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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は午後から他出するので、現時点で検索に引っかかったニュースを先にご紹介します。
 岩倉具視宛ての書簡が大量に発見されたというビッグニュースが入ってます。西郷・大久保など、何と千数百点とか(@_@)……しかも新出の書簡もあるそうな。幕末維新史が書き変えられるほどの新発見があるかどうか(個人的には孝明天皇ご崩御の真相が一番知りたいです・汗)はわかりませんが、知られざるエピソードの発見などには繋がるのではないかと期待しています。

神奈川
テーマイベント開催迫る 本番へ準備 急ピッチ
 今年6月の横浜開港150周年を記念したテーマイベント「開国・開港Y150」ベイサイドエリアの開催が約2カ月後に迫り、会場がある横浜市中心部では本番に向けた準備が急ピッチで進められている。記念行事の中心となる同イベントの中身とは-。 (中山高志)
 同エリアは新港地区三カ所の有料会場と、四カ所の無料会場からなり、会期は四月二十八日から九月二十七日までの百五十三日間。
 有料会場のうち、ショッピングセンター「横浜ワールドポーターズ」東側にあるのが「Y150はじまりの森」。高さ十メートル以上の巨大なクモのオブジェが会場を動き回るパフォーマンスが目玉。横浜史を映像や展示で振り返るコーナー「横浜ものがたり」もある。
 「はじまりの森」の北側が「Y150トゥモローパーク」。人気映像作家の岩井俊二さんが手掛けるSFアニメ作品「BATON」が上映される。声優に女優の上戸彩さんらが起用されることもあり、話題を呼びそうだ。
 さらに海寄りに位置する会場が「Y150ドリームフロント」。最先端の技術により精密な画像を映し出す「スーパーハイビジョンシアター」で、日本の四季を紹介する映像を楽しめる。
 残る四カ所の無料会場は、横浜赤レンガ倉庫から山下公園にかけて点在。同公園会場では、幕末に来航した黒船をイメージした蒸気帆船が期間中に計三回海上に現れる。
 横浜開港百五十周年協会広報・宣伝部の阿部龍浩部長は、「イベントが始まる初夏のさわやかな横浜を楽しんでほしい」とPRしている。
 同エリアの前売り一日券は大人二千二百円(六十五歳以上千七百円)、高校生千百円、小中学生七百円で、コンビニエンスストアなどで販売中。問い合わせはY150コールセンター=(電)045(414)0103=へ。



