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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は朝から雲が多く、気温も涼しげです。雨マークは明日の予報についてますが……今日午後も降水確率が30~40%なので折り畳み傘を持っていこうかなと思っています。

岩手
釜石市民劇場:郷土再生の手作り舞台に 25回公演の脚本募集 /岩手
 鉄都の発展を支え、津波や戦災など幾多の困難を乗り越えた先人を毎年、創作劇で表現する釜石市民劇場が、10年2月の次回公演で25回の節目を迎える。実行委員会は「記念公演にふさわしい釜石再生のための手作り舞台に」と脚本の募集を始めた。
 86年に旗揚げした市民劇場には大道具、小道具、音楽、照明など出演者を含めて毎回市民100人以上が参加する。幕末の一揆の指導者、三浦命助や近代製鉄の父と称される盛岡藩士の大島高任ら歴史上の人物をはじめ、戦後60年となる05年には戦時中の艦砲射撃を舞台化して市民の感動を呼んだ。
 脚本は委員会の脚本部が書いてきたが、数年前から公募に切り替え、複数の作品が寄せられている。しかし、取り上げる人物や歴史に出尽くした感があり、今回は広く募集して未発掘の主題に光を当てることにした。実行委の平田裕弥会長は「釜石が元気になるような釜石賛歌の作品を期待したい」と呼びかける。
 応募は400字原稿用紙60枚程度で、上演時間は約2時間。800字程度にまとめたあらすじと共に〒026-0024 釜石市大町3の10の22、釜石市民文化会館内 釜石市民劇場実行委員会まで郵送。締め切りは7月31日。【鬼山親芳】


宮城
江戸期の姿明らかに 村田城二の丸跡発掘調査
 リンク先は河北新報社サイト(閲覧には会員登録が必要・無料)です。
 宮城県村田町教委は、室町時代に築かれたとされる村田城二の丸跡の発掘調査の結果をまとめた。史料にはなかった掘っ立て柱の建物跡が発見されたほか、陶磁器や銭貨、きせるなど約2000点が出土した。町教委は「建物の配置や生活用品などから、江戸時代の村田城の様子が初めて明らかになった」としている。
 村田城は、丘陵頂部の本丸と東側山すその二の丸で構成される平山城。伊達政宗の長男兵五郎(後の宇和島藩主秀宗)が生まれ、政宗の七男宗高が在所して柴田、刈田両郡3万石を領したことで知られる。明治維新で民間に払い下げられ、二の丸跡は現在、村田一小と町役場となっている。
 発掘調査は統合新設小学校の建設に伴い、昨年7月から村田一小の校庭2900平方メートルで実施。掘っ立て柱の建物跡2棟のほか、柱列跡や石組み遺構などを確認。遺物として大堀相馬焼や平清水焼、伊万里焼のほか、鉄砲玉や装飾された毛抜きも見つかった。
 一般向けの現地説明会が16日午前10時半から開かれる。連絡先は町歴史みらい館0224(83)6822。




群馬
高山社跡国史跡へ
 国の文化審議会は15日、養蚕指導家の高山長五郎氏(1830~86年)が養蚕方法の指導や普及のために設立した教育組織「高山社」の建物を、「高山社跡」として国史跡に指定するよう文部科学相に答申した。県などが世界遺産登録を目指している「富岡製糸場と絹産業遺産群」の10遺産の一つで、登録手続きに必要な国史跡などの指定を受けていないのは、旧甘楽社小幡組倉庫や旧上野鉄道関連施設など4か所となる。
 高山氏は、1884年(明治17年)に、現在の藤岡市高山の生家に高山社を発足させた。幕末から、気候や繭の成長段階によって換気と暖房を使い分ける飼育法「清温育(せいおんいく)」の技術を確立した。
 高山氏は死去するまで、この建物に住み、後に高山社が藤岡市中心部に進出した後も、戦前までは分教場として利用されたという。
 江戸時代末期から明治時代前半に建てられた蚕室兼母屋や、長屋門、桑貯蔵庫などが現存する。原則非公開だが、高山氏の子孫は今も住み、世界遺産候補になってからは、「時折見学を求める訪問客がある」と話す。
 同市教育委員会は、団体などが事前に申し込めば、案内員を付けて見学に応じている。史跡指定について、「全国的に知られた高山社に関係のある唯一の遺構であり、県と協力して保存に努めたい」としている。
 高山社の功績を伝えようと、市民有志で昨年3月に発足した「高山社を考える会」(小坂裕一郎会長)は「勉強会を重ねており、今後は、市外から訪れる人を対象にした説明員養成を始める。国の史跡指定で、活動にさらに弾みがつく」と期待を高めていた。
 同審議会は、すでに指定を受けている白石稲荷山古墳(藤岡市白石、約4ヘクタール)の440平方メートルと新田荘遺跡(太田市、約11・16ヘクタール)の430平方メートルを、追加指定することも答申した。
 5世紀前半に築造された白石稲荷山古墳は、全長175メートルの大型前方後円墳。東日本を代表する首長が埋葬されたとみられる。1993年に国の史跡指定を受け、公園整備が進められている。関東地方を代表する豪族の新田氏が平安時代に開発した新田荘遺跡には、岩松家墓所が加わる。所有者は2007年に市に寄贈した。



