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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 夕方になって風が吹くようになりましたが、湿度が高くてちょっとべたべたしています。

北海道
白老元陣屋資料館で特別展、貴重な歴史的絵図公開
 仙台藩白老元陣屋資料館の開館25周年を記念した特別展が、18日から8月16日まで開かれる。昨年仙台市の古書店で発見され、白老ロータリークラブ(山手康会長)が同資料館に寄贈した「仙台藩白老元陣屋之図」(128センチ×75センチ)を初公開するほか、仙台、盛岡、函館、札幌などの図書館、博物館に収蔵されている同陣屋が描かれた絵図10枚を展示する。
 1857年(安政4年)仙台藩士・岡元武治が描いたとされる同RC寄贈の絵図は、陣屋の陣地ほか、開所や幕府役人が宿泊する「公儀御陣屋」、アイヌコタン、愛宕神社、船などが描かれており、俯瞰(ふかん)図としては類を見ない。
 このほか、最終基本計画案として幕府に提出された「陣屋之図」(宮城県図書館所蔵)、建設進ちょく状況を描いた「詳細図」(函館市中央図書館所蔵)、陣屋の安定期に描かれたとされる北海道開拓記念館所蔵の絵図、装飾的なタッチで描かれた盛岡市中央公民館所蔵の絵図など。
 同資料館の坂本恭啓学芸員は「白老における北方警備の歴史は、幕末の激動の歴史の陰に隠れているが、のちの歴史に大きな影響を与えた重要な12年間だった」と絵図展示の意義を強調する。
 初日の18日午後1時半から、郷土史家の佐藤宏一さん(仙台市)が「仙台藩白老元陣屋絵図に秘められたもの」と題して講演する。
(富士雄志)



千葉
ふるさと銚子:歴史を学んで 実行委、小5向け副読本を制作 /千葉
 銚子市の「陣屋町史跡公園化実行委員会」(名雪育男代表)が、市内の小学5年生向けの歴史副読本「ふるさと銚子~先人たちの足跡を訪ねて~」を制作した。
 銚子市は江戸時代の1717(享保2)年から高崎藩(群馬県高崎市)の管理地として陣屋が置かれ、明治初期まで続いた。名雪代表は同市陣屋町の町内会長として陣屋公園内に07年3月「銚子陣屋史跡記念碑」を建立。高崎市民とも交流を続いている。
 副読本は63ページ。「銚子のなりたち」「銚子の歴史年表」などに続いて、「銚子を築いた先人たち」として歴史上の人物を紹介している。取り上げたのは、▽外川に港を築いた崎山治郎右衛門▽ヤマサ醤油(しょうゆ)を創業した濱口儀兵衛▽幕末の銚子をコレラの流行から救った医師の関寛斎▽大日本国語辞典を編さんした国文学者の松井簡治▽画家で詩人の竹久夢二▽作家の国木田独歩--ら日本人14人と、犬吠埼灯台を建設した英国人設計技師ブラントンら外国人2人。

 濱口儀兵衛(梧陵)が特に興味深いです。なお、wikipediaの濱口梧陵の項目によれば、関寛斎を経済的に支援したようで……マンガ『jIN―仁―』で浜口儀兵衛が主人公の南方仁先生を経済的に支援するという設定は、その辺りの史実を踏まえた描き方なんでしょうね。

石川
日本元気劇場:戦艦三笠、実物大で再現 18日オープン--加賀 /石川
 劇場型エンターテインメントパーク「日本元気劇場」が18日、加賀市黒崎町にオープンする。06年に営業停止した「加賀百万石時代村」を、全国で新しい温泉旅館のスタイルを展開する「大江戸温泉物語」(東京)が数十億円をかけ再生した。目玉の一つが、実物と同じ大きさで再現した戦艦三笠のセットで、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」のロケも行われる。
 全体の広さは東京ドーム8個分。温故知新、元気いっぱいをコンセプトに、旧時代村の伝統的街並みや建物をリニューアルしたほか、五つの劇場を設けたのが特徴。「忍者チーム」「新撰組チーム」など約50人の劇団員が1日3~5回公演し、時代物、アクション、ダンスレビューなどで幅広い年齢層の集客を狙う。
旧日本海軍連合艦隊旗艦だった戦艦三笠のセットは「ミュージアム」として、劇場オープンに先駆けて公開を始めた(16、17日は休館)。今年11月から3年にわたって放映される「坂の上の雲」のロケは、今年9月と来年5月に行われ、主役の秋山真之を演じる本木雅弘さん、東郷平八郎役の渡哲也さんらが来県する予定。
 戦艦三笠ミュージアムの入場料は、大人600円、子ども300円。日本元気劇場の入園料は今年8月までオープンキャンペーンとして大人500円、子ども300円(観劇は一部を除き別料金)。問い合わせは同劇場(0761・75・1100)。【松田秀敏】

