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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 午前中だけでも箱館五稜郭祭など多数のニュースが検索ヒットしましたので、急ぎご紹介します。

北海道
箱館五稜郭祭:白兵戦を再現 維新行列に沸く /北海道
箱館五稜郭祭:白兵戦を再現 維新行列に沸く /北海道
<箱館五稜郭祭>明治維新の白兵戦を再現 土方歳三の討ち死に場面に拍手 写真画像リンク付
 明治新政府軍と旧幕府軍が戦った幕末の箱館戦争をしのぶ「箱館五稜郭祭」は17日、メーンイベントの「維新行列」があり、小雨の降るなか当時の白兵戦を再現した演技が披露され、市民らを沸かせた。
 明治維新前後の函館の歴史にちなみ、行列には黒船来航のペリー米提督や榎本武揚ら歴史上の人物が当時の衣装をまとって勢ぞろい。耳をつんざくような大砲の号砲を合図に両軍に分かれた出演者が本番さながらの殺陣を披露。元新選組副長、土方歳三の壮絶な討ち死の場面では、沿道からひときわ大きな拍手が起こった。【昆野淳】

 写真画像の拡大版はこちら↓です。
<箱館五稜郭祭>明治維新の白兵戦を再現 土方歳三の討ち死に場面に拍手

箱館五稜郭祭閉幕「維新行列」に大声援
 第40回箱館五稜郭祭(同協賛会主催)は17日、榎本武揚軍と新政府軍が行進するメーンイベント「維新行列」でクライマックスを迎えた。あいにくの雨で、一部イベントは縮小されたが、目前で繰り広げられる迫真の戦闘シーンで沿道の見物客を熱気で包み込み、2日間の祭りに幕を閉じた。
 雨天のため、予定されていたバトントワリング2団体の出演や函館地区吹奏楽連名の演奏隊、五稜郭公園での開城セレモニーが中止となった。
 パレードは、陸上自衛隊第11音楽隊の先導でスタート。「箱館開港事始」として、開陽丸やサスクハナ号には西尾正範市長や寺山朗渡島支庁長らが乗り込み、かみしも姿の箱館奉行一行が続き、「安政の五カ国条約」締結国の函館日米協会や日露協会などの関係者らがふんしたペリー提督や公使ら国際色豊かな行列が行進した。
 行啓通で行われたパフォーマンスでは、榎本軍、新政府軍双方の大砲のごう音で両軍入り交じっての「白兵戦」が開戦。鉄砲隊の銃声が響き、軍服姿で刀を手に威勢良く相手に切り掛かる迫真の殺陣を展開した。土方歳三や大鳥圭助介らの奮戦ぶりに、雨天にもかかわらず詰めかけた大勢の観客からは惜しみない拍手や声援が送られていた。

 雨で一部のイベントが中止されたのはあいにくでしたが、維新行列は恙なく執り行われてよかったです……雨で維新行列が中止された時に函館を訪問していたことを、ふと思い出したりしまして^_^;。

