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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 三谷さん脚本の『新・三銃士』が月~金放送から毎週金曜放送になりました。 帰宅してから真っ先に見る録画が減って寂しいです(苦笑)。
 木曜日は『銀魂』と時間帯がかちあって一回見損ねましたが(ダブル録画できない環境なんで)、それ以外は最終回までがっつり見る予定です。

栃木
日光・栗山東照宮で例大祭 ご神体開帳、神事厳かに
【日光】野門の栗山東照宮で25日、例大祭が行われ、年に1度だけ開帳される徳川家康のご神体を前に、地元住民らが家内安全などを祈った。
 ご神体は戊辰戦争時に、日光東照宮から持ち出した会津側が民家に預けたと言われている。栗山東照宮は1970年に地元有志が建立した。
 数年前までは「食」まつりも合わせて行われ、獅子舞などが披露されたが現在は実施されていない。住民らを前に篠田英夫宮司が厳かに神事を執り行い、居合わせた観光客も玉ぐしを供えた。
 野門自治会の高山待男会長は「集落では家内安全、五穀豊穣を祈願する欠かせない機会です」。例大祭が終わるとシャッターが下ろされ、ご神体は見えなくなった。



東京
松陰ゆかりの地で幕末維新祭り
 幕末の思想家、吉田松陰没後150年となる今年、墓所がある松陰神社(東京都世田谷区若林)とその周辺で24、25の両日、「第18回萩・世田谷 幕末維新祭り」が開かれ、25日午後にはハイライトとなる幕末の志士と奇兵隊のパレードが行われた。
 吉田松陰や坂本龍馬、高杉晋作らに扮装(ふんそう)した人々や地元中学生らが周辺商店街を練り歩いたあと、松陰神社に入った。きびきびとした行軍や「捧(ささ)げ筒」などは迫力があり、見物客の目を楽しませていた。



静岡
【総合】市民、劇やオペラ熱演 歴史、文学の魅力表現
 第24回国民文化祭・しずおか2009は25日、伊豆・東部地区の各市町でさまざまなイベントが繰り広げられた。伊豆の国市では韮山代官の江川太郎左衛門の半生を題材にした創作オペラを市民が演じ、伊豆市でも市民劇団による地元ゆかりの作家、井上靖の「しろばんば」が上演された。
 伊豆の国市古奈のアクシスかつらぎでは創作オペラ「江川太郎左衛門~熱き心の火」が24日夜と25日昼の2回にわたり上演。伊豆市民オペラ協会の会員を中心にした出演者が市民手作りのオペラを熱演した。
 韮山反射炉の築造などに力を尽くした江川太郎左衛門とその仲間の近代化に向けた熱い思いや、幕末動乱期の庶民の期待感、戸惑いを、迫力ある演技や歌で分かりやすく伝えた。計1500人の聴衆を集め、終演後には大きな拍手が送られた。
 伊豆市湯ケ島の天城温泉会館では、湯ケ島地区で幼少期を過ごした井上靖の小説を題材に、市民劇「しろばんば~家族」が上演された。同地区に住む児童生徒や住民らでつくる「劇団しろばんば」の出演者30人が、古き良き山里の暮らしぶりや人間味豊かな村人の様子をユーモアを交えて再現した。会場には約250人が詰め掛け、深い郷愁を感じながら井上文学の魅力の一端に触れた。


【浜松市】「音楽史と浜松」ひもとく ラッパ隊、吹奏楽団登場
 第24回国民文化祭・しずおか2009のシンポジウム「国際交流と文化」が25日、浜松市中区の静岡文化芸術大で開かれた。テーマは「音と楽器のある風景から考える国際交流」。音楽のまち・浜松で盛んな吹奏楽や浜松まつりのラッパ隊のパフォーマンスを交えながら、音楽の歴史をひもとくユニークな講義が繰り広げられた。
 シンポジウムは同大吹奏楽団による迫力の演奏で幕開け。平野昭教授(同大文化政策学部)がホルンやトランペットなど管楽器の歴史に加え、幕末の横浜で、薩摩藩の音楽隊がイギリスの音楽隊から指導を受けたというエピソードなどを披露した。
 続いて、地元野口町の凧(たこ)揚げ会が威勢のいいラッパ演奏とともに入場。大阪大大学院招聘研究員の奥中康人さんが「ラッパは『軍隊』というイメージだが、消防隊など地域住民の信号伝達にも使われた。浜松まつりも消防隊が起源の可能性がある」などと指摘した。
 随所に生演奏を盛り込んだ講義に、来場者からは大きな拍手が送られた。国際日本文化研究センターの細川周平教授を招いた基調講演やパネルディスカッションでは、戦後日本の歴史と地域で根付いた音楽文化について活発な意見交換が行われた。


