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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 やっと猛暑が収まり、いくらか過ごしやすくなって連休に突入なう。

薩長密約の龍馬の裏書き 公開
 幕末の志士、坂本龍馬が薩長同盟の密約を保証した裏書きなど、宮内庁で保管されてきた貴重な図書や文書が18日から皇居で一般公開されます。
 これは、皇室に伝わる図書や文書などを保管してきた宮内庁の書陵部が、45万点を超える所蔵品の中から、特に歴史的価値の高い古代から近代までの日記や絵巻、文書など、あわせて40点余りを選んで開くものです。このうち、幕末の志士、坂本龍馬自筆の書は、薩長同盟の密約の立会人となった龍馬が、長州藩の木戸孝允に密約を保証した裏書きで、最後に龍馬の名前の一部が記されています。また、今回初めて公開される、囲いを伴った家形の埴輪(はにわ)は、おととし大阪・堺市の百舌鳥陵墓(もずりょうぼ)参考地から出土したもので、古墳時代中期の5世紀に儀式などで使われていた建物を表したものとみられています。宮内庁で保管されてきた貴重な図書などがまとまった形で一般公開されるのは初めてで、皇居にある三の丸尚蔵館で、平日の月曜日と金曜日など一部の休館日を除いて来月17日まで開かれます。


北海道
復元の箱館奉行所、開館50日目で入館10万人達成
 函館・五稜郭公園に復元された箱館奉行所の入館者が16日、10万人に達した。開館から50日目のスピード達成で、10万人目となった青森市の公務員小形圭史さん(27)に記念品が贈られた。
 家族旅行で訪れた小形さんと妻洋子さん(29)、長男悠大ちゃん(2)に対し、奉行所の指定管理者である名美興業の阿相博志社長が記念品を手渡した。
 小形さんは「良い思い出になりました。(幕末20件)当時のものに興味があり、奉行所に来たいと思っていました」と話していた。
 7月29日の開館以来、入館者は予想を上回るペースで推移。初年度の目標14万7千人は10月中に達成できる見込みという。(渡辺創)


箱館奉行所 オープン50日で10万人突破
 箱館奉行所(加納裕之館長)の入館者数が16日、7月29日のオープンからちょうど50日目で10万人を突破した。オープン効果や夏休み期間と重なったことなどが影響し、当初見込みよりも1週間早い達成となった。同奉行所は「和建築の趣ある雰囲気が来館者の心に響いているのでは」と好調な集客数の要因を分析する。
 10万人目となったのは、青森市から来場した小形圭史さん(27)。妻の洋子さん(29)と長男の悠大ちゃん(2)と訪れた。小形さんは館内大広間の「壱之間」で、同奉行所の指定管理者「名美興業」の阿相博志社長から記念品の贈呈を受けた。小形さんは「記念すべき10万人目でびっくり。往時の姿を再現したと聞き、前から来てみたかった」と話していた。
 同奉行所の来館者数は7月が6673人、8月は6万5843人だった。アンケートの調査結果によると、訪れた人の割合は道外が約37.5%、道内が約35%、市内居住者が約28%。
 9月は修学旅行など団体利用が大きく伸びたほか、遠足などで市内の小学生が訪れる姿が目立つという。初年度の入館見込み数は14万7000人としており、同奉行所は「現在も多くの人が来館してくれている。見込み数も10月中には達成可能」と話す。
 同奉行所は国の特別史跡「五稜郭跡」に、2006年から4年の工期を経て完成。解体前の古写真や発掘調査、古図面、文献資料を基に、当時の資材や工法をできる限り使用。総工費は約28億円。幕末当時、約2700平方メートルあった同奉行所の3分の1に当たる、約1000平方メートルが復元された。


東京
【TOKYOウオーク2010】2447人が日野市の歴史と自然満喫
 東京都内の名所を巡る「TOKYOウオーク2010」(共催・産経新聞社、特別協賛・ライオン、協賛・アシックス)の第4回大会が11日、日野エリアで行われた。
 正午前に30度を超える厳しい残暑となったが、2447人が約7~20キロの3コースを歩き、歴史を感じさせる日野市立新選組歴史博物館や高幡不動尊、多摩川、浅川の水辺の自然などを楽しんだ。
 調布市の主婦、星野美矢子さん(45)は暑さ対策でペットボトルの水を凍らせて持参。小学3年の長男と約7キロを完歩した埼玉県所沢市の会社員、吉田康隆さん(39)は「厳しい暑さの中、親子で歩く貴重な体験を共有できた」と話した。
 次回は11月20日に神宮外苑エリアで行われる。


