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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 蒸し暑い一日でした。一雨来るのを待っています。

愛知
梅雨の雨浴び鮮やかに 幸田・本光寺のアジサイ
 アジサイ寺として知られる幸田町深溝の本光寺境内で、約1万株が見ごろを迎えた。梅雨の雨を浴び、青や紫、白色の15種類が、競うように咲き誇っている。
 本光寺は、近くに城跡が残る深溝城を拠点に徳川家康に仕え、功績で島原7万石の大名となった深溝松平家の菩提(ぼだい)寺。明治維新までは松平家専用の寺として一般の立ち入りが禁じられていたが、40年以上前から鶴田悦章住職(69)がアジサイや梅、ツバキを植え、地域に親しまれる“花の寺”として再出発した。
 同寺宝物館では、松平家7代目の忠雄(1673~1736年)の墓所から発掘された陶器や香道具、小判など、貴重な副葬品の特別展示も。開館は6月末までの午前10時~午後3時で、月曜休館。展示の拝観は300円。
 6月中の平日は、松平家4代目家忠(1555~1600年)ゆかりの浄土寺(同町大草)で、祈とうを受けられる。元料理人の飯田大全住職(30)手作りの精進料理付きで、2000円。当日午前11時半までに予約が必要。(問)浄土寺=電0564(62)2153
 (中野祐紀)


京都
街道新話 特別編(中)
【京街道・伏見宿(京都市伏見区)】

●津藩の砲声 歴史変える

 名神高速道路で京都の伏見に向かう。カーナビに従い、大津の手前で京滋バイパスに折れると、京都市街の渋滞に巻き込まれずにすむ。
 そういえば、家康は東海道に京街道(京―大坂)をとりこむとき、各国大名を朝廷と接触させないよう、大津から山科回りで伏見につないだという。
 ♪お江戸日本橋
 七つ立ち(七つは朝4時)
 初上(のぼ)り
 東海道五十三次の民謡の歌詞だが、京へ行くのを「上る」といった。幕府が実権を持ちながら朝廷の存在は大きかった。
 京街道を加え、東海道五十七次。京の南口の伏見宿では水上運送も盛んだった。幕末、志士たちが船宿の「寺田屋」などで死闘を繰り返す。大政奉還後の鳥羽伏見の戦い(1868年1月)は市街戦となった。
 京阪伏見桃山駅に近い料理屋魚三楼(うおさぶろう)には140年前の流れ弾の弾痕が表格子に残る。話を聞きたいところだが、「上海万博に京料理を出店し、主人はそっちに出かけてまして」。
 この戦いは戊辰(ぼしん)戦争の緒戦でもある。薩摩・長州軍の3倍の兵力(1万5千人)を持ちながら会津と桑名が主力の幕府軍は総崩れとなり、京街道の淀川堤防を一路、大坂方面へ。
 このとき、味方のはずの津藩が淀川の対岸から幕府軍を砲撃した。鳥羽伏見の戦いは「徳川300年の天下を3日で失う」といわれたが、決定的な役割を果たした津藩は「変節」「裏切り」と見られ、桑名藩などから恨みをかう。
 砲火を浴び、宿場を閉じた跡に「竜馬(りょうま)通り商店街」が生まれ、その青年部は「海援隊」を名乗る。(中生加 康夫)

◇アクセス
 京街道は大坂街道ともいわれ、38キロ。現在の京都市伏見区は秀吉の伏見城の城下町として発展。江戸期は宿場で栄え、宇治川、淀川、高瀬川を経て、京、大坂、近江へ向かう千数百隻の舟の発着地でもあった。伏見の酒造業は灘に次ぐ。伏見観光協会(075・622・8750)。


 

