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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 早くもインフルエンザ流行の兆しというニュースが。私は月曜日に2回目のワクチン注射を受けましたが、間に合ったかなぁ?

福島
会津若松市が「蛤御門合戦図屏風」を購入へ
 会津若松市は、幕末の禁門の変の様子を描いた「蛤(はまぐり)御門合戦図屏風(びょうぶ)」を来年度購入する方針を固めた。
 朝廷を守る会津藩士の姿が描かれ、歴史の教科書に掲載されるほど資料としても貴重なもの。
 市郷土文化財運営委員会は16日、市に「購入は妥当」と答申した。


埼玉
川越城:敵の侵入防ぐ工夫--「中ノ門堀」跡発掘調査 /埼玉
川越城:敵の侵入防ぐ工夫--「中ノ門堀」跡発掘調査 /埼玉
◇中心部側のり面は急こう配
 江戸の北の守りだった川越城(川越市)の堀跡のうち唯一現存する「中ノ門堀」跡の発掘調査で、敵が城中深く侵入するのを防ぐ工夫を凝らしていたことが分かった。堀は今より深く、本丸など城の中心部側ののり面のこう配をきつくしていたことが確認された。堀ののり面の上部には土塁を造り、その上に土塀を築いて守りを固めたとみられる。
 中ノ門堀は土造り。江戸期の正保年間(1644~48)ごろに始まった川越城の拡張時に造られたとされる。他の堀は維新後に埋められたが、中ノ門堀は一部(長さ46メートル、幅21メートル)が住宅に囲まれる形で残り、今春、市が購入した。


新潟
戊辰の戦を見つめた老木に別れ
 魚沼市四日町の林昌寺で17日、境内にある大イチョウの伐採作業が始まった。樹齢300年とも400年といわれ、140年前の戊辰戦争では激烈な戦いを間近で見つめ、銃弾を浴びて葉を散らしたという大木。樹勢の衰えが著しく、台風などで倒れたら危険と判断され、姿を消すことになった。近所の人々は「やむを得ないが、“歴史の証人”がなくなるのはさみしい」と作業を見守った。
 同寺は、幕末期に一帯を支配していた会津藩が戊辰戦争で新政府軍を迎え撃つ際の本陣だった。寺近辺でも激しい戦いが展開され、飛び交う銃弾でイチョウは根元一面に葉を散らしたと伝えられている。本紙で連載中の「戊辰戦争140年 中越の記憶」にも登場した。
 樹高は約30メートル、幹の周りは約5・7メートル。例年秋になると多くの実がなり、近所の人々はギンナン拾いが楽しみだったという。昨年春も元気に芽吹いたが夏ごろから葉が落ち始め、今年は春になっても新芽がまばらだった。このため地区の住民らが話し合い、樹勢の回復は難しいと判断、伐採を決めた。
 伐採作業はクレーン車などを使って慎重に進められた。ゴンドラに乗った作業員らはまず枝を切り落とし、続いて幹を数回に分けて切断した。
 林昌寺の小池真慈住職は「大事な大木だったが、衰えた姿をこれ以上さらすのは忍びなかったし、倒れて事故でも起こしたら取り返しがつかない。何百年もの間、どんなことを見てきたのかと思うと感慨深い」と話していた。



滋賀
「直弼検定」20問答えて
彦根城で佐和山小児童

「直弼検定」20問答えて 彦根城で佐和山小児童
 滋賀県彦根市の佐和山小の児童が旧彦根藩主井伊直弼(なおすけ)(1815-60年)にまつわるクイズ「直弼検定」を作り、16日、彦根城を訪れた観光客らに出題し、答えてもらった。
 6年生約90人は、10月から社会科で幕末に大老として活躍した直弼のことを学習。学んだ内容を多くの人に広く知ってもらおうと、三択形式の検定20問を作った。
 井伊家の旗印、直弼の幼名、肖像画の所蔵場所といった一般的な問題のほか、直弼の起床時間、具足の重さ、兄弟の数などの難問も盛り込んだ。
 この日は、天守前や表門橋で、班ごとに解答者を探して出題。正答率8割以上の人に、合格認定証を贈った。
 散策中に挑戦した同市中薮町の古橋利一さん(79)は「難しい。勉強になった」と苦笑い。出題した杉晃大君(11)は「直弼のことをもっと勉強して詳しくなりたい」と話していた。

 井伊直弼の起床時間とか、けっこうマニアックなところがツボ(笑)。
 ところで土方さんの就寝時間に関する史実は……バキッ!!☆/(x_x)。

大阪
楠葉台場に関所=幕府側、長州藩の上洛阻止狙う?-入り口部分発見・大阪
楠葉台場に関所=幕府側、長州藩の上洛阻止狙う?-入り口部分発見・大阪
 幕末期に勝海舟が設計し、淀川沿いに築かれた砲台跡「楠葉台場跡」(大阪府枚方市)で、虎口(こぐち)と呼ばれる城郭の入り口を確認したと、同市教育委員会が17日発表した。大阪から京都に向かう京街道の経路を変更し、台場内部を通過させる関所を設けていたことが判明したという。
 枚方市史資料調査専門員の馬部隆弘さんは「外国船対策というよりも、幕府側が敵対する長州藩など尊王攘夷(じょうい)派の志士の上洛(らく)を防ぐのが狙いだった」としている。
 市教委などは10月末から発掘調査を実施。土塁のすそ部の石積みが、虎口の一部であることが分かった。虎口の門幅は約5.7メートルと推定される。このほか、虎口から入った者がまっすぐ進めないようにする土塁「見切塁(みきりるい)」なども確認された。(2008/12/17-17:17)


楠葉台場に関所=大阪
 幕末期に勝海舟が設計し、淀川沿いに築かれた枚方市の砲台跡「楠葉台場跡」で、虎口(こぐち)と呼ばれる城郭の入り口が確認された。市教委が17日発表した。幕府側が長州藩などの上洛阻止狙う?写真は虎口の石積み 【時事通信社】

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