新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
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2月も今日で終わり、明日から3月。時の経つのは早いものだなぁと思います。寒暖の差が激しいこの頃ですが、寒い日にも陽差しが明るかったり、春近しと思います。
宮城
作並温泉で回文全国コンテスト
栃木
「梁田戦蹟史」を復刻 戊辰戦争、東日本最初の戦い 山口県の出版社
「サツマイモの天ぷらを売っていた町のてんぷら屋が薩摩兵に怒られた」……なぜ怒られたのか今いち不明な記述(苦笑)。
敗れた?晋作 日記白紙に 長州藩士と勝負の『壬生剣客伝』 町立『資料館』で企画展
長野
下諏訪宿に新博物館「花屋茂七館」完成 木喰上人の菩薩像も
静岡
街中まるでスクリーン シネマフェスに合わせ 静岡
滋賀
歴史的風致形成建造物:彦根市、6件指定 国の補助で修復・保全へ /滋賀
京都
【龍馬ゆかりの地を行く・京都番外編】御所に砲声、蛤御門の変
高知
自由民権記念館で最初の龍馬小説紹介 高知
長崎
NHK大河ドラマ:「龍馬伝」、大村湾上で県内初のロケ /長崎
「HTB龍馬伝館」オープン 幕末帆船クルーズも実施
ブックレビュー
今週の本棚:山内昌之・評 『鳥羽伏見の戦い--幕府の命運を…』=野口武彦・著
今日はつい歴史CGスーパームックを購入してしまいました^_^;が、野口武彦氏による鳥羽伏見の戦い、早く読みたい本のリスト最上位の一冊です。
今週の本棚:松原隆一郎・評 『アメリカの公共宗教』=藤本龍児・著
米国は多民族多文化の国ですが、「アメリカ教」的なものがあるということを以前から感じていたので、ちょっと関心を引く本です。
宮城
作並温泉で回文全国コンテスト
上から読んでも下から読んでも同じ読み方になる「回文」の全国コンテストが27日、仙台市青葉区の作並温泉で始まった。県内外の回文ファン約50人が、即興で作品を披露するなど言葉遊びを楽しんだ=写真。28日まで。
コンテストは、幕末の仙台で千以上の回文を作った「仙代庵(あん)」という作者の作品が刻まれた道標が旧作並街道にあることから、地域の活性化につなげようと12年前から毎年開かれている。
句や歌など計277点の応募があった。「策なんか 仕分けはけわし 官泣くさ」など時世を読んだ作品も。審査の結果、最優秀賞は青葉区の会社員荒井正生(まさ・き)さん(52)の「もどれない 恋の旅路よ 燃ゆる夜 湯もよし飛騨の 憩いなれども」。
栃木
「梁田戦蹟史」を復刻 戊辰戦争、東日本最初の戦い 山口県の出版社
薩摩・長州藩を中心とする新政府軍と、旧幕府軍が戦った戊辰戦争。東日本最初の戦いとなった下野梁田宿(現足利市)の戦いを大正期の在野の歴史家、真下菊五郎が解明した「明治戊辰梁田戦蹟史」(1923年刊)が山口県周南市のマツノ書店から330部限定で復刻された。両軍関係者への取材と地元の人たちへの聞き取りを加えた手法は今日の郷土史に通じる。維新や戊辰戦争の非日常性をあぶり出す地元民の目撃、体験談は今でも新鮮だ。
鳥羽伏見の戦い(1868年)から箱館の戦い(69年)に至る戊辰戦争は、国内最大の内戦。本県でも宇都宮城や壬生城をめぐり攻防戦が続いたが、梁田戦はわずか1日の戦闘で決着がついたため、これまで注目度が低かった。しかし大敗を喫したこの初戦こそ、旧幕府軍を越後へ、さらに箱館へと向かわせた大きな要因となったとみる。
