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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 特段に相撲好きというわけではありませんが、今日は心して魁皇の通算一千勝と白鵬の二場所連続全勝優勝を堪能しました。魁皇関と白鵬関の素晴らしい記録に感服です。

北海道
野外劇、成功させよう! キャストら結束誓う
 市民創作「函館野外劇」の会(フィリップ・グロード理事長)主催の「第23回市民創作函館野外劇 星の城、明日に輝け」の関係者、キャストが一堂に会するパーティーが22日夜、函館国際ホテル(函館市大手町5)で行われた。7月9日の開幕に向け、パーティー参加者は野外劇への思いをより強めた。
 冒頭、欠席したグロード理事長に代わり、家口利明事務局長が「創作劇にかける理事長の熱い思いを受け止め、全員で成功を目指しましょう」とあいさつ。会場では大きな拍手が沸いた。来賓の函館中央病院、辻繁事務部長も「野外劇の舞台となる五稜郭は有形文化財。野外劇は個人的には無形文化財だと思っている。無事に成功させましょう」と語った。
 東京から駆けつけたデザイナーで、野外劇の美術スーパーバイザー、土屋茂昭さんの発声で乾杯が行われ、浜野幸子市議会議員も応援のあいさつをした。演出家の木村かなえさんは「本番に向け、けいこも本格的になってきている。当日は、多くの人に見てもらいたい」と抱負を語った。


栃木
土佐藩と黒羽藩の関係 栃木・黒羽RCの記念講演会
 栃木県大田原市の黒羽ロータリークラブ主催の記念講演会が21日夜、同市黒羽向町のホテル花月で行われた。「黒羽藩と土佐藩、黒羽人と土佐人の意外な関係」と題し、大田原東高教諭で郷土史家の大沼美雄氏が講演した。
 大沼氏は土佐藩と黒羽藩が奥州戦争(戊辰戦争)で官軍として一緒に戦い、土佐藩主、山内容堂の孫娘、寿子が黒羽藩主の大関家に嫁いだなど両藩の意外な関係を紹介。また、早稲田大学の創立に深くかかわった旧土佐藩士の小野梓の米国留学費用を大関家が負担したことも明かした。


長野
素朴な民家、観光客魅了 妻籠「一石栃 立場茶屋」
 中山道妻籠宿(南木曽町)~馬籠宿(岐阜県中津川市)の中間地点にある休憩所「一石栃(いちこくとち) 立場(たてば)茶屋」(南木曽町妻籠)が、昨春の“復活オープン”以来、好評だ。来場者は近く累計5万人に達しそう。山中の旧民家の素朴さが、国内外からの観光客を引きつけている。
 妻籠宿から友人と歩いてきたカナダ・トロント市在住の針きゅう師アレックス・オデットさん(40)が、茶屋に立ち寄った。「歴史ある建物と自然。感動します」。ひと息つくと、オランダ人の2人組も訪れた。土間のテーブルを囲み、英語での旅行談議が盛り上がった。
 木造平屋の茶屋は、妻籠宿本陣から約4・7キロ、馬籠宿から3キロ地点にある。住民らによる財団法人「妻籠を愛する会」(小林俊彦理事長)が管理する。
 元来、立場茶屋とは宿場の中間にある休息所。一石栃地区には、木材の出荷統制をする番所のほか、立場茶屋があり、旅人が休んだ。幕末には17軒があった家も徐々に減り、三十数年前には最後に残った1軒の所有者も転居した。愛する会が借り、観光用にお茶サービスなどをしたが、消費者の志向の多様化などで来場者は減少。十数年前から開店休業状態になっていた。
 しかし、ここ数年、外国人を含め妻籠~馬籠を歩く人が増えてきたため、昨年4月から再スタート。屋外トイレも新設し、会員が常駐する態勢にした。
 1年間の来場者は約3万5400人。予想外の好評さに、午前10時~午後3時だった開所時間を、今年4月から午前9時~午後4時に延長した。それもあって今月19日までの累計来場者は4万4000人余にまで達した。外国人は全体の2割弱だが、以前の不調期に比べれば圧倒的に増えた。
 愛する会の藤原義則常務理事(62)は「国内での健康への関心の高まりや、世界で売れている本『死ぬ前に観るべき千の場所』に中山道が紹介されたことなどで、宿場間を歩く人が多くなった。状況は以前とは違う。茶屋の人気は続くはずだ」とみる。
 茶屋は年末年始の5日間を除き、毎日開く。交代で会員3人が詰め、いろりに火をつける。ひのき笠、法被姿が制服。
 3人のうちの1人、愛する会の鈴木省吾副理事長(68)は、時に木曽節を披露するなどサービスに余念がない。「土間に立て掛けてあるうすや農具は、片付けないでいます。その方が自然だから」。歩き疲れた観光客がお茶をゆったりと飲むのを眺め、満足そうな表情を見せていた。
 (近藤隆尚)


