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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昨日は横浜にぎわい座で「志の輔noにぎわい」昼席に行ってきました。今日もにぎわい座。談春独演会「宿屋の富」他一席を楽しみにしています。


福島
「天守閣再現事業」の寄付で 若松城に記名の赤瓦
 若松城(鶴ケ城)の黒瓦を幕末当時の赤瓦にふき替える「往時の天守閣再現事業」に取り組んでいる福島県会津若松市は、赤瓦に自分の名前を記入できる寄付金を募っている。天守閣や走長屋(はしりながや)鉄門(くろがねもん)の瓦のふき替えなど総事業費約5億円の財源の一部となる。
 赤瓦が納入されるのは7月中旬になるため、それまでに寄付した人は芳名帳に名を記し、市職員が代理で瓦に記入する。7月中旬から11月末までは本人が直接、瓦に記入できるようにする。
 寄付は誰でも可能で、若松城の本丸に受付所を設けて日、月、水、金曜日の午前10時~午後3時に対応する。1枚2000円で、個人はもちろん家族、団体など5人までの名を一緒に瓦に記入できる。連絡先は市観光課0242(39)1251。


栃木
「よみがえれ!宇都宮城 市民の会」大岡幸雄さん /栃木
◇市民の心の古里守る--「よみがえれ!宇都宮城 市民の会」の事務局長・大岡幸雄さん(61)=宇都宮市中央
 宇都宮城址(じょうし)公園で毎年開かれる「宇都宮城址まつり」を主催する市民団体「よみがえれ!宇都宮城市民の会」の事務局長。今年で3回目を迎える祭りは、毎年200~300人が参加する大型イベントに成長した。参加者は侍やお姫さまの衣装など江戸時代の衣装を身につけ、市街地を練り歩く。今年は10月24日の予定。
 市は07年3月、戊辰戦争や戦後の高度成長期の開発工事などで姿を消した宇都宮城跡に宇都宮城址公園を整備。その際、同会は総工費約32億円のうち、約7000万円を募金で集めた。現在、事務局長として同公園のPRイベントの開催に携わる。
 城址公園では城址まつりの他、桜まつり、七夕飾りなど季節に合わせたイベントが開催されている。芝生が広がるスペースは市民の憩いの場にもなっている。大岡さんは「(宇都宮城は)市民の心のよりどころ。古里として大切にしてほしい」と話している。【中村藍】




神奈川
将軍の生活描いた浮世絵展、川崎で7日から
 江戸時代の徳川家の将軍の生活や、江戸城の年中行事を描いた浮世絵を紹介する「千代田之御表」展が7日から、川崎市川崎区の川崎・砂子の里資料館で開かれる。
 浮世絵は幕末の武士で、戊辰戦争に参戦した後に絵師になった楊洲(ようしゅう)周延(ちかのぶ)が1897年に描いたもので、将軍が剣術試合を観覧する「武術上覧」など33点を展示する。
 奉行が事件を選んで将軍の前で裁いて見せた「公事上聴」を描いた浮世絵では、罪人として町奉行の前に引き出された遊女が華やかに着飾っており、将軍に見せる特別な裁判だったことがうかがえる。
 斎藤文夫館長(81)は、「当時は江戸時代を覚えている人もたくさんいた。人々のノスタルジーをかき立てた徳川三百年の伝統をぜひ見に来てほしい」と話している。26日まで。日曜休館。入館無料。
 問い合わせは同資料館(044・222・0310)へ。
(2010年6月6日23時20分 読売新聞)