真下は梁田に近い群馬県の出身。身近に聞き及んだ戊辰戦争の史跡や記録が消滅することを憂え、「防長回天史」「古屋作左衛門日記」(幕臣)などの史書、記録類と官軍、旧幕府軍の将官や家族、地元古老らの聞き取り調査を行い、戦いの実態を解明した。
本書は「官軍」「幕軍」など全5編と付録で構成。圧巻は「戦争関係者の談」。80人余の地元の人たちの声が加わったことで視界が広がった。証言も修飾せずに収録されているため、史料的価値も高いという。
例えば坂本龍馬暗殺に関与したとされる旧幕府軍の幹部の長男による「今井信郎の生涯」をはじめ、若き日の田中正造が官軍の宿陣に奔走したことや、サツマイモの天ぷらを売っていた町のてんぷら屋が薩摩兵に怒られたことなどを生き生きと伝えている。
同書を出版したマツノ書店は出版と古書売買を手掛ける老舗。山口県史料の復刻を中心に幕末、維新史料を限定出版している。経営環境が厳しい地方出版界で、予約特価による宅配便での直送方式など独自戦略を講じ、地方から全国に質の高い文化を発信している。店主の松村久さんは、こうした功績で2007年に菊池寛賞を受賞。「今回は宇都宮市の顧客の熱意で優先順位を繰り上げて出版した」と話している。A5判、617ページ。1万6千円。(問)同書店電話0834・21・2195。予約販売につき残部わずか。
「サツマイモの天ぷらを売っていた町のてんぷら屋が薩摩兵に怒られた」……なぜ怒られたのか今いち不明な記述(苦笑)。
敗れた?晋作 日記白紙に 長州藩士と勝負の『壬生剣客伝』 町立『資料館』で企画展
壬生町本丸の町立歴史民俗資料館で、企画展「壬生剣客伝」が開かれている。展示の目玉は、剣術修行の途中に壬生藩を訪れた幕末の長州藩の志士・高杉晋作(一八三九~六七年)の日記。高杉を破ったといわれる、地元ゆかりの知られざる剣客たちにスポットを当てている。 (小倉貞俊)
幕末の壬生藩は、内憂外患に備えるため武芸を奨励し、盛んに剣術が行われた。江戸時代に隆盛を極めた「神道無念流」の流祖・福井兵右衛門の出身地でもあり、同流派を教えた江戸三大道場の一つ「練兵館」には、同藩出身の実力者が名を連ねた。
六〇(万延元)年九月、壬生の城下町に入った高杉は、すでに五十歳を超えていた剣術師範・松本五郎兵衛と対戦。それまでは旅程や心境などが詳細に記されていた日記が試合直後から白紙になり、その後は雑多なメモの書き付けに変わった。
五郎兵衛の子孫で同町在住の大橋悦子さん(65)方には代々、「高杉と試合をした五郎兵衛は一度も負けなかった」との言い伝えが残る。同館の中野正人学芸員(51)は「高杉は自信を砕かれて強いショックを受け、日記を書く気を失ったのでは」と推測する。
また、練兵館の塾頭も務めた壬生藩士・野原正一郎は四九(嘉永二)年、全国を回る他流試合で長州藩を訪問、桂小五郎(一八三三~七七年)ら百人と対戦した。長州藩側の記録には「我が剣士ほとんど皆及ぶ者なし」とあり、同藩は流派を神道無念流に転換。後に桂自身も練兵館に入門し、塾頭にのぼり詰めることになった。
中野学芸員は「彼らの活躍が知られていないのは、壬生藩が幕府を守る立場の譜代大名だったため。藩の名前が前面に出てしまい、個人に光が当たらなかった」と分析。「剣術が盛んだった壬生から、多くの逸材が生まれたことを知ってほしい」と訴えた。
企画展は三月十四日までで、入場料は一般二百円、中学生以下無料。月曜休館。
問い合わせは同館=(電)0282(82)8544=へ。
長野
下諏訪宿に新博物館「花屋茂七館」完成 木喰上人の菩薩像も
