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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 暑さがぶり返してきましたね。でも風には秋の気配が混じっています……今年は涼しくなるのが早いのかな。

岩手
「龍馬伝」遠野で収録開始 来年のNHK大河ドラマ
 遠野市附馬牛町の観光施設「遠野ふるさと村」で26日、2010年放送のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の収録が始まった。クランクイン初日は、俳優の蟹江敬三さんら約100人が明治時代築の南部曲がり屋の前で熱演し、来年9月までの撮影は順調なスタートを切った。

 「幕末史の奇跡」と呼ばれた風雲児・坂本龍馬33年の生涯をドラマ化。龍馬の海援隊の活動などを金銭面で支え、後に三菱財閥の基礎を築く幕末屈指の経済人・岩崎弥太郎の視点から描くオリジナル作品だ。

 撮影した場面は1843(天保14)年の土佐。郷士から地下(じげ)浪人となった弥太郎の父・弥次郎役の蟹江さんが、10歳の弥太郎を連れ、農家に物売りに歩くシーンなどを収録。

 同市などから約30人のエキストラも参加。農民役で出演した同市土淵町の団体職員立花秀樹さん(36)は「自分のために撮り直しになってしまった。現場の緊張感はすごい」と真剣に取り組んだ。

 主人公の坂本龍馬役を務める歌手で俳優の福山雅治さんは10月から撮影に加わる。鈴木圭チーフ・プロデューサーは「当時の人々の所作やいでたちなどを徹底的にこだわり、臨場感あふれる作品づくりを目指す」と抱負を述べた。

 「当時の人々の所作やいでたちなどを徹底的にこだわり」……今年の大河ドラマ作品への反省でしょうか(爆)。「よしよし、頑張れ」と思います。

山口
東京第一ホテル下関:「時代動かした味」 日本初の西洋料理再現--あす /山口
◇1864年、伊藤博文が振る舞う--古川さん企画提案、予約きょうまで
 長州藩士だった伊藤博文(1841~1909)が、日本で初めて作らせたという西洋料理を下関市赤間町の東京第一ホテル下関で27日再現する。幕末の志士らを題材にした多くの著作でも知られる同市在住の直木賞作家、古川薫さん(84)が企画提案。幕末、維新ファンにはまたとない機会だ。【尾垣和幸】

 日本初の洋食は、1864(元治元)年、現在の東京第一ホテル下関にあった料亭「大坂屋」で登場した。当時、薩英戦争や4国連合艦隊下関砲撃事件などにかかわった英国人外交官、アーネスト・サトウ(1843~1929)に親交のあった伊藤が振る舞った。献立は、煮たロックフィッシュ▽焼きうなぎ▽すっぽんのシチュー▽煮アワビ▽煮た鶏肉▽柿のビール漬け、米飯。サトウは日記に「すっぽんと、うなぎが大変うまかった」と賛辞を送っている。

 その後、英国は倒幕へ向け動き出す長州藩の大きな後ろ盾となった。伊藤は日本の初代内閣総理大臣に。「時代を動かした料理といえるかもしれません」と古川さん。

 当日は午後6時半、ディナーショー「『アーネスト・サトウ』の晩餐(ばんさん)」としてスタート。維新史こぼれ話など古川さんの講演も。料理は同ホテル料理長、西岡寛さん(53)が文献などを基に現代によみがえらせた。午後7時15分から、145年前のメニューそのままに披露される。料金は1人1万円。26日までに同ホテル(083・223・7111)へ予約を。


萩博物館:入館50万人に 開館5年、観光客らに人気 /山口
 萩市の萩博物館(高木正煕(まさのり)館長)は25日、開館5年で入館者が50万人を迎えた。節目に訪れた大阪府豊中市の小学4年、山内孝洋君(9)に野村興児市長が記念品を贈った。

 博物館は04年11月に「萩開府400年」を記念し市が約30億円をかけて開館。城下町や幕末・明治を2本柱とした歴史、考古、美術、自然など約15万点の資料を収蔵。企画展や常設展を開き、観光スポットとして人気がある。

 山内君は夏休みで下松市美里町の祖父母、河野槌徳さん(71)、千代江さん(70)宅に帰省中。開催中の「マンタの海流大冒険」が見たくて祖父母と一緒に訪れた。山内君は「海に興味があり、釣りも泳ぐのも大好き。楽しみにきたので非常にうれしい」と話していた。【川上敏文】




