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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
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福島
束松峠に詩碑建立へ 秋月悌次郎「北越潜行の詩」
幕末の会津藩士、秋月悌次郎が戊辰戦争敗北後、会津の行く末を案じて詠んだ「北越潜行の詩」の碑を、詩を詠んだ福島県会津坂下町の束松(たばねまつ)峠に建立する計画が進められている。地元や会津若松市の団体が実行委員会をつくり、秋月の功績を後世に伝えるとともに、束松峠の歴史的価値の発信を図る。
 「北越潜行の詩」は外交交渉の公用方だった秋月が戊辰戦争後、かつて親交のあった長州藩士の奥平謙輔に会うため越後にひそかに向かい、藩主松平容保公の罪の軽減と、会津藩の青少年の教育を懇願した帰り、会津盆地を臨む束松峠で詠んだとされる。藩の行く末を思う詩は会津三絶の一つといわれる。
 秋月の願いが認められ、教育の機会を与えられたのが東京、京都、九州の各帝大総長を歴任することになる山川健次郎で、山川は束松峠を越え、学問の道に進んだ。
 束松峠を生かした地域振興を図る地元のグループや秋月悌次郎顕彰会、歴史愛好者らが、秋月の功績を伝えようと詩碑の建立を計画した。詩碑は鶴ケ城にも建設されているが、会津盆地を一望する峠に建て、秋月の思いに迫る。茶屋跡が残る峠の頂上付近に建立する予定で、今年10月ごろの完成を目指している。秋月や山川が会津の再興を願って歩いた束松峠を、会津の歴史を学ぶ道として活用する狙いもある。
 実行委員長を務める目黒督朗会津坂下町観光物産協会理事長は「峠を秋月の功績や会津の精神を感じる場にしたい」と期待を込めている。
 実行委員会は建立の賛助金を募っている。問い合わせは事務局の町観光物産協会 電話0242(83)2111へ。

