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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 近所の図書館で古い本や雑誌を無償で処分するサービスをしてました。ちょうど『サライ』の落語特集がありましたので、もらってきました。付録にCDが付いていたので、ちょっと得した気分です。

京都
森田芳光、夢の京都で撮影――太秦に乗り込み、新作「武士の家計簿」
 「京都で撮るのは夢だったんですよ」。1980年代以来のヒットメーカー、森田芳光監督が初めて太秦に乗り込んできた。新作『武士の家計簿』は幕末の加賀藩で会計を担当する御算用者(そろばん侍)の物語。時代と並走してきた森田の現代的な感性と京都の撮影所の伝統が響きあう異色の時代劇になりそうだ。
 松竹京都撮影所の第4ステージには巨大な算用場のセットが組まれていた。数十人の侍が一斉にそろばんをはじく大広間だ。
 昼休みで退出する侍たちの波に逆らって、堺雅人演じる猪山直之が上座に向かう。「終わりましたが、こちらと、ここが違っております」。上司の合田(ヨシダ朝)はうんざりした顔で「そうか、ご苦労……よくまあ……」。優秀だが堅物の直之を持て余している。

◆不器用な主人公

 「カット!」。モニターを見つめる森田はテストを4回繰り返した。そのたびにセリフの微妙な間を変える。「正義感が強いが不器用」(森田)な主人公、直之の性格と官僚の腐敗を一目で示す重要なシーンだ。
 斬新な映像感覚が話題になる森田だが、その演出の基本は「人間を描くこと」(森田)。時代劇も現代劇も人間ドラマと割り切り、俳優の芝居から微妙な心理のあやを引き出す。堺も「時代劇であることをそれほど意識していない。現代劇との共通点を探しながらやっている」と証言する。
 算用場の中央にはレールが敷かれ、上座へと速足で歩く直之をダイナミックな移動撮影でとらえる。
 現実の加賀藩の御算用者は約150人おり、小部屋に分かれて仕事をしたが、セットはあえて大部屋にした。「身分の差を表現する横移動撮影ができる」と美術の近藤成之。「昔の武士は小さかった」という森田の指示で建具も通常の173センチ(5尺7寸)から190センチにしたので、かもいの下をかがまずにくぐれる。
 数十人の侍が一斉にはじくそろばんの音も魅力だ。「人々のエネルギーがある。アナログでしょ。城の経済を支えてると思うと、すごい音ですよね」と森田。
 その音を担当するのが、録音技師、橋本文雄だ。森田組は85年「それから」以来、大半の作品に参加し、中核を担う。81歳だが、背筋はピンと伸びている。
 橋本の録音の基本は「無駄な音は録らない」「セリフは明瞭(めいりょう)に録る」。その耳は繊細で、例えばセリフのないシーンでも、ちょっとした息づかいを狙ってマイクを仕込む。現場で芝居にあわせてミキサーを操作し、同時に監督に聞かせる。熟練技が支える現場重視の方法だ。

◆珠算にもテンポ

 録音からのダメ出しも多く、逆にOKの時の「ハイッ」の声は誰よりも大きい。そろばんの音については他の音や音楽と重ねるため「テンポをやかましく言った」と橋本。セットにメトロノームを置き、俳優に一定のテンポではじかせた。
 川島雄三『幕末太陽傅』、今村昌平『豚と軍艦』、石原裕次郎主演『錆びたナイフ』などで日活の音を確立した橋本だが、ふりだしは京都だ。46年に戦後1期生として大映京都撮影所入り。録音助手として伊藤大輔、衣笠貞之助、溝口健二、森一生らの作品に付いた。伊福部昭、黛敏郎ら一流音楽家とも仕事をした。
 橋本が大映京都で得た最大のものは「自信」だという。「人材も作品も充実し、技術者には勉強になった。技術者が不安を感じてやったら、いい結果は出ない」。大映時代の同僚、美術統括の馬場正男(82)とも再会した。近藤が「教わることが多かった」と感謝する棟梁(とうりょう)は今も松竹京都で腕をふるう。
 「伝統の力ってある。いつも映画が撮られていて、アットホームな感じ。ほかの世界を忘れ、どっぷり映画作りにひたれる。また京都で撮りたい」と森田。
 『武士の家計簿』は春完成、年内公開の予定だ。
(京都支局長 古賀重樹)