郷土料理:萩と阿武町の44点、厳選レシピ集発行--萩元気食の会 /山口
 萩市、阿武町の郷土料理を紹介する「次世代につなげよう 郷土料理 萩地域版」(A4判、22ページ)のレシピ集を「萩元気食の会」(岡野芳子会長、約40人)が発行した。昨年、各地域で郷土料理などを聞き取り調査したものをまとめた。

 同会は、食を核に魅力的なまちづくりの取り組みや市民の健康づくりの推進などを目的に03年2月に発足。古文書から「毛利の祝膳」を再現、新提案として「晋作弁当」「長州ファイブサンドイッチ」「幕末バーガー」などの献立を作った。

 ネーミングが(笑)。


長崎
県庁舎:敷地内埋蔵文化財調査 試掘作業始まる 奉行所の遺構残存か /長崎
 県庁舎(長崎市江戸町)敷地内の埋蔵文化財を発掘調査するための試掘が24日、始まった。本館東側の駐車場一画を数メートル掘り下げ、明治時代以降のものとみられるれんがや陶器が見つかったが、貴重な文化財は発見できなかった。28日までに本館南側と合わせ2カ所を掘り、今後の調査の判断材料とする。

 県庁舎敷地はかつては岬の突端で、1663年に長崎奉行所を建設。長崎港に造成された出島でのオランダ貿易を管理した。幕末には海軍伝習所や医学伝習所も開かれ、日本の近代化に貢献した。1874年に県庁となり、現在の県庁舎は旧庁舎が原爆で焼失した後の1953年に建設された。

 県は県庁舎を旧長崎魚市跡地(同市尾上町)に移転させる方針で、県と長崎市は10日に学識経験者による「県庁舎跡地活用懇話会」を設置。来春までに跡地活用の方向性を定める。県まちづくり推進室は「どう活用できるのか、奉行所の遺構が残っているかも含めて調査したい」と話す。【錦織祐一】



なるほドリ:県庁舎敷地、どんな場所だったの? /長崎
◆県庁舎敷地、どんな場所だったの?

 ◇イエズス会が教会建設、禁教令で破壊され奉行所に
 なるほドリ 県庁舎(長崎市)の敷地の埋蔵文化財調査が始まったね。

 記者 県は、県庁舎を旧長崎魚市跡地に移転させる方針です。これを受けて、現県庁の跡地をどう活用できるかの可能性を探るため、まず試掘が24~26日にありました。長崎市や有識者を交え、来春までには方向性を定めたい考えです。

 Q そもそも、ここってどんな場所だったの?

 A 江戸幕府の長崎奉行所があったことが分かっています。長崎港が現在のように埋め立てられる前、ここは岬の突端でした。これが「長崎」の語源といわれますが、その先に出島が造成されました。オランダ貿易を管理する奉行所も置かれ、大火を経て1663年にこの地に移転しました。幕末には海軍伝習所も開かれ、勝海舟や榎本武揚も学んだんですよ。周囲には当時のものとみられる石垣も残っています。

 Q あれ? 長崎歴史文化博物館も奉行所の跡地だよね。

 A 奉行は当初1人でしたが、権力分散のため1633年に2人制になりました。1671年に片方が移転して「立山役所」が新設され、県庁の方は「西役所」と呼ばれました。立山役所は一部が復元されて05年に長崎歴史文化博物館が開館しました。ただ、西役所はさらに歴史があります。

 Q え? どんな?

 A イエズス会の教会だったんです。キリシタン大名の大村純忠は1570年に長崎を開港し、翌年にはイエズス会が「サンパウロ教会」をこの地に建設。さらにはセミナリヨ(神学校)、印刷所も設立され、西洋文明が開化したことがイエズス会側の文献に残っています。禁教令で1614年にすべて破壊されましたが、発掘調査で遺構が見つかる可能性はありますね。

 Q なるほど。でも、そんな歴史を生かすにしても、県庁舎が移転すれば、の話だよね?

