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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 落語聴きながら記事つくってます。

北海道
五稜郭跡の「箱館奉行所」公開 140年ぶり復元
 北海道函館市の国特別史跡「五稜郭跡」に幕末当時、北方警備の拠点として設置された箱館奉行所が約140年の時を経て復元され、内部が16日、報道陣に公開された。一般公開は29日から。
 市文化財課によると、当時の絵図面や発掘調査結果から、間取りや柱の材質など細部まで忠実に再現。東北産のスギ、ヒバなどの木材をふんだんに使った。直径60センチ、長さ9メートルの重厚感のある梁が見えるよう天井板を張っていない部屋もある。
 復元工事は2006年6月に開始し、総工費約28億円をかけ、6月30日に完了。内部は72畳の大広間がある「再現ゾーン」など主に五つに区分けされている。奉行所の3分の1に当たる約千平方メートルを復元、残りは隣接する地面に建物の跡を線で描き規模を伝えている。
 奉行所は明治新政府軍と旧幕府軍による箱館戦争の舞台にもなり、1871年に解体された。


「箱館奉行所」復元オープンへ準備大詰め 函館・五稜郭公園
 函館・五稜郭公園に箱館奉行所が復元オープンする29日まで、あと2週間となった。同奉行所の指定管理者「名美興業」(函館)はスタッフ研修を繰り返すなど、4年に及んだ開設準備はいよいよ大詰め。市教委には早くも道内外から問い合わせが多く寄せられ、職員が対応に追われている。
 奉行所は6月末に完成。青森産ヒバや畳の香りが漂う中、9日には展示設備の搬入が始まった。奉行所周辺では芝生広場や散策路など環境整備工事が最終段階に入った。
 名美興業では、市教委の学芸員がスタッフ約30人に専門知識を教える研修を7月初旬に開始。見学者への対応を確認するため、27日には実際に約300人の団体客を受け入れるシミュレーションを行う。
 同社の筒井孝則次長は「初年度の推定見学者数は14万7千人。最大の課題である混雑対策に現在、最も力を注いでいる」と話す。
 一方、市教委では7月に入り、東京や大阪などから問い合わせが急増。多い日は30件寄せられている。文化財課の野村祐一学芸員は「近年なかった大型施設誕生への期待感と大河ドラマを背景にした幕末ブームが重なり、予想以上の反響」と、うれしい悲鳴を上げる。
 江戸幕府の北の拠点だった箱館奉行所の復元工事は2006年に始まり、総工費27億円。広さは千平方メートルで、木造建築物としては道内最大級だ。箱館奉行が執務した表座敷などを再現したほか、出土品などを紹介する展示コーナーも備える。(酒井聡平)


壮大な叙事詩開幕 函館
 函館の歴史絵巻を約400人の市民が演じる「函館野外劇」が国指定特別史跡・五稜郭の特別ステージで始まった。8月7日までの毎週末に、アイヌ民族の時代から高田屋嘉兵衛、箱館戦争、歌人石川啄木など10の場面が演じられる。
 今年で23回目。7月末に五稜郭内に「箱館奉行所」が復元・完成するのにちなみ、完成を知らせる瓦版をまく場面が新たに加えられた。破損で昨年は初日しか出番がなかった軍艦「甲鉄」が修復され、堀を使った「箱館戦争」の海戦の場面が復活した。
 大人2500円(前売り1800円)、高校・大学生千円(同900円)、小中生500円(同400円)。問い合わせは事務局(0138・56・8601)。



