。中でも佐柳高次(佐柳島出身)は、帰国後、勝海舟の引き合わせで坂本竜馬と出会い、海援隊の前身・亀山社中の同人となり、竜馬の死を妻に伝えたとされている。

 同展では、佐柳がアメリカ土産として持ち帰った絵皿2枚、ギヤマンのコップ2個のほか、竜馬を崇拝していた佐柳が「坂本龍馬神宮」と自筆した縦約122センチ、横約30センチの板なども展示している。

 同館は「塩飽諸島はかつて、日本で重要な地位を占め、優秀な人材を多数輩出していた。過疎化が進む島しょ部に再び注目してほしい」としている。

高知
容堂「日本海のカニ、気味悪い」 春嶽と礼状でやり合い
「初めて見たけど、こんな気持ちの悪いものをよく食べるね」。前土佐藩主の山内容堂が幕末の動乱のさなか、正月に日本海の冬の味覚ズワイガニの足を贈ってくれた前福井藩主の松平春嶽に、そんな礼状を送っていた。容堂がお礼に鯨肉を贈ると、今度は春嶽が「においが厭(いや)で人にあげてしまった」「カニの足が気持ち悪いなんて笑ってしまう」と逆襲。「幕末の四賢侯」にしては、お互いに大人げないような……。

 春嶽の地元、福井県立図書館が保管する「松平文庫」には、春嶽が容堂らとざっくばらんに交わした手紙の写し「御書翰(かん)」「御来翰」が残されている。

 大政奉還の4年ほど前の1864年正月、容堂と春嶽の2人は参預会議のため京都に滞在していた。容堂から「鶴」の肉を贈られたお礼に春嶽がカニの足を贈り、「このカニの足は国元より送ってきたものなので、今晩の祝杯の御用にさし上げます」(現代語訳は福井県文書館による)と書き送った。容堂は「初めて見たけど、気味が悪くて大閉口。この鯨の肉をお礼にさし上げるよ。こんな気持ちの悪いものをよく食べるね」と返信。春嶽はその返信で「鯨肉をいただいたけれど、においが厭で人にあげてしまったよ」「カニの足が気持ち悪いなんて笑ってしまうよ」とやり返した。

 手紙では互いに「酔翁」(容堂)が春嶽を「閑鴎先友」、「九十九橋外史」(春嶽)が容堂を「九十九洋盟台」と呼びあうなど、くだけた親密ぶりがうかがえる。

 一方、手紙は時勢も色濃く反映している。容堂が末尾で「長州の暴発は言語道断。何かご存じ?」と問えば、春嶽は鯨肉の悪口を書く前段で「火船を砲撃、ついに沈没させた(薩摩藩が借用中の幕府汽船長崎丸を長州藩が撃沈した)事件は承知している。ほかに暴発事案があるのか?」と重大な関心を示していた。

 風雲急を告げる幕末の京都で、年始のあいさつと進物のやりとりを装いつつ、情報交換をしていたとは――。さすがは「四賢侯」だ。(福井総局・荻原千明)

佐賀
佐賀偉人伝第1弾 「鍋島直正」発売
 幕末から明治期に活躍した佐賀の偉人をシリーズでつづる人物誌「佐賀偉人伝」の第1弾となる佐賀藩10代藩主「鍋島直正」が完成し、発売された。偉人伝シリーズは、激動の時代に活躍した「佐賀人」の足跡を広く知ってもらおうと、県立佐賀城本丸歴史館(佐賀市城内2丁目)が発行。最新の研究成果や逸話を織り交ぜ、親しみやすい内容を目指している。

 「天下の憂(うれい)に先(さき)んじて憂い、天下の楽(たのしみ)に後(おく)れて楽しむ」(直正揮毫(きごう)の書)-。

 直正(1814-71)の品格をうかがわせる一文。大規模な藩の行財政改革や藩校(弘道館)教育を推進し、大砲や蒸気船製造など日本の近代化を先導。佐賀藩を幕末の雄藩に育てた。シリーズ第1弾では、直正が推し進めた数々の改革と挑戦を、豊富な史料を用いて描く。

 著者の杉谷昭歴史館館長(82)ら編集委員会メンバーは19日、県庁を訪れ、古川康知事に完成を報告。杉谷館長は「教科書に出てこない幕末のうねりを伝えたい」と話した。

 偉人伝シリーズは直正や江藤新平ら「佐賀の七賢人」のほか県出身8人を加えた15人程度を紹介する。本年度の発行予定は、日本初の政党内閣をつくった政治家で早稲田大学の創始者「大隈重信」(来年1月10日)、近代洋画を主導した初の文化勲章受章者「岡田三郎助」(来年3月10日)。