下諏訪町横町木の下の温泉街、中山道下諏訪宿に新たな集客施設として期待される街かど博物館「花屋茂七館」が完成、27日の開館式には青木悟町長ら多数の関係者が祝福に駆けつけた。3月1日、正式開館する。
花屋茂七は元教諭で館主を務める小松秀夫さん(71)の3代前の先祖。1861年、同地に茶屋兼旅籠(はたご)を開いた。茂七とその父が信心深かったことから宗教関係の掛け軸、書画、浮世絵などが多数集まり、家宝として約1200点が受け継がれてきた。
町の観光振興条例に基づく補助を受け、自宅1階部分の約20畳を展示場に改修した。小松さんは「広く公開する場を得て心からうれしい」と喜びを口にした。
開館を記念した企画展では庶民信仰をテーマに60点を公開。木喰(もくじき)上人(1718~1810年)作の「虚空蔵菩薩(ぼさつ)像」(町指定文化財)や諏訪大社大祝自書の諏訪大明神軸、幕末・明治期に活躍した山岡鉄舟、金井之恭(ゆきやす)らの書もある。
入館無料。通常開館日は金土日曜日の午前9時から午後4時まで。問い合わせは同館=電0266(27)5911=へ。
(梅村武史)
静岡
街中まるでスクリーン シネマフェスに合わせ 静岡
静岡市葵区七間町の映画館や近隣商店街で3月4日まで開催中の「シズオカ・シネマパーク・フェスティバル2010」(同実行委、市主催、静岡新聞社・静岡放送共催)に合わせて、映画にちなんだ「まちなかシネマイベント」が27日、葵区の中心市街地で繰り広げられた。
「スター・ウォーズ」シリーズに登場する、帝国軍キャラクターの世界的コスプレ団体「第501軍団」日本支部のメンバーが呉服町商店街などを練り歩き、家族連れやカップルの注目を浴びた。
また、新撰組を描いた「幕末残酷物語」など時代劇作品の16ミリフィルム上映会のイベントとして、殺陣師集団が同区紺屋町の小梳神社境内を舞台に、幕末を想定した演武を披露。時代劇ファンを楽しませた。
「まちなかシネマイベント」は、28日にも行われる。
滋賀
歴史的風致形成建造物:彦根市、6件指定 国の補助で修復・保全へ /滋賀
◇金亀会館/旧鈴木屋敷長屋門/中村商家保存館/旧彦根藩足軽組辻番所/中居家住宅/太田家住宅
彦根市は、旧彦根藩足軽屋敷に現存する「旧彦根藩足軽組辻番所」(同市芹橋2)や旧彦根藩校の講堂だった「金亀(こんき)会館」(同市中央町)などの建造物6件を、歴史まちづくり法(歴まち法)に基づく「歴史的風致形成建造物」に指定した。今後、国の補助を受けて修復・保全し、まちづくりに生かす。【松井圀夫】
同市は昨年1月、歴まち法で国の認定を受けた「彦根市歴史的風致維持向上計画」で17件を候補に挙げ、所有者と同建造物の指定に向けた協議を進めている。今回、初めて指定したのは、市を含む各所有者との協議が整った建造物。
「辻番所」は、足軽屋敷の通りの辻の要所に配された建物。城下町の歴史的景観を伝える唯一の施設として貴重という。「金亀会館」は幕末の大老で第十三代彦根藩主・井伊直弼も学んだ。
他は▽中級武家屋敷の長屋門として貴重とされる「旧鈴木屋敷長屋門」(立花町)▽江戸期の建造物の様式が残る町家の「中村商家保存館」(旭町)▽足軽屋敷の形態を伝える「中居家住宅」(芹橋2)と「太田家住宅」(同)。
6件は同時に景観法に基づく「景観重要建造物」にも指定された。市は今後10年間で残る11件の指定作業を進める。指定されると、建造物の修復や改築にかかる事業費の2分の1について国の補助が受けられる。(写真は彦根市提供)
京都
【龍馬ゆかりの地を行く・京都番外編】御所に砲声、蛤御門の変
