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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 実写版『新撰組PEACEMAKER』見ました……恥ずかしながら、イマドキのイケメンの見分けがつかず、誰が誰を演じているのやら、わからん場面もありました(爆)。
 セリフなしで廊下を歩いて場面に出ていたのは山崎丞ですよね?(汗)
 原作はもちろん、アニメ版も見ていた(野間みつね様、その節はいろいろとお世話になりましまた……m(__)m)白牡丹としては、実写版は予見を持たずに見なければならんなぁと思った次第です。

宮城
■幕末の事件伝える古文書発見
ペリー来航情報
東松島?に迅速に届いた
図書館企画展で展示中/

 NHK大河ドラマなどをきっかけに歴史や時代劇がブームを呼ぶ中、東松島市内で幕末のペリー来航を伝えた古文書が見つかった。古文書は市に寄贈され、同市図書館で開催中の幕末特集企画展で、ほかの歴史書とともに紹介されている。市の文化財関係者は「地方にも迅速に情報が伝達されるほど、当時としても大事件だった様子がよく分かる。時代背景や社会情勢を知る上でも貴重な資料だ」と話している。
 古文書は、同市大曲筒場、浅野茂道さん(66)が所有していた。「亜美理駕(あめりか)合衆国 伯理璽天徳書翰(ぷれじでんとしょかん)」と表題がつき、大きさはB5判ほどで全10ページある。
 1853(嘉永6)年7月のペリー来航を伝え、米国が江戸幕府に対して、燃料の補給基地などのために開国を要求するといった内容が記されている。
 古文書の末尾には、他の文献などから写した日付と思われる「嘉永七年如月中旬」という表記がある。来航の翌年2月には地方にも情報が届いたことが分かる。情報通信網が乏しい時代としては迅速で、国内中が話題騒然となった大事件をうかがわせる。
 古文書は黄ばんで傷みもあるが、浅野さんによると、40年ほど前、東松島市小松地区の実家から、ほかの約400点の古文書類とともに譲り受けたという。
 浅野さんは「興味はあったが、資料が膨大な数のため、確認作業に手を付けられずにいた。処分すれば二度と戻らない」と話し、昨年、市に全資料を寄贈した。
 浅野さんの所有する古文書類は以前、旧矢本町時代の町史編さんにも活用された。今回寄贈された資料の整理には、市文化財保護委員の松谷英世さん(70)が携わった。
 松谷さんは「ペリー来航関連の古文書が市内で公になったのは初めて。当時はさまざまな文書を見て写したと思われる。内容に違いはあるが、社会情勢などを知る上で貴重だ」と話している。
 写しは、市図書館で2月末まで開催中の企画展「幕末特集 歴女・龍女」で展示している。企画展では歴史書のほか「竜馬がゆく」(司馬遼太郎)や「徳川慶喜」(童門冬二)など、著名作家の小説も紹介している。


東京
遊ナビ:写真 /東京
(中略)
■写真で辿る「坂本龍馬の生きた時代」

 2月25日まで10~19時、フジフイルムスクエア・ギャラリー「PHOTO IS」(地下鉄六本木駅)。写真技術が日本に伝来した幕末の志士、坂本龍馬の人生を、共に活躍した人物や当時の風俗の写真で振り返る。生前の書簡なども展示。NHK大河ドラマ「龍馬伝」展も同時開催。入場無料。電話03・6271・3350



大阪
美と幽玄の世界 京都・壬生寺展はじまる
 新選組ゆかりの寺として知られる京都の名刹(めいさつ)「壬生寺」の寺宝を紹介する展覧会「京都・壬生寺展」(壬生寺など主催、産経新聞社協力)が21日、大阪・難波の高島屋大阪店で始まり、多くの来場者でにぎわった。
 開会セレモニーでは、同寺の松浦俊海貫主や友禅画家、あだち幸さんらがテープカット。会場では、あだちさんが平成19年に制作、奉納した障壁画と襖絵のほか、壬生狂言で使用される仮面や衣装、平安時代の地蔵菩薩立像なども紹介され、来場者らは美と幽玄の世界を堪能していた。
 2月1日まで。無休。会期中、同寺の松浦康昭副住職やあだちさんらによるギャラリートークも開かれる。入場料は一般800円、大学・高校生600円、中学生以下無料。
 問い合わせは高島屋大阪店((電)06・6631・1101)。


わが町にも歴史あり・知られざる大阪:/150 佃煮余話 大阪市西淀川区 /大阪
◇剣豪が売り出し--ハゼ塩煮ヒントに 創作ない交ぜ、真偽は???