四稜郭築造140周年で慰霊祭や祝賀会
 函館市陣川町にある国指定史跡・四稜郭の築造140周年記念行事が17日、四稜郭や神山町会館などで行われた。神山町会(木村一雄会長)のメンバーらでつくる実行委の主催。大圓寺(武藤龍真住職)では無縁仏となった幕末の傷病者らを弔う慰霊祭も行われ、参列者は無念の死を遂げた犠牲者の冥福を祈りながら祭壇に手を合わせた。
 1869年、旧幕府軍兵士や近在農民らで築造された四稜郭は国の特別史跡・五稜郭から北東へ約3キロ離れた陣川町の高台に位置。戦後間もなく市民有志が神山史跡保存会を結成し、1980年代になると同町会史跡保存部が植樹や草刈りなどの環境整備事業を引き継いだ。
 同保存部を中心に同町会は市教委の協力を得ながら、敷地内でスズランの植栽や東屋、水飲み場などの整備、ごみ拾い、サクラの剪定(せんてい)などを実施。記念行事は築造120周年の89年から10年ごとに行われており、記念植樹、戦没者慰霊祭、式典祝賀会を開いている。
 この日は午前9時ごろ、同町会員や来賓ら約20人が四稜郭に集合。節目を祝おうと入り口前にサツキの苗木65本をを植えた。続いて大圓寺に会場を移して慰霊祭を実施。武藤住職が読経する中、参列者は一人ずつ焼香を済ませた。同寺門前にある無縁塚でもしめやかな法要が執り行われ、参加者は戦没者への思いを新たにした。
 この後、町会館で式典祝賀会が開かれ、町会員や多賀谷智市教育長ら来賓を含め約55人が出席。長年四稜郭の整備に携わってきた町会員ら5人に感謝状が贈られた。
 木村会長は「今回の節目を機に10年後に向けて一層整備や保存活動を進めたい。素晴らしい史跡が町内にあることの喜びをかみしめながら、五稜郭と並ぶ憩いの場として広く市民に利用してもらえるよう努めたい」と決意を新たにしていた。

 史跡としてきちんと保存されているというのが素晴らしいです。次に函館を訪れる時には、四稜郭から函館山方面を臨むあの風景を、また見たいものです。

青森
松陰の足跡たどり「歩く会」 青森・中泊―外ヶ浜
松陰の足跡たどり「歩く会」 青森・中泊―外ヶ浜
 幕末の思想家吉田松陰(1830―59年)が津軽海峡の防衛検分のために歩いた「みちのく松陰道」(青森県中泊町―外ケ浜町)をたどってみようと、松陰の出身地である山口県萩市と、同市と親交がある会津若松市の市民団体による歩く会が17日行われた。
 参加したのは、萩市の「民族の魂を呼びさます道を行く会」と会津若松市の「会津と萩の友好を考える会」の計50人。松陰が安政の大獄(1859年)で処刑されて150年に当たることから企画された。
 両会のメンバーらは午前8時半、中泊町小泊をスタート。あいにくの雨の中、つえを片手に、外ケ浜町三厩へ続く険しい山道約6キロを4時間半かけて歩いた。
 メンバーらはこの後、外ケ浜町平舘の「吉田松陰東北遊日記碑」などゆかりの地を見学し、交流を深めた。
 萩市の医師山本貞寿さん(70)は「萩と会津は歴史的に対立があったが、会津の人と一緒にこの道を歩いた松陰の気持ちに触れられた」と感激していた。


福島
元名主・高橋家の寄贈品展示/県立博物館
 江戸時代に飯野(現・福島市)で名主を務めていた高橋家の装身具や食器類などを集めた「旧家の装いと彩り高橋家資料展」は16日から会津若松市の県立博物館で始まった。
 現当主の高橋碇之介(じょうのすけ)さん(71)=愛知県豊田市=が約300点を寄贈。
 この日は弟で谷病院内科部長の高橋哲之助さん(66)=本宮市=とともに会場を訪れ、展示品に見入った。
6月28日まで。
 高橋家には、幕末に梁川(現・伊達市)を治めていた松前家の家老の娘が輿(こし)入れするなど、武家の文化も持ち込まれ、貴重な品々が残っていた。
 碇之介さんは豊田市文化財保護審議会委員を務め、旧飯野町の町史編さんなどにも協力。
 家に眠っていた衣装や食器を郷里の人たちに見てもらおうと、県立博物館への寄贈を申し出た。
 会場には、美しい柄の婚礼衣装をはじめ、べっ甲のくしやかんざし、伊万里の焼き物や漆器類などが並ぶ。