 第1弾の「鍋島直正」はA5判、112ページ。税込み千円。20日から歴史館や書店で発売開始。インターネットの電子書籍でも発売(税込み800円)。杉谷館長による著者講演会が12月5日午後1時半から、歴史館である(入場無料。申し込み不要)。


大浦慶 関東でも活躍?
 幕末から明治初期にかけて活躍し、NHK大河ドラマ「龍馬伝」にもたびたび登場する長崎市出身の女性貿易商・大浦慶(1828~84)。嬉野茶の名声を高めたが、たばこ輸出のつまずきでさびしい晩年を送ったという「定説」は間違いと、神奈川県鎌倉市長谷、翻訳会社経営田川永吉さん(74)が12月に出版する小説「女丈夫(じょ・じょう・ふ) 大浦慶伝」(文芸社刊、四六並判226ページ、本体1400円)で指摘している。多くの史料を読み解き、活躍の場を関東に移した大浦慶が商売人としての生涯を全うしたと推論する。(長沢豊)
 大浦慶は長崎・思案橋近くの油屋町にあった油商店「大浦屋」に生まれた。526戸が焼ける大火に見舞われ、約250年続いた油商が行き詰まる。そこで嬉野茶の輸出を試み、1853(嘉永6)年、出島在留のオランダ人に見本を手渡し販路を英国や米国に求めた。3年後に英国貿易商から1万斤(6トン)の注文を受け、茶の輸出で名声を得た。
 しかし、明治初め、熊本藩士のたばこ輸出売買契約の保証人になり、藩士の裏切りで1500両(現在の約1億5千万円)の保証金返済を求められ、財を失った。その後、慶はさびしい晩年を過ごし、1884(明治17)年4月13日に生涯を閉じた、と伝えられていた。
 田川さんは日本で初の貿易会社を創設、有田焼の輸出など各種事業を手がけた佐賀藩下級武士、松尾儀助の曽孫(ひ孫)。儀助の活躍を小説にし、昨年12月に出版。その中で大浦慶と儀助の関係にも触れ、大浦慶の晩年や人間性、時代への役割についても史料を集めて詳しく書き残そうと思ったという。
 嬉野市の茶製造業者や佐賀市の郷土史家、有田町歴史民俗資料館の協力を受け、国立公文書館アジア歴史資料センターなどに通い、多くの大浦慶の史料や新聞記事などを読み解いた。
 そこから、たばこ輸出契約のつまずき以降、慶は心機一転、横浜の官営製鉄所の払い受けや明治政府所有の軍艦高雄丸の購入と売却などで活躍の場所を関東に移し、商売人としての自負を失わず、晩年も旺盛な活躍を続けていたことが浮き彫りになった。長崎時代に築き上げた大隈重信や陸奥宗光など幅広い人脈をたどり、商いへの飽くなき夢を追い続けた、と結論づけた。
 史実と記録、文書などで裏付けられた個所はノンフィクションで、明らかになっていない部分は史料などから推量し、フィクションで書いた。田川さんは「慶は舞台を横浜、東京に移していた。遠く離れた長崎では特に注目されず、晩年の姿がさびしいものだったとされたのではないか」と話している。


エンターテインメント
[JIN]530万部突破の医療マンガ完結 10年の連載に終止符 来春ドラマ化
 幕末にタイムスリップした医師の活躍を描き、ドラマがヒットした村上もとかさんのマンガ「JIN-仁-」が、24日発売の「スーパージャンプ」24号(集英社)で最終回を迎えた。村上さんは「長い間のご愛読、本当にありがとうございました。来春のドラマもお楽しみに」とコメントしている。

 大学病院の脳外科医だった南方仁が、幕末にタイムスリップしてしまう。満足な医療器具や薬もない状態で人々の命を救う中、坂本龍馬や勝海舟ら幕末の英雄と知り合い、激動する歴史に巻き込まれる物語。00年4月から連載され、コミックスは累計530万部を発行している。

 09年10~12月、大沢たかおさん主演でTBSでドラマ化され、最終回は視聴率25.3%、瞬間最高視聴率29.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。11年4月から続編の放送も決まっている。最終巻20巻は11年2月発売予定。

 最終回読みました。タイムパラドックスをそういう形で締めてくれて、最後までよかった。









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無題
by 高田馬場 美容室より発信中 URL 2010/11/28 18:21 編集
参考になります!いつもこのブログを見るのがとっても楽しみです(*^^)vこれからも楽しみにしていますね☆     
多謝
by 白牡丹 2010/11/28 19:11 編集
高田馬場 美容室より発信中さま、

コメントありがとうございます。諸事多忙で投稿の間隔が空きがちですが、読んでくれる方がいることを心に置いて細く長く続けていきたいと思います。
    
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