企画展:日本サッカー発展に貢献した英国人・ヘーグしのぶ--横浜で /神奈川
◇名前刻むプレートなど草創期探る資料展示--W杯代表応援し8日から
 横浜で日本サッカーの発展に貢献した英国人ウィリアム・ヘーグ、日本サッカーミュージアム提供=をしのびながら、ワールドカップ(W杯)で日本代表を応援しようと、横浜開港資料館(横浜市中区)は8日から、企画展「横浜サッカー事始めとW・ヘーグ」を開く。日本で初めてサッカーがプレーされたのが横浜だったことを紹介し、W杯に出場する横浜F・マリノスの中村俊輔選手のスパイクも展示する。【木村健二】
 日本サッカー協会によると、ヘーグは1913年に来日して英国大使館に勤め、1920年から横浜副領事となった。大使館チームでプレーする傍ら、全国大会の優勝チームに与えるイングランドサッカー協会杯の寄贈を提案。銀杯の寄贈が実現したのをきっかけに、1921年に大日本蹴球協会(現日本サッカー協会)が創立され、全国優勝競技会(現天皇杯全日本選手権)が開かれた。
 ヘーグは1923年9月、総領事館で執務中に関東大震災に見舞われ、32歳の若さで死去し、横浜外国人墓地に眠る。08年には日本サッカー協会が、功労者をたたえる「日本サッカー殿堂」にヘーグを加えた。横浜開港資料館の旧館は再建された英国総領事館で、ヘーグを含む犠牲者4人の名前を刻んだ記念プレートが現存する。
 企画展は、記念プレートを中心に横浜と草創期の日本サッカーの関係を探る資料を展示する。幕末の1866年1月の英字紙は、外国人居留地で日本初となる横浜フットボール・クラブの設立発起会が開かれたことを報じる記事が掲載されており、パネル展示で紹介。サッカーはクリケットと並ぶ居留外国人の余暇として盛んで、明治から大正時代にかけた写真資料も目にすることができる。
 折しも日本代表はW杯を控えた強化試合でイングランドに敗れたばかりで、資料館の伊藤泉美・主任調査研究員は「日本は当時も今もイングランドから学び続けている。W杯をきっかけに横浜とサッカーの深いかかわりを見つめ直してほしい」と話している。
 企画展は30日まで。展示場所は旧館記念ホールで、入場無料、月曜休館。問い合わせは資料館(045・201・2100)。


坂本竜馬の生き方を学ぼうと、講演会/相模原
 「さがみ龍馬先生顕彰会」の発足記念講演会が5日、相模原市中央区中央の市立産業会館で開かれた。幕末の志士、坂本竜馬の生き方を学ぼうと、約200人が参加した。
 同会会長を務める溝渕誠之相模原市議があいさつし、「竜馬のような精神を持って、一人一人が今の時代を頑張ってほしい」などと話した。
 同会顧問で前大和市長の土屋侯保大正大学招聘(しょうへい)教授は記念講演で、現在の貿易商社にあたる「亀山社中」を結成するなど、時代の最先端を行っていた業績から、人気の背景を解説した。竜馬の目指した平和革命にも触れ、「徹底抗戦を主張した勢力を抑え、無血で大政奉還を実現しようとした政治力のある人だった」などと説明。「三十数年と短い人生ながら、竜馬の先見性や実行力はすごいものがある」とたたえた。
 来場者の有志も登壇し、「財政状況の悪化など、日本の将来が案じられる中、竜馬のような政治家を待つだけでなく、みんなが竜馬のようになる必要がある」など、それぞれ熱い思いを語った。

 同会は4月、相模原市内の大学学長や経営者、作家らの有志が、竜馬の思想を学ぼうと結成した。



兵庫
「うまい!」幕末ビール復刻版、試飲会で好評
 兵庫県三田市出身で「日本の化学の祖」と称される蘭(らん)学者・川本幸民(1810~71)によって、1853年に日本で初めて醸造されたビールの復刻版の試飲会が5日、市まちづくり協働センター(駅前町)の多目的ホールで開かれ、招待客約160人が〈黒船来航〉の時代に思いをはせながら、香り高いビールを味わった。
 幸民はペリー提督の黒船来航と同じ年に、西洋の化学書を参考にしてビールを醸造。市は幸民の生誕200年記念事業の一環で、地ビールの醸造に明るい酒造会社「小西酒造」(兵庫県伊丹市)に、当時に近いやり方で再現するよう依頼した。
 この日、「幕末のビール復刻版 幸民麦酒(ばくしゅ)」の試飲に先立ち、醸造を担当した同酒造の地ビール主任技師・辻巌さん(52)が「幸民ビールの秘密を探る」と題して講演した。
 辻さんは、幸民が黒船で味わったビールに関心を寄せ、日本酒の酵母を使うなどしてビールを醸造したことや、桂小五郎や緒方洪庵らと試飲したことを紹介。一足早く「幸民麦酒」を味わった幸民のひ孫の川本裕司さん(83)や妻、みち子さん(76)(東京都練馬区)らから「おいしい」と〈合格点〉をもらったことを報告した。
 続いて招待客が試飲を始めると、次々と「うまい」「おいしい」と声が上がった。兵庫県宝塚市月見山、主婦杉本紀江さん(53)と同県西宮市名塩南台、主婦田中曜子さん(60)は「味が濃いのに、のど越しはすっきり」「三田の周辺でしか売っていないのが残念」、同酒造の小西新太郎社長(58)は「このビールと三田の名前が全国に広まってほしい」と話し、竹内英昭市長は「三田の売りが、またひとつ誕生した」と胸を張った。
 「幸民麦酒」は、一般向け330ミリ・リットル瓶が予定価格630円。JA兵庫六甲運営の農産物直売所「パスカルさんだ」(川除)など市内14か所のほか、神戸市北区の3店舗や西宮市北六甲台の酒店で、8日から発売される。
 問い合わせは三田市生涯学習課(079・559・5145)。