宮城
副島種臣:栗原の収集家、封書入手 幕末から明治の政治家、書家としても名声 /宮城
 佐賀藩出身の幕末から明治期の政治家、副島種臣(そえじまたねおみ)(1828~1905)の封書を、栗原市の古物収集家(61)が岩手県南部の旧家から入手した。副島は書の達人としても知られ、一風変わった書体で現在も人気があるという。
 封書は縦17センチ、横131センチの和紙に縦書きで、あて名は同県南部の有力者とされる「佐藤平次郎(殿)」。佐藤から人を介してあった揮毫(きごう)依頼に対し、「……当家ニ於テハ揮毫ノ依頼一切謝絶致シオリ御座候……」とカタカナ交じり文で断わっている内容。収集家によると、副島が明治政府で重きを成し、書家としても名声を得た明治中期ごろのものとみられる。
 副島は勤皇の志士の一人で、征韓論争で下野するなど曲折を経て明治政府の要職を歴任した。「蒼海(そうかい)」の号で書をたしなみ、自作の詩文を清朝政府高官と交換する技量の持ち主だった。
 収集家は「副島の書は多くはなく私的ながら貴重な書状」と話し、07年に副島没後100年記念展を行った佐賀県の関係美術館に連絡したいとしている。【小原博人】


福島
鶴ヶ城の赤瓦寄付者記名開始
 鶴ヶ城天守閣を幕末時の赤瓦にふき替える工事に伴い、会津若松市は14日、寄付者が赤瓦の裏に直接記名できる取り組みを始めた。
 赤瓦の寄付は1枚2000円で1人何枚でも可。鶴ヶ城本丸内の受付所で10月24日まで直接記名でき、芳名帳は永年保存する。寄付の募集は6月2日に始まり、これまで集まった約600口については、職員が代理記名する。
 また、従来の黒瓦についても寄付者に記念品として贈呈する。紋様入りの「鬼瓦」が1枚5万円(約30枚)、「軒平瓦」と「軒丸瓦」はいずれも1万円(各約100枚)で、往復はがきで9月30日まで申し込みを受け付ける。
 問い合わせは、会津若松市観光課(0242・39・1251)へ。




東京
上演:龍馬ロック音楽劇 兵庫の女性劇団が来月7・8日--品川 /東京
 兵庫県宝塚市を拠点に活動する女性だけの劇団「OZmate」の辻井奈緒子代表(46)と団員の松本飛路さん(30)が8月の東京公演PRのため、毎日新聞とうきょう支局を訪れた。
 同劇団は1991年の設立で、18歳~40歳代の女性25人が団員として活動している。
 メッセージ性のあるオリジナルミュージカルの上演を行う。
 8月の東京公演は幕末の志士、坂本龍馬を主人公にした幕末ロックミュージカル「Ryoma」を上演する。龍馬役を演じる松本さんは「ヒーローでなく等身大の龍馬を演じたい」と話した。
 公演は、8月7日午後6時半からと8日午後1時から。両日とも品川区北品川2の32の3、六行会ホール。当日入場料4300円。問い合わせはスタジオOZ(0797・85・1106)。【遠山和彦】




京都
山鉾巡行最後の指揮、きりり
祇園祭山鉾連合会理事長の深見さん

 祇園祭総責任者の祇園祭山鉾連合会理事長として「最後の夏」を迎えた深見茂さん(76)=京都市中京区=。最後の夏は、クライマックスの山鉾巡行の17日になってようやく天気に恵まれ、汗ばむ暑さとなった。午前9時すぎ、裃(かみしも)姿の深見さんは、凛(りん)とした表情で下京区の四条通に立った。扇子を広げ、先頭の長刀鉾に出発の合図を送った。