 大阪の佃を離れて、東京・佃島が発祥とされる佃煮の話を続ける。
 佃煮が商品化されたのは幕末の1862(文久2)年と伝わる。北辰一刀流の免許皆伝の剣士、大野佐吉が舟釣りに出た際、品川沖でしけに遭い、佃島に流れ着いた。漁師が雑魚を塩煮にしているのに着想を得て、小魚をしょうゆで煮て売り出した。これが今に続く佃煮の老舗「日本橋鮒佐(ふなさ)」だ。
 4代目の宮内隆平さん(62)に電話で話を聞いた。宮内さんは、佃島と佐吉の因縁について「これもねえ、本人(佐吉)がそう言ってるだけで。佃島は漁師町だったので、新鮮な魚が取れる場所というイメージで作ったフィクションなのでは」と懐疑的だ。
 その理由の一つが、江戸でしょうゆが大衆化する時期にある。「江戸では、しょうゆは西からの下り物がほとんどで、江戸製が出るのは18世紀終わりから。佐吉が佃煮を作ったとされるころは、しょうゆは高級品で、食通の間で珍味としてはやったんじゃないか」と推しはかる。
 佐吉が剣豪だったのは確かなようだ。「明治20年代、靖国神社の奉納試合に行司役で出ている。剣の世界では名が通っていた」。ところが、佃煮を売り出すころ、佐吉は小鮒を串(くし)に刺してしょうゆで付け焼きする「鮒寿々(すず)め焼」を売っていたという。「なぜ剣豪がそんな商売をしていたのか」
 では、佃煮のヒントになったという雑魚の塩煮は? 宮内さんは「佃島にあったんだろうと思います。雑魚はたぶんハゼ。腹がすぐ切れて輸送に耐えないので、売り物にならなかった。うちも昭和30年代まで、東京湾のを佃煮に使っていましたが、東京オリンピックからパッタリ取れなくなった」という。
 佃島で塩煮がなんと呼ばれていたかはわからないが、「佃煮とは呼んでなかったはず。フランスではフランスパンと呼ばないでしょう」。なるほど、そりゃそうだ。「名付けたのは江戸の人間」。佐吉が名付け親だった可能性はある。「最初に大野煮とか鮒佐煮と付けておいたら良かった」と佐吉が漏らしたと伝わっているそうだ。
 佃島のハゼの塩煮にヒントを得て、高級珍味として佃煮という名前で売り出された。のちになって、佃島に漂着したというドラマチックな要素を付け加えたのではないか--。これが宮内さんの推理だ。
 ちょっとした食べ物にも、これだけ推測を巡らせる歴史があるわけだ。あだや、おろそかにすまじ。

◇佃島の先っちょだから、三角に並ぶマンション

 前回について、読者からお手紙をいただいた。亡くなったお母さんが佃の生まれで、お母さんの思い出と重ねて、「佃煮はかねてから大阪の佃の料理法ではないかと思っておりました」と書かれていた。
 お母さんが得意だった煮物の中でも、「豆じゃこ」と呼ぶ大豆とモロコを煮たものは、1カ月たっても食べられるほど日持ちがして、みなに配っていたという。「酒のつまみに良し、おかずに良し、お茶漬けに良し」で、飲んべえから子どもにまで人気があった。
 お母さんが若いころは「はいじゃこ」という小魚を煮た。モロコも取れなくなり、料理法を教わることはなかったので、「佃煮本家の味だと思われるものが幻となってしまいました」と残念そうだ。
 「まだ今でも佃のどこかで、どなたかが豆じゃこを煮ておられるのでしょうか。母を思い、復活させられれば」。手紙はこう結ばれていた。「豆じゃこ」の作り方をごぞんじの方がおられたら、ぜひご一報を。

