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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昼間ちょっと日が差しましたが、夕方からにわか雨。春先のこの時期、天候は不安定ですね。

北海道
龍馬の志 函館から発信を…愛好会発足 初の例会
 函館市末広町に昨年11月オープンした北海道坂本龍馬記念館(三輪貞治館長)を拠点に、地域を盛り上げようと発足した「函館龍馬愛好会」の第1回例会が25日、同館共有ホールで開かれた。発起人や市民ら約10人が参加し、資料見学や活動計画などを話し合い、交流を深めた。
 同会は、郷土史の勉強会で知り合った佐藤稔さん、齊藤和克さん、中尾仁彦さんの3人が、龍馬の足跡を知ることができる記念館を生かし地域貢献できないかと思い立ち、三輪館長とともに昨春から計画してきた。
 参加者はまず、三輪館長から貴重な龍馬直筆の書簡などの展示物の説明を受けた。現在放送中のNHK大河ドラマ「龍馬伝」のキャストを例に挙げながら分かりやすく解説。参加者はメモを取るなどして熱心に学んでいた。
 活動計画の話し合いでは、当面毎週木曜日に例会を開催することや、世話人5人を決定。会員からは「現在の体制では観光客への配慮に欠ける」や「龍馬と北海道のかかわりをもっと多くの人に知ってもらう努力が必要」などの意見が出され、解説ボランティアの増員などを今後の検討課題とした。
 三輪館長は「市民主導の会が発足し、多くの方が協力してくれてとてもありがたい。今後も力を借りて市民が主人公の記念館にしていきたい」と抱負を語っていた。


岩手
長英の功績に迫る 奥州で没後160年記念展
 奥州市水沢区出身で幕末の蘭学者高野長英(1804~50年)の没後160年記念展「シーボルトと高野長英」は25日、同区横町のメイプル4階で始まった。師弟関係にあった2人の交流にスポットを当て、長英がシーボルトに書き送った論文や翻訳書などを通じ、鎖国時代に生きながら世界に目を向け、日本を紹介した長英の功績を再確認させる。
 市教委と高野長英顕彰会の主催で、図説パネルや写真パネル、複製資料など合わせて約70点を展示する。
 長英は、ドイツ人医師シーボルト(1796~1866年)が長崎に開いた鳴滝塾で蘭学や医学を学んだ。シーボルトは日本滞在中、日本文化や自然の研究に励み、長英は和書の翻訳やオランダ語論文を書き送って師を支えた。記念展は両者の生涯をたどりながら、シーボルトの助手としての長英の活躍をメーンに紹介する。
 中でも注目を集めるのが、長英が書いた論文の複製資料だ。同顕彰会は昨秋、日本学関連資料で有名なドイツのルール大を訪問。同大が所蔵する長英の論文などを写真に収め、同大の資料データなどを基に原寸大で複製、今回18点を展示する。
 翻訳書や論文のテーマは華道や礼法、茶の製法、山犬研究、稲作や寺社仏閣案内、古代史と幅広い。アンコウや仏閣の研究書は挿絵入りだ。サメ類について書いた「鮫(さめ)の記」には種類ごとの説明に加え、「コバンサメ」など片仮名表記も添えられ興味深い。
 同顕彰会の平塚均会長は「日本の夜明けのため生涯をささげた長英の仕事の一端がうかがえる」と話す。来月6日まで。入場無料で、午前10時から午後6時まで。問い合わせは同顕彰会(0197・23・6034)へ。