■あきつき・ていじろう
 文政7(1824)年、会津藩士として生まれた。戊辰戦争では副軍事奉行として敗戦の処理に当たった。明治時代には東京の第一高等中学、熊本の第五高等中学で教壇に立った。第五高等中学の同僚だったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)からは「神様のような人」と敬われた。明治33(1900)年没。
会津藩の重臣紹介 若松・鶴ケ城で「企画展・第3期」始まる
 NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公で会津出身の新島八重が生きた「会津藩の幕末」をテーマにした企画展「会津人戊辰戦争のまえとあと」第3期は25日、「藩主を支えた重臣」をテーマに会津若松市の鶴ケ城天守閣で始まった。8月9日まで。同市観光公社の主催。
 第3期は、苦境の中で藩主を支えた家老などにスポットを当てた展示。敗戦の責任を取って自刃した萱野権兵衛、斗南藩の中心を担った山川大蔵(浩)の紹介や、西郷頼母の書など重臣の資料を展示している。
 同展は戊辰戦争の関係資料を紹介するメーンの企画展。第4期「会津藩公用人手代木直右衛門伝来品など」は8月10日から始まる。
「鶴ケ城下炎上の絵」発見 若松・御三階から貴重な史料
 明治初期に会津若松市の鶴ケ城本丸から同市の阿弥陀寺に移築された建築物「御三階(おさんがい)」から、鶴ケ城下が炎上している絵や会津藩主松平容保とみられる肖像画などが発見されたことが25日、分かった。作者など詳細は分かっていないが、貴重な史料として関係者らの間で話題になりそうだ。
 阿弥陀寺の住職を兼務する見性寺(同市)の高橋正信住職(75)が御三階を整理していたところ、階段の下にあったのを見つけた。城下の絵には作者も年代も記されていないが、肖像画の裏には1900(明治33)年、戊辰戦争の戦死者の三十三回忌に際し、地域の名士とみられる人たちが献納した記載がある。城下の絵は街が燃え、攻撃から人が逃げまどっているように見える。市教委文化課は燃えさかる城下の様子から、「開城の少し前ぐらいを描いたのではないか」と推測している。
「御三階」詳細調査へ 鶴ケ城で復元に前進
明治初期に会津若松市の鶴ケ城本丸から同市の阿弥陀寺に移築された建築物「御三階(おさんがい)」の復元事業で、市が御三階の構造などの詳細調査に着手する見通しとなったことが17日、開会中の同市6月議会で明らかになった。
 これまで所有者の意向で、調査に入ることができなかったが、所有者の変更により調査可能になる見込みで、復元に向け一歩前進する。
 市は、天守閣再建50周年となる2015(平成27)年度の鶴ケ城本丸での復元を目指してきたが、詳細調査ができなかったため、足踏み状態が続いていた。
 今後、復元に向け図面を作製、床や基礎などの構造調査に入り、復元事業に反映させるという。ただし、構造調査が可能になっても復元までには文化庁との協議なども必要なことから、15年度までの完了は困難という。
 御三階は、外観は3階だが内部は4層構造。城主らが秘密の会議などに使用したとされている。戊辰戦争で阿弥陀寺本堂が焼失し、明治初期に本堂の代わりとして移築された。
鶴ケ城「御三階」復元へ再始動
福島県会津若松市の鶴ケ城本丸にあった建物「御三階(おさんがい)」の復元計画が動きだす。17日までに市が移築先の管理者から調査の承諾を得た。来年度にも詳細調査に着手する。大河ドラマ「八重の桜」で注目される会津を代表する史跡に、新たな魅力が加わる。
 御三階は江戸時代に建てられたとみられる外観が3階、内部が4階の構造をした建物。藩主が密議などに使ったとされ、花見をしたという話が残るなどプライベートな空間だったことが推察される。戊辰戦争の砲火でも残り、唯一現存する鶴ケ城の遺構。その後、市内七日町の阿弥陀寺に移築された。
 国史跡の鶴ケ城(若松城)では昭和40年に天守閣再建、平成元年に茶室麟閣が移築復元されるなど、戊辰戦争前の景観に近づける取り組みが続いている。市は平成20年に御三階の復元計画を発表したが、管理者から建物の構造などを詳細調査する許可が得られず進まなかった。今年に入って管理者が代わり、調査を承諾した。
 実物は阿弥陀寺に残したまま、当時の構造などを忠実に再現し、本丸に建設する。その後、基本計画策定や文化庁の審査などを経て工事となるため、完成時期は未定。
東京
海舟・龍馬・ジョン万次郎・武揚…子孫が一堂に
 勝海舟や坂本龍馬ら、幕末の日本を動かした人物の子孫5人が初めて一堂に会するイベント「勝海舟フォーラム」が15日、海舟の出身地・東京都墨田区で開かれる。

 それぞれの家に伝わる秘話や、子どもたちに伝えたい先祖の心意気などを語り合う予定で、子孫の一人は「先祖たちの志の源は何だったのか、子孫同士で探ってみたい」と話している。

 参加するのは、海舟のやしゃご(孫の孫)の高山(こうやま)みな子さん(51)(神奈川県)、龍馬の兄の子孫・坂本登さん(東京都)、龍馬の姉・乙女のひ孫で岡上汎告(おかのうえひろつぐ)さん(72)(山梨県)、ジョン万次郎のやしゃごで小西圭さん(神奈川県)、榎本武揚のひ孫の榎本隆充さん(東京都)の5人。高山さんはフリーライターなどとして活動、小西さんは米国で言語学を学んだ後、上智大で日本語の非常勤講師を務める。榎本さんは東京農大客員教授で、武揚に関する著書を多数出版するなど、子孫たちは様々な方面で活躍している。
京都
京都府・壬生寺を新選組が出陣! 「池田屋事変記念パレード」開催
京都府で、1864年に起こった「池田屋事変」を偲ぶ「第38回池田屋事変記念パレード」が行われる。実施日は7月16日(火)16時頃~18時頃まで。