    ◇

 大阪の佃に戻ろう。田蓑(たみの)神社の裏手に回ると、児童公園があって、子どもたちが日差しをいっぱいに受けて走り回っていた。仲間外れにされたのか、女の子が一人、ベンチで泣いていた。
 公園の向こうにはマンションが並んでいる。大阪案内人の西俣稔さんがマンションを指さして、「三角形になってるやろ。佃島の先っちょやから」。なるほど、真ん中の棟を頂点に、左右の棟が辺を形作っている。こんなところからも地形が読み取れる。【松井宏員】

==============

 「豆じゃこ」については、〒530-8251(住所不要) 毎日新聞社会部大阪面「わが町」係まで。

 佃煮が発明されたのは、意外にも幕末だったんですね……江戸時代初期、大坂から江戸の佃島に漁民が移住した時に関西から伝わったものだと思ってました。
 この記事にあるように「豆じゃこ」とか「えび豆」とか小魚や小海老を大豆と甘辛く煮付けたもの(関西では「炊いたん」っていいそう)って東京ではあまり見かけず、関西発祥という気がします。くるみとじゃこor小海老は東京でもよく見かけますが。

広島
麦焼酎「いろは丸」をリニューアル販売
 広島県福山市箕島町の酒造・飲料メーカーのアシードブリュー(寺地実社長)は、幕末の志士・坂本龍馬が率いた海援隊の商船の名前にちなむ本格麦焼酎「いろは丸」の味わいを改良し、ラベルも一新して売り出した。NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の放送開始に合わせてリニューアル。「龍馬ブームにあやかって『焼酎維新』を」と、販路拡大へPRに力を入れている。(松尾俊二)
 いろは丸は1867(慶応3)年4月に同市鞆(とも)町の鞆の浦沖で紀州藩の軍艦と衝突して沈没。鞆の浦は龍馬と紀州藩側の談判の舞台となったことでも知られている。
 同社は2008年10月から県内を中心に「いろは丸」を販売していたが、本格的に全国へ普及させるためリニューアルすることにした。原材料は海援隊の発祥地として龍馬にゆかりの深い長崎県で生産された二条大麦「にしのほし」の量を倍増し、まろやかさとコクを増した。福岡県朝倉市にある同社の九州酒類工場で製造し、割り水には筑紫山系の古処山の豊かな伏流水を使用。フルーティーな香りと甘みがあふれる香味豊かな味わいに仕上げた。白地に黒く「いろは丸」と書いただけだったラベルも、光沢のあるえんじ色をベースに変えた。
 同社西日本営業部の中原良美部長(57)は「龍馬を思いながらロックや水割りなどお好みのスタイルで味わってほしい。ゆかりの地として福山のPRにもつながればうれしい」と話している。
 アルコール度数は25度。価格は720ミリリットル入りで1050円(税込み)。問い合わせはアシードブリュー(084・954・3661)へ。


山口
パネル展:映画「獄に咲く花」上映前に 俳優の横顔など紹介--シーモール /山口
◇古川薫さん原作
 幕末の思想家、吉田松陰をテーマにした映画「獄(ひとや)に咲く花」の公開を前に、下関市竹崎町のシーモール下関専門店街で、この映画を紹介するパネル展が開かれている。2月5日まで。
 「獄に咲く花」製作委員会の主催。ストーリーや松陰役の前田倫良(33)さん、高須久を演じる近衛はなさん(29)のプロフィルなどを紹介。映画の原作となった「野山獄相聞抄」の著者で地元在住の直木賞作家、古川薫さん(84)のメッセージなども並ぶ。
 映画は松陰没後150年の昨年、萩市の東光寺や松陰神社、下関市の功山寺などで撮影された。来月6日からシーモール内の下関スカラ座シアター・ゼロなどで先行上映される。【尾垣和幸】


