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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 北海道では季節外れのドカ雪に見舞われたそうですが、東京も今日は肌寒かったです。明日朝は関東でも霜が下りるところもあるそうですから、暖かくして寝ないといけないですね。

北海道
函館開港記念フォーラム
 「函館開港記念フォーラム・研究会」(津軽海峡研究会主催)のオープニングイベントが26日、函館市末広町の市地域交流まちづくりセンターで行われた。開港150周年に向け、公立はこだて未来大学生らが製作中のDVDが初披露され、鈴木克也教授は「西部地区の魅力を再発見したい」と活動への思いを語った。
 記念フォーラムはDVDのPRなどを目的に9月まで5回にわたり実施する。このDVDは函館開港の歴史や文化、産業などについて市内の研究家らに聞いた内容を学生が2分間の映像にまとめ、約50種類を用意する計画。参加者約50人は冒頭の1時間、出来上がった映像を鑑賞した。
 道国際交流センターの山崎文雄代表理事(73)は「(DVD製作は)すばらしい事業でうれしい。函館は異質なものと共生できる街であり、21世紀に向け歴史を掘り起こしてほしい」とあいさつした。
 続いて、函館日米協会顧問の井上能孝さん(78)がペリーロード構想を提案し、「歴史の節目に当たったことは幸福なこと。市民で盛り上げ、150周年を味わおう」と語った。最後に鈴木教授が同大のプロジェクト学習の一環として「開港」にスポットを当て活動している経緯を説明。「西部地区は『歴史の博物館』。その魅力が十分認識され、発信されているか調べ、学生らと一緒にいろいろな形で情報発信できる仕組みを作りたい」と話した。
 次回の「フォーラム~開港150周年を語る」は5月23日午前11時から、ロワジールホテル函館で行う予定。


山口
歴史の街並みを着物姿で散策<動画あり>
 光市室積地区を着物姿で練り歩く「きものでぶらりinむろづみ」が26日、あった。江戸時代に北前船の寄港地として栄えた地区を再発見してもらおうと、光商工会議所などが初めて開いた。
 参加者は市内や岩国、周南市などから呼び掛けに応じた2―80歳の約80人。人力車を先頭に普賢寺から光ふるさと郷土館までの約800メートルを、和服に身を包んでそぞろ歩いた。道中では木やり歌の合唱や、幕末の第二奇兵隊にちなんだチャンバラ劇なども楽しんだ。


福岡
2日から福澤諭吉展 福岡市美術館
 日本の近代化に大きく貢献した福沢諭吉(一八三五―一九〇一)を知る大型企画展「未来をひらく 福澤諭吉展」(大分合同新聞共催)が五月二日から六月十四日まで、福岡市美術館で開かれる。慶応義塾創立百五十年記念の催し。
 福沢諭吉は幕末・明治の洋学家、啓(けい)蒙(もう)思想家でジャーナリスト。旧中津藩の下級武士の子として大阪で生まれた。幼少時代を中津で過ごして再び大阪へ行き、緒方洪庵の「適塾」で頭角を現した。藩命で江戸へ出てからは、次の時代を察知して蘭学から英学に転向。幕府の咸臨丸で渡米し(一八六〇年)、後に欧州も視察した。これらの体験から文明開化と独立自尊を課題に掲げ、明治政府の招きを拒んで在野に下り、無位無官の一市民として生きた。
 一八八二年には「時事新報」を創刊し、産業経済、生活習慣、教育、女性の地位改善などを力説した。代表的著作は「学問のすゝめ」「文明論之概略」。また「福翁自伝」は自伝文学の最高傑作といわれる。
 文明の進歩は異端から生まれる―というわけで今展は“異端と先導”をテーマにし、「かたりあう人(じん)間(かん)」「ふかめゆく智徳」「わかちあう公」「ひろげゆく世界」など七部で構成。異端と見られても堂々と自分の意見を述べ、勇気と気品の中に文明の進歩を信じた諭吉の世界を展開する。
 展示品は諭吉が愛用した文房具類に書簡、遺墨、自筆原稿、著書や、若いころから晩年までの写真。さらに、諭吉門下の経済人らが収集した中国と日本の焼き物、書画の名品(国宝、重要文化財含む)、慶応義塾ゆかりの美術品などを出品する。
 前売り券は一般千円、大学生八百円、高校生六百円。ローソンチケット、チケットぴあ、セブン―イレブン、主要プレイガイドで。福岡市美術館はTEL092・714・6051。


