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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 ブログ開設して満十年です。今年も落語ブログ化しない程度に幕末の話題を取り上げていきたく存じます。

北海道
鬼瓦を雪から守れ 箱館奉行所で屋根の除雪
 今年は鬼瓦を雪から守ります―。箱館奉行所(五稜郭町)で10日、屋根の雪下ろしが行われた。昨冬は大雪の影響で屋根に取り付けられている1枚10万円相当の鬼瓦が折れたため、対策に乗り出した。

 鬼瓦は数少ない福井県の「鬼師」と呼ばれる職人が1カ月以上かけて作るもので、奉行所では大小20枚が取り付けられている。

 しかし昨冬は、屋根の除雪をしなかったため重さに耐えきれずに地面に落ちて壊れた。観光客が出入りする玄関の屋根は丹念に除雪していたが、建物全体を支える幅約30メートルの屋根は危険性を考慮して除雪していなかったという。

 このため今冬は、雪が大量に積もる前に除雪。市内の業者が長さ12メートルの移動式クレーンに乗りながら、鬼瓦の周辺部分をプラスチックのスコップで傷つけないように取り除いていった。

 奉行所の沼崎孝男館長は「昨年は様子見で除雪をしなかったことが裏目に出た。屋根の面積が広いため除雪方法はまだ試行錯誤の段階だが、鬼瓦は高価なものなのでなんとか守りたい」と話していた。


京都の竹内さん、新島八重の前夫・川崎尚之助と函館との関わり小冊子に
 京都市在住の竹内力雄さん(79)が、6日に放映が始まるNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島八重の初婚の相手、川崎尚之助(1837~75年)について書いた小冊子「八重の夫・川崎尚之助の真実」をまとめた。コメ調達に奔走し函館へ渡った様子が記され、函館と川崎の深い関わりを解き明かしている。

 竹内さんは、元同志社社史史料編集所(現社史史料センター)職員や明石短期大学(現神戸ファッション造形大学短期大学部)講師などを務めた。同志社大校友会機関誌「同志社タイムス」(月刊)に、昨年4月から連載中の文を若干手直しして小冊子(B5判32ページ)を作成した。

 2011年、道立文書館(札幌)で川崎に関する史料が見つかり、竹内さんが史料の複写を入手して調べた。

 川崎は兵庫県但馬の出石藩出身。会津藩士だった1868(慶応4)年に、八重らと戊辰戦争の会津籠城戦で新政府軍に立ち向かったが、その際に行方不明になったとされる。その後、仲間と斗南藩(青森県)に移り、飢餓を救おうと奮闘。藩の意を受け、函館に渡って外国米と収穫予定の大豆との交換契約を結ぶが、コメの手形を差し押さえられたため蔵から出せなくなった。契約不履行によって外国人商人らに提訴された。

 竹内さんは「川崎は飢餓を放っておけず、自分一人の意思での契約だとして自らを犠牲にする。見事なる侍というべきだ」と指摘。川崎が自らの身を犠牲にした背景については「出石藩は小さな藩で、会津藩で教べんを取っていた川崎にとっては大変な出世。藩に対して恩義を感じていたのだろう」と推測する。

 ドラマでは川崎を長谷川博己さんが演じる。竹内さんは「八重の会津時代にとって川崎はメーンとなる人物。ほとんど知られていなかったが、世の中に知れ渡れば鎮魂になるのでは」と話している。



関寛斎の妻あいが主人公 陸別
【陸別】「みをつくし料理帖(ちょう)」シリーズなどで知られる人気作家高田郁さんが、陸別開拓の祖関寛斎(1830~1912年)の妻あいを主人公とする長編小説「あい 永遠に在り」(角川春樹事務所)を刊行した。戊辰戦争で医師として活躍し、老年期に開拓に身をささげた寛斎を、終生支え励ました妻あいの生涯を深い共感をもって描いている。

 高田さんは、十数年前から町を訪れて町民と深い交流がある。寛斎の生誕の地・千葉県東金市や、寛斎が長く居住した徳島市など全国各地を取材し、数多くの文献を調査して作品の構想を練ってきた。

