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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昨日に続いて今日も雨、寒いですね。雲が薄くなってきたのか、少し明るくなってきました。

栃木
英大使館別荘県に譲渡 無償、改修し一般公開へ 日光
 奥日光の中禅寺湖畔に建つ英国大使館別荘が4月、県に無償譲渡されることになり、県は今後数年間かけて改修、一般公開する方針を固めた。新年度、活用方法などの検討を始める。同大使館別荘は、幕末から明治期にかけて活躍し、英国で日本学の基礎を築いた英国人外交官アーネスト・サトウ(1843~1929)が建てた。2年前閉鎖されたが、中禅寺湖畔の外国人大使館の中では最も古く眺望が良いとされる。
 県によると、別荘は敷地約5千平方メートル、建物は延べ床面積約500平方メートルの2階建て。紅葉の名所・八丁出島や白根山などが一望できる。2009年1月に大使館側から譲渡の話が持ちかけられ、今月9日までに無償譲渡で話がまとまった。
 取得を決めた理由について県は、(1)最も古い別荘で歴史的価値がある(2)サトウが深く関わっている(3)隣接するイタリア大使館別荘と一体化した整備による観光誘客が期待できる-と説明している。
 サトウに詳しい中宮祠自治会会長で日光市文化財保護審議会委員も務める小島喜美男さんによると、サトウは1872(明治5)年と1874(明治7)年に日光を訪れ、いち早く奥日光を紹介する著書を発表。別荘は、全権公使として再来日したサトウが1895(明治28)年、借りた家を改修して建てた。
 湖畔には英国大使館別荘のほか、イタリア、フランス、ベルギー大使館別荘が残り、このうちイタリア大使館別荘は97年に県が取得。記念公園として整備し2000年から一般公開されている。
 英国大使館別荘の本格的な改修・整備は、県の財政健全化プログラム集中改革期間終了後の13年度以降になる見通し。小島さんは「県の管理のもと一般公開されるようになることは、地元としても喜ばしい」と話している。


埼玉
江戸期の武者を再現 4月3日に「火縄銃鉄砲隊」 東松山
 江戸期の鉄砲隊を再現する「火縄銃鉄砲隊」の行進と演武が4月3日午後1時半から3時まで、東松山市内と松山第一小学校校庭で開かれる。松山地区ハートピア協議会と松山市民活動センターの共催。
 松葉町1丁目には、幕末に川越から前橋に移された前橋藩の陣屋が設置され、鉄砲隊も駐屯していた。八幡神社付近が訓練所になっていたという。陣屋には各奉行所が置かれ行政の役割を担うとともに、子弟が学ぶ藩校(博喩堂)があった。
 火縄銃の演武は、市民に松山陣屋の史実を知ってもらい地域の活性化の一助にしようと開かれる。演武には訓練が必要なため、川越藩火縄銃鉄砲保存会が協力している。
 出陣式は同日午後1時ごろから八幡神社で。甲冑(かっちゅう)装束の武者行列と松一小鼓笛隊が、商栄会商店街・まるひろ通り・ぼたん通り・中央通り・一番街など市内の主な通りを巡る。和紙の灯籠で裏道を照らす「夢灯路(とうろう)祭り」のメーン会場「書庫」前では、「口上」が行われる。演武は、午後2時半から3時まで、松山第一小学校校庭で開かれる。


静岡
地域通貨「龍馬小判」でまちおこし=静岡県下田市〔地域〕
 静岡県下田市の温泉旅館協同組合や観光協会などでつくる「下田龍馬伝志援隊」は4月1日から幕末の志士・坂本龍馬の肖像をあしらった地域通貨「龍馬小判」を販売する。
 同市は、文久3年(1863年)1月、勝海舟が土佐藩主の山内容堂に面会し、坂本龍馬の脱藩を許してもらった宝福寺が所在するなど龍馬ゆかりの地として知られる。NHK大河ドラマ「龍馬伝」のロケ地にもなった。
 今回発売されるのは、龍馬小判2000枚(販売価格1枚3000円)と「龍馬くんコイン」5万枚(同900円)の2種類。それぞれ「参龍(さんりょう)」「壱龍」というように「龍」を単位にした。コインは1枚で1000円分の買い物ができるプレミアム付きだ。
 利用可能期間は4月1日~9月30日の半年間で、利用可能の表示シールが張ってある市内店舗で使用できる。観光協会などで直接購入できるほか、下田龍馬伝志援隊のホームページでも注文を受け付ける。
 下田龍馬伝志援隊の担当者は「既に東京など県外からも問い合わせが来ている。コイン付き宿泊プランを計画するなど地域活性化を目指していきたい」と話している。(2010/03/25-10:31)


