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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
七月大歌舞伎は独立した記事を立てて特集する意味のあるもの。六月に海老蔵さんの妻麻央さんががんで亡くなって早々、4歳の勸玄くんが宙乗りデビューしたのだから。

「駄右衛門花御所異聞」は市川海老蔵の集大成「昔ながらの歌舞伎」を「昔ながらの方法」で、かつ新しく
中川右介
二代目市川齋入襲名披露

 7月の歌舞伎座の昼の部は「矢の根」で始まる。これには海老蔵は出演しないが、この演目は、市川家の「家の藝」たる「歌舞伎十八番」のひとつだ。主役の曽我五郎は1月に襲名したばかりの市川右團次がつとめた。

市川海老蔵(右)と市川齊入を襲名する市川右之助
拡大市川海老蔵さん(右)と市川齊入を襲名した市川右之助さん
 次が「加賀鳶(とび)」で、海老蔵は2役。父・十二代目團十郎が何度も演じた役で、海老蔵としては初役だ。この演目は、海老蔵の一門の重鎮で名脇役の市川右之助の二代目市川齋入(さいにゅう)襲名披露でもある。
 市川右之助は、二代目右團次の孫にあたる。祖父が1936年に亡くなった後、父が役者を廃業したこと、女形となったことなどの理由で、右團次を襲名していなかった。その名跡を、市川右近に譲ったのが、今年の1月の右近の三代目右團次襲名だった。これは海老蔵が思いつき、父十二代目が存命中に決めたのだという。

 こうして右團次は復活したが、そうなると右之助がいつまでも右之助というのもおかしい。「右之助」の名は「右團次」より格下だからだ。そこで初代右團次が晩年に名乗った齊入を二代目として襲名することにしたのだ。

 昼の部最後は「連獅子」で、海老蔵が親獅子、坂東巳之助が子獅子。巳之助もまた父・十代目坂東三津五郎を2015年に失くしている。海老蔵は何度か三津五郎とは共演し、新境地を開かせてくれた恩人でもあるので、その恩返しとしての起用だろう。巳之助は夜の部も活躍する。

一門のトップ・海老蔵が推し進めていること

 このように昼の部では、1時間前後の、何の関係もないものを3演目並べるという、ここ100年くらいで作られた伝統的な興行形態をとった。

 しかし、夜の部ではひとつの作品を最初から最後まで見せるという、他の演劇では当たり前だがいまの歌舞伎では珍しく、あえて「通し狂言」と銘打つ興行とした。もっとも、徳川時代にはこれが当たり前だったので、真の伝統へ回帰したとも言える。

「駄右衛門花御所異聞」。海老蔵の日本駄右衛門 (C)松竹
拡大「駄右衛門花御所異聞」より。市川海老蔵の日本駄右衛門 (c)松竹
 夜の部「駄右衛門花御所異聞」は、ここ数年の海老蔵の活動のひとつの集大成となるものだった。
 父を失くしてからの海老蔵は、着々と自分の劇団ともいうべき一座をつくるべく布石を打っている。

 一門のトップ、そして座頭たる者は、自分の藝を磨くだけではだめなのだ。一門や客演してくれる役者の置かれているポジションを見極め、配慮し、盛り立てていかねばならず、いわゆる「役者バカ」ではつとまらない。

 海老蔵が推し進めているひとつは、一門以外の役者を公演ごとに引き入れ、一座として役者の層を厚くしていくことで、右團次、市川中車をはじめとする澤瀉屋一門を組み入れ、今月は巳之助や中村児太郎も入れている。本来は中村獅童も出るはずだったが、病を得て、出られなくなった。

 もうひとつは、歌舞伎以外の演劇人とのコラボで新作をつくることでのレパートリーの拡充である。

 今年に限っても、2月にEXシアター六本木でリリー・フランキー脚本、三池崇史演出で「座頭市」を作り、寺島しのぶが相手役をつとめた。6月には自主公演ABKAIで樹林伸作、松岡亮脚本、藤間勘十郎演出・振付で「石川五右衛門外伝」をつくっている。

 その一方で、3月に歌舞伎座で「助六」をつとめ、5月の歌舞伎座の「伽羅(めいぼく)先代萩」では仁木弾正と、古典の大役もしっかりつとめた。

最大の見せ場、勸玄君の宙乗りを融通無碍に

 こうした布石を打った上での、7月の歌舞伎座に集まった役者の層は、大幹部がいない割には厚い。

 そのメンバーで昼は古典、夜は新作「駄右衛門花御所異聞」をやる。しかも、その新作は、新進気鋭の劇作家に依頼したのではなく、これまでの新作とは別のアプローチで作るものだった。

 タイトルにある駄右衛門は実在した大泥棒、日本駄右衛門のこと。歌舞伎では白浪五人男の「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」でもおなじみだ。

 250年前に、それとは別に「秋葉権現廻船語」という駄右衛門を主人公にした芝居があったが、長く上演が途絶えていた。徳川後期に七代目團十郎が演じたことがある。

 この芝居の当時の台本をベースに、まったく新しく書き換えて復活させたのが、今月の「駄右衛門花御所異聞」で、実質的には新作だ。

 歌舞伎はいまも新作が作られている。十八代目勘三郎が野田秀樹や宮藤官九郎と組んでまったく新しいものを作ったり、串田和美の演出で古典を新解釈していたり、市川猿之助が「ワンピース」を歌舞伎にするなどがその代表だ。先代の猿之助のスーパー歌舞伎も新作路線の代表である。

 海老蔵も前述の「座頭市」「石川五右衛門」では歌舞伎外の演劇人と組んでいたが、今回の新作は、歌舞伎専門の補綴・演出家である織田紘二、石川耕士、川崎哲男、と海老蔵の盟友たる藤間勘十郎が協同してつくる。この4人は歌舞伎の熱心なファン以外には、ほとんど知られていないだろう。

 複数の座付き作家が協同で作ることが、まず昔ながらの歌舞伎の作り方だ。

 基本のストーリーは歌舞伎でおなじみのお家乗っ取りの話で、さまざまな古典の名場面を模した場面でつないでいく。

 つまり海老蔵のコンセプトは「昔ながらの歌舞伎」を「昔ながらの方法」で作るというものなのだが、単なる復古調ではない。ストーリーもセリフも古典なのだが、舞台装置や照明には最新技術を使い、テンポもはやくして、飽きさせないようにするというものだ。

 海老蔵は一人3役で、そのうちの2役は早替わりで演じる。

市川海老蔵さん(右)と長男・堀越勸玄君の宙乗り=松竹提供
拡大市川海老蔵さん(右)と長男・堀越勸玄君の宙乗り=松竹提供
 そして最大の見せ場となるのが宙乗りだ。

 勸玄君の出演は当初はなく、チケット発売の直前になって松竹の要請で出ることになったという。だから最初の台本には彼の役はなく、まさに取ってつけたような役なのだ。

 ストーリー上は、勸玄君演じる「白狐」はいなくてもいい。しかしそれが結果的に最大の見せ場となってしまう、この融通無碍なところが、歌舞伎らしいといえば歌舞伎らしく、これもまた「昔ながらの歌舞伎」である。

世代交代期の息吹が凝縮された歌舞伎座

 「駄右衛門花御所異聞」には人生とは何かとか、家とは何かとか、そういう深刻なテーマは何もない。緻密なストーリーもない。その場その場が面白ければいいという作り方だ。

 悪く言えばパッチワークのように、いろいろな歌舞伎の名場面を、つなぎ合わせているので、歌舞伎を見た、という満足感も味わえる。

 前述の巳之助に加え、中村児太郎(彼の父・福助も病に倒れてずっと休んでいる)も重要な役に起用され、見事にこなしている。

 海老蔵は自分よりも若手に、活躍の場を与えてもいるのだ。

 この7月、同世代の市川染五郎(来年、松本幸四郎を襲名)は大阪松竹座、尾上菊之助は国立劇場でそれぞれ主役、大役をつとめている。

 平成から新時代に代わるのにあわせるようにして、歌舞伎界は大きな世代交代期に突入した。

 その息吹が凝縮されているのが、7月の歌舞伎座だ。

市川海老蔵・座頭「七月大歌舞伎」で起きた大事件祖父、十一代目團十郎も果たせなかった「静かなる革命」
中川右介
幸福感に満ちていた舞台

 2017年7月3日、歌舞伎座は「七月大歌舞伎」の初日を迎えた。

舞台の安全を祈願する市川海老蔵さんと長男の堀越勸玄ちゃん=29日午後、東京都中央区20170629
拡大「七月大歌舞伎」の舞台前に、安全を祈願する市川海老蔵さんと長男の堀越勸玄君=2017年6月29日
 私はめったに初日には行かないのだが、この月は「市川海老蔵が歌舞伎座で座頭となり、実質的な新作の通し狂言をやる」記念すべき月なので、初日に行くべきだと思い、6月7日のチケット発売日に、夜の部は初日を買っておいた。
 そうしたら、6月23日のあの悲報となった。