石川
金沢「中の橋」でなく「天神橋」周辺か 鏡花の「化鳥」舞台に新説
 泉鏡花が初めて挑戦した口語体小説「化鳥(けちょう)」を巡り、鏡花研究会会員の小林弘子さん(67)=金沢市弥生2丁目=はこのほど、作品の舞台が文学碑の建つ同市の「中の橋」ではなく、浅野川上流に約700メートル離れた卯辰山の麓(ふもと)の天神橋周辺ではなかったかとする研究をまとめた。小説の描写を幕末の金沢地図や大正末期の写真と突き合わせており、作品の理解に一石を投じそうだ。
 「化鳥」は、1本のエノキが植わった橋の番小屋で通行料を取って生活する母子2人を描く。これまで鏡花研究者は明治後期まで通行料が課され「一文橋」と呼ばれていた中の橋がこの作品の舞台と解釈し、1997(平成9)年には、金沢市が中の橋近くに「化鳥」の文学碑を整備している。
 ただ、物語には橋付近の情景として「上の山が櫻(さくら)の名所」「谷間の小流(こながれ)には、菖蒲(あやめ)、燕子花(かきつばた)が一杯咲く」という卯辰山を思わせる描写があり、小林さんは約30年前から位置に疑問を抱いていた。
 19世紀半ばに編まれた金沢の地図「金府大絵図」を5年前に見た小林さんは、中の橋だけではなく現在の天神橋周辺にも「壹(いち)(一)文橋」という橋があることを知った。橋の目印として描かれたエノキの木についても、小林さんは大正末期の写真で卯辰山側の天神橋付近にあることを確認した。
 小林さんはこれらの成果を24日に金沢市の石川四高記念文化交流館で開かれた北國新聞文化センターの講座で発表した。小林さんは「30年来の疑問を形にでき、執念が実った。鏡花は異界を描きながらもつとめてリアルな描写を心掛けた。『化鳥』は特別な場所である卯辰山につながる橋と考える方が自然」と話した。
 金沢市立玉川図書館近世史料館の宇佐美孝専門員 藩政期には浅野川や犀川は、仮の橋として複数の「一文橋」が架けられており、時期によっては地図でも確認できる。こうした橋の一部は鏡花が幼少期を過ごした明治まで残った。


京都
京都市長「龍馬伝に舞妓さんを」
ゆかり9自治体、観光で連携

 京都市や高知市など坂本龍馬とゆかりが深い9自治体による「龍馬伝サミット」が26日、東京都港区のホテルで開催された。約300人が参加し、龍馬を活用した観光事業やまちづくりで連携することを誓い合った。
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」が来年に始まるのを受けて、高知市と長崎市が開催を呼びかけた。京都市のほか、安芸市(高知)▽品川区(東京)▽下関市(山口)▽鹿児島市▽霧島市(鹿児島)▽福山市(広島)-が参加した。
 各自治体は龍馬との関係や旧跡を紹介。土佐藩の下屋敷があった品川区の濱野健区長は「この地で『日本の龍馬』が誕生した」と誇り、龍馬が創設した日本初の商社とされる亀山社中跡がある長崎市の田上富久市長は「意外に知られていないが、龍馬が活躍した舞台は長崎だ」と強調した。また京都市の門川大作市長は、「龍馬伝」のチーフプロデューサーに「舞妓さんとすれ違うシーンを盛り込んでほしい」と要望し笑いを誘っていた。
 最後に、各首長が観光客誘致事業の共同企画や関連資料の提供で協力する「龍馬のまちづくり維新八策」を発表した。