新潟
東山油田施設撤去を開始 今年度閉山
国内唯一の「坑道掘り」も

 今年度で閉山する東山油田(長岡市など)の施設撤去作業が22日、始まった。かつては国内有数の石油産出量を誇り、県の産業発展を支えた存在だが、年内には、採油施設では国内唯一の「坑道掘り」を含めたすべての施設について撤去などする見込み。地元関係者からは惜しむ声が聞かれた。
 東山油田は、石油王国と言われた県内の主要油田の一つで、最盛期の1900年頃には年5万キロ・リットル以上を産出し、戊辰(ぼしん)戦争で荒廃した長岡地域の復興と、機械産業の振興に大きく貢献した。昭和期には、戦時増産に対応するため、油層まで斜めに坑道を掘り、その後水平に掘る、世界でも珍しい坑道掘り採油も行ったが、産油量の減少やコスト高などにより、97年に採油を停止した。
 この日は、午前9時頃から、同市浦瀬町の丘にある、採油機(高さ約3・9メートル)の解体作業が行われた。94年まで使われていたが、今ではすっかりさびついた機器を、作業員が解体し、クレーンでつり上げるなどしていた。
 鉱業権を持つ不動産会社「サンレックス」(東京都)によると、坑道堀り跡は6~7月頃、入り口をコンクリートで閉じて整地する予定。11か所あるやぐらも撤去し、閉山手続きを進める。
 解体作業は、施設の一部保存を求めている「東山油田保存会」の関係者も見守った。前会長の石川行恵さん(76)は「地域への貢献の意味でも、戦争関連史跡としても貴重で、撤去は残念。せめて、坑道掘りは残してほしい」と話す。
 サンレックス社は「引き取って保存する機関などがあれば、提供する」としているが、長岡市は「文化財行政は、所有者に保存の意志があって初めて補助できる」として、今のところ具体的な動きを見せていない。




静岡
アメリカジャスミン:下田市の了仙寺で見ごろ /静岡
 「ジャスミン寺」の愛称で知られる下田市三丁目の了仙寺(松井大英住職)の境内で、アメリカジャスミンが見ごろを迎えている。天候不順で例年より開花が1週間ほど遅れたため、6月上旬まで楽しめそうだという。
 アメリカジャスミンの和名はニオイバンマツリ。南米、アフリカが原産とされ、甘い香りを放つ。開いたばかりの花は濃い紫色だが、時間がたつにつれ、白くなっていく。
 50年ほど前から植え始め、現在は約1000株に増えた。了仙寺は幕末、日米和親条約・下田条約が結ばれた歴史の舞台。訪れた人は華やかな花と、由緒ある建物のツーショットを楽しんでいた。【中村隆】


