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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 東京は雨が上がって一転、最高気温25度と真夏日の予報です。ただ、湿度が低く、風が冷たいので、過ごしやすく爽快です。
 たくさん洗濯しました(苦笑)。

千葉
雨城廼一滴:久留里藩史を翻刻 君津・上総古文書の会が刊行 /千葉
雨城廼一滴:久留里藩史を翻刻 君津・上総古文書の会が刊行 /千葉
 君津市の「上総古文書の会」は、江戸時代に久留里藩士だった森勝蔵が藩の出来事や武士の礼法をまとめた「雨城廼一滴(うじょうのいってき)-上総久留里藩主黒田氏の記録-」を翻刻し刊行した。2年前には藩主の日記的な「御明細録」を出版しており、2冊で藩の概観を理解する基本的な資料がそろった。
 3万石の久留里藩は、幕末まで黒田家が治め、森家は藩の家老だった。勝蔵は明治維新後の時代の変化を憂い、藩史を編さん。1895(明治28)年に全33巻の「雨城廼一滴」を和紙につづった。
 久留里城は築城時に降雨が多かったところから「雨城」と呼ばれ、「一滴」は藩の記録の一部といった意味合いという。勝蔵は、藩主の出馬行列図▽藩校の様子▽藩庁間取り図▽御旗、陣傘、陣羽織などの藩士の服装図▽大砲、弓矢、太刀、ナギナタなどの武具▽大太鼓、道具、食器などを記憶をたどって絵筆を走らせた。色付きで細かく描いており、江戸時代の様子がよく分かる。
 火災で一部焼失し、勝蔵が再度資料を集めたが、原本のうち10巻分は欠けている。
 今回、会員4人が久留里城址資料館に保管されていた「雨城廼一滴」原本を解読し、5年がかりで活字化。刊行した本には森勝蔵や歴代藩主の解説、年表も載せている。渡辺茂男代表は「270年間の黒田藩主時代の様子がよく分かる。原本の文字は判読できても、現代では意味が確認できない用語も多かった。おかげで、知らなかったことも勉強できた」と話している。
 A5判、555ページ。市内の図書館、公民館や教育施設に配布した。原本はマイクロフィルムで県文書館で閲覧できる。上総古文書の会(電話0439・32・4525)。【児玉賢二】


神奈川
アイスクリーム記念日に「横濱馬車道あいす」5,000個無料配布
アイスクリーム記念日に「横濱馬車道あいす」5,000個無料配布
 馬車道商店街は開催中の「アイスクリーム発祥記念イベント2009」で、「アイスクリームの日」の5月9日、タカナシ乳業の協力により「横濱馬車道あいす」を無料配付する。
 同イベントは初夏を彩る恒例の催しで今年で31回目。1869年(明治2年)5月9日、町田房蔵により、当時「あいすくりん」と呼ばれていた日本で初めてのアイスクリームが、馬車道通りに開業した「氷水屋」で製造販売されたことを記念して毎年開催されている。
 今年は「横濱開港150周年プレミアム」企画として、当時のアイスをもとに作られた「馬車道あいす街頭プレゼント」(5,000個)、馬車道の飲食・販売店によるワゴンセール「馬車道マルシェ」のほか、馬車道シアターなどの「馬車道プレミアム招待イベント」を実施する。
 「馬車道マルシェ」は5月7日~9日、馬車道商店街に店を構えるかつれつの老舗レストラン「勝烈庵」やジュエリーショップ「アートジュエリー馬車道サロン」などの店舗が自慢の商品を特別価格で提供する。
 5月8日は「馬車道プレミアム招待イベント」として、SSTプロデュース公演・馬車道シアター「幕末あいすくりん伝説 房蔵くんがゆく」を公開する。会場は、関内・小ホール、申込制。18時より。
 5月9日は、鹿鳴館ドレスに身を包んだ横浜観光親善大使らによる「馬車道あいす」の無料配布のほか、「横浜開港150周年ノボリ旗」で装飾された英国製馬車を背景に、マスコットキャラクター「たねまる」と一緒の「記念撮影コーナー」を設ける。
 同商店街は、横浜開港150周年にあわせ、従来発行している「馬車道絵地図」を全面リニューアルした「馬車道浪漫」を発行。馬車道の歴史的建造物、彫刻、記念碑、イベントなどを網羅した内容で、手に持って散策を楽しめるガイドスタイルの構成になっている。マザーポートインフォメーションBOXほかに配布。
 「アイスクリームの日」は1963年に日本アイスクリーム協会が定めたもの。同協会神奈川支部は、1976年にアイスクリーム発祥記念のブロンズ彫像「太陽の母子像」を寄贈し馬車道通り(常盤町4、スターバックス前)に設置した。製作者は高村光太郎に師事した札幌出身の彫刻家の本郷新で、「太陽の母子」をアイスクリームの原料のミルクから連想し、母乳で子どもを育む「母」のイメージで制作したという。
 アイスクリーム配布は、12時より馬車道広場で配布。馬車道マルシェの開催は、11時~18時。


