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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
寒の戻りのような天気ですが、この寒さをしのげば……春はもうすぐですね。

北海道
新撰組・幕末ファンなら必ず行くべき函館の歴史観光スポット
2016年3月26日(土)北海道新幹線が開通し、「新函館北斗駅」から函館ライナーで最速15分の函館。そんな大注目の函館で、幕末の歴史に思いを馳せる旅はいかが?新撰組の副長土方歳三が新政府軍との激戦の末戦死した地である函館。桜の名所でもある五稜郭も、歴史を学びながら巡ると楽しさも倍増します♪幕末のロマンを感じられる函館の観光スポットをご紹介します。

1.土方歳三最期の地碑
土方歳三は新撰組副長として近藤勇を助け、のちに幕府主戦派の参謀格として連戦しながら北上した。蝦夷共和国を立ち上げるという大きな夢を掲げて函館に向かったが、明治2年(1869)に五稜郭の戦で戦死した。壮絶な最期を遂げたとされるゆかりの場所に記念碑が立てられている。
【土方歳三最期の地碑DATA】■住所:北海道函館市若松町33 、■TEL:0138-27-3333 (函館市元町観光案内所) 、■公共交通:JR函館駅→徒歩15分、■車:道央道大沼公園ICから国道5号、道道96号、国道227号経由30km50分、■駐車場:なし、■料金:見学自由

2.土方・啄木浪漫舘
大森浜の啄木小公園隣にある土方歳三と石川啄木のテーマ館。新撰組副長として活躍した後、箱館戦争で戦死した土方歳三の激動の生涯を、貴重な幕末の資料と映像などで紹介。土方「兼定」「国廣」などの愛刀や函館戦争において旧幕府軍将兵が実際に使用した武具や掛け軸、新撰組所用の品などが展示されている。また、実像ロボットによる啄木先生の授業風景と超ワイドスクリーンの映像で石川啄木の世界を再現。みやげ店も併設している。所要1時間。
【土方・啄木浪漫舘DATA】■住所:北海道函館市日乃出町25-4 、■TEL:0138-56-2801 、■公共交通:JR函館駅→函館バス日吉営業所前行きで10分、バス停:啄木小公園前下車、徒歩すぐ、■車:函館空港から道道63号、国道278号経由3km10分、■駐車場:あり、■料金:入館800円、■時間:9~18時、■休み:無休

3.五稜郭公園
榎本武揚や土方歳三らが明治新政府軍と戦った、戊辰戦争最後の地。張り出した五つの稜堡[りょうほ]が美しい星型を形作る、わが国初の洋式城郭だ。25.2haという広大な五稜郭全域は公園として整備され、春には満開の桜が咲き誇る。入口の五稜郭タワー展望台(1階86m、2階90m)からは、函館市街や津軽海峡も眺望可。公園を散策する前にまずタワーへ上り、周辺の地形を頭に入れておくと歩きやすい。

【五稜郭公園DATA】■住所:北海道函館市五稜郭町44、■TEL:0138-40-3605、■公共交通:JR函館駅から徒歩1分の函館駅前電停→市電湯の川行きで16分、五稜郭公園前電停下車、徒歩15分、■車:函館空港から道道63号、国道278号、道道83号経由7km15分、■駐車場:なし、■料金:入園自由、■時間:5~19時(11~3月は18時)
参考ウェブサイト:五稜郭公園の桜・お花見情報はこちら

4.五稜郭タワー
五稜郭公園入口にある、高さ107mのタワー。展望台からは、五稜郭の特徴である星形城郭のほぼ全景を見下ろせる。箱館戦争で戦死した新選組副長、土方歳三のブロンズ像や竣工当時の五稜郭の姿を再現した模型、函館と五稜郭の歴史をパネルで展示。1階には売店、2階には和食レストランやジェラートの店もある。
【五稜郭タワーDATA】■住所:北海道函館市五稜郭町43-9、■TEL:0138-51-4785、■公共交通:JR函館駅から徒歩1分の函館駅前電停→市電湯の川行きで16分、五稜郭公園前電停下車、徒歩10分、■車:道央道大沼公園ICから国道5号経由32km50分、■駐車場:なし、■料金:タワー展望料金大人840円、中・高校生630円、小学生420円、■時間:8~19時(10月21日~4月20日は9~18時)、■休み:無休

