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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 土曜日はケーブルテレビで落語の番組が複数放送されるので、嬉しいです。横浜にぎわい座の寄席の番組には昨年11月に収録された玉置さんのお姿が……合掌。

岩手
全国高校生パンコンテスト:盛岡農高2年・森まどかさん優勝 数十回試作重ね /岩手
 静岡県伊豆の国市の特産であるミニトマトを使ったパン作りの技能と出来栄えを競う「全国高校生パンコンテスト」でデニッシュにケーキを挟み、富士山の形に仕立てた県立盛岡農業高校2年、森まどかさん(17)の「よくばり富士山」が優勝した。準優勝は静岡県立静岡農業高校3年、山中綾乃さんの「きびっとトマトブレッド」。3位には同校2年、片山莉香子さんの「六つ編みロングとまパン」がそれぞれ輝いた。
 日本で初めてパンを焼いた「パン祖」とされる幕末の江川坦庵(たんなん)(太郎左衛門)の出身地にちなんで開かれた「パン祖のパン祭」の関連行事。
 市観光協会と同祭実行委員会が主催し、4回目の今年は17都道府県24校から過去最多の231人が応募。レシピ審査を通過した19人が6日、6時間かけてパンを作った。
 優勝した森さんのパンは、ドライトマトとトマトジュースをデニッシュ生地に混ぜた。ケーキには、学校で育てたあきたこまちの規格外の米粉100%を使った。2年から学校の「パン研究班」に所属し、パン作りを本格的に始めた。コンテストに向け、昨年11月からデニッシュは23回、ケーキは約40回試作したという。
 森さんは「納得いくまで練習した。まさか優勝できるなんて。協力してもらった研究班の仲間や先生、地元の指導者の方に恩返しできた」と話した。
 パン祭総合プロデューサーで審査員も務めた俳優、藤田弓子さんは「出場者の情熱と発想力は計り知れない」と絶賛。祭りは6~7日に行われ、全国の有名パン店が出店し、延べ約8000人でにぎわった。【安味伸一】




埼玉
シャモ鍋、天下取ったぜよ…鍋料理コンテストで優勝
「龍馬さんが背中を押してくれた」
 尾崎知事(左)に鍋を振る舞い、優勝を報告する「ごめんシャモ研究会」のメンバーら(県庁で) 埼玉県和光市で開かれた日本最大級の鍋料理コンテスト「第6回彩の国鍋合戦」で、シャモ鍋を出品し、初出場で優勝を飾った「ごめんシャモ研究会」(高知県南国市後免町)のメンバー8人が12日、県庁を訪れ、尾崎知事に優勝を報告した。シャモ鍋は、幕末の志士坂本龍馬の好物とされ、京都の近江屋で暗殺直前に食べようとしていたとも言われており、メンバーは「龍馬さんが背中を押してくれた優勝。シャモ鍋を全国へ発信していきたい」と意気込んでいる。
 コンテストは和光市商工会が主催し、1月31日に開かれた。7都県から39団体が出場。同会は、歯ごたえのあるシャモを主に、地元特産の四方竹、白菜、シイタケなどを入れ、ショウガとしょうゆで味つけした鍋を出品。シャモ鍋が優勝にあたる「第6代鍋奉行(埼玉県知事賞)」に選ばれた。
 コンテストに出品されたシャモ鍋(ごめんシャモ研究会提供) 12日、メンバーのうち、小笠原治幸会長が鍋奉行の証しとして貸与された陣羽織と陣がさを着用し、掛水伸一副会長は龍馬にふんして、県庁入り。尾崎知事に持参したシャモ鍋を振る舞った。尾崎知事は「特産の野菜との相性も良い。龍馬ゆかりの料理を全国に売り出してください」とエールを送った。
 坂本家の初代~3代の墓がある南国市才谷では、約10年前まで、龍馬祭が営まれ、墓前にシャモ鍋を供えていたという。この話を聞いた小笠原会長らは、シャモを市の特産にしようと、昨年6月、同会を結成した。
 小笠原会長は「昔、市内の農家が鶏を庭先で放し飼いにしていたように、シャモを飼ってもらえるようにしたい」と話していた。シャモ鍋は、居酒屋「べんべん」(南国市大■乙)と「魚魚(とと)」(同市大■甲)で食べることができる。