 ■“不変”胸に15年「やるだけやった」

 巡行の列を見守りながら、「ここまで天気が良いと、人も増える。観光客の方がけがをしないか、心配なんです」と無事を願った。沿道の各所で、ちまきを持って祭りの支援者と笑顔を交わすと、「さみしなりますね」と声が掛かった。
 深見さんは5期15年にわたって務めた祇園祭山鉾連合会理事長を今期で引退する。17日の山鉾巡行は、総責任者という重責を担っての最後の祭りとなる。「早くから今期限りと決めていた。最近は、ほんまに体がえらなってきまして」
 自宅を出る前、妻の明子さん(76)に裃を着せてもらった。15年続いた習慣だ。二人は6月5日に金婚式を迎えた。明子さんは「毎年、朝、主人の出発を見送り、午後に帰ってきたら、ほっとする。そんな繰り返しでした」と振り返った。
 山鉾町の人たちは「例年通りに」とよく口にする。しかし、変化が激しい現代にあって、「不変」を続けることは、実は難しい。
 「負けん気」と「個性派」で知られる山鉾町。「祭りを愛する人ほど、外へはみ出す」というのが深見さんの持論だ。しかし、時には行き過ぎもある。「個」を尊重しつつ、いかにして全体をまとめていくのか、常に頭を痛めてきた。
 「まあ、いろいろとありましたわ。辞めると言うても、さみしい気持ちはわかへん。やるだけのことは、やらせてもらったということですかなあ」
 昨年9月には、念願だったユネスコ無形文化遺産に登録された。幕末に焼失した大船鉾が復興する足掛かりもつくり、祇園祭の発展への布石は抜かりがない。「山鉾町の方々に理解し、協力してもらって、今がある。何と言っても感謝です。これまで元気でいさせてもらったのは、祭りの手伝いをしたからやと思う。ほんまに神さんのおかげです」
 誰よりも祇園祭を愛する深見さん。「来年は、その他大勢となって、祭りを存分に楽しみたい」と笑顔を見せた。


京都市、夏の旅キャンペーン開始
 京都市と市観光協会は、「京の夏の旅」キャンペーン(後援・日本観光協会、JR西日本、JR東海)を今月1日にスタートさせ、9月末まで展開する。テーマごとにコースを巡る定期観光バスの運行や文化財の特別公開、京都ならではの体験観光プランなどさまざまな夏の京都が楽しめる企画を提案している。8日にはマスコミを対象にした現地取材会を実施し、コースの魅力などをPRした。
 キャンペーンは夏季の特別誘致対策事業の一環として毎年実施されており、今年で35回目を迎える。
 観光バス特別コースには3コースを設定。現地取材会では定期観光バス特別コース「京の宮御殿と公家屋敷をたずねて」を紹介。平安女学院大学有栖館、有栖川宮旧邸、旧九條家別邸「拾翠亭」など宮家の旧邸、摂関家の別邸、皇室とゆかりの深い門跡寺院の御殿を中心に巡る内容だ。
 有栖館は、300年の系譜を持つ四親王家の1つ、有栖川宮家の旧邸。現在は平安女学院大が京都文化、日本文化の研究や教育などの拠点として受け継いでいる。今回特別公開される建物の1つで、幕末から大正時代にかけての宮邸の様子を見ることができる。
 旧九條家別邸「拾翠亭」は五摂家の1つ、九條家の別邸として建てられた。200年ほど前の江戸後期の数寄屋風書院造の建物。また、旧嵯峨御所大覚寺の中にある秩父宮御殿は、大正12年に東宮仮御所の霞ヶ関離宮(現在の国会前庭)に建てられ、後に大覚寺に下賜されたもの。一般に初公開される。
 他にも定期観光バスには、「京の龍馬伝〜大龍馬展と伏見のまち」「宮廷鵜飼と夕景の嵐山」の2コースを企画。今年注目の坂本龍馬ゆかりの地や京の夏の風物詩である宮廷鵜飼などが楽しめる。


「龍馬伝」5万人突破
同大生2人に記念品

 京都市中京区の京都文化博物館で開催中の特別展「龍馬伝」(京都新聞社など主催)の入場者が15日、5万人を突破し、記念のセレモニーが行われた。
 5万人目の入場者は同志社大3年の室田紗希さん(20)=宇治市=、木下真希さん(20)=京都市伏見区=。寺田屋など京の幕末ゆかりの地を巡る途中で同展に立ち寄った。
 荒巻禎一館長から記念品を手渡された木下さんは「大河ドラマで幕末に興味を持った。驚いたけどうれしい」と喜び、室田さんは「日本を動かした龍馬や志士の生きざまに、心打たれます」と話していた。
 同展は、龍馬たちの実像に迫る史料約180点を展示している。19日まで。有料。