5.箱館奉行所
1864年(元治元)に執務を開始した箱館奉行所は、開港に伴い設置された江戸幕府の役所。箱館戦争を経て明治4年(1871)に解体されて以来、長く空き地になっていたが、約140年の沈黙の後、平成22年(2010)に当時の建物全体の3分の1にあたる約1000平方mを完全復元。現在はその内部が公開されている。4間からなる72畳の大広間、奉行の執務室であった表座敷などみどころが満載で、五稜郭から発掘された遺物の一部も展示している。
【箱館奉行所DATA】■住所:北海道函館市五稜郭町44-3、■TEL:0138-51-2864、■公共交通:JR函館駅→徒歩1分の函館駅前電停→市電湯の川行きで16分、五稜郭公園前電停下車、徒歩18分、■車:函館空港から国道278号経由7km15分、■駐車場:なし、■料金:一般500円 学生・生徒・児童250円 未就学児無料、■時間:9~18時(11月~3月は~17時)

6.箱館五稜郭祭(2016年5月21日~5月22日)にも注目!
箱館五稜郭祭は、箱館戦争をモチーフとした歴史祭。維新行列をハイライトに当時を再現した数々の催しが、歴史絵巻のように繰り広げられる。土方歳三コンテスト全国大会は女性に人気のイベント。
【箱館五稜郭祭DATA】■開催期間:2016年5月21日(土)~5月22日(日)、■会場:五稜郭公園(北海道函館市五稜郭町44)、■TEL:0138-51-4785 (箱館五稜郭祭実行委員会(五稜郭タワー内)) 、■公共交通:市電五稜郭公園前電停→徒歩10分、■車:函館新道函館ICから国道5号経由6.5km20分、■駐車場:あり(約300台、料金は駐車場により異なる)、■料金:無料

7.ひとあし伸ばして…「四稜郭」
明治2年(1869)4月、榎本武揚らが北の防備のために築いた土塁作りの城郭。五稜郭公園の北側約3kmの場所にあり、東西104m、南北66m、4つの稜をもつ蝶のような形をしている。同年5月、官軍と旧幕府軍がここで戦ったという歴史をもち、現在は復元された土塁だけが残り、一帯は公園として整備されている。大規模な五稜郭に比べて規模ははるかに小さく、あまり知られていないが、静かな公園の緑の芝生を散策しながら歴史に想いを馳せてみるのもいい。
【四稜郭DATA】■住所:北海道函館市陣川町、■TEL:0138-27-3333 (函館市元町観光案内所) 、■公共交通:JR函館駅→函館バスループ系統で30分、バス停:亀田支所前下車後、徒歩3分の循環バスリングに乗り換え、中央小学校前から乗車で6分、バス停:四稜郭入口下車、徒歩10分、■車:函館空港から道道63号、国道278号経由20分、■駐車場:なし、■料金:入園無料
 まぁ、ずいぶん微妙なスポットが上位にあがっているのですね(汗)。白牡丹個人の意見ですが、個人の方が運営されている記念館は、運営されている方の思い入れに共感できないと、ちょっと寒い思いをすることもあるので、あらかじめその点を踏まえて行かれることをお勧めします。

ブックレビュー
幕末の鬼才絵師・歌川国芳とその系脈の浮世絵を一挙に紹介する『国芳イズム』【NADiffオススメBOOK】
各ブックストアがFASHION HEADLINE読者に向けて「今読むべき1冊」をコンシェルジュ。毎週木曜日は、アート・ブックショップ「ナディッフ(NADiff)」各店がオススメする1冊をご紹介。今回は東京・渋谷の支店 NADiff modern(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura地下1階)です。