岐阜
各務原の「安積門」は大垣城鉄門の可能性
 加納城の門を移築したとして伝えられてきた各務原市蘇原野口町の通称「安積門」が、同市の調査で大垣城の鉄門(くろがねもん)の可能性が高いことが分かった。城郭内にあったとされる30以上の門のうち、本丸の表口にあった厳重な門の一つとみられる。市は中山道鵜沼宿(同市鵜沼西町)に移設し、8日から公開を始めた。
 大垣城は明治維新後、当時の県が門など建物の公売入札を実施。大垣城にあったとされる門は現在、県内に7棟が現存するとされてきた。鉄門は安積輝夫さん(70)=各務原市蘇原野口町=の先祖が庄屋時代に、加納城の門として人づてに譲り受けたと代々伝えられてきたが、明確な史料はなく、大垣城説も一部にあった。
 門は老朽化して維持管理が難しくなり、輝夫さんが昨年、市に寄贈。市は文化財として中山道鵜沼宿に移設しようと解体修理を行ったところ、門の土台から墨書が見つかった。
 門は高さ4・5メートル、間口5・7メートルで切り妻造りの屋根のある高麗門様式で、扉は短冊状の鉄板が敷き詰められた強固な形状。墨書には幕末の大垣藩の大工奉行ら10人以上の署名があり、門の修繕時に記した可能性が高いことが調査で判明。門の鬼瓦からは、大垣に在住した瓦師「惟徳」の刻印も見つかった。また、大垣市史によると県が公売入札時に告示した大垣城の一覧に「鉄門、高一丈一尺、巾三間」の記述があり、大きさが安積門とほぼ一致する。
 各務原市は今後、建築年代を特定するため「年輪年代測定法による木材調査などを検討したい」としている。


京都
マンガで学ぶ新島襄の半生…同志社大教授監修
3択100問“検定”本も
 同志社大(京都市上京区)は、昨年、創立者の新島襄生誕165周年を迎えたことを記念し、新島を紹介するマンガ「マンガで読む新島襄 自由への旅立ち」(A5判、244ページ、税込み1000円)と、らくたび文庫別冊「新島襄検定100問 同志社大学の軌跡」(文庫判、128ページ、税込み700円)を作った。

 マンガは、創立者をわかりやすい形で卒業生や、地域の人々に知ってもらおうと、中学生でも分かる内容にした。新島の手記や手紙などの遺品を基に、同大学で新島の研究を続ける本井康博・神学部教授(日本キリスト教史)が監修し、漫画家、能田茂さんが作画を担当した。
 冒頭で、新島が幕末の安中藩(群馬県)の江戸藩邸で生まれた生い立ちや幼少期の様子を紹介。自由を求め21歳で米国に密出国し、米国でキリスト教の洗礼を受け、将来、大学を作るための寄付を集めて1874年に帰国した新島。作品ではこうした青年期の姿や、その後、同志社大の前身となる私立学校を作るまで、その半生が生き生きと描かれている。
 能田さんは「同志社設立のため、米国・ラットランド市の教会で寄付を募る演説シーンは私の思いのたけをぶつけて描いた。新島の教育に対する志がよく出た場面」とコメントしている。
 「新島襄検定100問」は一般の人に募集した新島に関する知識を基に制作。卒業生を中心に54人から253問の応募があり、そのうちの100問(3択式)を収録した。検定試験などは行わず、入門書として発行した。監修した本井教授は「検定本の内容はなかなかの難問ぞろいとなった。まずマンガや伝記を読み、その後に検定本で新島の世界に深く入っていってほしい」としている。
 ともに同大学今出川、京田辺キャンパスの生協書籍店や、各書店などで取り扱っている。問い合わせは同大学広報課(075・251・3120)へ。