 A 移転には、特に中心市街地の住民から「空洞化が進み街が衰退する」「税金の無駄遣い」との反対意見があります。県には、跡地活用のビジョンを示すことで反対派の理解を得ようという狙いもあるようです。【回答・錦織祐一】


鹿児島
10.5メートルの巨大西郷さん 鹿児島から現代の日本を見つめる
 この夏、とりわけ“大きな”話題として注目されたのは、東京・お台場に立ち上がった実物大ガンダム像だろう。『機動戦士ガンダム30周年プロジェクト』の一環として、等身大立像がお台場の潮風公園に登場し、この夏の観光スポットの仲間入り。集まる観光客を地上18メートルの高さから見下ろしている。一方、鹿児島県でも巨大な“像”が高見から市民を見守っているという。1988年に完成した西郷隆盛の巨大銅像のことだ。

 明治維新の偉人・西郷隆盛の巨大な銅像は、体長10.5メートル、胴周りは5.6メートル、重さは30トンにもおよび、人物の銅像としては日本一の大きさであると謳われている。この巨大像があるのは、鹿児島県霧島市にある西郷公園。鹿児島空港の目の前にある公園だ。この巨像は、西郷隆盛の激動の人生にも見劣りしないほどの紆余曲折を経て、現在の西郷公園に鎮座しているという。

 この像は、1977年に西郷隆盛の没後100年を記念した事業として、鹿児島県出身の政治家が、明治維新の立役者であることから京都市の京都霊山護国神社に建立する計画を立て、佐賀県出身の彫刻家である古賀忠雄氏に発注されて作られた。1976年にほぼ完成したが、発注者が亡くなってしまったため、富山県高岡市の倉庫で永く保管されたままの状態であったという。その間には、制作に携わった古賀氏も死去してしまった。

 その後、新聞の報道によって西郷像の存在を知った古賀氏の遺族と旧溝辺町の商工会が中心になり、像を建立するための募金活動を展開。募金活動の成果が実り10年以上経った1988年に鹿児島県内での建立が実現し、以来現在までの約20年間、現代の薩摩を見つめているのだという。

 設置の場所は鹿児島の玄関口の近くが選ばれ、現在の西郷公園として一帯が整備された。石畳や噴水を配した美しい庭園や、歴史資料展示場や西南戦争を描いた錦絵が並ぶ。売店には鹿児島名物や、カステラが作られるようすを見ることもでき、薩摩色を全面に押し出した一大テーマパークとなっている。夏休みや空港でのイベントがあるときなど、多くの人が集まる観光スポットのひとつだ。

 この巨大な西郷像の正式名称は「現代を見つめる西郷隆盛像」。そのため、東京上野公園や鹿児島市にあるほかの像と比べて厳しい顔つきをしている。腕組みをして、羽織袴に身を包み、厳しいながらも暖かく現代を見つめている。(情報提供:フルタイム)



コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】(25)東大教授・山内昌之 鍋島閑叟
■政治家は自分を高く売る

 終戦記念日に田中真紀子氏が、民主党入りを表明した。自民党を大きくした功労者の田中角栄氏の娘が、民主党に入るとは隔世の感がしなくもない。

 しかし、政治の世界にはドライな面がある。自分の力量を恃(たの)む人にとって、無所属では発言の機会も少なく、もっと具体的に活躍できる場所がほしいとムズムズするのは当然かもしれない。だが、注意すべきは、民主党入りを公にしたタイミングで、そこに鳩山由紀夫代表が同席した事実なのだ。

 田中氏は、夫の直紀参院議員の民主党入りと合わせて、存在感をいちばん高く売りこめる公示直前に入党を表明することで、選挙後の位置取りを有利にしたかったのだろう。民主党が勝てば組閣人事もあり、鳩山氏による田中氏処遇の行方も注目される。

 ◆藩政立て直した名君

 ところで、ギリギリまで自分の値をつり上げて、新政府へ高く売りつけようとした幕末の政治家といえば、肥前佐賀の鍋島閑叟であろう。閑叟は、もともと質素倹約や藩政改革で財政を立て直した“名君”である。俗に商人たちにさえ「そろばん大名」と揶揄(やゆ)されたほどで、自ら蘭学を習得し、種痘を藩内に広めたりした。