 チケットを買った日とはだいぶ状況が変わり、「市川海老蔵が歌舞伎座で座頭となり、実質的な新作の通し狂言をやる」という歴史的意義よりは、4歳の長男・堀越勸玄君が史上最年少で宙乗りをすることに話題は集中していた。

 勸玄君については、すでに洪水のように報じられている。

 初日に客席にいた者としては、そこには湿っぽさは微塵もなく、人びとは、何か浄化される思いとなり、幸福感に満ちていたと、伝えておく。

海老蔵と猿之助のクールな「盟友関係」――正統と異端、『柳影澤蛍火』の「悪人」から見えた二人の距離
[3]「開拓」を続ける市川海老蔵、九團次の選択
[1]市川海老蔵が座頭を勤めた理由――戦後70年、「孫たちの時代」はどう展開していくのか
海老蔵の祖父の孤独な闘い

 初日が無事におわり、毎日のように公演は続き、12日、日本歌舞伎史上の大事件が起きた。歌舞伎座で「夜の部」がなかったのだ。

 と言っても、役者の誰かが急病で倒れたとか、劇場に事故があったわけではない。

 最初から、12日は昼の部だけの興行で夜の部はなかったのだ。同様に、このあと19日は昼の部が休演となる。

 何かが起こればニュースだが、「何もなかった」のはニュースにはならないので報じられなかったが、これは実は大事件なのだ。

 歌舞伎座は、おそらくこの規模の劇場としては世界で最も稼働率の高い劇場だ。

 毎日11時から3時頃まで「昼の部」、4時か4時半から9時頃まで「夜の部」が上演され、原則として「25日間」、休むことなく昼夜の公演が続く。昼と夜はまったく別の演目だ。

 これは歌舞伎座だけでなく、松竹による歌舞伎公演はみな昼夜・25日間を基本としている。

 なかには昼夜とも出ずっぱりの役者もいるから、体力的にも精神的にも負担はかなり重いだろう。裏方のスタッフも、休みはない。

 松竹としては休演日を設ければ収入減となるので、休みたくない。昼の部か夜の部のどちらかを休めば、チケット代だけで約3000万円の減収となり、弁当や食堂、お土産屋の売上も減る。そのため、ずっと昼夜2部制・25日間興行が伝統となっていた。

 だが半世紀前、この昼夜2部制に異議申し立てをした役者がいた。海老蔵の祖父、十一代目團十郎である。

 しかし、他の役者たちは、松竹に気兼ねしたのか十一代目に同調せず、彼は孤独な闘いを強いられ、結局、この体制は維持され、團十郎は1965年に胃ガンとなり56歳で亡くなった。

海老蔵が座頭となった歴史的な月に

 以後、誰も昼夜2部制・25日間興行に異を唱える者はいなかった。少なくとも、表にはそういう声は出なかった。

 それが十一代目團十郎の死から半世紀が過ぎて、その孫によって、歌舞伎座に休演日を設けるという大改革が実現したのだ。

 これは何かを「する」のではなく、「しない」という改革なのでまったく目立たないが、静かなる革命と言える。

 海老蔵は7月12日のブログに、

 「今日は/歌舞伎座史上初の夜の部お休み。/歴史的快挙と私はおもう。/そして/これが続く事が/未来の歌舞伎役者のためであり/お客様のためでもある。/そうおもいます。」

 と綴った。

 公にはなっていないが、この休演日が海老蔵の強い要請で実現したことは、このことからわかる。

 何よりも、海老蔵が歌舞伎座で座頭となったこの月が最初で、その月で初めて休演日が設けられたのだ。海老蔵の意向以外には考えられない。

 そう――長男・堀越勸玄君の出演が話題になっているが、冒頭に記したように、7月の歌舞伎座は「海老蔵が座頭となった」という点で、記念すべき、歴史的な月なのだ。

「働き方改革」も後押し?

 歌舞伎座は12か月のうち、8月の納涼歌舞伎は若手だけが出て、5月は團菊祭で現在は團十郎がいないので菊五郎が座頭となり、9月の秀山祭は吉右衛門が座頭となるが、それ以外の月は、菊五郎、幸四郎、吉右衛門、仁左衛門、梅玉という大幹部のうち2人か3人が交互に出ている体制が続いている。

 そのなかにあって7月は、長年、猿之助一座が年に一度歌舞伎座に出る月だったが、三代目猿之助(現・猿翁)が病に倒れてからは玉三郎が座頭をつとめ、海老蔵が客演することが多かった。

 昨年(2016年)は猿之助が座頭で海老蔵が客演したが、今年は海老蔵が文字通りの座頭として、昼夜に奮闘(たくさん出演するという意味)する、名実ともに「成田屋の月」となった。

 澤瀉屋(猿之助)とどのように話し合ってこうなったのか、あるいは何も話し合いはなかったのか、その裏の事情は不明だが、松竹は今年の7月の歌舞伎座を海老蔵に預けたのである。それも、「花形歌舞伎」と銘打つのではなく、「大歌舞伎」として。

 座頭となった海老蔵は、公演内容や出演者を決める立場を得ると、昼夜1回の休演を求め、松竹としてもそれを呑まざるをえなかったということだろう。

 世の中全体が「働き方改革」の流れにあるのも、後押ししたのかもしれない。

 噂では、2020年の東京五輪に海老蔵は團十郎として関わるので、その前に襲名披露興行があるようだ。それへ向けての助走が始まっているとも言える。

歌舞伎座の時代転換が始まった

 歌舞伎座は、唯一、1年中、大歌舞伎を上演する劇場であり、歌舞伎役者にとっては、歌舞伎座でその役を演じなければ本当に演じたことにはならないという、絶対的な権威を持つ劇場だ。

 さらにその劇場で座頭となるのは、本当に限られた役者しかできない。海老蔵もこれまで他の劇場では何度も座頭となっていたが、歌舞伎座では7月が初めてだ。

 いよいよ海老蔵が歌舞伎座で座頭となり、自分で一座を組んだことは、時代転換の歯車がまわりだしたことを意味する。

 勸玄君との宙乗りは、それに花を添えるものであり、それは大輪の花ではあるが、興行の芯ではない。

 家庭における悲劇と初の座頭とが重なったのは偶然に過ぎないが、そのおかげもあり、6月の悲劇の日から連日報じられたので、勸玄君の出る夜の部は早々と完売し、昼の部もごく僅かしか残っていない。

 歌舞伎座は新開場直後の賑わいもなくなり、空席が目立つ月もあったので、興行的成功はありがたいだろう。そうなるとますます、興行サイドとしては休演日があるのはうらめしいところかもしれないが、時代はもう前へ進んでいるのだ。 (つづく) 

勸玄くんが天に向かって投げキッス 市川海老蔵も驚いたサプライズ
海老蔵も驚嘆!麻央さん誕生日に勸玄くんが見せたサプライズ

7月19日の昼下がり。自宅近くの公園で虫とりに精を出していたのは市川海老蔵(39)と、麗禾ちゃん(5)、勸玄くん(4)のきょうだい。

元気いっぱい虫取り網を振り回していた子どもたちだったが、35度近い猛暑がこたえたのか、1時間ほどで自宅へ。この日は、小林麻央さんの母親の誕生日だった。姉の小林麻耶(38)ら5人でケーキを囲み、麻央さんのお母さんの誕生日を祝ったという。12日の麻耶の誕生会に続くお祝いに、子どもたちは笑顔が耐えなかったようだ。

そして7月21日。麻央さんが生きていたならば、35歳の誕生日を迎えるはずの日だった。海老蔵は、自身のブログにこう綴っている。

《今日は麻央見てる感じします。なんかあったかい。満席の中、ポツンと席が空いているところが、なんとなく感じます。みんな頑張ってます》

7月3日から「七月大歌舞伎」の舞台に立っている勸玄くん。史上最年少で挑戦し、話題を呼んでいる宙乗りは、闘病を続ける麻央さんを元気づけるためのプレゼントだった。勸玄くんの宙乗りを楽しみに、誕生日まで生き抜こうとしていた麻央さん。その願いはかなわなかった。