■『国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション』

本書は、4月10日まで練馬区立美術館にて開催中の「国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション」の展覧会図録を兼ねて制作され、出展作品の全点を掲載する。悳のコレクションは、国芳の浮世絵のみならずその門人や小林永濯、尾形月耕、山本昇雲など国芳の系統とは違う絵師たちにまで及び、幕末・明治期の浮世絵界、風俗画界にとって国芳という存在がいかに大きなものであったのかを窺い知ることができる。

国芳は武者絵でその名を広く知らしめる一方で、影絵や寄せ絵・嵌め絵、動物や植物、器物を擬人化したものなどのバラエティーに富んだ戯画をはじめ、陰影の付け方に洋風画の表現技法を取り入れた風景画など、常に新たな表現を模索し続けた。流行や社会情勢に敏感であり続け、改革、禁令などの制約の中にあっても新機軸を打ち立ててきた国芳の仕事があってこそ、それを引き継いだ次世代の絵師たちの展開がある。

国芳の絶大な影響力は当時の絵師たちの間だけにとどまらない。実在した侠客らをモデルとし、歌舞伎などに登場する「ならず者」を描いた武者絵や、表情豊かで躍動感溢れる群像表現からは、任侠ものに憧れるヤンキー文化や、アニメーションなどで用いられる「モブシーン」の表現など、現代の日本人にも通じるルーツを感じとることができるだろう。

3月19日からは新たに、Bunkamura ザ・ミュージアムにおいて「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」が開幕。本展では、兄弟弟子でありながら対照的な作風で国芳と共に一世を風靡した歌川国貞の作品と併せて展示することにより、江戸のポップカルチャーであった浮世絵の世界を体感することができる。

【書籍情報】
『国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション』
著者:練馬区立美術館
監修:悳俊彦
出版社:青幻舎
ソフトカバー/276ページ/B5変型
発刊:2016年2月
価格:税込2,700円

【展覧会情報】
「国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション」
会場:練馬区立美術館
住所:東京都練馬区貫井1-36-16
会期:2月19日~4月10日
※会期中展示替えあり。(展示替え日程:3月14日、3月28日)
開館時間:10:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
料金:一般800円、高校・大学生および65~74歳600円、中学生以下および75歳以上無料、障害者(一般)400円、障害者(高校・大学生)300円、団体(一般)600円、団体(高校・大学生)500円、ぐるっとパスご利用の方300円(年齢等による割引の適用外になります)
休館日:月曜日(ただし、3月21日は開館、翌22日休館)

「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1地下1階
会期:3月19日~6月5日
開館時間:10:00~19:00(金・土曜日は21:00まで、入場は閉館の30分前まで)
料金:一般1,500円(前売り・団体1,300円)、大学・高校生 1,000円前売り・団体800円)、中学・小学生 700円(前売り・団体500円)
※障害者手帳のご提示で割引料金あり。詳細は窓口でお尋ねください。
 うーむ、歌舞伎と落語に凝り過ぎて美術館に行けてないです。。

「新選組と刀」伊東成郎著
「今宵、虎徹は血に飢えている」という名ぜりふで知られた近藤勇の佩刀(はいとう)・虎徹については諸説がある。虎徹には偽物が多く、一流の刀工・山浦清麿の打った刀に虎徹の偽銘を入れたものを売りつけられたとも、将軍家からの拝領刀だともいわれている。だが伏見の戦いで肩を銃で撃たれた近藤は、徳川慶喜が兵を捨てて大阪から逃げ出したことに失望し、虎徹を手放したと伝えられる。虎徹は後に明治政府の官僚として活躍した金子堅太郎が手に入れ、関東大震災で焼けてしまったが、打ち直して銘刀の姿を取り戻した。

 他に土方歳三が愛した会津の銘刀・和泉守兼定など、新選組ゆかりの刀について検証した一冊。(河出書房新社 1600円+税)

コラム
新選組のルーツを訪ねる(上)日野宿本陣、近藤勇や沖田総司らが武術を稽古
 幕末の京の都で反幕府勢力を取り締まり、戊辰戦争では幕府軍として転戦した末に時代の中へ消えていった新選組。歴史ファンのみならず、ドラマ、アニメ、ゲーム、小説など創作の題材としても人気を集める新選組のルーツを訪ねる。新選組の中心人物らを育んだ東京・日野市にあるこの宿は、彼らの落日の時をも見つめてきた。

