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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 『龍馬伝』に先週から新選組が登場してますが、「基本、記号なのね……(苦笑)」という感想です。あまり作品に入れ込んでないんで本気で悔しがれない……^_^;。

東京
明治維新展:勝海舟、慶喜の書も 台東・東本願寺慈光殿で展示 /東京
 勝海舟直筆の弔文や徳川慶喜の書など、幕末から明治にかけての志士の書画を展示する「明治維新展」が、台東区西浅草1の東本願寺慈光殿ギャラリーで開かれている。
 東本願寺は、大政奉還後に徳川慶喜を護衛するため、「彰義隊」が結成され、明治初期に現在の全国知事会にあたる「地方官会議」が初めて開催された場所であり、明治維新とのかかわりは深い。
 江戸城の無血開城に尽力した勝海舟が、5000人の弔問のあったとされる山岡鉄舟の葬儀で読んだ弔文を東京で初公開する。勝は弔文の中で「清爽(せいそう)の心瞻(しんたん)を以て、勇剛の気象を吐露す」と鉄舟の性格と功績を称賛している。
 また、大政奉還直前の慶喜の胸中が読み取れる書や、皇女和宮、福沢諭吉らの作品も展示されている。
 6月7日まで。入場無料。午前10時~午後4時。問い合わせは東本願寺展覧会企画室(電話03・3843・9512)。【小泉大士】


仙台弁のハムレット「破無礼」 早稲田大学で無料公演
 東北地方の方言を駆使したシェークスピア劇に取り組む仙台市の劇団「シェイクスピア・カンパニー」が、東京都新宿区の早稲田大学大隈記念講堂で、代表作「破無礼 奥州幕末のハムレット」を上演する。幕末の奥州を舞台に、仙台藩主の嫡男・破無礼の葛藤(かっとう)と狂気を、古典的な仙台の言葉で激しく、哀(かな)しく語る。
                   ◇
 「すっか、すねがだ。なじょすっぺ」。≪To be, or not to be, that is the question≫。ハムレットに登場する有名なこのせりふ。「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」など、多様な訳がなされ、いまなお研究されているが、仙台弁にするとこんな響きになる。
 劇団は東北学院大学の下館和巳教授が旗揚げ。平成7年の「ロミオとジュリエット」をはじめ、「恐山の播部蘇(マクベス)」などを国内外で公演している。下館教授は宮城県出身。自身の方言を「恥ずかしい」思ったこともあったが、英国留学を通し、多彩な方言の魅力を知ったという。
 「シェークスピアの世界は、人間の喜怒哀楽、生死を描いている。表現する言葉は違えども、普遍的な物語であることに変わりはない」と下館教授は指摘する。劇団はシェークスピアの新たな魅力を発見し、東北地方の言葉の魅力、文化・歴史を発信している。
 公演第1部では、下館教授がシェークスピア翻訳のパイオニアである坪内逍遥について講演。その後、第2部で「破無礼」を上演。
 6月19日午後4時半から。入場無料、全席自由。問い合わせは早稲田大学文化推進部文化企画課TEL03・5272・4783(平日午前9時~午後5時)。