京都
【もう一つの京都】三条河原で起こった足利将軍像さらし首事件の背景
三条河原で起こった足利将軍像さらし首事件の背景
 幕末、一風変わった事件が起こった。京都市街を南北に流れる鴨川の河原。幕末のある日、三条大橋付近で木像の首が3つさらされ、騒動になった。「足利三代将軍木像梟首(きょうしゅ)(さらし首)事件」と呼ばれる珍事だ。
 さらされたのは、臨済宗天龍寺派の等持院(京都市北区)に収められていた足利尊氏、義詮(よしあきら)、義満の3代にわたる木像の首。尊皇攘夷派の志士たちが木像の首を引き抜いてさらしたとされる。室町幕府を当時の政権、江戸幕府になぞらえ、倒幕をあおる政治事件として話題になったようだ。
 皮肉なことに、等持院では昨年、境内に安置される尊氏像の左手首などが盗まれる事件が発生。以降、京都市内の寺院で仏像などが盗まれる事件が相次いで起こっている。
 悪質ないたずらなのか、目的は定かではないが、盗品がネットオークションなどで売買される現代に対し、江戸幕末の事件は、社会情勢を色濃く映す「天誅(てんちゅう)」だった。
 文久3(1863)年3月4日、徳川13代将軍家茂が、将軍としては約230年ぶりに京都を訪れた。幕府の権力はすでに弱体化。朝廷との結びつきを強化して権力を再構築しようとする「公武合体」の政策が進み、前年には皇女和宮が降嫁している。
 事件は、上洛する家茂に当てつけるかのように、直前の2月下旬に起きた。実行メンバーは、尊皇攘夷の支柱となった平田篤胤(あつたね)の国学に傾倒する志士たち十数人。木像の首や位牌を持ち去り、河原にさらした。三条河原は当時、処刑やさらし首が行われる場だったという。
 霊山歴史館(京都市東山区)が所蔵する「幕末天誅絵巻」(江戸時代、作者不詳)には、事件の概要と、長く続く幕府政権を倒して朝廷に権力を戻すことを求める捨文(すてぶみ)の記述が残る。また実際のさらし首のように、木像の頭部が3つ並ぶ絵なども詳細に描かれている。
 「興味深いのは、天誅といっても、木像の首が取られただけで誰も殺されていないこと」と同館の学芸課長、木村幸比古さん(60)。そのころ、京都では公武合体を進める幕府に対し、下級武士を中心とする尊皇攘夷派の倒幕運動が活発化、幕府にくみする者を斬り捨てる天誅が頻発していた。テロの相次ぐ物騒な世の中で、この事件は、誰も殺されない“特異な天誅”だった。
 木村さんは「混沌とした世情だからこそ、人の命を大切にしようという風潮も出始めていたんです。彼らは、木像を相手に形だけのパロディーをやって、社会風刺しようとしたのではないか」と分析する。人を殺さないデモンストレーションで、庶民にアピールしようという計画だったことが推測できるという。
 事件に関する史料は少ない。臨済宗天龍寺派の宗務総長、栂(とが)承昭さん(66)も「寺史などにもほとんど記されておらず、言い伝えでしかない。ただ、京都の寺院は、幕府や朝廷など時の権力の庇護の下でそのつど成り立ってきた。だからこそ、政治運動に狙われる対象になったのでは」。大本山の天龍寺でも、幕末期に長州藩の陣屋となり、薩摩軍に寺を焼かれるなど、政治に翻弄された歴史がある。
 同派の末寺である等持院は、初代から15代まで足利歴代将軍の木像が並ぶ将軍家の菩提寺。事件の舞台としては格好の場だったのだろう。倒幕の対象は室町幕府ではなく江戸幕府だが、栂さんは「京都に初めて開かれた室町幕府が幕府の象徴だったのでしょうね」と話す。
 京都での室町幕府への抵抗感は根強く、足利尊氏は後醍醐天皇を追放した逆賊とされた。明治28年に始まった時代祭でも、室町幕府に関する行列は長く除外され、平成19年になってやっと創設されたほどだ。もちろん、等持院も皇国史観全盛期には逆賊として疎んじられたという。
 さて、事件の実行メンバーは、すさまじい勢いで捕らえられた。京都守護職の松平容保(かたもり)がメンバーの中に密偵を放っていたため、探索は順調に進み、5日後までに10人が捕縛。中には自害した者もいたが、多くは諸藩の監視下に置かれ、幽閉されたらしい。
 事件をきっかけに、幕府は新撰組の前身となる壬生浪士組などを使って、尊王攘夷派の制圧をより強化。だが、倒幕という時代の大きな流れを止めることはできず、まもなく大政奉還することになる。
 後に実行メンバーが赦されて世に戻ったとき、そこは幕府も尊皇攘夷もない、「明治」という新しい時代の日本だった。(田野陽子)

 ■足利三代将軍木像梟首事件 文久3(1863)年2月、三条河原に、等持院から盗み出された足利初代~3代将軍の木像頭部と位牌がさらされた。徳川家茂の入洛にあたり、尊王攘夷派の志士たちが倒幕の意を込めて実行した天誅の一つに数えられている。等持院は暦応4(1341)年、足利尊氏が創建し、禅僧の夢窓疎石(むそうそせき)を開山に迎えた。足利歴代将軍の木像を安置している。



広島
岩倉具視あて書簡大量発見、西郷ら自筆 広島の美術館が所蔵
 明治政府の最高指導者岩倉具視(一八二五―八三年)にあてて西郷隆盛や大久保利通、伊藤博文ら明治の元勲が送った書簡、意見書など、新発見とみられる千数百点の文書が現存していることが七日、三沢純みさわ・じゅん熊本大准教授、藤井譲治ふじい・じょうじ京大教授、佐々木克ささき・すぐる奈良大教授らの調査で分かった。明治新政府をめぐる文書類は出尽くしたとされており、新史料の大量発見は極めて珍しい。政権中枢にいた岩倉の元に各地から多様な情報が集まり、諸政策が決定された過程を裏付ける重要なもので、激動の幕末・明治史の空白を埋める新たな事実の確認が期待される。
 文書は「海の見える杜美術館」(広島県廿日市市)が約二十年前に購入し、未公開のまま所蔵。三沢准教授らが昨年から三年計画で調査を始めた。全部で約千七百点あり、このうち約八割を新出史料と推定している。
 書簡類は一八六八(慶応四、明治元)年から岩倉が死去する八三年までに東京で受け取ったとみられる。詳細は未解読だが、新出とみられる伊藤の自筆が六十八通、岩倉の書簡草稿も百二十八通、三条実美の書簡も四百二十九通あった。既に存在が知られている大久保の書簡の原本も百九十一通見つかった。
 さらに「西郷吉之助」と署名された書簡も新出とみられ、西郷が戊辰戦争の指揮内容を報告しているのをはじめ、貨幣の不足を訴え「信州」で一揆が起こったとする報告書、追加鋳造を決めた政府文書など多岐にわたっている。
 政権最高位の「太政大臣(三条実美)」あての書簡もあり、ナンバー2の右大臣だった岩倉が判断を委ねられ、保管していたとみられる。
 文書の一部は大正時代に明治天皇紀編さんのため当時の宮内省が借り受けたほか、戦前に刊行された「大久保利通文書」に引用されている。
 一連の文書類は岩倉家が手放した手紙や意見書、絵画などを、大正時代に大阪の質店主が約三百巻の巻物として整理し、きり箱十二箱に収納したものという。同美術館は京都市内の出版社から購入した。
 三沢准教授らは全史料の解読を進め、資料集として二〇一一年に刊行し、同美術館は調査終了後、一般公開する予定。