初代県知事関口隆吉の業績紹介 菊川常葉美術館
 常葉美術館の2010春季特別企画「初代県知事・関口隆吉展」(静岡新聞社・静岡放送後援)が22日、菊川市半済の同美術館で始まった。7月4日まで。
 牧之原の茶園開拓に尽力するなど県の基盤を築き、同市にもゆかりの深い関口隆吉(1836~1889年)の生涯と業績を、県立中央図書館の所蔵品を中心に紹介。関口が勝海舟にあてた書簡や伊藤博文、山岡鉄舟らから関口の元に送られた書簡、肖像画など約100点の貴重な資料を時代ごとに分けて並べる。
 開会式では、常葉学園の木宮一邦副理事長が「地域の偉人である関口隆吉を広く知ってもらう機会にしたい」とあいさつ。同市の太田順一市長は「幕末から明治の激動期の中で関口隆吉がどのような活躍をしたのか、多くの人に理解していただければ」と期待した。
 開館時間は午前9時半~午後5時。入館料は大学生・一般が500円、高校生以下は無料。木曜休館。問い合わせは同美術館〈電0537(35)0775〉へ。


「ペルリ時計」幕末来航の音よみがえる
 幕末に黒船で下田(静岡県)に来航したペリー艦隊が日本人に贈った置き時計が修復された。
 横浜市内の民家から時計を寄託された横浜開港資料館(横浜市中区)は29日~6月6日にぜんまいをまいて針を動かして公開する。
 時計は、1854年にペリー艦隊からペリー艦隊の世話役だった下田奉行の役人に贈られたもので、横浜市港北区の無職但馬惟義さん(84)方に「ペルリ時計」として伝わっていた。但馬さんは、同資料館に「時計を動かしてほしい」と要望していた。
 同資料館の依頼を受けた古時計愛好家の武田信雄さん(66)が内部のさびを落とし、長針を取り付けるなどして時計を修復。ぜんまいをまけば、振り子が左右に動いて「コチコチ……」という音を出し、毎時、時間に応じた回数の「ボンボン……」という音が響くようになった。
 米国の「古時計収集家協会」会員で古時計研究家の加藤晃正さん(72)は「この時計は、ペリー艦隊が日本人に贈った時計の中で唯一現存が確認されているもので大変貴重な史料。今回の修復でペリー来航時の音をよみがえらせることができた」と話している。


山口
文化審答申:「長州藩下関前田台場跡」国の史跡に 世界遺産登録へ大きな前進 /山口
 明治維新はここから始まった--。文化審議会が国の史跡にするよう答申した「長州藩下関前田台場跡」(下関市前田)は、長州藩が馬関戦争(1864年)で英仏蘭米に大敗し、開国、倒幕に転じた「維新起点の地」。下関市の試掘から17年目にして日の目を見ることになった。(18面に「なるほドリ」)
 前田台場跡は、関門海峡沿いの国道9号を唐戸町から長府方面へ走る途中の左側、前田1丁目の高台だ。
 幕末、攘夷(じょうい)を強硬に唱える長州藩は彦島から長府にかけて約20の砲台を築造し、青銅製の大砲などを設置した。前田台場はその一つ。文化審は「低台場(標高10メートル)」と「高台場(同16メートル)」の形状をほぼ当時のままとどめる点などを評価した。
 存在が確認されたのは市教委が試掘した94年。99~02年には県教委が発掘調査し、土塁や大砲を据えた平たん面などが見つかった。その後、市民にもほとんど知られていなかったが、08年9月、福岡県など6県10市が組む「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして世界遺産登録の暫定リスト入り。一躍脚光を浴びた。
 現地を訪ねて高台場から見下ろすと、思いの外、海峡が近く迫ってくる。市文化財保護課の濱崎真二主任らによると、馬関戦争の往時、台場から撃った大砲の弾は4国連合艦隊にまるで届かなかった。一方、艦隊からの砲撃は台場に降り注いだという。埋め立てで海岸線は遠のいたが、変わらない海峡の眺めが146年前の戦闘をしのばせる。
 市は今後、文化庁と協議し、遺跡を守りながら歴史的価値を顕彰するスポット作りを模索する。文化財保護課によると、国の史跡指定は「近代化産業遺産群」の世界遺産登録へ向けても大きな前進だという。ユネスコへの推薦に国の指定は不可欠で、前田台場跡は関門をクリアしたといえる。同課は「スタート地点に立てた。それもありがたい」と二重の喜びに沸く。【取違剛】