龍馬への思い詰め込み…駅弁発売 静岡
 幕末の志士・坂本龍馬(1835~1867)が脱藩を許され、飛翔するきっかけとなったとされる静岡県の伊豆-。弁当製造販売の「桃中軒」(沼津市千本港町)は、伊豆と龍馬にちなんだ駅弁「伊豆龍馬飛翔会席膳」(980円)。を発売した。龍馬同好会「伊豆龍馬会」(下田市、竹岡幸徳(ゆきのり)会長)が監修に加わり、ファンをうならせるこだわりが詰まっている。
 「NHKの大河ドラマで放送されるなど、今年は“龍馬の年”ということで売り出すことになったが、話が持ち込まれたのは昨年末。とにかく時間がなかった」と話すのは桃中軒・営業企画部課長の百合明栄(ゆり・あきえ)さん。それでも伊豆龍馬会のメンバーから次々と面白いアイデアが出て、「途中からはまとめるのが大変だった」と話す。
 外装は龍馬が慶応3(1867)年に起草した8ケ条の国家構想「船中八策」をかけて八角形に。惣菜は伊豆名物の「金目鯛の酒蒸し」「野菜と伊勢エビの煮こごり」、龍馬の故郷・土佐の一本釣りにちなんだ「鰹(かつお)の昆布巻き」など8品で「選中八品」と名付けられた。
 こだわりは包装紙にも見られる。龍馬の肖像画や写真を使うこと案も挙がったが、「ありがちだ」(百合さん)との考えで、下田市在住の切り絵師・伽嶋清華(かしま・きよか)さんに依頼し、下田港と寝姿山を望む龍馬を描いてもらったという。
 同社では「この弁当で伊豆と龍馬のかかわりを知ってもらい、今度は伊豆を旅してみようと思ってもらえれば」としている。
 JR沼津、三島両駅にある「桃中軒」売店で毎日計50食限定で販売中。注文も受け付けている。問い合わせは桃中軒(電)055・963・0154。

 坦庵公のお弁当もつくって欲しいなぁ……「パン祖」なんで、パン付きで^_^;。

三重
県文化財:伊賀「三国地志」指定 熊野「絹本著色釈迦涅槃図」も /三重
 県文化財保護審議会(会長・八賀晋三重大名誉教授)は、幕末から昭和32(1957)年にかけて作成され、県庁に保存されてきた「県行政文書」など8件を県文化財に新たに指定するよう県教委に答申。県教育委員会で正式決定され、県文化財は565件となった。
 県行政文書は、計1万1643点に上る公文書や地図、絵図などがそろった状態で保存されており、全国でも珍しいという。
 他に指定されたのは、室町時代作成に描かれたとみられる「絹本著色両界曼荼羅(けんぽんちゃくしょくりょうかいまんだら)図」(松阪市中町)▽江戸時代の絵画「絹本著色釈迦涅槃(しゃかねはん)図附貞享(つけたりじょうきょう)四年銘箱」(熊野市二木島町)▽1812年(文化9年)に転写された「三国地志(藤堂采女(うねめ)家旧蔵本)附伊賀国式社考(しゃこう)」(伊賀市上野丸之内)▽鎌倉時代の古写本「斎宮女御集(資経本(すけつねぼん))」(明和町竹川)▽「斎宮女御集(正般(しょうはん)所蔵本)」(同)▽江戸時代に印刷された「岡寺版集帖板木(しゅうじょうはんぎ)並びに関係資料」(松阪市中町)▽小古墳から見つかった「ワキ塚1・2号墳出土品」(伊賀市比土、緑ケ丘本町)。
 この他、既に指定されている「参宮講看板附たわら屋看板」(伊賀市阿保)に7点が追加指定された。【岡大介】
〔伊賀版〕