●映画史生き抜く録音技師

 橋本文雄が入社した大映京都撮影所は1950年代の日本映画黄金時代を築いた京都太秦の撮影所。「技術の大映」と呼ばれ、助手の橋本の1世代上にはトーキー初期に入社した中村敏夫(『手をつなぐ子等』)、大谷巌(『羅生門』『雨月物語』)、大角正夫(『偽れる盛装』『炎上』)ら名録音技師がそろっていた。
 橋本は54年に東京調布で製作再開した日活に移り一本立ち、日活アクション全盛期を支えた。ロマンポルノの現場にも踏みとどまり、80年代以降は角川映画の大作や澤井信一郎、阪本順治、森田芳光ら第一線の監督と組む。まさに戦後日本映画史を生き抜く存在だ。

 堺雅人さんの裃姿、スクリーンで見てみたいなぁ。

徳島
寄贈:葵の家紋入り茶わんなど 徳島市在住の女性、徳島城博物館に /徳島
◇幕末の会津藩主実父か御三家当主に由来?--あすから一部を展示
 徳島市立徳島城博物館(徳島市徳島町城内)に徳島市内の女性から、葵の家紋が入った茶わんや小袖、岐阜県の高須松平家藩主・義建(よしたつ)が賛を書いた掛け軸などが寄贈された。義建は、新撰組や戊辰戦争で知られる幕末の会津藩主・松平容保(かたもり)や、第一次長州征伐で征討軍総督を務めた尾張徳川家藩主・徳川慶勝、同藩主・茂徳(もちなが)らの実父。茶わんなどは慶勝らのゆかりの品である可能性が高く、調査を進めている。寄贈品の一部は2日から同博物館で展示される。【深尾昭寛】
 寄贈したのは同市中前川町5、須天(すあま)照子さん(82)。茶わんと小袖は大名の御典医(お抱え医師)だった先祖が「御隠居」との囲碁に勝ち下賜されたと伝わる。
 茶わんは、尾張徳川家12代藩主・斉荘(なりたか)ゆかりの萩山焼で楽焼風。小袖は涼しげな白麻。掛け軸は古代中国の医薬と農業の神「神農」を描いた物で、義建の印などが入っていた。
 調査で、須天姓の医師が高須松平家に出仕していたことが判明。一方で、葵紋入りの萩山焼茶わんは、尾張徳川家との関連を示す。同博物館の小川裕久学芸員は「『ご隠居』は義建や慶勝らの可能性がある」と指摘する。「萩山焼の斉荘は、徳島藩13代藩主・斉裕の実兄にあたる人物。そのゆかりの茶わんが寄贈されたことに縁を感じる。下賜した人物は誰なのかなど、経緯を解明させたい」と話している。
 須天さんは「知らない話がたくさん出てきてびっくりしています。家に伝わってきた大事なもの。破損や紛失が心配で寄贈しましたが、預けてよかった」と話している。


山口
幕末「天朝の一大事」 吉田松陰の塾生宛て書状、発見
 幕末の思想家、吉田松陰(1830~1859)が、安政の大獄で長州(山口県)から江戸への移送が決まった直後、松下村塾門下生にしたためた書状が同県防府市の民家で見つかり、萩博物館(同県萩市)に寄託された。江戸送りを命じられた松陰が、混迷する当時の情勢を書き残そうと思いながら時間がなく、その実現を託そうとした思いなどを記した内容で、同館は「松陰の心境がうかがえる貴重な資料」としている。
 長州藩の獄中にいた松陰が、藩内の別の牢獄(ろうごく)にいた塾生の入江九一にあてた手紙で、安政6(1859)年5月15日付。松下村塾で作った原稿用紙が使われ、何枚かのうちの後半部分の1枚とみられる。入江は高杉晋作らとともに「松門の四天王」と呼ばれた。
 手紙には「天朝去年ノ一大事ノ大略ヲ初メ諸藩ノ風聞等ヲ真仮字ニテ録(ろく)シメ一著セント思フ 遂ニ暇ナシ 足下急ニ是ヲ果スベシ」などと記載。「天朝去年ノ一大事ノ大略」とは、前年に幕府が朝廷に無断で結んだ不平等条約の日米修好通商条約を指すとみられ、動乱の時事情勢を書き留めようと使命感を持ちながら果たせない無念さと、自身の志を継ぐ人物として入江への期待感が表れている。
 このほか、文末には「偶作」として、幕府にとらわれの身となる思いをつづった自作の漢詩2編も書き添えられている。
 萩博物館の樋口尚樹・副館長は「2人はたびたび手紙を交わし、入江が『著作は自分が引き受ける』と書いたものも残っていた。2人のやりとりの空白を埋めるパズルのピースのような発見だ」と評価。書状は6日から同館で公開される。


