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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日もところによっては30度になろうかという陽気でした。梅雨の前なので空気が乾いているため、暑くても過ごしやすいと思います。

栃木
地図を集めた企画展 那須野が原博物館
【那須塩原】江戸時代後期から現代までのさまざまな地図や絵図約80点を展示する企画展「じっくり地図をみる-世界地図から那須野が原まで」が那須野が原博物館で開かれている。6月13日まで。
 同館は那須野ケ原開拓に関する地図や本県や日本地図、世界地図など大小200点以上の地図を保有。展示はこの4種ごとに特徴的なものを選び、多種多彩な「情報の玉手箱」(同館)という地図の面白さを紹介している。
 「日光塩原御案内(部分)」(1915年)は大正期の色鮮やかな鳥瞰図。京都出身の絵師吉田初三郎による観光パンフレットのはしりのような地図で、東照宮や華厳の滝などを楽しげなタッチで描いている。
 幕末の作とみられる小林公峯作「万国地球全図説(部分)」は、やや太めに描かれた日本を中心とした世界地図の周りに、海外の大型船の絵と説明文が。こうした地図が「当時の志士の心を大いにかき立てたのでは」と同館の金井忠夫館長と話す。
 観覧料は一般300円。月曜休館(休日の場合は開館)。5月30日午後2時から展示解説、同22日午前9時半から見学会を開く。
 問い合わせは同館電話0287・36・0949。


水戸
【ご当地名士列伝】北辰一刀流と水戸学を脈々と継承 響く唱和「文武不岐」を現代に 水戸東武館第7代館長、小澤智さん(72)
 土佐から江戸に出た坂本龍馬は北辰一刀流を学んだ。入門先は開祖、千葉周作の弟、定吉の道場だ。この合理的な剣術流派を学んだ幕末の重要人物は数多い。龍馬のほかにも浪士組幹部の清河八郎、山岡鉄舟、新撰組では山南敬助、藤堂平助…。この北辰一刀流が継承されているのが、水戸市中心部にある道場、水戸東武館(水戸市北見町)だ。
 小澤智館長(72)は「攻めて攻めて相手の起こりを打つ。これが北辰一刀流の神髄」と話す。常に攻める姿勢を示して気迫で圧倒し、相手がたまらなくなって動き始めたところをバッサリと切る。「気持ちで攻め勝っていれば、後は楽になる」
 北辰一刀流は江戸時代後期、防具が発達し、竹刀で打ち込んでけいこをする実践的な剣道が発展していく中で登場した。「周作の教えは分かりやすいと評判で、多くの門弟を抱えた」(小澤館長)
 現在、通常のけいこは基本的な剣道と違いはないが、木刀を使って形を披露する演武に特徴がある。防具をつけず、寸止めが基本となる剣道の形とは違い、鬼小手と呼ばれる通常よりもかなり大きな小手をつけて、思い切り打ち込む。小澤館長のもと、北辰一刀流の技を磨く師範の一人、小薗寿嗣さん(68)は「相手が切りかかってくる刀を落として突く技、下から斜めに払って小手を切る技がある」という。
 水戸東武館は明治7(1874)年に開館。初代館長、小澤寅吉は江戸勤番時に周作の道場、玄武館で修行。水戸に戻った後は藩校、弘道館で北辰一刀流教授を務めた。周作も水戸藩9代藩主、徳川斉昭に招かれ剣術師範として北辰一刀流を教授しており、その流れが脈々と受け継がれている。
 明治維新で武士階級が消え、日本が急速に西洋化していく時代、「武士道が滅び、つまり日本人の心のよりどころがなくなってしまう」と心配した寅吉が開館したのだ。
 同館では現在、少年の部、中学生以上の一般の部、さらには、なぎなた部、居合道部で計130人以上がけいこに励む。道場で教えているのは剣道の技だけではない。
 長年、高校教諭を勤めた小澤館長は教育者としての目も持っている。けいこが終わると、子供らに「なせばなる、なさねばならぬ」と唱和させ努力の大切さを教える。小澤館長は「子供たちには話を聞かせるより、自ら発声することでインパクトがある。長幼の序、人間としてのあいさつ。剣道を通して基本的なことを教えたい」と話す。
 開館以来の基本精神は「文武不岐」。知識(理論)を行動(実践)で確かめ、行動を知識によって立証する実証的精神で、黄門様、徳川光圀以来の水戸学の根幹にある精神。現代にも通じる文武両道、「勉強にもスポーツにも」という精神だ。
 幕末の志士らに大きな影響を与えた北辰一刀流と水戸学の精神が、出発点の地では脈々と受け継がれている。