大阪
中之島の魅力を再発見-「レール&クルーズ in 中之島」開催
 中之島の歴史や文化を川面から楽しむクルーズと昨年10月に開業した「京阪・中之島線」を組み合わせたプログラム「レール&クルーズ in 中之島」が10月17日より開催されている。社会実験イベント「2009 中之島物語 その未力と魅力」の一環。
 同プログラムは、「中之島地区を『まち歩き』スポットとして再認識してほしい」と企画されたもので、中之島の夜景を船上から楽しむコースや京阪・中之島線の一日乗車券を利用して中之島を散策するなど、3つのコースを用意した。
 「ナカノシマ錦絵クルーズ」は堂島川と土佐堀川に囲まれた中之島エリアを周回する観光クルーズで、船内にモニターを設置し、幕末から明治初期に中之島を描いた錦絵や古地図を使いCGムービーを上映しながら、船から見える現在の風景との対比を楽しむクルーズ。開催は今月31日で3便運航。1回約1時間。中之島線1日乗車券と乗船券が付いて大人1,500円、子ども500円。
 「中之島線&水陸歴史探訪」は国際会議場港を出発し、江戸時代に淀川三十石船の中継港であった枚方までガイドの案内で遊覧するコースで、所要時間は2時間30分。開催は今月27日・28日で、料金は1人2,500円。枚方船着場を出発、八軒家浜船着場までの下りコースも用意する。
 「中之島線&ナイトクルーズ」は、先日行われた「水都大阪2009」で開催され人気だった「ミュージックボート」と同内容のもので、小型船「アクアmini」で中之島周辺を遊覧し、ライトアップされた橋や川辺を楽しむクルーズ。船上ではライブも行われる。中之島線1日乗車券も付いて料金は1人1,000円。今月27日~31日に1日3便運航される。所要時間は約55分。
 各コースとも予約が必要。「ナカノシマ錦絵クルーズ」は一本松海運(TEL 06-6441-0532)、「中之島線&水陸歴史探訪」「中之島線&ナイトクルーズ」は大阪水上バス(TEL 06-6942-5511)まで。



山口
【ふるさと便り】松陰の絶筆が山口県文化財に 吉田家に伝わる絵画、文章など754点
 長州出身の幕末の思想家、吉田松陰の肖像画や絶筆など、子孫の吉田家に伝えられた700点以上の関連資料が26日、山口県有形文化財に指定されることになった。県文化財保護審議会が県教委に指定するよう答申、近く正式決定する。
 指定を受けるのは、松陰が家督を継いだ吉田家に伝えられた絵画や文書など計754点。江戸時代中期から大正時代のものまで時期は幅広い。
 このうち、肖像画「絹本着色吉田松陰像」は、「安政の大獄」で松陰が萩から江戸へ送られる直前、門弟が描いた松陰の肖像に、松陰自身が文章を加えている。また、処刑直前に詠んだ絶筆、高杉晋作ら松下村塾の門弟からの書状、松陰が愛用した印鑑類なども含まれている。
 これらの資料は、吉田家が昭和29年に県へ寄贈。県文書館が平成17年以降、資料の詳しい調査や保存修理を手がけてきた。県教委社会教育・文化財課の伊藤一晴文化財専門員は「松陰の家督相続から亡くなるまでの資料が網羅され、松陰研究の重要な基礎資料に位置付けられる」と評価している。


吉田松陰:没後150年で記念式典 全国ゆかりの地から来訪--萩 /山口
 明治維新の先覚者・吉田松陰没後150年の節目の年を記念した「吉田松陰先生150年祭」が25日、萩市の市民館で開かれた。松陰が歩いた全国の27カ所から、ゆかりの人ら100人が参加。「志を大切にした松陰の教え」を発信し次世代に継承していく取り組みなどが報告された。
 松陰が黒船に乗ろうとして果たせなかった静岡県下田市と萩市とは姉妹都市。この日朝、萩市椿東の松陰墓所前広場に下田市の石井直樹市長や市民約40人が訪れて記念植樹。同市で発見された「下田開国桜」「お吉桜」の4本を野村興児萩市長らと手植えした。
 午後から記念式典が開かれ会場には約600人が参加。松陰の親族で神奈川県在住の杉治彦さん(72)や、吉田基子さん(71)も訪れた。記念式典で野村市長が「松陰先生の業績が評価され、多くの地で継承していただいている。150年を契機に教えを改めて学んでいきたい」とあいさつした。
 松陰は南は熊本、長崎県から、北は青森県まで旅をした。「江戸の旅人・吉田松陰」と題して海原徹・京都大学名誉教授が記念講演。また、厳冬の風雪のなか踏破した道を「みちのく松陰道」として整備している青森県など松陰とのゆかりの人らが取り組みなどを報告した。【川上敏文】