高知
龍馬の先祖の地、才谷公園で梅見…高知
 幕末の志士・坂本龍馬の先祖の墓がある高知県南国市才谷(さいだに)の才谷龍馬公園で31日、地元住民らでつくる「坂本龍馬才谷保存会」(岡雅司会長)が、初めての梅見会を開き、約50人が満開の紅梅と持ち寄った料理を楽しんだ。
 才谷には、坂本家の初代太郎五郎、2代彦三郎、3代太郎左衛門の墓がある。龍馬が「才谷梅太郎」の変名を使っていたことにちなみ、地元住民らが約10年前、紅梅と白梅計110本を植えた。NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送が始まり、梅の木も育ち開花するようになり、初めて梅見会を開いた。
 この日は、雨模様だったが、住民らは公園内の四阿(あずまや)で、カラオケを楽しんだ。近くの大工武村進一さん(67)は「才谷は龍馬の先祖の地。梅を見て、歴史も感じてほしい」と話していた。
 現在は紅梅のみ開花しているが、2月中旬頃から白梅も咲き、2月下旬頃までは花を楽しめるという。




広島
龍馬弁当のアイデアを募集/福山
 福山市を中心に8店舗のスーパーを展開するニチエー(同市南松永町2丁目)が、幕末の志士・坂本龍馬と鞆(とも)の浦にちなんだ弁当のアイデアを募っている。NHK大河ドラマの放送開始に合わせ、龍馬ゆかりの地としての福山を全国へ情報発信する様々な取り組みが地元で盛り上がっている。集まったアイデアを商品化して“相乗効果”でより一層のPRにつなげる狙いだ。(松尾俊二)
 1867(慶応3)年4月、龍馬が率いた海援隊の商船いろは丸が同市の鞆の浦沖で紀州藩の軍艦と衝突して沈没。鞆の浦は、龍馬と紀州藩側の談判の舞台になったことで知られている。
 募集しているのは、龍馬や鞆の浦にちなんでいる▽地元福山や鞆の浦の食材や名産品を使っている▽福山をPRできる、の三つの要素を備えた弁当のアイデアとその名前。レシピはなくても可。応募用紙に弁当の中身、素材、特徴とネーミングの理由などを書き、できれば絵などで弁当の内容を表現してもらったうえ、名前、住所、電話番号、応募者が利用するニチエーの店舗名を記入して各店舗にある応募箱に投函(とう・かん)する。募集期間は今月20日まで。3月21日に審査結果を発表する。
 最優秀賞(1人)に2万円分、優秀賞(3人)に3千円分、アイデア賞(5人)に千円分の商品券をそれぞれプレゼントする。最優秀賞に選ばれたアイデアを基に弁当を商品化し、花見のシーズンに合わせて3月から4月にかけて販売する予定。
 同社は「龍馬ブームにあやかって弁当で福山をもっと知ってもらえれば。地元の料亭やホテルと提携して商品化を進め、イベントなども催したい」と話している。問い合わせはニチエー(084・934・9090)へ。


佐賀
お台場の大砲造った?くぼみ発見 佐賀・多布施反射炉跡
 幕末に佐賀藩が設けた多布施(たふせ)反射炉跡(佐賀市)で佐賀市教委が進めていた試掘調査の結果、大砲を鋳造した鋳型を埋め込んだとみられるくぼみ(鋳坪)が見つかった。市教委が28日明らかにした。この反射炉では、ペリー来航に慌てた江戸幕府が東京・台場に据えつけた大砲50門を造ったとされる。幕末期の日本の技術を具体的に示す遺構として注目されそうだ。
 多布施反射炉は西洋の製鉄・鋳造技術をいち早く導入した佐賀藩がペリー来航と同年の1853年、幕府の発注を受けて建造した。同藩にとって2番目の反射炉で大正時代の発掘調査の記録は残るが、開発が進んで地形も変わり、具体的な位置が分からなくなっていた。
 遺構は縦3.5メートル、横1.5メートル、深さ1.4メートルで鋳坪の一部分と見られる。外部とは木枠で仕切っており、実際は4メートル四方で2メートル以上の深さがあると推定される。市教委は、このくぼみに大砲をつくる筒状の鋳型を立て、周囲を砂で囲んだ上で溶けた鉄を流し込んだとみている。
 九州・山口の6県などが世界遺産登録をめざす「九州・山口の近代化産業遺産群」には、佐賀市からは「三重津海軍所跡」が加えられている。同市は多布施反射炉もこのリストに追加できないか検討する意向だ。(伊豆丸展代)



