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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は湿度が低く、いい風が入って過ごしやすい日です。

三重
勝海舟サインうちわも 武四郎記念館で晩年のコレクション展
 松阪市出身の幕末の北方探検家・松浦武四郎(1818~88)の晩年を紹介する企画展が、同市小野江町の松浦武四郎記念館で開かれている。26日まで。
 武四郎は53歳で明治政府を辞した後、各地を巡り歩いて多くの人と交流し、古物の収集などの趣味を楽しんだ。企画展では、武四郎が68歳の時に大台ケ原に登って描いた眺望図や武四郎の墓碑の拓本など、明治以降の武四郎に関する史料31点を展示している。
 晩年の武四郎が好んで持ち歩いたと言われるのが、柿渋で染めた手作りのうちわ。出会った人にサインをしてもらい、コレクションにしたという。約150枚ほどあり、勝海舟のサイン、学者に武四郎自身の家系図を書いてもらったうちわなどが残っている。(石原猛)


滋賀
因縁を超えて仲直り
井伊家現当主らが松陰の墓参

因縁を超えて仲直り 井伊家現当主らが松陰の墓参
 幕末の「安政の大獄」(1858~59年)を主導した大老井伊直弼(なおすけ)ゆかりの彦根市の井伊家現当主、市長らが8月21日から3日間、大獄で刑死した志士、吉田松陰の墓参などで山口県萩市を訪れる。松陰没後150年の歴史的な和解行脚には、人気キャラクター「ひこにゃん」も同行して墓前で追悼。関係者は「因縁を超えて友好交流を始めるきっかけに」と話している。
 訪問するのは、井伊家18代当主で彦根城博物館長の直岳(なおたけ)さん(40)や獅山向洋市長、市が公募で参加を呼びかける市民の使節団約30人。
 墓参は8月21日午後2時過ぎからで、地元団体「松陰先生の墓を守る会」などとともに、松陰の生誕地近くにある墓所で哀悼の意を示す。松陰が高杉晋作ら明治維新の志士を育てた松下村塾を訪ね、22日は彦根市と同様に城下町としてまちづくりを進める萩城下町も見学する。
 両市は今年1月、「歴史まちづくり法」のまちづくりプランが認定された。認定式で同席した際、彦根市長が萩市長に松陰の墓参を打診「歴史的な事実は踏まえながらも、使節団を温かく迎えたい」と快諾された。
 直弼は安政の大獄後、弾圧された水戸藩士らによる「桜田門外の変」(1860年)で暗殺された。彦根市は明治になって100年後の1968年、水戸市と「親善都市」の提携を結んで和解した。
 井伊直岳さんは「立場は違えど日本のことを思い行動したのが、松陰であり、直弼だと思う。志半ばで倒れた先人を弔い、今を生きる市民交流の礎になるとうれしい」と話している。


長崎
龍馬の柱、隠し部屋も復元 8月1日公開の亀山社中記念館
龍馬の柱、隠し部屋も復元 8月1日公開の亀山社中記念館
龍馬の柱、隠し部屋も復元 8月1日公開の亀山社中記念館
 長崎市は10日、幕末の志士坂本龍馬が設立した日本最初の商社「亀山社中」の建物を復元した「市亀山社中記念館」(同市伊良林2丁目)を報道陣に公開した。8月1日から一般公開する。
 建物は木造平屋で延べ床面積107平方メートル。亀山社中が使用したと伝えられる家屋を約2900万円かけて改装し、解体作業中に判明した当時の形に近い姿で復元した。
 復元された部屋は、(1)書院風の10畳座敷(2)8畳和室(3)3畳和室と、隠し部屋と伝えられる中2階。褐色の建具やしっくいの白壁など幕末の家屋の雰囲気を忠実に再現した。
 10畳座敷には龍馬がもたれかかって座ったという柱があり、縁側から長崎の町と港を一望する眺めが楽しめる。隠し部屋は大人数人が十分に潜める広さ。はしごで上ってその様子を見ることができる。本来の玄関があり、土間として使われていた部分は足元をガラス張りにして、当時の地面が見えるようにした。
 10畳座敷と8畳和室には、龍馬が身に着けた紋服、ブーツ、ピストルのほか、書簡(いずれも複製)などを展示する。
 館長を務める外園秀光・長崎市文化観光総務課長は「建物自体を見てもらうことがコンセプト。ここを根拠地にして日本の近代化に貢献した龍馬と仲間の痕跡を感じ取ってもらえれば」と話した。
 入館料は一般300円、高校生200円、小・中学生150円。市は年間2万5千人の入館者を見込んでいる。


龍馬の隠し部屋も、長崎・亀山社中跡を改修
龍馬の隠し部屋も、長崎・亀山社中跡を改修
 幕末の志士、坂本龍馬らによる日本初の商社とされる「亀山社中」跡(長崎市伊良林)の建物が改修され、「亀山社中記念館」として完成、10日、報道陣に公開された。
 建物は増築などが重ねられていたため、社中が全盛だった1865年当時の状態に戻そうと、長崎市が約半年間かけて工事した。当時の間取りが明らかになり、その位置通りに玄関や床の間などを再現したという。中2階の屋根裏にある約6畳ほどの「隠し部屋」などもある。
 「龍馬が立っていた場所の空気を吸って、日本の将来を考えてみてほしい」と同市の担当者は話している。8月1日から一般公開される。


竜馬創設の「亀山社中」復元 長崎、日本初の商社
 坂本竜馬が創設した日本初の商社とされる「亀山社中」の建物が、「長崎市亀山社中記念館」(長崎市)として復元され、8月1日から一般公開されるのを前に報道陣に10日、披露された。
 亀山社中は1865年に創設。当時の建物は増改築を重ね民家として使われ、その後、市民グループが所有者から借りて関連資料などを展示していたが、平成18年に閉鎖された。
 20年に長崎市が「竜馬が長崎から日本を変えようとした貴重な場所」として復元に着手。市によると、亀山社中時代の正確な図面は残っていなかったため、建築の専門家と相談しながら作業を進めた。
 復元された建物内では、竜馬が寄り掛かったとされる通称「竜馬柱」を見ることができる。竜馬ゆかりのピストルや書簡の複製も展示される。


竜馬の「隠し部屋」!? 亀山社中記念館 8月、オープン 長崎市
 幕末の志士、坂本竜馬が設立した日本初の貿易商社「亀山社中」跡の建物を改築した「亀山社中記念館」(長崎市伊良林2丁目)が10日、報道陣に公開された。オープンは8月1日。竜馬が身を潜めたとされる屋根裏の「隠し部屋」も初めて見学できるようになり、ファンの話題を集めそうだ。
 記念館は、長崎市が建物を所有者から無償で借り、間取りなどが変更されていたものを往時の姿に復元。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で竜馬がもたれかかったと描かれている床の間の柱は、1865(慶応元)年の社中設立時のものとみられる部材をそのまま使用した。
 館内には、竜馬のブーツやピストル、亀山社中の足跡をたどる海援隊日史の複製なども展示する。入館料は一般300円、高校生200円、小中学生150円。市文化観光総務課=095(829)1152。



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