神奈川
お城バックに和装コスプレ、”なりきり武将”ら100人が集合/小田原
 小田原市城内の小田原城址(じょうし)公園で30日、和装コスプレーヤーが集合するイベントが開催された。アニメやテレビゲームに登場する戦国武将や新撰組などのキャラクターに扮(ふん)した若者たち100人が天守閣や城門を背景に思い思いのポーズをとり、撮影し合った。FMおだわらなどが初めて企画。遠く石川県や福島県からの参加もあった。
 手作りした衣装を着てキャラになりきった姿を撮影、作品に残すコスプレ。「お城など日本的なところで写真を撮りたかったが、合成で我慢するしかなかった」と企画者の一人で市内の自営業の男性(35)は話す。FMおだわらを巻き込み、市に要望すると「批判はあるかもしれないが、それを恐れていては文化は生まれない」と許可が出た。
 特に大がかりな告知はしなかったが、「本物の城でできるなら」と10代から30代の女性を中心に100人が集まった。「こんなに来るとは思わなかった」と市も驚く人気だ。
 参加者は参加料1500円を支払い、テントなどで化粧と着替えを済ませ、あこがれのキャラに変身。観光客でにぎわう公園内に繰り出した。福島県から新幹線で来たという女性会社員は忍者の格好で「往復で1万8千円だったが、お城で写真が撮りたかった」。甲冑(かっちゅう)風や着物風の衣装は観光客にも好評で「頑張ってね」、「一緒に写真を撮って」と声を掛けられていた。
 ”先輩格”で、観光ボランティアを務める北條手作り甲冑隊とも交流が生まれた。一緒に写真に収まり、「新旧のコスプレだね」「どうやって作ったの?」と話が弾んでいた。


岐阜
大垣市史:第1、3巻発刊 「古代・中世」と「近世2」 /岐阜
 大垣市が編さんを進めている市史のうち、第1巻の資料編「古代・中世」と第3巻の資料編「近世2」が発刊された。太閤検地が高福寺村(現在の興福寺町)でも行われたことや、幕末に始まったとみられていた水郷地帯独特の「堀田」が江戸時代中ごろまでさかのぼることなど、多くの新しい資料が盛り込まれている。
 03年から新しい市史編さんのための調査を進めており、08年に第2巻の資料編「近世1」と第10巻の「民俗・輪中編」、09年に第5巻の資料編「近代」を発刊。13年までに全10巻を発行する予定。
 資料編「古代・中世」は、古代から慶長年間までの文献史料や木簡などの出土資料、仏教絵画などを体系的に収録。重点的に真宗寺院を調査し、年代が記録された絵像裏書きや円興寺に残る過去帳の全記録を掲載した。
 資料編「近世」は地域別に1~3巻あり、今回の「近世2」は1589(天正17)~1868(慶応4)年の旧安八郡を中心とした村々の資料を収録。大垣藩の支配や村人の生活の様子が分かる資料や県内22カ所目となる太閤検地帳の新資料などを収めている。
 コラム欄も26カ所設け、古文書の内容を分かりやすく解説。村絵図や朝鮮通信使の宿舎図など6枚の付図を別冊とした。
 いずれもA5判ケース入り。本文約1000ページ。各巻2000部作成、各3000円。市スイトピアセンター内の市史編さん室や市役所売店などで販売。電話やファクスなどでも注文できる。問い合わせは市史編さん室(0584・81・1803)。【子林光和】



京都
龍馬やお龍になりきり80人、京都で幕末扮装パレード
 幕末から明治期にかけ活躍した志士らの衣装を身にまとって行進する「幕末扮装(ふんそう)パレード~うちと龍馬はん」が30日、京都市東山区の京都霊山護国神社(木村隆比古宮司)付近で行われた。坂本龍馬や妻のお龍、京太夫などにふんした約80人が一年坂から産寧坂にかけてを約1時間かけて練り歩いた。
 同神社には龍馬の墓があり、龍馬の格好をした参拝者もいることから、「龍馬ファンで一堂に会そう」と初めて企画。同神社の崇敬団体「霊山社中」が主催した。
 はかまにブーツ、腰刀姿の龍馬を先頭に、あでやかな衣装の京太夫、質素な着物姿のお龍らが行進。観光客は盛んにカメラを向け、拍手を送った。
 お龍になった中京区の会社員、河合優さん(24)は「いつもと違って景色が新鮮に見え、楽しかった」と笑顔。木村宮司(45)は「新緑の中、石畳の続く風情ある街並みを堪能してもらえた。天国の龍馬もきっと喜んでいるはず」と話した。