栃木
『足利藩』の歩み1冊に 足工大講師・菊地卓さん 30年の研究成果を出版
 江戸時代、足利地域を治めた戸田藩についての調査・研究を親しみやすい読み物にまとめた「足利藩」(現代書館)が刊行された。執筆した足利工業大講師、菊地卓さん(64)は足利郷土史の専門家で田崎草雲研究の第一人者。少ない史料をひもとき、関係者を訪ね歩くなど三十年に及ぶ努力が結実した。世界遺産登録のため、同時代の足利学校研究を進める足利市教委も「参考になる文献」と評価している。 (梅村武史)
 徳川綱吉治世の一七〇五年、一万一千石の足利藩主となった戸田家は明治維新後の廃藩置県まで百六十年間、八代にわたって同地を統治した。小藩ながら譜代の格式から幕政の要職につき、学芸の発展や産業振興に尽くした。同書は、幕末、維新の激動期の藩の対応にも詳しく触れ、司馬遼太郎の短編「喧嘩(けんか)草雲」に登場する誠心隊の活躍も紹介している。
 研究仲間の荒木一雄さん、小林敏員(としかず)さんとともに一九七九年から約二十年を費やしてまとめた同藩報告書六十一冊が本書の土台。明治初期の陣屋火災で史料の多くが焼失していたため、多大な困難を伴ったという。その後、新たに見つかった史料などを加えて再編集した。菊地さんは「藩の自由な気風がのちの足利の産業発展の礎となっている。今につながる歴史の重みを感じてほしい」と語る。
 「近世(江戸時代)の教育資産」として足利学校の世界遺産登録をめざす同市教委文化課は「近世は史料が少なく研究が遅れている分野。文化庁への再提案に向けて参考になります」と話していた。


長野
佐久市で小満祭、「北越出兵」再現
 佐久市臼田で17日、恒例の小満祭が開かれた。明治維新時に地元竜岡藩が出兵した様子を子どもたちが演じる「北越出兵」が行われ、大勢の見物人が集まった。雨の中、歩行者天国となった商店街には露店が並び、家族連れでぎわった。


英公使館員の養蚕調査記
明治の報告書高校生が研究、翻訳

 上田市の県立上田高校郷土班の生徒たちが、明治の初めに現在の上田市を訪れ、養蚕や製糸について調査した英公使館書記官フランシス・オッティウェル・アダムズの研究に取り組んでいる。歴代班員が3年前から続けてきたテーマで、7月の文化祭で、集大成となる報告集を発表する予定だ。
 2006年4月、同校に着任した祢津(ねつ)宗伸教諭(53)が郷土班の顧問となり、以前の勤務先、県立歴史館(千曲市)で史料調査をしていて知ったアダムズの報告書の翻訳を、当時の生徒たちに提案した。
 アダムズは1869年(明治2年)6月から7月にかけて、現在の前橋市、上田市、甲府市などを訪れ、桑畑や農家を視察。気候や蚕の飼育方法をつぶさに記録して、8月には報告書「THE CENTRAL SILK DISTRICTS OF JAPAN(日本国の中央生糸地帯)」を、公使のハリー・パークスを通じて本国に送った。
 当時、欧州では蚕の病気「微粒子病」が流行し、養蚕業は危機的状況に直面していた。日本産生糸と、蚕の卵「蚕種(さんしゅ)」への需要が高まっていたが、日本産生糸は質が安定せず、欧州の織機に適さないという難点があり、実地調査による原因究明と改善が急務だった。
 郷土班では、今春卒業した女子生徒3人を中心に、1段落ずつ翻訳を分担。金曜の放課後に集まって、それぞれの宿題を合評して、読み進めてきた。祢津教諭は当初、1年で終えるつもりだったが、外交官独特の言い回しや古い表現の翻訳は、困難を極めた。
 養蚕や製糸の作業工程など専門用語も多く、班員は、上田市の蚕種製造会社や岡谷市の製糸場などを訪問。翻訳の手がかりを教わりながら、伝統的な技術、蚕糸・絹業の現状も学んだ。
 郷土班は、毎年の文化祭で、新たな翻訳部分を加えながら報告集の改訂版を配布。今年3月には上田市内で、市民向けの発表会を行った。
 班員5人中3人が卒業し、ペースダウンが懸念されたが、新学期に入って、歴史好きの2年生1人と1年生2人が参加。1869年の報告書の翻訳は終わっていたので、その報告書に同封されていた日本人による桑栽培と養蚕の研究論文を英訳した文書と、1870年1月のアダムズの報告書の翻訳を進めている。
 班長の安藤多衣子さん(17)(3年)は「上田と世界がつながっていることがわかって、発見だらけ。多くの人たちの協力を得ながら研究を続けられたことも、貴重な経験です」と話している。
 フランシス・オッティウェル・アダムズ(1826~89) 1868年に来日。公使のハリー・パークスのもとで、同僚の書記官、アーネスト・サトウらとともに活躍した。戊辰戦争の際には箱館(函館)を訪れた。パークスが一時帰国した際には、代理公使を務めた。



