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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 『プチかげ』ワンセグ先行放送は結局視聴できてません(涙)……総合放送で録画予約しているので、総合放送を待ちます。

宮城
独特の節回しに情感 「余韻の芸術」 詩吟
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 朗々とした男女の声がハーモニーとなって、仙台市太白区の西多賀市民センターの室内に響き渡る。全国有数の流派、日本詩吟学院岳風会に属する「宮城岳風会」。県内に130教室あり、会長の後藤岳宗さん(72)=太白区山田北前町=も市内5カ所で指導する。
 「詩吟は余韻の芸術。いかに余韻を使うかで感情が出てきます」と後藤会長。漢詩や短歌をそらんじるだけでなく、詩の心を最大限に表すため、音に高低や変調を付け、語尾の母音を引っ張る独特の節回しで情感を込めてうたうのが特徴だ。
 この日は徳川幕府の文人、石川丈山の漢詩「富士山」が題材。まずは詩を味わい、作者の意図や作品の時代背景などを学ぶ。その後はお手本に習い、生徒たちが一節ずつ吟じていく。
 時に低い調子で静かに読んだり、高く声を張り上げたり。吟道には「一節、二声、三品」という教えがあり、暗唱するほど読み込めば自然に声が立ち、節も声も調えば気品が出てくるとされる。
 詩吟は藩校で漢詩の素読が行われた江戸時代からあり、特に幕末には勤王の志士が悲憤慷慨(こうがい)をうたい、自らを鼓舞する表現手段として盛んになった。
 姿勢を正し、腹式呼吸を使う詩吟は健康にもいいとされるが、何より、古今の英知や哀歓が詰まった詩歌を高らかにうたうことが、すがすがしく晴れ晴れした気持ちをもたらす。
 後藤会長は「上手下手は二の次。歴史と教養が身に付くし、吟道は精神修養にもつながる。流派の精神にあるように『吟じ終わりて清風起こる。一吟天地の心』です」と魅力を語る。

◎腹式呼吸鍛えて暗唱
 教本には漢詩、和歌、俳句に加え、石川啄木や宮沢賢治などの新体詩も取り上げられており、女性や初心者にも親しみやすい。最近は漫談を吟じるお笑い芸人も登場し、子どもや若者にも知られるようになった。
 腹式呼吸を鍛錬し、詩を暗唱するほど吟じ込むのが基本。「洋楽と違い、音階がないので音痴がない。自分の声の高さでいい」と後藤会長。声量が出て、ちょっとした体育館ならマイクなしで後方まで声が通るようになり、カラオケも上手になるという。
 かつては40、50代が多かったが、現在は70歳前後で入門する人も珍しくない。習い始めて4年目という太白区西多賀の加藤羊子さん(72)は「腹式呼吸が健康にいい感じがします。暗唱するのも脳の訓練になります」と話している。



神奈川
幕末の横浜 遊女の悲劇 能舞台で一人芝居上演 あす鎌倉
 開港百五十年を迎える横浜。この地に開港とともに誕生した港崎(みよざき)遊郭で、「らしゃめん」と呼ばれた外国人相手の遊女が、幕末の歴史に翻弄(ほんろう)されて悲劇の道をたどる創作劇の一人芝居「五十鈴楼 おいとの話」が三十一日、鎌倉市で上演される。 (斎藤裕仁)

 公演は、アジアとの文化交流やイベントを行っている市民団体「醒土舎(せいどしゃ)」の主催。代表の田端敏生さん(70)が原作と脚本、演出を担当した。

 芝居は、幕府の開国政策でらしゃめんとなった漁師の娘が、外国のスパイに仕立てられて追われ、理不尽な最期を迎える物語。女優原田紗世子さん(22)が一時間余、演じる。
 会場は、市景観重要建築物に指定されている「村上邸」内の能舞台。源頼朝の屋敷があったとされる西御門の静かな谷戸にある。私邸のため、一般公演に使われることはまれで、歴史の背景と緑豊かな環境が舞台効果を高めると期待されている。
 田端さんは「幕府に利用された揚げ句、都合が悪くなると捨てられたらしゃめんを通し、現代の格差社会に通じる不条理さを訴えたかった」と話す。
 能舞台でリハーサルを終えた原田さんは「相手のいない芝居は難しいが、時代に翻弄されながら、精いっぱい生きようとした女性の姿を表現したい。能舞台は、近代的なホールとは音の響きが全く違い、神秘的な力を感じる。この舞台に立てて光栄。力いっぱい演じたい」と意欲を語っていた。


長野
【須坂市無形文化財の古川刀匠】新作名刀展で初の日本一
 須坂市指定無形文化財の古川清行刀匠(61、村石町)は、平成21年新作名刀展((財)日本美術刀剣保存協会主催)で日本一に当たる「日本美術刀剣保存協会会長賞」に決まった。受賞式は6月9日、刀剣博物館(東京・代々木)で。同日から21日まで刀剣博物館で、その後は7月1日~20日まで山形県鶴岡市の致道(ちどう)博物館で展覧される=写真は25日、八町薬師に隣接する鍛刀場で。
 出展は刀。銘は信濃国清行、平成21年春。長さ約74cm。現在全国で約200人が作刀活動を続けているという。約25人が活躍する宮入一門での最高賞受賞は、人間国宝故宮入行平氏(坂城町)人間国宝天田昭次氏(新潟県)人間国宝大隅俊平氏(群馬県)上林(かんばやし)恒平氏(山形県)河内国平氏(奈良県)宮入小左衛門行平氏(坂城町)に続いて7人目。
 日本刀の製作は戦国時代まで鉄の産地に刀かじが存在していた。備前、京、大和、美濃など。江戸時代は各藩のお抱えとなり、刀かじは各地に分散した。平和な時代が続くと美術品として進物用などでも流通したという。
 明治の廃刀令以降、刀工はほぼ存在しなくなったが、戦後、古川刀匠の師宮入昭平氏が刀匠を夢見て上京し、腕を磨き、今日全国有数の一門形成に至っている。師は人間的魅力にもあふれ、弟子を熱心に育成。古川刀匠の弟子入り当時は5~6人が住み込み、最盛期の感があったという。
 信州では幕末に東部町出身の山浦真雄、清麿兄弟と真雄の子兼虎が活躍し、江戸でも名をはせていた。「(宮入師は)山浦一門を目標に実戦向きでより美しい刀を追い求めた」(古川刀匠)。
 「名刀と呼ばれる日本刀は、時代の古い鎌倉時代に多い」と古川刀匠は指摘する。当時の刀はどんなふうに作っていたのか。宮入一門に入門する動機でもある製法の謎を完成品から探る長い旅は、40年の歳月を費やしここに「日本一の栄冠」へと結実した。
 「名刀はできた時から名刀で、名刀と認められて残った。古い時代の物と比べるとまだまだだが、表現したい物が少しずつ形になってきたとは思う。頼るのは自分だけ。作者とすれば去年よりわずかでもよかったと言われると気持ちの上ではありがたい。頭の中で精彩を放つ古い刀がライバルなのでいつまでたっても追いつけないが、創作意欲が高まる日本一の評価はうれしい」と話す。







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