【写真=シーボルトとの師弟関係を通じて長英の功績を浮き彫りにする企画展「シーボルトと高野長英」】


山形
芭蕉や八郎の歴史 ガイド育成へ現地巡る
 庄内町の歴史や名所を見直し、ボランティアガイドとして観光案内の仕組みを充実させていこうという「庄内町観光ガイド育成研修会」が24日、「歴史の里のやかた」(旧清川小学校)など同町清川地区で開かれた。座学や同地区の観光スポットを実際に巡る現地研修で、地元住民らが観光ガイドの心構えを学ん
だ。
 庄内地域と秋田、新潟両県の計10市町村の官民で構成する「日本海きらきら羽越観光圏推進協議会」(会長・榎本政規鶴岡市長)と庄内町観光協会の主催。同協議会が2009年度から進めている観光圏整備事業の一環で、ガイド育成研修会は観光客の受け入れ態勢充実を目的に圏内各地で開かれている。
 庄内町は、江戸時代に最上川舟運の中継地として栄え、幕末の志士・清河八郎を輩出するなど歴史や文化的遺産が残る清川地区の観光振興に取り組んでおり、昨年12月に同地区の住民による「きよかわ観光ガイドの会」(正木尚文会長)が設立されたこともあって、今回は清川地区での研修会開催となった。
 同地区の住民や町内の旅行会社員、町職員など合わせて約25人が参加。はじめに鶴岡市観光ガイド協議会の村岡敏会長が講師となり、「観光ガイドは事前学習が大切。自分が案内するコースを前もって歩き、時間配分にも気を配ること。経験も大事で、何度も案内するうちに自信がついてくる」とガイドの心構えについて話した。
 座学の後は、現地研修が行われた。きよかわ観光ガイドの会メンバーの案内で、俳聖・松尾芭蕉が清川を訪れた際に詠んだ「五月雨を集めて早し最上川」の句碑や、清河八郎記念館などを徒歩で巡った。
 参加者たちは同会メンバーの解説に耳を傾け、「地元なのに意外と知らないことが多い」と話しながら地域の観光資源を学んでいた。


福井
県有形文化財に旧大和田銀本店など指定
 県教委は25日、県文化財保護審議会の答申を受け、敦賀市立博物館として利用される「旧大和田銀行本店」など建造物2件と、絵画4件を新たに県有形文化財に指定した。これで県指定文化財は333件になった。

 ◇    ◇

 敦賀市相生町にある旧大和田銀行本店とその設計図など24点は、港町敦賀の近代化を象徴する洋風建築として指定された。1927(昭和2)年築で、鉄骨煉瓦(れんが)造り3階建て地下1階の構造。
 南越前町今庄の「旧京藤(きょうとう)甚五郎(じんごろう)家住宅」は、今庄宿に残る赤瓦の2階建て大型町屋で、江戸時代後期から幕末にかけての建築。江戸時代は酒造業を営んだ旧家という。
 県立美術館所蔵の「紙本著色和漢故事人物図(しほんちゃくしょくわかんこじじんぶつず)」12幅は、福井藩主松平忠直・忠昌に仕えた絵師、岩佐又兵衛勝以(いわさまたべえかつもち)の作。江戸時代前期に「伊勢物語」や「源氏物語」など日中の故事・物語などの12画題を描いたものがそろっている。
 同館所蔵の「紙本金地著色群鶴(ぐんかく)図(ず)六曲(ろっきょく)屏風(びょうぶ)」1双は勝以の息子の源兵衛勝重(げんべえかつしげ)がかかわり、元は福井城本丸御殿の「鶴の御間」の襖(ふすま)絵だったことがわかっている。
 「紙本著色野郎歌舞伎(やろうかぶき)図六曲屏風」1隻は越前市本町の大宝寺所有で、江戸時代前期に野外での野郎歌舞伎の興行を描いた珍しい屏風。
 鯖江市杉本町の西光寺所有の「絹本(けんぽん)著色如祐(にょゆう)尼像」は、室町時代に蓮如の妹の如祐(1422~1502)を描いた肖像画。浄土真宗関係の女性を描いた肖像画としては初期の作例という。