 しかし、閑叟は、殿様の趣味として欧米の学問を修めたのでなく、軍事力や産業力を強化する実利の手段として学んだのだ。反射炉や蒸気船を自前で造り出した技術は、薩摩の島津斉彬(なりあきら)とも甲乙つけがたい水準に達していた。江戸上野の彰義隊を壊滅させた根本要因は、本郷の現東大の場所に据え付けた佐賀藩のアームストロング砲の威力にほかならない。


 ◆時勢の流れからも超然

 閑叟の端倪(たんげい)すべからざるゆえんは、安易に薩長と連合しなかった点にある。それどころか、幕末の激動をよそに幕府、京都の一橋・会津・桑名はもとより、尊皇攘夷派と公武合体派のいずれとも手を組まずに時勢の流れからも超然としていた。

 薩長の島津久光のように積極的に先頭に立つわけでもなく、かといって長州の毛利敬親(たかちか)こと「そうせい侯」のごとく何によらず家臣にまかせる風情でもない。

 また、土佐の山内容堂にならって、朝廷と幕府の周旋外交を展開したのでもなかった。見た目にはとらえどころがなく、まさに「肥前の妖怪」として各所で警戒されたのである。

 閑叟はたやすく腹の中を見せなかったが、その意図が逐鹿(ちくろく)(中央で権力を得るために争う)にあることは一目瞭然(りょうぜん)だった。薩長と幕府との抗争長期化、あるいは消耗戦を見越しながら、混乱に乗じて天下に乗り出す野心を抱いていたはずだ。

 しかし、鳥羽伏見の戦いで幕軍が敗走し、将軍慶喜にやる気がないのを見切って、勝負の勘所を見誤らなかったのはさすがである。この後、最新式軍備を誇る閑叟の部隊は、江戸開城から五稜郭包囲にいたるまで戊辰戦争を軍事的にリードする存在となった。

◆チーム・プレーを指揮

 こうして明治新政府では、「薩長土肥」と俗称され、かろうじて権力の一角に食い込むことができたのだ。さらに、大隈重信や江藤新平や副島種臣ら「佐賀の7賢人」など、多くの人材を育てた功績も大きい。

 長い目で見れば、薩長に脅威を与える逸材をつくった閑叟は、自分を高く売るだけの利己心や虚栄心で政局のタイミングを見計らう小人ではなかった。個人プレーでなく、堂々たる政策やビジョンに基づくチーム・プレーを指揮しながら、肥前佐賀を高く売りつけたのである。肥前閥の脅威をいちはやく察知したのは、大久保利通であった。佐賀の乱の鎮圧と江藤新平処断の仮借のなさは偶然でない。

 いずれにせよ、政治家として大をなすには、個人プレーの“オレがオレが”だけではダメな点は今も昔も変わらないのである。(やまうち まさゆき)

                   ◇

【プロフィル】鍋島閑叟

 なべしま・かんそう 文化11(1815)年生まれ。幕末の大名。閑叟は号。名は斉正(なりまさ)、のちに直正(なおまさ)。父、斉直(なりなお)の跡を継ぎ、第10代肥前佐賀藩主となる。佐賀城二ノ丸の焼失をきっかけに藩財政改革に取り組み、殖産興業や軍備強化に尽力。初めて反射炉を建設し、洋式鉄製大砲を製造するなど西欧の近代工業技術を積極的に取り入れた。ペリー来航後は攘夷を主張するが、のちに公武合体を斡旋(あっせん)した。維新後は新政府の議定(ぎじょう)となる。明治4(1871)年、58歳で死去。

 「肥前の妖怪」という渾名は知りませんでした(苦笑)。
 「肥前閥の脅威をいちはやく察知したのは、大久保利通であった。佐賀の乱の鎮圧と江藤新平処断の仮借のなさは偶然でない」……そうそう、江藤新平処断の時の大久保利通は、個人的な執念が相当入っているような言動してましたっけ。


文化芸能
“福山龍馬”が2010年NHKの顔に
 NHKの公共放送キャンペーンのポスターに2010年大河ドラマ「龍馬伝」主演の福山雅治(40)が起用された。ポスターは27日、全国の放送局に登場する。同ポスターは、大河ドラマの主演やレギュラー出演者が登場しており、04年の「新選組!」の香取慎吾(32)からスタート。一方、「龍馬伝」は26日、岩手県遠野市でクランクイン。10歳の岩崎弥太郎(渡邉甚平)が農家に鳥かごを売り歩く父・弥次郎(蟹江敬三)に連れられているシーンなどを撮影した。