 ■こざわ・さとる 昭和13年、横浜市生まれ。東京教育大卒。39年に茨城県立日立市商業高校教諭に採用され、県立高萩高校長などを歴任。体育教諭、剣道部顧問として生徒の指導にあたる。退職後、平成14年に館長に就任。20年、「春の叙勲」で瑞宝小綬章を受章。




東京
中央線ものがたり2:/4 日野 新選組のふるさと /東京
◇天然理心流受け継ぐ
 日野市日野本町の八坂神社に、剣の上達を願い1858年に納められた天然理心流(てんねんりしんりゅう)の奉納額が残る。名を連ねるのは井上源三郎、沖田惣次郎(総司)、嶋崎(近藤)勇ら。日野で生まれた土方歳三も加え、後に新選組の中心となる面々は、剣を通じて日野に集い、結束を深めた。その「新選組のふるさと」で今も、隊士の子孫らを中心に天然理心流が受け継がれている。
 天然理心流は1790年ごろ編み出された武道で、新選組局長、近藤勇は4代目宗家にあたる。現在、同市で一般公開されている「日野宿本陣」は当時の主、佐藤彦五郎が自宅に開いた道場で、近藤や土方、井上らが鍛錬を積んだとされる。
 本陣でガイドを務める大久保昭男さん(77)が練習用の木刀を見せてくれた。ガイドとして「歳さん」や「源さん」について語るうちに、彼らの剣を知りたくなり、自らも70歳で学び始めた。太くずっしりと重い木刀の重さは約2キロ。「腕力もつくし、気合も入る」と大久保さん。
 「軽い竹刀は動きやすく、間合いが遠くなったり近くなったりしがち。重い丸太で正しい自分の間合いを体得できる」と、近藤から数えて5代目の子孫で、天然理心流9代目宗家の宮川清蔵さん(71)=茨城県牛久市=は説明する。「重いと振るにも気合も必要。気合は恐怖心を取り除き、相手を恐れない胆力は強さになる」。木刀が実戦に強い理心流を築き上げてきた。
 宮川さんは市民に請われ、05年から月に2回、同市で約40人に剣術を教えている。メンバーには六番隊長・井上の5代目子孫、井上雅雄さん(55)の姿も。井上さんは「最後まで武士道を貫いた近藤や井上のように、理心流を通して武士道を生涯学びたい」と言う。
 井上さんは宮川さんを「武士道を引き継ぐ人。ずっとついていきたい」と慕う。宮川さんも「源三郎さんのように支えてくれる雅雄さんがいるから日野に通い続けている」と、世代を超えた師弟関係が続いている。
 宮川さんが指導する道場は市内の「新町交流センター」。次回は8日午後6時から行われるが、見学は自由。9日午後1時からは八坂神社で宮川さんと井上さんらによる演武も奉納される。
 人を切る必要のない現代。剣術を学ぶ理由を宮川さんは「自分の内の邪心に打ち勝ち、追い払うため」と説明する。「人として歩むべき道を教えるのが天然理心流。日本の伝統文化として日野のみなさんにつなげてほしい」と願っている。【喜浦遊】

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 ◇日野
 1890(明治23)年開業。1937年に線路の複線化で当初より南に300メートル移転。古民家風の駅舎が人気。


静岡
文科系記者忍者ドラゴンの道『裏道には裏エピソードが存在した』 東海道三大関所~気賀関所~
 東海道三大関所である気賀関所(きがせきしょ)には、パンフレットには書かれていない裏エピソードが存在する…場所は徳川ゆかりの地・静岡県浜松市。

 慶長6年(1601)に徳川家康によって創設されたといわれ、旅人のチェックや、鉄砲の取り締まりをおこなっていたそうだ。
 もちろん曲者(くせもの)と疑われたら、関所内にある牢屋に放り込まれることになる。問題なく関所を通るためには通行証、いわゆる通行手形が必要だが、発行されるには身分がはっきりとわかる者という基準が明確に存在する。つまり、何か犯罪を犯したお尋ね者は、通行手形が発行されないわけだ。