大分
ブームにあやかれ 幕末維新の道フォーラム
 竹田市の九州アルプス商工会青年部久住支部(高城猛支部長)と直入支部(古荘聡一支部長)は、勝海舟や坂本竜馬らが大分を縦断して駆け抜けた道を「幕末維新の道」と名付け、地域活性化に結び付ける事業に取り組むことになった。第1弾として、24日午後1時半から同市久住町の久住公民館サンホールで「幕末維新の道フォーラム」を開く。
 勝の「海舟日記」によると、勝は1864年、徳川幕府の命令で海軍塾の筆頭だった竜馬を連れて佐賀関に上陸。鶴崎、野津原、久住で泊まりながら豊後(肥後)街道を歩き、熊本から長崎に渡ったと記されている。両支部では幕末の混乱期に国内を奔走した竜馬らが竹田市にも訪れていた史実に着目。まずはフォーラムを開催し、市民らに関心を深めてもらうことにした。
 フォーラムでは別府大学客員教授の辻野功さんが「歴史的背景から見る幕末維新の道について」の演題で基調講演。続いて辻野さんと阿蘇地域振興デザインセンターの坂元英俊事務局長、首藤勝次市長の3人による「新時代を切り拓(ひら)く地域振興戦略」をテーマにしたトークセッションがある。入場無料。
 両支部では同市直入町と久住町の豊後街道沿いに勝や竜馬らの似顔絵を描いた看板の設置を計画しているほか、市内外の団体などと連携して活性化策を講じる方針。「NHK大河ドラマ『龍馬伝』が始まり、全国的に竜馬ブームが起きている。大分、竹田とのかかわりについても多くの人に知ってもらいたい」と呼び掛けている。フォーラムの問い合わせは九州アルプス商工会(TEL0974・76・0151)へ。


佐賀
「近代との遭遇展」であらかしコンサート 23日
 県立博物館・美術館は「第12回あらかしコンサート」を23日午後2時半から、県立美術館ホールで開く。開催中の特別展「近代との遭遇」の”応援企画”として女性3人組「楓雅(ふうが)」が来演。明治時代に米欧諸国を歴訪した岩倉使節団が米国ボストンでの「世界平和記念国際音楽祭」(1872年)で聴いた名曲などを奏でる。
 同コンサートは縄文遺跡出土のドングリから育った「縄文アラカシ」などの木々に囲まれて楽しんでもらう音楽会。今回は特別にホールに会場を移して行う。
 楓雅はバイオリンとビオラ、ピアノで編成し、九州を中心に歴史的建造物や教会、離島でのコンサートなどユニークな活動を展開している。
 今回は特別展にちなんだ楽曲を準備。岩倉使節団が”見聞”した「世界平和記念国際音楽祭」のプログラムにあったモーツァルト作曲「魔笛」から「夜の女王のアリア」や、ヨハン・シュトラウス作曲「春の声」などを予定。ピアソラ作曲「リベルタンゴ」、葉加瀬太郎作曲「情熱大陸」、楓雅のオリジナル楽曲なども演奏する。
 同館は「特別プログラムで、幕末・明治期に西洋文化に”遭遇”した日本人・佐賀人に思いをはせてみては」と話す。
 ▽参加無料(申し込み不要)。午後2時開場で定員は約480人。


長崎
器と弁当で“龍馬コラボ” 波佐見焼「和山」と鯨専門店「くらさき」
 東彼波佐見町の窯元「和山」(広田和樹社長)が、幕末の志士・坂本龍馬が愛用したといわれる長崎発祥の亀山焼の飯わんを復元。器は長崎市の鯨専門店「くらさき」(小嶺信介社長)と共同企画した「ながさき鯨カツ弁当 龍馬が愛した望龍碗(もうりゅうわん)」に使われ、東京の大手百貨店が今月開いた駅弁イベントで人気を集めた。
 再現したのは、山口県の下関市立長府博物館に現存するふた付きの飯わん(幅約12センチ、高さ約11センチ)。白磁の胴とふたに、呉須(あい色の顔料)で竜が染め付けられている。
 小嶺社長(32)が百貨店の依頼でイベントに向けた新商品を考案中、広田社長(41)ら波佐見焼の若手窯元と知り合ったことがきっかけ。広田社長や県窯業技術センターの職員らが昨年9月、同博物館を訪れ、模様や形を細かく撮影。写真を基に10月から復元作業に取り掛かり、石こう型制作から絵付けまで約2カ月間をかけて完成させた。
 「実物はまるで日本画のような高度な絵付けで(復元は)自信がなかった」と広田社長。顔料のぼかし具合やうわぐすり配合に繊細さが求められたが、苦心の作品は「いい出来栄え」。
 「-望龍碗」はご飯の上に鯨そぼろや鯨カツ、鯨の竜田揚げが盛られた長崎らしい一品。龍馬人気や器の珍しさも手伝い、駅弁イベントでは毎日即完売する人気ぶり。小嶺社長は「利益は出ないが、波佐見焼のPRに貢献したい」と話している。
 くらさきと、JR長崎駅のキヨスク(1日3個限定)で1個2100円(税込み)で販売中。25日からは1個2500円(同)。問い合わせはくらさき(電0120・094083)。