 ■=「踊」のへんが「土」




京都
元気が出る商売の話:「ビジネスサロン365」から/391 このままが… /京都
◇このままがいい…?
 「え~、そういうことなんだ」と、目からうろこが1枚ポロリ…。さしたる思いもなく読んだ本が「幕臣たちの明治維新」(安藤優一郎著)。尊皇攘夷、いや開国と、二派に分かれて血で血を争った幕末。戊辰戦争などの戦にも直接かかわらず、大政奉還を経て、1868年の明治を迎えた徳川家直参の家臣団(旗本、御家人)3万人強。その家族や家来を合わせるとその数倍。この人たちの明治維新。どう人生を選択したかを知って、感慨にふける。
 徳川幕府から、明治政府への政権交代。徳川将軍家は“静岡の一大名”となった。800万石の所領のほとんどが召し上げられ、10分の1以下の70万石となった。当然のこと、深刻な財政難。徳川家臣団のリストラが始まった。
 まず、徳川家は俸ろく(給与)ストップを通告。そして、三つの選択肢を提示した。(1)新政府に出仕する。そうすれば、旧ろく高も屋敷もそのまま。(2)武士を辞め、農業や商業を始める。(3)無ろく覚悟で家臣として静岡に移住する。
 結果、お暇願いを出し、徳川から離れたのは、約4500人。大勢をしめたのは、無ろくでも家臣のままでいたいとする者だった。
 この人たちは、以後、辛酸をなめる。しかし、そんな中でも、牧ノ原台地などに移住し、飢えと闘いながら、茶畑の開墾に挑んだ人たちがいた。これがいしずえとなって、静岡が全国的なお茶の名産地へとなっていったのだ。
 時代は変われど、激動・激変の今日。社会の枠組みや構造、仕組みまでが変わるパラダイムシフトの時代。人生の大きな岐路と、とらえて、広い視野をもって対処しよう。<文・水野勝弘(毎日ビジネスサロン365代表、帝京平成大准教授)/イラスト・伊納淳平>


山口
もう一人の花神/松村邦洋さん
 今年の元旦は友人の嶋田哲也セ・リーグ審判員に呼ばれ、山陽小野田市で過ごしました。翌日は嶋田審判のお兄さんに、下関の東行庵に連れていっていただきました。ここには高杉晋作をはじめ、奇兵隊の皆さんの墓があります。高杉没後、高杉の遺言により愛人だったおうのさんがずっと墓守をしていたことでも有名です。
 奇兵隊諸氏の墓を見ていて、子供のころ見た大河ドラマ「花神」の記憶がよみがえりました。当時ウルトラマンエースのタック隊長役だった瑳川哲朗さんが演じていた、高杉にお金を惜しまず投資した白石正一郎の墓や、当時は脇役だった松平健さんが演じた時山直八の墓がありました。ドラマの中では裏切り者呼ばわりされ斬首された、柱島出身の赤根武人の墓は、後に作られたということが東行庵には書いてあり、幕末好きにはたまらない空間です。
 一番感動したのは、僕の尊敬する福田侠平の墓が、大きく高杉のとなりにあったことでした。この福田侠平は、司馬遼太郎さんの作品の中にもあまり登場せず、ドラマ花神の中にはまったく出てきません。お酒が好きで、高杉が一番心を許す友であり、高杉が義のために戦った赤穂浪士にならって12月14日に功山寺で挙兵する時「無駄死にしては駄目だ」と強く反対したそうです。しかし高杉の熱意にうたれ、84人で挙兵し、高杉を親身になってサポートし、その後太田・絵堂の戦いで、長州の保守的な俗論派を一掃しました。討幕に向けて高杉の参謀・軍監を任せられ、奮戦した人です。高杉が野球でいう星野仙一監督なら、この福田侠平は島野育夫ヘッドコーチといった感じでしょうか。高杉の死後は、山縣有朋らとともに倒幕を果たし、明治という新しい時代を確認して亡くなります。
 維新という花を咲かせ、自分の役目を果たして去っていった長州のもう一人の花神、福田侠平。坂本龍馬や大村益次郎のように、司馬さんが取り上げた人は、人物像が独り歩きするほど後の人に語り継がれますが、取り上げられなかった人は、今も無名のままです。今年の大河ドラマが岩崎弥太郎目線で龍馬伝を描いていますが、福田侠平目線の「晋作伝」も見てみたい気がします。

 ■ まつむら・くにひろ ■

 お笑いタレント。1967年、田布施町生まれ。大学在学中にアルバイトをしていたテレビ局で、片岡鶴太郎氏にものまねを認められ、芸能界入り。歴史が好きで、特に中世から幕末・維新の歴史に興味がある。

(来週土曜日は筑波大教授の土井隆義さんです)




