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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今年も大河ドラマは脱落しそうな予感……(涙)。

福島
会津キャンペーンクルー複数年活動へ
 会津若松観光物産協会は平成23年度の会津親善大使「会津キャンペーンクルー」の公募を中止する。
 ここ2年間に選ばれたキャンペーンクルー6人が引き続き担う。
数カ月かけ、日本舞踊を習い、幕末を中心とした会津の歴史を詳しく学ぶなど育成は本格的で費用も時間もかかるため、複数年の活動が望ましいと判断した。


群馬
小栗上野介:海自横須賀地方総監が墓参り /群馬
 高崎市倉渕町権田の東善寺(村上泰賢住職)に18日、海上自衛隊横須賀地方総監、高嶋博視海将が訪れ、小栗上野介の墓参りをした。小栗が幕末に横須賀製鉄所を造った縁で、同寺と横須賀市が交流する機会は多いが、同総監の来訪は初めてという。
 高嶋海将は墓参り後、小栗上野介顕彰会の市川平治会長の説明を聞きながら、同寺に展示されている遺品や関連資料を見学。「小栗は日本の夜明けに貢献した人物の一人だが、その思いをさらに強くした」と話した。
 同寺によると、小栗は1860年に遣米使節の目付け役として渡米後に世界を一周。近代化を唱え、勝海舟ら幕臣が反対する中、横須賀に製鉄所建設を推進した。同製鉄所は明治政府に引き継がれて海軍造船所となり、多くの船を製造した。【増田勝彦】


神奈川
横浜開港資料館:「痛っ 歯が痛い」展 発祥地で近代歯科医学の歴史たどる /神奈川
◇足踏み式機械など150点
 横浜が発祥地である近代歯科医学の歴史をたどる展示「痛っ 歯が痛い-歯科医学の誕生と横浜-」が横浜開港資料館(横浜市中区)で開かれている。大正期の足踏み式の歯を削る機械を見れば、歯科医学の進歩に感謝の念が生まれそうだ。
 展示では、江戸時代の木製入れ歯や明治期の歯科医師の写真など県内に伝わる150点を紹介している。
 西洋で1800年代に描かれた歯科治療の様子の絵は、勝ち誇った表情の歯科医師が苦痛に顔をゆがめる患者の歯を抜く構図がコミカルだ。
 大正から昭和初期に使用された治療椅子と足踏み式の歯を削る機械も展示。現在より削り機の回転数が少ないため伝わる痛みは大きかったという。
 現在日本の歯科医療は世界トップ水準とされるが、幕末に西洋人歯科医が来日するまでは抜歯が虫歯の唯一の治療法だった。1903年に県内で21人だった歯科医師も現在約3800人(県歯科医師会登録者数)に上る。
 展示は4月24日まで。企画した同館の石崎康子主任調査研究員は「痛かった経験を思い出してしまうかもしれませんが、展示を見て自分の歯が受けてきた治療も振り返ってみては」と話している。【杉埜水脈】


三重
専修大:創設者・駒井重格の映画「学校をつくろう」 19日から名古屋などで /三重
◇桑名ゆかりの人物描く ぜひ観賞を
 現在の桑名市出身の駒井重格(1853~1901年)ら4人の若者が設立した専修大の創立130周年の記念映画「学校をつくろう」が完成し、15日、県内の同大関係者3人が桑名市役所を訪れ、水谷元市長に桑名ゆかりの人物を描いた映画の観賞を勧めた。
 駒井は桑名藩士、駒井重周の子として生まれた。戊辰戦争には桑名藩の一員として参加、維新後は旧桑名藩主の松平定教とともに米国に留学し、経済学を学んだ。帰国後の1880年、留学中に知り合った相馬永胤ら3人と専修学校(現・専修大)を開校した。
 あらすじは、専修大を創立した駒井ら4人の若者が明治維新の動乱期に命がけで海を渡って米国で勉び、帰国後、当時としては最先端の学問の法律や経済を学ぶ学校の開設までを描いている。原作は志茂田景樹氏の「蒼翼の獅子たち」(河出書房新社)で、「ひめゆりの塔」などを手掛けた神山征二郎さんが監督を務めた。駒井役に柄本時生、相馬役に三浦貴大らが出演している。
 市役所を訪れた専修大校友会県支部の鈴木裕志支部長が「上映を機に、駒井先生のことを桑名の皆さんにもっと知ってもらいたい」と話すと、水谷市長は「桑名で上映されないのが残念」と答えていた。19日から、名古屋市中村区のゴールド劇場など、全国4カ所で上映される。【沢木繁夫】



高知
松平頼該:まつわる品一堂に 書画、人形など60点展示--高松市歴史資料館 /四国
「左近さん」の呼び名で親しまれた高松藩八代藩主の長男、松平頼該(よりかね)(1809~68)の書や絵を集めた「左近さんが居た幕末」が、高松市昭和町1の市歴史資料館で開かれている。3月21日まで。

 頼該は江戸で生まれ、幼少期に高松に移った。鳥羽伏見の戦いで高松藩が朝敵とされた際、天皇を尊重する立場で戦いを回避したという。能や狂言も好み、自ら役者になって芝居を披露したり、県無形民俗文化財の人形芝居「香翆座デコ芝居」を奨励したりした。

 同館や個人が所蔵する頼該にまつわる品約60点を展示。緻密な自画像や、軽い筆さばきでコミカルに舞う役者を描いた「三番叟之図」、法華宗の研究ノート、唯一現存する頼該が与えたデコ芝居の人形などをそろえた。また、松平一族や頼該と親交があった藩士の藤澤南岳や長谷川宗右衛門などの作品も並んでいる。

