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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
やっと30度を超える暑い日が去ったかと思ったら、明日の予報は最高気温30度……暑さ寒さも彼岸まで、ですね。。

宮城
<戊辰戦争150年>激戦パネルでたどる 大砲など原寸大の模型も 白石で企画展
 戊辰戦争150年に合わせ、白石市に拠点を置いた奥羽越列藩同盟や東北諸藩が新政府軍と戦った経緯を振り返る「激戦記録パネル展」が、同市中町の寿丸屋敷で開かれている。20日まで。
 河北新報が1988年に連載した企画「戊辰の役百二十年」の記事や掲載写真、戊辰戦争にまつわる絵図などのパネル約50点が並ぶ。緒戦の鳥羽・伏見の戦いから、箱館戦争の終結までの流れを紹介。敗戦後に領地の白石を追われた片倉家臣が北海道に渡り、開拓に命を懸けた歩みをたどる。
 戦争で使われたモルチール砲やスペンサー騎兵銃、ゲベール銃を厚紙で再現した原寸大の模型もある。
 主催した白石まちづくり会社の袴田和由さん(71)は「賊軍の汚名を背負わされた片倉家臣は生活基盤を失い、新天地に懸けた。戦争が何を奪うかという現代にも通じるテーマを感じてほしい」と話す。
 午前10時~午後4時。入場無料。連絡先は同社0224(25)6054。
 白石は母方の祖母の出身地なんですよね。ネットで調べてみたら明治30年代に父親(私から見たら曾祖父)が村長になっていました。一度訪ねてみたいです。

福島
【戊辰150年】会津は見どころ満載(9月15日)
 会津若松市の戊辰百五十年関連の企画や行事が最盛期を迎えている。旧暦の九月は、会津で激しい戦いが繰り広げられ、鶴ケ城は開城された。新暦となっても初秋の九月は観光シーズンと重なり、県内外から多くの人が訪れている。戊辰戦争を新たな視点から捉え直す機会とするとともに、関係する地域が理解を深め合うきっかけをつくっていきたい。
 県立博物館は、福島、新潟、宮城三県の博物館共同企画展覧会「戊辰戦争一五〇年」を開催している。約二百点の展示品のうち、半数の約百点は福島独自の展示品だ。初公開の資料も数多く、興味深い展示となっている。
 必見の一つは、会津藩祖保科正之が眠る猪苗代町の土津[はにつ]神社を描いた「土津神社図屏風」で、戊辰前の様子を伝えている。土津神社は、新政府軍の進攻を前に、猪苗代城代が社殿に火を放って焼失した。焼失前の神社の絵図は数少なく、豊かな自然の中のたたずまいは会津の質実剛健さを感じさせる。県立博物館は数年前に個人から寄贈を受け、展覧会に備えてきた。
 ほかにも、会津籠城戦の女性の活躍を描いた絵詞や新政府軍の「錦の御旗」なども並ぶ。十月十四日までの期間中、視点を会津や東北、越後に置いた展示を多くの人に見て、感じてもらいたい。
 戊辰戦争後の歴史にスポットを当てた企画もある。六十年を経た一九二八(昭和三)年に会津藩主松平容保の孫勢津子さまが、昭和天皇の弟秩父宮雍仁[やすひと]親王に嫁いだ。今年は勢津子さまの生誕百十周年、成婚九十周年の年にも当たり、生誕日の九日には記念式典が催された。勢津子さまや外交官として活躍した父松平恒雄氏らの特別写真展も二十六日まで会津若松市の御薬園で開かれている。二十八日には勢津子さまのインタビューなどをまとめた映像の映写会も予定されている。
 「朝敵」とされた会津藩の汚名をそそぐ出来事として会津人の心に残っている。「あの時にやっと戊辰戦争が終わった」と話す会津人もいる。戊辰戦争そのものに焦点が当てられがちだが、その後の会津に思いを寄せる機会にもなるだろう。
 月末には、最大のイベント会津まつりが展開される。二十三日の会津藩公行列には、仙台、米沢、棚倉、長岡の各藩の行列も編成される。それぞれが、会津藩の救援を目的に結成された奥羽越列藩同盟に加盟した。華やかさを楽しみながら、ゆかりの地同士の絆を一層深める一歩となるよう期待する。(安斎康史)

神奈川
戊辰と明治の歴史観に意見 横浜で新聞各社シンポ
 ニュースパーク(日本新聞博物館)主催のシンポジウム「明治百五十年を報じる視点」は十五日、横浜市中区の同博物館で開かれた。福島民報社、南日本新聞社(本社・鹿児島市)、朝日新聞東京本社、読売新聞西部本社の代表者が近代日本の出発点となった明治時代の明と暗、戊辰戦争の歴史観などに意見を交わした。
 福島民報社の安田信二取締役論説委員長は福島県内で行われている多くの催しの冠に「明治百五十年」ではなく「戊辰百五十年」が掲げられていることを指摘した。その上で、戊辰戦争を題材にした福島民報社の連載企画を中心にした紙面、徳島新聞社と連携したベートーベンの交響曲第九番の日本初演百周年記念事業、戊辰戦争を地元の資料で読み解く歴史講座などの取り組みを紹介した。
 安田委員長は「これまで繰り返されてきた固定的な見方や歴史叙述をさまざまな資料に基づいて検証する必要性がある」と提起。江戸幕府から明治新政府への政権交代前後の動きや戊辰戦争の各地の戦闘にとどまらず、経済や外交、思想、文化、人々の暮らしなどの幅広い視点で時代を捉え直す大切さを訴えた。戊辰戦争を武士の戦いとしてだけでなく、戦場に駆り出された人々の様子や物資の徴発を含め、当時の世の中全体を多面的に見る重要性にも触れた。
 南日本新聞社の原田茂樹文化生活部長は、薩摩藩が明治維新や近代化政策を主導できた背景を説明した。読売新聞西部本社の丸茂克浩社会部次長は簡単には和解できなくても互いの立場を理解することは可能だとした。朝日新聞東京本社の宮代栄一文化くらし報道部編集委員は「歴史を虚心坦懐(たんかい)に見つめることが大事」と述べた。
 共同通信社の橋詰邦弘論説委員長がコーディネーターを務めた。討論会に先立ち、政治学者の姜尚中(かん・さんじゅん)東大名誉教授が「明治百五十年とそのレガシー」と題して講演した。

( 2018/09/16 09:27 カテゴリー:主要 )

新潟
徳川の銀印、15日から公開=昨年発見、15代将軍ら使用-新潟
 江戸時代末期に徳川将軍家が外交文書に使った銀印「経文緯武(けいぶんいぶ)」が、新潟県立歴史博物館(長岡市)で15日から初めて一般公開される。銀印は昨年、徳川記念財団(東京都)が徳川宗家の蔵を整理した際に見つかったもので、幕府が1857年に作製を命じ、翌年結ばれた日米修好通商条約の批准書などに押印された。14代将軍家茂と15代将軍慶喜が使用したという。

将軍家光のかご、福井で発見=側近藩主に下賜

 同博物館では14日、銀印を公開する企画展の開場式と内覧会が開かれた。来賓として招かれた徳川宗家18代当主の徳川恒孝さん(78)は「歴史の積み重ねで現在がある。今の日本につながっているものを見ていただくのはとてもいいことだと思う」と話した。公開は30日まで。(2018/09/14-18:46)
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