長崎まちなか龍馬館が入館1万人 中島さん夫妻に記念品
 坂本龍馬を中心に幕末から現在に至る長崎の歴史や魅力を紹介する「長崎まちなか龍馬館」(長崎市浜町)の入館者が20日、今月2日のオープンから1万人を突破した。1万人目となった同市平山町の無職、中島一夫さん(60)、眞弓さん(60)夫妻に、田上富久市長が記念品を贈った。
 同館は地上1階、地下1階のスペースで構成。地下1階には龍馬が中心となって組織し、日本初の商社とされる亀山社中の一室を再現。龍馬と後藤象二郎が会談した清風亭の調度品なども並んでいる。1階には物販コーナーやさるくインフォメーションコーナーがある。
 龍馬のファンだという中島さんは「(1万人目ということで)びっくりしている。龍馬に限らず、長崎のいろいろな歴史を全国の人に知ってもらえたら」と話した。
 オープンから約2週間で1万人を達成したことについて田上市長は「良いスタート。(同館を)市民に見てもらい、伝えてほしかったので1万人目が市民でありがたい」と話した。


コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】(46)東大教授・山内昌之 山城屋和助
■武士だった意地

 民主党衆院議員の石川知裕容疑者の逮捕にやりきれない思いをした人も多いだろう。容疑は、小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反である。石川容疑者はこれまでも取り調べで動揺を見せ、精神状態も不安定だったという報道もある。無理もないことだ。
 “尊敬する先生”小沢氏の土地購入疑惑がもちあがったのだ。自分の証言の重みを理解すればするほど、新しい政治に賭ける抱負と現実のしがらみとの間で自縄自縛となったに違いない。不慮の事態を危惧(きぐ)した東京地検が身柄を押さえたという解釈もあながち根拠のないものではない。  

山県関係の汚職事案

 幕末明治初期にも各種の動機から多くの人物が自裁している。なかでも山城屋和助事件は、新政府の陸軍卿だった山県有朋の関係した汚職事案にほかならない。長州藩の奇兵隊員だった野村三千三(みちみ)は、維新後に事業に転じて山城屋和助と改名した。
 最初は兵部大輔(たいふ)の山県が和助の属した奇兵隊の上官だった縁から、兵部省の御用商人になったのだ。軍需品の納入を一手に引き受け、莫大(ばくだい)な利益を得て豪商に成り上がった和助は、その見返りとして山県に多額の献金を行っている。職務権限の伴う賄賂(わいろ)の授受ということにもなりかねないが、今でも謎に包まれた部分が多い。
 しかし、陸軍の公金を勝手に和助に貸し付け、生糸貿易に投資するのを許したのは事実のようだ。国際相場の怖さを2人はまだ知らない。果たして、折から勃発(ぼっぱつ)した普仏(ふふつ)戦争は生糸相場にも大暴落をもたらし、陸軍の金を原資にした取引は失敗したのだ。

これで懲りないのだから山県も相当なものだ。山県は欠損を補填(ほてん)させるために、またしても和助に公金を貸し付けたらしい。それで地味に営利事業に投資すればよかったのに、和助はこの公金を携帯してフランスに渡り、仕事もせずにパリで日夜豪遊したというから呆(あき)れてしまう。
 このあたりは、幕末に藩の公金を品川の遊郭「土蔵相模」で蕩尽(とうじん)した高杉晋作や伊藤博文、井上馨の若き日このかた、幕末長州人の公私のけじめのなさを受け継いでいるのだ。和助には公金横領の罪を犯した実感さえなかったに違いない。「井上や伊藤と同じに振る舞って何が悪い」と。
  