高知
須崎まちかどギャラリー 第一弾オープン
 市街地の空き店舗をギャラリーとして活用する取り組みを進めている須崎市で12日、第一弾の「まちかどギャラリー」が同市青木町にオープンした。大正時代に建てられた建物の1階に、幕末に活躍した土佐の絵師、絵金の芝居絵など41点を展示している。
 ギャラリーは市教委が企画。地元の有力商家だった三浦家住宅の1階を改装して開いた。
 絵金は土佐藩家老のお抱え絵師だったが、贋作(がん・さく)事件に巻き込まれて城下追放となり、各地を放浪。須崎市にも知人の染め物職人を頼り、しばらく滞在したことが知られている。
 館内には、その際に残した個人所有の作品の一部が展示されている。歌舞伎の場面を描いた芝居絵の巻物や白描画(下絵)などが並ぶ。このうち行灯(あん・どん)絵1点は珍しい作品で、市教委の担当者は「行灯絵は使用後は焼かれてしまうため、原画が残っているのは貴重だ」と話している。
 同ギャラリーでは3月末まで、市内に残る絵金の作品を3回に分けて展示する予定でいる。入場無料。お茶のサービスもある。
 開館時間は午前9時~午後5時。月曜休み(月曜が祝日の場合は火曜休み)。問い合わせは同ギャラリー(050・8803・8668)へ。


佐賀
「近代との遭遇」展あす14日まで 佐賀県立美術館
 佐賀県立美術館で開かれている特別展「近代との遭遇-世界を見る・日本を創る-」(佐賀新聞社などでつくる実行委主催)は14日で閉幕する。幕末から明治にかけて海外に学び、日本近代化に活躍した人々に焦点を当てた展覧会。終盤を迎え、多くの観覧者が訪れている。
 特別展は欧米に学んだ佐賀の先人たちを顕彰する資料約100点と、留学を経て日本洋画界をリードした久米桂一郎や岡田三郎助らの名画約50点を公開。元日の開幕以来、多くの観覧者を集めてきた。
 会期末を迎え来場者も増加。12日は平日ながら学芸員による展示解説もあり、説明を聞きながら見入る姿もあった。鳥栖市の佐々木政敏さん(80)光子さん(72)夫婦は久米や岡田らの作品をじっくり鑑賞し「日本の洋画の原点といえる作品群。デッサンなどもあり、大変苦労をして学んだことも実感できた」と感心していた。
 観覧料は一般1000円、大学生800円、高校生以下と障害者は無料。13、14日は学芸員による展示解説が随時行われる。

【写真】12日も展示解説があり、来場者は説明を聞きながら名画に見入った=県立美術館


ブックレビュー
【書評倶楽部】古美術鑑定家、エッセイスト・中島誠之助 『円朝の女』
■色恋を艶っぽく、さらりと

 古美術品を鑑賞するときに一番大切なことは、その品物が制作された歴史の背景を知り心の眼をその時代に移行させて相対することだ。
 人情噺(ばなし)という難解な話芸を完成した三遊亭円朝が生きたのは江戸時代末期の天保年間から文明開化期を経た明治三十三年までで、この人は江戸の湯島に生まれ東京となった下谷の車坂町に没している。
 著者の松井今朝子はその転がるような筆さばきで、読者をしていきなり江戸から東京へと移り変わる上野浅草界隈(かいわい)へ連れ込むのだ。その確かな時代考証は吉原の妓楼(ぎろう)の風情から道行く人々の足取りまで、東京をトウケイと発音したことまでぬかりはない。
 物語は円八という円朝の弟子が述懐する構成で、円八の語り口は百五十年も昔の幕末明治に飛んでいった著者の心眼に他ならない。そこで著者の見たものは瓦解する幕府の要人や新政府の顕官ではなくて、遊里に生きる花魁(おいらん)たちと下町の横丁で暮らす庶民たち、気風(きっぷ)のいい柳橋の芸者衆と鹿鳴館の馬鹿騒ぎや健気(けなげ)に生きる没落武家の娘たちだ。
 登場する円朝の女関係が五章に分けて語られるが、その一つ一つにじわんと心に喰(く)いこむようなオチのよさがあり一冊読み終わる頃(ころ)には全身が余韻の波に包まれてしまう。
 歌舞伎の役者たちは男ばかりで、男が演じる女形(おやま)だからこそ、舞台は女性にない不思議な美しさがにじむ。この本の著者も同じことで京都は祇園の料理人の娘に生まれたばかりに、東京の男どもには表現できない円朝とその周辺の色恋沙汰(ざた)がかくも艶(つや)っぽく、そのくせさらりと書けるのだ。
 喉(のど)から手が出るほど欲しいカネだが、その円朝が後援者の井上馨(かおる)に援助を断るくだりが、小気味いい。そして全編を貫く思いは、富国強兵をもくろむお上に対して、戦争をしてほしくはありませんやという庶民の強い願いなのだ。(松井今朝子著/文芸春秋・1500円)