大分
銅像と歌碑を建てる会 海舟・竜馬CD製作
 大分市鶴崎の「勝海舟・坂本龍馬の銅像と歌碑を建てる会」(辻野功会長)は、オリジナルCD「海舟・龍馬豊後路をゆく」を製作した。竜馬と勝海舟が長崎を目指して佐賀関から鶴崎、野津原の街道を歩いたという史実を基に「日本の行く末、憂いて語る…海舟龍馬、長崎めざし―」と作詞。維新への志を力強く歌い上げた。収益は史実を伝えるための活動資金に役立てる。
 同会は2009年、2人が佐賀関や鶴崎を訪れたという史実を生かして地域おこしにつなげようと発足。2人の銅像や歌碑、交流を目的とした広場建設などの構想実現を目指して活動している。
 CDで歌っているのは県内のご当地ソングを数多く手掛ける松井猛さん(65)=大分市中津留。鶴崎出身の松井さんが会メンバーに「活動を盛り上げるため歌をつくっては」と提案したのがきっかけ。史実に詳しい同会の北川徹明実行委員長(76)が作詞し、松井さんが作曲した。編曲やパッケージのイラストは松井さんの友人らが協力。地元の人がより親しみやすく、誰もが歌えるように、海舟が鶴崎で詠んだ歌を歌詞の一部に取り入れたものや、音程を変えたバージョンも収録している。
 「維新の心を後世に伝えていくためにも多くの人に歌に親しんでもらい、活動に協力してほしい」と北川さんと松井さん。
 CDは1枚千円。毛利空桑記念館(市内鶴崎)で購入できる。問い合わせは同会事務局(TEL097・527・3343)か、毛利空桑記念館(TEL097・521・4893)まで。


熊本
文化審答申:国指定史跡に、熊本藩・川尻米蔵跡 /熊本
 国の文化審議会は21日、熊本市川尻の熊本藩川尻米蔵跡(外城蔵跡、船着場跡)を国の史跡に指定するよう文部科学相に答申した。指定されれば県内では37件目となる。【勝野俊一郎】
 川尻地区は中世から緑川や支流の加勢川を利用した水運の拠点。1588年、肥後に入国した加藤清正が本格的な整備をしたとされる。軍港としての側面もあり、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には兵や兵糧を送り出した。
 米蔵跡は江戸時代、熊本藩が年貢米の集積や搬出の拠点として利用した。主に藩南部から集めた年貢米をいったん納入して大坂に搬送していたという。1832年の絵図には3カ所に蔵が描かれているが、現存するのは外城蔵の一部だけ。幕末の19世紀中ごろに造られたとみられ、東棟と西棟がある。ともに木造平屋建てで東棟が585平方メートル、西蔵が210平方メートル。個人所有で、二十数年前までは農協の倉庫として使用されていた。
 船着場は16世紀末に整備された。加勢川右岸に13段の石段形式で造られ、全長約150メートル、幅平均4・7メートル、高さ平均3メートル。終戦直後まで天草からの木材を運ぶためなどに使われていたという。
 市教委は「お蔵跡と船着場がそろって残っており、近世の物流、水運の様子を知る上で、全国的にみても貴重な史跡だ。保存や公開方法なども検討したい」としている。




ブックレビュー
【新書】『伊藤博文 知の政治家』瀧井一博著
◎『伊藤博文 知の政治家』瀧井一博著(中公新書・987円) 初代首相として知られているが、その歴史的評価はほかの維新の志士と比べるときわめて地味。幕末に長州5人のひとりとして英国に留学した経験を生かし、明治新政府では憲法を制定、議会を開設した。生涯をたどって彼の素顔に迫る。




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