冷酷な絶縁へ抗議の死

 しかし、新政府も薩長による公私混同に寛容な時期を過ぎようとしていた。在仏の日本公使館は破格の大尽遊びに驚き、陸軍省も秘密調査によって山県がらみの不正を突き止めたのだ。
 さすがの山県も慌てふためき、すぐにパリから和助を呼び戻し、貸し付けた公金の即時返済を迫ったが、破産同然の和助に返済する能力があるはずもない。何しろ和助に貸し付けた公金総額の約65万円は、陸軍省予算の1割にもあたるという説もあるから呆(あき)れて物も言えない。
 山県は金銭面でさんざん和助に頼っていたにもかかわらず、火の粉が自分に及ぶと絶縁する冷酷さを発揮した。腹を据えたのは和助のほうだ。山県に司直の取り調べが及ぶのを止めるために、証拠書類をすべて焼却し、陸軍省の一室で切腹して果てたのであった。
 明治5年11月29日のことである。かつての上官で恩義もそれなりにあったからだろう。山県の本拠、陸軍省で割腹したというのは、心で武士に戻った和助の意地であり、山県への物言わぬ抗議だったのかもしれない。
 辞世は、「誉(ほま)れある越路(こしじ)の雪と消えもせず永らへてこそ恥ずかしきかな」。今際(いまわ)には、山県の下で転戦した越後の雪のひんやりとした感じを思い浮かべていたのか。
  

事件の真相は闇の中

 和助が自殺したことで、事件の真相は闇に葬られてしまった。処分は責任者を藩閥外から出すことで決着する。山県は順調なコースを歩んで首相や元老になり、陸軍の長州閥も安泰だったのだから、和助の義理堅さにどれほど感謝しても足りることはない。山県の私宅だった椿山荘を訪れるたびに、この豪奢(ごうしゃ)な庭園をつくる原資が一体どこから出たのか、訝(いぶか)しく思うのは私だけではあるまい。
 閑話休題。石川容疑者が小沢氏の土地購入疑惑に関連して追及されているのを思うとき、山県の資産形成と山城屋事件の深い闇をふと思いだしてならない。父親も心配した石川容疑者には、ひとり思い悩んで最悪の選択をしなくてよかった、とむしろ今の境遇を逆に考え、一個の政治家として真実を有権者に告白する意地を見せてほしい。(やまうち まさゆき)

                   ◇

【プロフィル】山城屋和助

 やましろや・わすけ 天保8(1837)年生まれ。周防(山口)出身。幼少のころ両親を失い、寺の小僧となるが、後に還俗して野村三千三を名乗る。文久3(1863)年に奇兵隊に入隊し、山県有朋の部下となって戊辰戦争に参加。維新後は横浜で貿易商となり、山城屋和助と称する。山県の庇護(ひご)を受け、諸省の御用商人となって富を築くが、生糸貿易で失敗。陸軍省から多額の金を借り入れ、仏に洋行するが、豪遊の疑惑を招いて政治問題化。借金を返済できなくなり、明治5(1872)年、割腹自殺した。享年36。