                   ◇

【プロフィル】中島誠之助
 なかじま・せいのすけ 昭和13年生まれ。東京・青山の骨董通りの名付け親。著書に『ホンモノの人生』『やきもの鑑定五十年』ほか。


【書評】『捏造(ねつぞう)されたヒーロー、遠山金四郎』棚橋正博・著
■激動期に生きた影元の実像迫る

 「この桜吹雪が目に入いらね~か!」という名ぜりふでおなじみ“遠山の金さん”。金さんは実在した江戸の北町奉行・遠山金四郎影元を題材にしている。
 さぞかしすばらしい人物だったのだろう、と思いきや、実像は大きく違うというのだ。
 金さんが活躍したのは幕末・天保の世。実際の金さんは、老中・水野忠邦のもと、悪評高い天保の改革を推し進め、庶民を泣かせたその人だったという。では、なぜにそんな人物が、一転してヒーローになったのか。
 江戸文化を広く研究する著者が、江戸から明治にいたる時代の流れの中で揺れ動く遠山金四郎影元の実像を見いだすとともに、金さんとして桜吹雪を背負うまでの史実を克明に追っている。(777円、小学館)


ビジネス
視聴率20%超えで好調な出足の大河「龍馬伝」 関連書籍も予想外の売れ行きで経済効果も
 今年1月3日にスタートしたNHK大河ドラマ「龍馬伝」は、1カ月が過ぎた今も視聴率20%以上を維持し好調だ。
 「龍馬伝」は、土佐出身の幕末の風雲児、坂本龍馬33年の生涯を、三菱グループ創始者・岩崎弥太郎の視線から描いた青春群像劇である。もともと幕末が人気の高い時代の上に、龍馬は日本の歴史上で最も人気のある人物の一人。さらに、龍馬を演じているのが、女性に絶大な人気を誇る歌手で俳優の福山雅治とあって、放送前から期待が高かった。
 その好評ぶりを示しているのが、関連書籍の売れ行きだ。ドラマのガイドブック「NHK大河ドラマ・ストーリー 龍馬伝 前編」(NHK出版)は、これまでに同社から発売された同シリーズの中でも異例の売れ行きを示している。
 同ムックには、出演している豪華俳優陣の配役紹介とインタビュー、ドラマ前半のあらすじ、主要キャストの座談会、舞台地の紹介などが掲載されている。NHK出版によると、これまでに同シリーズで一番売れたのは、前編、後編、完結編の3部に分かれていた一昨年の「篤姫」。「篤姫 前編」は前年12月に25万部からスタートし、後編が発売された6月にさらに売り上げを伸ばし、これまでに34万5000部を売り上げた。ところが、昨年12月19日に同じく25万部でスタートした「龍馬伝 前編」は、放映開始とともに部数が伸び、1月末現在ですでに40万部に達した。ここ10年間で最も早く達成したとのこと。
 ドラマの原作ではないが、同じく坂本龍馬を描いている司馬遼太郎のベストセラー『竜馬がゆく』の売り上げも、「龍馬伝」の影響でさらに伸びている。文春文庫の『竜馬がゆく 新装版』は全8巻だが、一巻目と二巻目はアマゾンランキングの本の中で200位以内をキープ。文芸春秋社の文庫編集部によると、同文庫は去年11月に各巻約20万部ずつ増刷。今も現状で売れ行きが伸びているとのこと。
 毎年、大河ドラマのゆかりの地では大々的な地域振興のキャンペーンが繰り広げられる。今年はドラマの主な舞台である高知県や長崎県だけでなく、京都や広島、東京、静岡などでも盛り上がりを見せている。中でも龍馬生誕の地・高知県では、『土佐・龍馬であい博』を1年間にわたって開催。大河ドラマと連動する地域博では初めて、JR高知駅前のメイン会場だけでなく、弥太郎の故郷の安芸市、ジョン万次郎が生まれ育った土佐清水市、脱藩の道で知られる梼原の3カ所にサテライト会場が設けられている。また、亀山社中があった長崎県でも、「龍馬伝」長崎県推進協議会が設立され、観光客誘致に努めている。
 日銀によると、高知県への経済波及効果は約234億円(高知支店試算)、長崎県へは約210億円(長崎支店試算)。どちらも観光客の増加とそれに伴う間接的な消費増を試算したもの。龍馬人気、幕末人気、福山人気の相乗効果によって、低迷する日本経済に好影響を与えてほしいものだ。






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