滋賀
開国150年祭閉幕
【彦根城入場者/22ケ月間120万人】

 幕末の彦根藩主で大老井伊直弼を顕彰する「井伊直弼と開国150年祭」が24日最終日を迎え、彦根市金亀町の彦根城博物館能舞台で約100人が参加して閉幕式典が行われた。2008年6月4日から22カ月間に及ぶ祭典で実施された主催事業、市民創造事業は計88。会期中の彦根城入場者はこの日、通算119万9475人となった。(市丸茂樹)
 閉幕式典は、直弼が桜田門外の変で暗殺された安政7年3月3日(1860年3月24日)にちなみ、150年後のこの日に開催された。
 北村昌造実行委会長が「市民や彦根を訪れた人たちに政治の表舞台の直弼公だけでなく、文化人としての側面にも触れてもらい、それぞれの直弼公像を描いていただけたのではないか」とあいさつ。井伊家18代当主・直岳さんも「150年祭がきっかけとなって、郷土への愛着が生まれたとしたら大変うれしい」と語った。
 この後、彦根藩のお抱え狂言師だった茂山千五郎家による狂言「千鳥」が上演されたほか、150年祭のダイジェスト版DVDの上映があり、期間中に開催された数々のイベントを振り返った。最後は彦根鉄砲隊員4人が、不慮の死を遂げた直弼を悼み、博物館のぬれ縁から弔砲を一斉発射。獅山向洋市長が「市民や実行委の皆さんには150年祭を大いに盛り上げていただいた」と感謝の言葉を述べ、北村会長がひこにゃんとともに閉幕を宣言した。

 ひこにゃんの写真画像が一枚入ると、ぐっとなごめるんだよなぁ(^^)。




岡山
故郷の土居宿 絵本で知って
■江戸時代 出雲街道の宿場
 江戸時代、出雲街道・土居宿として栄えた美作市土居地区(旧作東町)の歴史絵本を、小学校講師が出版した。協力した「語り部」たちは、昨夏の水害で被害を受けた住民に元気を与えてくれる、と喜んでいる。
■小学校講師が出版
 出版したのは美作市の安藤由貴子さん(31)。2009年4月に赴任した土居小学校の敷地内で、土居生まれの幕末の志士・安東鉄馬の墓や土佐藩士・千屋金策ら4人をまつる「四つ塚」を見つけたのを機に興味を持ち、郷土史家から聞き取りを進めた。
 土居宿は、現在のJR姫新線と国道179号の間を通る約1キロの間にある。本陣、脇本陣、人馬問屋、旅籠(はた・ご)、東西の惣門があった。出雲街道で盛り土をした一里塚が残るのは土居宿だけで、県史跡に指定されている。
 住民は1993年、「出雲街道 土居宿を後世にのこす会」を発足。50代から80代までの会員31人が、月1度の触れ合い市や出雲街道への案内板設置などに取り組んできた。春名正昭会長(76)は「古い家並みが年々姿を消し、会発足は10年遅かったが、間に合う範囲で成果をあげたい」。
 安藤さんは美作地域の歴史絵本を毎年出版しており、今回は4冊目。「郷土を愛する心を持ち続け、子どもたちに伝えたい」と話している。安藤さんは売り上げの一部を「後世にのこす会」の活動資金に寄付する。
 「出雲街道 土居宿物語」は社団法人農山漁村文化協会発行。A4判、50ページでフルカラーで本体1300円。月内には県内の書店に並ぶ。(中村二郎)


山口
幕末2傑 ここにあり
◆竜馬立志のまち 萩の紹介パンフ
 全国的な坂本龍馬ブームに乗り遅れまいと、萩市が、龍馬と萩とのかかわりを紹介したパンフレット「坂本龍馬立志のまち萩」=写真上=を2万部作った。主な観光施設などに置いてPRする。
 市によると、龍馬は1862(文久2)年1月14日、土佐勤王党首領・武市半平太の手紙を、長州藩士・久坂玄瑞(げんずい)に届けるために萩を訪れ、9日間滞在した。久坂は師である吉田松陰の草莽崛起(そうもうくっき)論を龍馬に説き、龍馬はその年の3月24日に土佐藩を脱藩。その後、薩長同盟や大政奉還など歴史に残る活躍をしていく。
 パンフレットでは、萩は龍馬が日本を救う志を立てた地だと強調し、龍馬が剣を振るったとされる藩校明倫館剣槍道場「有備館」(明倫小学校内)などや高杉晋作ら龍馬ゆかりの地や萩人らを紹介している。