吉田松陰の絶筆が山口県文化財に
 長州出身の幕末の思想家、吉田松陰の肖像画や絶筆など、子孫の吉田家に伝えられた700点以上の関連資料が26日、山口県有形文化財に指定されることになった。県文化財保護審議会が県教委に指定するよう答申、近く正式決定する。
 指定を受けるのは、松陰が家督を継いだ吉田家に伝えられた絵画や文書など計754点。江戸時代中期から大正時代のものまで時期は幅広い。
 このうち、肖像画「絹本着色吉田松陰像」は、「安政の大獄」で松陰が萩から江戸へ送られる直前、門弟が描いた松陰の肖像に、松陰自身が文章を加えている。また、処刑直前に詠んだ絶筆、高杉晋作ら松下村塾の門弟からの書状、松陰が愛用した印鑑類なども含まれている。
 これらの資料は、吉田家が昭和29年に県へ寄贈。県文書館が平成17年以降、資料の詳しい調査や保存修理を手がけてきた。県教委社会教育・文化財課の伊藤一晴文化財専門員は「松陰の家督相続から亡くなるまでの資料が網羅され、松陰研究の重要な基礎資料に位置付けられる」と評価している。


長崎
龍馬ゆかりの史跡巡りで気分は幕末 本紙創刊120周年記念し読者招待
 長崎新聞創刊120周年記念の「龍馬さるくスペシャルツアー」が25日、長崎市内であり、抽選で選ばれた読者が坂本龍馬ゆかりの場所を巡った。
 9組18人の参加者は長崎さるくガイドの小杉徳寿さん(67)の案内で江戸町公園を出発。龍馬が教えを受けた勝海舟が学んだ海軍伝習所跡(現県庁)、海援隊本部跡(現長崎地方法務局)、寺町の晧台寺にある亀山社中のメンバー近藤長次郎の墓など、市内中心部に残る史跡などを約2時間半かけて見学。龍馬が付けたといわれる刀傷が残る料亭花月でしっぽく料理を味わい、締めくくった。
 ツアーには、長崎新聞社員が扮(ふん)したはかまにブーツ姿の“龍馬”も同行。幕末にタイムスリップしたような雰囲気を醸し出した。
 妻と参加した長崎市三景台町の古賀英信さん(75)は「長崎にいながら、坂本龍馬や桂小五郎、岩崎弥太郎が活躍した時代のことを知らなかった。歴史の勉強になり、非常にありがたかった」と話した。


佐賀
英国で「佐賀の乱」公文書発見 駐日公使が母国に報告
鹿島出身の徳本栄一郎さん発見

 明治政府に対する士族の反乱とされる「佐賀の乱」(1874年・明治7年)について記述したイギリスの公文書が英公文書館で見つかった。当時の駐日公使が英政府に送った報告書で、24枚の文書には佐賀の乱を単なる一地方の反乱ではなく、「明治新政府内の対立を背景にしたもので、結末に不満もあり、政府は信頼を回復していない」という内容が書かれている。外国高官の目で佐賀の乱を分析した貴重な史料といえる。
 鹿島市出身のジャーナリスト徳本栄一郎氏(45)が今年6月、ロンドン郊外の公文書館で日本関連文書を閲覧して見つけた。佐賀の乱に関する外国公文書の発見は初めてとみられる。
 報告書は1874年4月25日付で、幕末から着任していたハリー・パークス公使が英外務大臣あてに送っている。首謀者とされる江藤新平の処刑日から12日後の日付になる。
 徳本氏によると、報告書は裁判の様子を記して「死刑に加えて江藤前法務卿と島(義勇)らはさらし首にされた。この判決は大きな不満も呼んでいるようだ」と指摘。政府軍に反抗した榎本武揚が後に特赦で要職に就いた例と比較して刑が重すぎるという意見を紹介、「佐賀の乱鎮圧で政府への信頼が回復したとは言えない」と分析している。
 さらに大蔵卿大隈重信らの辞任や、鎮圧を指揮した内務卿大久保利通の動きを報告し、「新政府が分裂し、人々は個人的感情が(江藤処刑に)復讐の性格を与えたと考えているようだ」としている。
 「佐賀の乱」をめぐっては、明治政府に不満を募らせた佐賀の士族が起こした反乱という通説に対し、明治維新史に詳しい毛利敏彦大阪市立大名誉教授は、大久保による謀略説を主張している。
 県内でも初代司法卿で「人権の父」といわれた江藤が、功績に比べて不当な評価を受けているとし、「佐賀戦争」や「佐賀の役」と呼称変更を求める意見がある。佐賀市議会でも6月議会で中学歴史教科書の表記をめぐり議論した。
 それらの議論に関心を持った徳本氏が、英国通信社勤務時から活用している英国公文書館に関連資料がないか調べた。
 徳本氏は「英政府が維新直後で不安定な日本の情勢を気にしていたことがうかがえる。佐賀の乱が内乱に発展し、英国にとっても対日貿易で不利益を受けることを懸念していたのではないか。歴史を内側だけでなく、外からの視点でみることも大事だと思った」と話している。