 作品では、貧しいながらも強い倫理観と思いやりのある女性として育った、あいが、寛斎と結ばれ、幕末から明治にかけての激動の時代に子供を産み育てながら、時に周囲と衝突する寛斎を優しくいたわり、支えた人生の軌跡を描いている。「あい―」は352ページ、定価1680円。

 また、今回の出版を記念し、高田郁さんが出席するトークとサイン会、あいさんをしのぶ特別展が13日午後2時から陸別町内の関寛斎資料館で開かれる。入場無料。(高橋力)



宮城
塩釜の歴史遺産、保存を 幕末・明治の遊郭建築、解体の危機
 歴史的建築物の保存活動を続けている宮城県塩釜市のNPO法人「みなとしほがま」(菅原周二理事長)は12日、東日本大震災で被災し、解体の危機にある同市本町の茶舗「松亀園」(旧えびや旅館)の見学会を開いた。同法人は土地建物の買い取りを目的とした募金活動も始めており、「貴重な建物の保存と活用を」と市民からの協力を求めている。

 建物は江戸末期から明治初期に建てられた木造3階建て。内部は昭和初期まで旅館・遊郭として使われた当時の意匠をとどめる。長押(なげし)に貝殻細工など港町らしいデザインが見られるほか、一面に満開の桜の花が描かれた天井も残る。
 震災による津波で一部浸水し、老朽化が進んでおり、松亀園は昨年11月で店舗での営業を終了。今月中にも解体の予定だったが、東北工大の高橋恒夫教授(日本建築史)らの調査で、歴史的価値の高い建物であることが分かった。「みなとしほがま」が所有者と協議し、解体を延期している。
 高橋教授は「明治初期の木造3階建ては塩釜では他になく、県内唯一の遊郭建築として残していくべきだ。床組みもしっかりして耐久性もある。御釜神社の真向かいにあり、塩釜の歴史を物語る遺産となり得る」とその価値を語る。
 同法人では、1000万円を当面の目標に募金活動を展開。今月中にも解体の中止と保存活用に向けての方針を決めたいとしている。
 見学会には約40人の市民が集まった。見学者の一人は「こういう建物は二度と造ることができない。文化を守るために何とか保存を実現してほしい」と話す。
 見学会は19日午後2時からも開催する。連絡先はNPOみなとしほがま事務局(旧亀井邸)022(364)0686。


福島
【日本の名城】白河小峰城 東北では珍しい総石垣造り
 白河(福島県)といえば、「これよりみちのく」という、奥州への入り口に位置し、古代には日本三古関の1つ白河関が置かれていた。

 この地に丹羽長重(にわ・ながしげ)が徳川幕府に命じられて、寛永4(1627)年、以前からあった城を改修し、10万石の居城にふさわしい城郭として築城したのが白河小峰城である。ちなみに長重は、安土城の総普請奉行で岐阜城および信長再築大坂城の普請奉行をも務めた名築城家の丹羽長秀(ながひで)の嫡流。

 白河小峰城は東北では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城(岩手県盛岡市)、鶴ヶ城(福島県会津若松市)とともに東北三名城の1つにも数えられている。

 現在も残る石垣はこのときの築城のもので、本丸の石垣は、高さといい、曲線といい、東北屈指の美しい姿を見せている。石垣の組み方は基本的には打ち込みはぎで、加工した石をランダムに積んでいく技法なのだが、一部には同心円状に石を組んだ部分がある。ほかの城郭ではなかなか見られない独特の石組みとなっている。

 丹羽氏は嘉永20(1643)年、二本松(福島県二本松市)に転封となる。その後は白河小峰城には明治維新まで徳川譜代・親藩の大名が次々と入城を繰り返し、江戸の北面を守る奥州の関門という位置づけの城となる。

 慶応4(1868)年、白河小峰城は戊辰戦争奥羽越列藩(おううえつれっぱん)同盟と官軍の激戦地となり、御三階櫓(天守に相当)などを焼失し落城した。

 城跡には郭・土塁・石垣・水堀を残すのみだったが、平成3(1991)年、本丸跡に発掘調査と絵図などをもとにして、木造による伝統工法で御三階櫓が、平成6年には前御門が復元され、「平成の城復元ブーム」の先駆けとなる。