長崎
くんち奉納の歴史といま 長崎、2カ所で展示
 長崎くんち(10月7~9日)に合わせ、「くんち376年展」が長崎市立山1丁目の長崎歴史文化博物館で、「くんち資料展」が同市平野町の市歴史民俗資料館で開かれている。
 376年展では、主に江戸時代のくんち奉納に使われていた衣装や傘鉾(かさぼこ)の垂れなどが並ぶ。幕末の茶輸出商人の大浦慶が油屋町に寄進した朱色に波が描かれた傘鉾の垂れ、上野彦馬撮影局が1891年に撮影したくんちの写真も展示されている。また、常設展示室のくんちコーナーには、今年の踊町の馬町の傘鉾が飾られている。10月18日まで。入場料一般500円、高校生以下250円。
 資料展では、江戸時代から昭和にかけて奉納に使われた太鼓や笛、衣装など約100点が見られる。今年の踊町の築町が御座船を初めて奉納した1932年の資料では、構想段階での船の絵図、完成した船や衣装を色彩豊かに描いた絵巻、実際の写真が並ぶ。10月17日まで。入館無料。


鹿児島
西南戦争の激戦地で『半次郎』プレミア上映。前売券5,000枚完売の大盛況
 幕末維新、西郷隆盛の右腕として活躍した薩摩の侍、中村半次郎(後の桐野利秋)の生涯を描いた映画『半次郎』のプレミア上映会が、9月11日・12日の両日、西南戦争の激戦地・鹿児島県伊佐市にて開催された。
 会場となったのは伊佐市文化会館大ホール。計6回上映のために用意された前売券5,000枚は完売。上映に際しては舞台挨拶も行われ、伊佐市出身で主演の榎木孝明、ヒロインの白石美帆らが登壇。会場を大いに沸かせた。
 本作の企画者でもある主演の榎木孝明は「企画から13年、ついに完成した『半次郎』の披露上映を故郷・伊佐市で迎えることができ、感無量」とコメント。「日本人の良さ、精神文化の美しさが描かれたこの作品を、伊佐市から発信し日本全国さらには世界へと拡げていきたい」と語った。
 半次郎を心を通わせる京都の商家の娘役で出演した白石美帆からは「撮影中は、地元の方々から、多くのお力をいただきました」という挨拶に続き「榎木さんをはじめ関わった方々の熱い想いが隅々にまでこもった作品で、観れば何か湧き出てくるものがある、大きな作品に仕上がりました」と語った。
 本作は、西南戦争の大規模な会戦シーンや山中でのリアルな戦闘描写なども見どころの戦争スペクタクル大河ロマン。撮影は全て鹿児島・熊本・宮崎など南九州で行われ、実際の戦跡も数多く登場する。時代劇初挑戦となるEXILEのAKIRAが魅せる圧巻の殺陣にも注目が集まっている。
 『半次郎』は、9月18日(土)より九州先行公開後、10月9日(土)より、シネマート六本木ほか全国にて上映される。