◆益次郎ワールド楽しむ企画展/山口
  山口市春日町の市歴史民俗資料館で、企画展「花神ふたたび―大村益次郎とその末裔(まつえい)」が開かれている=写真下。普段見られない文化財などを公開する「山口お宝展」の協賛展示で、5月9日まで。
 益次郎は現在の山口市鋳銭司生まれで、明治維新の立役者の一人とされる。村医者だったが、兵法に関する豊富な知識で明治政府の兵部省の次官までのし上がり、日本陸軍の創始者と言われる。司馬遼太郎さんの小説「花神」は益次郎が主人公になっている。
 今回の企画展は(1)益次郎、三度の転機(2)益次郎の近代精神(3)「花神」の末裔(4)益次郎の趣味的世界、の四つのテーマで、益次郎直筆の書簡やノート、趣味だった骨董(こっとう)品などを紹介している。目玉は昨年東京の大村家から寄贈された資料で構成する「『花神』の末裔」。妻の琴へあてた手紙や、毛利家から養子を迎えたことに伴う相続許可の書類などを見ることができる。
 同館の板橋晧世学芸員は「絵や写真パネルといった軟らかい展示もあるので、色んな人に益次郎ワールドを楽しんでもらえれば」と話す。4月10日と5月1日の午後2時からはギャラリートークもある。問い合わせは同館(083・924・7001)。入館料は高校生以上100円、小中学生50円、70歳以上は無料。


高知
四国と九州で龍馬切手発売
 郵便局会社四国支社(松山市)は24日、幕末の志士坂本龍馬をデザインした切手シート(80円切手10枚)=写真=を四国と九州内の郵便局で売り出した。龍馬が脱藩したとされる旧暦の1862(文久2)年3月24日に合わせて発売。1万6千シートを用意したが、すでに約6千シート分の予約が入っている。
 切手シートには高知市の桂浜にある坂本龍馬の銅像の写真や龍馬が「わがなすことは
 われのみぞしる」と詠んだ和歌をあしらっている。切手には、龍馬の肖像写真や誕生地の記念碑、龍馬愛用のものと同型のピストル、龍馬が書いた借用証文の下書きなどが印刷されている。
 1シート1200円。インターネットの「郵便局の通販ショップ」(http://www.postal-jp.com/psc/goods/index.html)でも4月5日から200シートを販売する予定。問い合わせは同支社(089・936・5406)へ。


佐賀
「竜馬伝」仕立てでうれしの茶PR ポスター完成
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」人気にあやかろうと、佐賀県嬉野市が坂本竜馬を使った「うれしの茶」のPRポスターを作った。嬉野茶を輸出して財を成し、竜馬とも親交のあった大浦慶を登場させ、竜馬と嬉野茶を結びつけた。「嬉野茶伝」と銘打つ映画のポスター仕立てで、茶の消費拡大と観光振興につなげる。
 ポスターでは、茶畑を背に遠くを見つめる竜馬の写真の横に「龍馬は、嬉野ぬきには語れない」とアピール。「我らを支えた茶長道明(さっちょうどうめい)ぜよ」と添えて、茶と長崎貿易が竜馬らの活動資金を生み出したことを〝さりげなく〟紹介している。
 キャスト紹介もあり、監督・プロデューサーは嬉野市、主演は竜馬や慶、大隈重信ら慶が資金援助した幕末志士に続いて嬉野茶、嬉野温泉、嬉野市民が並ぶ。慶の評伝が日本語・英語の2カ国語で記されている。
 旅館や商店街などに張って、観光客に嬉野と竜馬のつながりをアピールする。市は「お慶と竜馬とうれしの茶(仮題)」のパネル展も計画中。市商工観光課は「ストーリーはぜひ嬉野に来て味わってほしい」と話す。