富山
絵図の井戸か 幕末遺構発見 富山城址
あす現地説明会

 富山市教育委員会埋蔵文化財センターは25日、富山城址公園の整備に伴う2009年度の埋蔵文化財の発掘調査結果を発表した。新たに明治時代の建物跡や幕末期の井戸の跡が見つかり、1899(明治32)年まで県庁として使われていた旧本丸御殿の位置を特定する手がかりになる可能性がある。
 同センターによると、調査は02年度から始まり、今回は公園北部が中心の370平方メートルについて、戦国―明治時代の地層を調べた。調査期間は09年11月5日~10年3月末。
 その結果、直径約3・5メートル、深さ約2・2メートルある穴状の井戸の跡が見つかった。穴の中心部分に井戸枠が設けられていたはずだが、枠は抜き取られた模様だ。この井戸跡は、幕末期の絵図「越中国城主前田利同城囲図」に、「井」の文字が記されており、位置的に絵図のものと同一の可能性がある。
 また井戸跡の南側には、柱を立てた方形の穴の遺構11基や、それを囲む溝が見つかった。それぞれの柱の穴の中心には石が置かれ、その上に柱と建物があったとみられる。江戸前期から存在し、焼失する明治32年まで使われた旧本丸御殿の付属施設であるか、焼失後に県庁が再建されるまでに建設された明治期の建物だった可能性があるという。この建物は絵図などの資料に示されておらず、今回の調査で初めて明らかになった。
 調査結果の現地説明会は27日午前10~11時に、公園内の富山市佐藤記念美術館前である。


奈良
春色に染まる平城の古道 奈良・佐保路(さほじ)
 初春になると、決まって思い出す奈良の風景がある。
 まずは東大寺の西面に立つ、国宝の転害門(てがいもん)。天平時代から残る建築で、見るたびに簡素で力強い姿にひかれてきた。
 門の正面できびすを返すと、そこを起点に西へ向かう「佐保路(さほじ)」がある。この季節にもう一度歩きたいと思いながら、大学生の時以来、20年余りが過ぎた。
 道ばたに馬酔木(あしび)の白い花が咲き、あわい香りを広げている。ああ春の奈良に来たと思う。普段は「一条通り」と呼ばれるこの道は、奈良時代には平城京の一条南大路に当たり、貴族の邸宅が並んだという。
 近くに住む「奈良市萬葉歌碑の会」の長岡玲子さん(82)宅では昔、井戸を掘って砂利層に突き当たった。現在は南方を流れる佐保川の岸辺だったらしい。30代から万葉集を独学し、毎月四つほどの講座で魅力を語っている長岡さんは、「この辺り一帯は万葉集の宝庫。自然と人間の生活が一つになっていたから、歌が生まれたんですね」と言う。
 佐保橋のバス停から、川沿いの小道に出てみる。同会が建てたものを含め、幾つもの歌碑と出会った。「うちのぼる佐保の川原の青柳は今は春べとなりにけるかも」(大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ))
 両岸を桜が染め上げるのももうすぐだ。幕末の勘定奉行・川路聖謨(としあきら)が奈良奉行時代に植えさせたのが始まりで、「今も5本残っています」。軽トラに乗せて案内してくれた「佐保川を美しくする会」会長の新谷(しんたに)春見さん(72)が、見事な枝ぶりの老樹を指さした。
 同会が植えたソメイヨシノ、しだれ桜なども育っている。だが、この桜並木の美しさは「桜だけではない。堤と、川の流れと、背景になる若草山があるから」と新谷さんは誇らしく語る。
 佐保路に戻り、さらに西へ歩いた。「見わたすかぎり茫々(ぼうぼう)とした田圃(たんぼ)で、その中をまっ白い道が一直線に突っ切っているっきり」。作家の堀辰雄が「大和路」に描いた戦前の面影はもちろんないが、在原業平が建てた不退寺も、海龍王寺も、昔のままと思わせる姿でそこにあった。40代半ばになり、少しは人や社会の変転を見た目に、変わらぬ風景は何とも優しかった。
 法華寺の尼僧が修行の一つとして作る光明皇后ゆかりの「御守犬」(小さい三つ)。授かるには予約が必要 聖武天皇の妻、光明皇后ゆかりの法灯を守る尼寺・法華寺。皇后は施薬院(せやくいん)、悲田院を作り、病人や貧者を助けた。樋口教香副住職(57)は「社会福祉の第一人者として、今も影響は大きいと思います」と語る。
 愛らしい「御守犬」も、皇后が護摩供養の灰を山内の土に混ぜて作ったのが始まりとされる。「口伝で残っている通り、修行の一環としてお作りし、ご祈祷(きとう)してお授けしています」。今年は没後1250年で、多くの奉納行事を控える。4月7日まで春季特別公開の国宝十一面観音菩薩(ぼさつ)像も、法要に合わせ、5月1~9日にも公開するそうだ。
 法華寺から民家の間を抜けると、青丹(あおに)よし、奈良の都の平城宮跡。来月本格的に始まる「平城遷都1300年祭」の主会場だ。復元を終えた大極殿(だいごくでん)正殿の鴟尾(しび)が輝き、ヒバリがさえずりながら空に昇っていった。(高野清見、写真も)

