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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 六代目三遊亭圓生の落語を聴いていて、「昔の人の手紙の中には狂歌のひとつもないと」という解説が入ってました。その瞬間に「報国の 心わするる 婦人哉」という句が頭に浮かんでしまう自分って^_^;……狂歌でなくて戯れ句じゃん(汗)。
 狂歌といえば太田蜀山人。「それにつけても金の欲しさよ」、……どんな上の句にも付けられる上、どんな風流もぶちこわしてしまう破壊力(苦笑)。

静岡
茶文化の魅力体験 都内参加者ら静岡を堪能
 茶の魅力などを体験する宿泊ツアー「静岡の歴史と文化発見の旅」が11日、静岡市で開かれた。東京都で茶道具の販売を手掛ける忘水庵(本田泰士代表)が主催。都内や県内から参加した約40人が、徳川家康が愛した駿府公園などを巡った。
 一行は同公園の紅葉山庭園茶室で茶会を楽しみ、幕末の僧侶太田垣蓮月作の掛け軸なども優雅に鑑賞した。本田さんは貴重な茶器の数々を紹介し「茶会は日本にしかない貴重な文化」と話した。
 SBS学苑講師黒沢脩さんの案内で駿府城の巽櫓(たつみやぐら)や東御門も見学。家康ゆかりの寺院や三保の松原にも足を運んだ。12日も市内の名所を巡る。


14日から黒船祭 “幕末の下田”多彩に
 開国の地で日米関係の構築に尽くした先人たちの偉業を顕彰するとともに、世界平和や国際親善を願う「第71回黒船祭」(同祭執行会主催)が14~16日まで、下田市内で開かれる。国際色豊かな記念式典やパレードをはじめ、下田港が開港した幕末当時の歴史を感じさせる多彩なイベントが繰り広げられる。
 祭りの中心となる記念式典とパレードは15日に実施を予定。両国の行政関係者が下田公園内の記念碑に献花した後、参加者が在日米軍や海上自衛隊所属の音楽隊に引率された20台以上のオープンカーに乗って市街地をパレードする。
 また、祭りの期間中は「幕末タイムスリップ」と題し、市内商店街の有志が和服姿などで観光客を出迎える「開国市」などが開かれるほか、16日には時代衣装の着こなしなどを競う「第1回世界大会幕末コスプレショー&下田龍馬くんコンテスト」も開かれる。
 問い合わせは同市観光協会〈電0558(22)1531〉へ。

 
三重
幕末の桑名藩主ら紹介 市博物館で「龍馬の駆けた時代」展
 幕末の桑名藩の活躍などを紹介する企画展「幕末×(かける)桑名-龍馬の駆けた時代」が、桑名市京町の市博物館で開かれている。入場無料。30日まで(月曜休館)。
 幕末の桑名藩主で京都所司代を務めた松平定敬(さだあき)と兄の会津藩主松平容保(かたもり)の動向や、戊辰(ぼしん)戦争で旧幕府側として転戦した桑名藩士の行動、当時の文化などを所蔵品104点で紹介している。
 定敬時代に京都所司代が使った書類箱、勝海舟や山岡鉄舟らの書、「電気治療機」(エレキテル)などを展示。定敬がしたためた短冊や幕末の桑名を描いた浮世絵、刀剣などもある。
 22日午後2時から、学芸員による展示説明を開催する。「激動の時代を駆け抜けた先人の足跡を追い、幕末という時代への理解を深めてもらえればうれしい」という。
 問い合わせは、桑名市博物館=電0594(21)3171=へ。


香川
高松・屋島に「石切丁場跡」 高松城修復に使用か 市教委発見
 高松市教委は11日、屋島で、江戸時代に高松城修築などに使われた石材を切り出したとみられる石切丁場(いしきりちょうば)跡を発見したと発表した。高松城の石材産出場所はこれまで分かっておらず、城の歴史や当時の石材供給の実態解明につながると期待される。
 石切丁場跡は、屋島東側の斜面(屋島東町、東西150メートル、南北300メートル)と、北端の丘陵部(屋島西町、東西100メートル、南北250メートル)の計2カ所で確認。いずれも、くさびを打ち込んだ「矢穴(やあな)」のある花こう岩や、切り出した石を成形したとみられる破片が多数見つかった。
 東側斜面の石は、矢穴のサイズが高松城の石垣にある矢穴と一致。天守閣の石垣に使われた「角石」(角に置く立方体の石)によく似た形の石もあった。
 市教委によると「初代高松藩主松平頼重が1645年から70年に行った高松城の大修築や、その後の補修で石を切り出していた可能性が極めて高い」という。
 屋島の東海岸には石場という地名があり、市は「切り出した石を、ここから船で高松城に運んだのでは」と推測する。
 北側で切り出した石は、幕末に屋島突端の岬に築造された砲台に使われたとみられる。



高知
岡田以蔵:脚光、人斬り以蔵 初の命日祭、生涯しのぶ--高知・真宗寺山 /高知
◇住民ら地域活性化へ、史蹟巡りコース整備
 幕末に“人斬(ひとき)り以蔵”と恐れられた土佐勤王党員、岡田以蔵(1838~1865)の命日に当たる11日、高知市薊野北町1の真宗寺山にある墓前で、初めての命日祭が開かれた。龍馬ブームの中、高知を訪れる観光客が増えていることなどから、「地域の活性化につなげたい」と住民が企画した。映画や小説、舞台などで取り上げられ、根強いファンも多い以蔵。県内外から約60人が参列し、その生涯をしのび、思いを語り合った。【千脇康平】