高知
龍馬が後藤象二郎へあてた直筆の手紙 書き損じ見つかる
 幕末の志士・坂本龍馬が、土佐藩重臣の後藤象二郎にあてて書いた手紙の書き損じが、高知県いの町の民家で見つかり、県立坂本龍馬記念館(高知市)が龍馬直筆と確認した。手紙は、15代将軍徳川慶喜に大政奉還を求めるため、京都・二条城に向かう後藤を激励する内容。手紙全文を撮影した写真が残っていて内容も知られているが、実物は行方不明になっている。
 同館の森健志郎館長(68)は「手紙と書き損じを比べることで、龍馬が重要な日を前に緊張し、あわてて書いたことが分かる。龍馬の人間的な側面がうかがえる貴重な資料だ」と話している。
 同館によると、手紙は大政奉還前日の慶応3(1867)年10月13日付。「海援隊一手を以て大樹参内の道路ニ待受ケ」と書かれ、大政奉還に失敗した場合、自らも海援隊を率いて援軍すると激励。さらに「先生一身失策の為ニ天下の大機会を失せハ其罪天地ニ容るべからず」と記し、失敗すれば先生(後藤)の罪は許されず、自分も薩長から責められる、としている。
 手紙は縦24センチ、横47センチで19行。書き損じは縦19.6センチ、横72.4センチで28行だが、内容はほぼ同じという。書き損じは7行目と22行目の「先生」が「生生」と誤記され、22行目は隣の余白に正しい「先」の字が書き足されている。22行目から急に乱雑になり、最後の署名は、手紙の「龍馬」に対し、書き損じは本名の「直柔(なおなり)」。
 所有者の南道(おさむ)さん(86)の話では、旧中山村(現・同県安田町)の村長だった祖父が譲り受けたという。書き損じは7月17日から始まる同館の企画展で公開される。


龍馬直筆の手紙草案見つかる
 幕末の志士、坂本龍馬が、江戸幕府が朝廷に政権を返上する大政奉還を実現させるよう土佐藩の重臣を激励した直筆の手紙の草案が見つかりました。専門家は「当時の緊迫した状況がうかがえる第1級の史料だ」と話しています。


象二郎あて龍馬の手紙草案、高知の民家で発見
 幕末の志士・坂本龍馬が、土佐藩重臣の後藤象二郎にあてた手紙の草案が、高知県いの町の民家で見つかり、県立坂本龍馬記念館が15日、確認した。
 大政奉還を15代将軍徳川慶喜に迫るため、京都・二条城へ向かう後藤を、「もし失敗したら、私も海援隊を率いて将軍を襲う覚悟。墓の下でお目にかかりましょう」と激励する内容。後藤に渡った手紙そのものは行方不明のままで、写真しか残っていなかった。同館は「大政奉還の原案を考え、時代を動かそうとする龍馬の覚悟と緊張が伝わる第一級の資料」と評価している。
 手紙は縦20センチ、横78センチで、大政奉還前日の慶応3年(1867年)10月13日付。大政奉還に失敗し「天下の大機会」を逃せば、薩長から責めを負わされると、緊迫した情勢をつづっている。「先生」(後藤)を「生生」と書き損じており、控えにしたとみられる。
 龍馬の直筆で「参政(後藤)が登城するときに渡した手紙の草案なので、見てください」と、後藤に渡った手紙にはない説明書きが加えられており、別の親しい人物に送ったらしい。
 持ち主の南道(おさむ)さん(86)によると、旧中山村(現・同県安田町)の村長だった祖父が譲り受けたという。
 後藤は龍馬の大政奉還の考えを取り上げ、建白書として慶喜に提出。慶喜は後藤ら40藩の重臣を集めて意見を聞き、朝廷に政権返上を申し出た。手紙は7月17日からの同館の企画展で展示する予定。 最終更新:6月16日3時14分



地方自治法施行60周年記念貨幣:龍馬貨幣、出たぜよ /高知
 幕末の志士、坂本龍馬の顔を彫り込んだ地方自治法施行60周年記念貨幣の通信販売が15日、始まった。造幣局によると、実在した人物が貨幣にデザインされるのは初めてという。龍馬ブームを追い風に、大きな注目を集めそう。
 県からのアイデアを基に造幣局が製造。重さ7・1グラム、直径26・5ミリの500円玉で、「バイカラー・クラッド貨幣」と呼ばれる2色構造になっている。196万枚を用意した。
 特殊な加工を施し、特製ケースに入れた「プルーフ単体セット」(消費税・送料込み2800円)▽桂浜の写真をあしらったカード型ケース付きの「Aセット」(同1000円)▽Aセットと60周年記念のふるさと切手シートを特製ケースに入れた「Bセット」(同2000円)▽Bセットから切手を抜いた「Cセット」(同1600円)--がある。
 申し込みは7月5日まで。同月下旬に造幣局から払込用紙が郵送される。また、同月21日から、貨幣のみの場合は額面価格による引き換えも金融機関で受け付ける。詳しくはハローダイヤル(050・5548・8686)へ。【千脇康平】