 (次回は和歌山・紀の川市)

 ●あし 東京駅から京都駅まで新幹線で2時間20分、JRか近鉄に乗り換えて奈良駅まで40分前後。駅前から西大寺駅行きバスで佐保橋まで5分前後、法華寺まで10~20分。
 ●問い合わせ 奈良市観光センター=(電)0742・22・3900。平城遷都1300年祭コールセンター=(電)0742・25・2010。




京都
天皇、皇后両陛下が入洛
東山天皇陵を参拝

 天皇、皇后両陛下は25日、「第14回国際内分泌学会議」に出席するため、東海道新幹線の特別列車で京都に入られた。入洛は、京都御所で即位20年の懇談会などが催された昨年11月以来となる。
 両陛下は午後1時前、京都市下京区のJR京都駅に到着した。午後4時、幕末まで歴代天皇らの葬儀を執り行った東山区の泉涌寺を訪れ、今年が没後300年に当たる東山天皇の陵を参拝した。
 両陛下は28日まで滞在し、左京区の国立京都国際会館で開かれる国際内分泌学会議の開会式に出席、宇治市の平等院や向日市の長岡宮大極殿跡などを訪れる。


兵庫
校歌で母校に別れ 養父・青渓中閉校式
 4月に養父市の八鹿中学校と統合する青渓中学校(同市八鹿町宿南)で25日、母校に別れを告げる閉校式があった。在校生や卒業生、地元住民ら約200人が参加。記念映像などを見ながら、地域に根ざした歩みに思いをめぐらせ、全員での校歌斉唱で53年の歴史を締めくくった。
 同校は1957年に開校。幕末期の儒学者池田草庵の学舎「青谿書院」の名を借りて青渓中と名付けられた。草庵の教えに基づき、生徒が野菜などを育てて地元住民に販売する生産活動などを教育に取り入れているのが特徴だった。生徒数の減少や校舎の老朽化から両校の統合が決まり、4月1日から八鹿青渓中として生まれ変わる。現在の八鹿中校舎が新しい校舎となる。
 閉校式には卒業式を終えたばかりの3年生を含む全校生112人と、地元住民や卒業生ら約100人が集まった。式典では2年生の田畑梓君が「草庵先生の精神を受け継ぐ伝統のある素晴らしい環境でした。その精神は新しい中学校でも引き継がれてより発展する。青渓の生徒であることを誇りにがんばります」と決意を発表。卒業生代表で3年生の山根七海さんも「授業だけでは分からない、生きていくことの大切さを教わった。育ててくれた青渓中をいつまでも忘れません」と感謝の言葉を述べた。
 同窓会や保護者でつくる閉校記念実行委員会が作製した記念DVDも上映され、開校当時などの古い写真や、体育祭など学校行事を伝える様子を記録した映像で歴史を振り返った。最後は、出席者全員で校歌を斉唱、別れを惜しんだ。
 八鹿中でも24日に閉校式が行われており、八鹿青渓中の開校式は4月7日に開かれる。青渓中の歩みなどをまとめたDVDと記念冊子は校区内の全戸に配布される予定。
(原田大介)


高知
帰りたい:私だけのふるさと 木津川計さん 高知市
◇桂浜の龍馬像と1冊の本

 10代の多感な時期を高知で過ごしました。僕の人格や思想の基盤をこしらえてくれた育ての古里です。幕末の志士、坂本龍馬をはじめ、自由民権運動を率いた板垣退助、中江兆民ら多くの思想家を輩出しました。寝ても覚めてもどーんと広がる太平洋の大海原、そんな土佐の風土が自由闊達(かったつ)な気風を育てたのでしょう。