神奈川
きょうから「開港5港と新聞」展
 横浜港開港150周年に合わせ、横浜、神戸など開港5都市と深いかかわりをもつ新聞の歴史に焦点を当てた企画展「開港5港と新聞」が16日から、横浜市中区日本大通の日本新聞博物館で始まる。開港と新聞の誕生との関連を探るのが狙い。
 会場には、最初の日本語新聞「官板バタヒヤ新聞」やペリー来航を伝えるかわら版など、幕末期の新聞約200点が展示される。
 同博物館の平野新一郎さん(35)は「開港期に各地で発行されていた新聞を見られる貴重な機会なので、たくさんの人に足を運んでもらいたい」と話していた。
 入場料は一般・大学生500円、高校生300円、小・中学生無料。月曜休館(月曜が休日の場合は翌日)。7月20日まで。
 問い合わせは日本新聞博物館(045・661・2040)へ。



静岡
日米友好の発展誓う 下田黒船祭が開幕
 リンク先は静岡新聞サイト(閲覧に会員登録が必要・無料)です。
 開国の地・下田市で始まった日米の親善交流を記念する「第70回黒船祭」(同祭執行会主催)が15日、同市で開幕した。初日は両国の関係者らが先人たちを祭る記念碑や墓前に花を手向けて偉業をたたえるとともに、さらなる友好関係の発展を誓い合った。
 幕末に下田港に来航したペリー艦隊の足跡を伝える上陸記念公園では、ペリー提督の生誕地で、下田市と姉妹都市提携を結ぶ米ニューポート市のジーン・ナポリターノ市長らが出席して記念式典が開かれた。石井直樹市長は献花の後、「ニューポート市民とともにペリー提督をしのぶことを誇りに思う」とあいさつ。ナポリターノ市長は「長年市民を歓迎していただきありがたい」と述べ、プレゼント交換などで両市の親交を深めた。
 黒船艦隊の乗組員5人が眠る同市柿崎の玉泉寺では、米海軍による墓前祭も営まれた。リチャード・レン在日米海軍司令官や石井市長らが参列し、哀悼の意を示した。
 同祭では2日目の16日にも記念式典や公式パレードなど、多彩な交流行事が繰り広げられる。


下田市で黒船祭開幕
(静岡県)

 日米友好を祝う70回目の黒船祭が15日から下田市で始まり、ペリー上陸記念公園では多彩な催しが開かれている。黒船祭初日の15日は、ペリーの生誕地で姉妹都市のニューポート市の市民や市議会議員など約100人が出席し、献花式が行われた。式では、下田市の石井市長とニューポート市のナポリターノ市長や代表団それに地元の園児などが献花をして更なる友好を誓った。また伊豆急下田駅では、駅員などが侍や当時の町娘に扮して改札や案内役を努めるほか、時代衣装をまとったボランティアなどが現れ下田市内は17日まで幕末開港当時にタイムスリップするという。

 最後の「下田市内は17日まで幕末開港当時にタイムスリップするという」に笑っちゃいました^_^;。タイムスリップしちゃうんですか~。

黒船祭:下田で開幕 /静岡
 下田市で「黒船祭」が15日、開幕した。ペリーの黒船艦隊来航や、米国の初代総領事・ハリスが総領事館を置いた事跡を記念するイベント。パレードや米海軍・海上自衛隊音楽隊の演奏会など、3日間にわたり多彩な行事で盛り上がる。
 15日は、ペリー上陸記念公園で同市立下田保育所園児、ペリー誕生の地で下田の姉妹都市・米国ニューポート市のジーンマリー・ナポリターノ市長らがペリー提督の胸像に献花した。石井直樹市長は「今後、両市の友好を一層深めましょう」とあいさつした。【中村隆】