 現在、東日本大震災により石垣などが崩壊したため、御三階櫓も含め本丸は立ち入り禁止となっている。
【所在地】福島県白河市郭内
【城地の種類】平山城
【交通アクセス】JR東北本線「白河」駅から徒歩10分。

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学客員教授、国際地政学研究所研究員。日本の城郭についての論文多数。


史料30点を新公開 県歴史資料館12日から展示
 福島県歴史資料館の平成24年度の新公開史料展は12日から3月31日まで福島市の県文化センターに隣接する同館で開かれる。目玉として、戊辰戦争で戦死した会津藩士らを記録した旧若松県の行政文書「旧会藩士戦死名簿」を開幕翌日の13日から展示する。
 今回新たに公開されるのは、国見町小坂地区に伝わる江戸時代の文書や絵図、福島市の個人が所有する文書、県所蔵の官報など約30点。
 小坂地区の史料からは当時の土地の利用状況や人口動態などを知ることができ、郷土史家の関心を集めそうだ。地域内の樹木の種類や本数などを記した帳簿といった、ユニークな資料もある。
 13日から展示される「旧会藩士戦死名簿」には、NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島(山本)八重の父・権八や弟・三郎らの名前が載っている。
 入場無料、会期中無休。時間は午前8時半から午後5時(最終入館は午後4時半)。初日の12日と2月10日、3月9日は午後一時から解説会を催す。
 問い合わせは同館 電話024(534)9193へ。
 開幕を前に11日、内覧会が開かれた。


栃木
(4)宇都宮市・宇都宮城址公園 戊辰戦争で見せた!土方「軍略の才」
 慶応4(1868)年、宇都宮城が焼失してから今年で145年になる。新政府軍と旧幕府勢力による戊辰戦争の「宇都宮城の戦い」で周辺の街並みとともに城の大部分が焼失した。

 宇都宮城の戦いは戊辰戦争でターニングポイントの一つとなった。戊辰戦争というと、最新兵器の新政府軍に対し、刀を手に戦う旧幕府勢力が北へ北へと追い立てられていくイメージが強いが、栃木県立博物館主任研究員の岸明さん(43)は「宇都宮城の戦いまでは両軍ともに武装に差はなく、戦いは拮抗(きっこう)していた」と話す。

 江戸城無血開城後、徳川家康を祭る日光で兵を集め、新政府軍と戦おうと考えた旧幕府勢力は、江戸を脱走し日光を目指す。その過程で、土方(ひじかた)歳三らが率いる約1千人の軍勢が宇都宮城に攻め込んだ。

 「宇都宮城の戦いは土方の軍略家としての初陣」と岸さん。新撰組の土方は腕の立つ剣士としてのイメージが強いが、優れた軍略家としての才能が開花したのが宇都宮城の戦いだという。

 守りの薄い城の東と南を狙った土方の戦略は当たった。難攻不落といわれ、関東七名城にも数えられる宇都宮城をわずか半日で落としてしまった。岸さんは「城を守る宇都宮藩は新政府側につくと決めて間がなく、兵士たちの間にも迷いがあった。その士気の低さを土方は見抜いていたのではないか」と分析する。

 こうして城を手に入れた土方らだったが、誤算があった。宇都宮藩側は敗走する際に城に火を放ち、期待していた弾薬の補給ができなかったのだ。3日後、援軍を得た新政府軍に城を奪い返され、日光へと退却する。岸さんは「これ以降、戊辰戦争は旧幕府側の劣勢へと傾いていった」。

 この戦いで城の建物はほとんど焼失。宇都宮城跡は戦後、その一部が御本丸公園として整備され、市民の憩いの場として親しまれてきたが、周辺は都市開発の中で城の遺構はほとんど失われた。

 地元住民や商工関係者らの間に城の復元を求める動きが本格化したのは平成以降だ。市が本丸跡の整備に着手し、「宇都宮城址公園」と改称。平成19年3月、櫓や土塁、堀などの外観を復元した上で新たに開園式を迎えた。宇都宮城の戦いを再現した「風雲!宇都宮城」などを開催。秋恒例の宇都宮餃子祭りも昨年初めて同園で開かれ、大勢の市民でにぎわった。