山口
高知名産展:龍馬ゆかりの地、下関でイベントPR /山口
 下関市豊前田町の海峡メッセ下関で29、30日にあったオール電化フェスティバル(中国電力下関営業所主催)に、高知市観光協会が「土佐まるごと!うまいもの市」を出展。高知県の名産品の展示即売や、幕末の志士、坂本龍馬関連のイベントなどをPRした。
 高知県を知ってもらおうと、全国の龍馬ゆかりの地を巡回中で、下関は妻お龍と暮らした地。会場には、ユズやカツオ、鯨の加工品など約200品がずらり。舞台ではミス高知観光キャンペーンレディの吉松絵美さん(26)が、高知市で開催中の「土佐・龍馬であい博」(来年1月10日まで)をPRした。協会主事の吉野秀樹さんは「龍馬を温かく迎えてくれた山口の人々に、高知の良さをお伝えしたい」と話していた。
 6月19、20日には、龍馬が脱藩後に船で上陸した防府市の「デザインプラザHOFU」でも開催予定。【尾垣和幸】



鹿児島
講演:土佐と同様に民権の気風 鹿大の原口教授、鹿児島の歴史を /鹿児島
 郷土の歴史や文化、産業などを学ぶ生涯学習講座「かごしま学舎」の10年度の1回目の講座が30日、鹿児島市の県民交流センターであった。「かごしまの心を伝える」をテーマに鹿児島大の原口泉教授を講師に招き、約100人の聴講生が坂本龍馬と鹿児島の縁や離島の歴史について学んだ。【川島紘一】
 鹿児島の情報発信の一翼を担う人材を養成しようと、かごしま県民大学中央センターが開催。原口教授は、龍馬が妻お龍と共に、新婚旅行で霧島を訪れ、犬飼滝やキリシマツツジを楽しんだエピソードを披露。「33年の人生の中で濃密な、幸せな時を過ごしたというだけで、鹿児島の良さが表れている」と話した。
 また、1816年に徳之島の村民が板付舟で本土に来て、税の高さを藩に強訴しようとした「母間(ぼま)騒動」を引き合いに「薩摩にも政府に対してものを言う民主主義の根本があり、土佐藩と同様に民権の風が吹いていた」とも。
 講演では時折、現代社会の問題への言及も。感染が広がる口蹄疫(こうていえき)で、行政の対応が遅れたとされることに触れながら郷中教育を説明。「鹿児島では昔から問答を繰り返し、考える訓練をしていた。先を読む力など『段取り』の良さが幕末での藩の運命を分けた」と解説した。
 さつま町から出席した淵之上三男さん(70)は「西郷さんや離島の歴史を興味深く聞けた。もっと勉強しないと」と意欲を新たにしていた。


ブックレビュー
「史実の採り入れ巧み」 マンガ大賞『へうげもの』
 第14回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)の記念トークショーが28日、東京都内で開かれた。作家の荒俣宏さんと陶芸に詳しい永青文庫館長の竹内順一さんが、マンガ大賞を受賞した山田芳裕さんの『へうげもの』(講談社)について「数寄とひょうげ――古田織部から現代へ」と題して語り合った。
 『へうげもの』は織部焼の生みの親とされる武将茶人、古田織部が主人公。茶道具に熱を上げる「数寄者」で、ひょうきんな「へうげ(ひょうげ)もの」として描かれている。
 トークショーではまず、竹内さんが「織部焼は流行を採り入れて何でもありの焼き物。その頂点に織部がいた」と解説。「『へうげもの』は自己表現が初めて解放された時代を活写している。巧みに史実を採り入れている」と評価した。
 荒俣さんは織部が表情豊かに描かれていることに触れ、「戦国時代は荘園から解放され、日本人が大きく変わった。そんな表情を表している」と述べた。
 続いて、作品に登場する場面の現実性を史実に照らして検討した。例えば織部がハート模様を使ったのぼりを掲げる場面。竹内さんは「のぼりまでは(使って)ないだろうが、あってもいい」、荒俣さんは「耶蘇(やそ)会が使っていたこともあり、ありえた」。ともに表現の大胆さをたたえた。
 最後は作品の今後の展開を語り合った。史実だと織部は徳川家康に切腹させられる。
 竹内さんは、家康が茶の湯に否定的な人物として描かれていることに注目。「お茶は金持ちが農民のような暮らしをする遊び。農本主義の家康は、都会人が農民の顔をすることを受け入れられなかった」と指摘した。
 荒俣さんは「家康は奔放な人物を排除し、武士を文化人にした」と受け、竹内さんが「その幕府に対して、(幕末期に)薩長は武器の近代性を認識した。そこまで予感させる展開になれば、すごいマンガになる」と述べて対談を締めくくった。(高津祐典)


