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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は2週間ぶりの『陽炎の辻3』です。楽しみにしていたのですが、うっかり『NHKウィークリー ステラ』で今日明日放送のストーリー概要を読んでしまって後悔……うーん、作品は大好きなのに、女性のセリフや行動が時に受け容れられないんだよなぁ(汗)。今週も頭が痛くなりそうな予感……(涙)。

秋田・山形
「有屋峠」真のルート?浮上 湯沢-金山結ぶ古道
 リンク先は河北新報社サイト(閲覧に会員登録が必要・無料)です。
 大和朝廷側が切り開き、「続日本紀」にも登場する古道「有屋峠」(秋田県湯沢市秋ノ宮―山形県金山町)をめぐり、通説とは異なるルートの存在が浮上している。街道探訪を愛好する秋田、山形両県の約40人が19日の現地調査で、従来ルートより北側の尾根にいにしえの道跡を確認した。参加者らは「今回の道跡が有屋峠だと確信した。1200年以上前の古道を広く世に知ってほしい」と話し、活用策などを検討する考えだ。
 有屋峠は、奈良時代に朝廷が今の秋田県南に設けた雄勝城へ通じる官道。安土桃山時代には秋田側の小野寺氏、山形側の最上氏の合戦場として、戊辰戦争では政府軍や奥羽越列藩同盟軍の進路として歴史の舞台にたびたび登場してきた。
 周辺の道路整備が進むに連れて有屋峠は廃れ、いつしか、県境に位置する「黒森と水晶森の間にある尾根を抜けるルート」が通説として今日に伝わっていた。
 ただ、通説ルートは文献や地元住民の話と相違点が多い。これに疑問を持ったのが、天童市の無職矢野光夫さん(67)ら。昨年4月に有志で「有屋峠街道探索会」を結成し、「真」ルートの解明に取り組んできた。
 探索会は現地の地形などから、金山町側から入有屋―鉤掛(かぎかけ)森―檜木(ひのき)森―黒森―薄久内(湯沢市)と、尾根筋を結ぶ約10キロが真の有屋峠に間違いないと考えた。
 矢野さんは(1)通説のルートはこう配がきつく、馬が通るのは難しい(2)新ルートには史書「奥羽永慶軍記」の記述と地形が符号する場所がある(3)新ルートに幅3メートル前後の道跡が連続して現存している―ことを根拠に挙げる。
 19日の現地調査では、新ルートを約10時間かけて初めて踏破した。参加した市民団体「羽州街道交流会」の鐙(あぶみ)啓記代表幹事(55)=秋田市=は「歩いてみて古道と納得できた。戊辰戦争の遺構などもあり、歴史の道に間違いないと思う」と指摘した。
 矢野さんは「古道を秋田と山形の交流や地域振興につなげたい。いずれは道を整備して、トレッキングなどもできれば」と話している。


山口
映画:「獄に咲く花」萩・下関でクランクイン 松陰と女囚の恋描く /山口
◇古川薫さん原作「野山獄相聞抄」
 幕末の思想家、吉田松陰(1830~59)を題材にした映画「獄(ひとや)に咲く花」の撮影が23日、萩市椿東の東光寺で始まった。今年は松陰没後150年にあたり、関係者は近くの松陰神社で「ヒット祈願」をした。【川上敏文、尾垣和幸】

 黒船によるアメリカ密航に失敗し、萩の野山獄に投獄された松陰。女囚、高須久子と出会い、互いに淡い恋心を抱く--という物語。原作は下関市在住の直木賞作家、古川薫さんの「野山獄相聞抄」(文藝春秋刊)。古川さんは自作の映画化は初めてで、「本で出し切れなかったところが映画でどうなるのか楽しみです」と話した。
 監督は、「必殺仕事人」などの代表作がある石原興(しげる)さん。俳優は、吉田松陰(寅次郎)役が前田倫良(みちよし)さん。高須久子役(映画では高須久)が近衛はなさん。
 23日は松陰神社でスタッフら計60人が参拝。会見した石原監督は「高須久子が寅次郎に会い、双方の恋心がポイントの映画。回想シーンだが、萩からの撮影がベストでしょう」。前田さんは「人間・寅次郎の姿を見せたい」、近衛さんは「野山獄で松陰先生の傍らにいて変わっていく女性の姿を演じられたら」と、それぞれ抱負を語った。

