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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 『八重の桜』は、今日が池田屋事件の回ですね。

福島
県内外の児童・生徒無料 5月開幕「八重の桜展」
 県は、5月17日に県立博物館(会津若松市)で開幕する企画展「八重の桜展」(7月3日まで)について、県内外の小、中、高校の児童・生徒は観覧無料とする。
 期間中は教育旅行シーズンと重なるため、無料化を東京電力福島第1原発事故の影響で落ち込んだ教育旅行需要の回復に向けた起爆剤としたい考えだ。
 5日の2月県議会一般質問で、水野さち子議員(ふくしま未来ネットワーク、会津若松市)の質問に杉昭重県教育長が答えた。
 八重の桜展は、放送中のNHK大河ドラマ「八重の桜」のヒロインで、会津出身の新島八重のゆかりの和歌短冊や帽子など資料約200点を展示する。戊辰戦争前後の会津藩時代から京都で活躍する時代まで、八重の生涯や人物像を資料を通して紹介する。杉教育長は「県内外の多くの子どもに本県の歴史や伝統・文化に触れる機会を提供したい」と無料化の意義を強調した。
 県は「風評被害は根強いが、八重の桜展の無料化を教育旅行の回復のきっかけとしたい」としている。


神奈川
役者絵描けば幕末随一、砂子の里資料館で三代歌川豊国展/川崎
 幕末の浮世絵師で役者絵を描かせれば当代随一といわれた三代歌川豊国の作品を集めた展覧会が23日まで、京急川崎駅そばの川崎・砂子の里資料館で開かれている。

 三代豊国は1786年生まれ。初代に入門し、若いころは国貞を名乗っていた。展覧会には国貞時代の1818年ごろの初期の作品から、三代豊国となった1860年代の作品まで約60点が展示されている。

 片岡仁左衛門、中村芝翫、市川海老蔵、坂東三津五郎などの役者が演じる役と花をなぞらえて、謎解きのように楽しむ「当世見立三十六花撰」のひとそろいは、なかなか見られないという。

 「歌川派を安定させた幕末の重鎮。広重とも親しかった。この機会にぜひ」と斎藤文夫館長は話している。

 入場無料。日曜・祝日休館。問い合わせは、同館電話044(222)0310。



京都
新選組隊士になりきった 京都の商店街でコスプレ
 幕末、新選組が尊王攘夷(じょうい)派の志士を襲撃した「池田屋騒動址(あと)」がある三条小橋商店街(中京区)で3日、新選組隊士のコスプレイベントがあった。訪れた人たちは、コスプレーヤーのパフォーマンスや写真撮影を楽しんだ。

 同商店街振興組合が主催し、今年で2回目。商店街の歴史をアピールして…

 以降は、朝日の有料サービスとなります。

毎小ミュージアム:幕末維新ミュージアム 霊山歴史館
◇幕末ばくまつから明治維新めいじいしんの歴史れきしを調しらべる

 1970年ねん、幕末ばくまつから明治維新めいじいしんにかけての歴史れきしを調しらべる専門博物館せんもんはくぶつかんとして、当時とうじの政治せいじの中心地ちゅうしんち・京都きょうとに開館かいかんしました。維新いしんに命いのちをかけた坂本龍馬さかもとりょうまや桂小五郎かつらこごろう、中岡慎太郎なかおかしんたろうなどの志士ししをまつる墓はかや慰霊碑いれいひがある「京都霊山護国神社きょうとりょうぜんごこくじんじゃ」の向むかいにあります。

 高杉晋作たかすぎしんさくが自作じさくの漢詩かんしを記しるした鉄てつの扇おうぎや、龍馬りょうまを斬きったとされる刀かたななど倒幕派志士とうばくはししのゆかりの品しなと、幕府側ばくふがわである新選組しんせんぐみの腕章わんしょう、徳川慶喜とくがわよしのぶの書しょなど、あわせて5000点てんを超こえる資料しりょうが集あつまります。順次公開じゅんじこうかいされる約やく100点てんの展示物てんじぶつから、維新いしんを総合的そうごうてきにとらえることができます。

 今年ことしの通年特別展つうねんとくべつてんは、NHK大河たいがドラマにちなんだ「会津あいづの武士道ぶしどう」。5月がつ6日むいかまでの第だい1期きは、主人公しゅじんこうの新島八重にいじまやえの生涯しょうがいと、幕末ばくまつの会津藩あいづはんの歴史れきしを紹介しょうかいしています。(丸)