長崎
幕末のモニュメントデザイン募集 さるく推進委、ゆかりの6カ所に設置
 長崎市や市民団体などでつくる「さるく観光幕末編推進委員会」(松藤悟会長)は、安政の開港百五十周年を記念し、市内の幕末ゆかりの地に設置するモニュメントのデザインを募集している。三十一日まで。
 開港百五十周年を記念するとともに、幕末の長崎や志士が持つ魅力を発信し観光活性化につなげようと企画した。設置場所は、土佐商工会跡(浜町)、薩摩藩蔵屋敷跡(銅座町)など六カ所。各場所ごとに、ゆかりのある幕末の志士やエピソードなどがモチーフとなるデザインを募集する。
 同委員会などでつくるモニュメント選定委員会が六月中に、各場所から一点ずつ計六点を選定。選ばれた作品は「長崎さるく」のホームページで発表する。最優秀一点と優秀賞二点には賞金が贈られる。モニュメントは「長崎さるく幕末編」開催期間中(十一月三十日まで)に順次設置していく予定。
 市役所ほか、行政センター、支所などに置かれた応募用紙にデザインの趣旨やモニュメントの原案など必要事項を記入し、郵送か持参で受け付ける。応募用紙は、「長崎さるく」のホームページからもダウンロードできる。問い合わせは同委員会事務局の市さるく観光課(電095・829・1314)。


住時しのぶ石畳
 見出しは「往事」を誤って「住事」と表記しているのでは?
■2NPO、諫早の長崎街道に整備
 江戸時代の長崎街道(今の長崎市―北九州市)にあった松並木の復元や景観の整備に取り組む県内の二つのNPO法人が、当時の街道にあたる諫早市久山町の旧茶屋の坂道(長さ約60メートル)に石畳の小径(こみち)を作った=写真。石畳には、長崎市の路面電車の敷石として30年ほど使っていた御影石を長崎電気軌道(同市)から譲り受け、2カ月かけて敷き詰めた。
■路面電車の中古敷石生かす
 取り組んだのは、長崎街道松並復元会(執行利博代表)と諫早市のふれあいフレンド(南条博代表)の計約15人。現地の街道の坂道は草や木が生い茂り、土もえぐれて一部は通れなくなっていた。ふれあいフレンドなど地元の人たちが「街道を復元して諫早の観光名所にしよう」と、3年前から整備を続けていた。
 復元会は昨年、長崎電気軌道に「街道に敷くことで歴史に残しませんか」と呼びかけ、中古の敷石百数十個を譲り受けた。だが1個の重さは約40キロ。年末から今年初めにかけて車で現地に運び込んだものの、それからが「難工事」になった。みんなで交代で抱きかかえ、何本も並べた竹の上を滑らせるなど工夫を凝らし、坂道にきちんと並べて敷いた。
 辺りに一里塚があったことから街道の案内看板も設置。塚の上や街道沿いにはクロマツの幼木を植えた。
 作業は県民ボランティア振興基金の補助を受けた。復元会は2年前から、県内の旧街道約60キロのうち当時の面影を残す山道など約20カ所に松並木を整備している。復元会の執行代表(57)は「維新の志士らが歩いた街道沿いに地元のみなさんと一緒に並木道を植樹して、往時の景観に近づけることで今後も、現代の人たちに夢とロマンを感じてほしい」と願っている。
(加藤勝利)

 本文中は「往事」で合ってるんですが(苦笑)。

米国マサチューセッツ州
「ジョン万次郎」記念館オープン 米マサチューセッツ州
 【フェアヘーブン(米マサチューセッツ州)=田中光】幕末の時代に日本人として初めて米国で暮らしたとされる「ジョン万次郎」こと中浜万次郎の面倒をみたホイットフィールド船長の家が米東部マサチューセッツ州フェアヘーブンで7日、記念館としてオープンした。旧宅は老朽化が進み、競売の危機にあったが、日本側の寄付で開館が実現。万次郎と船長の5、6代目の子孫らが記念館で対面し、草の根交流の大切さを確認しあった。







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