コラム
特集ワイド:歴史に学ぶ 河井継之助 民を守る冷静さを--作家・半藤一利さん
<この国はどこへ行こうとしているのか>

 戦後初の本格的な政権交代から8カ月。雇用、年金、福祉--日本の政治課題は依然として山積し、閉塞(へいそく)感も漂う。羅針盤が失われたような時代。歴史上の人物たちはどう生き、どう動いたか。識者と共に考える。
 それが何の音かを理解するのに時間はかからなかった。新潟県石津村(現長岡市)にある父の実家で目を覚ました半藤一利さんは、急ぎ2階の屋根によじ登る。「真ん前を流れる信濃川の下手が真っ赤に染まって(7キロ先の)長生橋が炎の中に浮かび上がって見えました」。1945(昭和20)年8月1日深夜。米軍機による爆撃は長岡中心街の8割を焼き尽くし、1476人を犠牲にした。
 当時15歳の半藤少年はこの年3月の東京大空襲を生き延び、疎開先の茨城県でも米戦闘機の機銃掃射に狙われる。石津村には7月中旬に移って来たばかりだ。「僕は花火が嫌いなんです。ごう音と共にパパーッと開く様子が焼夷(しょうい)弾そっくりでね。花弁は38発のクラスター型弾。下に広がるのは地獄絵ですよ」
 惨禍の2週間後、玉音放送が流れる。無謀な戦争の末の無条件降伏。同時に半藤さんは勤労動員から解放され、旧制長岡中で初の授業に臨んだ。そこで教えられたのが、河井継之助だった。
 1868(明治元)年の北越戊辰(ぼしん)戦争で、長岡城下が焼け野原になった際の上席家老。「侍の誠を貫いた人物」として昨今の歴史ブーム前からファンがいる。私もその端くれだ。「しかし」と、半藤さんは言う。
 継之助は財政の実理を学ぶ一方、ペリー来航以来の尊皇攘夷(じょうい)の嵐の中で横浜の異人商館に寝泊まりし、世界の動向を探る。役職に恋々としない「出処進退」の潔さは、司馬遼太郎の「峠」などに詳しい。
 目指したのは一藩「武装中立」。明治新政府にも旧幕府にもくみしない。最新鋭の西洋銃で装備を固め、フランス式の訓練を実施する。日本に3門しかない機関銃「ガトリング砲」2門も購入し、専守防衛態勢を成し遂げた。
 間もなく錦の御旗(みはた)を掲げた数万の官軍が、越後の地にも現れる。諸藩が次々従う中、藩兵1500人足らずの長岡にも恭順を迫ってきた。
 「はは。『官軍』なんて片腹痛い。幕府に不平不満を持つ公家を利して若い天皇を抱き込み、政権奪取の野心を抱く薩長の暴力集団です」。半藤さんが解説する。越後人には単なる「西軍」。「官軍」とはおこがましい。長岡では、今日も変わらぬ認識だ。
 「そうだとしても」。半藤さんは続けた。「薩長軍の目的は革命です。いやが応でも敵を武力で倒し、政権交代を天下に知らしめる。革命戦争では、恭順でも主戦でもない中立なんてありえません」
 かもしれない。だが継之助は恭順に傾きかけた藩意をより戻し、佐幕・中立に統一した。「徳川家の主恩に報い義に生きる」侍の道を選んだのである。戦は避けたいと考えたが、西軍との交渉は30分で決裂。3カ月の攻防の末に弾も尽きて落城し、自身も非業の死を遂げる。享年42。
 かつて城があったJR長岡駅から徒歩5分。継之助の生家跡に「河井継之助記念館」が立つ。06年暮れに開館し、来館者は4万人。館長の稲川明雄さん(65)によると、そのほとんどが県外からだ。継之助も見ていた庭に深呼吸しに来るファンも多いという。「人としての美を感じ取りにおみえになるようです」