福井
歴史ロマン発掘し「資源化」 県、幕末福井の通年講演会
 橋本左内の没後150年を迎えたのを機に、県は歴史発掘を地域活性化につなげる事業に乗りだす。17日から、幕末福井をテーマにした講演会を通年で開き、講演録も作成。県内に散らばる歴史エピソードを拾い集め、小説やドラマ化も視野に入れ、観光資源としての定着も目指す。
 「多くの人に春嶽公を知ってもらえるように-」。福井市の県文書館では嘱託職員やアルバイトらが、福井藩主松平春嶽の政務状況などを記す文書「家譜(かふ)」の活字化に取り組んでいた。
 幕末の賢公と呼ばれた春嶽をあえて対象に設定したのは本年度から。多くのエピソードを読みやすい形にして、専門家以外にも広く知らせる。福井の幕末史を“メジャー化”し、営業的に活用する材料発掘の一環だ。
 歴史を活用した地域活性化は数多い。幕末期では、明治維新の元勲を輩出した鹿児島・山口県、司馬遼太郎が坂本竜馬の活躍を描いた高知県などをみても、それぞれが重要な観光資源となっている。
 福井では左内や春嶽らが幕末に重要な役割を果たしながらも、知名度は全国区とまではいえない状況。県として彼らが十分な潜在力を持つ存在とみて、組織的に魅力を引き出し、PRする方針だ。
 併せて、教員OBや郷土史家らに要請して県内各地に眠る歴史伝承のたぐいも広く集める。小説家やドラマ・映画関係者らに提供できる材料をそろえ、福井が舞台の創作をしてもらえるよう売り込む。
 県ブランド営業課の山田賢一課長は「地域イメージが、がらりと変わる可能性もある事業。講演会などによる歴史の浸透や材料発掘を進めつつ、売り込む機会も逃さないようにしたい」と話している。
 (渥美龍太)


大阪
大阪の魅力をクルージングとCG映像で-TQ、一本松海運と共同で
 デジタルコンテンツ制作のTQによると、一本松海運は8月22日、TQとコラボレーションしてCG映像と船からの景色を対比しながら中之島エリアをクルージングする「水都の空想博物館-ナカノシマ錦絵クルーズ-」の運航を開始する。水の都である大阪の魅力を発信する「水都大阪2009」にあわせて就航するもの。幕末から明治初期にかけての中之島を描いた錦絵を再現したCG映像と、船から眺める現代の街並みとを対比させながら歴史を解説し、堂島川と土佐堀川のクルーズを楽しむ。
 運航時間は午後12時30分から午後8時までで、デイクルーズとナイトクルーズをあわせて1日7便運航する予定だ。映像には日本語と英語を用意し、訪日外国人旅行者にも対応する。発着地は八軒屋浜とほたるまちで乗船料は大人1500円、子供500円。
 なお、5月末には旅行業界向けのデモンストレーション試乗会も実施する予定だ。旅行業界関係者向けのデモンストレーション試乗会のスケジュールは下記の通り。

▽試乗会 概要
日時:5月25日、27日、28日 各日 午後5時~/午後7時~


兵庫
みみより情報:「一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子」展--神戸市立博物館 /兵庫
◇篤姫が愛した品など160点
 幕末の一時期、当時のヨーロッパのガラス器と同じような高い技術で製造された薩摩切子。その優美で繊細な薩摩切子を集めた「一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子」展が6月13日(土)から8月30日(日)まで神戸市中央区京町の市立博物館で開かれる。
 切子とはカットガラスの意味。弘化3(1846)年に10代薩摩藩主の島津斉興(なりおき)が始めた薩摩のガラス製造は、次の斉彬(なりあきら)の代になって飛躍的に成長した。
 鎖国の中にあっても英国やボヘミアのカットガラスを参考にヨーロッパのガラス器とそん色のない薩摩切子が製造された。しかし、斉彬の急死に加えて、薩英戦争で工場が破壊され、薩摩切子は急速に衰退した。
 同展では米国コーニング・ガラス美術館からの里帰り作品、徳川宗家に伝わる天璋院篤姫が愛した切子など約160点を展示する。月曜休館。入館料は一般1200円、大高生850円、小中生450円。