近藤勇や沖田総司、土方歳三らが武術を稽古


日野宿本陣の門
 JR中央線・日野駅の改札を出て、目の前にある甲州街道を右(新宿側)へ約12分ほど歩けば日野宿本陣がある。その名の通り、この地は江戸時代における五街道の一つ、甲州街道の宿場町だった。

 門をくぐり、客が出入りに使用したという「式台」を右手に見ながら建物の左側に回り込んで入室すると、今は展示室となっている土間と、その向こうに広間が見えた。当時、この土間と広間およびその左側の部屋は、宿の主である佐藤家が住居として使用し、式台より向こう側の居室が宿として使われていた。

 現存する建物は、当時の当主・佐藤彦五郎俊正が文久3年(1863)4月に上棟し、翌年の元治元年(1864)12月から住み始めたもの。佐藤彦五郎の妻・ノブは、新選組副長・土方歳三の姉であり、佐藤彦五郎と土方歳三は義理の兄弟の関係にあった。なお、この日野宿本陣は、都内に現存する唯一の本陣建築であることから、平成22年(2010)に東京都指定史跡として指定されている。

 嘉永3年(1850)、佐藤彦五郎は天然理心流の近藤周助に師事。その後、宿の敷地内に武術の道場を開く。ここに集ったのは、のちの新選組局長・近藤勇、同一番隊組長・沖田総司、地元出身の同六番隊組長・井上源三郎や土方歳三たちだった。

 その後、彼らは文久3年(1863)1月、幕府の浪士組募集に応じ、江戸を経て京へ向かう。本陣の完成を待たずに若き日の彼らはこの地から旅立っていったが、大工が扱うつちの音を耳にしたり、柱や梁が組み上がっていく様を見ていたのかもしれない。

時代の逆風吹く中、甲陽鎮撫隊として日野へ


日野宿本陣
 新選組となった土方歳三は、隊士募集のため3回ほど日野に一時戻ったことがあるという。その際、彼がこの宿へ勝手に上がりこんで昼寝をしたとされるエピソードがあるが、日野市立新選組のふるさと歴史館の学芸員・松下尚氏は、「当時はすでに地位も高くなっており、この建物に仕事で来ても遊びでは来ないと思います。昼寝をした可能性は低いでしょう」との見方を示す。『歳三昼寝伝説』ともいうべきこの逸話は、若きころ悪ガキだったという土方歳三のキャラクターイメージが生み出した架空の話の可能性があるという。

 やがて、新選組に時代の逆風が吹き始める。幕府軍として戦った慶応4年(1868)1月の鳥羽・伏見の戦いに敗れ、京から江戸へ。近藤勇らは、新政府軍を甲府で迎え撃つため甲陽鎮撫隊を編成して甲州街道を西進、慶応4年(1868)3月2日に、ここ日野宿本陣で休憩を取った。なお、井上源三郎は鳥羽・伏見の戦いで命を落とし、すでにいない。


ガラス戸の先にはかつて上段の間があった。
 新選組幹部は、式台や玄関の間を経て、大名ら身分の高い賓客が泊まる上段の間で休憩したとされる。上段の間はその後、明治時代に別の家へ移築されて今はなく、そこは庭になっているが、式台や玄関の間は残されており、当時の雰囲気をしのぶことができる。戦いを控えた近藤勇や土方歳三らは、ここを通って上段の間へ行き、しばしの休憩を取ったのだろう。

 宿を出て西へ向かった甲陽鎮撫隊は結局、甲州勝沼の戦いに負け、敗走する。その後、近藤勇は流山で政府軍に捕まり、板橋宿外で処刑。残る面々は、北関東、会津、仙台へと転戦する中で数を減らし、ついに明治2年(1869)5月、土方歳三が箱館で落命、戊辰戦争もほどなく終結する。