 また、市都市ブランド戦略室は宇都宮城の戦いでの土方ゆかりの地をめぐる観光マップの発行や定期的な観光ツアーなど歴史を活用した街おこしの動きもある。園内の宇都宮城ものしり館では、宇都宮城の歴史をボランティア解説員が説明する。(桑島浩任)

 【場所と行き方】宇都宮城址公園は宇都宮市本丸町1の15。市役所東側。JR宇都宮駅から関東バス「市内循環線(きぶな号)」15分、「宇都宮城址公園入り口」下車。

 当時は難攻不落とされていたので、土方さんが半日で宇都宮城を陥落したと知った大鳥さんは「虚実はかりがたし(現代語訳「マジ?」)」と言ったんですよね(苦笑)。

山梨
幕末-明治期文人の息吹 県立美術館で豪商「十一屋」秘蔵品展 山梨

 江戸時代中期に甲府柳町(現在の甲府市中央4丁目)で酒造業を営み、後にしょうゆ醸造も兼ねて繁栄した豪商、野口家(屋号・十一屋(じゅういちや))が所蔵する書画、書、美術品などを紹介する特別展「十一屋コレクションの名品~野口柿邨(しそん)をめぐる文人たち」(産経新聞甲府支局など後援)が、甲府市貢川の県立美術館で開かれている。半数が初公開という十一屋“秘蔵”の展示品約200点から、幕末から明治期にかけての文人たちの息吹、交流を感じ取れる内容になっている。

                  ◇

 展示は、文人画家の富岡鉄斎、日根対山(ひね・たいざん)らと交流した4代目当主、正忠(1822~93年、号・柿邨)が収集した作品が中心。柿邨の長男に嫁ぎ、南画家として名高い野口小蘋(しょうひん)の作品、伊藤博文の書など“お宝”も少なくない。

 現在の滋賀県に本拠を置く近江商人だった野口家は安永元(1772)年、甲府に醸造所を設けた。後の寛政年間から明治維新までは旗本らの代わりに幕府から扶持(ふち)米を受け取り、その委託販売を許されるなど甲斐国を代表する豪商だった。十一屋の由来は、11人の近江商人が結束して甲府にやってきて商売をしたからとする説がある。

 柿邨は自らも文人であり、鉄斎や対山の他、漢詩人の梁川星巌(やながわ・せいがん)、儒学者の頼三樹三郎(らい・みきさぶろう)らと交流する中で美術品や書などの収集に努めた。今回初公開されたのは、江戸絵画の与謝蕪村(よさ・ぶそん)『柳渓舟行図屏風』、曽我蕭白(しょうはく)『山水百老図』、小蘋に贈られた伊藤博文の『七律詩』など。柿邨が特に好んだとされる江戸中期の禅僧、白隠(はくいん)の墨画、墨書も紹介されている。

 同美術館の平林彰学芸員は「まず柿邨の人脈と収集への熱意があり、豪商の一つのコレクションが散逸せずにこれだけ伝わっているのは驚き。作品と十一屋の関わりなどは今後解明が進められるべきで、特別展をその出発点としたい」と話している。開催は2月11日まで(展示替えあり)。今月15日と最終日を除く月曜日は休館。観覧料は一般1千円。(電)055・228・3322。


京都
八重の不屈の魂にスポット 霊山歴史館で特別展
 幕末から明治維新の激動期の新島八重に焦点を当てた特別展「会津の武士道・八重の時代」が、京都東山区の霊山歴史館で開かれている。戊辰戦争で会津武士の子として籠城戦を戦い抜いた八重の不屈の魂を伝えている。
 NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公で「幕末のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれる八重や幕末の会津藩を、写真パネルや戦地の略図、関係者の書など約100点の史料でたどる。
 戊辰戦争関連では、八重らが籠城戦を展開するも政府軍の攻撃で無残な姿となった会津・鶴ケ城の写真や、八重が使用したのと同じ型の銃などが戦いの壮絶さを物語る。
 兄の山本覚馬を頼って京都に出てきた八重が働いた日本最初の女学校「女紅場」(現鴨沂高)の扁額(へんがく)や新島襄との新婚時代の写真なども展示されており、新たな人生を踏み出す八重の姿も浮かび上がらせている。
 同歴史館の木村武仁主任学芸員は「八重には朝敵のイメージもあるが、展示では会津藩から見た姿も取り上げた。激動期を力強く生きた八重を感じ取ってほしい」と話している。
 5月6日まで。入館有料。