長崎
まちなか龍馬館オープン1カ月 来館者数、想定上回る
 幕末の長崎の歴史や、現在の長崎の魅力発信を目的に整備された長崎まちなか龍馬館(長崎市浜町)がオープンして2日で1カ月。有料の地下1階には1万4986人(1月末現在)が訪れ、市が想定していた1万2千人を上回り、「順調な滑り出し」(市さるく観光課)となった。一方で来館者からは、展示内容の充実を求める声もあり、同課は本格的な観光シーズン到来に向け、展示内容をより充実させる考えだ。
 龍馬館は市や地元商店会などでつくる実行委が主体となり運営。地下1階には、人物紹介の写真やパネル、龍馬と後藤象二郎が会談した清風亭の調度品の展示、記念撮影コーナーなど。1階には物販、さるくインフォメーションのコーナーがある。市は、2011年2月末までの期間中、30万人の入館者を目指す。
 1日、来館していた長崎市内の女性会社員(40)は「大河ドラマ『龍馬伝』の予習と、市民として長崎のことをもっと知っておこうと来た。勉強になった」と展示内容に満足そう。その一方で、「坂本龍馬の活躍や何で彼が長崎に来たのか、あまり分からなかった。龍馬目当てで来た人には物足りないかも」=市内の無職女性(65)=と指摘する声も聞かれる。
 同課は「長崎の魅力全体をアピールするのが目的だが、今後、龍馬らの資料も充実させることも検討している」と説明。14日から市内中心部で始まるランタンフェスティバルや春に向け、馬見塚純治課長は「相乗効果で、さらに多くの市民や観光客に長崎の魅力を伝えたい」としている。


西洋料理店の魁草野丈吉展:「自由亭」の棟札や食器など100点--長崎市 /長崎
 長崎市歴史民俗資料館(同市平野町、永松実館長)は、日本初の西洋料理店「良林亭」を幕末に長崎で開いた草野丈吉(1840~86年)の功績を紹介する企画展「西洋料理店の魁(さきがけ)草野丈吉展」を開催している。14日まで。
 丈吉は伊良林(現・長崎市伊良林)の農家出身で、出島に奉公して西洋料理を学び、オランダの軍艦にも乗船。1863年に帰郷しすると「良林亭」(2年後に「自由亭」に改称)を開き、五代才助(友厚)や後藤象二郎、岩崎弥太郎ら志士に愛用された。
 明治維新後、五代や後藤に呼ばれて大阪に移り、京都や神戸にも料理店を開店。明治天皇やグラント元米大統領も料理を味わった。
 企画展では、子孫が所蔵する「自由亭」の棟札、丈吉やレストランの古写真、当時の食器など大半が初公開という史料約100点を展示している。
 永松館長は「良林亭は坂本龍馬の商社『亀山社中』のすぐ近くで、龍馬もお店で食べたかもしれない。維新後は関西で活躍したため長崎ではなじみが薄いが、改めて功績を知ってほしい」と話している。入館無料。【錦織祐一】



宮崎
都城島津邸:来月27日開館 邸宅と史料一体的に公開 /宮崎
 都城市が市内早鈴町で整備中の都城島津邸は、3月27日に開館する。本宅をはじめとする既存建造物群を修復したほか、敷地内に史料館「都城島津伝承館」を建設し、邸宅と史料を一体的に公開する。市は歴史学習の場や新たな観光拠点としたい考えで、年間3万3000人の入場を見込んでいる。
 都城島津邸は、島津藩の私領・都城を約600年にわたって治めた元領主家が1879(明治12)年に構えた。約1・5ヘクタールの敷地に国登録有形文化財の本宅や石蔵、剣道場など幕末~昭和初期の建造物群が現存する。本宅は1935(昭和10)年の建築で、昭和天皇も宿泊した。市は08年に購入した。
 伝承館は鉄筋コンクリート2階建ての約800平方メートル。都城島津家から市に寄贈された道具や美術品などの史料を保存・公開するが、コンクリートのガス抜きに時間を要するため実物公開は10月下旬以降の見込み。それまでは史料の複製品や写真を展示する。
 邸の購入費を含む総事業費は13億8400万円。観覧料は本宅が小学生以上100円、伝承館は一般210円▽高校・大学生150円▽小中学生100円。【木元六男】



