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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 ドラマ『吉原炎上』を見ています。明治も末の吉原が舞台ですが、江戸からの歴史を持つ遊郭の雰囲気とそこに生きた女たちのことを偲んでいます。ヒロインの選択に吉原伝統の「意地と張り」を見ました。

北海道
ゆかりの土方、DVDで紹介 函館タクシー
ゆかりの土方、DVDで紹介 函館タクシー
 【函館】函館タクシー(函館、岩塚晃一社長)は、新撰組の副長、土方歳三の生涯を映像にしたDVD「土方歳三と箱館」を制作した。希望する客にタクシー車内で上映する。箱館で最期を遂げた土方は函館を訪れる観光客にも人気があるだけに、ファンの間で話題となりそうだ。
 DVDは土方の生涯の紹介と、地域の研究者らのインタビューの二部構成で計約六十分。制作には公立はこだて未来大の学生らが協力した。道南各地や、土方の出身地の東京・日野市などで取材を重ね、半年ほどかけて完成した。
 事前予約があった客に、ポータブルDVDプレーヤーで上映する。今後は観光バスや乗り合いバスでの上映も計画している。岩塚社長は「観光振興に一役買いたい」と話している。問い合わせは同社(電)0138・51・0168へ。

 一般販売は当分なさそう……。

山梨
甲府城に5層大天守閣の可能性…25m級、松本城に匹敵
 甲府城(甲府市)に天守閣などの高層建造物があった可能性を示す報告書を22日、山梨県教委の調査検討委員会(委員長=萩原三雄・帝京大山梨文化財研究所長)が発表した。
 県教委などによると、出土した鯱(しゃちほこ)瓦の一部から推定すると、5層の大天守閣を持つ松本城(長野県松本市)に匹敵する25メートル級の建造物があったと推測できる。松本城は、現存する12の城では姫路城に続き2番目の高さ。
 調査委はまた、京大に保存されていた絵図などから、内堀を含めた甲府城の敷地面積を約18ヘクタールと認定。小田原城(神奈川県小田原市)の約17ヘクタールを上回る規模で、江戸城や駿府城など国家事業として建てられた城を除くと、東日本で五指に入る可能性があるという。
 甲府城は安土桃山時代、甲斐領主の浅野長政・幸長親子によって建てられた。城跡は6ヘクタールしか残っていない。江戸時代の大火などで建造物の多くが失われ、文献も少ないことから、「天守閣があったかどうか」が謎の一つとなっている。

 Wikipediaの甲府城の項目によれば享保の頃に大火があったようですね。江戸時代後期には「甲府勤番」といえば不良旗本の左遷先というイメージ……そして、幕末には甲陽鎮撫隊が西軍に先を越されて接収できなかったと(涙)。
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甲斐と幕末
by denden416 2008/12/25 13:59 編集
近世甲斐国と幕末と言えば新撰組が思い起こされますが、柏尾合戦だけでなくもう一つ、多摩の農村剣術興隆の契機にもなっている「天保騒動」の存在があります。

天保騒動とは多摩地方に近接する甲斐東部の郡内地方に端を発する大規模な百姓一揆で、この騒動は甲斐一国規模の騒乱となり甲府城下へも乱入しました。

幕末の有名人ですと徳川斉昭が上方での大塩の乱とともに情勢不安を日記に記していますし、江川太郎左衛門も騒動を警戒して斎藤弥九郎などを派遣して情報収集に務め、騒動後の後始末にも携わっています。

相次ぐ異国船の来航に加えて天保騒動のような社会不安が多摩地方でも農村剣術が興隆し、新撰組の誕生にも繋がってくるわけです。
    
ご教示ありがとうございます。
by 白牡丹 URL 2008/12/25 16:57 編集
denden416さん、詳しいコメントをありがとうございます。

ちょうど、『未完の「多摩共和国」 新選組と民権の郷』を読み返し、甲州で発生した天保騒動が武州の代官領に拡がるのを阻止しに多摩方面を訪れた江川太郎左衛門英龍が、多摩~八王子ラインで拡大を食い止めたという記述を読み返していたところです。

この当時日野宿の名主は佐藤彦五郎さんの先代でしたが、多摩と江川英龍との結びつきが甲州騒動に端を発したこと、その後名主を継いだ数え11歳の彦五郎さんに後見をつけたりして江川英龍が多摩方面をとても重視していたこと、など、改めて認識しました。

横浜の開港後は輸出第一の品目である生糸を横浜に運ぶ生糸商人が八王子~横浜の"絹の道"を往来するなどして多摩が交通の要衝となった一方、治安も悪化したため、自衛のために多摩の名主・郷士階級が進んで剣術を習い始め、天然理心流がこの階級に広まった、という流れもありますね。それが新選組を結成した近藤勇・土方歳三・沖田総司・井上源三郎の出身母体だったわけです。

ご指摘の通り、甲斐と多摩の繋がり(考えてみれば甲州街道という太いパイプで繋がっているのですから当然ですが)を改めて認識しました。ありがとうございました。
    
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