「パン、パン、パン」。元治元(1864)年7月19日朝、京都御所周辺から乾いた音が何度も響き渡った。「蛤御門(はまぐりごもん)の変」の勃発だ。気勢とも断末魔ともとれる声も交錯する中、御所の中で息を潜める公家たち。
「蛤御門」は京都御苑の西側を南北に走る烏丸通沿いに建つ。門柱には鉄砲から発射された数発の弾痕がえぐれたような形で残り、戦いのすさまじさを今に伝えている。
ペリー来航後、幕府が朝廷の勅許を得ず外国との不平等条約に調印。この幕府の弱腰ぶりに天皇の絶対的な権威を背景に外国を討とうとする長州藩ら尊皇攘夷(尊攘)派と、幕府と天皇が一体化して幕藩体制を強化しようとした公武合体派が対立した。
それは東西700メートル、南北1300メートルの範囲に約200の邸宅が並ぶ京都の公家町でも顕著で、狭い通路を隔てて幕府側の九条家から長州藩側の鷹司家がにらみ合い、この戦いでは大砲を撃ち合うという状態だったという。
× × ×
蛤御門の変前の文久3(1863)年8月18日、薩摩・会津・土佐藩の公武合体派により長州藩が京都を追放された(八・一八の政変)。さらに翌年の元治元年、三条の池田屋に集まった尊攘派の志士が新選組に殺傷・逮捕されたことで、その報復として挙兵した長州藩。
約3千人が伏見と天王山(京都府大山崎町)、嵯峨・天龍寺の三方から御所を目指したのに対し、守る幕府軍は8万人。長州軍は中立売御門と下立売御門を突破し、幕府軍を押す。蛤御門から御所の南西角まで進むと長州藩遊撃隊総督の来島又兵衛の討ち死にした場所とされるムクノキがある。
蛤御門を守るのが八・一八の政変の首謀者で、新選組を抱える会津藩というだけに、特に激しかったという。だが多勢に無勢。しかも三方の連携に欠けた長州軍が幕府軍に敗れた。
× × ×
長州側には、幕府寄りの藩の弾圧から逃れるため脱藩した多くの土佐藩士がいた。中岡慎太郎は天龍寺から目指したが途中で負傷し薩摩藩の支藩に助けられる。千屋菊次郎や松山深蔵、能勢達太郎、安藤真之助らは天王山で近藤勇ら新選組と会津兵の攻撃を受け、真木和泉(久留米)らとともに自刃している。
京都と大阪の境、天王山の麓に建つ宝積寺。この境内にあるハイキングコースの入り口から結構険しい山道を登ること約30分、頂上に近い、うっそうとした木々に囲まれた中に真木らを顕彰した「天王山十七烈士の墓」がある。
中央の17人の業績を記した石碑を取り囲むように並ぶ墓石。いずれもコケむし、木々の間から差すわずかな光で何とか名前を読むことができるが、長い時代の流れを感じずにはいられない。
× × ×
長州以外の中、四国の諸藩も尊攘か佐幕かで揺れ、京都でその一端を見ることができる。
文久3(1863)年、因幡鳥取藩の尊攘派が西本願寺北隣にあった本圀寺で藩主側近の公武合体論者を襲っている。また、蛤御門の変では長州藩邸から逃げ出した桂小五郎を御所に近い堀川の藩邸に一時、匿っている。親藩の松山藩でも池田屋事件で討たれた尊攘派の中に同藩出身者の名前が見えるなど、内部では両派のせめぎ合いがあったとみられる。
そして、当時の坂本龍馬は、貿易と海軍の必要性を説く勝海舟が設立した海軍総練所で船のけいこに励んでいたが、尊攘派として池田屋事件にかかわった総練所の塾生がいたために総錬所は閉鎖。このころから次第に龍馬も幕府から目をつけられるようになる。(園田和洋)
高知
自由民権記念館で最初の龍馬小説紹介 高知
幕末の志士・坂本龍馬を題材にした最初の小説「汗血千里の駒」の挿絵などを紹介する企画展が、高知市桟橋通の市立自由民権記念館で開かれている。「龍馬の遺志を継ぐもの」をテーマに、同記念館が取り組む年間企画の第1弾。3月28日まで。