鹿児島
旅:活火山の島を満喫 鹿児島・桜島
◇ツバキ油や温泉、手作り 噴煙は1日数回 見る時、所で姿変える山
 鹿児島のシンボルといえば、桜島である。昨年は地震などを伴う爆発的噴火が観測開始以来最多の548回を記録し、今年になってからも1日数回の噴煙を上げる。桜島は、季節や時間、場所によって姿を変え「七色の島」とも呼ばれる。その魅力は--。【木村葉子】

 鹿児島港からカーフェリーで15分。波静かで、運が良ければイルカの姿も見られる錦江湾を渡ると目前に桜島が迫る。
 名は「島」だが、1914(大正3)年の大噴火で流れ出した溶岩で大隅半島と地続きになった。1周約36キロ、車なら1時間ほどの人口約6000人の島に、年180万人の観光客が訪れるという。
 ギネスブックに認定された世界一大きい桜島大根、直径5センチ足らずの世界一小さい桜島小みかんが有名だが、いまツバキ油が注目されている。島の魅力を多角的に紹介するNPO「桜島ミュージアム」(福島大輔理事長)が新たな名産にしようとブランド化に取り組んでいる。ツバキは他の農作物より灰に強く、70年代に火山活動が活発化したときに島内に約6万本が植えられた。
 ミュージアムの中道彩さん(30)の指導で、ツバキ油搾りに挑戦した。
 まず、天日で乾かしたツバキの実30~40粒の殻を金づちで割る。実にもよしあしがあり「殻と実がつまっているものがいい」という。
 取り出した実をすり鉢に入れ、粘りが出てクリーム状になるまで20~30分すりつぶす。力と根気のいる作業だが、ぽろぽろだった実がなめらかになるとほのかに甘酸っぱい香りが漂う。これをガーゼにうつし、耐熱容器に入れて5分間蒸して搾ると、透き通ったレモン色のツバキ油がとれる。数滴手につけるとべたつき感がなく、しっとりしている。

   □   □

 苦みがなく煮崩れない桜島大根は、1、2月が収穫期だ。収穫体験ができる村山利清さん(63)の畑を訪ねると、巨大なタンポポのような濃い緑色の葉が地面すれすれに広がっていた。葉を一抱えにして根元を持ち、腰を落として斜め後ろに体重を掛ける。スポっと一抱えもある大根が抜けた。
 降灰が多く、今年の育ちはまだ3分の1程度だというが、それでも十二分に大きい。島で3代にわたり大根作りをする村山さんは「こんなにいいところはない」と話す。

   □   □

 島南部の有村海岸では「マイ温泉」を掘ることができる。
 引き潮の時を狙って海岸に出る。軽石などがごつごつした波打ち際をシャベルで掘ると、鉄分が多く黄土色をした40度前後の温泉がすぐにわいてくる。両足が入るぐらいに掘り、しゃがんで入ると、目の前にきらきらと輝く海が見える。大きな鳥が、ゆったりと飛んでいた。

◇国内初の近代工場群--島津家別邸・仙巌園内

 鹿児島藩主、島津家の別邸仙巌園(通称・磯庭園)は、江戸時代の1658年、第十九代当主・島津光久によって造られた。桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた借景庭園で、日本初の近代工場群もある。
 幕末、篤姫の義父でもあり第二十八代当主だった島津斉彬は、日本を強く豊かにしようと敷地の一部に近代的な工場群「集成館」を造った。そこには、製鉄所やガラス工場などがあり、外圧に抵抗する大砲などが製造された。園内の石灯籠(どうろう)にはガス灯がともり、日本のガス灯のルーツの一つにもなっている。
 1865年建造の機械工場は日本最古の洋風の石造建物だ。現在は尚古集成館として島津家の歴史を語り継ぐ博物館になっている。
 仙巌園内で買える「両棒(じゃんぼ)餅」は古くから伝わる郷土菓子だ。2本の竹ぐしを刺した楕円(だえん)形の焼き団子に、とろみのある砂糖しょうゆだれがかかっている。竹ぐしが武士の脇差しを表すともいわれる。

◇14日まで桜島体験フェア

 桜島では、桜島大根の収穫やツバキ油搾りなどが体験できるフェアを14日まで開催している。プログラムや実施日などは、ホームページ(http://www.sakurajima.gr.jp/)に載っている。問い合わせは電話099・221・2501。
 また、21日までは、島内のレストラン、ドライブインなどで桜島大根を使った特別メニューが食べられる。問い合わせは桜島大根フェア実行委員会(電話099・293・3558)。