佐賀
世界遺産に期待 三重津海軍所跡で公開説明会
 世界遺産登録を目指す「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産候補として佐賀市が調査を進める三重津海軍所跡で6日、現地説明会があった。新たに確認された階段状のドック木製護岸や建造時期特定に結び付く幕末期の焼き物を公開。3回の見学会に約140人が訪れた。
 佐賀市教委の中野充・文化振興課主査が、ドックの護岸構造解明のため調査したことを説明。木製護岸は丸太や板材を複雑に組み合わせ、砂と粘土を交互に積み重ねた造成土が盛られた階段状の構造で、3段目まで確認されたとし、「江戸時代以来の伝統的技術を用いて、軟弱地盤に対応した頑丈な造り」と解説した。
 また、1850~60年に海軍所の備品として特注されたと考えられる磁器や、船の部品加工の際に出たとみられる鉄くずが展示された。
 時尾久美子さん(59)=佐賀市嘉瀬町=は「幕末期にいろんな文化を吸収し、最先端の技術力を有した佐賀を誇りに思う。世界遺産に登録され、佐賀の優れた技術を世界に発信できれば」と期待を寄せていた。

【写真】配布された資料を見ながら階段状の木製護岸などを見学する参加者=佐賀市川副町の佐野常民記念公園


ブックレビュー
今週の本棚・本と人:『幕末維新に学ぶ現在』 著者・山内昌之さん
(中央公論新社・1890円)

◇今が失った向上心や克己心
 代表的イスラム史研究者が、幕末・明治維新期に活躍した43人の生涯を1人あたり4ページで描いた。吉田松陰を14世紀アラブの歴史家イブン・ハルドゥーンに、坂本龍馬を19世紀ロシアのナロードニキ運動活動家になぞらえるあたり、著者らしい。「維新史は元々、趣味としても好きな分野です。また、日本の学者としてどんな視点でイスラム史や世界史を研究すべきか常に自問してきましたから、その意味でも関心がありました」
 取り上げたのは著名人ばかりではない。特にひかれるのは「当時目立たなくとも、後世から見て重要な人たち」。たとえば幕府の官僚だった小栗忠順(ただまさ)。中央銀行や鉄道建設などを構想したが、新政府軍に処刑された。小栗のつくった横須賀造船所は維新後、海軍の基礎になり、東郷平八郎は日本海海戦の勝利を小栗のおかげと感謝した。「徳川幕府が自己変革できたら、小栗は初の首相になったでしょう。革命期には、象徴的人物がつまらない理由で殺される。どこかで血が流れないと新しい時代は来ないという悲劇があります」
 昨年、明治維新を引き合いに政権交代が語られた。本書も題名通り、今の政治を踏まえる。
 「当時と今を比べると、平和と繁栄の代償を痛感します。現代人には向上心や克己心、競争心が乏しい。幕末、明治期にはそれがなければ国が滅ぶとの危機意識があった。しかも当時の人は、准国家である藩同士の関係で外交経験を積めた。だからこそ、世界についての知識が今よりはるかに少なくとも、危機に対応できた」。彼らの外交や戦争での胆力は、武士の教育とも無関係ではない。「武士は常に責任や死の意味を考えていました。今の政治家にこの胆力を期待しても……」
 本書の元になった産経新聞での連載は今も続く。「ネタが尽きるまでやれと言われています(笑い)。著名人物に限っても、西郷隆盛や高杉晋作、勝海舟に木戸孝允、陸奥宗光も、まだ書いていませんから」<文・鈴木英生/写真・岩下幸一郎>


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