 当時の気賀関所の営業時間は朝6時~夕方18時までだが、この地を統治していた旗本・近藤家は地元民に対しては犬が通る道、通称『犬くぐり道』といわれた裏道を作った。
 『犬が通る道だから人が通るわけがない』という大義名分で黙認して、営業時間外でも地元民が特別に関所を通れるように配慮していたのだ。そうはいっても、お尋ね者が利用しないように目を光らせたのは言うまでもない…がそのスキを見逃すようならお尋ね者とはいえない。

 幕末のお尋ね者として有名な清水次郎長の弟子と知られる『森の石松』がその1人である。
 筆者が気賀関所に関わるある情報筋から聞いた話だと、森の石松は関所の裏道『犬くぐり道』を関所サイドに見つかることなく、自由に利用していたとのことだ。
 どういう手法を使って裏道『犬くぐり道』を通ったかは、残念ながら不明である。この裏エピソードは、真実かどうか証明できる歴史的資料が無いため、気賀関所の公的なパンフレットやホームページには記載されることはないが、物語や伝説として語り継がれていると、前出の情報筋が話してくれた。
 この国には長きにわたり、語り継がれる裏エピソードがまだまだ眠っている。

文科系忍者記者ドラゴン・ジョー(山口敏太郎事務所)




高知
雑記帳:双子のヤギ「りょうま」と「おとめ」 め~コンビ
 高知市のわんぱーくこうちアニマルランドで、双子のヤギの赤ちゃん「りょうま」と「おとめ」が先月誕生。大型連休中の4日、一目見ようと、大勢の観光客が訪れた。
 「りょうま」は前脚の真ん中付近から下が黒。ブーツを履いた坂本龍馬に似ていることから名付けられた。体が一回り大きい姉の「おとめ」と一緒に元気に駆け回っている。
 離れて暮らしてからも頻繁に手紙を交わし、慕い合っていた幕末の志士、龍馬と姉の乙女。ヤギの姉弟も仲の良さでは負けないほどで、こちらも“め~コンビ”です。【千脇康平】


土佐・龍馬であい博 高知県の知名度向上 想定を上回る観光客
 「高知の“(坂本)龍馬”へ来てみいや」と誘われて、高知県で今年1月から開かれている「土佐・龍馬であい博」が活況だ。JR高知駅前のメーン会場「高知・龍馬ろまん社中」は期間中(1月16日から来年1月10日まで)の入場者目標を40万人と想定していたが、現状では60万人を超えるいきおいという。「高知県の知名度向上」(尾崎正直知事)を、であい博の最終目標に据える高知県は早くも、閉幕後の「ポストであい博」に向けて動き出した。キーワードは、高知県の観光資源である「歴史と食」だ。
                   ◇

■歴史と食 土佐を丸ごと体感

 であい博は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送開始にあわせて始まった。公式ホームページをのぞくと「豊かな自然や暖かい人情、おいしい食と地酒のある国、高知県。これらの魅力を“こじゃんと”(徹底的に)詰め込んだ」とある。龍馬(高知市=メーン会場)のほか、岩崎弥太郎(安芸市=サテライト会場)、ジョン万次郎(土佐清水市=同)といった幕末維新の偉人のふるさと、脱藩の道(檮原町=同)を訪れ、土佐の人と自然と食を丸ごと体感するイベントだ。
 東京・羽田空港から約1時間30分、高知龍馬空港に降り立つと、そこはもう、龍馬のふるさとだ。空港内は龍馬一色で、乗り込んだ観光バスも龍馬が出迎えてくれた。龍馬や弥太郎らが描かれたラッピングバスだ。このバスが県内の4会場を移動するだけでPR効果は十分。
 龍馬の高知を満喫するには、メーン会場にある観光情報発信館「とさてらす」が便利だ。アンテナショップとして観光スポットや旬のグルメ、特産品などを紹介。訪れた観光客が高知県全体を知り理解するのに役立っており、県内観光の盛り上げに一役買っている。
であい博を訪れたときは平日の雨にもかかわらず、高知・桂浜の県立坂本龍馬記念館では幅広い年齢層の龍馬ファンが熱心に資料を読み展示物を見つめていた。安芸市の岩崎弥太郎生家でも多くの観光客が庭の一角に石を並べて作った日本列島に見入っていた。その途中で寄った安芸市名物の「釜揚げちりめん丼」を食べた飲食店もにぎわうなど観光客はどこでも、みな満足げだった。