コラム
幕末の戊辰戦争で集団自刃した会津藩の白虎隊に…
 幕末の戊辰戦争で集団自刃した会津藩の白虎隊に1人だけ生存者がいたことは知る人ぞ知る。その少年が宿敵・長州の藩士の元で養育されたらしいことまで知る人は少ない

▼一命を取り留めた時は10代半ばだった飯沼貞吉は、新政府軍によって東京に送られたとされる。会津攻めにも加わった長州藩士楢崎頼三が長州の屋敷に連れて帰り、1年半ほど養育した、と伝えられる

▼楢崎家(現山口県美祢市内)に奉公していた女性の口伝から地元ではよく知られている。女性の子孫から直接話を聞いたり史料を調べるなどした貞吉の孫、飯沼一元さん(67歳、東京在住)も信じるに至った

▼貞吉は明治5年に逓信省の技師になり下関などで勤めたことが分かっている。技師になるまでには「(1人だけ生き残った)絶望のふちから立ち直るきっかけが必要だったはず。美祢では勉強の機会も与えられたようだ」と一元さん(河北新報)

▼長州が絡む貞吉の「その後」を知る人は、会津では少ないという。遺恨が浅からず残っているから、知ったとしても信じたくない、と言う人が多いだろう。一元さんも以前はその一人だった

▼先週末、一元さんは再び美祢市を訪ねた。関係者に「この地での生活があったからこそ、その後の人生があった」と感謝の言葉を述べ、往時を語り合った。遺恨を超えた関係を築きたいと思っている。今回の長州行には会津から十数人が同行したそうだ。


【幕末から学ぶ現在(いま)】(55)東大教授・山内昌之 中山中左衛門
■主君の意を忖度する

 民主党の生方(うぶかた)幸夫副幹事長の更迭問題が話題になっている。小沢一郎幹事長の辞任要求の責任をとらされそうになったのは、幹事長周辺が小沢氏の心情を「忖度(そんたく)」したからだという説も根強い。立場が違えば、善意の配慮とも評価されるし、反対にゆきすぎた追従(ついしょう)と批判することも簡単だ。
 歴史には古来、「君側(くんそく)の奸(かん)」とか「佞臣(ねいしん)」とか「姦佞(かんねい)」といった人びとが出没する。対立する当人同士はさほどでなくても、別の人物が悪意をもてば、2人の関係はますますこじれるだけでなく、決別にまで至ることも珍しくない。

 ◆久光と西郷関係悪化誘因

 幕末でいえば、島津久光と西郷隆盛との関係に複雑なねじれをもちこんだ中山中左衛門こと尚之介の例が思いだされる。中山は、小松帯刀(たてわき)や大久保一蔵(利通)や堀次郎と並んで「久光四天王」ともいうべき側近中の側近である。島津斉彬(なりあきら)の死後、藩主となった茂久(忠義)の実父として国権を掌握した久光は、下級藩士中心の勤王派の志士集団たる誠忠組から忠誠を取り付けた。
 これにも中山は功労があり、小納戸頭取に就いた中山は、側役の小松と並んで藩政に参与できる身分となった。中山は、小納戸に抜擢(ばってき)された大久保の願いをいれて奄美大島から西郷を呼び戻すことを久光に説いた。
 しかし、人間にはウマの合う関係とそうでない関係がある。釈放された西郷は、文久2(1862)年2月に中山と会うなり、久光の率兵入京策に異論を唱えた。策を説明した中山に、大綱が杜撰(ずさん)かつ疎漏(そろう)にすぎるとにべもなく斥(しりぞ)けたのだ。
 久光は、朝廷から勅を受け、薩摩藩の兵力を背景にし、幕府に改革を迫るという斉彬の計画を継承しようとしたのだ。西郷によれは、この壮大な計画は英邁(えいまい)な斉彬だからこそ成就できるのであり、久光には到底無理だと断定したのである。
 この時に西郷から発せられた有名な言葉こそ、「地五郎」という表現なのである。殿は田舎者だから雄大な戦略は実行できないというのだ。これは事前に中山らと西郷が会ったときに述べたという説もある。いずれにしても、自分の周旋で流刑地から帰れたのに感謝もせず、恩人を「地五郎」と断じたのでは、中山の面目も丸つぶれだったに違いない。心中に憎悪さえ宿ったはずだ。
 中山は爾来(じらい)ことあるごとに、久光に西郷の挙動をそしるようになったらしい。この時期の中山は小松さえ凌(しの)ぐ藩の実力者に成長していたので、傲慢(ごうまん)さが外に滲(にじ)み出る有様に反感を抱く者も少なくなかった。西郷もある手紙で、「中山と申すもの我意強く、只無暗(むやみ)のものに御座候」と述べているから、本当に嫌い抜いたのだろう。
 西郷は、久光の上洛に先行して下関で待つように沙汰(さた)を受けたのに、命を無視して上方に先発した。これが久光の逆鱗に触れ、中山の意見を徴した結果、再び遠島処分とされた。
 これを機に久光と西郷の関係は決定的に悪化するが、その誘因となったのは主君の西郷嫌いを知りぬいた中山の謗(そし)りである。薩摩藩士が斬り合う寺田屋事件は西郷失脚直後に起きた。志士たちは中山を「姦物(かんぶつ)」呼ばわりしたが、これは久光を直接に非難できないからである。