龍馬のおいで同じように自由民権運動にかかわった坂本直寛と交流があった坂崎紫瀾が明治16(1883)年に地元新聞に連載した小説の挿絵の複製66点を展示。身分制度の厳しい土佐藩で起きた井口村刃傷事件や龍馬が仲介した薩長同盟、京都・近江屋での龍馬暗殺など主要な出来事に分けて紹介している。
さらに妻のお龍や師事した勝海舟ら龍馬の周辺にいた人物の挿絵を並べたコーナーも設置。小説の貴重な初刊本や挿絵を描いた絵師が残した錦絵などの資料約50点も展示している。
同記念館は「龍馬について人々の記憶が残る時代に書かれており、今の小説やドラマの原点ともいえる」としている。入場無料。問い合わせは同記念館((電)088・831・3336)。
長崎
NHK大河ドラマ:「龍馬伝」、大村湾上で県内初のロケ /長崎
◇自衛官、住民エキストラ出演
NHKで放送中の大河ドラマ「龍馬伝」で県内初のロケがこのほど、大村湾の海上で行われた。4月18、25日、5月2日に放送される。
長崎市出身の歌手で俳優、福山雅治さん(41)演じる主人公・坂本龍馬が、勝麟太郎(りんたろう)(海舟)に幕府軍艦「咸臨丸」の船上でジョン万次郎を紹介されるシーンや、龍馬と勝が神戸に向かうシーンを撮影。勝役の武田鉄矢さん(60)、万次郎役のトータス松本さん(43)らが出演した。
ハウステンボス(佐世保市)が幕末の蒸気帆船を復元した「観光丸」を、「咸臨丸」「順動丸」として想定。海上自衛隊大村航空基地(大村市)の自衛官らが乗組員を演じるなど地元住民約40人がエキストラとして出演した。NHKによると、今後も県内でのロケを検討しているという。【錦織祐一】
〔佐世保版〕
「HTB龍馬伝館」オープン 幕末帆船クルーズも実施
佐世保市のハウステンボス(HTB)に27日、NHK大河ドラマ「龍馬伝」の衣装や小道具、写真パネルなどを展示する佐世保・ハウステンボス龍馬伝館が開館、記念式典が現地であった。市、佐世保観光コンベンション協会、HTBの3者が事業主体で、来年2月末まで。
朝長則男市長は式典あいさつで、「ドラマの世界をリアルに体感してほしい」、東園基宏HTB社長は旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS、東京)が支援企業に決まった再建問題に触れ「荒波の中にあったハウステンボスが新たな航海に出る。今後もご支援を」、金子原二郎知事は「龍馬ブームに乗って、ハウステンボスを全国にPRして」とそれぞれ述べ、テープカットで開館を祝った。
式典後、政財界、観光業界などの来賓約80人や一般客らが施設内を見て回った。
入館料は大人500円、4歳~高校生300円。龍馬ゆかりの復元帆船観光丸による幕末帆船クルーズも実施中。問い合わせはHTB総合案内センター(電0956・27・0001)。
ブックレビュー
今週の本棚:山内昌之・評 『鳥羽伏見の戦い--幕府の命運を…』=野口武彦・著
◇『鳥羽伏見の戦い--幕府の命運を決した四日間』
(中公新書・903円)
◇無言の死者たちから聞き取る旧幕軍の敗因
慶応四(一八六八)年一月の鳥羽伏見の戦いは、落日の徳川家の命運を決しただけでない。