岩倉具視あて書簡大量発見 西郷、伊藤ら自筆千数百点
 明治政府の最高指導者岩倉具視(1825-83年)にあてて西郷隆盛や大久保利通、伊藤博文ら明治の元勲が送った書簡、意見書など、新発見とみられる千数百点の文書が現存していることが7日、三沢純熊本大准教授、藤井譲治京大教授、佐々木克奈良大教授らの調査で分かった。明治新政府をめぐる文書類は出尽くしたとされており、新史料の大量発見は極めて珍しい。政権中枢にいた岩倉の元に各地から多様な情報が集まり、諸政策が決定された過程を裏付ける重要なもので、激動の幕末・明治史の空白を埋める新たな事実の確認が期待される。
 文書は「海の見える杜美術館」(広島県廿日市市)が約20年前に購入し、未公開のまま所蔵。三沢准教授らが昨年から3年計画で調査を始めた。全部で約1700点あり、このうち約8割を新出史料と推定している。
 書簡類は1868(慶応4、明治元)年から岩倉が死去する83年までに東京で受け取ったとみられる。詳細は未解読だが、新出とみられる伊藤の自筆が68通、岩倉の書簡草稿も128通、三条実美の書簡も429通あった。既に存在が知られている大久保の書簡の原本も191通見つかった。
 さらに「西郷吉之助」と署名された書簡も新出とみられ、西郷が戊辰戦争の指揮内容を報告しているのをはじめ、貨幣の不足を訴え「信州」で一揆が起こったとする報告書、追加鋳造を決めた政府文書など多岐にわたっている。
 政権最高位の「太政大臣(三条実美)」あての書簡もあり、ナンバー2の右大臣だった岩倉が判断を委ねられ、保管していたとみられる。


明治維新の激動生々しく 各地から戦況や一揆の報告
 多くの新発見の史料が含まれることが7日分かった岩倉具視関連文書の書簡、報告書などからは、激動の明治維新の息遣いが伝わってくる。
 三沢純熊本大准教授らによると、官軍が幕府勢力を一掃した戊辰戦争(1868-69年)の緊迫した状況の中、西郷隆盛は鳥羽伏見の戦いで、幕府側の桑名藩の荷物を差し押さえ、また不審な蔵の荷物を検査した状況を報告。
 宇都宮藩は68年、戊辰戦争での戦死者や重軽傷者の身分と名前などを報告、岩倉の元に届けられた。新政府側の薩摩藩と行動を共にして東北に北上した大垣藩は同年、幕府側の仙台藩と会津藩に「白川城」(白河城、福島県)を襲来されたが、山からの攻撃を防ぎ、追討した生々しい戦闘状況を報告していた。
 旧福井藩主で大蔵卿などを務めた松平慶永は、新政府の正統性を民衆に示すために、暦は新政府がつくるべきだとする意見書を提出していた。
 このほか、当時の貨幣「弐歩金(二分金)」が不足し、「信州上田」で一揆が起きた状況の報告書と同じ巻物に、吹き増し(増鋳)を承認する政府の文書があり、「(松平)慶永」「大久(保利通)」「副島(種臣)」などの決裁印が押されていた。通貨不足を知った政府高官たちが増鋳を決定したとみられる。

戊辰戦争(1988年8月2日)慶応四年(一八六八年)一月三日、京都の鳥羽・伏見の戦いから明治二年(一八六九年)五月十八日の北海道・箱館(現函館)五稜郭での榎本武揚の降伏までの、薩摩、長州を主力とする西軍(新政府軍)と奥羽越を中心とする東軍(旧幕府軍)との戦争。この間の上野での彰義隊の戦い、白石城での奥羽越列藩同盟会議、会津城の落城と会津の少年藩士二十人の自殺も含まれる。 戦争は藩民皆兵、近代銃装備など近代的で組織的な西軍が、寄せ集めの混成軍団の東軍を終始圧倒。白河口の役は、最も激しい局地戦だった。 結局、東軍側が惨敗し、一八...

 今後どんな新事実が浮かんでくるか、楽しみです。





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