長崎
中尾さんら426人表彰 本紙創刊120年記念県書道展
 長崎新聞創刊百二十周年記念第三十四回県書道展(長崎新聞社主催、県、県美術協会後援)の表彰式が二十六日、長崎市茂里町のNCC&スタジオであり、長崎新聞社大賞受賞者六人をはじめ、入賞入選者合わせて四百二十六人が晴れの表彰を受けた。
 同展会長の本村忠廣長崎新聞社長が「県内最大規模の総合書展には、昨年を上回る作品が集まった。今回も力作ぞろいで、中央審査員からも高く評された」とあいさつ。来賓を代表し、藤泉県文化・スポーツ振興部長は「NHKの大河ドラマ『龍馬伝』のロゴは書で表され、幕末を駆け抜ける要素が詰まっている。書の持つ表現力に感服している」と話した。
 長崎新聞社大賞の中尾映香さん(64)、藤原秀華さん(53)、山口天水さん(57)、藤井桂雪さん(63)、福崎洋秀さん(66)、安藤凌雲さん(72)にそれぞれ表彰状と記念の盾が贈られた。受賞者を代表し、山口さんが「文字が少しでも上手になりたいと思い始めた書。続けられたからこそ喜びがある。今回の受賞を機に、今まで以上に勉強しなければいけないと思っている」と謝辞を述べた。
 同展長崎展は長崎市出島町の県美術館で二十九日まで。佐世保展は佐世保市島瀬美術センターで五月七-十日開く。いずれも入場無料。


台湾
台湾でも「篤姫」人気 テレビ放映、ネットで話題 鹿児島、宮崎 ツアー誘致に力
台湾でも「篤姫」人気 テレビ放映、ネットで話題 鹿児島、宮崎 ツアー誘致に力
 昨年、日本で高視聴率を記録したNHKの大河ドラマ「篤姫」が、台湾で評判を呼んでいる。3月中旬からテレビで中国語字幕付きの放映が始まったところ、「日本の時代劇を初めて面白いと思った」などと、インターネットで話題が沸騰。舞台となった鹿児島県も、台湾で「篤姫の故郷」ツアーのセールスに乗り出した。
 「(主役の)宮崎あおいさんはかわいくて演技も素晴らしい」「日本に篤姫を記念した場所はあるの?」。
 台湾のケーブルテレビの日本番組専門局、緯来日本台が特設した「篤姫」ウェブサイトの掲示板には、視聴者の感想や質問の書き込みが相次いでいる。サイト内には人物関連図や「大奥」「参勤交代」などの用語コーナーも設け、時代背景を台湾の視聴者に分かりやすく説明している。
 「篤姫」は同局で5月下旬まで平日の連夜放映。視聴率は、100チャンネル以上のケーブルテレビが普及している台湾では「かなりのヒット」とされる1%台を維持し、ベストテンに入っている。同局が、劇中に出てくる「島津家のお守り」(鹿児島県観光連盟提供)を視聴者プレゼントとしてネットで受け付けたところ、用意した5セットに対して1万人近い応募があったという。
 同局によると、視聴者の中心層は20‐40代の女性。「篤姫の前向きな行動力が、視聴者を勇気づけてくれる」(広報担当)とともに、戦闘シーンが少なく感情移入しやすいストーリーが、古めかしい時代劇のイメージを一新した。
 日本国内に続く「篤姫」人気のチャンスを逃すまいと、鹿児島・宮崎両県の観光・ホテル関連18団体は今月23日、台北市内で台湾の旅行会社との観光商談会を開催。昨年就航した宮崎‐台北の定期航空便などを利用し、ドラマの衣装や道具が展示されている「黎明館(れいめいかん)」(鹿児島市)やロケ地となった「仙巌園」(同)などをめぐるツアープランを紹介した。
 さらに鹿児島県観光連盟は「篤姫」をタイトルに掲げて県内に1泊以上する20人以上のツアーを実施した台湾の旅行会社、先着10社に各10万円を助成する販促活動を展開。既に数社がツアー商品をつくり、一部は参加者募集も開始した。
 台湾での「篤姫」人気について、同連盟の東清貴事務局長は「鹿児島観光を売り込む新たなキーワードができた。これをきっかけに、温泉や料理だけでなく、明治維新関連の史跡や人物にも興味をもってもらえれば」と期待を膨らませている。 (台北・小山田昌生)

 『篤姫』の台湾でのヒット要因を「『篤姫の前向きな行動力が、視聴者を勇気づけてくれる』(広報担当)とともに、戦闘シーンが少なく感情移入しやすいストーリー」と分析していますが、その点だけとらえてみれば、今年の大河ドラマは柳の下の二匹目のどじょうを狙って大きく外しているような気がします(汗)。




コラム
【探索座頭市伝説】(下) 中年から盲目!?謎だらけ
 座頭市が実在したとすれば、どこで生まれ、どこで死んだのか。茨城県笠間市には生年を示す碑が、福島県会津若松市には墓がある。だが、訪ねてみると、つじつまが合わないことばかり。所詮、浮き世に漂う風来坊のこと、行状を記した文献などあろうはずがない。どうも、真実からは離れていくようで…。(土樋靖人)

