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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昨日今日と暑いながらも秋らしい晴れの一日が続きましたが、明日は天気が崩れるそうで(涙)。でも湿度は高いから気温は高いらしいって、梅雨みたいな一日でしょうか。

岩手
旧岩手川跡地を観光施設に 盛岡市が方針
 盛岡市は、取得予定の同市鉈屋町の旧岩手川鉈屋町工場跡地を観光施設として再活用する方針を決め、具体的検討に入った。観光関係者や住民で構成する旧岩手川鉈屋町工場跡地活用検討懇話会(中村光紀座長)を設立、来年7月までに活用策を打ち出し、2011年度のリニューアルを目指す。鉈屋町は古い町家が立ち並び、盛岡らしい風情が残る。最近、新たな観光スポットとして人気が出てきており、観光客などのニーズに合った集客拠点として期待される。
(中略)
 旧岩手川鉈屋町工場 1903(明治36)年建築の町家1棟、1921(大正10)年建築の土蔵1棟、同年建築の冷蔵庫棟1棟、明治以前の土蔵2棟が残る。最も古い土蔵は幕末から明治初期の千石造りで、市の保存建造物に指定されている。


東京
知的刺激に満ちた再考の試み 狩野芳崖美術展
 芸術表現からの刺激には、感覚的なものと、知的なものがある。
 両者は二律背反なわけではないが、1888(明治21)年の「悲母観音」(重要文化財、東京芸術大蔵)の場合、とくに後者が見過ごせない。米国から来たアーネスト・フェノロサに導かれながら、洋画に対して近代日本画の確立に尽くした狩野芳崖(1828~88)の絶筆であり、黎明(れいめい)期の日本画の記念碑的存在という位置を持つのだから。
 今回は初期作から通覧し、「悲母観音」の解釈を再考する意図もあるという。その展示でまず気づくのは、フェノロサと出会う以前と以後とでの作風の変化だろう。
 芳崖は、現在の山口県下関市の長府藩・御用絵師の家に生まれ、江戸で修業をし、故郷で絵師をしていたものの維新で職を失い、50歳で再び上京している。そこまでは、いかにも精密な狩野派の画風で、雪舟などの影響も見られる。
 50代後半でフェノロサに雇われて以後、濃淡や立体感を得たモダンな表現を見せる。特に、西洋顔料を使った「仁王捉鬼(そっき)図」(86年)は部分=の色鮮やかさと現代の劇画にも通じる描線、伊藤博文のために描いた大作「大鷲」(88年、東京芸術大蔵)の大胆な構図には、舌を巻く。
 そして「悲母観音」。下図や周辺作も併せて紹介しているのだが、再考ぶりはカタログを読むとよく分かる。本展企画者の古田亮氏は、唐代の観音図を参考にしたという根強い説を、顔料の調査などを踏まえて、ほぼ否定。芳崖の独創によるある種の母子像と見ている。荒井経氏は科学的分析により西洋顔料との関係を考察し、佐藤道信氏は、天使のような下図などに言及しつつ「悲母観音」の宗教性について分析している。
 だが会場には、作品と向き合ってほしいという狙いから、こうした解説はあまりない。で、「悲母観音」と向き合ってみると、「母性愛」というテーマ以上に、確固たる構図と、金がキラキラと輝く色彩と精密な線による装飾性、技巧性が強く印象に残る。この美的な刺激が、やはり、なぜ、どうしてと知的な問いを喚起してやまないのだ。(大西若人)
 ◇23日まで、東京・上野公園の東京芸術大学大学美術館。16日休み。10月4日から下関市立美術館。


山梨
武田氏一族の盛衰 信玄ファン日本画で描く
韮崎市が購入

 静岡県の一歴史ファンが武田氏一族の盛衰を描いた日本画を韮崎市が購入し、「武田家発祥の地」をうたう市のPRに活用されることになった。独学で8年間かけて「完結」させた65点には信玄などが表情豊かに描かれ、見事な出来栄えが関係者の目にとまった。一連の作品は10月に市内で行われる「武田勝頼公新府入城祭り」でお披露目される。
 描いたのは、静岡県吉田町片岡の村松辰夫さん(83)。もともと機械製造会社を経営していたが「一度の人生。自分の好きなことをやって、何か形のあるものを残そう」と53歳で会社をたたみ、教本を見るなどして独学で日本画を学んだ。
 歴史好きの村松さんが武田家を題材に選んだのは、その10年後、旧小淵沢町で大手電機会社の社員寮の管理人を務めていた時。1988年に放映されたNHK大河ドラマ「武田信玄」に感銘し、「信玄の男らしい生き方を、ゆかりの地で描きたいと思った」という。仕事の合間に古文書や歴史書などをひもといて時代考証を重ね、8年間かけて計65枚を描いた。
 村松さんはそのほか、幕末時に開国を求めて下田に来港した米国の初代総領事ハリスの待妾(じしょう)として奉公した後、数奇な運命を経て自ら命を絶った「唐人お吉」や小説家・樋口一葉など歴史上の人物像を多数描き、ゆかりのある仏閣に譲るなどしている。
 公開される日本画は1枚縦180センチ、横90センチ。武田氏の始祖とされる義清の座像や、信玄が父・信虎を追放する場面のほか、川中島の合戦で信玄が上杉謙信と戦う図など、真っ白な絹地に鮮やかな顔料を用いて生き生きと描かれている。いずれも歴史書などを基に村松さんが想像して構成した。作品には時代背景などの解説文が添えてある。
 作品は、点数が多いことなどから10年以上、村松さんの自宅に保管されていたが、昨夏、村松さんの知人の紹介で絵の存在を知った韮崎市が「市のPRに使える」として今年4月、絵の額縁などにかかった材料費のみを支払う形で購入。10月に行われる「武田勝頼公新府入城祭り」で一般公開することにした。作品はJR韮崎駅前に設置されるテント内で展示される予定。
 村松さんは「武田家にゆかりのある地で作品が展示されるのは感慨深い。市の観光振興に役立つとあればなおうれしい限りです」と話した。


滋賀
ベロタクシー:車体にデザインを 小中高生対象、テーマは井伊直弼--彦根 /滋賀
◇人と環境に優しい「ベロタクシー」、若い感性で車体にデザインを
 県内初のベロタクシー(屋根付きの3輪自転車タクシー)を彦根市街地を中心に運行するNPO法人「五環生活」は、幕末の大老で十三代彦根藩主の井伊直弼をテーマにした車体のデザインを募集している。ベロタクシーは、後部座席に客2人を乗せ、運転者がペダルをこいで走り、「人と環境に優しい」のが売りで、現在は3台が運行。最優秀作品は、実際にベロタクシー1台にデザインを施し、師走の市内を走行する。
 開催中の「井伊直弼と開国150年祭」の市民創造事業として企画。直弼について学ぶきっかけ作りと、子どもたちの豊かな感性で新たな直弼像を発信するのが狙い。応募対象は県内の小、中学生、高校生。応募は「五環生活」の応募用ペーパークラフトにデザインを描き、組み立てて提出する。参加無料。
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