高知
「おどろおどろしさ」だけでなかった、絵金「のぼり」初確認…高知
縦4・5m、力強く養老伝説描く

 新たに見つかった絵金が描いたのぼり おどろおどろしい芝居絵で知られる幕末の絵師、弘瀬金蔵(通称・絵金、1812~76)が描いた「節句のぼり」が、絵金が一時暮らしたことがある高知県香南市赤岡町で見つかり、絵金の屏風(びょうぶ)を収蔵する同市の絵金蔵が確認した。絵金が描いたのぼりが見つかったのは初めて。昨年には絵金が子どものために描いた絵本も見つかっており、絵金蔵は「おどろおどろしさだけではない、絵金の一面がさらに広がった」としている。赤岡町一帯で絵金の屏風が民家の軒先で公開される絵金祭りにあわせ、19日まで絵金蔵で公開している。
 絵金蔵によると、のぼりは縦約4・5メートル、横約40センチ。染織ではなく、綿の布に顔料でじかに描いていた。岐阜県の養老の滝に伝わる親孝行伝説が題材。木こりと年老いた父親、元正天皇が描かれ、3人の目線や指をさす方向で、奥行きや広がりを持たせている。速くて力強い筆致や線の強弱に、絵金の特徴が見られるという。絵金の雅号「友竹斎(ゆうちくさい)」が銘として記されている。
 のぼりを見つけたのは、菓子会社「西川屋老舗」(高知市)の池田聡博(あきひろ)社長(53)。西川屋は1688年(元禄元年)の創業で、同市赤岡町の元店舗で保管していた。1865年(慶応元年)に生まれた曽祖父・再平(さいへい)さんの初節句を祝って作られたとみられるという。池田家はほかにも、絵金の屏風絵やふすま絵も所有している。同時代の絵師・宮田洞雪(1828~98)が描いたのぼり3本も見つかった。
 のぼりを見た高知市加賀野井の嘱託社員大坪更生さん(78)は「すごい迫力。原色の屏風絵とは違い、子どもの祝いのために品良く作られている」と話していた。


大分
「中津城下絵図」市文化財に指定
 中津市教委はこのほど、江戸時代の歴史資料「中津城下絵図」=写真=と「豊前國(こく)中津勝景之図」、史跡の土塁「中津城おかこい山」を市文化財に指定した。市指定文化財は計140件となった。
 歴史資料2件はいずれも城下町地域の民家に保存されている。「絵図」は1830年代~1840年代(奥平藩時代)の製作。城下の町割りが描かれ、寺社や町屋、侍屋敷などが9色で塗り分けられている。藩士の名前もあり、研究資料として信頼度が高いことなどが評価された。
 「勝景之図」は幕末の製作で、もとは画帳だったものが巻物にし直されている。絵は21点あり、山国川水系や駅館川水系(宇佐市)周辺の景色が描かれ、当時と現在の景観を比べるのに重要とされた。
 「おかこい山」は鷹匠町にある。中津城下を守る要塞(よう・さい)として17世紀中頃以前に造られた。おかこい山が残っている城下町は九州では中津だけという。今年度、復元と説明板設置などを行う予定だ。



長崎
亀山社中記念館20万人 「龍馬伝」追い風に
 坂本竜馬が幕末の長崎に設立した日本初の商社亀山社中を復元した「亀山社中記念館」(長崎市伊良林2丁目)の入館者が16日、20万人を突破した。
 20万人目となったのは北海道から訪れた会社員中井幸代さん(38)と同岡本綾子さん(39)。NHK大河ドラマ「龍馬伝」を毎週見ているという中井さんは「ドラマに出てくる場所を実際に訪れ、もっと歴史を勉強したくなった」と話した。
 同記念館は昨年8月、跡地に残っていた建物を修復しオープン。竜馬が持っていたピストルのレプリカなどが展示され、歴史ファンの人気を集めている。