長崎
長崎山清水寺・本堂の改修終了 県文化財、厳かに落慶法要
 安産祈願で知られる長崎市鍛冶屋町の長崎山清水寺(ちょうきさんせいすいじ)で15日、本堂(県有形文化財)の改修工事終了を祝う落慶法要と記念式典が開かれた。
 同寺は1623(元和9)年創建。現在の本堂は68(寛文8)年に建立された。老朽化が激しいため、2005年から県、市の補助を受けて解体修理を実施。修理中に判明した幕末の1862(文久2)年ごろの姿に復元した。総工費は約4億4千万円。
 改修に伴い、公益財団法人文化財建造物保存技術協会が調査。和風の密教寺院ながら、中国産木材を使用し、中国建築の様式と意匠を大幅に取り入れた独自の寺院建築と分かった。今後、国の重要文化財への格上げが見込まれる。
 法要には約500人が参列。京都清水寺など全国から集まった僧侶約40人が入堂し、本尊の千手観世音菩薩像を26年ぶりに開帳した。僧侶は声を合わせて「オンバザラ・ダラマ・キリク」と千手観音をたたえる諸真言(呪文=じゅもん=)を唱え、堂内は厳かな雰囲気に包まれた。
 一月正人(いちげつ・しょうにん)住職(70)は「多くの人の協力で、倒壊しかけていた本堂が立派によみがえり感無量。これからも市民に親しまれる『きよみずさん』であり続けたい」と話した。
 千手観世音菩薩像は21日まで開帳する。


文化芸能
視聴室:歴史秘話ヒストリア
◆歴史秘話ヒストリア(NHK=後10・0)

◇ちょっと変わった殿様
 幕末の動乱を斬新な行動で乗り切った尾張藩主、徳川慶勝の生きざまを紹介する。
 藩士や領民の期待を受け、美濃・高須松平家から尾張藩に養子に入った慶勝は、全藩士約1700人の人事査定を自らが行うなどし、破綻(はたん)状態の藩の財政を立て直す。そんな藩主の趣味は写真。殿様だからこそ撮影できた城内部の写真は、史料として今も貴重だ。さらに慶勝の3人の弟の数奇な運命も取り上げ、幕末、明治維新を当時のエリート一家の視点で描く。
 慶勝役は篠井英介。メモ魔で凝り性、そんな殿様の姿に親近感がわく。(北)


主演の大沢たかおも興奮気味
来年4月スタート、TBS系「JIN‐仁‐」

 昨年10月期に放送され、人気を集めたTBS系「JIN‐仁‐」の続編が、連続ドラマとして来年4月(日曜後9・0)から放送されることが決まった。
 ドラマは、大沢たかお演じる脳外科医・南方仁が、ある事件がきっかけで幕末の江戸にタイムスリップし、満足な医療器具もない中で人々の命を救う一方、坂本龍馬(内野聖陽)ら歴史上の人物と親交を深めて幕末の騒乱に巻き込まれていく、という壮大なストーリー。前作は平均視聴率19%、最終回では25・3%(いずれもビデオリサーチ関東地区調べ)を記録するなど大きな反響を呼び、作品としても第18回橋田賞を受賞するなど高い評価を得た。
 完結編となる続編では大沢をはじめ、綾瀬はるか、小出恵介、中谷美紀、内野ら前回のキャストが再び集結。最終回のその後の仁たちが描かれるほか、西郷隆盛や徳川慶喜ら新たな歴史上の人物も登場する。
 大沢は「続編の制作というのは、本当に勇気がいること。その挑戦は僕の俳優史上で最も大きな決断です。続編で描こうとしているストーリーを読んだ時、前回出演を決めた時以上のときめきを感じた。これは逃げられないなと思いました」と興奮の面持ち。
 石丸彰彦プロデューサーは「完結編のテーマは、“歴史の修正力への挑戦”です。キャスト・スタッフ一同、さらなる思いと情熱を作品にささげ、作品の持つ世界を全うしたいと思っています」と語っている。


ビジネス
「竜馬」でキャンペーン=ロッテとJTB
 ロッテ(東京)とJTB(同)は15日、大河ドラマの放送などで人気の高まる幕末の志士・坂本竜馬をテーマにした共同キャンペーンを22日に始めると発表した。竜馬ゆかりの地の特産物を使った菓子の外箱で観光スポットを紹介し、旅情をかき立てる。(2010/06/15-18:07)

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