福井
時代小説の魅力 築山桂さん講演
 幕末の福井の魅力を知ってもらおうと県は17日、福井市下馬町の県立図書館で、時代小説などを手がける同市在住の作家築山桂さんによる講演会「時代小説の舞台裏」を開いた。
 「幕末福井講演会シリーズ」と題した企画で、来年3月までに郷土史家らを講師に全15回を予定している。
 この日は同シリーズの1回目で、歴史ファンら約210人が参加。築山さんは、江戸時代の蘭方医緒方洪庵の活躍を描いた「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズ(双葉文庫)を例に挙げながら、執筆の過程を説明。時代への理解を深めるため、古文書を読み解くこともあるなどのエピソードを紹介し、「史実の背景を調べ、当時の雰囲気を伝えるのが時代小説の魅力」などと話した。
 越前市神明町、会社員林美佐さん(44)は「きちんと歴史を調べているからこそ、作品が魅力あるものになるのだと実感しました」と話していた。

 原作は読んでませんが、NHK土曜時代劇は面白かったです。またいい作品を書き続けていただきたいなぁと思います。

山口
幕末の岩国展始まる
徴古館で7月12日まで

 岩国市立岩国徴古館で17日、江戸末期から明治初期の資料を集めた企画「幕末の岩国展」が始まった。7月12日まで。入場無料。
 同館収蔵の約60点を展示。岩国藩主・吉川経幹が、幕府と長州藩の間で政治的な周旋を務めたことを記した書物、幕末に約19年間存在した岩国藩校「養老館」の資料、幕末から明治にかけて活動した地元の陽明学者・東沢瀉(ひがしたくしゃ)らの書などが並ぶ。
 また、岩国で結成された士族の「精義隊」の旗、「四境戦争」や「戊辰戦争」に関する写真・地図、高杉晋作の遊撃軍に対する激励の詩も陳列されている。
 同市教委文化財保護課の奥本智美さんは「山口県は幕末の志士を多く出しており、萩を中心によく取り上げられる。岩国で活躍した人もいるので、この機会にもっと知ってもらえれば」と話している。原則月曜休館。問い合わせは岩国徴古館(0827・41・0452)へ。
(堺拓二)


佐賀
「武雄軍団秋田を駆ける」 市図書館・歴史資料館が図録刊行 戊辰戦争での活躍記す
 「武雄軍団秋田を駆ける」‐武雄市図書館・歴史資料館が、こんなタイトルの図録を刊行した。サブタイトルは「戊辰(ぼしん)戦争140年」。同戦争で佐賀藩武雄領は、東北諸藩の中で唯一、新政府軍として参戦した秋田藩を支援するために当地に渡り、旧幕府軍と戦った。歳月とともに忘れ去られつつある武雄と秋田の歴史的関係を心に刻んでもらおうと、初めて編集した。 (武雄支局・田代芳樹)
 1868年1月に旧幕府軍と新政府軍の間で始まった戊辰戦争で、武雄領主の鍋島茂昌は朝廷から出兵を命じられた。佐賀藩の一家臣である武雄領主へ異例の出兵要請がなされたのは、長年の蘭学や砲術研究が評価されたためだったという。
 武雄領は約1000人の軍団を編成し、佐賀本藩の兵とともに秋田へ。茂昌は総司令官に任命され、現地で陣頭指揮に当たった。「アームストロング砲など最新の軍備を擁する武雄軍団の活躍は、敵味方を問わず大変驚かせた」と同館の川副義敦副館長は説明する。