鹿児島
観光立国へ薩長同盟 “奇兵隊”が萩PR 宣伝隊、鹿児島市を訪問
 山口県萩市の観光宣伝隊11人が15日、幕末の志士・高杉晋作が組織した「奇兵隊」の姿で鹿児島市に現れ、市民や観光業者、市役所に萩の魅力をPRした。
 2011年3月に九州新幹線鹿児島ルートが全線開業し、同5月に山口-萩間の高規格道路が開通すれば、両市は今の半分の3時間程度で結ばれる。11年は薩長同盟締結から145年の節目に当たるため、歴史的につながりの深い鹿児島に観光産業の活路を求めた。
 一行は鹿児島市ホテル旅館組合と協力の証しとなる「薩長友好盟約書」を締結。市役所では、大山直幸経済局長に修学旅行誘致への協力を呼び掛けた。鹿児島随一の繁華街・天文館に向かうと、市民に萩焼の湯飲み約200個を配って、笑顔も振りまいた。
 高杉晋作役を務めた萩温泉旅館協同組合副理事長の渡辺浩隆さん(49)は「日本の発展に尽くした薩長で、今度は観光立国の先駆けになりたい」と話していた。


文化芸能
歌舞伎・快優列伝:三代目澤村田之助/1 14歳の若さで守田座の立女形に
◆三代目澤村田之助(1845~1878)

 病気のために両足を切り落としても舞台に立ち続け、幕末から明治にかけて一世を風靡(ふうび)した女形。それが三代目澤村田之助である。
 弘化2(1845)年2月に、江戸歌舞伎の名門、紀伊國屋の五代目澤村宗十郎の次男に生まれた。幼名は由次郎。兄は四代目助高屋高助。嘉永2(1849)年7月に初舞台を踏んだが、同5年に父が死去。安政6(1859)年正月に中村座で三代目田之助を襲名した。
 子役時代から才能を発揮し、早い出世を遂げる。万延元(1860)年正月に守田座で一座の女形の筆頭である立女形に、14歳の驚異的な若さでなった。
 「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」の八重垣姫、「鬼一法眼三略巻」の皆鶴姫などをつとめて人気を高め、江戸で彼の名を使った商品も続々と発売された。新型の髷(まげ)である「田之助髷」が流行し、娘たちは「田之助襟」や「田之助下駄(げた)」をこぞって買い求めた。
 文久元(1861)年10月には市村座で「菅原伝授手習鑑」の八重を演じた。夫の桜丸は十三代目市村羽左衛門(五代目尾上菊五郎)。「続々歌舞伎年代記」には、田之助の八重と二代目市村亀蔵の白太夫が好評だったことが記されている。
 この時に亀蔵から、羽左衛門と田之助は演技を怒られた。2人は共演の六代目市川団蔵に教えを仰いだが、それでもはっきりと原因が分からない。田之助の家にこもり、死を決意した桜丸と八重のやりとりを約30回もけいこした。寝る間もなしに翌朝、楽屋入りし、同じ場面を上演すると、今度は亀蔵に「うまい」と褒められた(「菊五郎自伝」)。
 元治元(1864)年4月。守田座で田之助は、彼にあてて河竹新七(黙阿弥)が書いた「切られお富」のお富を演じることになる。人気作品の「切られ与三郎」の主役を女形に書き換えた作品だが、初日前に同座は全焼。初演は同年7月の再開場に延びたが、同作品を皮切りに、田之助は彼にあてて書かれた新作を、次々と演じるようになった。【小玉祥子】


コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】(70)東大教授・山内昌之 佐久間象山
本物の「タレント」

 今回の参院選にはスポーツ選手や各種のタレントの立候補が目立った。その25人のうち、当選したのは、女子柔道の金メダリストや元野球選手など5人にとどまった。この候補者らの政治意識や関心のほどがよく分からない。

 そもそも立候補前に、かれらの口から政治外交や金融経済に関する抱負を聞いた人がいるだろうか。多数の落選で、テレビタレントやスポーツ選手として多少の名を売った人が比例で当選できるという思い込みや幻想が崩れたとすれば、今回の参院選は将来の日本政治のレベルアップにかなり貢献したことになる。

 まだしも本人がタレントなり才人であればともかく、有名スポーツ選手の父であるというだけの理由で議員に当選した人もいる。また、週刊誌で芳(かんば)しくない話題を提供する以外に、さしたる動向を聞かない人もいる。政党も問題であるが、こうした人物に投票する有権者の気構えも問題であろう。