夜の部第二幕の幕切れ。海老蔵に抱かれた白狐に扮した勸玄くんが3階席まで昇っていく――。

「勸玄くん! 成田屋!」

これまでにない大向の声が、客席に響き渡った。

初日から物怖じせず、高い虚空から手を振る余裕を見せていた勸玄くん。万雷の拍手のなか、暗幕に消え失せようとするそのとき。客席が揺れたのではないかと錯覚するほど、悲鳴にも近い大きな歓声が上がった。

勸玄くんが天に向かい、投げキッスをしたのだ。それは天国から今まさに見守ってくれている麻央さんへの最大限のお祝いだった。

「これには海老蔵さんも驚いたようです。そして、この投げキッスは『ママに』と麗禾ちゃんと勸玄くんが話し合って決めたことだったそうです」(歌舞伎関係者)

ふたりで考えた、とっておきの誕生日プレゼント。きっと、天国の麻央さんにも届いているはずだ。
海老蔵 勸玄くんとの公演が千秋楽…2000人の観衆に宙から手を振る
 歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)と、長男の堀越勸玄くん(4)が共演した東京・歌舞伎座の「七月大歌舞伎」が27日、千秋楽を迎えた。勸玄くんは、母・小林麻央さんを6月22日に亡くしたばかりのなか史上最年少で宙乗りに挑んだ。観劇を楽しみにしながら果たせなかった母に姿を見せるように、華麗に宙を舞った。
 想像を絶する悲しみと不安を乗り越え、4歳の幼子が、父とともに1カ月の長丁場を必死に駆け抜けた。
 母を亡くしてわずか11日後の今月3日、初日は波乱の幕開けだった。勸玄くんは当日の朝に突然、舞台出演を渋った。海老蔵は自宅から歌舞伎座までの車中で「ママが見てるよ」と説得。勇気を振り絞って宙乗りを成功させた勸玄くんを、市川中車(51)ら共演陣も絶賛した。
 この日は千秋楽とあり、勸玄くんは海老蔵に伴われ、羽織姿で関係者にあいさつ回りを行った。最後となった宙乗りでは、父の懐にしっかりと抱かれながら2000人の大観衆に手を振り、母に届けとばかりに、堂々と高さ10メートルの宙を舞って見せた。
 海老蔵はこの日、自身のブログで、歌舞伎座入りする勸玄くんを後ろから撮影した写真とともに「一か月前と比べてみたら デカくなりました 背中」と、たくましさが増した息子の成長を喜んだ。
市川海老蔵と勸玄君出演「七月大歌舞伎」が千秋楽
歌舞伎俳優市川海老蔵(39)と長男勸玄(かんげん)君(4)が出演してきた東京・歌舞伎座「七月大歌舞伎」が27日、千秋楽を迎えた。

 先月22日に海老蔵の妻小林麻央さん(享年34)が乳がんで亡くなり、悲しみ癒えぬまま始まった公演だったが、25日間を走り抜いた。

 夜の部は1日休演日があったため、勸玄君は24日間すべて「駄右衛門花御所異聞」に出演、史上最年少の宙乗りをこなした。この日も花道から出て「勸玄白狐、御前(おんまえ)に」と大きな声でせりふを言うと、海老蔵と一緒に宙乗りを見せ、満員の約2000人の観客に手を振った。
海老蔵から勸玄くんへ「これから君のドラマが始まる」(スポニチ)
 東京・歌舞伎座で上演されていた「七月大歌舞伎」が27日、千秋楽を迎え、歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が長男の勸玄(かんげん)くん(4)とともに25日間を完走した。

 最愛の妻、小林麻央さん(享年34)が6月22日に他界。わずか11日後の7月3日に開幕した公演。夜の部の通し狂言「駄右衛門花御所異聞」では、この日で最後となった父子での宙乗りを精いっぱい務めた。勸玄くんの宙乗りは歌舞伎史上最年少。神の使い・白狐(びゃっこ)を演じた勸玄くんが宙を舞いながら客席に手を振ると、大きな拍手が巻き起こった。海老蔵はこの日、自身のブログを更新。息子に「これから君のドラマが始まるんだよ。千秋楽は終わりではない始まり」とエールを送った。

 終演後は楽屋口に500人近いファンが集まった。海老蔵が車に乗り込む際には、麻央さんが15年11月に歌舞伎座で初お目見えの舞台に立った勸玄くんに送った言葉「えいえいお~」も響いた。海老蔵父子は車の窓を開けて何度もファンに手を振った。

 8月には名古屋と大阪で六本木歌舞伎「座頭市」(2~14日)を上演。その後は11月25日まで地方公演が断続的に組まれている。(スポニチ)
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歌舞伎美人サイトより。
一、歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)

曽我五郎
大薩摩文太夫
馬士畑右衛門
曽我十郎

     右團次
     九團次
     弘太郎
     笑也

一、歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)

荒事ならではの豪快で華やかな祝祭劇
 初春を迎え、紅梅白梅が咲き誇るある日。曽我五郎が父の仇工藤祐経を討つために矢の根を研いでいると、大薩摩文太夫が年始の挨拶に訪れます。五郎は縁起の良い初夢を見ようと、文太夫が持参した宝船の絵を枕の下に敷きうたた寝を始めます。しかし、その夢に現れたのは五郎の兄十郎。十郎は、工藤の館で捕らわれの身となったことを告げます。飛び起きた五郎は、兄の窮地を救うべく工藤の館へと急ぐのでした。
 江戸狂言の洒落っ気と豪快さに満ちた荒事の一幕にご期待ください。


河竹黙阿弥 作
盲長屋梅加賀鳶
二、加賀鳶(かがとび)

本郷木戸前勢揃いより
赤門捕物まで
二代目 市川齋入襲名披露
天神町梅吉/竹垣道玄
日蔭町松蔵
春木町巳之助
魁勇次
虎屋竹五郎
昼ッ子尾之吉
磐石石松
お朝
数珠玉房吉
御守殿門次
道玄女房おせつ
金助町兼五郎
妻恋音吉
天狗杉松
伊勢屋与兵衛
御神輿弥太郎
女按摩お兼
雷五郎次
     海老蔵
     中車
     右團次
     男女蔵
     亀鶴
     巳之助
     廣松
     児太郎
     男寅
     九團次
     笑三郎
     市蔵
     権十郎
     秀調
     家橘
     團蔵
右之助改め齊入
     左團次

二、加賀鳶(かがとび)

粋な鳶と小悪党が織り成す江戸世話物の名作
 本郷界隈の家々では、加賀藩お抱えの加賀鳶と旗本配下の定火消しの大喧嘩を恐れ、人々が町木戸を閉め切っています。そこへ血気に逸る加賀鳶が勢揃いしますが、それを止めたのは頭分の天神町梅吉。日蔭町の松蔵が皆の説得にあたり、一同はその場から引き揚げます。
 一方、盲長屋に住む竹垣道玄は、女房おせつと姪のお朝にひどい仕打ちをする小悪党。道玄はお茶の水の土手際で百姓太次右衛門を殺害し、懐中の金を奪います。その場に通りかかった松蔵は、道玄の落とした煙草入れを拾います。その後、お朝の奉公先への強請を思いついた道玄は、言いがかりをつけて金を出させようとしますが、そこへ松蔵が現れ…。
 河竹黙阿弥ならではのせりふ回しで展開する、世話物の名作をご堪能いただきます。

河竹黙阿弥 作
三、連獅子(れんじし)

狂言師右近後に親獅子の精
狂言師左近後に仔獅子の精
僧蓮念
僧遍念
     海老蔵
     巳之助
     男女蔵
     市蔵

三、連獅子(れんじし)

獅子の親子が魅せる迫力のある舞踊
 天竺の霊地、清涼山の麓の石橋では、狂言師の右近と左近が手獅子を携え、石橋の謂れ(いわれ)や、親獅子が仔獅子を谷底へと蹴落とし、それでも這い上がってきた子だけを育てるという故事を踊って見せます。その後、満開の牡丹の中に親獅子と仔獅子の精が現れ、長い毛を振りながら豪放華麗な狂いを見せ、勇壮に舞い納めるのでした。
 能の「石橋」をもとに、獅子親子の厳しくも温かい情愛を描いた、数ある舞踊のなかでも人気の高い作品をお楽しみいただきます。
 矢の根はゆるーりとした江戸の荒事の一幕を楽しむ。
 加賀鳶はいいところで睡魔が……えーと、どんな話だったか、気付いた時には悪党の家に女房おせつがしばられてて、道玄が愛人と飲んでいたわ……そこから捕り物が始まって、後は一件落着。
 連獅子は、親獅子の海老蔵と子獅子の海老蔵のどちらもが踊り上手なので迫力ある美しい踊りが見られた。
千穐楽のひとつ前。