   ◇   ◇   

 旧幕府軍の東北諸藩に包囲され、孤立無援のまま焼土となる寸前だった秋田を救うため、はるばる九州から駆けつけた武雄軍団。約2カ月の戦闘で14人の戦病死者を出し、多数が負傷した。秋田では、武雄軍団の奮闘で城下が戦禍から免れた史実が語り継がれ、今でも多くの人が感謝の気持ちを忘れていない。
 1986年、武雄軍団の兵士を含む戦没者3人の墓があった現地の丘陵地が土地区画整備の対象となり、墓石の移転が必要になった。この時、地元の人たちは「兵士の魂を慰めたい」と武雄にいる子孫を捜し出し、当時の武雄市長も招いて合同慰霊祭を行った。
 「翌年には改葬が行われ、遺骨は佐賀を向く形で葬られたそうです。93年には国の重要無形民俗文化財で門外不出とされた秋田市の七夕祭り『竿灯(かんとう)』が武雄市と佐賀市で演じられ、多くの人が訪れました」と、川副副館長は両地の結び付きの深さを表現した。

   ◇   ◇   

 図録はA4判、102ページで、武雄鍋島家の関係資料や写真のほか、秋田県内に残る資料も掲載。戊辰戦争での武雄軍団の公式記録「茂昌公羽州御陣中記」の翻刻もある。
 川副副館長は「武雄鍋島家に伝えられた古文書のうち約800件が秋田での戦いの関係資料。この膨大さが、決して忘れることを許さない歴史の重さを物語っている」と結んだ。1冊1000円。市図書館・歴史資料館=0954(20)0222。



長崎
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 幕末の志士坂本龍馬や三菱創始者の岩崎弥太郎らについて知ってもらおうと十七日、長崎市魚の町の市民会館文化ホールで開催されたシンポジウム「龍馬、弥太郎と長崎」(長崎龍馬会主催、長崎新聞社など共催)。市民ら約七百人が参加し、会場は熱気に包まれた。専門家からは来年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」を生かした観光振興や歴史研究の進展を期待する声が相次いだ。
 長崎市の風頭公園に立つ「坂本龍馬之像」建立二十周年の記念行事。「龍馬伝」という「追い風」も吹き、長崎龍馬会の馬渡善裕会長は「名もない若者だった龍馬が達成した偉業は私たちに夢と希望を与えてくれる。日本がいい方向に向くように、われわれも人づくり、地域づくりにまい進したい」とあいさつした。
 基調講演は、屈指の龍馬研究家として知られる京都・霊山歴史館学芸課長の木村幸比古(さちひこ)さん。「龍馬と弥太郎は志が高かった。素直に物事を考え、社会に貢献できる人間には自然に人が寄り、共存共栄できる」と二人の生きざまから学んでほしい、と語った。
 二部構成の座談会では、県内の歴史研究者らが意見を述べた。現代龍馬学会員の織田毅さんは「幕末の長崎は国内外の情報がいち早く集まり、龍馬は有能な情報収集者として政治的位置を確立した。長崎なくして龍馬なし、といえる」と龍馬をはぐくんだ長崎の重要性を強調した。
 田上長崎市長は最近、「龍馬伝」主役で同市出身の歌手・俳優福山雅治さんに会ったと明かした。「役作りのために髪を伸ばしており、大変な熱意を感じた。市民全体で盛り上げていかなければ」と観光振興の「好機」を生かす決意を述べた。







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