 国や国民を舐(な)めきった政党や一部芸能人の態度に良質な有権者たちが、ようやく鉄槌(てっつい)を下したというのであれば、日本の未来も救われるというものだ。本来「タレント」とは才能や才幹を意味し、そこから「才能のある人たち」に転じ、さらに「芸能人」を指すことになった。芸能人がその芸で才能に恵まれたとしても、政策や構想力を鍛える才能を兼備した例をついぞ知らない。

 ◆兵学、種痘導入…万能

 ところで幕末最大の「タレント」といえば、何といっても佐久間象山(しょうざん)であろう。信州(長野県)松代藩士の象山は、若い時分に経学と数学をともに習得し、主君の真田幸貫(ゆきつら)(松平定信(さだのぶ)の実子)が老中となり海防掛に任ぜられて以降洋学を研究するようになった。
 彼の知識は、大砲の鋳造など実学としての兵学から、ガラスの製造、地震予知器の開発、牛痘種痘(ぎゅうとうしゅとう)の導入などにも成功し、「タレント」である以上に「ユニバーサルマン」(万能人)ともいうべき存在になった。その分だけ彼は自分を恃(たの)むところが強く、韮山(静岡県)で反射炉をつくった江川太郎左衛門や、義兄となる勝海舟など幕府の洋学者とソリが合わなかった。

 開国論や西洋事情の摂取を説いた『省●録(せいけんろく)』とはあやまちを省みる記録の書という意味だが、とても謙虚に自らの不足を反省するといった段ではないのだ。象山は、「私は長いこと海防に意を用いてきた。思うに、私が発明したものは前人が及ばないものであった」と自分の「タレント」ぶりを自画自賛する。

 そのうえ象山は、言わずもがなの自信を堂々と披瀝(ひれき)する。現代語に訳するとこうだ。「およそ学問は必ず積み重ねを必要とするものだ。一朝一夕でたやすく詳細に知ることはできない。海防論も簡単に通暁(つうぎょう)できない一つの大きな学問なのだ」

 吉田松陰の密航事件に連座して捕らえられたとき、獄中で書いた『省●録』は、弁解の書というよりも気迫の書ともいうべき活気にあふれた記録である。黒船襲来という国難に対応できる才人は自分しかいないという口ぶりなのだ。むかしから洋学を修め提言や警告もしてきたのに、幕府がそれを無視してきた高いツケが今日の危機をもたらしたと言いたげなのである。

◆門下から多くの人材

 勝海舟の妹の順が嘉永5(1852)年に象山に嫁いだが、勝は傲岸(ごうがん)な象山を評価していない。『氷川清話』では、象山は「軽はずみ」にして「ちょこちょこした男」で「あれだけの男」だったと酷評している。しかし、象山門下からは、小林虎三郎、勝海舟、河井継之助、坂本龍馬、橋本左内、加藤弘之らも出ており、彼の「タレント」ぶりを疑う人間はまずいない。

 比べるのも愚かにせよ、当節のタレントたちには、政治家に転身することで、自分の新たな職業的覚悟を永久に問われることがよく分かっていないのではないか。有権者の前で得意の技や芸を披露することをタレントの資質やアピール力と錯覚した芸能人やスポーツ選手らには、本物の「タレント」が命さえ犠牲にして自分の才能と理念を訴え続けた歴史の厳しさを改めて理解してほしいものだ。(やまうち まさゆき)

●=侃の下に言

                   ◇

 本連載をまとめた「幕末維新に学ぶ現在」(中央公論新社)が発売中。

                   ◇

【プロフィル】佐久間象山

 さくま・しょうざん 文化8(1811)年、信州(長野県)松代生まれ。幼少から経学や和算に秀で、江戸で儒学者、佐藤一斎に師事した後、神田に塾を開く。老中となった松代藩主、真田幸貫から海外事情の研究を命じられ、「海防八策」を提出。江川太郎左衛門に西洋砲術を学び、勝海舟らに教えた。安政元(1854)年、吉田松陰の密航事件に連座し松代に蟄居(ちっきょ)するが、のちに赦免。元治元(1864)年、幕府の命を受けて上洛し、公武合体や開国を主張したが、京都で尊攘派に暗殺された。享年54。





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