野口武彦氏は、もし徳川が勝っていたなら、天皇を政治利用した薩長中心の専制政体も出来なかったのでは、とマクロな歴史解釈を示す。著者は、新政府軍と旧幕軍の双方から約四〇〇人の戦死者を出した事変の解釈に、戦史の説明に必要な親切心がこれまで欠けており、戦死者たちの「無言の悲哭(ひこく)に耳を傾ける敬虔(けいけん)さ」に乏しかったと指摘する。旧幕軍の将兵が京都を目指して進撃したのは、前将軍の本意でないという『徳川慶喜公伝』(渋沢栄一著、一九一八年)のような慶喜弁護の説と死者への冷淡な態度には我慢がならないらしい。
野口氏は、慶喜が再入京して政治の実権を薩長から取り戻す野心から「討薩の表」を掲げて、新鋭の元込銃(もとごめじゅう)たるシャスポー銃も備えた軍隊を進発させたものの、戦い利あらずと見るや衝突は我が意志でないと白(しら)を切る卑怯(ひきょう)さを、慶喜の側に仕えた小姓の証言などで証明する。
錦旗が掲げられると動揺した慶喜は、会津や桑名の両藩が暴発したとして「勝手にせよ」と臣下に責任を転嫁してしまう。大坂城で連敗の報に接した慶喜は、声涙ともに下る大演説をぶって士気を鼓舞したかに思える。城下を焦土と化し自分が死んでも江戸の忠義の士が志を受け継ぐから当地で死を覚悟して戦おうという弁なのだ。将兵たちが感動してこの御大将の下で勇戦しようと覚悟した矢先、慶喜はまさに舌の根の乾かぬうちに大坂城から逃亡して海路江戸に遁走(とんそう)する見苦しい有様を著者は時間を追って微細に描く。
この卑怯な振る舞いは、慶喜に裏切られ朝敵の汚名を着せられた会津藩士らから「例の変節病」と厳しく批判された。慶喜は演説も「方便だよ」と脱走の下地を描いたかのように説明をする。とてもリーダーの器とは思えない。それでも、幕末の大政奉還のばくちから鳥羽伏見の戦いの決心にいたるプロセスでは、政治外交家としてのすぐれた片鱗(へんりん)も見せるのだから複雑な人物には違いない。野口氏は、慶喜が頭脳明晰(めいせき)・言語明瞭(めいりょう)・音吐(おんと)朗々と三拍子揃(そろ)っていながら、肉体的勇気が欠けていたと指摘する。確かに、目の前にいる主戦派家臣であれ薩摩軍であれ、強そうな相手に恐怖を感じるタイプだったのであろう。「せめてしばらくの間、恐怖感の発作が過ぎ去るのを待っていたら、続いて起きた事の経過はかなり違っていただろう」という指摘には、かなりの説得力がある。
入京してから薩摩と「限定戦争」をすると青写真を描いていた旧幕軍には機動的な判断能力が欠けていた。薩摩軍と接触した時にすぐ開戦に踏み切ればよかったのだと、野口氏は、旧幕軍の「お人好(よ)しぶり」に同情する。しかし、会津藩や新選組の奮闘ぶりには愛惜の念をこめて筆を進める。なかでも会津藩大砲奉行の林権助(ごんすけ)は、薩摩藩砲兵陣地の正面になる伏見奉行所の危険な持ち場を離れず、わずか十メートルの至近距離で銃を撃ち合い白兵戦に入る局面を指揮する。三発被弾しても「雷のような声で槍(やり)入れを命じる」権助には鬼神がとりついたような迫力が感じられる。勇士たちはいたのである。また、著者渾身(こんしん)の実証努力で旧幕軍がシャスポー銃を装備していたこともつきとめた。兵器も劣っていなかったのである。旧幕軍が敗北したのは高級旗本ら奉行指揮官の無能力もさることながら、ひとえに最高司令官慶喜の卑怯と怯懦(きょうだ)のせいである。歯噛(はが)みして悔しがる野口氏の見方を共有する読者も多いことだろう。
今日はつい歴史CGスーパームックを購入してしまいました^_^;が、野口武彦氏による鳥羽伏見の戦い、早く読みたい本のリスト最上位の一冊です。
今週の本棚:松原隆一郎・評 『アメリカの公共宗教』=藤本龍児・著
(NTT出版・2940円)
◇見え隠れする「聖書的伝統」