文化芸能
二代目松林伯円の命日に「伯円忌」
 幕末から明治時代にかけて活躍し、明治天皇に御前公演をした講談師として知られる二代目松林伯円(しょうりんはくえん)をしのぶ「伯円忌」が、命日に当たる8日、墓所のある東京・西日暮里の南泉寺で行われる。宝井馬琴・講談協会会長らが参列して法要を行った後、今岡謙太郎・武蔵野美術大学教授が「伯円の弟子達について」をテーマに記念講演を行う。会費1000円。午前10時半から。(電)03・3932・4343。


エンターテインメント
好調な大河『龍馬伝』にあやかれ!? あっちもこっちも『竜馬』
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」が始まって約一カ月。初回23・2%(ビデオリサーチ調べ)と上々の視聴率で滑り出し、民放ドラマを尻目に20%台をキープ、毎週の視聴率ランキングでも首位をひた走っている。そういえば、大河以外でも「坂本竜馬」がやけに目につく。CMなどで竜馬を“起用”した意図や効果について、担当者たちに聞いてみた。 (高橋知子)
 大河ドラマが主人公らに縁のある地方でまちおこしに活用されたり、関連本が人気を集めたりするのは毎度のこと。テレビ界でも、例えば「篤姫」が話題になった一昨年は、その視聴率の上昇とともに、人気にあやかろうと民放のバラエティー番組などで実在の篤姫を扱う例が続いた。
 「龍馬伝」の場合は開始前の昨年末から、竜馬に扮(ふん)したキャラクターが登場するCMや特集がちらほら露出していた。その一つが、ソフトバンクモバイルのCM。白戸家のお父さん犬と兄が、高知県の桂浜を訪れる。坂本竜馬風の後ろ姿を見たお父さん犬と兄が「竜馬!?」と近寄ると、竜馬に扮した武田鉄矢が「え?私?」と振り返り、お父さん犬が「なんだ、竜馬かぶれか」という内容だ。
 このCMは、CM総合研究所が行った一月度前期の好感度ランキングで、調査期間中に放送された二千五百二十八銘柄中一位になった。
 竜馬は「革新」「新時代を切り開く」など前向きなイメージが強く、昔からCMモチーフにされてきた。過去には、同じく武田鉄矢が竜馬に扮した「赤いきつね」などのCMもあったが「竜馬をモチーフとしたCMが好感度一位になるのは初めて」(同総研)だという。
 ソフトバンクモバイル広報室によると、このCMは、海援隊の旗をモチーフに会社の企業イメージ確立戦略(CI)ロゴを製作するほど「孫社長が坂本竜馬の大ファン」であることから生まれたとか。
 今回のCMでは、白戸家のお父さんが同社のルーツともいえる竜馬の足跡を辿(たど)るという意図で企画。ちなみに孫社長は「毎週『龍馬伝』を楽しみに見ている」(同広報室)という。
 また、SMAPの香取慎吾が竜馬に扮しているのがダイハツ「タント エグゼ」のCM。こちらは「保守的な世を革新していった幕末の志士をモチーフにすることで、今までの軽自動車の概念を変えるというメッセージを伝えていきたい」(ダイハツ広報部)というのが企画意図で「大河ドラマを意識してのものではございません」。ちなみに同CMは、CM総研による同時期の調査で、車部門の好感度二位だった。

     ◇

 CSでは、ヒストリーチャンネルが昨年十二月から「幕末・坂本竜馬特集」を組み、その一つ「竜馬がゆく」が、今月中旬まで放送されている。「幕末ブームでもあるので特集を組んだ」と、同局編成部。大河ドラマが始まる前に、バックグラウンドとして竜馬を知ってもらおうという意図もあったとか。
 同じくCSの時代劇専門チャンネルでは一月に「特集坂本竜馬~時代が求めた風雲児~」と題し、映画作品の「幕末」(1970年、中村錦之助主演)と「維新の曲」(42年、阪東妻三郎主演)を放送。同局広報宣伝部では「今後、大河ドラマの注目が高まるなどして視聴者の方から要望があれば、また特集を考えたい」と話す。
 各所で竜馬が取り上げられていることについて、「龍馬伝」の鈴木圭チーフプロデューサーは「番組に心強い追い風を受け、うれしい。この竜馬ブームが一過性ではなく、私たちの生き方を深く見つめる本物のブームになるよう、内容を磨いていきたい」と話している。




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