 同市中心部から車で約10分。大型電気店裏手にある真宗寺山には、岩崎弥太郎らを門弟に持った儒学者の岡本寧浦や、幕末土佐の絵師金蔵(絵金)、自由民権家で初代高知市長の一円正興など、高知を代表する先人の墓が点在する。
 「大河ドラマに出てくるような山道ですね」。急な坂道を登りながら、参列者の一人がつぶやいた。竹やぶに囲まれた道はぬれた落ち葉に覆われ、滑りやすい。5分ほど歩くと、岡田一族の墓が数基並ぶ一角に出る。右端が以蔵の墓で、本名の「岡田宜振(よしふる)」が刻まれている。命日祭に参列した、以蔵の弟・登稔の妻の直系、小松義明さん(71)=高知市=によると、以蔵の墓は処刑後間もなく真宗寺山内の別の場所に建てられ、昭和40年代後半に現在の場所に移されたという。
 「家族連れでも気軽に回れ、歴史が学べる場所にしよう」。市と連携し、住民主体のまちづくりを進める「薊野コミュニティ計画推進市民会議」で、真宗寺山の活用の話が出たのは03年のこと。同会議代表の西森一郎さん(79)ら中心メンバー数人で、「ふれあい史蹟(しせき)巡りコース」の策定を開始した。
 何度も山へ入っては、所在が分からなくなっていた墓を捜索。元々あった道に加え、災害時の避難場所の市立泉野小学校へ抜ける避難ルート沿いにも墓があることが分かり、コースに追加。12の墓を選び、子孫らに了解を取るなどして昨年11月末、ようやく約2時間で回れるコースができた。
 命日祭では、住職による読経の後、参加者一人一人が花などを手向け、手を合わせた。以蔵のファンで、広島県廿日市市から駆けつけた会社員、香川さおりさん(28)は「うれしいのと同時に、ちゃんとお墓を建ててもらえていたんだと安心した」。叔母が岡田家に嫁いだ、会社役員の坂本正宏さん(72)=高知市=は「人斬りというインパクトがあまりに強かったが、徐々に雪解けしている感がある。こんなに集まってくれてありがたい」と話した。
 西森さんは「以蔵をしのぶと同時に、地域の発展に結びつくきっかけにもなった」と手応えを口にした。


長崎
HTB龍馬伝館が入館5万人突破 リニューアル奏功、予想より早く
 幕末の志士、坂本龍馬の生涯を描くNHK大河ドラマ「龍馬伝」にちなみ、佐世保市のハウステンボス(HTB)に2月27日開館した「佐世保・ハウステンボス龍馬伝館」の入館者数が11日、5万人を突破した。
 5万人目は、熊本県阿蘇市の会社員、森永倫由(みゆき)さん(36)、妹で佐賀市の主婦、藤田理恵さん(34)。「龍馬伝」ファンという姉妹は初めて同館を訪ねたという。
 同館前でセレモニーがあり、HTBの本山眞一郎パーク事業本部長とサンメールさせぼの内海幸子さんが花束と龍馬グッズを2人に贈呈。着ぐるみの「龍馬ちゅーりー」も祝福した。2人は「びっくりしました。うれしいです」と笑顔で話した。
 同館は、ドラマの衣装や写真パネルなどを展示。先月28日からは内容を一部リニューアルし、大村湾で行われたドラマのロケの模様を紹介する写真パネルも並んでいる。
 HTB宣伝部によると、5万人突破は、開館から74日目で、予想より22日早いという。1日当たりの入館者数は676人。ゴールデンウイーク期間中は1日当たり2500人が訪れ、HTBリニューアルの波及効果があったとみている。
 一方、県内のほかの龍馬伝関連施設の5万人突破は、長崎市浜町の「長崎まちなか龍馬館」が1月2日の開館から98日目、同市立山1丁目の長崎歴史文化博物館内の「長崎奉行所・龍馬伝館」は1月9日の開館から48日目だった。


鹿児島
薩摩琵琶歌本を復刻
 薩摩琵琶の歌詞をまとめた45年前に出版された本を、薩摩琵琶同好会龍洋会が復刻した。入門者には欠かせない教科書だったが、在庫が尽き、手に入りにくい状況になっていた。名人の演奏4曲を収録したCDも付いており、会の加治木道場代表、島津義秀さん(46)は「地元鹿児島で薩摩琵琶の伝統が続いていることを多くの人に知ってもらえるのでは」と話す。
 本は「注解薩摩琵琶歌集 新装版」。龍洋会の創設者萩原龍洋氏が編集したもので、1965年、龍洋氏の喜寿を記念して会が出版した。西郷隆盛の活躍を描いた勝海舟作の「城山」など64曲の歌詞と、バチをどの弦にあてるかを示す弾き方の図が載っている。
 薩摩琵琶は、16世紀に島津忠良が盲僧琵琶を改良して始めた。大きなばちを琵琶にたたきつける勇壮な演奏が特徴で、武士が自己修練のために習っていた。幕末、京都では、薩摩琵琶の会ということで藩士らが集まり、討幕の話し合いをしていたという。
 維新後に東京に伝わり、大正時代には国民的な大衆音楽として広まったが、戦意高揚に使われたこともあり、戦後は演奏者が減った。演奏できる人は今、県内に20人程度、東京に約300人ほどという。それでも最近、女性や若者の入門希望者が出てきており、まず必要となる教科書の復刻を決めたという。
 島津さんは「県内に薩摩琵琶を作れる人は1人しかおらず、材料の木も手に入りにくい厳しい状況。でも、今回の復刻で、一歩前に進めるのではないか」と話している。
 本は3500円で、鹿児島市内の一部書店にも置かれる。問い合わせは龍洋会加治木道場(0995・62・5716)へ。




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