歌舞伎美人より
日本駄右衛門を中心に、宙乗り、大立廻りで
繰り広げる圧倒的スケールの奇想天外な物語
竹田治蔵 作
織田紘二 補綴・演出
石川耕士 補綴・演出
川崎哲男 補綴・演出
藤間勘十郎 補綴・演出
秋葉権現廻船語
通し狂言 駄右衛門花御所異聞(だえもんはなのごしょいぶん)

市川海老蔵 宙乗り相勤め申し候
堀越 勸玄
発 端
序 幕
二幕目

大 詰 遠州月本城下浜辺松原の場
遠州月本館の場
大井川土手の場
遠州無間山お才茶屋の場
同 秋葉大権現の場
都東山御殿の場
同  奥庭の場
元の御殿の場
日本駄右衛門/玉島幸兵衛/秋葉大権現
月本円秋
月本祐明
奴浪平
月本始之助
傾城花月
寺小姓采女
奴のお才/三津姫
白狐
駄右衛門子分早飛
長六
逸当妻松ヶ枝
馬淵十太夫
東山義政
玉島逸当/細川勝元

     海老蔵
     右團次
     男女蔵
     亀鶴
     巳之助
     新悟
     廣松
     児太郎
     堀越勸玄
     弘太郎
     九團次
     笑三郎
     市蔵
右之助改め齊入
     中車
通し狂言 駄右衛門花御所異聞(だえもんはなのごしょいぶん)

大悪党を描く名作を、現代の英知を集結させ堂々の復活
 『弁天娘女男白浪』の白浪五人男の首領として知られる日本駄右衛門。日の本六十余州を股にかけたこの大盗賊は、実在した浪人あがりの盗賊浜島庄兵衛をモデルとしており、その名は人形浄瑠璃『風俗太平記』に登場する賊徒日本左衛門に由来するとされています。この日本駄右衛門を描いた今作は、宝暦11(1761)年に初演された『秋葉権現廻船語』(あきばごんげんかいせんばなし)をもとに、市川海老蔵が現代の息吹を取り入れた復活狂言です。

 遠州月本家を足がかりに天下を狙う日本駄右衛門。月本家城主月本円秋を亡き者にするため、将軍家への献上品である家宝の古今集と、月本家に伝わる火伏の神「秋葉権現」の三尺棒を盗み出します。そこに現れたのは月本家家老玉島逸当。自らの命と引き換えに円秋と月本家の人々の命を救うのでした。駄右衛門の企てにより家を追われ、落ち延びた円秋の弟月本始之助、傾城花月、逸当の妻松ヶ枝は、逸当の弟である玉島幸兵衛と出会い、月本家の再興のため駄右衛門に立ち向かいます。ところが、「秋葉権現」の三尺棒の力により、妖術を手にした駄右衛門の力は強大で、天下奪取の大望成就がいよいよ目前に迫りますが、その前に立ちはだかったのは…。
 海老蔵が日本駄右衛門、玉島幸兵衛、秋葉大権現の3役を早替りにて勤め、大立廻りなどみどころ満載の演出で上演いたします。また、海老蔵の長男、堀越勸玄が、秋葉権現の使わしめである白狐の役で出演。海老蔵・勸玄親子二人での宙乗りも披露します。江戸後期に七世市川團十郎も演じたゆかりの演目にどうぞご期待ください。
 三幕通しは久しぶり。菊之助『子狐礼三』とか、コクーン歌舞伎『四谷怪談』ぐらいかな、見たのですぐに思い出すのは。

 ストーリーは上に引用してあるが、ちょっと入れ子構造になっているのが面白い。たとえば第一幕の月本始之介と傾城花月の道行きの場は心中ものだし、第二幕で月本円修が日本駄右衛門ふんする室町幕府の上使に切腹申しつけられる場面は忠臣蔵の四段目、第三幕で井戸を斬ってお才が貯めた二千九百両を取り出すところは石切平三、などなど、歌舞伎を知っている人ほどいろいろ思い出すよう。

 海老蔵は伸び伸びと演じていると思うけど第一幕の駄右衛門と玉島幸兵衛との早変わり乱闘は切れが悪かった(私が最初に見た早変わりが勘九郎『怪談乳房榎』なのでレベルが高いかも知れない)。後はよかった。特に秋葉権現の人ならぬ神の表現は素晴らしかった。
 中車さんは時代物にも中堅で出られる役者になった。
 今回特に素晴らしかったのは児太郎さん。ついこの間まで赤姫のような可憐な役が多かったのに、悪婆と呼ばれるようなお才を声の色を使い分けて演じていた。しかも性根は夫を一途に思うという。
 カンカンこと堀越勸玄くんは若干四歳ながら、ちゃんと「勸玄白狐、御前に」と台詞をこなし、パパ海老蔵の秋葉大権現と一緒に宙乗りで三階の鳥屋へ。怖がりもせず、時々小さく手を振るのが可愛い。先月に母を亡くしたと思えないほどしっかりと出演していた。これが、成田屋さんに生まれた男子の宿命であるかのように、ごく自然に舞台を楽しんでいるように見えた。
 駄右衛門(大盗賊)、市川右之助改め斎入が扮する将軍東山義政(直垂)、児太郎演じるその娘三津姫'(赤姫)、中車演じる細川勝元(生締め)、巳之助演じる始之助(若衆)が並ぶ大団円は、これこそ特撮戦隊ものに通じる五人組の立ち姿。
もう一度大きなスクリーンで観たかったので『銀魂』に続けて観た。

もう、大迫力。染五郎も勘九郎も七之助も。スクリーンから汗が飛び散るような大迫力。見栄の切り方とか顔のつくり方は歌舞伎なんだけど、殺陣とかスピード感あって大迫力。勘九郎は勘三郎さんが半分乗り移っているんじゃないかと思う(出たかったんだろうなぁ)。七之助さんの殺陣烏帽子・鈴鹿の二役(アラハバキも加わって三役か)も素晴らしかった。蛮甲の亀蔵さん、くまこ、市村萬次郎さんの御霊御前、坂東彌十郎さんの藤原稀継、新悟さんの阿毛斗、市村橘太郎さんの佐渡馬黒縄、澤村宗之助さんの無碍随鏡、大谷廣太郎さんと中村鶴松さんの飛連通と翔連通、ほんとよかったー。
昼の部
明月八幡祭
 深川が舞台なので楽しみにしていた。ストーリーは、越後出身の実直で純朴な反物商人が深川芸者に惚れ、金策に困った芸者のために実家の田畑を売り払ってつくった金を渡そうとするが、馴染みの大尽が金をつくってくれたので、「あ、その金もう要らない」とすげなく袖にする。
 (ここまでだと落語「品川心中」そっくり)
 さらに芸者には本命の間夫がいて、目の前でいちゃいちゃ。戻る故郷もなく(実家にいる病身の母は息子の行状を知らずに追い出されるのか?)、尽くそうとした芸者には捨てられ、商人は絶望する。深川八幡祭に人が集まり過ぎて永代橋が落ちるという大惨事の夜、雨の中で商人は芸者を惨殺する。男が捕らわれた後、雨の上がった深川を冴え冴えとした満月の光が照らす。

 実直な縮屋新助を尾上松緑が演じ、いつもとイメージの違う役だったのだが説得力があった。芸者美代吉は市川笑也、美しいんだけどマノン・レスコーをイメージしたヒロインにはちょっとあどけなさが足りないような。安きに流れやすく、大金を計画性もなく使ってしまうのだけど、魅力が今いち伝わらなかった。猿之助の船頭三次は色気がなくてちょっとなぁ。

浮世風呂
 猿之助の三助政吉の踊りはさすが。なめくじの種之助はキモかわいい。

御所桜堀川夜討
 弁慶上使

 吉右衛門の弁慶が、生涯たった一度だけ契った女とその時に授かった娘と再会した時、自分が刺し殺した女が自分の娘と知った。
 吉右衛門の弁慶の泣きを鑑賞するためにだけ設定やストーリーがあるような(汗)。
 でもまぁ、それが吉右衛門好きにはたまらないだろう。やはり人間国宝だけのことはある。
 雀右衛門のおわさ、米吉のしのぶ。