幕末以来、アメリカは日本にとってたえず気になる大国だった。黒船到来で幕藩体制は倒壊し、恐怖は日露戦で無根拠の自信に転化、大戦で激突した後には一転して帰依の対象となった。関係は敵対と宥和(ゆうわ)の間を揺れ動いたが、研究すべき相手であったことだけは変わらない。戦後には先進国の強さの秘密が近代化にあると見立て、社会科学の近代化論が輸入された。
ところが近代化論のレンズを通すと、アメリカは妙に屈折して見える。というのも近代化論では、科学が進み経済が発展すれば宗教性は薄れるとされるからだ。なるほどヨーロッパ諸国はそうである。
しかしハンチントンの『分断されるアメリカ』(集英社)によれば、「国を誇りに思う人々の割合」と「暮らしの中で神の重要性を高く位置づける人々の割合」の相関を取ると、なんとアメリカはトルコやナイジェリア、インドと同等になる。つまりアメリカは、国と神を重視する人口比において先進国中唯一、途上国並みの「神の国」なのだ。それゆえに9・11とそれへの報復は、イスラム原理主義対キリスト教原理主義の戦いとも評された。現代のアメリカを知るには、宗教は必須なのである。
では、社会科学の前提を敢(あ)えて疑い、「宗教的なるもの」に目を凝らしてアメリカを眺めるとどうなるか。アメリカ史や社会哲学、社会学・宗教学の膨大な資料に分け入り、「ニューエイジ」や「原理主義」「リヴァイヴァル」「宗教右派」「ネオコン」「コミュニタリアン」「新保守」等のキーワードを丹念に精査して、「アメリカは公共宗教の国である」という大胆な仮説を提示したのが本書である。
宗教社会学では近年、宗教は近代化論が言うようには衰退せず、「個人化・私事化」するのだとされている。一九七○年代のカウンターカルチャーに発し霊性に注目する自己啓発やヒーリング等の「ニューエイジ」では、世俗外の神による抑圧を解き、「ほんものの自分」を追求することが試みられた。
聖書の批判的な検討や公教育での進化論の授業に対しては、「聖書無謬(むびゅう)説」や「千年王国説」を奉ずる原理主義が対抗した。終末が到来する直前に千年間の王国が実現するとして、神と直接に交わる「回心」のような神秘体験が史上幾度か流行した(リヴァイヴァル)。
カウンターカルチャーの波に乗って唱えられた中絶合法化や「祈りの非合法化」に危機感を抱いた福音派は宗教右派となって内政に圧力を加え、ネオコンは中立的価値観にもとづく外交の弱腰に異を唱えて「悪の枢軸」打倒を目指した。
科学の進歩や経済発展、聖書批判や進化論教育という近代化は単線的には進まず、カウンターカルチャーやニューエイジ、原理主義やリヴァイヴァル、福音派やネオコン等の反作用を爆発させたのである。これらは個人化・私事化した宗教と一括(ひとくく)りにできるだろうか。
著者はベラーにならい、多様な宗教と文化が共存し競争するアメリカであればこそ、多文化が差異に固執して分裂せず、むしろ最大多数として共有され愛や救済よりも秩序や法を重視する、公共宗教への道を育(はぐく)んだと見る。それが独立宣言や憲法、大統領の就任演説等の公的言説に見え隠れする「心の習慣」すなわち「公共宗教」であり、要は「聖書的伝統」だという。
みずからの「正しさ」を絶えず問うたリンカーンが永遠のヒーローだとのことだが、では天皇制は公共宗教なのか?と連想させられる。新世代の斬新なアメリカ論である。
米国は多民族多文化の国ですが、「アメリカ教」的なものがあるということを以前から感じていたので、ちょっと関心を引く本です。
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