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■プレゼント
 「一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子」展の招待券を2枚1組、20人にプレゼントします。応募方法ははがきに「まぼろしの薩摩切子」展の招待券希望と書き、郵便番号、住所、名前、電話番号を明記して〒650-0023 神戸市中央区栄町通4の3の5 毎日新聞神戸支局「みみより情報」係へ。31日必着。応募多数の場合は抽選します。


神戸など5つの港町の新聞展示 横浜で企画展
 神戸や長崎など幕末から明治期にかけて開港した五都市で発行された新聞の歴史をひもとく「開港5港と新聞」展が十六日から、横浜市中区の日本新聞博物館で始まる。横浜港が今年、開港百五十年になるのを機に同館が企画した。各港の発展とともに新聞が創刊された経緯を、現存する紙面とともに解説する。
 神戸では一八六八(慶応四)年に英字新聞が、同九月には初の日本語新聞「新聞論破 湊川濯餘(そうせんたくよ)」が発行された。関西初の日刊邦字紙「神戸港(みなと)新聞」や神戸新聞のライバル紙だった「神戸又新(ゆうしん)日報」の紙面も紹介している。
 伊藤博文元首相に絡んだ当時の政局を報じた一九〇〇(明治三十三)年六月の神戸新聞や、オリエンタルホテルと香港上海銀行の建物が写る明治期の神戸港などの報道写真も展示している。
 七月二十日まで。月曜休館。大学生以上五百円。TEL045・661・2040(高見雄樹)



山口
夏ミカン:萩特産、実る 甘い香りと白い花満開 あすから「まつり」 /山口
◇催し多彩に「まつり」
 萩城下町で特産の夏ミカンの白い花が満開。黄色い実も実り始め、初夏の風物詩となっている。16、17の両日には「萩夏みかんまつり」が、同市平安古町のかんきつ公園(旧田中別邸)で開かれる。
 夏ミカンは、明治維新後に経済的基盤を失った武士のために植えられたのが最初。土塀の内側には数多くの木が育ち、この時期の甘い香りは、環境省選定「かおり風景100選」にも選ばれている。
 第26代内閣総理大臣になった田中義一の別邸では、かんきつ類380種が植えられ、夏ミカンの花が盛りを迎えている。東京から初めて訪れた30代の女性は自転車で回りながら「街中が包まれ、いい香りですね」と話していた。
 夏まつりでは、16日に郷土芸能の「萩民謡・男なら」、17日に「大板山たたら太鼓」が各午前11時と午後2時から開かれる。また宝探しゲームや呈茶席もあり、夏ミカンの加工品も販売。海上では「萩八景遊覧船」も無料で特別運航される。問い合わせは、市観光課(0838・25・3139)。【川上敏文】


長崎
竜馬の息吹 鮮明に 亀山社中の間取り判明 玄関位置は現在と逆に 長崎市
竜馬の息吹 鮮明に 亀山社中の間取り判明 玄関位置は現在と逆に 長崎市
 幕末の志士坂本竜馬が結成した日本初の貿易商社「亀山社中」跡(長崎市伊良林2丁目)の改修工事に伴い、社中結成当時(1865年)の間取りが明らかになった。玄関の位置が現在と逆だったことなどが分かり、竜馬が建物をどう使っていたかが鮮明に。8月1日に予定されている再公開後は、志士の息遣いをより身近に感じられそうだ。
 社中跡の建物は「亀山社中記念館」として、長崎市が3月から改修工事中。市は往時のままに復元するため、間取りの調査も進めていた。
 市文化観光総務課によると、現在の玄関は戦後増築された東側部分の南側にあるが、現在は畳の間となっている北側の壁に出入り口の枠を発見。旧道の位置と照らし合わせ、当時は北側に玄関があったことが判明した。
 また、メーンの会議室だったとみられる「亀山社中の間」は現在、北側に床の間を備えた8畳間だが、当時の玄関の位置から考えると床の間は反対側にあるのが自然で、南側押し入れの中の壁に掛け軸の金具の跡も見つかったことから、南側に床の間を構えた10畳間だったことが分かった。
 長崎総合科学大の鮫島和夫教授(建築学)は「現在の間取りは不自然な点が多かった。新発見で、より歴史のロマンが膨らむ」と期待している。
 同館では竜馬が敵から身を隠すために使ったとされる中2階の「隠し部屋」も初公開される。





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