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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 ファーストマシンの修理センター行きが決定しました。2週間ぐらいかかるかなぁ……バックアップを取ろうとしたところで落ちてしまったので、手元にバックアップデータがないのが不便です。

岩手
訃報:吉田タキノさん 90歳 死去=児童文学作家 /岩手
 宮古市出身の児童文学作家で、「タキノおっぱ」と慕われた吉田タキノさんが1月23日、療養先の同市の病院で肺炎のため亡くなっていたことが分かった。90歳だった。
(中略)
 死刑確定後に無罪となった松山事件(宮城県)の支援活動にも奔走したのは、幕末期の三閉伊一揆指導者の一人で曽祖父、切牛の弥五兵衛譲りの反骨精神によるものであろう。著作は40冊以上を数える。


福島
焼き鳥20・85メートル世界一
 会津若松市の鶴ヶ城公園で13日、市民ら42人による「世界一長い焼き鳥」作りが行われ、戊辰戦争の因縁がある山口県長門市が持つ世界記録を14センチ・メートル上回る20・85メートルを達成した。
 焼き鳥作りは、陣がさを身にまとった会津養鶏協会の幹部らが見守る中、ほら貝の合図で始まった。参加者は会津地鶏のムネ肉約22キロ・グラム(22羽相当)を、竹ぐしが折れないよう慎重に1時間かけて刺し、約30分かけてじっくりと炭火で焼き上げた。「全国やきとり連絡協議会」の審査員が世界一を宣言すると、会場には拍手が響いた。
 会津藩と長州藩が、戦いから140年の節目に実現した「平成の焼き鳥対決」。見届け役として参加した長門市の松林正俊市長は「記録は破られるもの。再度会津に挑戦したい」と話し、これを機に友好的な関係を結びたいという意向を示した。勝利宣言を行った会津養鶏協会の関沢好春事務局長は「刀を、一本の串と祖先の残した会津地鶏に持ち替え、長州どりに挑んだことは、140年目の新しい歴史として、子孫に語り継がれるだろう」と感激で声を震わせていた。


会津地鶏、世界新20.85m 焼き鳥戊辰対決制す
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 「会津地鶏」を使い、焼き鳥の長さ世界一に挑戦するイベントが13日、福島県会津若松市の鶴ケ城公園で行われた。地元の養鶏協会などが20.85メートルの新記録を達成。「長州どり」による山口県長門市の20.71メートルの最長記録を塗り替えた。戊辰戦争140周年の今年、「会津」が因縁の相手「長州」をちょうど140ミリ上回り、熱い戊辰対決を制した。
 イベントは、会津養鶏協会や会津若松観光物産協会などでつくる「会津地鶏の地場産品振興」実行委員会が企画。3月中旬には事務局職員が陣がさ、かみしも姿で長門市に出向き、世界一奪取の挑戦状をたたきつけていた。
 実行委はこの日のために和歌山県から特別長い竹を取り寄せ、地元の建築会社が加工した21.6メートルのくしを準備。22キロの地鶏の胸肉をぶつ切りにして、すき間が出ないように1つずつ竹ぐしに刺していき、炭火で焼いた。
 途中、焼きを担当する42人が息を合わせてひっくり返す。40分ほどで350人分の肉にこんがりと焦げ目が付いた。
 審査員が焼け具合や竹ぐしの強度などを確認し、計測。成功したことが発表されると、会場から大きな歓声が上がった。
 実行委員長で会津養鶏協会事務局長の関沢好春さん(54)は「うまくいくかどうか心配でかなり緊張したが、やってよかった。たとえ焼き鳥であっても会津が長州に勝ち、地元に明るい話題を提供できたことがうれしい」とホッとした表情で話した。
 「見届け役」として招かれた長門市の松林正俊市長は「世界記録達成を心から喜びたい。悔しい思いより会津との縁を感じ光栄だ。今後の交流のきっかけになればいい」と祝福した。