 しかし長岡で、継之助評は二分される。誠と筋を通した英雄と、故郷を灰じんに帰した男。継之助の墓は何度も倒され、ところどころが欠けている。歴代市長も記念館建設には足踏みしたといい、完成しても館長のなり手がいない。「仕方なく引き受けた」稲川さんも、実は反・継之助派だ。
 「一市民なら義や情に生きてもいい」。再び半藤さんが語りだす。「河井継之助の生き様は鮮やかですよ、個人としては。しかし為政者は冷静で合理的なリアリストであるべきです。己の正義と思想に陶酔し、歴史の流れに抗して国を滅ぼしてしまった。為政者として認めませんね」
 辛らつである。親・継之助派が聞いたら怒るだろう。謀略を尽くした薩長に隷属しろと言うのかと。「そうです。徳川のためといっても、既に慶喜は恭順していましたよ。屈辱的だが焦土となるより良い」。空襲の体験が、継之助を反面教師にさせるのだ。
 「民を守る」ことが最上の為政者という視点に立つと、鳩山由紀夫首相はどうか。沖縄の普天間飛行場移設問題では、結局県内移設に回帰した。
 「米国や他県との談判を始める前に『最低でも県外』と言ってしまった。沖縄への『思い』という自身の情緒に酔ったのでしょうが、成算も覚悟もなく結果として沖縄県民の期待と希望を葬ってしまった」
 半藤さんは、鳩山首相は辞任すべきだと主張する。
 「鳩山さんは『対等な日米関係』を目指すと言ってきた。聞こえは良いし、私もそうありたいと思いますよ。ただ戦後の日本が、米国に安全保障を頼ってきたのは事実です。首相という職に居座るのなら、米国のアジア戦略を踏まえた中での日本の立ち位置を改めて定めて、国民に説明すべきです。抑止力とは何かも含めてです。でなければ口八丁の美学、正義に終わる」
 普天間の県外移設について鳩山首相は「命懸け」で取り組む、と言ってきた。半藤さんは「小学生並み」と切り捨てる。
 「継之助は西軍との交渉が決裂した後、非戦派だった親友に『戦が嫌なら我が首をはね敵に持っていけ』と言っている。少なくとも捨て身の覚悟はあったわけです」
 もし覚悟なき者が首相の座にあるとしたら、民にとって大きな不幸である。【根本太一】

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◇かわい・つぎのすけ(つぐのすけと呼ぶ説もある)
 戊辰戦争で、越後・長岡藩を率いて新政府軍に徹底抗戦した家老。行・財政改革にも秀で、藩士の禄高(ろくだか)是正や門閥解体を断行し、為替取引や江戸で買った米を需給逼迫(ひっぱく)の北海道・函館で売るなど商人顔負けの才覚も。司馬遼太郎が短編「英雄児」や1966~68年の毎日新聞に「峠」を連載するなど多くの作家が取り上げる。

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■人物略歴

◇はんどう・かずとし
 1930年、東京・向島生まれ。「文芸春秋」編集長などを経て作家活動に。93年に「漱石先生ぞな、もし」で新田次郎文学賞。「昭和史」戦前篇・戦後篇で06年に毎日出版文化賞特別賞。



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