山口
「戊辰戦争」展:長州藩士の活躍に迫る 書状や遺品など51点公開--下関・東行記念館で来月11日まで /山口
 今年は幕末の志士、高杉晋作(1839~67)が奇兵隊を創設して150年。晋作の菩提(ぼだい)寺「東行庵」の境内にある下関市吉田の市立東行記念館では、戊辰(ぼしん)戦争における奇兵隊ら長州藩士の活躍に迫った企画展「戊辰戦争」が開かれている。

 戊辰戦争は、1868(明治元)年に始まった新政府軍と旧幕府軍による内戦。日本各地での武力衝突を経て69年、箱館戦争で新政府軍が勝利。日本は本格的に近代国家に向かっていく。
 奇兵隊や長府藩報国隊はこの戦争に新政府軍の一員として参戦。書状などに詳細な記録を残した。企画展ではこれらの書状や遺品など51点を展示。山縣有朋が率いた軍が新潟で苦戦を強いられている際に詠んだ自筆とみられる歌書のほか、奇兵隊の長嶋義輔が戦地から父に宛てて戦況をつづった書状、戦時に使われた報国隊の太鼓「陣鼓(じんこ)」などが並ぶ。同記念館の溝口純一学芸員は「遠い地で戦った彼らの心情を感じ、内戦の意義を考えてほしい」と話している。
 2月11日までで、午前9時半~午後5時。月曜(祝日除く)▽祝日の翌日は休館。入館料は大人300円、大学生200円。市立東行記念館(083・284・0212)。【平川昌範】
〔下関版〕
1月12日朝刊


エンターテインメント
「テニミュ」キャストが新撰組に!
 [シネマトゥデイ映画ニュース] ミュージカル「テニスの王子様」で精彩を放った馬場徹、八神蓮、高崎翔太、佐々木喜英が5日、東京・ニッショーホールにて行われた映画『幕末奇譚 SHINSEN5~剣豪降臨~』完成披露試写会&トークショーに、劇中の衣装で登壇、会場からは黄色い声援が飛んだ。

「テニミュ」キャストが新撰組に! 画像ギャラリー

 本作は、陰陽師が呪術で召喚した柳生十兵衞などの剣豪たちと、新撰組の精鋭5人が戦う新感覚時代劇。その中で、新撰組副長・土方歳三を演じた馬場は、「歴代の土方は、35歳ぐらいの俳優の方が演じる場合が多いのですが、自分は24歳なので、どうやったら新撰組を引っ張るリーダーになれるか、苦労しました」と語る。特に隊員を叱咤するような厳しいシーンでは、「低い声を出すように意識した」といい、結果、スクリーンでは見事なリーダーっぷりを発揮している。

 対する佐々木は、敵役の陰陽師・土御門源春を演じ、「ずっと悪役をやりたかったのでうれしいです」と満足げ。役作りにあたって、中島良監督から、「ナルシストで、見た人がエクスタシーを感じる人物」だとアドバイスされたそう。それを聞いた八神が、「テニミュ」で「エクスタシー」の台詞が登場するワンシーンを即興で演じ、客席のファンを笑わせる一幕も。

 そんな観客の笑いを取っていた八神だが、本作の見どころとなると、「腕相撲の回想シーン」と真面目な顔でコメント。同じく見どころを、高崎が「最後の大立ち回りのシーンです」と口にすると、全員から「(そこのシーンに)出てないじゃん」と突っ込まれ、終始和気あいあいとした雰囲気で、会場を盛り上げていた。(取材・文:尾針菜穂子)

映画『幕末奇譚 SHINSEN5~剣豪降臨~』は2月23日より渋谷シアター・イメージフォーラムにてレイトショー公開
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