 ■京都市東山区きょうとしひがしやまく

▽最寄もより駅えき:JR「京都きょうと」駅えきから、市しバスで「清水道きよみずみち」か「東山安井ひがしやまやすい」下車げしゃ、徒歩とほ7分ふん

▽開館かいかん:開館かいかんは午前ごぜん10時じ。閉館へいかんは時期じきによって、午後ごご5時半じはん、午後ごご6時半じはん、午後ごご7時半じはんのいずれか

▽入館料にゅうかんりょう:小中学生しょうちゅうがくせい300円えん、高校生こうこうせい400円えん、大人おとな700円えん(常設展じょうせつてんのみの期間きかんは、それぞれ200円えん、300円えん、500円えん)

電話 075・531・3773


京都府文化財、新たに10件 本満寺蓮乗院霊屋など
 京都府教委は5日、本満寺蓮乗院霊屋(れんじょういんたまや)(京都市上京区)や人面付土器頭部片(与謝野町)など、新たに10件(京料理・会席料理含む)を府文化財に指定・登録することを決めた。府文化財は計712件(指定464、登録217など)となる。
 本満寺は日蓮宗の寺院。蓮乗院は、越前北ノ庄藩(福井藩)の藩祖松平(結城)秀康の正室で、霊屋には越前産笏谷石(しゃくだにいし)が使われ、元和7(1621)年と刻まれた宝篋印塔(ほうきょういんとう)があり、江戸初期の石造建築を伝える。人面付土器は、旧加悦町の温江遺跡から出土した。鶏のとさかのような突起が特徴的で部分的に赤い顔料が残る。弥生前期の人面付土器の出土は珍しい。
◆そのほかの指定、登録文化財◆
◇…指定…◇
 【建造物】「隣華院客殿ほか3棟」(京都市右京区・隣華院)1824年完成の客殿で、妙心寺山内でも最大級。豪華な造りで長谷川等伯の水墨山水画などもある。庫裏や表門など江戸時代の塔頭寺院の景観を残す。
 「麟祥院霊屋」(右京区・麟祥院)徳川家光の乳母で寺開基の春日局をまつる。江戸前期の建築で内部の彫刻や金具の意匠が細密。後水尾天皇の二条城行幸時に造営された建物の遺構と伝わる。
 「恵心院本堂」(宇治市・恵心院)1676年に建立。万福寺の造営にかかわった大工が棟梁を務めた。須弥(しゅみ)壇室と護摩壇室を一つ屋根で納め、左右非対称で珍しい。
 【美術工芸品】「報恩寺本堂障壁画」(舞鶴市・報恩寺)幕末の京都の絵師塩川文麟が描いた44面の襖(ふすま)絵。本堂全体に優れた技術で虎や龍、鶴などが描かれている。
 「木造神像」(西京区・松尾大社)摂社や末社の16体の木彫神像群。平安後期を代表する月読社の女神坐像や笑った表情の男神像や銘文が入った最古の像も含まれる。
 「唐衣裳装束(からぎぬもしょうぞく) 伝東福門院所用」(左京区・霊鑑寺)後水尾天皇に入内(じゅだい)した徳川秀忠の娘・東福門院の所用品と伝わる。優美な十二単(ひとえ)に檜(ひ)扇などがそろい、江戸前期の染織品として資料価値が高い。
◇…登録…◇
 【建造物】
 「麟祥院本堂ほか2棟」本堂は六間取りで、内部に江戸時代の絵師海北友雪の襖絵がある。明治時代に仁和寺近くから現在地に移転したが、庫裏とともに建築当初の江戸前期の部材が多く残る。


大阪
淀川べりの要塞、松平容保の深慮 楠葉台場跡(大阪府枚方市) 古きを歩けば(48)
 住宅地の外れに田畑が広がり、農道を住民が行きかう。何の変哲もない風景だが、古絵図を手にあぜ道をたどれば幕末の要塞の姿が浮かび、戊辰戦争の砲声が聞こえてくる。