 「新撰組チーム」がキーワード検索にかかってきましたが、歴史がごった煮なテーマパークですねぇ(汗)。

岐阜
山岡鉄舟:没後121年法要と講演会 「鉄舟のブレない生き方に学ぶ」 /岐阜
◇高山で19日
 少年時代を高山で過ごし、江戸城無血開城の立役者として知られる幕末の剣豪・山岡鉄舟(通称・鉄太郎、1836~1888年)の没後121年の法要と、追悼記念講演が命日の19日、鉄舟の両親が眠る高山市宗猷寺(そうゆうじ)町の宗猷寺で行われる。
 鉄舟が死去した時刻とされる午前9時15分から本堂で法要が営まれ、同10時半から主催者で山岡鉄舟研究会の山本紀久雄会長が「鉄舟のブレない生き方に学ぶ」と題して記念講演する。参加費5000円。問い合わせは研究会事務局の田中達也さん(090・4899・5973)。【奈良正臣】


京都
池田屋130年ぶり復活 居酒屋ですけど
 幕末、新選組が尊皇攘夷(じょうい)派志士を襲撃した池田屋騒動の舞台となった旅館の跡地(京都市中京区)に8日、約130年ぶりに池田屋が復活した。ただし、居酒屋。
 昨年から空いていたビルに居酒屋チェーン「はなの舞」が進出。初日から新選組ファンらでにぎわった。地元商店街も「観光の起爆剤に」と期待をかける。
 東映京都撮影所などの協力を得て、映画や芝居の「階段落ち」シーンで有名な大階段を店内に再現した。「酔ったお客様が落ちはしないか、それだけが心配」と店長。

 池田屋跡の居酒屋復活の報道では出遅れた朝日ですが、「ただし、居酒屋。」とか「『酔ったお客様が落ちはしないか、それだけが心配』と店長。」とかオリジナリティを出そうと頑張ってますね。写真も今まで見たショットとはちょっと違うようで。

やっと京都に修学旅行…新型インフルで延期、第1便到着
 新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の流行で京都市への修学旅行を延期していた埼玉、千葉両県の中学校5校の生徒が8日午前、新幹線でJR京都駅に到着した。
 5~6月に京都への修学旅行を予定しながらキャンセルした全国の中学校など約1150校(14万7000人)の大半が11月までに改めて実施する。午前10時半、臨時列車での第1陣、計約900人が到着した。
 コンコースでは、京都市の門川大作市長が祇園祭の絵はがきを贈り、新撰組にふんした東映太秦映画村(右京区)の俳優が模造刀を振りかざす演技を披露した。埼玉県八潮市立大原中3年の田中悠互君(14)は「もう修学旅行に行けないかもしれないと思っていたのでうれしい。京都の歴史をじっくりと見て学びたい」と話していた。
 5校の生徒は10日頃まで京都、奈良市内などを観光する。

 太秦映画村の「新撰組」でキーワード検索に引っかかりました(苦笑)。

奈良
当時の日記 現代語訳で出版
 神戸市在住の会社員上田尚男さん(61)が、旧須恵村(現五條市)出身の曽祖父・高橋直吉さん(1857~1919年)が天誅組の挙兵など、当時の出来事を記した日記をまとめた「五條国 高橋直吉 天壽録(てんじゅうろく)」(聚珍社)を自費出版、8日、五條市の吉野晴夫市長に「市史編集に役立てて」と寄贈した。
 上田さんは、直吉さんが和紙約400枚に書いた日記のコピーを自宅で見つけた。調べたところ、親戚(しんせき)宅に原本があることを知り、それを漢和辞典で調べたり、図書館に通ったりして、約2年かけて、現在使われている言葉に直したという。
 天壽録には、明治維新のさきがけといわれる天誅組の五条代官所襲撃時(1863年)、近所に住んでいた直吉さんが使用人たちと難を逃れたいきさつや、交通の要衝として栄えた須恵村の様子などがつづられている。
 上田さんは「五條の歴史を知る資料になれば曽祖父も喜ぶでしょう」と話す。
 A4判、285ページ。100部制作。4200円(送料別)。問い合わせはNPO法人大和社中(0747・22・2720)へ。


コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】(18)東大教授・山内昌之 安藤信正
■歴史は繰り返される

 いまの自民党の動きを見ていると“幕末気分”という言葉をつい思いだしてしまう。幕末の徳川幕府の統治は、江戸で政務をとった老中と、京都にいた一橋・会津・桑名の間で意見が割れ、そのうえ3者の間でも一橋(徳川)慶喜は孤立しがちであった。
 3つの権力が入り乱れ、内政と外交ともに不一致だったのだから、尊王攘夷派につけ入られても仕方がない。それにしても、自分たちが将来を託したはずの総理総裁を世論支持率やテレビ番組の風評に一喜一憂して、すげかえようとする動きを見ると、“暗い軽さ”とでもいうべき器量のほどをどうしても感じてしまう。