京都
デモーニッシュな表現、潜む品格 河鍋暁斎回顧展
 幕末から明治中期にかけ活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)(1831~89)の回顧展が、京都国立博物館で開かれている。国内外から135件を集めた過去にない規模を誇る。端緒を開いたのは、伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)(1716~1800)や曾我蕭白(そが・しょうはく)(1730~81)ら江戸期の異色絵師を京博で取り上げ、同志社大教授に転じた狩野博幸さん。後任の山下善也さんがまとめ上げた。山下さんは静岡県立美術館で優れた狩野派の展覧会を開き、京博に移ってきた。個性派絵師の暁斎に、2人はどう立ち向かったのか。

 関西に住んでいたら見に行っていただろうなぁ、と思います。

広島
新田次郎文学賞に見延さんの「頼山陽」
 第二十七回新田次郎文学賞(新田次郎記念会主催)は十五日、見延典子さん(52)=広島市佐伯区=の「頼山陽」(徳間書店)に決まった。賞金は百万円。中国新聞で二年半長期連載した新聞小説を加筆、修正した作品。
 江戸後期の儒学者・頼山陽の波乱の一生を描いた。広島藩を脱藩し、仲間と反目や和解を繰り返しながら、代表作の「日本外史」をなすまでに成長する姿を追った。二〇〇四年十月から〇七年四月まで、六百二十三回連載した。
 見延さんは「作家になって三十年、文学賞には縁がなかったので感激している。連載中から支えてくださった読者のおかげと感謝しています。今後は頼山陽死去後の広島の幕末や明治の姿を書いていきたい」と喜びを語った。贈呈式は五月三十日、東京・丸の内の東京会館で。



愛媛
実録回顧録展 「竜馬がゆく」「坂の上の雲」のまち松山
 四国・高知と愛媛。激動の維新の時代に生きた象徴的な偉人「坂本竜馬」の世界を中心に明治の時代につながっていった秋山兄弟・正岡子規・夏目漱石を連動し、その時代背景をより再考できる実録を展示しています。多数ご来場ください。


山口
高杉晋作:顕彰し墓前祭 東行庵に200人参列--下関 /山口
高杉晋作:顕彰し墓前祭 東行庵に200人参列--下関 /山口
 幕末の志士、高杉晋作の142回目の命日に当たる14日、晋作の墓がある下関市吉田町の東行庵で毎年恒例の墓前祭があった。また、晋作が亡くなった同市新地町の「終えんの地」でも碑前祭があり、多くの人が維新の英雄を顕彰した。
 晋作は幕末期、武士や農民を集めた奇兵隊の創設や倒幕挙兵など「維新の源泉」とたたえられている。
 しかし1867年、維新を目前に肺結核で死去。27歳の若さだった。地元には没後140年が過ぎても早世を惜しむファンが多い。


佐賀
明治政府の初代司法卿・江藤新平しのぶまつり 佐賀
明治政府の初代司法卿、江藤新平しのぶまつり…佐賀
 佐賀藩出身で、明治政府の初代司法卿として近代法制度の成立に尽力した江藤新平(1834~1874年)をしのぶ「江藤新平卿銅像まつり」が14日、佐賀市の神野公園にある江藤の銅像前で行われた。
 銅像が建立された翌年の1977年から毎年、佐賀観光協会が命日(4月13日)の翌日に営んでおり、32回目。今年は約100人が参列し、同協会の音成日佐男会長や、江藤のひ孫の江藤兵部さん(68)(埼玉県春日部市)らが玉ぐしをささげた。
 明治維新史の研究で知られる毛利敏彦・大阪市立大名誉教授が特別講演し、「江藤は人権の父。長生きしていれば、もっと多くの功績を残しただろう」と述べた。江藤が首謀者として処刑された佐賀の乱(1874年)については、「学問としてきちんと研究されていない」と指摘。薩摩藩出身の大久保利通が江藤を抹殺するために仕掛けた謀略だったとの説を展開した。
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