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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 東京は予報よりも曇りがちな天気だったと思いますが、土方さんの140回目の命日(ただし新暦)、土方さんを偲びつつ過ごしました。
 昨日に引き続き、第12回ひの新選組まつりに関連する記事が少々あります。

東京
札幌の好川さんが土方の最期語る 故郷の日野で
 新選組副長を務め、箱館戦争で亡くなった土方歳三(一八三五-一八六九年)をしのぶ講演会が十日、土方の菩提(ぼだい)寺である高幡不動(東京都日野市)で開かれ、札幌在住の歴史研究家好川之範さんが土方の最期を紹介した。
 好川さんは札幌市教育文化会館長を務めるかたわら、土方の道内での足跡を研究し「箱館戦争全史」などの著作にまとめている。今年は土方の没後百四十年に当たるため、土方のふるさと日野での講演会が企画された。
 会場を埋めた約百人の歴史ファンは女性も多数。好川さんは、函館市の実行寺に残る戒名を記した過去帳など土方ゆかりの史料を解説し、諸説ある土方の最期について、松前藩士の米田幸治が狙撃したという説を紹介した。


ひの新選組まつり 隊士ら600人行進
土方歳三没後140年で溢れる熱気。

 「第12回ひの新選組まつり」が9、10の両日、日野市内で開催された。今年は新選組の副長、土方歳三の没後140周年。パレードは、新選組の衣装を着た「隊士」や歴代の「ミスター土方」など過去最大の628人が参加して盛り上がりを見せ、「歳三の恋人コンテスト」など新たな試みも行われた。

 高幡不動尊前と日野宿本陣前で行われたパレードでは、今年のミスター土方に選ばれた北海道札幌市豊平区、立成佳子さん(31)が馬に乗って隊士を率いた。隊士は10の隊に分かれて勇壮に行進。坂本龍馬の人相書きを手にするなど隊ごとに個性あるパフォーマンスを見せた。沿道は手を振る見物客や隊士の衣装を着た子どもなどで、すきまなく埋まった。

 立成さんは「仲間を思いながらも自分の道をまい進する土方にロマンを感じる。声援に支えられて役目を果たせた」と話していた。

 パレード、過去最大の規模だったそうで、盛況でよかったです。

慶應義塾大学講演会
 15日、三田キャンパス(東京都港区)の三田演説館。演題は「モダン・デザインへの眼差し-美術史学からみる福澤諭吉」、講演者は慶応大の前田富士男名誉教授。福澤は芸術についてほとんど語ることがなかったが、芸術に無関心だったのか。その足跡から彼の「デザイン」への関心と理解をたどっていき、新しい福澤像が提示される。慶応大では戊辰戦争中の福澤の古事にちなみ、毎年5月15日を「福澤先生ウェーランド経済書講述記念日」として、講演会を開催している。入場無料。問い合わせは、慶應義塾TEL03・5427・1541


神奈川
歌碑:生麦事件伝える碑 資金提供の薩摩藩士子孫ら除幕--横浜・参考館 /神奈川
歌碑:生麦事件伝える碑 資金提供の薩摩藩士子孫ら除幕--横浜・参考館 /神奈川
 幕末の開国直後に起きた生麦事件(1862年)の資料を展示する横浜市鶴見区生麦の私設資料館「生麦事件参考館」(浅海武夫館長)で10日、事件を詠んだ漢詩の歌碑の除幕式があった。【網谷利一郎】