 笠間市は東北新幹線を小山で降り、水戸線で東へ1時間ほどのところ。「座頭市の碑」はその笠間市のつつじ公園にあった。裏面には「本当の生れは、一八一八年(文政元年)の春、こゝ佐白の深い山ふところに抱かれた城下町に育ち…」と刻まれていた。佐白とはつつじ公園のそばにある佐白山のこと。昔はここに笠間城が建っていた。碑は昭和53年、市観光協会、勝プロダクション、フジテレビの3者が建立した。
 座頭市の墓は会津若松市の井上浄光寺の無縁塔のそばに立っていた。墓石の表には「俗名座頭市の墓」、裏には「法徳院應恵海居士 嘉永二年酉十一月二十三日 阿部常右エ門 行年七十八才」とあった。子母沢寛は「市というけど、市五郎か市太郎か、それさえわからない。座頭市という名前は私がつけた」と言っている。従って、『座頭市物語』が世に出てから作られた墓と推察できる。
 ただ、嘉永2年は西暦1849年で、死亡したのが78歳のときなら、生まれたのは明和8(1771)年のころで、笠間にある碑とは明らかに違ってくる。
 物語で、座頭市は、飯岡の助五郎が笹川の繁蔵を闇討ちにしたことで、助五郎に嫌気がさして、飯岡を離れたことになっている。繁蔵が殺されたのは弘化4(1847)年のこと。
 笠間の碑文が正しいとすると、このとき、座頭市は29歳。子母沢の「(飯岡にいたころの座頭市は)しらががまじっていたというから、五十以上、六十に近い年寄なんだが」(『真説・“座頭市”物語』)という記述になじまない。
 逆に、墓に刻まれたものが正しいなら、座頭市は76歳のとき、飯岡を去ったことになる。ぎりぎりセーフか。その年で房総の銚子の近くから猪苗代湖畔まで流れ歩いてきたなら、座頭市は随分達者なじいさんだった…。
 『座頭市 勝新太郎全体論』(平岡正明著、平成10年発行)によると、映画の第3作『新・座頭市物語』(昭和38年作)で、座頭市は、妻子を連れて通りかかった貧しい身なりの男に「市っつあんじゃないか。俺だよ、笠間で幼なじみだった麹屋の為吉だよ」と声をかけられる(DVDでは、「市太さん」と聞こえたが)。
 『新篇座頭市』(童門冬二著、42年発行)にも、「生まれ故郷の笠間を出て以来、市の胸の壺の中には、そういう侘しい滴がいっぱい溜まっている」「生まれ故郷の笠間を出て以来、市には定住地がない」などと書かれている。
 本当に笠間生まれなのだろうか。子母沢の物語にそんな記述は見当たらない。
 笠間市では48年に勝新太郎主演の映画第25作『新座頭市物語・笠間の血祭り』のロケが行われた。当時、市観光課職員で裏方として奔走した市民課長の井口清さんは「ちゃんばらにピッタリの場所があちこちにあった。勝新のほか、十朱幸代、岡田英次、佐藤慶、岸部シローら豪華なメンバーが来た」と述懐する。
 笠間市は東京から近いということで、ロケ地に選ばれることが多い。ビートたけしが座頭市を演じた作品(平成15年作)でも、ロケがあったという。
 墓に刻まれた阿部常右エ門だが、郷土史家、西舘義雄さん(故人)は、長岡藩主の御落胤だったとしている(『実録俗名座頭市伝』=昭和52年発行)。若いころは目も見え、武芸も仕込まれたのではないかと推測している。「(座頭市は)中年からの盲目だったらしく」という『座頭市物語』での表現にも符合する。
 ただ、この件を追跡した直木賞作家の中村彰彦さんは、常右エ門が生まれたときの長岡藩主がかぞえで13歳だった点を指摘し、その年で「奥女中に手をつけていたとはにわかには考えがたい」(『座頭市から新選組まで』=平成17年発行)と疑問視。座頭市が2人いたとの見方も示している。
 猪苗代湖に突き落とされたときのけがが治るだけで2年もかかった、明治時代まで生きていたらしいという郡山市湖南町の伝説にも整合しない。
 あちら立てれば、こちらが立たず。調べれば調べるほど、泥沼にはまり込むような感じ。座頭市は謎だらけの男だった。
                   ◇
 ■映画化された座頭市 第1作『座頭市物語』は昭和37年、三隅研次監督で制作された。勝新太郎主演作は26本。中には、巨匠の山本薩夫や岡本鬼八がメガホンをとっている作品もある。平成15年にはビートたけし主演の『座頭市』、20年には綾瀬はるか主演の『ICHI』も。来年公開予定で、SMAPの香取慎吾が主演する『座頭市 THE LAST』の制作も進んでいる。
 テレビドラマでも昭和49~54年、フジテレビで計 100本作られている。





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