外郭線が今もあぜ道となって残り、幕末の姿をしのべる楠葉台場跡(大阪府枚方市)
■勝海舟が築造指揮、内陸部唯一の台場

京都府立総合資料館が所蔵する当時の設計図。南面のみ稜堡を築いて防御を固めた構造だ。敷地内を京街道が縦貫し、中央にある番所の前を通過するようになっている
 ここは大阪府枚方市の淀川沿い、楠葉台場跡だ。幕末、日本沿岸に出没する外国船に備え、幕府は各地に西洋式の台場の築造を進めた。外国船が淀川をさかのぼって京へ押し寄せることを恐れた朝廷は、同川沿いにも台場設置を要望。京都守護職だった会津藩主、松平容保が幕府に築造を建白し、勝海舟が指揮を執って慶応元(1865)年、淀川左岸に楠葉、右岸に梶原の両台場が完成した。内陸部に設けられた台場は全国でここだけという。

 楠葉台場の設計図が京都府立総合資料館(京都市)に伝わっている。総面積は約3万8000平方メートル。火薬庫や見張り台を備え、外周に土塁と堀が巡っていた。ただし防御機能は京の反対側(川下側)にあたる南面に限られ、この面のみ五稜郭同様の欧州式築城術による稜堡(りょうほ=突出部)を採用して砲台を設置。堀や土塁も、南面は幅約12~16メートルあったが、それ以外は2分の1~3分の1の規模で仕切り程度だったとみられる。

上空からの眺めを設計図と比較すると、京阪電鉄が通る西面を除き、外郭線が今も地割としてよく残っていることが分かる(提供=枚方市教育委員会)
 台場の北にあった橋本陣屋を宿舎に福山や宮津、小浜などの藩兵が交代で警備にあたった。台場の隣地および対岸には船番所が設けられ、川を往来する舟に目を光らせた。

 梶原台場は明治維新後、開発で消滅。楠葉台場も農地になったが、京阪電鉄が通っている西面を除いて外郭線があぜ道などの地割として良好に残り、全容をうかがうことができる。枚方市教育委員会が発掘したところ「堀や虎口(入り口)、火薬庫など、ほぼ設計図通りの遺構が残っていました」と担当した竹原伸仁さんが教えてくれた。

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■真の狙いは攘夷派、長州藩への備え?

稜堡や堀の輪郭が、農道の描くカーブに浮かび上がる。遺跡は保存され、2年後をメドに歴史公園として整備される見通しだ
 設計図を見ると奇妙なことに気付く。北面と南面に入り口が設けられ、京と大坂を結んでいた京街道が台場を縦貫しているのだ。要塞とは人を近寄らせないための施設のはずだが、街道を通る一般の人々が中を行き交っていたことになる。「台場内には番所が設けてありました。容保の本当の狙いは外国船撃退ではなく、尊皇攘夷派志士を京に入れないため、また長州藩への備えとして、京の入り口に陸上の関門を設けることだったのでしょう」。同台場を研究する京都府長岡京市教育委員会の馬部隆弘さんはこうにらむ。

 そもそも朝廷が台場設置を要望した当初、諸藩からは「浅瀬の多い淀川を大型蒸気船が航行するのは困難。河岸に台場の必要性は低い」との意見が大勢を占め、立ち消えになりかけたという。だがその後、会津藩が意見をひるがえし、築造が決まった経緯があった。

遺跡の傍らに立つ石碑。「橋本砲台場」と刻んであるのは、北にあった橋本陣屋と混同したとみられる
 「転機は文久3(1863)年、等持院(京都市)にあった室町将軍の木像の頭部を尊攘派の志士が『逆賊』として切断し、賀茂川の河原にさらした『足利三代木像梟首(きゅうしゅ)事件』です」と馬部さんは指摘する。この事件で会津藩は尊攘派への融和策を捨て、対決姿勢に転じる。台場築造もその一環で、尊攘派の反発を抑えるために朝廷の要望を隠れみのにした可能性が高いという。容保が朝廷と良好な関係を築いたり、会津や幕府の存在を広く一般にアピールしたりするのにも大いに役立ったのだろう。

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■設計図を手に調査、8年前に位置特定

 慶応4(1868)年、鳥羽・伏見の合戦の最終局面で楠葉台場が登場する。台場の北にあたる鳥羽・伏見で敗れた幕府軍は、京街道を後退して橋本陣屋に集結。その時、対岸にいた津藩兵が新政府側に寝返り、橋本陣屋や楠葉台場に激しい砲火を浴びせた。「台場から反撃したとされていますが構造上、無理です。幕府軍は台場を離れ、散開して応戦しつつ大阪へ退却したのでは」。馬部さんはこう推察する。防御機能のほとんどない京方面から敵が攻めてくる想定外の事態に、軍事施設としては全く役に立たなかったようだ。