                   ◇

 ■「おもてなしの精神」観光客引きつける

 日銀高知支店が公表した4月の高知県金融経済概況によると「景気は厳しいものの持ち直しに転じつつある」という。その理由として、龍馬ブームで平日も含めて観光施設の人込み、宿泊客数の増加で「観光関連産業が上向いている」と指摘している。
 しかも、中部地区だけでなく東部や西部にも広がりを見せている。東の安芸市、西の土佐清水市、山間部の檮原町と3カ所にサテライト会場を設けるという「点と点と結ぶ仕掛けが観光客に受け入れられ、浸透してきた」(土佐・龍馬であい博推進協議会運営委員長の宮村耕資氏)成果だ。
 まさに龍馬効果が高知県全域に広がりつつある。尾崎知事は「県内全域に龍馬ゆかりの地があるので県内を回って、こういう地域があって、こういう食べ物があって、こういう特産品があることを知ってほしい。これが本当の意味での最終目標だ」と強調する。
 これを受けて、であい博総合プロデューサーの西川りゅうじん氏は「そのためには、おもてなしの体制を整備する必要がある。地元が地元の良さを知ってコンシェルジェとなり観光客を案内することで、観光客が県全域を回遊するようになる」と説く。
 幕末に大活躍した龍馬らの歴史だけに目が奪われがちだが、食でも観光客を引きつける魅力をもつ。リクルート発行の旅行情報誌「じゃらん」の宿泊旅行調査で、高知県は2007年に「おいしい食べ物部門」で全国1位を獲得した。08年、09年は2位だ。
 高知の酒宴「おきゃく」に欠かせない皿鉢料理は豪快の一言に尽きる。高知といえばカツオのたたきだが、塩で食べると味も格別だ。地酒もたまらない。高知市内で毎日曜日に開かれる街路市には朝採れたばかりの旬の野菜や果物が並ぶ。日本一の日照時間や年間降雨量が育てたといえる。
 ただ、龍馬伝は年内で終了。であい博も来年1月には閉幕する。観光客が来年、減少に転じるのは目に見えている。この落ち込みを小幅にとどめる鍵が「おもてなしの精神」だ。歴史と食という豊富な観光資源との相乗効果でポスト龍馬伝、ポストであい博に貢献するはずだ。
                   ◇

■滞在型・体験型観光 リピーター誘う

 では具体的にどんな対策を取ろうとしているのか。
 尾崎知事は「龍馬ブームはそんなに早く終わらない。来年以降につながる関係を西日本高速道路(NEXCO西日本)や旅行会社と構築できた。新たな観光商品の開発など(であい博で発揮した)チャレンジ精神も生かしたい」という。
 NEXCO西日本グループはであい博を盛り上げるため、管内エリアでポスターを掲出しパンフレットを配布。チケット販売でも協力した。高知県の持つ歴史と食という観光資源は、同社にとっても高速道路を利用してもらうのに強力な武器になる。良好な関係を保てれば、来年以降の観光客誘致、リピーター確保も可能になる。
 高知市の安藤保彦副市長は、「観光客数を高止まりさせるには、今年訪れた観光客をリピーターにする仕掛けが必要だ」と指摘する。つまり、龍馬伝に出てくる強烈な個性の持ち主と、それをはぐくんだ風土と文化をもっと知ってもらう取り組みが求められるというわけだ。
 そのひとつが「土佐っ歩」の充実。高知市内にある龍馬ゆかりの地を観光ガイドと歩く「龍馬の生まれたまち歩き」は「龍馬誕生コース(約80分)」「龍馬と仲間達コース(120分)など6コースを用意。どれも好評で、コースの拡充を図れば龍馬ファンがリピーターになりうる。龍馬だけでなく、弥太郎や中岡慎太郎、ジョン万次郎などでも同様なゆかりの地巡りを作ればいい。尾崎知事も「一泊できるプランを東部や西部でも作る。その資源はある」と言い切る。
 というのも、以前は南国リゾートで観光客を呼べたが、観光でブランド力を持つのは沖縄と北海道だけ。高知県としては、龍馬伝とであい博で再発見した「知られざる高知県」を滞在型・体験型観光でアピールする必要があるからだ。
 このときに強力な武器となるのが地元グルメ。豊富な水と太陽に加え、山、川、海と自然に恵まれ、食材は豊かだ。龍馬ゆかりの地を巡りながら味わった食べ物は地元ならではのものばかり。もう一度食べたい衝動にかられるはずだ。リピーターを誘うため、7月には東京・銀座にアンテナショップを開くという。
 高知県は人口減少と高齢化が進む。1人あたりGDPは46位と厳しい経済環境に置かれている。生産年齢人口は減り、消費市場も縮小傾向にある。頼りは県外。つまり地産外商が重要になってくる。そのための売れるモノづくりが求められる。であい博で知名度を上げ、県全域ににぎわいをもたらしたのは間違いない。だからこそ、ポストであい博ではリピーターの獲得と滞在時間の延長、口コミによるイメージアップが求められる。来年も「高知へ来てみいや」といわせてほしい。