同好会の面々が新選組の姿で登場

同パレードは、祇園祭宵山に合わせて京都新選組同好会により行われるもので、提灯や隊旗をかかげた新選組同好会の面々が、羽織袴姿で壬生寺に集まる。

13時からは慰霊祭を実施。その後、新選組の規律である「局中法度書(きょくちゅうはっとがき)」を読み上げ、壬生寺から八坂神社まで練り歩くという。
八重ゆかりの品一堂に 文博で特別展、13日開幕
 激動の幕末から明治を駆け抜けたNHK大河ドラマのヒロイン新島八重の足跡をたどる特別展「八重の桜」(京都新聞社など主催)が13日、京都市中京区の京都文化博物館で開幕する。八重ゆかりの品々が12日、報道関係者に公開された。
 会津藩砲術師範の娘に生まれた八重は、新政府軍との戊辰戦争で自ら銃をとって戦った。敗戦後、兄を頼って京都へ。同志社の創始者新島襄と結婚し、女子教育、社会活動に携わった。同展は計184件の資料から、八重とその時代に迫る。
 戊辰戦争の激しさを描いた絵画や屏風(びょうぶ)、八重が使った銃と同種のスペンサー銃、禁門の変の焼け瓦などが並び、時代の変わり目を印象づける。また、新島旧邸の応接間が再現され、夫妻の暮らしぶりを伝えるほか、茶道を通して女子教育を図った八重の直筆が残る赤楽茶碗も展示されている。
 9月1日まで。月曜休館(7月15日と8月12日は開館)。有料。一部展示替えあり。
広島
<ペリー提督>菓子好きで相撲に興味の「穏やかな男」
 幕末に「黒船」と呼ばれた米艦隊を率いて来航したペリー提督らの様子を記した文書が、広島県福山市の県立歴史博物館で見つかった。幕末から明治期の福山藩(広島県)の儒学者、江木鰐水(がくすい)(1810~81)の手紙を写したもので、ペリーの穏やかな物腰や乗組員がおどけて踊る様子などを描写。専門家は「ペリーの性格や一行の普段の様子を伝える文書は珍しい」としている。

【寺田屋、亀山社中…】写真特集 龍馬ゆかりの地

 福山市の旧家・窪田家から同博物館に寄託されていた文書で、50ページほどのうち16ページにペリーらに関する記載があった。江木が友人の儒学者に送った手紙を、その弟子で医師の窪田次郎が書き写し、窪田家に残されたらしい。江木の字体とは違っていた。

 1854(嘉永7)年2月13日、ペリーが2度目に来航した際、軍学が専門の江木は一行の応接係だった奉行の家臣という名目で、同26日、横浜の応接所で一行と面会した。江戸幕府老中で福山藩主の阿部正弘の命を受け、応接係に随行したとみられる。

 江木は「彼理(ペリー)ハ深沈トシテ 二度程笑ヒテ黙々トシテ居タリ 音色モ温ナリ」と、ペリーが物静かで、態度も穏やかだったと記述。副官(参謀長)のアダムスについては「軽率ニ見エ終始笑ヒテ」と記し、ペリーとは逆に良くない印象だったとみられる。また、ペリーらに日本食を出したところ、吸い物は好まなかったが、塩をかけたカキや卵、菓子を好み、余興の力士による相撲を珍しがったという。

 同29日に江木らは、旗艦ポーハタン号に乗船。酒食をもてなされたが、あまり口に合わず、乗組員が顔に墨を塗って踊るのを見せられ「拙キ事ナリ」と酷評した。しかし、そうした娯楽の拙さは、軍備に力を入れているからではないかと米国への恐れも述べている。

 明海大学の岩下哲典教授(幕末維新史)は「ペリー艦隊に関する文書は鉄砲や装備、艦艇に関する記述がほとんどで、一行の人間的側面を描いたものは大変珍しい」と話している。文書は8月2日から同博物館で公開される。【菅沼舞】