夜の部

鎌倉三代記
 絹川村閑居の場

 真田太平記をそのまま芝居にすると差し障りがあるので、徳川家康を源頼家に、真田幸村を佐々木髙綱に、千姫を時姫に、木村重正を三浦之助に置き換えるのですね。そして時姫は三浦之助を慕って政略結婚を蹴って三浦の実家で病身の母を看病している。そこへ負け戦で重傷を負った三浦之助が戻ってきて、時姫に実家に戻って父の宮本頼家を暗殺するよう言い含める。で、佐々木髙綱と三浦之助は壮烈に戦死するため戦場に戻る。
 去年大河ドラマ『真田丸』を楽しんで見ていたので真田側そのままなら頭に入りやすいが、それを時代勘のない源頼家vs北条時政に置き換えなければならないのでちょっととまどった。

 三浦之助を演じた尾上松也さんはこの世代として歌舞伎座でほとんど主役級を演じるのだけどほとんど出ずっぱりで最初から重傷って設定だから大変だったろう。若さや二枚目ぶりは流石だけど、まだまだ一杯一杯という感じ。
 時姫を演じた雀右衛門さんは流石。雀右衛門を襲名した時から三姫を手がけていただけあって、踊りも口説きも巧い(でも一途に恋する世間知らずの姫とはいえ、今日明日にも死ぬ母を案じる三浦之助に「私を見て」「せめて一夜の契りを」とか、好きになれない性格設定)。
 百姓藤三郎と佐々木髙綱は幸四郎。

曽我綉御所染
 御所五郎蔵

 もとは仙台藩藩士だったが腰元皐月との不義が発覚して侠客となった御所五郎蔵を仁左衛門様が演じる……というだけで、舞台が全然違う。御所五郎蔵の立ち姿、振る舞いにリアリティがある。役者が演じている架空の役ではなく、架空の空間に生きているように見える。凄いわぁ、ただ、溜息。
 仮花道に立つライバル星土右衛門と花道に立つ五郎蔵のやりとりが素敵……見たことある構図だと思ったら、ニコニコ歌舞伎2017「花街詞合鏡(くるわことばあわせかがみ)」で中村獅童さん演じる八重垣紋三が吉原で沢村國矢さん演じる蔭山新右衛門と鞘当てする場面の構図と同じだった。ニコニコ歌舞伎は新作なので、こちらが原典だったのね。
 元女房で廓に身を埋めた傾城皐月に離縁を申し入れられ、侠客としての義理人情もあって手切れ金のために離縁を受け容れるが、恋敵に皐月を渡せば男として分が立たない。ので皐月を闇打ちで殺そうとする五郎蔵……って皐月の立場から見たら踏んだり蹴ったり。
 で、それを察した皐月の友人であり主筋の愛人である傾城逢州が身代わりに刺し殺される。だが、五郎蔵が大金を必要としたのは旧主が逢州に入れ込んで藩の金を吉原に使うため、その借金の尻ぬぐいのためだった。うーん、傾城逢州も傾城皐月も哀しいなぁ。。
 とにかくニザ様を見るためにあるのだが、雀右衛門の皐月、左團次の土右衛門、歌六の甲屋与五郎、米吉の逢州とまずまずの配役。

一本刀土俵入

 幸四郎の駒形茂兵衛は侠客としての後半は説得力あったが、相撲部屋を逃げ出した前半がいただけなかった。山○清か。世間を知らない二十歳前の少年にしては頭が足りなすぎて十年の歳月があったといえども後半の侠客につながらない(泣)。
 猿之助のおつたはよかった。特に前半のはすっぱで人生を投げて飲んだくれた酌婦像が。ほんの気まぐれで親切に櫛や簪を旅費に替えろと分け与えたのが、十年後に恩返しされるのだが、まったく思い出せないところに長谷川伸のリアリティ。


夜の部は、一列後ろの団体客が芝居中ずっと喋っていた(オペラグラスの貸し借り、果てはイヤフォンサービスの解説を隣の友人に口伝する)。時々振り向いて「しーっ」のポーズをするなど注意したのだが、全然直らず。家でテレビ見てるんじゃねーぞ、周りの客が迷惑してるんだ、ツアコンにクレーム入れようかと何度思ったか。
シネマ歌舞伎 東海道中膝栗毛

 今年の新作シネマ歌舞伎の一本なので見てきました。

 うーん、『大江戸リビングデッド』を飛行機内で見た時もそう思ったけど、時事性のあるネタってライブで芝居小屋で見る分にはいいけど、シネマ歌舞伎化されると笑えないかも。。

 特に、この作品は途中で挿入される環境DVDみたいな風景画とか、役者紹介のアニメ絵っぽい処理とか、私のセンスには合わなかった。

 主役だけでなく脇役にもいい役者さん使っているのに、今さらドリフのコントみたいな寸劇見せられても私なんかは笑えない。何か惜しい……。
七世尾上梅幸二十三回忌
十七世市村羽左衛門十七回忌 で
坂東彦三郎改め坂東楽善
坂東亀三郎改め坂東彦三郎
坂東亀寿改め坂東亀蔵
坂東亀三郎初舞台 の夜の部

大向こうの掛け声の「音羽屋」率が9割以上。。まあ、目出度いのでよろしいのではないと。

一、壽曽我対面

イヤフォンガイドのおかげでこの様式美にもだいぶ慣れてきました。型どおり演じることが大事。
舞台終盤はお披露目のご挨拶に。楽善、彦三郎、亀蔵、亀三郎に菊五郎、時蔵、萬次郎、松也(だったかな? 萬次郎さんが記憶あやふや)。

一、伽羅先代萩

前半は菊之助演じる政岡が中心、後半は海老蔵演じる仁木弾正が中心。
……うーん、去年秋に玉三郎の政岡と吉右衛門の仁木弾正を見てしまったので、やはり雲泥の差と言わざるを得ない。特に仁木弾正は国崩しの存在感とか妖気がないなぁ。

一、弥生の花浅草祭り
亀蔵さんと松緑さん二人で四場踊りきる。
亀蔵さん、松緑さんと息が合った踊りを見せる。神功皇后と粋人がほっそりしてるので似合う。そして最後の石橋には赤白の獅子の毛振りが壮観。特に亀蔵さんは腰から回っているのがよく見えた。


 談春がかけるネタは廓もの特集、かつて観音様の裏っ手に吉原があった時代を偲んで。ただし、「五人廻し」は吉原が舞台だけど、「文違い」は新宿の宿が舞台ですね。

一、一目上がり
 こはるちゃんがなぜか長めの自己紹介。「実は女です」「えーっ」みたいな。
 妹弟子のちはるちゃんが奉公に出ているので今日は自分が前座働きです、というお断り。
 ネタは安定の「一目上がり」。

一、五人廻し
 この会の趣旨を軽く説明した後、ちはるの一件。何と一般の会社に預かってもらっているとのこと。落語家を目指す若者は、体育会系の経験がなく、師匠や先輩からいろいろ言われるタテの関係で叱られることに慣れてない、と、奉公に至った経緯を説明。談春師匠たちが築地の卸問屋で働いたように、かな。
 五人廻しは、五人の登楼客の演じ分けがポイント。鯔背な職人、田舎もの、キザでサドっ気があるインテリ、軍人、お大尽。特にインテリは笑った。

中入り

一、動物園
 上方落語の雲水さん、活き活きとダジャレ満載に。

一、文違い
 談志が文楽のDVDを見ながら、最初はだらーっとしていたのに終盤は正座して最後に拍手、とか。
 新宿宿のお杉が、馴染み客のせいさんには質の悪い義理の父親と縁を切るため、杢兵衛お大尽には病気のおっかさんに朝鮮人参を食べさせるため、多額の金を用立ててもらう。しかし、これは間夫のよしじろうの眼病を治すためで、実はこれはよしじろうが馴染みの女のためにおすぎを騙す手口だったという、入れ子構造。
 先月、渋谷で桃月庵白酒のを聴いていたせいか、久しぶりではないのだけど(しかも白酒の文違いって、ひょっとして談春兄さんから習ってないかという気がする)、やっぱいいなぁ。談春は。
一、芋俵 春風亭きいち