「龍馬ブーム」と飲食店
 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」は福山雅治を龍馬役に起用するというキャスティングが話題となり、老若男女問わず人気を呼んでいるようだ。この「龍馬ブーム」到来を好機に、飲食業界でも"龍馬居酒屋"や"龍馬メニュー""龍馬フェア"などが続々と登場してきそうだ。
 けっこう飲食店オーナーには“龍馬好き”が多く、昔から「龍馬」を店名に冠する個店の居酒屋やラーメン屋などは全国に点在する。自由闊達でアイデアにとんだ龍馬の生き様や発想が、独立志向の強い飲食店オーナーたちに通じるところがあるのだろう。また、先週の当欄で書いたが、龍馬というキャラクターがかもし出す“ゆるさ”も時代の空気を映して支持される所以かもしれない。そんな“龍馬的ゆるさ”を代表する店が新橋の立ち飲み「竜馬」だろう。ここ数年の立ち飲みブームの中で、「新橋に竜馬あり」といわれる人気店だ。いまは姉妹店のスタンディングバー「ORYO」の2店だが、もともとは10坪足らずの「ORYO」の物件からスタートしている。「ORYO」の女将さくらさんは、龍馬の姉の乙女や龍馬の妻のお龍を彷彿とさせるところがある。彼女のつくる氷を入れない「ハイボール」は最高で、一口飲むと幕末にワープさせてくれる雰囲気がある。新橋のサラリーマンはここで、「俺も時代を変えちゃるがよ!」と魂を鼓舞させるのである。
 同じ新橋に「龍馬が如く!」、銀座に「龍馬邸」、横浜に「龍馬外伝」を運営しているのがダイヤモンドダイニング。同社の松村厚久社長は高知県出身で、“100店舗100業態”構想の一つとして、高知食材、土佐料理をコンセプトにした「土佐十景」(土佐テーマで10店舗10業態展開)プロジェクトを進めてきた。「龍馬が如く!」「龍馬邸」はその中の2店舗である。「龍馬が如く!」では料理オペレーションが難しいといわれた“鰹の藁焼き”を前面に打ち出し、「龍馬邸」では170cmの等身大の龍馬像を設置、いずれも大きな話題となった。松村さんは言う。「別に龍馬ブームを当て込んだわけではないのですが、大河ドラマのおかげで大変な人気です。ヤフーファイナンスの株式ニュースでは、『龍馬銘柄』の筆頭に挙げられました。龍馬関連の取材、インタビューも殺到しています」と嬉しい悲鳴。松村社長には、高知県から「観光特使」のオファーあり、承諾する予定だと言う。
 閉塞した時代、デフレ不況の出口も見えない。そんな暗闇の環境は、どこか幕末の時代背景に似ている。「龍馬伝」がヒットしているのはそうした必然的要素があるのかもしれない。こういう時代には、朝日新聞がシリーズ特集をしているように、“大きな物語”を描く人物や発想が求められている。司馬遼太郎氏も「竜馬がゆく」や「翔ぶが如く」を書いたときは、時代を根底から変革し、新しい日本と日本人を作り直す“大きな物語”をイメージしていたに違いない。「龍馬ブーム」に乗るのはいいが、その底流にある本質を見失ってはいけない。外食・飲食店業界も大きな時代の変革期にある。せっかくの龍馬ブームである。外食企業、飲食店経営者は龍馬の生き様、発想、構想力から学ぶべきことはたくさんあるのではないだろうか。


文化芸能
自他ともに認める“日本一”武田鉄矢「竜馬を好きになって」
 歌手で俳優の武田鉄矢(60)が20日、都内で著書「私塾・坂本竜馬」の発売を記念してサイン&握手会を行った。自他ともに認める“日本一の竜馬ファン”の武田が、初めて竜馬の生き様、魅力を著し、それに自らの人生を重ね、生きていくこと、人間の素晴らしさを綴っている。
 武田は「読むと私が竜馬のところへ案内します。元気に明るく幕末を生き抜いた竜馬と接して元気になってください。そして竜馬を好きになってください」と笑顔でPRした。


ブックレビュー
オリコン本ランキング:司馬遼太郎「竜馬がゆく」がトップテン入り 「龍馬伝」効果で
 21日発表されたオリコン本ランキング(25日付)によると、98年9月発売の司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」(文春文庫)新装版1巻が約1万6000部を売り上げ、文庫部門の9位に入った。
 福山雅治さん主演のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送開始前の11月、同書は200位前後だったが、1月の放送開始と同時に売り上げが伸び、18日付ランキングでは17位に上昇していた。2巻も26位、3巻も44位といずれも先週よりも順位を上げている。また、NHK大河ドラマ「龍馬伝」のガイド本「NHK大河ドラマ・ストーリー 龍馬伝 前編」も約2万2000部を売り上げ、先週と同じ2位をキープしている。
 「竜馬がゆく」は1962年から「産経新聞」に連載された小説で、坂本龍馬の生涯を描いたベストセラー。北大路欣也さん主演でNHK大河ドラマが放送されたほか、何度もドラマ化されている。ドラマ「龍馬伝」は、土佐(高知県)出身の幕末の英雄・坂本龍馬の33年の生涯を、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の視点から描いたドラマ。龍馬にあこがれる岩崎が、師事していた藩参政・吉田東洋の暗殺を機に、龍馬を憎むようになるが、龍馬の「世界の海援隊を作る」という夢を引き継いでいく……というストーリー。【河村成浩】







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