◇山階宮晃親王が詠んだ七言絶句
 歌碑は同館の中庭に建ち、小松石で縦約60センチ、横約20センチ。「薩州老将髪衝冠」で始まる七言絶句が刻まれている。山階宮晃親王が明治初期に老将(島津久光)の事件を回顧し、詠んだ。
 歌碑の資金を提供したのは薩摩藩士の子孫、有村國宏さん(74)=滋賀県愛荘町=で、妻章子さん(71)と駆け付け、除幕した。有村さんは「開港150周年の記念の年にでき、歴史のあやを感じている」と喜んだ。
 式には薩摩藩の子孫、海江田忠義さん(63)=東京都=ら約30人が出席。「鶴見歴史の会」の会員が、漢詩を詩吟で披露した。
 15年前から資料集めを続ける浅海館長(79)は「久光の伝記を読み、山階宮の漢詩を知った。3年前、横浜外人墓地にある犠牲となった英国人の墓を補修した時、有村さんから寄付をいただき、歌碑として事件を後生に伝えることを思いついた」と話す。

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 ■ことば

 ◇生麦事件
 幕末の1862(文久2)年8月21日、薩摩藩主の父である島津久光の一行が生麦村(現・横浜市鶴見区)に差し掛かった際、乗馬したまま行列に近づいた英国人4人に対し、薩摩藩士が無礼だとして1人を切り殺し、2人を負傷させた。英国が賠償支払いと犯人処分を要求したが拒否されたため、英国艦隊が同藩を攻撃する薩英戦争に発展した。横浜開港直後に相次いだ外国人殺傷事件の中でも最もよく知られている。


コラム
【次代への名言】5月11日・土方歳三
■「男の一生というものは美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている」(土方歳三(ひじかた・としぞう) 『燃えよ剣』より)
 司馬遼太郎の『燃えよ剣』は、「陰」の観があった新選(撰)組副長、土方歳三のイメージを一変した作品。冒頭のことばには、彼の青春時代の作とされる≪さしむかふ心は清き水かがみ≫や≪梅の花咲るしたけにさいてちる≫などの句に通じる響きがある。旧暦で明治2(1869)年のきょう、その土方は蝦夷島(えぞとう)政府陸軍奉行並(ならび)として北海道・函館郊外で戦死した。享年35(数え年)だった。
 土方がつくりあげた新選組については評価が難しい。司馬は「日本で最初の、組織の名に価いするシャープな組織」とする。が、乱世とはいえ、「君は、気に食わぬ枝を、片っ端から切りはらって、新選組という木を、自分の好みに合った枝ぶりにこさえ上げた」(安部公房『榎本武揚』)という批判がある(「枝」とはもちろん、隊員たちの命である)。
 それでも、われわれは魅せられる。それは、周囲が変節してゆくなか、滅びゆく幕府に殉ずる新選組と土方の生涯に「美しさ」を見るからだろう。
 こんな話もある。維新後、土方と新選組隊長、近藤勇の顕彰碑をつくることになり、地元有志が徳川慶喜に揮毫(きごう)を求めた。そのとき、この最後の将軍はただ、落涙するだけだった、という。

 土方さんを取り上げたフィクションの中では外すことのできない名台詞だったと思いますが、せっかくのご命日なので史実の肉声から紹介して欲しかったなぁ……(土方さんの史実の肉声・伝聞込みの中からは、「われ、日野・佐藤に対し なにひとつ恥ずることなきゆえ、どうかご安心を」が特に泣けますねぇ……他にも泣ける言葉はいくつかありますが、この言葉で土方さんがなぜ「鬼の副長」を貫いたのか、その心の一端を知った気がしましたので)。




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5月12日の幕末ニュース
URL 2009/05/12 19:05
 今日のニュース検索では、11日に函館で行われた箱館戦争戦没者慰霊祭の記事がかかってきています。 北海道 箱館戦争の戦没者 市民らが供養  旧幕府軍と明治新政府軍が戦った箱館戦争(一八六八-六九年)の戦没者の冥福を祈る供養祭が十一日、「箱館戦争供養塔」のある五稜郭タワー(函館市五稜郭町)で行われた。(上野香織)  同タワーの主催。供養祭は、新政府軍による箱館総攻撃が行われ、新撰組副長の土方歳三が命を落とした旧暦五月十一日にちなみ、毎年開催している。今年で三十八回目。十六、十七の両日に開か...
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