 学生落語? 口は回っているが発声が悪く、上下の切り方が悪い。

一、橋場の雪 柳家三三

 先週、沖縄帰りの飛行機で出会った事件。
 夢の酒も最近聴いた気がするが、どちらかというと夢の酒でおとっつぁんが夢の女に会いに行く後半が聴き所。橋場の雪は後半が盛り上がりが少ないかも。

一、化け物使い 春風亭一之輔

 昨日の夜に三三さん白酒さんと佐世保で会をして呑んで、今日帰ってきたそうで、ちょっとお疲れ。もっと笑える化け物になると思うんだけど……。

一、錦の袈裟 柳家喬太郎

 どうも声質が私の好みでないことがあるんだけど、与太郎の描き方も好きでない。馬鹿だけど愛される気質があって、特に「錦の袈裟」ではしっかり者の女将さんがいる上に吉原で(勘違いがあったとはいえ)町内の若い衆十一人で遊びにいって一人だけ花魁の接待を受けられるわけだから、愛されるところがないといけない。
板東楽膳・彦三郎・亀蔵襲名、眞秀《まほろ》ちゃん初お目見えの昼席。今回は知り合いのつてがあり、1階席3列目という良席。役者さんの姿も表情もよく見え、お芝居としての迫力満点。

 石切梶原は梶原平三を演じる新彦三郎のお目見えの色が強かった。彦三郎を譲った楽膳の大庭三郎、憎まれ役の俣野五郎とのバランスがよく、また六郎太夫の團蔵と梶原の芝居もよかった。右近ちゃんの梢は、ちょっと芝居が過剰気味で浮いていた気がする。菊之助さんの奴菊平、祝い口上を読み込んだ囚人剣菱呑助を演じた松緑さんとお祝いムードも一段。

 吉野山はひたすら海老蔵と菊之助の見た目にうっとりする。

 芝居として面白かったのは、やはり魚屋宗五郞。菊五郎の宗五郞はこの人のニンに合っているし、妾奉公に出した妹が無実なのに不義の咎を受けて斬り殺されたと知って、金比羅様と約した禁酒を破ってどんどん呑んでいく様子がやっぱり巧い。そして、菊五郎劇団といわれるだけあって、おはまの時蔵さんはじめ前半の配役が素晴らしい。寺嶋しのぶさんの息子、眞秀《まほろ》ちゃん四歳で台詞をあそこまでこなすのは凄い。後半は武士たちに精彩がないように感じた。

歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」 好感度満点の新彦三郎
 今年の團菊祭は、七代目尾上梅幸(おのえばいこう)二十三回忌、十七代目市村羽左衛門(うざえもん)十七回忌追善。羽左衛門長男・八代目坂東彦三郎の初代坂東楽善(らくぜん)、その長男・亀三郎の九代目彦三郎、次男・亀寿(かめとし)の三代目坂東亀蔵の襲名披露に加え、新彦三郎の長男(侑汰(ゆうた)、4歳)が六代目亀三郎で初舞台。梅幸のひ孫で尾上菊五郎の孫、菊之助のおい、寺嶋眞秀(まほろ)(4歳)が「魚屋宗五郎」の酒屋丁稚(でっち)役で初お目見得(めみえ)など盛りだくさんの興行となった。

 昼。「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」は、名刀の鑑定を依頼された梶原平三(新彦三郎)が、人間を2人重ねて刀の試し切りをする「二つ胴」や、手水鉢(ちょうずばち)を真っ二つに斬る見せ場で立役冥利(みょうり)の役。家伝といえる十五代目羽左衛門型が久しぶりに出た。手水鉢の背後に立ち、客席正面に向かって刀を振り下ろす豪快さに胸がすく。新彦三郎、生真面目過ぎるが、口跡のよさと潔さ、武士の面目かくやで好感度満点。楽善が大庭(おおば)、亀蔵が俣野(またの)で敵役。尾上松緑(しょうろく)が囚人で、常道の酒尽くしを3人への祝いぜりふに変えた。

 次に市川海老蔵の狐忠信、菊之助の静御前が義太夫で踊る「吉野山」。菊五郎の宗五郎、中村時蔵の女房おはまとしみ込んだ熟成コンビで「魚屋宗五郎」。

 夜。劇中で坂東家三代の襲名口上付きの「壽曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」。「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」は「御殿」から「刃傷(にんじょう)」まで。菊之助=政岡の艶(つや)、海老蔵=仁木弾正の悪の華、中村梅玉(ばいぎょく)=細川勝元の優麗さ。松緑、亀蔵による「弥生の花浅草祭」で打ち出し。27日まで、東京・銀座の歌舞伎座。(劇評家 石井啓夫)
(評・舞台)歌舞伎座「団菊祭五月大歌舞伎」 菊之助、強さと優しさ
「魚屋宗五郎」の菊五郎の宗五郎は、江戸の魚屋がそこにいるようだ。禁酒を破って最初の一杯を飲むと「いい酒だなあ」と、思わず酒に気をとられて、他のことは一切忘れてしまう。この表情は誰もかなわない。

 リアルで洗練された味わいは菊五郎劇団の芸風である。今月は同劇団の昭和の名優七代目梅幸と十七代目羽左衛門ログイン前の続きの追善公演。菊五郎のもうひとつの演目「対面」の工藤祐経も、自分を敵と狙う曽我兄弟に、傲慢(ごうまん)ではなく鷹揚(おうよう)に接する時、劇団の歴史がそこに結晶している。

 坂東彦三郎が初代楽善を名乗り、長男の亀三郎が九代目彦三郎を、次男の亀寿(かめとし)が三代目亀蔵を襲名した。新彦三郎は「石切(いしきり)梶原」の梶原と「対面」の曽我五郎を演じて、真っすぐに通る癖のないせりふが快い。

 新亀蔵は「弥生の花浅草祭」で、松緑と連れ舞をして、踊りの名手の腕を披露している。

 「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」が面白い。菊之助の乳人(めのと)政岡は我が子を惨殺されても、びくともせず若君を守る。魁春(かいしゅん)の栄御前は、政岡が我が子を若君と取りかえていたと思い、悪人一味の連判状を渡す。六代目歌右衛門の政岡は花道付け際に座って栄御前を見送り、勝利の笑みを浮かべた。

 菊之助は笑わず、立って花道七三へ進み、栄御前の後ろ姿をしばらく睨(にら)んでいる。この強い姿から一転して、我が子の亡骸(なきがら)を抱き上げる優しさは、祖父七代目梅幸を思わせる。海老蔵の仁木弾正はふてぶてしく、観客の心胆を寒からしめる。

 「吉野山」は義太夫の地で、菊之助の静御前は舞台奥から出る。海老蔵の忠信。梅幸の静は清元と義太夫を使う型で、花道から出た。さりげなくて、しかも馥郁(ふくいく)たる香気があった。今月ばかりはその型が恋しい。

 (天野道映・評論家)
渡辺保の歌舞伎評
2017年5月歌舞伎座追善と襲名の団菊祭
 七代目梅幸二十三回忌、十七代目羽左衛門十七回忌。菊之助時代から見てき
た梅幸、彦三郎の時からの羽左衛門、その二人が逝ってもうこんな月日がたっ
たのかと思うと感無量である。

 今年の五月恒例の団菊祭は、それに彦三郎の楽善、長男亀三郎の彦三郎、弟
亀寿の亀蔵、新彦三郎の長男が初舞台で新亀三郎にという坂東一家三代の襲名、
それに菊五郎の孫、寺嶋しのぶの長男寺嶋真秀の初御目見得まで加わっての一
大イベントである。寺嶋真秀が「魚屋宗五郎」の酒屋の小僧で酒樽をもって花
道を歩いてくると、この日一番の大きな拍手が起こった。まさかこの子を見る
ために超満員の観客が集まったとも思わないが、異様な熱狂ぶりであった。二
月の勘九郎の子供二人の初御目見得といい、大人の役者が子供に食われている
ようで情けない。

 さて、坂東一家の襲名披露狂言は、昼が「石切梶原」、夜が「対面」。その
ほかに新亀蔵が松緑と組んで二人で踊り抜く四段返しの舞踊「弥生の花浅草祭」
がある。

 まず「石切梶原」から。
 新彦三郎の梶原は花道を出たところ祖父十七代目羽左衛門そっくりである。
いろいろな事情があって祖父が羽左衛門を継ぐことになって、この梶原も十五
代目羽左衛門型であった。今度の梶原もそれに従う。しかし芸風だけのことを
いえば祖父もそうだったが、新彦三郎も形容本位で派手な羽左衛門型よりもじ
っくり芝居を見せる吉右衛門型の方が似合っているのではないだろうか。