コラム
【龍馬を慕(おも)う】(24)京都・壬生 新選組が持つ魅力と魔力
 壬生(みぶ)寺に入るとすぐ右手に、ちいさな池に包まれるようにして壬生塚があった。正面には、いかめしい表情をした近藤勇の銅像があった。
 その右手には、勇像のスタンプが押された絵馬がびっしりと掲げられていた。これがおもしろい。
 「尊敬する近藤さん、土方さん、沖田さんのような素敵(すてき)な方とめぐり会えますように」
 「新選組が大好きです。刀一本に命と志をかけて生きた姿を見習いたい」
 「沖田総司と結婚したい!! もう別人でもいい!! 沖田の名字が欲しい!!」
 たいていは若い女性の文字である。だが龍馬暗殺もくわだてた新選組という異様な結社の歴史は、疑心と内訌(ないこう)と裏切りと残酷さに満ちていた。残念ながら、「素敵」とは、とても思えない。
 ●わずか17人で結成
 浪士組という、幕府公認の奇妙な武士団が江戸から、二条城にちかい壬生寺周辺の郷士や豪農宅にやってきたのは、文久3(1863)年2月である。現存する八木邸や前川邸など3カ所が屯所とされた。総勢250人にのぼる大集団である。
 リーダーは庄内藩出身の郷士、清河(きよかわ)八郎である。清河は徹底した尊王攘夷思想の持ち主であった。攘夷を曖昧(あいまい)にしておきたい幕府とは折りあいがつかず、翌3月にはほとんどの浪士たちとともに江戸に帰ってしまった。
 だが芹沢鴨(かも)や近藤勇、土方歳三(としぞう)、沖田総司といったおなじみの面々は京に残った。その数はわずか17人であった。これが新選組のはじまりである。
 身分上は守護職会津藩主御預り。職務は京都にいる不穏な分子を斬(き)れ、であった。いわば会津藩の私設治安部隊である。
 壬生寺を出て、すぐ斜め向かいの前川邸に入った。邸内の見取り図が展示されていた。
土方が拉致した尊攘派の志士に拷問をくわえ、池田屋事件の謀議を自白させた「東の蔵」もあった。逆さ吊(つ)りにしたうえ、足の甲に五寸釘(くぎ)を打ちつけたというから、とても「素敵な方」のふるまいとは思えない。
 邸内奥の6・5畳間の「ここで山南敬助(やまなみ・けいすけ)切腹」の説明文に目が引かれた。新選組副長でもあった山南の切腹にはナゾが多い。
 表向きは手狭になった屯所を、尊攘派に通じているとされた西本願寺に移す計画について、西本願寺を見張るようで見苦しいと反対したとされる。移したのは慶応元(1865)年3月、山南の切腹はその直前である。
 千葉道場出身で、坂本龍馬とも顔なじみでもあった山南は、龍馬に親近感を抱いていた。もう幕府はダメだと思っていたフシもある。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』でも、山南にこう言わせている。
 「私は、この時勢に対する考え方というものは、坂本さんと同じなつもりだ」
 こういう考え方が、近藤らに勘(かん)づかれのではないだろうか。
 ●隊員の無惨な最期
 何十年ぶりかで、堀川七条にある興正寺(こうしょうじ)との間の北小路門から、西本願寺の境内に入った。白い築地塀をしばらく行くと、奢(しゃ)を極めた唐門(からもん)がある。
 さらに行くと本願寺中央幼稚園の入り口があった。中に入ると、左手には龍谷(りゅうこく)大学の図書館、中央にはビャクシンの大樹、そして右手は駐輪場になっていた。
この駐輪場付近には、かつて木造平屋建ての、古ぼけた宗教記者室があった。筆者も宗教記者として、2年間ほど、手前の入り口から、なんども靴を脱いで入った。
 すぐ右手の窓際には、洋風の長椅子(いす)があった。だいぶ年季が入っており、布地は薄い緑色に褪色(たいしょく)していた。理髪店の長椅子のように頭部のほうが反りあがっているので、寝ころびながら本を読むには便利だった。
 いつもそこで本を読んでいると、顔見知りの長老の宗会議員がフラリと顔を見せ、「最近、モノを書いている福田クンは元気かね」と訊(き)いてきた。首を傾(かし)げると、「福田クンもいつも、そこで本を読んでいたナ」となつかしそうに言った。
 「福田クン」とは福田定一、筆名・司馬遼太郎である。「福田クン」と同じ新聞社につとめ、「福田クン」と同じ宗教記者となり、「福田クン」と同じように長椅子で本ばかり読んでいたが、とうとう「福田クン」のようにはなれなかった。
 境内をぐるりとまわって、御影堂や阿弥陀堂の大伽藍(がらん)のまえを通った。境内をほぼ一周したが、新選組の屯所跡を示す碑などはなかった。
 新選組が西本願寺を出て、京都駅ちかくの不動堂村に移ったのは慶応3年6月である。ここには屯所跡の碑はあった。
 土地の確保から移転費用、新屯所の建物などは、すべて西本願寺が負担した。西本願寺の寺侍が書きのこした記録には、
 「疫病神ヲ送リ出シタル心地シテ門主及ビ一家ノ歓喜カギリナシ」
 と書かれていた。「疫病神」の最期は無惨(むざん)であった。近藤勇や土方歳三以下、多くの隊員はたいてい横死した。(文 福嶋敏雄)
                   ◇
 ≪メモ≫
 壬生寺(京都市中京区)は律宗の寺で奈良時代、鑑真が開いたとされる。鎌倉時代に円覚によって再興され、仏教の教えを説く無言劇の壬生大念仏狂言(国重要無形民俗文化財)で知られる。阪急京都線「大宮」駅下車3分。西本願寺(下京区)は浄土真宗本願寺派の本山で、広大な境内に大伽藍が並び、世界遺産にも登録されている。京都駅から徒歩約15分。
                   ◇
 ≪きょうの龍馬伝≫
 ■NHK総合 午後8時~ ほか
 寺田屋の襲撃で死のふちをさまよった龍馬(福山雅治)は、薩摩藩邸でお龍(真木よう子)の看病を受けて何とか動けるようになる。不自由な体で木戸(谷原章介)が送ってきた密約の文書に裏書きし、西郷(高橋克実)の勧めで安全な薩摩で療養することになる。龍馬はお龍に妻として一緒に行こうと言い、お龍はうなずく。長崎に立ち寄った2人。お龍は亀山社中の面々に紹介されたものの、龍馬はすぐ忙しく今後の相談を社中と始め、次は1人でグラバー邸に出掛けてしまう。グラバー邸には海外へひそかに行こうとする高杉(伊勢谷友介)がいて、これから2人で一緒に面白いことをやろうと誓うが、実はこの時、高杉の体は病魔にむしばまれていた。