【アクセス】京阪橋本駅から徒歩約12分
 楠葉台場に関する史料は地元にはなく、正確な場所も長らく不明だった。馬部さんは設計図を手に一帯を踏査し、8年前、あぜ道の形から台場跡の位置を特定した。「不自然なL字形の田を見つけ、北面の外郭線と一致するのに気付いて興奮しました」。会津や小浜など全国各地にあった関連史料も丹念に収集し、台場の全体像を解き明かした。

 遺跡一帯は区画整理の計画が持ち上がっていたが、保存を訴える馬部さんらの声に応えて文化庁が2年前、「幕末の緊迫した状況を示す貴重な遺跡」として国史跡に指定。2015年春をメドに歴史公園に整備される見通しだ。「まさか全面的に保存されるとは思っていませんでした」。馬部さんは笑みを浮かべる。

(文=編集委員 竹内義治 写真=伊藤航)


熊本
熊本近代文学館:宮部鼎蔵の日記展示 象山の漢詩記載 /熊本
 熊本藩出身で尊皇攘夷(じょうい)派の幕末の志士、宮部鼎蔵(ていぞう)が吉田松陰と房総半島や三浦半島の砲台を視察した際の日記が、熊本近代文学館(熊本市中央区出水)で開催中の徳富蘇峰生誕150年記念展「『黒い眼と茶色の目』の周辺」で展示されている。日記には、開国論者の佐久間象山の漢詩が記され、熊大文学部の三沢純准教授(日本近代史)は「両者はあまり接点がない印象があるが、実際は宮部が象山に共感していたことが分かり、宮部の思想や行動を見るうえで意義深い史料」と説明する。

 宮部は交友があった松陰と房総半島や東北を巡行。その後、尊皇攘夷派の活動家となったが、池田屋事件(1864年)で新選組に襲撃され、自刃した。
 日記は和紙(縦約12センチ、横約11センチ)22枚に記され、後年に散逸を防ぐため屏風(びょうぶ)に仕立てている。所蔵していた宮部の子孫が死去したため、昨年3月に遺族が県立図書館に寄託した。
 日記には、宮部と松陰が1851(嘉永4)年6月13日から21日まで砲台12カ所を視察し、三浦半島の観音崎にある砲台が機能していないことや、宿で異国船の目撃情報に触れたことなどを記載。最終部分では、西洋の進んだ学問を取り入れる必要性を訴える象山の漢詩が和紙1枚半にわたって書かれている。
 三沢准教授は「漢詩の後ろに『右 佐久間修理(佐久間象山)』とある。宮部か象山本人の記載かは筆跡鑑定もしていないため現時点では判断できない」としている。
 記念展は25日まで。開館は午前9時半~午後5時15分。火曜と毎月最終金曜は休館。入場無料。問い合わせは文学館096・384・5000。【松田栄二郎】


エンターテインメント
【オリコン】恋愛ゲーム『薄桜鬼』旅行本が人気 部門別で首位に
 女性向け恋愛アドベンチャーゲーム『薄桜鬼』の旅行ガイドブック『るるぶ 薄桜鬼』(2月27日発売・JTBパブリッシング)が、週間1.4万部を売り上げ、3/11付オリコン“本”ランキングでBOOK(総合)部門25位に初登場、ジャンル別の「旅行ガイド部門」で首位を獲得した。

<先週の本ランキング>剛力彩芽主演ドラマの原作が1位に

 新選組を題材とした同ゲームは、2008年の発売以来累計60万本が販売されている人気作。これまでアニメ化のほか、ミュージカルや舞台化もされており、今夏には劇場版アニメの公開も予定している。

 『るるぶ 薄桜鬼』では、『薄桜鬼』の舞台となった新選組ゆかりの地である、京都・日野・会津・函館を、ストーリーやセリフ、名場面イラストとともに紹介。そのほか幕末歴史スポットや「るるぶシリーズ」ならではの“見る・食べる・遊ぶ”といった情報も掲載している。

 そのほか、今週のBOOK(総合)部門は、人気ゲームガイド『遊☆戯☆王 デュエルターミナル マスターガイド』(集英社)が初登場首位。文芸では、西尾維新の最新作『悲痛伝』(講談社)、NEWS・加藤シゲアキの最新作『閃光スクランブル』(角川グループパブリッシング)が初登場で6位、7位にランクイン。また、今年の本屋大賞候補作で、ノミネート発表直後からジワジワと順位を上げていた川村元気『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス)が、先週の20位から10位に順位を上げ初のTOP10入りを果たした。

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