鹿児島
宮古湾海戦の顛末
知られざる薩軍戦死者
 戊辰戦争の最後の戦いとなった箱館戦争。その一コマとして宮古湾海戦は比較的よく知られている。しかし、それは榎本艦隊から見た視点であり、攻撃された薩摩藩側の動向はほとんど注目されていない。
 慶応四(一八六八)年八月、旧幕府の海軍副総裁だった榎本武揚は幕府艦隊八隻を率いて品川沖を脱出、十月には箱館(現・函館市)に入り、蝦夷島えぞとう政府の樹立を宣言した。榎本艦隊旗艦の開陽(二五九〇トン、砲二六門)は当時、わが国最大の軍艦であり、明治政府の海軍でも太刀打ちできなかった。
 しかし、頼みの開陽が同年十一月、暴風のため江差沖で沈没してしまう。そのころ、旧幕府がアメリカに発注していた装甲艦ストーンウォール号が到着したが、翌明治二(一八六九)年二月、明治政府がこれを買い取り、甲鉄こうてつと名づけて、箱館戦争に投入した。これにより、彼我の海軍力は逆転してしまった。
 榎本政府が起死回生の秘策として実施したのが、アボルダージュ(接舷戦法)だった。政府海軍が停泊する宮古湾(岩手県宮古市)に偽装して接近し、奇襲攻撃をかけて甲鉄艦を奪取してしまおうという作戦だった。
 この攻撃に投入されたのは回天、蟠龍、高雄の三艦だったが、暴風雨のため、作戦を実施できたのは回天だけだった。同艦には陸軍奉行並なみで元新選組副長の土方歳三と兵士五十名ほどが乗り組んでいた。
 宮古湾には青森に向かう政府艦船八隻が停泊していた。そのなかに甲鉄艦のほか、薩摩藩軍艦の春日(艦長・赤塚源六)がおり、箱館攻めの参謀・黒田清隆や、のちの連合艦隊司令長官・東郷平八郎も士官として乗り組んでいた。陸兵は薩摩藩の兵具ひょうぐ三番隊(小隊長・恒吉休右衛門)が芸州藩の豊安丸と阿波藩の戊辰丸に分乗していた。
 三月二十五日早朝、宮古湾に忍び寄った回天は甲鉄艦に接舷したものの、外輪船のため、横付けできずに乗り上げてしまい、上甲板に三メートルの高低差が生じた。そのため、甲鉄艦への乗り移りが困難を極めた。
 その間に態勢を立て直した甲鉄艦は備え付けのガトリング砲(機関銃の前身)を猛射して回天の斬り込み隊をなぎ倒し、さらに回天の船橋にいた艦長の甲賀源吾も戦死させた。
 回天の決死のなぐり込みは失敗に終わった。回天側では甲賀のほか、元新選組の野村利三郎など十数名が戦死したという。
 一方、政府海軍側の死傷者は諸説あるが、「蝦夷戦記」(「復古記」十四)がかなり正確だと思われる。それによれば、甲鉄艦が負傷者八名、飛龍丸が負傷一名、戊辰丸が戦死三名、負傷五名、行方不明三名となっている。戊辰丸の被害が多かったのは甲鉄艦のすぐ近くに停泊していて、回天から激しく銃撃されたためだった。
 現在、宮古湾を見下ろす高台の本照寺に「官軍勇士墓碑」が立ち、一基の墓石がひっそりとある。そこには四名の戦死者の戒名が刻まれている。この四名は誰なのか。戊辰丸の戦死者三名は含まれると思われるが、行方不明者三名が含まれるとすれば数が合わない。
 それでは、薩摩藩の兵具三番隊の戦死者はいたのだろうか。上の死傷者一覧にはいないが、ほかにも豊安丸に乗り組んでいた同隊から三名の死傷者が出ている(「薩藩出軍戦状」二)。それによれば、戦死者が嶋田市次郎、負傷者が兵士の内藤直太郎と軍夫の仁助である。
 上の墓碑に刻まれたのは戊辰丸の三名と、豊安丸の嶋田ではないだろうか。
 土方歳三やアボルダージュで知られる宮古湾海戦だが、薩摩藩側の視点も忘れてはならない。
エンターテインメント
「劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞」 音楽に川井憲次、主題歌は吉岡亜衣加
2008年にゲームソフトとしてスタートした「薄桜鬼」シリーズ初の映画作品が今夏公開する。『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』は8月24日より、新宿バルト9、シネマサンシャイン池袋ほか全国31館でロードショーとなる。
7月6日からは第2弾劇場前売券が発売された。さらに新たなスタッフとして、音楽に川井憲次さん、主題歌に吉岡亜衣加さんを起用したことも明らかになった。劇場版らしい豪華な布陣で制作に挑んでいる。

第2弾劇場前売券には特典も用意された。劇場版の場面カットを使用したポストカード5枚を先着でプレゼントする。ポストカードはいずれもメインキャラクターのビジュアルが前面に押し出されたものだ。コレクターズアイテムとして見逃せない特典である。