 同年7月、市村鉄之助と名乗る人物がこの宿を訪れ、佐藤家の人々に土方歳三の函館での模様を伝えて写真を手渡したという。武士の時代が終わり、明治の世になっていた。

新選組のルーツを探る(中)「将来我武人となりて…」土方歳三資料館
 幕末の京の都で反幕府勢力を取り締まり、戊辰戦争では幕府軍として転戦した末に時代の中へ消えていった新選組。歴史ファンのみならず、ドラマ、アニメ、ゲーム、小説など創作の題材としても人気を集める新選組のルーツを訪ねる。この資料館には、土方歳三の若き日の姿や志、新選組副長としての日々にまつわる品々が展示されており、春の大型連休を中心に多くの人が集まり、歳三のありし日に想いを馳せる。

旧母屋の大黒柱
 京王電鉄高幡不動駅から北へ歩くこと約15分。多摩川の支流・浅川を経て静かな住宅街に入ると、土方歳三資料館が現れる。

 歳三は天保6年(1835)5月、武州多摩郡石田村(現在の日野市)の農家に、10人兄妹の末っ子として生まれた。弘化2年(1846)6月末、多摩川と浅川の洪水に見舞われて、土方家は元の家から現在の資料館の場所に移転。以来、文久3年(1863)1月に江戸、そして京へ旅立つまでの若き日をおおむねこの地で過ごした。

 歳三が暮らした母屋は平成2年まで存在したが、老朽化のため新しい住居に建て替えられた。以前から、歳三の家を見たいというファンがたびたび訪れたことや、歴史資料の公開を望む声も方々から寄せられたことから、土方家は住居の一部を資料館とすることを決め、平成6年に開館した。


歳三が植えたとされる竹
 資料館入口部の梁は、母屋を支えてきた大黒柱が用いられている。この柱に向かって、歳三はよく風呂上がりに相撲の張り手を行って体を鍛えたという。改めて漆黒の梁を見上げると、確かに張り手をしても十分受け止めてくれそうな重厚感を感じた。

 建物の右側には、歳三が17歳か18歳のころに植えたという茎の細い竹が、今も生い茂っている。これらは「矢竹」と呼ばれ、昔から矢に用いられてきた。植えた時、歳三が「将来我武人となりて、名を天下にあげん」と宣言したという。武士になりたい、という若き日の思いがひしひしと伝わってくるエピソードだ。

 また、館内には、歳三が家業である薬の行商で使用した薬箱が展示されている。これを背負って400件以上の客先を配達して回ったというから、家業の手伝いはしっかりする人だったようだ。このほか、歳三直筆の書簡や、池田屋事件で使用したとされる鎖帷子、8月18日の政変時に使用した鉢金、稽古に使用したという木刀などもあり、歳三の若き日から新選組時代までをしのぶことができる。

子孫にとっては「身近な身内のおじいさん」


資料館の土方愛館長
 「仏間には遺影が飾られていて、私にとっては身近な身内のおじいさん」と歳三の印象を語るのは、資料館の土方愛館長。歳三の兄・隼人喜六から数えて6代目の子孫にあたる。

 資料館の開館日は、原則として毎月第1・第3日曜日、時間は12時から16時まで。愛館長は「商売ではなく個人運営ですので、その中でできる限りのことをしようと考えています」としており、生活との両立を考えると月2回が精一杯とのこと。


敷地内にある土方歳三の像
 例年、来館者数のピークは4〜5月で、年間来場者数の約60%が集中。歳三の命日が5月11日であることなどが要因で、大型連休中についてはほぼ連日開館する。昨年の5月4日は、期間限定で歳三の愛刀・和泉守兼定を公開したことも影響してか、来館希望者が長蛇の列を作り、入館まで2時間以上かかった人もいたという。兼定は今年も4月3日から5月15日までの開館日に公開の予定。

 「歳三は人間味のある人だったのではないかと思います。京都では鬼の副長として荒くれたちを仕切りましたが、北海道まで転戦した時、隊士たちは赤子が母を慕うように彼を慕っていたということです」と語る愛館長。歳三の魅力は現在にも及び、今も多くの人を惹きつけるのだろう。

(取材・文:具志堅浩二)
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