【幕末から学ぶ現在(いま)】(79)東大教授・山内昌之 西郷隆盛(中)
手段よりも人物こそが宝
 民主党代表選は、円高株安や尖閣諸島海域への中国漁船の不法侵入など内外情勢多難な折に行われたが、菅直人首相の選出でひとまず決着した。ともかく、この選挙は菅首相と小沢一郎氏にとり、それぞれの思惑で奇貨(きか)居(お)くべしと、つかみとった「機会」への挑戦であった。
 菅首相は当初から追求してきたクリーンな政治確立につながる好機と考え、小沢氏は自民党幹事長を経験して以来掲げた官僚統治構造の改変を実現する「天命」の到来と理解したのである。2人の建前は美麗すぎるにしても、両者ともに今回を遇機(機会にあう)逸すべからずと鎬(しのぎ)を削った点は事実であろう。
 その意味では、政治家らしい緊迫した対決であり、天与の機会を避けずに争っただけに、今後の民主党は分裂含みの対立がますますあらわになるはずだ。
 ◆2種類の機会
 ところで、「天命」といえば、「天」と、その理と、その機会を信じた西郷隆盛をすぐに思いだす。西郷は政治家として機会をとらえる重要性を強調していた。
 「事の上にて、機会といふべきもの二つあり。僥倖(ぎょうこう)の機会あり、又(また)設け起す機会あり。大丈夫僥倖を頼むべからず、大事に臨(のぞん)では是非機会は引起さずんばあるべからず。英雄のなしたる事を見るべし、設け起したる機会は、跡より見る時は僥倖のやうに見ゆ、気を付くべき所なり」(岩波文庫『西郷南洲遺訓』所収「南洲答」六)
 西郷の言いたかったのは、機会に2種類あるということである。求めずに偶然に幸運が訪れる機会。或(あ)る目的のために人為的に作り出す機会。立派な男子たる者は、偶然の幸運を頼んではならないのだ。大事なときには、何としても機会を作り出さなければならない。歴史上の英雄が果たした事績を見なくてはならない。人為的に作り出した機会は、後世から見ると偶然の幸運のようにも見えるが、そうでないことに注意を払うべきだと西郷はいうのだ。
 ◆制度の論議は第一ではない
 今回の民主党代表選は、偶然の機会でなく、時勢に応じ理にかなった人びとが行動することで訪れた真の機会と符合したといえるのかもしれない。しかし西郷のような見方からすれば、代表選の勝敗そのものが目的であるはずもない。
 政治家は、制度をいくら変えいじくっても政治を動かすことにはならない。官僚統治構造の打破を謳(うた)い政治主導を賛美するなら、政治家は官僚に勝る知恵と政策力を身につけなくてはならない。これはすでに西郷が強調していた点でもあった。
 「何程制度方法を論ずる共、其人に非(あら)ざれば行はれ難し。人有て後方法の行はるるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其人に成るの心懸(こころが)け肝要なり」(同『西郷南洲遺訓』所収「遺訓」二〇)
どれほど政治の制度や手法のことを論じようとも、それを動かす能力をもつ人がいなければ駄目である。まず人物、次が手段手法のはたらきという順番になるので、人物こそ第一番目の宝物であり、我々(われわれ)はみな人物になるよう心がけることが重要である、と。
 こうした観点から今回の民主党代表選を眺めると、ほとんど別個の政党に属するかのように主張も見紛(みまが)う2人の間で戦われた印象が強い。代表選が終わっても、曖昧(あいまい)な妥協や馴(な)れ合いで形式だけの挙党一致をはかるのがよいのか、それとも将来の福祉社会の安定化を睨(にら)んだ消費税問題や外交安全保障政策を基準とした政界再編成がよいのか。今回の代表選の余燼(よじん)はまだくすぶるだろう。
 ◆互いに探り合う妙手
 〈敵を苦しめ 味方を愛することこそ
 人たるものの生き方である〉
 14世紀のイスラームの統治論、イブン・アッティクタカーの『アルファフリー』(平凡社東洋文庫)に見える詩である。西郷は大義の前に友人の大久保利通(としみち)と訣別(けつべつ)し、高杉晋作は寡勢(かぜい)をものともせず決起し俗論派の椋梨藤太(むくなし・とうた)らを失脚に追いこんだ。
 この2人を尊敬する小沢氏と菅首相が打つ次の一手は何であろう。或(ある)いは何事もなかったかのように、挙党一致を演出する可能性もなくはない。確かにイブン・アッティクタカーも「罪を許し、過失をよく許すのも王者に望まれる性質のひとつである」と述べたものだ。碁敵(ごがたき)でもあった2人に妙手はあるのだろうか。興味の尽きないところである。(やまうち まさゆき)






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