 午前9時~午後5時。月曜休館。一般200円、大学生150円、高校生以下無料。問い合わせは同館(087・861・4520)。【馬渕晶子】


島根
米子城大改修たたえる俳句 旧家・鹿島家で見つかる
 鳥取県米子市の旧家・鹿島家(同市立町2丁目)で、江戸時代に米子城を預かった荒尾氏の10代・成裕が詠んだ俳句の短冊が見つかった。幕末に鹿島家が米子城の大改修を肩代わりしたお礼に贈られた作品で、専門家は「荒尾氏の鹿島家に対する気の使いようが分かる興味深い資料」としている。
 鹿島家では2008年以降、幕末から明治にかけて詠まれた和歌の短冊約200点、写本十数冊が見つかった。今年1月、これとは別に保管されていた資料を米子高専の原豊二准教授(38)=日本文学=が分析したところ、俳句の短冊5枚が荒尾成裕の作品と分かった。
 このうち「春風の手柄も添えて初ざくら」は「鹿島の精功を賞して」との詞書が添えられており、1852(嘉永5)年に着手した米子城四重櫓の大改修で、豪商の鹿島家が巨額の資金と労力を提供したことをたたえている。
 米子城の大改修では鹿島家の労をねぎらい、四重櫓に飾られていたしゃちほこが同家に与えられたことが広く知られているが、成裕が自ら文芸作品を贈っていたのが分かったのは初めて。
 原准教授は「俳句を作って商人に贈るのは、武士のトップとして最高の敬意を伝える行為。しゃちほこを贈って終わりではなく、その後も俳句を通じた関係が続いたのでは」とみている。
 今回見つかった短冊は4月10日、「城下町米子えーとこ発見フェスタ」の一環として鹿島家で公開する予定。14代当主の鹿島恒勇さん(75)は「短冊は祖先が殿様から褒められることをしていたの証しであり、感慨深い」と話している。



佐賀
「幕末、佐賀が歴史の鍵握った」と作家・星さん講演
 歴史作家の星亮一さんを中心とした「戊辰戦争研究会」の講演会が20日、佐賀市の佐賀城本丸歴史館であった。星さんは「アームストロング砲を有する佐賀藩の参戦が、戊辰戦争終結の要因でもあった」と話し、歴史ファンら約100人が耳を傾けた。
 幕末の会津藩や戊辰戦争についての著書が多い星さんは「佐賀藩のアームストロング砲と戊辰戦争」と題して講演。「上野戦争では命中率が悪かったものの、戊辰戦争では鶴ケ城(会津若松城)にかなりの数が着弾した。砲撃音はすさまじく、開城の決め手にもなった」と臨場感たっぷりに話した。
 また、薩摩、長州の動きなど幕末の政治状況を解説しながら「佐賀藩はキャスチングボートを握った」とも。佐賀藩の功績について佐賀大の伊藤昭広准教授と意見を交わした。
 同研究会は全国各地の会員がインターネット上で戊辰戦争に関する情報や意見を交換している。


ブックレビュー
官軍の側の史観に異議 佐々木譲さん「婢伝五稜郭」刊行

 幕末から明治へと向かう大変革期、官軍と旧幕府軍による戦いの最終場面を迎えた箱館五稜郭。榎本武揚率いる旧幕府軍が降伏したのちも「共和国建設」の夢を追って戦う残党を描いた佐々木譲さんの『五稜郭残党伝』『北辰群盗録』に続く『婢伝(ひでん)五稜郭』(朝日新聞出版)が刊行され、「五稜郭」三部作が完結した。「官軍の側から書かれた歴史に対して、異議申し立てができた」という佐々木さんに聞いた。

    ◇

 冒頭、官軍は箱館病院分院を襲う。ベッドに伏せる傷病兵ばかりか、医師すらも惨殺する。佐々木さんは史実に基づいて書いたという。
 「これまで五稜郭シリーズで、官軍史観におずおずと異議を唱えてきたが、今回ははっきりと虐殺の場面を描き、官軍のやったことを示したかった」
 西洋医学を学び、医師を手伝う志乃の目前で彼女の思い慕う青年医師が殺され、「戦う女」へと変身していく。戦う女性を主人公に据えたのは「観念で戦う男たちと生活実感で戦う女性とを対比したかったから。明治初期の北海道で、具体的に医学という専門性を生かしてアイヌの人たちの力になれる主人公を設定した」。
 青年医師を惨殺した官軍兵への復讐(ふくしゅう)を果たし、追われる身となった志乃が出会うのが榎本軍の残党、三枝弁次郎。共和国建設の夢を捨てきれない三枝と居場所を失った志乃は、迫る官軍と激しく戦いながら、北海道の奥へ奥へと逃げ続ける。途中、迫害されるアイヌの人たちの厳しい現状を知る。
 ともに戦い、心通わせる二人だが、共和国建設という夢に生きる三枝と、今ここで苦しむ人たちを救うことこそが共和国建設だと思い至る志乃。二人の切なくもさわやかなラストが用意されている。
 「五稜郭」三部作は、箱館戦争終結後の後日談にあたる。それに先立つ物語を佐々木さんは『武揚伝』として著している。一連の作品群は、明治維新を別の角度から浮かび上がらせてもいる。
 「明治維新が薩摩長州の視点でしか書かれていないのに疑問があった。幕府と朝廷の対立が前近代と近代の対立のように語られることもあるが、単に日本の西と東の内戦の側面もあった。西の人と東の人ではみえるものが違う。北海道から見ればもっと違う。書いてみて、ぜんぜん違う歴史があるじゃないかとわかった」という。
 「五稜郭」三部作は完結したが、「海軍の残党の話はいずれ書きたい。明治政府側からみれば海賊だが、自らは共和国海軍との思いで戦いを挑んだ男たちの物語です」と話している。(都築和人)








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