 ◆維新後の晩年は悲惨

 それでも中山は久光に忠義一途(いちず)であり、琉球通宝の鋳造など経済政策にも貢献し、薩英戦争の戦略指導にあたった。しかし、西郷の遠島処分は中山が久光に讒言(ざんげん)したからだという声が高まり、免職にされた。維新後に久光の側近に返り咲いた中山の晩年は悲惨である。彼は、明治9(1876)年に大久保利通らの暗殺を企てた激徒に連座し、懲役10年の刑を科された。その2年後に獄中で国事犯として死ぬとは思いもよらなかっただろう。小松を凌(しの)ぐ実権を誇り大久保の盟友だった重臣がここまで没落するとは言葉を失う。
 小松のさわやかさ、大久保の冷静緻密(ちみつ)さ、いずれも欠いた中山を讒言や姦佞の資質だけで語るのは酷であろう。中山には、維新後、不遇で寂しい久光への忠誠心では際立っていたからだ。現代でも権勢を極めている政治家に近づく者は多い。
 しかし、その人が栄職から離れても同志や側近として寄り添うなら、それは姦佞やおべっかということにはならない。まさに棺を蓋(おお)いて事定まるというのは、現代の政治家にもあてはまるのかもしれない。(やまうち まさゆき)
                   ◇

【プロフィル】中山中左衛門

 なかやま・ちゅうざえもん 天保4(1833)年、薩摩(鹿児島県)生まれ。島津久光の信任を得て、薩摩藩有志派のリーダーシップを握った。久光が国事周旋の決意をして以後、大久保利通とともに手足となる。首席家老、喜入(きいれ)摂津のもと、小松帯刀とともに島津家と近衛家の間を奔走した。文久2年、久光の上京に随行し、諸卿の間を周旋。その後、側役を務めたが、久光勢力の退潮とともにその存在も薄れた。明治11(1878)年、46歳で死去。


エンターテインメント
D3PUBLISHERより「維新恋華龍馬外伝」発売決定
 D3PUBLISHERより恋愛アドベンチャー「維新恋華龍馬外伝」の発売が決定された。
 恋華シリーズ最新作。名高い幕末の英雄ぞろい。あの新選組も登場。イラスト・設定・声優など、すべてを一新。そして、今までのテイストとは一味違う濃厚な恋愛や、官能的な描写を限りなく表現。歴史と恋愛を存分に楽しめる作品となっている。
 「維新恋華」の維新は、「明治維新」という意味。その他、「恋華が変わった」という意味も持たせてある。ストーリーは龍馬を中心にすすむ。幕末動乱の時代には龍馬をはじめとする維新の立役者だけでなく、新選組など維新を阻もうと散っていった英雄も数多く登場するぞ。
 維新の名優ともいえる歴史上の人物たちと、龍馬や主人公が織り成す人間関係にも注目できる作品の発売を楽しみに待っていよう。

【坂本龍馬 イメージイラスト】
※開発中のラフイメージで本編の正規イメージとは異なります。

 目元にホクロが艶っぽい龍馬(爆)。

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