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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は『プチかげ』ワンセグ放送と『陽炎の辻3』BShi先行放送の日……朝クリップした記事だけでも先にご紹介しておきます。

大分
臼杵藩領の地図発見 伊能忠敬地図活用 砲台建設に利用か 臼杵市教委
臼杵藩領の地図発見 伊能忠敬地図活用 砲台建設に利用か 臼杵市教委
 江戸時代の測量家、伊能忠敬(1745‐1818)が作成した全国地図「伊能中図」から、臼杵藩領だけが書き写された地図が、臼杵市の臼杵図書館の書庫から見つかった。臼杵藩が海岸に近い台場に設置していた大砲や砲台の設計図とともに和紙の袋に保存されていたことから、同市教委は「臼杵藩が砲台を配置する場所や方角を定める際、伊能忠敬の地図を活用したのでは」とみている。
 地図は和紙製で縦40センチ、横28センチ、厚さ約1ミリ。臼杵藩領だった大分市の大野川から津久見市港町付近までの海岸線が赤色、熊本藩や佐伯藩との領界が灰色の線で書かれ、臼杵藩領内に35の地名が書かれている。
 史料を整理していた学芸員が2004年、地図と臼杵市洲崎にあった大砲や砲台の設計図7点が入った和紙の袋を見つけ、今年2月に伊能忠敬記念館(千葉県香取市)に鑑定を依頼。伊能忠敬が作成した地図と完全に一致した。伊能は特定の藩だけの地図は作成しておらず、記念館側は、臼杵藩が伊能の地図を書き写したものとみている。
 同市教委によると、臼杵藩は、最後の藩主稲葉久通が藩主だった幕末の1860年ごろ、外国船の来襲に備えて砲台10基を設置した。現在は臼杵市立東中学校グラウンドになっている。
 同市教委文化財課の岡村一幸学芸員は「伊能図については、地図の正確さについて研究はされてきたが、利用法については研究されてこなかっただけに、貴重な史料」と話す。



佐賀
三重津海軍所跡を佐賀大が地下探査
ドック痕跡?地質に違い

 佐賀大地域学歴史文化研究センターは28日、幕末佐賀藩の遺跡「三重津海軍所跡」(佐賀市川副町、諸富町)で、電磁波や電波を使った地下探査を行い、ドックがあったとされる一帯の地下に、ドックの痕跡ともみられる地質の違いがあることを確認した。データを分析するとともに、6月から発掘調査を予定している市教委に伝える。
 市教委の発掘予定地を含む約5000平方メートルを調査した。市教委は、世界遺産の国内候補地リストに入っている「九州・山口の近代化産業遺産群」に三重津海軍所跡を追加登録することを目指しており、4、5月の調査で、初めて当時のものと断定できる建物跡を発見した。
 しかし、「産業的な痕跡」が明らかにできていないため、造船や修理機能があったことを証明しようとしている。





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