コラム
【次代への名言】高杉晋作と松陰編(1)
■「これこの時、日本の日本たらんと欲するの日なり」(高杉晋作)

 1858年、長州・萩。18歳の晋作が9歳年上の師、吉田松陰にあてた書簡にある。彼に感動の一文を書かせたのは、京に吹いた新風だった。5年前の「黒船来航」以来、幕府の権威がゆらぎをみせるなか、岩倉具視(ともみ)を中心とした公家たちが朝廷の復権に動きはじめた-という報が晋作のもとにとどいたのだ。
 徳川幕府のもとでは、日本は日本ではなかった。徳川家の血縁か直属の家臣の家系でなければ、日本という国の政治に参加できなかった。異才をうたわれた松陰の師、佐久間象山も長く、「陪臣(ばいしん)(家来の家来)」という身分のために、国政に携わることができなかった。
 「人は虫蟻(あり)にあらず」とし、天皇という「心の父」のもとでの草莽崛起(そうもうくっき)(在野のすべての志士の結集と決起)を説いた松陰。士庶(士農工商という身分)にとらわれぬ登用を叫んだ晋作。10年後に成就する明治維新の平等思想は、この師弟においてすでに結晶化されていた。
 が、平等を実現した社会では、権利や機会とともに責任がうまれる。「国は一人をもって亡び、一人をもって興る」。晋作の一文である。いまなお、求められる自覚であろう。(文化部編集委員 関厚夫)



文化芸能
D-BOYSの“チーム男子パワー”全開! ダブルキャスト制の舞台「KARASU-鴉-」公演
 若手俳優集団「D-BOYS」のメンバーがそろって登場する恒例の舞台「D-BOYS STAGE」第3弾「KARASU-鴉-」の公開舞台げいこが20日、都内で行われた。
 「KARASU-鴉-」はD-BOYS初の幕末もの。脚本に映画「パッチギ!」('07年)、「フラガール」('08年)を手掛けた羽原大介を迎え、明治維新の波に抵抗した仙台藩の実在の武装集団“衝撃隊(別名カラス組)”の活躍を舞台化。時代の流れに翻弄(ほんろう)されながらも、志士たちがアツい友情をはぐくむ過程を描く感動作となっている。
 4月と10月の2回公演でキャストを総入れ替えするというダブルキャスト制も話題で、今回の10月公演は、遠藤雄弥、中村優一、荒木宏文、和田正人、瀬戸康史、中川真吾、牧田哲也、三上真史、碓井将大などのメンバーが登場。2万枚の公演チケットがわずか1日で完売するほどの人気だ。
 1カ月に及ぶ激しいけいこで、顔立ちもきりっと引き締まったメンバーの面々は、すでに幕末の志士そのもの。カラス組のリーダー・細谷を演じる遠藤は「同じ内容ですが、4月公演のときとは、まったく違うものになっていると思います」と自信たっぷり。実在の人物、細谷を演じるために、仙台まで足を運んで役作りをしたという。
 「アタシんちの男子」('09年、フジ系)、「オトメン」('09年、フジ系)と話題のドラマへの出演で注目の瀬戸は、おのが唯一の親友で、おのと会話する「竜」役に挑戦。「一人二役の演技は大変でしたが、新しい『竜』ができたと思います」と役作りへの自信を語った。
 また、中村と碓井は、兄弟という役柄を演じるため、毎日一緒に帰ったというエピソードを披露。和田は「前回が“動”なら、今回は“静”。どっしり構えてけいこに臨んだメンバーが多かったかな」とけいこ場の様子も告白した。最後に、舞台前の恒例で行っている円陣での掛け声も披露し、まさに“俳優集団D-BOYS”のチーム男子パワーも全開! 4月公演とはひと味違う「KARASU-鴉-」に注目だ。


D-BOYS STAGE vol.3「KARASU-鴉-」
東京公演~10月25日(日)青山劇場
大阪公演10月31日(土)・11月1日(日)シアターBRAVA!

詳しくは http://www.d-boys.com






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