音楽を担当する川井憲次さんは『機動警察パトレイバー』や『イノセンス』などの押井守監督作品でアニメファンに知られている作曲家だ。実写映画やテレビドラマをはじめ、幅広い作品で世界観を奏でてきた。
今回は女性に人気の「薄桜鬼」シリーズに挑む。重厚感のある楽曲が特徴の川井憲次の世界が作品をどう彩るか注目される。本作でもその手腕が十二分に発揮されるに違いない。
一方、吉岡亜衣加さんは「薄桜鬼」シリーズのほぼ全ての作品で主題歌を務めてきたアーティストである。劇場版でも引き続き、その歌声を披露してくれることになった。

「薄桜鬼」は恋愛アドベンチャーゲーム『薄桜鬼 新選組鬼譚』が原作のシリーズだ。幕末の新選組を舞台に、独自の脚色を加えた内容でファンの心を掴んだ。ゲーム発売以後、様々なプラットフォームへの移植やドラマCDなどにより人気は拡大。テレビアニメやOVAなど映像化も行われている。
『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』は新ストーリーで描かれる映画作品であり、全2部作を予定している。監督はヤマサキオサムさん、キャラクターデザイン・総作画監督は中嶋敦子さんと、これまでのスタッフが再び制作に参加した。
[高橋克則]

『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』
8月24日より新宿バルト9、シネマサンシャイン池袋ほか全国31館にて公開
http://anime-hakuoki.com/
『劇場版 薄桜鬼 第1章 京都乱舞』場面カット公開
 アニメ映画『劇場版 薄桜鬼 第1章 京都乱舞』(8月24日公開)の前売り券の発売情報が追加発表されるとともに、場面カットが公開された。

 『薄桜鬼』は、2008年に発売された女性向けのゲーム『薄桜鬼 ~新選組奇譚~』が原作。幕末の騒乱の時代に己の信念を貫こうと駆け抜けた新選組と、彼らとともに生きる道を選ぶ少女の物語。アニメシリーズは2010年から2012年にかけて第3期まで続き、OVA、劇場版へ発展した。史実をベースにしたストーリーと、古来の“鬼”や西洋の吸血鬼を思わせる“羅刹”といったダークな存在が登場する独自の脚色、新選組ファンにもおなじみのキャラクターを声優陣が魅力的に演じて、多くのファンの心をつかんでいる。

 キャストは、主人公の雪村千鶴(CV:桑島法子)、土方歳三(CV:三木眞一郎)、沖田総司(CV:森久保祥太郎)、斎藤一(CV:鳥海浩輔)、藤堂平助(CV:吉野裕行)、原田左之助(CV:遊佐浩二)、風間千景(CV:津田健次郎)。