福山「龍馬」いざっ! 撮影スタート&ポスター初披露
 俳優で歌手、福山雅治(40)が主演する次期NHK大河ドラマ「龍馬伝」(来年1月3日スタート、日曜後8・0)のポスターが26日、初披露された。

 有名な龍馬の写真のイメージを踏襲し、キャッチコピーはシンプルでストレート。福山は「幕末の奇跡という事実に、いままで経験したことのない緊張とおそれを感じています。でも、それと同じくらいの興奮も感じています」とコメントした。全国54のNHK放送局などに掲出される。

 ドラマはこの日、岩手・遠野市内でクランクインし、1000人のオーディションを突破した少年・龍馬役の子役、濱田龍臣(たつおみ=9)が発表された。

 ポスター写真、予想以上に格好いいです(^^)。

来年NHK大河“福山龍馬”ポスター公開
 俳優福山雅治(40)が主演する来年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」のポスターが26日、同局から初公開された。NHKによると撮影は7月に行い、坂本竜馬の有名な写真のイメージを崩さぬよう、さらに新鮮さと身近さを表現したという。福山は「竜馬を演じるにあたり、あらためてその幕末の奇跡という事実に、いままで経験したことのない緊張とおそれを感じています。でも、それと同じくらいの興奮も感じています」と意気込みを語った。同ドラマは、この日岩手県でクランクイン。福山は10月上旬から撮影に入る予定。


福山龍馬 ポスター登場ぜよ
 来年のNHK大河「龍馬伝」に主演する福山雅治(40)が27日から全国のNHKに張り出される公共放送キャンペーンポスターに坂本龍馬の姿で登場する。現存する写真のイメージそのままに初めて龍馬に変身した福山は「経験したことのない緊張とおそれを感じています。でも、それと同じくらいの興奮も感じています」と大役に武者震い。ドラマは26日に岩手県でクランクイン。福山は10月から撮影に入る。


福山「龍馬」いざっ!子供時代は濱田龍臣
 俳優で歌手、福山雅治(40)が主演する次期NHK大河ドラマ「龍馬伝」(来年1月3日スタート、日曜後8・0)のポスターが26日、初披露された。
 有名な龍馬の写真のイメージを踏襲し、キャッチコピーはシンプルでストレート。福山は「幕末の奇跡という事実に、いままで経験したことのない緊張とおそれを感じています。でも、それと同じくらいの興奮も感じています」とコメントした。全国54のNHK放送局などに掲出される。

 ドラマはこの日、岩手・遠野市内でクランクインし、1000人のオーディションを突破した少年・龍馬役の子役、濱田龍臣(たつおみ=9)が発表された。


福山「龍馬」初見参…27日からポスター掲示
 歌手で俳優の福山雅治(40)が来年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」で坂本龍馬にふんした姿が初公開された。NHK公共放送キャンペーンポスターが27日から全国54のNHK放送局で掲示される。

 同局によれば、多くの人に知られている坂本龍馬の有名な写真のイメージを崩さないように、リアルさを追求しながらも、新鮮さ、身近さを出したという。

 福山は「坂本龍馬を演じるにあたり、あらためてその幕末の奇跡という事実に、いままで経験したことのない緊張とおそれを感じています。でも、それと同じくらいの興奮も感じています」とコメント。ドラマは26日にクランクイン、福山は全国アリーナツアー終了後の10月上旬から参加する。


福山「龍馬」いざっ!ポスター初披露
 俳優で歌手、福山雅治(40)が主演する次期NHK大河ドラマ「龍馬伝」(来年1月3日スタート、日曜後8・0)のポスターが26日、初披露された。

 有名な龍馬の写真のイメージを踏襲し、キャッチコピーはシンプルでストレート。福山は「幕末の奇跡という事実に、いままで経験したことのない緊張とおそれを感じています。でも、それと同じくらいの興奮も感じています」とコメントした。全国54のNHK放送局などに掲出される。

 ドラマはこの日、岩手・遠野市内でクランクインし、1000人のオーディションを突破した少年・龍馬役の子役、濱田龍臣(たつおみ=9)が発表された。








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