                   ◇

 ≪土佐・龍馬であい博推進協議会運営委員長、誘致・広報部会長 宮村耕資氏(ホテル南水社長)≫ 

■ドラマで関心 魅力を継続して発信

 「土佐・龍馬であい博」は開幕から約4カ月を経過した。そこで、であい博推進協議会運営委員長で誘致・広報部会長を務める宮村耕資・ホテル南水社長に現状と今後の展開などを聞いた。

 --多くの観光客が『であい博』に訪れているようだが

 「1月3日の大河ドラマ『龍馬伝』放送開始、同16日の『であい博』開幕で、龍馬のゆかりの地に足を運ぶ人が増えた。ホテルも3月は異常なくらい混雑し、弊社については前年比17%増だった。日本のヒーロー、坂本龍馬はやはり別格だ。(龍馬伝で龍馬役の)福山雅治効果も手伝って観光客の年齢層も幅広い。弊社(龍馬生誕の地に建つホテル)では、ホテルの1~7階に龍馬の33年間の生涯などを時系列に紹介する龍馬ギャラリーを開設し開放しているが、週末には飛び込み客がやってきたり、彼氏を連れてくる龍馬ファンの歴女(歴史好きの女性)も増えている」

--ドラマ効果が大きい

 「意外と県民も龍馬のうわべだけしか知らなかったようだ。放送開始で『土佐人なら龍馬のことをもっと知らないといけない』と関心が高まった。1~2月の動員力は県民が中心で、このころは日帰り旅行客が多かった。だが、日増しに人が人を呼ぶ格好で、にぎやかになり瀬戸内、関西へと広がっていった。観光客は四国、中国、関西が主流だが、飛行機を使うと首都圏からも来やすいので、観光客に占める首都圏のシェアは高い」

 --今後の集客作戦は

 「観光客は5月2~5日がピークで、高知市内の宿泊施設は満杯状態。東部、西部も非常に込んでいる。連休明けの6日から7月16日まで、首都圏を中心として『JAL麗(うら)らか四国』キャンペーンが展開される。この商品をベースに誘客するとともに、官民あげて個人旅行者、一般・募集型団体旅行に対し、春のベストシーズンをアピールしていく。一方で、高知県の魅力を連続的に発信することで、関心から旅行へとつながるアプローチをイベントやアンテナショップ、メディアなどを通じて展開していく」



大分
杵築市で恒例の「お城まつり」開幕…5日まで
 杵築市の中心街一帯で4日、「きつきお城まつり」が始まった。歴史情緒あふれる旧杵築城下町を甲冑(かっちゅう)や、あでやかな着物姿の人々が練り歩き、多くの観光客らを楽しませた。5日まで。
 大型連休の恒例行事で23回目。参勤交代の大名行列を再現したメーンイベントの「江戸行列」には、城主や奉行、鉄砲持ちの武士などにふんした市民ら約60人が参加。「下に、下に」のかけ声に合わせ、幕末の商家跡などが立ち並ぶメーンストリートを行進した。
 城主にふんした福岡市中央区の会社員小野裕寛さん(29)は「沿道からたくさん写真を撮られて緊張したが、時代劇の一幕のような町並みを城主気分で歩けて気持ちよかった」と語った。夜には、花魁(おいらん)にふんした女性たちによるパレードも行われた。
 5日は午前11時から、仮装してかごを運ぶタイムやパフォーマンスを競う「かごかき仮装レース」、午後2時からは、江戸行列が大衆演劇場のきつき衆楽観をスタートする予定。
 問い合わせはまつり実行委(0978・62・3131)へ。







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