 新彦三郎のいいところは三つある。

 第一に口跡がいいこと。その深い声が広い歌舞伎座に響き渡っている。名調
子、美声、爽やか、凛凛としているというのではないが、観客の心にしみる深
さが独特である。もっともせりふ廻しは今日でまだ三日目、緊張していて緩急
に乏しく力み過ぎているが、日が立てば余裕が出来てうまさが出るだろう。こ
の深さでせりふ廻しがうまくなれば鬼に金棒である。

 第二にいいのは、型を楷書でキッチリやっていること。教わった通り精一杯、
まだ余裕がないのは是非もないが、後半の物語はまことにキッカリしていい。
次にはこの型がどうしてこうなっているのかをよく考えることである。たとえ
ば石橋山で頼朝を引き起こせばというところで左手を高く上げて下を見込むが、
左手を上げるのは引き上げた瞬間で、下を見る時にはもう左手は下がっていな
ければいけないと思う。違和感があってリアリティを失うからである。あくま
で左手は引き起こす形容、下を見るのは頼朝を覗き込む芝居である。

 第三にいいのは、これは羽左衛門型のいいところだが、たいていの人がカッ
トする物語のなかで後世自分は佞人讒者といわれるかもしれないが、実はそう
ではない、正義の士だという告白があること。この告白こそこの浄瑠璃一段の
いわば性根であって、義経を讒言して滅亡させた悪人梶原景時というイメージ
を逆転させたところに作者苦心の趣向がある。それをキチンとやっているのは
羽左衛門型のいいところである。

 新楽善の大庭はさすがに立派。新亀蔵の俣野はこの人のニンで悪が効かない
のは仕方がない。この役が憎らしく突っ込まないと梶原が引き立たず、芝居も
盛り上がらない。

 団蔵初役の六郎太夫は、世話な芝居のイキがうまく、リアルさがありながら
締めるところは締めて緩急自在、いい六郎太夫である。右近の梢は娘と人妻の
間を行くところがあいまいである。あどけなさを強調し過ぎるからである。性
根は人妻、姿は娘とハッキリ割り切った方がいい。巳之助が梶原方の大名の筆
頭だが、声を張るのはいいが怒鳴り声になるのは注意すべきだ。

 新彦三郎のために松緑が呑助を付き合って、いつもの酒づくしのせりふの替
りに襲名に引っ掛けたせりふで笑わせる。菊之助が伊東入道からの使者の奴を
付き合う。

 もう一本の襲名披露狂言は、夜の部の「対面」。今度は終わりに劇中口上が
付くためか、幕が開くと浅黄幕で、これを振り落とすと全員板付き、すでに菊
五郎の工藤が高座に座っているという変則。むろんこういう形は故人寿海、十
三代目仁左衛門でも見たが、それは二人とも老齢かつ足が悪かったからである。
ことに今度の菊五郎初役の工藤は苦味に加えて色気があって「さてこそ兄弟」
でほのかに笑みを含む当たりいい工藤なので、ぜひとも障子の内の第一声の
「園の梅」から、平舞台へ降りての「高座御免下さりましょう」というところ
が見たかった。それにこうして全員板付きの絵づらだけが揃ってみると「対面」
という芝居が実は異様な恰好をした連中がゾロゾロ動き回る一種のページェン
トに面白さがあることがわかる。それがないと盛り上がらないのである。

 新彦三郎の五郎は、これも「石切」同様キッチリ型を守って手堅いが、緊張
のためか力の表現が足りないのと、五郎らしいふくらみがほしいところである。
 十郎は時蔵で本役。

 新楽善の朝比奈は可笑し味を含んでいい出来。大磯の虎が万次郎、鬼王新左
衛門が権十郎と三人兄弟が揃って坂東、市村、河原崎三家の当主が顔を揃える。
 新亀蔵は近江小藤太、万次郎の長男竹松が秦野、権十郎の鬼王と共に新亀三
郎が友切丸を持ってくる。
 他に松也の八幡、梅枝の化粧坂の少将、家橘と橘太郎の梶原親子。

 工藤の「思い出だせばおおそれよ」で、二重後ろの襖を払うと富士山の書割
になるのは仁左衛門の時にも見たが、これは芝居が終わって最後の口上になる
ときの方がよかった。その口上に菊五郎はじめ主だった役者が平舞台に並ぶた
めに、ここでもいつもの幕切れの富士山と鶴の絵面の見得もないのが残念。

 「石切」と「対面」のほかにもう一本の披露狂言は「弥生の花浅草祭」。実
をいうと今月昼夜を通して一番面白かったのはこの四段返しである。第一段が
常磐津で神功皇后と武内宿祢、第二段がいつもの清元の「三社祭」、第三段が
常磐津で通人と野暮大尽、第四段が長唄で石橋であるが、今まで「三社祭」は
面白くとも他の三段、ことに三段目の通人と野暮大尽がつまらなかった。とこ
ろが今度は四段ともに面白い。第一段は新亀蔵が神功皇后をそれらしく踊って
松緑の宿祢とともにキレイづくめ、居所替わりでの「三社祭」の善玉悪玉の踊
り比べが面白いのはいうまでもなく、また居所替わりでの亀蔵の通人が嫌味の
ない意外の面白さ、これに悪玉が絡んだ上に田舎侍風の野暮大尽に替わった松
緑がニンにピッタリ。二人のイキがあって面白い。最後に石橋の踊り比べの面
白さ。

 感心したのは、亀蔵が今まであまり見たことがなかったが踊りがうまいこと。
松緑がその亀蔵を引き立て引き上げる踊りっぷり。二人が一緒に踊る時には上
手が下手に合わせるのが鉄則だが、その合わせ方がまことにいいばかりか、そ
のコンビのイキの合わせ方がまた踊りを一際面白くしている。力量均等火花を
散らすというのも面白いが、こういうイキの合わせ方、取り合わせの異色さも
面白い。かくてこの一幕の二人、今月第一等の出来である。

 以上三本の他、昼の部は「石切」のあとに、海老蔵、菊之助の舞踊「吉野山」
続いて菊五郎の「魚屋宗五郎」。夜の部は「対面」と「弥生の花」の間に海老
蔵、菊之助の「先代萩」御殿、床下、対決、刃傷である。

 まず「吉野山」は、これまたいつもとは違って清元抜きの竹本だけという演
出。幕が開くと一面桜の書割。「恋と忠義」の置き浄瑠璃が終わるとこれを左
右に割って正面桜の立木の後ろに高二重の桜の山、下手に吉野川だろうか御丁
寧に何の役にも立たぬ滝車までついた川の流れ。菊之助の静御前は高二重の桜
の奥から出てつづら折りの道を下ってくる。「弓手も馬手も」もカットでいき
なり「見渡せば」になって普通は忠信と二人で踊る「天井抜けて据える」も
「徳若にご万歳」も一人で踊り、いつもの「女雛男雛」もここにはない。いか
に本文通りとはいえ、静が未亡人になったようで寂しい。その上清元と違って
竹本の地でのりが悪く踊りにくそうである。やっとそれこそ「遅ればせなる」
忠信が出て二人の「雁と燕」になり、ここで「女雛男雛」の振りがあるのがせ
めてもである。

 海老蔵の忠信は、源氏車を全体に散らした派手な衣裳の割には、狐というこ
とを強調するためか、衣裳の着方のせいか、猫背で、幽霊じみて色気が薄い。
竹本は愛太夫慎治ほか。