 テレビシリーズから引き続き、ヤマサキオサム監督、キャラクターデザイン・総作画監督の中嶋敦子氏らが劇場版に参加。アニメーション制作はスタジオディーンが手がける。

 併せて発表された前売り券は、7月6日より上映劇場(全国31館)窓口で販売する第2弾・ポストカードセット付き全国共通特別鑑賞券(1500円、1人2枚まで)、7月1日よりローソン・ミニストップに設置のLoppi限定「チャーム付きシュシュ」引換券付前売券(2480円、シュシュの引換は9月24日以降)、7月25日よりアニメイト限定版グッズ付前売券(ミニタペストリー全1種、2150円)の3種。いずれも数量限定につきなくなり次第終了。
実写版『るろうに剣心』続編2部作、連続公開で完結!藤原竜也が“宿敵”志々雄真実に!
 佐藤健主演で和月伸宏の人気コミックを実写化した映画『るろうに剣心』の続編製作が決定し、2014年夏に2部作を連続公開して、完結を迎えることが明らかになった。さらに、主人公・緋村剣心の後継者でありながら、のちに最大の敵となる志々雄真実に、佐藤とは初共演の藤原竜也が扮(ふん)することが発表された。
 昨年8月に公開され、興行収入30億円を超える大ヒットを記録した前作に続き、原作ファンの間でも人気の高い「京都編」をベースにした今作では、主演の佐藤をはじめ、武井咲、蒼井優、青木崇高、江口洋介らが再出演。また、藤原演じる志々雄のほか、その部下で剣心に匹敵する天賦の剣才・瀬田宗次郎や、仲間の因縁を晴らすため剣心を狙う四乃森蒼紫など、人気キャラクターが登場するという。
 剣心役の佐藤は「もう一度剣心を演じることができる幸せと、さらなる大きなハードルを越えなければいけないプレッシャーを感じ、気が引き締まる思いです」と心境を告白。「せっかくやらせていただけるのなら、前作を超えるものを作らないと意味がないし、原作ファンの方にも納得していただけるものを作れないと、この映画を撮る資格がないと思います。とにかく監督を信じ、原作の魂をくんで丁寧に剣心を演じ、そして前作を超えるスケールアップしたアクションに挑戦したい」と決意を新たにした。
 対する藤原は「自分も剣心世代として子どもの頃、アニメを通じて観ていましたが、今回まさか志々雄役のオファーを頂くなんて思ってもいませんでした。原作の中でも最も人気のあるキャラクターだと思いますし、演じさせていただくにあたり、もちろんいろんな意見があると思いますが一生懸命取り組みたいと思います。『藁の楯 わらのたて』に引き続き悪役を楽しみ、全う出来れば」と意気込みを語った。
 また、前作に引き続きメガホンを取る大友啓史監督は「志々雄だけではなく、蒼紫や宗次郎など、敵が巨大で魅力的であればあるほどヒーローは際立つ。今回も敵をきちんと丁寧に描くことが大事だと思いますし、そのための魅力的なキャスティングにもご期待ください」とコメント。「完結編ということで、誰にもできないことをやってしまった! というくらいのことをきちんと僕らなりにやって“伝説の最期”を作り上げます!」と力強く語った。(編集部・中山雄一朗)
映画『るろうに剣心 京都大火編』(前編)、『るろうに剣心 伝説の最期編』(後編)は2014年夏、2部作連続公開
里見浩太朗&『るろうに剣心』大友監督、アクションは高度な芝居とあふれる愛告白!
 「第1回ジャパンアクションアワード」で特別顧問を務める里見浩太朗と、同アワードで4冠に輝いた映画『るろうに剣心』の大友啓史監督が、日本映画のアクションの基本ともいえる、時代劇の殺陣について熱く語り合った。
 その年に最も素晴らしいスタントパフォーマンスを披露した日本のアクション俳優・作品・スタントマンを表彰する同アワードは、日本俳優連合が中心となって開催。日本のアクション業界、スタントマン業界を盛り上げるべく開催される。
 そんな記念すべき賞の特別顧問を、時代劇界の大スターである里見が務めたことに大友監督は「本来、吹き替えをする役者さんをしっかりと見ていないといいスタントはできないんです。いいスタントマンは芝居心もあるし、アイデアも豊富。でも、そういう裏方さんが認められる機会は今までなかなかなかった。そこに里見さんがお越しになるのは素晴らしいことだと思う」と笑顔を見せた。
 かつて東映のチャンバラスターとして名をはせた里見。その後もテレビ、舞台、映画などで数多くの立ち回りを披露してきたが、時には「顔を切られたこともあった」という。一度切りかかった敵の刀をはねあげ、さらにもう一度、敵が襲い掛かってきたところを里見が切る……という流れだったのが、敵役の俳優が段取りを間違えたことで、よけきれなかった里見が顔にけがをした。しかし里見は冷静に「撮影所のどこにアロエの木が生えているか、というのが頭の中に入っていたから、玄関のすぐ横にあるアロエの木のところまで走って行って、傷口に当てたらすぐに血は止まりましたよ」と述懐した。
 まさに、ちょっとした手違いが大けがにもつながるアクションの世界。里見も「相手に体を預けるわけですから、信頼関係がないとできない仕事。非常に高度な芝居なんですよ」と切り出すと、大友監督も「(映画黄金時代の)時代劇スターの系譜に里見さんは連なるわけです。スタントや殺陣のすごさ、大切さを体で知っている方ですからね」と付け加える。NHK時代に大友監督が演出を担当した大河ドラマ「龍馬伝」で、里見が千葉定吉役を演じたことからの付き合いとなる二人は、アクションを心から愛するという共通項を持つ。今回二人が参加した「ジャパンアクションアワード」をきっかけとして、日本アクション界のさらなる地位向上に期待したい。(取材・文:壬生智裕)(取材・文:壬生智裕)
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