 小中学校の遠足では、何度も桂浜を訪れました。龍馬像を前に先生が、龍馬はいかに先を見通す力にたけ、後の時代の人々に影響を与えたかを説いて聞かせる。体の弱かった僕は像を見上げ、龍馬のように世界をまたに掛けることは難しくても「文化的な感性を研ぎ澄まして何かスケールの大きなことをしたい」「龍馬に近付きたい」そう思ったものでした。

 * * * *

 高校時代は、編集長として新聞部の活動に熱中しました。途絶えていた学校新聞を復刊させ、取材から編集、印刷の手配まで一人でこなしました。生徒や教職員の声を集め、時代背景や学校の動きを含めて記事にする。今思えば、これが僕の編集者としての原点だったのでしょう。民主主義的な考えを持った優れた教師や友人との出会いが、僕に多くの刺激を与え、感性を磨いてくれました。

 一方で、逆境を乗り越える力を養ったのもこのころでした。高校3年の春、結核とわかったのです。生活のため都会に出た家族と別れ、僕は一人高知に残りました。学業を続けながら、みかん水という清涼飲料水の運搬や家庭教師をして生活費や療養費を稼ぐ。過酷な生活に胸に開いた穴は次第に大きくなり、絶望の底へ追い落とされました。

 死を覚悟した僕は、山奥の掘っ立て小屋にこもり、昼間はどこで首をつろうかと木々の枝ぶりを眺め、世話になった人々にお礼の手紙を書いて過ごしました。1カ月ほどしたある日、消印を頼りに同級生が訪ねてきたんです。そのとき、友人に勧められたハンセン病の作家、北条民雄の本を読んで目を開かされた。「生きていこう」と決意したんです。

 * * * *

 「劫初(ごうしょ)より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘(くぎ)一つ打つ」。僕が好きな与謝野晶子の歌です。中学を卒業する日、担任の先生が贈ってくれました。はるか昔から営まれてきた民族文化の殿堂づくりにかかわりたい、大きなことはできないけれど、せめて一本の黄金の釘を打ち込んで世を去りたい、そういう意味です。先生はずっと僕を見守ってくれました。大阪で編集の仕事を始めてからも「おまさん、土佐の味を忘れちゃいかんぞね」と、カツオのたたきやユズを送ってくれました。晶子の歌と古里への感謝を胸に、これからも地道に歩んでいきたいと思っています。<聞き手・林由紀子/え・須飼秀和/写真・貝塚太一>

==============

■人物略歴

◇きづがわ・けい
 雑誌「上方芸能」発行人。1935年生まれ。大阪市立大卒。98年、菊池寛賞受賞。07年から、演劇に思想や解釈を加えて語る「一人語り劇場」を始める。著書に「上方の笑い」「人間と文化」「上方芸能と文化」など。




鹿児島
やごろうどん:映画の舞台 /鹿児島
 「海の金魚」(九州先行公開中)を見た。鹿児島(錦江)湾で開かれるヨットレースを題材にした青春映画で、多くのシーンが鹿児島市で撮影されている。観覧車「アミュラン」やかごしま水族館など、なじみの場所も多く登場するので、親しみやすい映画だ。
 スクリーンを通すと、自分の目で見た景色とはまったく違って見えることがある。登場人物の「視点」で見るからだろうか。改めてその場所に行くと、何気ない風景でも感動してしまう。登場人物になった気になるからだろう。
 「海の金魚」は4月に全国公開される。霧島では大河ドラマ「龍馬伝」で盛り上がっている。9月には幕末の鹿児島を舞台にした映画「半次郎」も全国公開される。
 映画などのロケ地は大切な観光資源だ。九州新幹線全線開業を目前にして、ヒット作が来るのを待っているだけではもったいない。ロケを誘致して、観光客を呼び込んでほしい。【黒澤敬太郎】

 



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