◇功山寺で回想シーン 久子役・近衛さん演じる
 また、24日は古川さんの地元、下関市長府川端にある功山寺で、久子の回想シーンを撮影した。
 久子が、つじ芸人の演奏する三味線の音色に引かれ、地域の祭りに赴く場面。役に決まった2カ月前から、撮影以外でも、常に久子のイメージを頭に描きながら生活してきた近衛さん。この日は藍(あい)色の着物で登場。石原監督から和傘の持ち方など細かな指導を受けながら、優雅な立ち居振る舞いで数分のシーンを演じきった。
 映画を製作する「グローカル・ピクチャーズ」(下関市)の前田登社長は「功山寺は松陰の愛弟子、高杉晋作が決起した場所。ここでぜひロケをしたかった。いよいよ『船出』という感じです」と話していた。
 県内での撮影は萩、下関両市で終え、今後は主に京都で撮影するという。映画は松陰の命日に当たる10月27日に萩市内で先行上映。来春にも全国ロードショーの予定。
〔下関版〕


福岡
万次郎の子孫が講演
 江戸末期に米国に渡ったジョン万次郎(中浜万次郎、1827―98)のやしゃごで、福岡大名誉教授の今永一成さん(72)=福岡市中央区=が、27日午後1時から同市東区の九州産業大で「ジョン万次郎の功績を振り返って」の題で講演する。今永さんは「日米交流の懸け橋となった万次郎をよく知ってほしい」と来場を呼び掛けている。
 土佐(高知県)生まれの万次郎は14歳の時に漁に出て遭難。米国の捕鯨船に救助されてそのまま海を渡り、24歳で帰国。幕末の日本で通訳や英語教師として活躍し、東京で生涯を閉じた。
 講演を控えて先週末、東京・雑司ヶ谷霊園にある万次郎の墓に参ったという今永さんは「万次郎は何も知らない異国に着いて、めげずに英語や航海術などをどんどん吸収した。学生や若い人に、活動的で立派な生き方を学んでほしい」と話す。
 講演は日本英学史九州支部主催で入場無料、一般参加も可。同支部の福岡経済大の田中正志教授(英文学)は「日本語の読み書きができなかった14歳の漁師が、どうやって英語を学んだかは注目に値する」と、語学修得の観点から万次郎の体験を知る重要性を指摘している。
 福岡経済大・田中研究室=092(922)5131(代表)。


佐賀
造船施設確認へ 三重津海軍所跡で発掘調査
 幕末佐賀藩の近代化史跡の世界遺産登録を目指す佐賀市は25日、三重津海軍所跡(川副町、諸富町)で、新たな発掘調査に入った。国産初の本格的蒸気船「凌風丸」を建造した造船施設遺構の確認を目指す。
 調査場所は、現在佐野記念公園となっている早津江川河川敷の一角約600平方メートル。1920年の絵図では「製罐所(せいかんじょ)」(ボイラー工場)跡とされている。
 この日は、柱の跡や加工された石、02年の公園整備の際発見されている鍛冶(かじ)場の炉の土台などを確認した。23日までの事前作業では、海軍所用に焼かれたと推測される「船」と書いた磁器片も見つかっている。
 調査は7月末まで。その後は、大工小屋やドック跡の調査に入る予定。
 文化庁は佐賀藩の近代化史跡を「自力で西洋技術の導入を進めたことを示すため必要不可欠」としており、佐賀藩史跡を含めて世界遺産登録を目指す「九州・山口の近代化産業遺産群」としても注目される調査になる。






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