 
◆幕府のメンツを保つ

 坂下門外の変で失脚した安藤信正は、輿望(よぼう)を担って登場し、多くの懸案を地道に処理しながら、理不尽な政治の空気で失脚した政治家である。老中となってすぐ直面したのは、大老の井伊直弼が水戸浪士に暗殺された桜田門外の変である。安藤は彦根藩邸を訪れ、井伊の遺体にさながら生けるがごとく話しかけ、病気の体にして後日無事に相続を許すという機転の利いた措置をとった。
 大老職にある主君を討たれた彦根藩士たちの仇(あだ)討ちともなれば、譜代筆頭の井伊と御三家の水戸が正面から衝突してしまう。この大事を未然に阻止し、幕府のメンツを保っただけでも、安藤の手腕は相当なものだ。
 加えて、孝明天皇の妹、和宮と将軍家茂を結婚させる公武合体策も実現し、米公使館通訳のヒュースケンの殺害事件の円満処理にもあたった。日本に不利な金銀の交換率を定めた通商条約で国外に羽のついたように飛んでいった金の流出を阻止し、物価騰貴にも的確な手を打ったのも安藤の功績である。彼は幕末の政局を安定化し、人びとに安心を与える政策を着実に実行していたのだった。

◆英公使も驚く気概

 そこにふって湧(わ)いて起こったのが坂下門外の変である。水戸浪士の襲撃を受けた安藤は、冷静沈着に対処し、凶刃から逃れて坂下門まで自ら赴き、事情を的確に番士らに説明し、登城せず屋敷に戻ったのだった。血のついた不浄の装束で御用を務めるわけにはいかないからだ。
 まもなく療養中に包帯姿で英国公使オールコックと会見すると、公使も安藤のもつ貴族の気概と政治家たる義務感に驚いた。公使は洋の東西を越えたノブレス・オブリージュ(高い地位に伴う道徳的義務)に感嘆したのである。しかし、いつの時代でも理屈や口実が見つかれば、目障りな上司や出世の妨げになる同僚を排除したくなるのは、政治や実業の競争社会の通弊かもしれない。
 安藤は間が悪かったことに、駕籠(かご)に後ろから差し込まれた刀をよけたときに背中に傷を受けていた。このために後ろ傷は武士の恥辱といわんばかりに一部から非難される理由となる。堂々と兇徒(きょうと)に立ち向かって、冷静に事変を現場で処理した老中の判断力や大局観を評価せずに、空気のように横行した無責任な議論に幕府首脳もふりまわされたのだから情けない。

◆逸材失脚、重心は京都へ

 この政争の動きは、どうやら幕職としての歴史的使命を終えた大目付や目付あたりから出たらしい。国の大きな進路を託する人間への評価を根拠のない醜聞の噂(うわさ)などを交え、期待された逸材を失脚させたのだから幕府の運も尽きた。これで政治の重心は江戸から京都に移ったといってもよい。
 数週間や1、2カ月の政治日程で得か不利かの尺度だけで物事を見るあまり、政治に大事な大局観や自他への重厚な信頼感を軽んじる傾向が一部に蔓延(まんえん)している。テレビで自党の総理総裁の器量を貶(おとし)める人たちを見ると、あれこれ理由をつけて安藤を引きずり降ろした人びとがかえって職や地位を失った歴史を思いだしてしまう。


 歴史は繰り返される。「1度目は悲劇として、2度目は喜劇として」とは、マルクスの知らなかった日本の政治にもあてはまるのかもしれない。(やまうち まさゆき)

                  ◇

【プロフィル】安藤信正

 あんどう・のぶまさ 文政2(1819)年生まれ、江戸時代後期の老中。弘化4(1847)年、父、信由(のぶより)の死去により陸奥国磐城平藩5万石の藩主となった。嘉永4(1851)年に寺社奉行、安政5(1858)年に若年寄。安政の大獄では、井伊直弼の意を受け、連座した水戸藩を取り締まった。万延元(1860)年、老中に昇進、直後に起こった桜田門外の変で井伊が暗殺されると、同じく老中の久世広周とともに幕政を担った。信正は外国事務取扱の老中として外交問題を担当し、プロシアと修好通商条約を締結する一方、米国公使館通訳ヒュースケン暗殺事件など攘夷派の起こした事件処理に奔走した。内政では、久世とともに孝明天皇の妹、和宮の将軍家茂降嫁を奏請して公武合体政策を推進した。攘夷派はこれを政略結婚と非難し、外国協調政策にも反発、文久2(1862)年、信正は坂下門外で水戸浪士に襲撃され、負傷。これを機に老中を退いたが、在職中の失政をとがめられ、永蟄居(ちっきょ)、減封という処罰を受けた。明治元(1868)年の戊辰戦争では磐城平城において政府軍に抵抗、落城後は再び蟄居の身となり同4(1871)年、53歳で死去した。
 安藤信正、戊辰戦争で旧幕府軍側に参戦していたんですね。失脚後のことは知りませんでした(汗)。



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