 次の「魚屋宗五郎」が芝居としては今月もっともすぐれた出来である。菊五
郎の宗五郎は二月の「四千両」の富蔵とは全く違って余裕たっぷりの傑作。花
道から出たところの愁いの肚から始まって、例の長ぜりふが思わず知らず聞き
入ってしまうよさ。今日の歌舞伎の水準を代表する舞台である。酒を呑んでの
酔態から「矢でも鉄砲でも持ってこい」の引っ込みまで十分の出来である。廻
って玄関先は「喜びありゃあ悲しみと」は普通だが、何度かの笑いがうまい。
奥庭までサラサラ運んで聞かせるところは聞かせて秀逸である。
 今度の菊五郎がいいのはむろん本人の芸のためだが、同時に周囲がいいから
でもある。幕開きに時蔵のおはま、万次郎の菊茶屋の女房、権十郎の三吉のや
り取りを聞いていると七五調が生きて、しかも芝居とは思えぬほど自然な生活
感が漂っている。ことに万次郎の菊茶屋の女房が「お大事に」といって門口を
出たところでフッと向こうを見る、思い入れがたまらぬよさ。
これが世話物の芸である。団蔵の太兵衛もいい。これといい、六郎太夫といい、
今月この人大当たり。梅枝のおなぎは神妙というまで。
 廻って玄関先ではさすがに左団次の浦戸十左衛門、市蔵の岩上典蔵がよく、
以上の役がいずれもサラサラしていながら、自然な芝居の面白さがそれぞれツ
ボにピッタリはまる面白さ。ここらがこの一座のアンサンブルのよさである。
松緑の磯部主計助は一通り。
 さて今月最大の問題は、すでに実験済みでもあり、さぞ進歩していてよかろ
うと思って大いに期待した「先代萩」の意外な期待外れ。

 まず「御殿」から。
 菊之助の政岡は、御簾が上がった立ち姿が思いもかけず空虚である。愁いの
肚もなく、二人の子供への愛情もなく、二人の子供をうまく操る乳母としての
才覚もない。「今、御屋形に悪人はびこり」の聞かせどころもただのせりふに
過ぎず、まことにあっけらかんとした「御殿」である。飯焚き抜きは祖父もそ
うだったから仕方がないが、さらに驚いたのは千松が刺された時に少しも驚か
ないことである。むろんそれらしい芝居はするのだが、それがとても驚いてい
るようには見えない。その上になによりも素早く鶴千代を抱かない。そっちへ
気が行かないから、若君大事という心が見えない。となると「涙一滴目に持た
ぬ」が空虚になるのは当然だろう。これでは栄御前が取り換え子と思うのも当
然であった。
 鶴千代を沖の井に預けないのはある型だが、それもそそくさと上手奥へ連れ
て行って、また平然と出てくるのは問題だろう。大事な若君をどこへ連れて行
ってしまったのかと思ってしまうからである。
 くどきは、悲しみ、狂熱、陶酔なにもなかった。一体どうしたのだろうか。
 歌六の八汐は、憎々しいところ、手強さがいい。魁春の栄御前はいかにも人
が良く、とても毒入りの菓子を持ってくる人には見えなかった。

 梅枝の沖の井、右近の松島。

 床下になる。松緑の男之助は、せり上がったところ合引きにかかった姿が不
安定である。せりふ廻しにも語尾の伸びる悪い癖が出てよくない。

 海老蔵の仁木は、掛け煙硝の白煙のなかにあらわれた顔が期待に反して、普
通の現代人、ただの人にしか見えない。凄味、妖しさがないのである。
 対決になる。海老蔵の仁木は、額の傷もほくろもなく、凄味がない。額の傷
をつけないのは富十郎もそうだったがやはり損である。しかもきわめて無表情
で現代人がそのまま法廷に出てきたようである。観客はボードレールではない
が巨大な「悪の華」を見に来るので、実録の原田甲斐のような仁木では面白く
ない。勝元との芝居もほとんど受けず、それでいて「恐れ入り奉る」で急に右
足を立てガーッと口を開けてのオーバーぶり。白けるだけである。

 気の毒なのは梅玉の勝元。この仁木相手ではどうにもならず、迫れば迫るほ
ど勝元の方が空転してバカに見えてしまう。刃傷ではじめて立派な勝元になった。
 市蔵の渡辺外記、友右衛門の山名宗全、右之助の大江鬼貫、九団次の黒沢官
蔵。右団次が神妙に渡辺民部を勤めている。
 刃傷。前回の海老蔵の仁木はこの場の殺気が凄愴、目を見張らせたが、今回
は余裕が出て却ってその殺気にたるみが見える。やたらに唸る、口を開ける、
というありさまだからである。
 以上、この海老蔵、菊之助、松緑三人の「先代萩」の意外な不出来は、将来
の「団菊祭」を背負う世代だけに不安に駆られる。
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『渡辺保の歌舞伎劇評』http://homepage1.nifty.com/tamotu/
長谷部浩の劇評
【劇評75】菊五郎劇団のDNA 音羽屋坂東の襲名と寺嶋眞秀初お目見得。
 歌舞伎劇評 平成二十九年5月 歌舞伎座昼の部

五月の團菊祭は、七世尾上梅幸二十三回忌、十七世市村羽左衛門十七回忌追善の興行である。梅幸はもちろんだが、羽左衛門が亡くなってもう十七年も過ぎたのかと思うと溜息が出る。そのあいだに鬼籍に入った名優は数多く、梅幸、羽左衛門の時代と比較して歌舞伎がいやおうもなく変化しているのはいうまでもない。羽左衛門は自らの藝、一門の藝ばかりではなく、菊五郎劇団の若手たちに対しても厳しい指導を行ったことで知られている。こうした「怖いおじさん」が歌舞伎界にほとんど見当たらなくなってしまったのも、歌舞伎の現状に影響を与えているのだろう。
さて、昼の部は、亀三郎改め九代目彦三郎による『梶原平三誉石切』。もちろん彦三郎の名跡を長男にゆずった初代楽善、亀寿から三代目(坂東)亀蔵が、それぞれ大庭三郎、俣野五郎を勤める。もとより家の藝で、十五代目羽左衛門の型を採り、あくまで颯爽たる武者として演じている。新・彦三郎は、口跡、姿、所作いずれもこの役にふさわしい。生締の分別、思慮よりは、この場を鮮やかに切り抜け、六郎太夫(團蔵)とその娘、梢(尾上右近)の難儀を救う美丈夫としての色が強い。これから回を重ねるうちに、独特の光彩が与えられていくのだろう。囚人の剣菱呑助に松緑、奴菊平に菊之助がつきあう。
それにしてもこの演目、梢が六郎太夫の命により刀の折紙を取りに戻ってから、大庭三郎、俣野五郎が舞台を去るあたりまで、言い方が悪いが意識が遠くなる。もちろん寝ているわけではない。どこか台詞が入ってこない。このあたりの沈鬱な空気があってこそ、手水鉢を二つに割る大団円が生きてくるのだろう。劇作の難しさを思う。
新・彦三郎、亀蔵の世代が大きな役を勤めてこそ、将来の歌舞伎に展望が開ける。それだけの素質と努力がそなわっている。ふたりには楽善が健在なのがありがたいが、菊五郎劇団全体で考えれば、役の伝承にあたって三津五郎が欠けたのがあまりにも痛い。その損失の大きさを改めて考えさせられた。
次は、めずらしく義太夫の地による『吉野山』。いわずと知れた『義経千本桜』の道行だが、桜の満開に静御前(菊之助)と狐忠信(海老藏)が主従ながら道行をする情景を描いた舞踊である。
今日、数多く上演される清元の地と比べると重みがあり丸本物狂言の原型があり、語りといっても竹本と豊後節浄瑠璃の性格の違いを考えさせられる。男雛女雛として決まるときの陶酔感はないが、軍物語の描写に強く引かれる。静御前が舞台中央の大木から出て、狐忠信が花道のスッポンから出るが、義経の愛妾とその持ち物の鼓を慕う狐の関係性よりは、幻想の男女が桜が満開の吉野山、その雲の上で戯れに踊っているかのような気分が横溢していた。
切りは、菊五郎の『魚屋宗五郎』である。もはや名品とよびたくなるアンサンブルの充実がまずある。時蔵のおとく、團蔵の太兵衛、権十郎の三吉、萬次郎のおみつと揃って菊五郎の宗五郎を支えている。また、梅枝のおなぎ、丁稚の与吉の寺嶋眞秀まで菊五郎劇団のDNAが着実に伝えられている。
菊五郎の宗五郎は、飲み始めてから生酔いのあいだが特に自然で酒飲みの特長をよく捉えて自然である。また、磯部屋敷の玄関での悪態から一転して、庭先の場での照れまで、劇作上は荒唐無稽であるにもかかわらず、流れがよく、さらさらとした名人の趣が強くなってきた。
菊五郎孫の寺嶋眞秀は初お目見え。せりふもきちっと強く、なにより姿勢がいい。幼さで受けを取るのではなく、芝居で取ろうとする意志がある。花道の引っ込み、大向こうから「よく出来ました」と声がかかったのはご愛敬。客席のだれもがうなずいた。二十七日まで。
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